空戦騎士道〜不動の古強者

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月26日〜12月01日

リプレイ公開日:2006年12月06日

●オープニング

 冒険者ギルドの前に厳つい騎士が一人。
「ここか。話に聞く冒険者ギルドは」
 暫し立ち止まって冒険者ギルドの看板を見上げ、何事か思案していた様子だったが。
「では、参るぞ」
 後に続く者達に一声かけると、大股で堂々とギルドの中に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。初めてのお方ですね? 先ずはお名前を」
「儂(わし)は旧・空戦騎士団団長ヘイレス・イルク。冒険者ギルド総監カイン・グレイス殿に話があって参った。既にシフール便にて連絡を入れておる」
「総監殿はあちらの部屋に」
 案内の事務員が示した総監室に、堂々とした足取りで向かう騎士。そして、騎士の後からぞろぞろと付いて来る者の多さに、事務員は目を見張った。
 数えてみると、その数17人。
「‥‥何でしょう、あの取り巻き達は?」
 総監室ではカイン・グレイスが頬杖つきながら書類に目を通していたが、騎士が連れの17人と共に部屋へ入って来ると、居住まいを正して挨拶した。
「ヘイレス・イルク殿。ようこそおいで下さいました」
「おお、カインよ。こうして会うのも久しぶりだな」
 カインに勧められた椅子にヘイレスはどっかりと腰を下ろし、カインも別の椅子に腰をかけ、二人の話が始まる。
「この4年間というもの、ずっとご領地に篭もりきりと聞き、貴殿の身を案じてもおりましたが。こうしてご無事な姿をその目で確かめることが出来て、一安心の思いです」
「なに。儂は訳あって国王陛下より遠ざかり、表向きにはずっと領地に閉じこもっていた事になっていたが、実際にはあちこち駆け回って結構に忙しい毎日であった」
 ヘイレス・イルクはフオロ分国の男爵家の生まれである。次男として生まれた彼は精霊歴1016年、20歳でフオロ領騎士団に入団。当時は賢王として名高い先王レズナーの治世下であり、その翌年には騎士学院が設立され、ウィル全土より選りすぐられた第1期生が入学を果たした。また、ウィルの国の支えとなる各騎士団も、レズナーの治世下で制度的な整備が為され、その有り様は現在においても引き継がれている。
 5年後。ヘイレスはその実力を認められ、陸戦騎士団に入団。さらに7年後の1028年にはウィル騎士団の精鋭部隊たる白銀騎士団に入団している。いわばヘイレスは、数々の戦功により自らの地位を築き上げてきた、実戦の叩き上げだ。
 しかし、世が現国王エーガンの時代に移ると、騎士道に煩いヘイレスはエーガン王に疎んじられた。1035年、トルク分国にて発明された各種ゴーレム兵器がエーガン王に献上されると、ヘイレスはゴーレムグライダーの運用の為に発足した空戦騎士団団長に任命される。大抜擢と言えば聞こえはいいが、その実体はお飾りの閑職であった。
 ヘイレスの方でも、騎士道を弁えず王権強化に血道を上げるエーガン王を嫌った。空戦騎士団団長への任命後、ヘイレスは一度たりとも登城することをせず、これにより空戦騎士団は休眠状態に陥る。ために、同じく空戦騎士の叙任を受けた盟友のカーロン・ケステ(通称ドイトレ)からは、『動かざること山の如し』などと詰られる有様だったとか。
 そのヘイレスも今や44歳。髪の毛には白髪が目立つ。そろそろ肉体の衰えが実感される年頃である。
「これまでは如何にお過ごしでしたか?」
 と、カインが訊ねる。
