黎明ルーケイ〜水精霊の縁

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月12日〜12月17日

リプレイ公開日:2006年12月18日

●オープニング

●咲き開きし花
 ゆったりとした大河の流れに浮かぶ川船。かなり大きな屋根付きの船だ。
 今、船は酒宴で盛り上がっている。これはルーケイ伯が現地家臣団の第5位、リリーン・ミスカが催す酒宴。
 船の甲板には、船縁に身をもたれて話をする者達の姿がある。
「ここは川風が強いだろう?」
 リリーンが連れの冒険者に言った。
「この川風のお陰で、帆を張れば早く船を進められる。しかし、さらなる内陸部に入った大河の上流では風が弱まり、ルーケイで船を進めるようにはいかなくなる」
「へえ、詳しいじゃん」
「水と風の事を知らずして、大河の上では生きてゆけぬ」
 言って、リリーンは相手の瞳が銀色の輝きを帯びているのに気付く。
「おまえの瞳、不思議な色をしているな」
「だろ? この目にあやかり、俺はいつの間にか銀眼戦医と呼ばれるようになっちまった」
 酔いを醒ましながら話す二人。そこへやって来たのが、素顔を鬼面で隠した鬼面男爵。彼こそはルーケイ伯が与力の一人。
「ここにいたか。リリーンよ、おまえに訊ねたいことがあってな」
「何か?」
「父親の事を知りたくないか?」
「‥‥!?」
 リリーンの顔が一瞬、強張る。
「貴公も自らの血統というものを知っておきたいだろう。なに、出生が判ったとして貴公の今の立場が悪くなるような事は無いよ」
 河賊からルーケイ伯の家臣に取り立てられたリリーンは、自らの出自の多くを語らない。ただ、その母親が娼妓であり、父親は遊び人の貴族だったという事はよく口にしている。
「いや‥‥それには、及ばない」
 少し間を置き、たどたどしい口調で答が返ってきた。
「貴族のお家騒動に巻き込まれるような真似は御免だ。下手をしたら刺客を送られかねない。それに父親の事など‥‥今更どうでもいい」
 ひひん。馬の鳴き声がする。銀眼戦医がリリーンに贈った幼い駿馬だ。今は岸辺に置かれ、時おり視線をこちらに向けていななく。
「いい馬だな」
「今はまだ小さいけどな。すぐに大きくなるさ。美女に乗ってもらえりゃ最高だ」
 なぜか、銀眼戦医をまじまじと見つめるリリーン。
「どうした?」
「美女なんて言い方はよせ」
 すると、リリーンの背後から声がかかる。
「リリーンさんはドレスアップされないんですか?」
 伊達眼鏡にチャイナドレスという出で立ちの、地球人の娘が立っていた。この娘、先にはリリーンにテーマパークの建設を進言していたりする。
「ドレスでは戦えぬ。ひらひらした服では動きが鈍くなる」
 そう答えるリリーンの恰好は、いかにも河賊そのものな皮鎧姿。
「お綺麗なのにパーティで着飾らないなんて勿体無いです! 吊るしのドレスで申し訳ありませんけど、着て下さい!」
「断る。私の好みじゃない」
 すると、地球人の娘はリリーンの耳に囁く。
「ルーケイ伯も、リリーンさんのドレス姿を見たがってますのよ」
「何‥‥!?」
 これが殺し文句。断る気力はどっかに飛んでいってしまい、気が付けばリリーンは着替え所の中。
「船上酒宴という事でパンプス、シルクのドレスかアフタヌーンドレスにアクセサリ各種でどうでしょう? 着た物はそのまま差し上げます」
 いつの間にか髪を結われ、メイクされ、そして気がついた時。リリーンは酒宴のまっただ中で、皆の視線を一身に集めていた。
 それまで絶妙なるリュートの調べを奏でていた、冒険者のバードもその手を止めてリリーンの姿に見入る。両脇に肉野郎な男を侍らせて楽しんでいたお騒がせクレリックも、リリーンを見て一言。
「やるもんだねぇ。俺の美しさには到底及ばねぇけど」
 そしてルーケイ伯。リリーンの美しさに感嘆し、暫し言葉も出ぬ様子だったが、やがて伯持ち前の自信に満ちた態度で、リリーンを近くに招いた。
「今日は目出度い日だ。このように美しき姿にまみえる事が出来たのだから。だが、まだ足りない物がある」
 そう言って、ルーケイ伯は懐より髪飾りを取り出した。この時のために用意したパールフラワー。それは大小様々のパールでいくつもの花を作って散らした、美しき髪留め。それを自らの手でリリーンの髪に留めてやるが、リリーンはまじろぎもせず伯を見つめ、その唇から微かな声で漏れる呟きは、
「私‥‥そんなに、美しいか?」
「ああ、美しいとも」
 出し抜けに、リリーンは身を翻した。
「失礼する!」
 伯に詫びを入れて足早に退き、駆け込んだ先は着替え所。
「リリーンさん?」
 リリーンを着替えさせた地球人の娘が問いかけるが、リリーンは我を忘れたように鏡の中の自分の姿に見入ったまま。
「似合わない‥‥こんなの、私には似合わない! みんな、おまえに返す!」
 小さく叫ぶや、乱暴にドレスを脱ぎすてて娘に突っ返す。さらにスカーフも、チョーカーも、ネックレスも。そして頭の髪飾りにも手を伸ばす。が、ためらうようにその手の動きが止まる。すると、
「リリーン様! 大変で‥‥!」
 切迫した声と共に、着替え所の扉が開いた。だが、やって来たリリーンの部下は、あられもないリリーンの姿を目の当たりにして硬直。
「し‥‥失礼を!」
「構わぬ! 何事だ!?」
「る、瑠璃姫が行方知れずに!?」
「何だと!?」
 リリーンの顔からさっと血の気が引いた。

