●リプレイ本文
●準備のための準備
異世界の『聖夜祭』とは何ぞや、と集まった人々の数は冒険者達が思っていたよりも多く、ちょっとした広場をまるまる一つ占領することとなった。
全体の計画のまとめ役となった篠宮沙華恵(eb4729)が町の人が気を利かせて持ってきた木箱の上に立ち、ざわめく大人から子供までを一望すると、じょじょに静かになっていった。
最初の挨拶を終えると、沙華恵は初めに今回の月霊祭と聖夜祭合同のお祭りは、王都警備の人達にも話を通してあるから、常軌を逸した行動をしないかぎりはおおいに楽しむことができる、と告げた。
違法ではないとはっきりわかると、再び人々が活気付く。
それから沙華恵は聖夜祭はどんなお祭りなのかを説明し、その後子供の集団とシフールの集団に目を移し、彼らの紹介をする。
子供達はラスター・トゥーゲント(ea1115)がネバーランドから誘い、シフール達はユラヴィカ・クドゥス(ea1704)がしふ学校の生徒達に声をかけて、それぞれ連れてきたのだ。
「月霊祭についてはアデルさんや王都警備の方にお話を伺いました。こちらも一緒に盛り上げていきたいと思います。皆さん、楽しいお祭りになるようにがんばりましょう!」
沙華恵が声高く宣言すると、群集から歓声と拍手が沸きあがった。
その後はラスターが手伝いに集まった人達の役割分担に取り掛かった。
大きく分けて、料理、飾りつけ、聖歌や聖書劇に使う衣装作りの三つがある。
料理は燕桂花(ea3501)とヴェガ・キュアノス(ea7463)を、飾りつけはアデル・モーブリッジ(eb9636)を、聖歌や聖書劇、衣装作りはムネー・モシュネー(ea4879)、ギルス・シャハウ(ea5876)に天野夏樹(eb4344)がそれぞれリーダーとなって準備を進めることになった。
ラスターはネバーランドから連れてきた子供達の中にいたディーノとラクーナに声かけ、二人が子供達のリーダーとなって手伝いをするように言った。ディーノは飾りつけに、ラクーナは料理の手伝いに、希望者を連れてアデルや桂花のもとへ行った。
しふ学校からは25人ほどが来ていた。中でも裁縫を得意とする者5人をムネー達のところへ送り、料理が得意な8人を桂花のところへ、他をアデルのところへと割り振った。
後は町の人達だが、彼らは月霊祭の準備がある者もいるため、無理のないように、できる範囲で好きなところを手伝ってほしい、と頼んだ。
ヴェガが町の人にまず尋ねたのは、食材の保管場所だった。冬とはいえ放置はできない。祭り当日まで傷まないよう加工し、保管する場所が必要だ。
そこで名乗りを上げたのは大きな農家の女だった。
「うちの地下蔵を使えばいいよ」
との笑顔の申し出に、ありがたく使わせてもらうことになった。
予想通りというか説明がいろいろと必要だったのは、聖歌や聖書劇のグループだった。
あらかじめムネーが町の教会を訪ねたが、当然聖夜祭など知らない。そこで夏樹から地球のクリスマスについて、教会の司祭からは月霊祭について聞き、ムネーの知るジーザス教と合わせて楽しめるような劇を作ろうとした。
「共通の題材を見つければいいよな」
ギルスの指摘に頷き、2人で聖書をめくる。
その間に夏樹は町の人達に地球のクリスマスにまつわる話やサンタクロースのことなどを話して聞かせた。
テーマとして『聖なる心』や『安らぎ』が決まると、ギルスとムネーは聖歌隊や出演者の募集を始めた。この話は、ここに集まっている人達から広まってくれるだろう。
●準備段階からお祭り騒ぎです