「うむ。王国という畑にて、国王という農夫が打ち捨てた落ち穂をせっせと拾い集めておった。今、こうしてここに集まっておるのは皆、その落ち穂たちだ」
 と、ヘイレスは連れて来た17人の者達を示す。皆、直立不動の姿勢で列を為し、ヘイレスとカインの会話にじっと聞き入っている。無駄口叩く者など一人もいない。
「落ち穂の種とは言えども、拾い集めて豊かな土地に撒き、丹精込めて育て上げれば立派な麦となり、豊かな実りをもたらすもの。しかし、落ち穂の数があまりにも多すぎるぞ。これでは実りを刈り取るための畑なのか、落ち穂を散らすための畑なのか、判らぬではないか」
 遠回しな国王への批判である。カインは17人の一人一人の顔を見る。彼らはエーガン王によってその地位と領地を失った貴族や騎士達の子弟、或いはその係累であった。十代後半から二十代前半の若い者が多いが、30歳そこそこの顔もある。逆に、十代に達したばかりのあどけない顔も。
「カイン殿。頼みがある」
 ヘイレスは椅子を離れ、カインの前に立て膝付いて頭を垂れる。
「我が切に望むは、我がその身柄を預かりしこの者達の名誉回復。この者達の中より王国を背負って立つ航空騎士が一人でも生まれるならば、それは今の国王に打ち捨てられた者達への大いなる励みとなり、後に続く者も現れよう。その為にカイン殿のご助力を。何とぞ、お願い申す」
 気が付けば、17人の者達も膝付いて頭を垂れ、カインの言葉を待っている。
「頭を下げねばならぬのは、寧ろ私の方です」
 カインのその言葉にふとヘイレスが顔を上げると、目の前にカインの頭があった。カインもまた立て膝を付き、ヘイレスよりもさらに身を低くして頭を垂れている。
 思わず、ヘイレスは笑って言った。
「お互いこの恰好では、いささか話し難いな」
 カインも顔を上げて微笑む。
「私もそう思っていました」
「協力して頂けるな?」
「勿論です」
 言葉を交わすと二人は同時に立ち上がり、カインは17人の者達にも声をかけて立ち上がらせた。
「時に‥‥」
 カインは机の上から報告書の1枚を取り上げ、ヘイレスに訊ねる。
「今年夏に開かれたルーケイ復興会議で、正騎士ヘイレス・イルクなる人物がトルクの使者として出席していましたが」
「あれは儂ではない。あれは、儂と時を同じくして旧・空戦騎士団の副団長に任命され、その後にトルク側へ身を寄せた正騎士サイク・クアドだ」
「なぜ、貴殿の名前を? まさか、自分の名前を間違えたのでしょうか?」
 ヘイレスは大きな声で笑う。
「仮にも正騎士たる者が、自分の名前を間違えることなどあってたまるか。儂はかねてより、サイクに言い聞かせてておった。今後は空戦騎士団の一切をそなたに任せる、危急に際しては儂の名で号令をかけよとな。大方、復興会議で儂の名を出してあのように動けば、儂も空戦騎士団再建のために動かざるを得ぬものと踏んだのであろう。まったく余計な小細工を弄しおって。あの馬鹿者が」
「ところで、新・空戦騎士団の話に移りますが。さしあたっては何から始めましょう?」
「うむ。儂の連れてきた17人については、儂が騎士の基本をみっちり叩き込んでおいた。王宮での作法も戦場での作法もな。だが、彼らはこれまでゴーレムグライダーを乗ったことが一度もない。まずは冒険者の力を借り、グライダーに乗せることから始めたい」
 そしてヘイレスは表情を引き締め、次なる言葉を吐き出した。
「但し、この17人のうち、半分はふるい落とすことになろう。皆、航空騎士となる事を望んではおる。が、騎士の道を歩むは厳しき物なり。航空騎士としての適正無き者については別の道を歩ませることになろう。その事を前提に、彼らを鍛え上げて頂きたい」