●眠れる力
「‥‥あれでガイの最も強き戦士とは聞いてあきれるわ。『断ち切る者』よ聞かせて貰いたい物だな。伝承では虹の竜にも匹敵するはずの者が、なぜああ脆いのか?」
「陽の巫女は軍勢率いる者。『引き出す者』。目覚めても一人では最もか弱き者だ」
 夢現の中に響くこの声は‥‥。
 意識が戻り、瑠璃姫は自分が沼の畔で介抱されている自分に気付く。頭上には心配そうに見つめるスレナスの顔。周囲には冒険者達、さらに水の精霊フィディエルとケルピーも。
「‥‥陽の巫女? ‥‥『断ち切る者』? ‥‥『引き出す者』?」
 さっき聞こえた言葉を口にすると、不思議そうな顔になるスレナス。
「今、何と?」
「え?」
 今度は瑠璃姫が不思議そうな顔に。
「お前は何を言ってているのだ?」
 ケルピーからもそんな言葉が。
 あの声はケルピーとスレナスの言葉に聞こえたのだが、違ったのだろうか? それとも何かが、夢を通して何かを彼女に教えようとしたのだろうか?

●水精霊の地
 結果的にフィディエルに助けられて命は取り留めたとはいえ、天界の伯爵令嬢たる瑠璃姫が酒宴を抜け出してふらふらと沼地に彷徨い出て、ケルピーによって沼に引きずり込まれて死にかけた事は、リリーンにとっては大きな失態だった。お陰でリリーンはふさぎ込み、立ち直るのに何日もかかった。
「ですが、悪い事ばかりじゃありません。あの事件で水精霊と冒険者達との間に縁が出来たわけですし」
 腹心ベージー・ビコのその言葉に、リリーンは閃きを得た。
「いっそ、水精霊達の住処たるあの土地を、冒険者達に任せてみるか」
 紅花村の東側に広がる湿地帯は、水の精霊が支配する土地である。そこには水精霊フィディエルの姉妹達に、その従僕たるケルピーの群れが住まう。
「これまで人々は水精霊を恐れて寄りつかず、故にあの土地は長らく手つかずのままだった。しかし冒険者達であれば、水精霊の機嫌を損ねず、あの土地を上手く利用する方法を見つけだすかも知れぬ」
「ですが万が一、水精霊の怒りを買った時には‥‥」
「自らを人身御供に差し出させる。それだけの覚悟のある者達に来てもらおう」
 リリーンの口元に浮かぶ、その笑みが怖い。