集まった人々の口とラスターの協力者募集のチラシのおかげで、聖夜祭前日には顔合わせの日以上の人が広場に詰め寄せた。
すでにエーロン王子から下賜された食材や町の有力者が提供した食材の他にも、それぞれが持ち寄った食材が加わり、広場の一角に作った調理コーナーは女性陣で大賑わいだ。
「メニューを決めよう!」
調理組リーダーとなった桂花が意見を求めた結果、シチュー、焼き菓子類、パンやジャムといったあたりに落ち着いた。
「せっかく王子から頂いた山鳥だから、それは詰め物をしてローストにしたらどうじゃ? 豪華な雰囲気が出ると思うがのぅ」
いくつも身につけたアクセサリーを鳴らしながら言ったユラヴィカの案も取り入れられ、山鳥はローストにされることになった。
肉類は先日のうちに保存用に加工してある。後はちょうど良い大きさに切って調理すればいい。大鍋は宿屋のおカミさん方が貸し出してくれた。
集まった女性達が一斉に肉や野菜を刻む様は、なかなか迫力があった。台所に慣れた男性でも近づくのを躊躇うような空気が流れている。
桂花は子供達にはお菓子作りを任せることにした。
こちらはヴェガが指導を引き受けた。
時折、ブトウの皮をむいている子に、
「つまみ食いはいかん!」
と、叱り付けている。
桂花としてはクリームで特製デコレーションケーキを作ってみたかったのだが、砂糖が非常に貴重なもので、必要分を手に入れるのは不可能だったため、ブドウやベリー類で甘みを出した焼き菓子になったのだ。
幸い果物はたくさんあるので、リンゴはワインでコンポートにして焼き菓子に乗せ、一緒に作るクッキーの付け合せにベリーでジャムを作ったりとやることは山盛りある。
果物並みにふんだんにあるキャベツは、山鳥の詰め物やシチューの具になる他、塩とハーブで漬け込んでザワークラウトになった。
焼き菓子用の生地を練っていたラクーナがヴェガに声をかけた。
「月霊祭も一緒にやるのよね。あっちでも市や露店が立つから、負けないように競争だね!」
「うむ。おいしいものを作って皆に振舞おう。ほれ、そこ。またつまみ食いしおって。そなたのクッキーは数を減らすぞえ」
二人が話している隙を狙ったつもりの子供がいたが、ヴェガに目ざとく見咎められ、舌を出した。食べたい盛りの子供達には、たくさんの果物を前におあずけというのは拷問に等しいものかもしれない。
練りあがった生地をクッキーとフルーツケーキに分けた頃、夏樹が現れた。
「聖書劇のほうも凄かったよ。ユラヴィカさんがサンタクロースローブを貸してくれてね、型紙作って皆の分作るんだ。今頃しふ学校の生徒さんと町の娘さん達で張り切ってるんじゃないかな」
「いいねぇ、たくさん集まったの?」
話を聞きつけた桂花がひょいと顔を出す。
夏樹は興奮冷めやらぬといった顔で続ける。
「子供から大人まで。劇は人数が限られるけど合唱は大勢いてもいいでしょ。ラスターさん、どういう宣伝したんだろう。凄いね。そうそう、ヴェガさんが使えるようにしたウサギの毛皮や鳥の羽も喜ばれてたよ。羽は髪にさしたり帽子や服に飾ったり」
夏樹の報告に当日への期待がますますふくらんだ。
劇と歌の練習は教会を借りて行われた。
ラスターとギルスの募集宣伝により充分な人員が集まっている。町の大人や子供に加え、ネバーランドの子供やしふ学校の生徒も混じっていた。
聖書劇の出演者としてムネーは集中して練習に参加できる人を求めたため、だいぶ人数が絞られた。月霊祭の仕事のある者やその他常の練習参加が難しい者は、聖歌隊に回ることになった。
「セトタ語に翻訳して変わってしまったイントネーションでは、もともとの曲調ではちぐはぐになってしまうだろうな。吟遊詩人を雇うべきか、教会に任せるべきか……」