●今回の参加者

 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4271 市川 敬輔(39歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4326 レイ・リアンドラ(38歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4381 ザナック・アレスター(33歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4392 リュード・フロウ(37歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4578 越野 春陽(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb9034 土師 達也(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb9274 クレア・マーベリック(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

鷹村 十戒(ea8392

●リプレイ本文

●勇退勧告
 山下博士(eb4096)は冒険者ギルドへ向かう。依頼人の航空騎士ヘイレス・イルクに会う為に。
「お会いするのは初めてですね」
 最初の挨拶で、博士は子爵身分にしてルーケイ伯与力の航空騎士たる自らの立場を明かす。続いて切り出した話は、ヘイレス卿への勇退の勧め。
「今、何もかもが新たに為るとき、沸き立つような新しいワインを入れるためには新しい革袋でないといけません」
 ヘイレスはその言葉にじっと聞き入り、最後に同意を示す。
「おぬしがあのぱこぱこか? 奇功の話は聞いておる。確かに時代は変わったようだな。‥‥良かろう。元から、儂(わし)はそのつもりであった」
 博士が王家から預かった解任辞令は、望み通り使われる事無く終わった。

●所信表明演説
 カイン総監の計らいで、17人の航空騎士候補生達の訓練には騎士学院付属の訓練場を使用することが認められた。
 最初に健康診断が行われ、全員の健康状態が良好であることが確認される。それが済むと、候補生達は訓練場に集められた。
 直立不動で居並ぶ彼らの前に、新空戦騎士団長のシャルロット・プラン(eb4219)が現れる。そして、所信表明の演説は始まった。
「まず、最初に言っておくことがあります。新設となった空戦騎士団は唯一つ、王国ウィルのため存在する騎士団であり、団長職でありながら私事により職務を放棄したヘイレス卿が要職に返り咲くことはありません。もし、あなた方の中にその方針を良しとしない者があれば‥‥立ち去りなさい」
 ここまで言って、目を閉じる。去りゆく足音が耳に聞こえる。一つ、二つ‥‥さらに増えて行く。
「‥‥!」
 目を開けた時、シャルロットの目の前に残っていた者は、僅かに数名。後の者は遠くへ退き、抗議の目線を送っている。
「お言葉ながら!」
 居残った者のうち、一番の年長者が訴えた。
「ヘイレス殿が王のご機嫌取りに明け暮れ、形ばかりの団長職に甘んじておられたのなら、そもそも我々はこの場にはおりませぬ! 王の飼い犬たることを拒み、王より見捨てられた我等を救うため、反逆者と誹られ誅されることを覚悟してまでヘイレス殿が奔走されたからこそ、我々はここにいるのです! 真、騎士道に則りたるは我ら騎士を見捨てた王家ですか!? それとも自らの命も惜しまず我らを助けたヘイレス殿ですか!? その尊き行いが認められぬなら、我等はここを去ります! 失礼!」
 そして、残りの者も全てがシャルロットの前を去りゆく。が、すぐにその歩みは止まった。彼らの前にはヘイレスがいた。
「何をしておる? おまえ達が航空騎士を志すが故に、ここに連れて来たのだぞ。儂の苦労を無駄にする気か?」
「しかし、ヘイレス殿を蔑ろにする新団長の言葉はあまりにも‥‥」
「この、馬鹿者どもが!! さっさと集まらんか!!」
 迫力あるヘイレスの一喝。遠ざかっていた者達は、尋常ならぬ勢いで戻って来た。再び全員が揃ったのを確認すると、ヘイレスは皆にも聞こえるよう、静かだが明瞭な声でシャルロットに告げた。
「儂が王命を蔑ろにし、騎士団長の職務を放棄したるは紛れも無き事実。儂は騎士としてその事に対し、けじめをつけねばならぬ。そしてウィルが生まれ変わろうとしている今、騎士団を率いるは若き者が相応しい。シャルロット殿、後を宜しく頼むぞ。ここに集いし者達は皆、儂の子や孫も同然の者達だ」
「はい、心得まして」
 シャルロットは畏まり、一礼。さらに言葉は続く。
「一つ、お願いがあります。訓練が終わるまでの間は、依頼人として付き添って頂けますか?」
「うむ、よかろう」
 17人の候補生は皆、最初と同じく整然と並んで新団長の言葉を待っている。シャルロットがその一人一人の名を呼ぶと、きびきびと返事が返ってきた。
 彼らを鍛え上げたヘイレスに心中で敬意を表しつつ、シャルロットは告げる。
「では、これより選抜試験を始めます」