●今回の参加者

 ea1643 セシリア・カータ(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea5013 ルリ・テランセラ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 eb0420 キュイス・デズィール(54歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb4412 華岡 紅子(31歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb7689 リュドミラ・エルフェンバイン(35歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb8483 スキャッグス・ヴィーノ(24歳・♂・ウィザード・エルフ・アトランティス)
 eb9744 ローザ・ランティス(20歳・♀・ウィザード・エルフ・アトランティス)

●サポート参加者

物見 兵輔(ea2766)/ ルーク・マクレイ(eb3527

●リプレイ本文

●瑠璃姫との再会
 まず冒険者達は、依頼主であるリリーンへの挨拶に出向いた。その折りに。
「かの地を精霊様の領地と見なすなら、精霊様の許可無しで何か事を起こすのは、相手にとって面白くない事と存じます。そこで、かの地では一般人を遠ざけ、開発も避け、水精霊様を祭る方針を採るべきかと」
「基本的にはそれで良い。とにかく水精霊達とうまくやり、ルーケイの益となるよう図れ。そのために貴公らを呼んだ」
 イリア・アドミナル(ea2564)の提案を受けてそのように答えたリリーンは、冒険者達の中に馴染みの顔を見つけた。
「瑠璃姫!」
 仲間達の後ろに隠れるようにしていたルリ・テランセラ(ea5013)の前に歩み寄り、恭しく一礼。その態度にルリはかえって困惑を覚えた。
「ごめんなさい‥‥」
「なぜ、貴女が詫びるのです? 貴女のお命を危険に晒した事で、詫びを入れねばならぬのは私の方です」
「どうして、るりの為に謝るの? るりは天界の伯爵令嬢でも、この世界ではるりはただの小娘なのに。それに冒険者になっているなら死んじゃう事の覚悟も‥‥怖いけどできているし‥‥」
「瑠璃姫様‥‥」
 リリーンの顔に戸惑いの色。ルリの言葉にどう返事したら良いか、考え倦ねている様子で。
「‥‥もっと、ご自身を大切になさいませ」
 その一言を口にするまで間があった。
 しかし、ルリはその言葉をどう受け止めたらいいのか分からず、押し黙ったまま。
「‥‥瑠璃姫様?」
「ごめんなさい‥‥るりはまだ人がよくわからないです‥‥ごめんなさい‥‥」
 一瞬、リリーンの顔にちらりと浮かんだそれは悲しみの色だったか。
「瑠璃姫様。水精霊達の地へ自ら赴かれるのであれば、このリリーンもお供致しましょう」
「‥‥え?」
 その言葉に戸惑うルリ。
「‥‥どうして、るりのためにそこまでしてくれるの?」
「それは‥‥瑠璃姫様が大切なお方だからです。アレクシアス閣下にとっても、私にとっても」

●紅花村
 水精霊達の土地に向かうに先立ち、イリア達は紅花村のあちこちを歩き回って、農業用水の利用状況を調査した。
「ここは水に恵まれた土地ですね」
 主たる農業用水はすぐ目の前を流れる大河の水。遙か上流から流れて来る水は栄養分が豊富で、作物の栽培に適している。またこの辺りは湧水地なので、飲料となる湧き水にも困らない。
「でも、何だか懐かしい風景ね」
 地球の日本から来た華岡紅子(eb4412)にとっては、紅花村の景色は日本の田園風景と重なる。
「あら?」
 まるでお地蔵様のように道端に立つ小さな像が目についた。髪を伸ばした少女の像だ。
「この像は?」
 通りかかった村人に尋ねると、
「水精霊フィディエル様の像にございます」
 との答があった。
 村人の言うには、水精霊の住処に近いこの土地では毎年8月の水霊祭の頃になると、月夜の晩にフィディエル様がケルピーに乗って方々の井戸や水場を見て回るのだとか。井戸が汚れていたりするとフィディエル様のお怒りを招くので、その頃になると誰もが井戸掃除に励むとのことだった。