ムネーのこの悩みは、町の主人達によってあっさり解決した。
「砕けて言えば替え歌だろ? 任せとけって。曲と歌詞を教えてくれよ。俺達が見事に立派な聖歌にしてみせるさ!」
いかにも昼から一杯引っ掛けてそうな男達だった。きっと酒場で毎日のように替え歌を歌って騒いでいるのだろう。
よりにもよって聖歌と替え歌を同列にすることに、ムネーは大きく異議があったが、教会を貸してくれた司祭も加わるということで、こみ上げる文句を飲み込んだ。
「劇のテーマはジーザス誕生の瞬間、という奇跡を扱うから、くれぐれも宴会芸のような歌にはしてくれるな」
と、ムネーはくどいほど念を押した。
歌に関しては夏樹も一枚噛んでいて、地球の映画で使用されていた曲が聖夜祭にぴったりだ、と調理コーナーに行く前に、ムネーに自ら歌って紹介していった。
劇のシナリオに関してはムネーとギルスで、誰にでもわかり感銘を与えられるような内容にしたため、出演者達もすんなり飲み込んでくれた。
そんなふうにして練習も進み、意外なことにまともな聖歌も出来上がり、聖夜祭前日を迎えたのである。
順調な仕上がりに満足したギルスは、監督をムネーに任せて教会の外に出て、飾りつけ組の様子を見にいった。
「高いところは手伝うよ〜」
と、声を上げるとディーノがすぐに駆け寄ってきて星型の飾りを突き出した。
「ラッキースターをつけてよ。ほら、あそこ」
と、樅の木のてっぺんを指差す。
このラッキースターはユラヴィカが貸し出したものの一つだ。
「オッケイ。ちょっと待ってな」
ラッキースターを受け取ったギルスが飛びかけたところで、別の誰かが引きとめた。
ディーノの横に現れた少年は、両手一杯に真っ白な長い羽根飾りを抱えていた。町の人が提供したニワトリの羽をつなげて作ったものだ。
「これも、上から巻きつけてほしいんだけど」
「いいよ、ちょうだい」
少し緊張気味だった少年の顔は、ギルスの優しげな笑顔に緩んだ。
背の高い樅の木のてっぺんにラッキースターを挿し、長い羽根飾りを上から巻きつけていくと、下で子供達が歓声を上げていた。
その中にアデルの姿も混じっていた。
その頃、沙華恵は同時開催の月霊祭の準備に忙しい市場で、値切り戦争を起こしていた。
伊達眼鏡を光らせ店の主人にどこまでも食い下がる姿は、人目を集めていた。見物人が増えていくにつれ、店主も居心地が悪くなったのか、ついに沙華恵の提示した値より少し高い値を告げ、
「これ以上はまけられねぇ!」
と、口を一文字にした。
そこでようやく沙華恵もいつもの品の良い笑顔になり、満足そうに頷いたのだった。
店主の告げた値で買えれば上々である。何しろ量が多いのだから、値切れるだけ値切っておきたかった。
「では、こちらがお代です」
店主は何とも言えない顔で、沙華恵の手伝いとしてついてきた子供達の引く荷台に、調味料類やハーブなどを積み込んだ。
ちなみに代金はニワトリなどを提供してくれた町の富裕層の人がこれまた出資してくれた。
帰り道、子供達は大はしゃぎだった。
「お姉ちゃんのあの迫力! うちの母ちゃんより凄かったよ!」
「あら、どんなお母さんですか?」
「えーっとね、あっ、ほらあそこ! あそこで果物売ってるよ!」
その子供が指差したほうを見ると、大仏のような女の人がリンゴがぎっしり詰まった木箱を運んでいるところだった。
背も高いが横幅など沙華恵の三倍近くありそうだ。
母親のもとへ駆け出しそうな子供の首根っこを捕まえ、沙華恵は綺麗な笑顔を見せた。