●起動テスト
「できる事なら全員合格できればいいんだが‥‥世の中そんなに甘くないからな。ま、最後は自分次第だ。手心を加えたって連中の為にならんし」
 そう言いながら、市川敬輔(eb4271)は運転してきたフロートチャリオットを止める。最初に行うのはゴーレムの機動テストだ。
「これを動かしてみてください」
 ザナック・アレスター(eb4381)に促され、候補生達は一人また一人とチャリオットに乗り込んで、機動を試みる。
 おや? 候補生達の中に、冒険者が混じっている。地球人の土師達也(eb9034)だ。
「あなたは何故、ここへ?」
「生徒としてグライダーの実習に参加することにした」
「でも、これは冒険者を対象とした訓練じゃありません」
 ザナックは困って、団長へ相談に行く。
「動かせるのか?」
 団長に問われると、達也は起動を試みる。チャリオットは難なく動いた。そして達也は、改めて団長とヘイレスに挨拶。
「お初にお目にかかります、土師(ハジ)と申します、以後お見知りおきを」
 どうしたものか? 団長がヘイレスに目線を向けると、彼は言う。
「物は試しだ。やらせてみよう」
 こうして達也は参加を許された。
 なお、この起動テストでは3名が起動を行えず、候補からふるい落とされた。

●適性テスト
 続くは適性テスト。最初に候補生達は、ザナック・アレスター(eb4381)がドイトレに頼んで用意させた『籠の鳥』訓練具に乗せられ、グライダーの模型の上で前後左右に激しく揺すられる。
 このテストでは2名が模型から転落して脱落。うち一人はむきになり、ザナックにくってかかる。
「こんな事をいきなりやらされたら、失敗するのは当たり前じゃないか!」
 しかし、テストに立ち会うリュード・フロウ(eb4392)は静かに諭す。
「戦場で出合った敵が、それまで見たこともない技をいきなり繰り出して来ても、あなたは文句をつけるのですか? 戦場でそんな余裕はありません。勝負の結果が全てを決めるのです。この選抜試験においても、それは同じです」
 その言葉に候補生は頭を垂れて詫びる。
「未熟なる私をお許し下さい」
 リュードは身体的な適性のみならず、候補生の人格や考えにも注意を払っている。若いが故につい頭に血が上る者はいるが、やはりヘイレスの連れて来た者だけあって、自分を律する事は心得ている。私心なき『志』、恨みなどの過去を振り払い未来へと目を向けて生きる『若さ』、苦難に逃げずに対峙する『強さ』、そしてそれらを備えるところから来る正しい『自尊心』。リュードが見るところ、候補生の誰もがその芽を持ち合わせている。たとえグライダー操縦の適性を欠く者であっても。後は、いかにそれを伸ばしてやるかだ。