●ケルピーの歓迎
 そしてやって来た水精霊の地。
「手綱をケルピーの首にかける事が出来た人は、思いのままにケルピーを操れるのですか?」
 アトランティス生まれのウィザードであるローザ・ランティス(eb9744)は、仲間からそんな話を聞いていた。確かに地球のスコットランドにはそんな伝承が残されているし、ジ・アースには実際に手綱を首にかけてケルピーを操った者もいる。
「護身用に手綱を乗って行きたいです」
 それを聞いて、イリアが言った。
「首に手綱をかけるまでが大変なんですよ」
 歩き続け、とある沼の淵に差し掛かった時。
 ばしゃ! 水の飛沫を跳ね上げて、沼の中からぬうっと突きだしたのは青黒い馬の上半身。早々にケルピーのお出ましだ。
「ヌシらの主に用があって来た、取次ぎを頼みたいのだが?」
 と、長渡泰斗(ea1984)が呼びかけたが、返ってきたのは水飛沫。
 どばしゃあっ!
「うわっ!」
 顔にひっかけられた。冬の水は冷たい。
「あまり友好的な相手ではないな」
 と思いつつ、次いでスキャッグス・ヴィーノ(eb8483)が呼びかける。
「我々は話し合いに来たのだ! あなた達、水精霊と仲良くしたい!」
 どばしゃあっ!
 またも水飛沫。スキャッグスの顔がずぶ濡れ。ケルピーを見れば悠然と沼を泳ぎつつ、小馬鹿にしたような視線を送ってくる。
「ウォーターボムの1発でも喰らわせてやるか?」
 呟くと、セシリア・カータ(ea1643)にたしなめられる。
「ここは穏便に。それにしてもケルピー、どうしたら言うこと聞いてくれるかしら? 何とかして首に手綱をかけるしかない?」
「試してみるか?」
「そうですね‥‥」
 手綱ならペットの馬に付けてある。それを取りに行こうとしたセシリアの足が、はたと止まった。
 勇敢にも‥‥いや、無謀にもというべきか。キュイス・デズィール(eb0420)が大股で沼に踏み込もうとしているではないか。
「何をするつもり!?」
「おう! ここは俺に任せろ! エロカッコ良く頑張ってやるぜ!」
 そしてキュイスは沼のケルピーに向かって喋り始めた。
「おう、ケルピーども。馬のくせしていいガタイしてるじゃねぇか。さしもの俺も‥‥」
 ピィ────────────ッ!!
 この辺りに住む水のエレメンタラーフェアリーが、何故か唐突に現れた。そのやかましく吹き鳴らす草笛にキュイスの言葉がかき消され、離れた仲間には届かない。
「一体、何を喋っているんだ!?」
「見て! ケルピーの数が増えています!」
 1匹、2匹、3匹、4匹。キュイスの前に集まってきたケルピー達の目は、怒りにらんらんと燃えているようで。
 突然、草笛の音が止む。キュイスの言葉は仲間達の耳にも飛び込んで来た。
「さあ拝ませてもらおうじゃねぇか! 馬並のアレを!!」
「馬鹿にするなぁ!!!!」
 ケルピー達の怒りの叫び。そして沼の水面が津波のように大きく盛り上がる。
 どばああああああっ!!
「うわぁ! 馬波だぁ!!」
 ケルピー達の起こした大波を被ってキュイスは全身ずぶ濡れ。それでも豪快に笑う。
「わはははは! 水も滴るいいオトコってな! ‥‥は、はっくしょーい!」
 すると、少女の凛とした声が沼に響いた。
「一体、これは何の騒ぎ?」
 ケルピー達の主、美しい少女の姿をした水精霊フィディエルが沼の水面に立っていた。