「桂花さん達が待っていますから、早く戻りましょうね」
一瞬ヒヤッとした空気に、その子だけでなく周囲の子達の足も自然と早くなったのだった。
妙に口数の少なくなった子供達と足早になって帰る途中、通りのあちこちにあるクリスマスツリーに飾りつけをしているアデルと会った。
彼女の手には太い蝋燭の箱があり、その一本一本に絵が描かれていた。
「綺麗でしょう? 子供達と描いたのよ」
蝋燭を見た子供達の目が輝く。
そのうちの一人が「あっ」と声を上げて、一本の蝋燭を取り上げた。
「裸の女の人だ!」
「うわっ、エッチ!」
裸だ裸だ、と騒ぐ子供の手から、アデルが素早く蝋燭をもぎ取った。
「もぅ、あの人達ね」
「大人も一緒に描いてたのですか?」
「えぇ、まぁ。‥‥これは、酒場にでも持って行きましょう」
「捨てないのですね」
「これくらい、たいしたことないでしょう? お祭りだもの。それに人目につくところに飾るわけでもないし」
アデルはいたずらっ子のように笑った。
●当日も負けてはいられません
晴れ渡った空のもと、月霊祭と聖夜祭は華々しく開会した。
桂花とヴェガが中心に仕切る調理コーナーは息をつく間もないほど大盛況だった。
そんな中、ヴェガは温かいシチューやフルーツのたっぷり乗ったこんがりケーキと共にワインを振舞っていた。
もちろん「俺も飲みたーい」と言う未成年には笑顔で断って。
「やあ、楽しんでるかい?」
軽やかなベルの音と共に現れたのはギルスだった。彼はトナカイの扮装をさせたペットの牧羊犬、ルーニーとファニーを連れていた。そんな彼もサンタクロース姿だ。
大きな角やベルの音に周囲の人々の視線が集まる。
ずっとニコニコしっぱなしのヴェガは、そのまま上機嫌で答えた。
「ギルス殿。今日は良い日じゃ。そちらはどうかのぅ」
「今頃最初の聖書劇をやっているよ。大人も子供も見に来てくれた」
「それは何よりじゃ」
「ここも、盛り上がってるね。‥‥ほら」
クスッと笑うギルスが指す方を見れば、客にケーキを手渡しながらちゃっかりナンパしているアデルの姿があった。相手の若い男性はしどろもどろになりながらも、満更でもなさそうだ。今日一日の関係で終わるのか、新しい恋に発展するのかは本人達次第だろう。
「それじゃ、そろそろ行くよ。子供達にクッキーをプレゼントしたいんでね」
そう言ってサンタクロース・ギルスはトナカイ・牧羊犬と共に賑わう通りへ去っていった。
沙華恵に化粧を手伝ってもらい、自作の赤いミニスカートとサンタクロースローブを羽織った夏樹もクッキーを配り歩いていた。
子供達を対象にしていたはずなのだが、夏樹のすらりとした足に惹かれたのか、子供をダシにしたお父さん方まで群がってきてしまっていた。
そのため夏樹は子供達にクッキーを渡しながら、お父さん達にも笑顔をプレゼントするハメになっていた。
当然『おさわり厳禁』である。
「‥‥まぁ、自業自得、ですね」
そんな夏樹を助けるわけでもなく離れたところから見守っていた沙華恵の側に、ふと気配が現れた。
「あれはいい商売になるかもな」
こんないかがわしいことを言うのは‥‥。
「マーカスさん」
「よ〜、儲かってるかい?」
「マーカスさん、クリスマスに吝嗇な豪商が改心する‥‥そんなお話が天界にはあるんですよ」
「ほぅ。おれぁいつも清く正しいからなぁ」
どの口が言うのか、と問い詰めてみたくなった沙華恵だったが、こんな日くらい見逃してもいいかという気になった。
月霊祭の市や露店も例年になく盛大にやっているらしい、と聞き、沙華恵はそちらへ行ってみることにして、マーカスと別れた。