●飛行テスト
 訓練生達の目の前でデモンストレーションが始まった。リュードのグライダーを空飛ぶ魔獣に見立て、市川敬輔のグライダーが目まぐるしく動く。宙返りに木の葉落としと、曲芸にも似たその動きに候補生達はすっかり目を奪われた。
 このデモ飛行は候補生達にグライダーの飛行が如何なる物かを理解させ、イメージし易くさせる為のもの。
 それが済むと、候補生達は冒険者の操縦者と共にグライダーに相乗りさせられる。高所恐怖症か否かをチェックする為だ。
「どっちが上だ!?」
 グライダーを宙返りさせ、敬輔が怒鳴った。
「わ、わかりません!」
「しっかり目を開けろ! 目を閉じれぱ死ぬぞ!」
 叱責の声に候補生は思わず閉じてしまった目を開き、必死の形相で空を見つめる。やはり最初は馴れぬものだ。
「よし! もう一度行くぞ!」
「は、はい!」
 レイ・リアンドラ(eb4326)の飛行も初心者にとっては相当に粗っぽい。急上昇に急降下、そして急旋回。その後で不意に質問する。
「君は航空騎士になって何を為したい!?」
「か、考え中で‥‥あ、あ、あります!」
 やはり最初のうちは、動揺してしどろもどろの答えが返ってくる。。
 地上から見るのと、実際に乗ってみるのとでは大違い。しかし飛行を続けるうちに多くの者は徐々に馴れて来て、答える口調も落ち着いて来る。
「自分は一族の名誉を回復したく思い、とにかくがむしゃらに鍛錬に励んで来ました。具体的に何を為したいかなど、深く考えた事もありません」
「そうか。だが、これからは違う。自分の進むべき道を決めるのも騎士の勤めだ」
 眼下には訓練場。仲間達の姿が小さく見える。
「どうだ、初めて空を飛ぶ気分は?」
「馴れて来ると気持ちのいい物です。まるで風の精霊になったように」
 その言葉をきき、こいつは見込みがあるとレイは思った。適性を計る上で最初にどう感じるかは重要と、レイは見なしている。
 だが、中にはどうしても恐怖心を克服できぬ者もいる。
「しっかりして下さい!」
 グライダーを着陸させたザナックが声をかけても、同乗した候補生は青ざめた顔でグライダーの機体にしがみついたまま動けない。
 結果、このテストでは2名の脱落者が出た。
 テストを通過した者達に対しては市川敬輔が座学で操縦法を教え、次いで手信号の教習をみっちりと行った。

●初飛行
 いよいよ、候補生達がグライダーを操縦する時が来た。それに先立ち、医者のゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)が低体温症とブラックアウト(意識の喪失)の予防策を講ずる。
 低体温症には毛布と布とぬるま湯、そして体を内側から温める暖かい飲み物。
 またブラックアウトの予防として、候補生達の下半身を布できつく締め付ける。これで飛行中、脳から血液がひき下半身に集中する危険はいくらか減る。
 また、候補生達にも注意を促す。
「体調が悪くなりましたら、すぐに訓練を中止して地上に降りて下さい。無茶をしない勇気も、時には必要です」
 候補生の操る最初のグライダーが飛び立つ。時を置かずしてリュードのグライダーも離陸。安全な距離を置いて先行機をエスコートしながら操縦の様子を監察する。
 最初は低空でゆっくりと訓練場を1周させ、飛行に馴れて来たら徐々に速度と高度を高めて行き、複雑な飛行を行わせるのだ。
「上手いものですね」
 候補生は概ね覚えがいい。あらかじめデモ飛行をやって見せたことで、飛行のイメージを思い浮かべ易くなり、それが上達に寄与しているように思える。

●十七の落ち穂ともう一つ
「貴族に騎士の世界から落ちた穂と、自分の世界から零れ落ちた穂か」
 候補生達の中に混じり、独り言つ土師達也。候補生達の境遇と、天界人と呼ばれる自らの境遇をどこか重ね合わせていた。
 双眼鏡を使い、訓練飛行をする候補生を見る
「皆、巧くやってる‥‥でいいのか?」
 多くは巧く飛べているが、ふらついている者もいる。
 暫くすると、を向けていたが、やがて達也は自分の側で待機中のグライダーに目を向けた。
「これが、グライダーというものか」
 ふと、達也は思った。
(「グライダーの魔法装置も地球の飛行機の動力部のように、震動を発するのだろうか?」)
 なぜかそれを無性に確かめたくなり、ついつい震動の探知魔法バイブレーションセンサーの呪文を口にする。
 候補生達全員が達也を見た。彼らの目には不審の色。
「何故、ここで魔法を使う!?」
 騎士団長までもが飛んで来て問い詰める。
「いや、ちょっと‥‥」
 軽い気持ちで魔法を使ったことを達也は後悔した。その使い方を誤れば、魔法は人を傷つけ、時には人を殺しもする。魔法の使用に際しては、事前に断りを入れるべきものなのだ。例え、それが人を害さぬ探知系の魔法であっても。術者の手が形作る魔法印の形と呪文の詠唱から、それが何の魔法かを咄嗟に判断する事は、馴れぬ者には難しい。
 候補生達の気持ちを代弁するように、リュードが言った。
「この中には航空騎士になることを切に望みながらも、適性が合わずに篩い落とされるであろう者もいるのです。それに比べればゴーレムを動かせて魔法も使え、トルクの王によって騎士身分を保証された天界人のあなたは遙かに恵まれています。自分に備わった力の何たるかを、もっと正しく自覚して下さい」
「済まなかった。気をつける」
 達也は素直に詫びた。

