大河の絆〜ゴーレムシップ河を行く

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月14日〜12月17日

リプレイ公開日:2006年12月24日

●オープニング

●セクテ候の使者
 現国王エーガンの失政により、そのお膝元たるフオロ分国は疲弊に喘ぐ。なりふり構わぬ王権強化に異を唱えし貴族や騎士達は、身分を剥奪され領地を失い、代わりに王が遣わした代官は、王命を盾に情け容赦もなく民に苦役と重税とを課す。
 荒廃する諸領地、沸き上がる怨嗟の声は数知れず。それが、今のフオロ分国の有り様だ。
 トルク分国の後押しで冒険者ギルドが設立され、志ある冒険者達が改革に乗り出して後、事態は好転する兆しを見せてはいる。王都ウィルだけに目をやる限り、人々の表情は以前よりも明るくなった。
 しかし、フオロ分国の抱える傷は深い。一度がたがたになった国体は、そう簡単に元に戻るものではない。
 そんな中にあって、王都の遙か西方に位置するワンド子爵領は、今やフオロ分国においては数少ない恵まれた領地の一つと言えた。大河の畔に位置するという交易上の利点に加え、領主リボレー・ワンド子爵は才覚ある人物。その見事な領地経営の手腕により、ワンド子爵領はこの厳しき時代にあっても繁栄を享受している。
 勿論、ワンド子爵とて最悪の事態に対する覚悟は出来ている。自分もいつ、王の不興を買って身分を失い、領地を剥奪されるか判らない。その危険を回避すべく、ワンド子爵はフオロ分国のみならずトルク分国の分国王とも主従の契約を結んだ。表向きには、国王エーガンの治世下で勢いを増す一方の盗賊に対すべく、トルクの王より支援を取り付けるために。それは、王都に冒険者ギルドが設立されるよりも少し前の話だ。
 そして時は今。ワンド子爵の領主館を訪ねてきたトルクの騎士が一人。その騎士の名はシャーゼン・エルツという。
「此度は王弟ルーベン・セクテ殿下の使者として参りました」
 と、騎士シャーゼンは武人らしいきびきびした態度で挨拶する。分国王ジーザム・トルクの異母弟ルーベンは、騎士と平民という2つの階級に通じた有能なる人物としてトルク分国内での評判は高く、ルーベンに心酔するトルクの騎士は数多い。シャーゼンもその一人であり、彼にとっての毎日は少しでもルーベンに近づこうとする努力の連続。その精進の甲斐あって、最近になってその働きをルーベンに認められ、初めて彼より大きな仕事を任された。その仕事とは即ち、ルーベンの使者としてワンド子爵の元へ赴くことであった。
「例の水上騎士団設立の件ですが、ゴーレムシップの試験運航の目処が立ちました。トルク分国の所有するゴーレムシップ1隻を調達し、河口より大河を遡らせます」
「そうか!」
 ワンド子爵の顔が綻ぶ。
「では早速、具体的な計画の詰めに入ろう」