●フィデェイルの姉妹達
「お初にお目にかかりますわ、麗しき水の貴婦人よ」
 紅子が丁寧な物腰でフィディエルにご挨拶。
「まずは、お近づきの印に」
 贈り物の1瓶1Gもする高級ワインを差し出すと、ケルピーが横から頭をぬっと突き出す。
「まずは、味見をさせて貰う」
 紅子に栓を抜かせて、そのまま瓶を加えてラッパ飲み。ごくごくごく‥‥。ワインはあっという間に腹の中に消えた。
「うむ。悪くはない」
「本当? では、私にも飲ませて」
 沼から岸辺に上がったフィディエルは、同じくワインを瓶のままで盛大にラッパ飲み。ごくごくごく‥‥。
「あ、そんな飲み方をなされては‥‥」
 紅子が止める間もなく、ワインの瓶はあっという間に空になった。
「変わった味の飲み物ね。でも、気に入ったわ」
「大丈夫でしょうか? そんな一気飲みをなさって」
「全然平気よ」
 と、フィディエルは顔色一つ変えず口にする。精霊というものは酒に酔わないらしい。
 沼に目をやると、少女の頭がいくつも浮かんでいる。
「残りの1本は、私の姉妹達へ」
 最後のワインはフィディエルの姉妹達の手から手へと渡り、沼の中の少女達はワインを回し飲みしながら無邪気に囁き合っている。
「変わった味ね」
「でも、美味しい」
「ねえ、私にも」
「私にもちょうだい」
 戯れるようにワインの瓶を取り合う少女達の姿に、紅子は暫し見入っていた。取り繕うことなく、無邪気であけすけ。これが精霊というものなのだろうか。そう思いながらも、
「お気に召されて何よりでしたわ」
 一礼して退いた。
 続いて、フィディエルの前に進み出たのはイリア。
「フィディエル様、ルリさんを助けて頂き有難うございます」
 携えて来た贈り物はローズ・ブローチ、ルーンネックレス 、神秘のタロットの3点セット。ブローチとネックレスは沼の中のフィディエル達の手に渡り、早速に無邪気な取り合いが始まった。神秘のタロットは、目の前に立つ交渉相手のフィディエルの手の中。
「これは水に浸けてはいけない物かしら?」
 そんな事を口にしながらタロットを弄んでいたフィディエルだが、暫くしてイリアに訊ねる。
「ルリとは誰?」
「あちらの方です」
 イリアの示す先には、リリーンに付き添われてやって来るルリの姿。
「あの娘を助けたのは誰だったかしら?」
「それは私よ」
 沼の中からフィディエルの一人が名乗りを上げ、沼を出てルリの前に立った。
「るりを助けてくれてありがとぉ‥‥でも‥‥なんでるりを助けたの‥‥? ‥‥るりは居るだけで役立たないしジャマな存在なのに‥‥」
「別に、おまえを大切に思って助けたのではないわ」
「‥‥え?」
「水精霊の眷属の一人が、おまえを助けようとした。だから、私はおまえを助けたの。ほら、そこにいる子よ」
 フィディエルが指さしたのは、ルリがペットとして連れているプルート。水のエレメンタラーフェアリーだ。そういえばあの時、ケルピーによって水の中に引きずり込まれかけたルリを、プルートは懸命に引っ張り上げようとしていた。
 そのプルートはルリを見つめて、ただニコニコ笑っている。
「また、随分と気に入られたものだな」
 端で見ていたケルピーが、せせら笑うように言った。

●交渉
 ともあれ、冒険者達と水精霊達との間には和やかな雰囲気が生まれ、本格的な交渉が始まった。
「つまり、この土地を人の為に利用したいと?」
「この土地は水精霊様のものということは分かります。ですので極力、水精霊様の意に即した使い方をしたいと思います」
 リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)がそのように告げると、ケルピーが横槍を入れる。
「使いたければ勝手に使え。その代わりおまえ達も、俺達の好きなようにさせてもらう」
「いや、水の中に引きずり込むのはご勘弁を。その代わり、土地を利用することで生まれるであろう産物のうち、水精霊達のお気に召される物をお供え物として差し出しましょう」
 この言葉はフィディエル達の関心を惹いた。
 続いてディアッカ・ディアボロス(ea5597)も言葉を添える。
「オリザなどの農作物を育てる上で、またお酒の仕込みにも水源は非常に重要な要素です。その水源を預かる水精霊様との共存は大切なことだと存じています。ですから、基本的にこの土地を不可侵の聖域とした上で、水源より湧き出る水を利用する許可を願いたく。また祭という形で、精霊と人との意見調整の場を設けたく思います。人の側が契約の意識を薄れさせず、再確認するという意味でも」
「祭祀の件だけど、地球の日本には神社というものがあるの」
 と、紅子は神社についてさらりと説明。また、ルーケイでの各種開発にも触れる。
「歓楽地や産業開発、それにゴーレムシップの運用も行われるみたいだし、大河沿いの水辺はこれから賑やかになるでしょうね。でも、この一帯だけは人が精霊達を煩わせる事がないよう約束するわ」
 この土地は水精霊の祭祀の地とする。それが冒険者達の多数を占める意見である。
「どうするの?」
「どうしようかしら?」
 口々に囁き合うフィディエルの姉妹達。やがて彼女達の意見はまとまった。
「私達はもう暫く様子を見ることにします。そして、あなた達が真、私達の恵みを与えるに相応しい者達かどうかを見極めます」