●ルーケイの地へ
 ルーケイ伯与力・越野春陽(eb4578)の発案により、飛行訓練は王都の西に位置するルーケイの地にても行われる。騎士学院からの移動はルーケイ水上兵団が取り持った。
「この訓練はルーケイ内でのエアルート設置の事前調査も兼ねます。訓練とエアルート設置を名目として空戦騎士団を引き入れたのは、ルーケイがかつての叛徒を集めて航空兵の育成を図っているという疑念を抱かせないという狙いもあります」
 ルーケイには現在、65名の元叛徒が抑留され、彼らは戦争捕虜としての処遇を受けている。そしてルーケイはゴーレムグライダーが優先的に配備される土地。猜疑心の強い現国王のことだから、何かのきっかけで反乱の嫌疑を掛けられる危険は否定できない。
 春陽から説明を受け、ヘイレスはこの地の事情を理解した。
「近々、ルーケイ伯に会わねばならぬな。復興会議での件について、詫びも入れねばならぬ」
 謝罪については騎士団長からも求められていた。

●贈る言葉
 全ての訓練過程が終わると、その成績記録は健康診断や各種テストのデータと共に纏められ、騎士団長らに提出された。
 17人の候補生のうち最終選考を通過し、飛行許可証を手にした者は10人。
「よく頑張った」
 と、敬輔は彼らの努力を労う。
「だが、ここがゴールじゃないんだ。寧ろこれからが大変だぞ」
 また、副団長レイは騎士学院校長に掛け合いに行く。レイは自分が後見人となり、候補生のうち優秀な者を騎士学院に入学させるつもりでいた。
 そして、騎士団長シャルロットはヘイレスとの別れ際に告げる。
「一つお願いが‥‥。死なないで頂きたい」
 真顔で言葉を発していた。騎士団長の顔ではなく、父を慕う娘の顔で。
「死ぬような真似をするなとはいいません。ただ、今の貴方は亡くなった父の最期の姿に重なります。私は今でも父のこと誇りに思っています。が、残された娘の気持ちなど‥‥」
 気がつけば、ヘイレスの武骨な手がシャルロットの肩を抱いていた。
「死にはせん。儂にはまだまだ、やらねばならぬ事がある」

●硬骨漢
「結局、騎士団長の地位を辞されたのですね」
 クレア・マーベリック(eb9274)にとっては不本意な結末。だから、懸念をヘイレスに打ち明けた。
「これは新興勢力による追い落としの結果と見られる恐れがあります。結果、王国内の守旧派勢力の不満が冒険者や王国に向かう可能性があります。騎士団長を辞したとは言え、第二のウィンターフォルセの乱を起こさぬためにも、卿のような硬骨漢が不遇の騎士の代弁者として、騎士団内に存在するべきではないのでしょうか?」
「既に副団長のレイ殿からは、相談役として騎士団に留まるよう求められておる」
 とヘイレスは答え、さらに言葉を続ける
「だがそれより先に為すべきは、新空戦騎士団の露払いだ。儂が説得せねば言う事を聞かぬ頑固者は数多いが故にな」