●謎の力
「やれやれ。結局はこうなったか」
 何ら具体的な進展は無く、現状維持。水精霊達は自分達にとって一番無難な選択をしたということだ。が、その事はさておき、長渡泰斗(ea1984)にはどうしても水精霊に訊ねたい事がある。
「一つ訊ねていいか? 俺は未だこの身に宿る精霊力の正体を知りたいんだ」
 事の起こりはかれこれ1年前。遺跡の中に眠っていたジ・アースからアトランティスへと通じる月道を、泰斗が冒険者仲間と共に初めて開いた時に遡る。
「この力が、こちら側とあちら側を繋ぐ月道を開く為の鍵であったと言うのは、分かる。だが、その扉を開けた後も力が残っているのは不思議と思わんかね?」
 少し気になっていたので、この前の依頼でもその道に詳しそうな方に訊いてみた。
「アキテの巫女殿が言うには、『まるで魔力を秘めた魔器のよう。今も水の力が宿っている様だ』と。鍵を開けた後の残滓な力、ってーならまだ納得したかもな、少し前なら。だが、『魔器』なんて表現されたらその線は薄い。真実、何かを為す為の『力』だと言うのなら教えて欲しいモノだね」
「私が見てみるわ」
 フィディエルの一人が呪文を唱え、魔法の物品を看破するミラーオブトルースの呪文を唱える。彼女の目にしか映らない水鏡がその足下に出現。そこに映る泰斗の姿は、魔法の物品よろしく白い光を放っている。だが、光を放つ者は他にもう一人。それはルリだった。彼女もまた、泰斗と共に月道を開いた一人。
「人の娘よ。おまえには過ぎた力を‥‥」
 思わずフィディエルは呟きを漏らす。
「教えてくれ。この力は何なんだ? 答えが知りたいんだ、俺は」
 問い詰める泰斗。フィディエルは泰斗とルリの二人を不思議そうな眼差しで交互に見つめ、
「もしや、おまえ達はガイの勇士の末裔?」
 呟くや、ケルピーが小馬鹿にしたように言葉を返す。
「この者達が? まさか!」
 再び泰斗が問う。
「ガイの勇士の末裔?」
「今から5000年も前の大昔に、カオスに呑み込まれかけていたアトランティスを救った英雄よ。お前達と同じく天界からやってきた者で、その身に摩訶不思議な力を宿らせていたそうよ。でも、私が知っているのはそこまで」
「で、この力の謎を解くにはどうすればいい?」
「これで占ってみましょうか?」
 贈り物として渡されたタロットをフィディエルは差し出す。
「さあ、1枚引いてごらんなさい」
 言われるままに泰斗がカードを引くと、それは剣のナイト。
「どういう意味だ?」
 タロットの送り主のイリアに訊ねると、彼女は言う。
「剣とナイトは風の象徴。この世界にあっては、風は西の方角の象徴。西に向かえば謎を解く鍵が見付かるのかもしれません」
 ここから西に向かえば、先ずルーケイ城の建つ島に出くわす。そこからさらに西に向かえば、そこは謎の遺跡が眠る魔獣の森だ。
「面白そうね」
「面白そう」
 フィデェイル達がさざめき、やがてその一人が姉妹達を代表して告げる。
「その謎解き、私達が手伝ってあげてもよくてよ」