●水上騎士団計画
 今年の夏。さる鎧騎士の冒険者がワンド子爵に進言した。
「ショアがフオロ分国の海上貿易の拠点となるなら、ワンド子爵領は大河を使用した内陸貿易の中継拠点。大河と河川用ゴーレムシップを使用してショア・王都・子爵領間の交通をより速やかにできれば、フオロはセレやササンといった内陸国と海外との間の輸出入をも仲介できる立場に立てるでしょう? 巨大な貿易経路の中継点となる子爵領は勿論の事、内外から物資の集積される王都も、一大商業都市として繁栄する可能性があるわ。
 こうした商業振興による税収増を軍事費に転用できれば、現在の民・領主層への経済的負担を大幅に軽減し、不平不満を和らげる事ができるわ。そうなれば、結果的に国内治安も改善に向かうと思うのよね。フオロの経済的利益だけでなく政治的安定の為にも、この試案につき子爵様にも御助力頂けないかな?」
 ワンド子爵はその進言に感服し、進言された遠大な計画に着手した。それがそもそもの始まり。あれから3ヶ月以上の時が流れ、やっとここまでこぎ着けた。
 しかし、この『商業流通活性化計画』をシャーゼンは次のように評価する。
「長期的に考えれば、理に叶った計画ではあります。問題は、最初の一歩をどのような形で踏み出すかです。商業振興を目的としてゴーレムシップをいきなり河川に導入すれば、それは既得権との衝突を生みます。従来の船で交易していた者達は仕事を失い、餓えて路頭に迷いまねません。ゴーレムシップが新たに生み出す利権に悪徳商人が群がり、巨額の富を邪(よこしま)なる目的に使う危険も生じます」
「うむ。わしもそう思う。商業振興は民の利益を損なわぬよう、自然な形でゆっくりと行う事が望ましい。最初の一歩を踏み出すとすれば寧ろ、商業よりも優先すべき大義の為にゴーレムシップを用いるのが良かろう。例えば大規模な内乱の勃発に備え、発生するであろう大量の避難民を速やかに安全圏へ輸送するための手段として、船を確保しておくのは如何であろう?」
 しかし、ワンド子爵の提案する『避難民救出船計画』に対しても、シャーゼンの評価は厳しい。
「ゴーレムシップは大量の人員や物資を速やかに運搬できることが利点です。しかし避難民は、港に積み上げられた物資とは異なります。船の出航時間に合わせてやって来る訳もなく、いったんパニックを起こした避難民は次にやって来る船よりも今の船に乗ろうとするもの。乗る人の間で争いが起きたり、場合によっては船が転覆するような事態にもなり、その方が直接の戦闘被害よりも大きくなるものです。民の避難や緊急物資の移送なら、少数のゴーレムシップよりも通常船で数を揃えた方が混乱も少ないでしょう」
「ううむ。言われてみれば‥‥」
「端的に言えば、ゴーレムシップの一番役に立つ使い方は、戦争の道具としてです。多人数の兵士と物資を、場合によってはゴーレムさえも、迅速に戦場へ運ぶ事が出来るのですから。船同士の戦いとなれば、通常の帆船とは較べ物にならない程の戦力となります」
「戦の話はもうよい。つまり、ゴーレムシップは戦以外に出る幕なしか?」
「いいえ、一つだけ妙案があります。それは冒険者の派遣です」
「そうか! その手があったか!」
 思わず、ワンド子爵は大声出して膝を叩いた。シャーゼンは続ける。
「ギルド所属の冒険者には優秀な人材が揃っており、内陸部の諸領にも彼らの助けを必要とする者達は多いはず。もしも大河へのゴーレムシップ導入により、冒険者達が容易く内陸の諸領地へ出向くことが可能になれば、内陸部の抱える数々の問題が解決に向かうことでしょう。それは王国全体の発展に繋がることでもあります」
 ワンド子爵は腹を決めた。
「よし。なれば最初の一歩は、ウィル内陸部への冒険者の派遣だ。その線で計画を進めよう」

●試験運航
 今回の試験運航に用いられるゴーレムシップは、海洋で用いられる標準型のものである。船は河口より大河を遡り、王都付近で冒険者達を乗船させ、さらに大河を遡ってワンド子爵領に達した後、折り返して大河を下り王都に帰還する。
 この試験運航では冒険者出身の代官が統治するルーケイ領内も通過するため、ワンド子爵はルーケイ伯に対して通行許可を願い出た。ルーケイ伯がゴーレムシップの領内通過を拒否しない限り、計画は予定通り実施される。
 大河を遡り、王領ルーケイからワンド子爵領に差し掛かる辺りには岩島の列があり、『竜の関門』と呼ばれている。今は廃城となったルーケイ城もこの岩島の一つに建てられ、フオロ分国とトルク分国とを結ぶ吊り橋もここに渡されている。
 この『竜の関門』をゴーレムシップがうまく通過する事が出来れば、水上騎士団計画は次の段階へと進む。

●今回の参加者

 eb4085 冥王 オリエ(33歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4153 リディリア・ザハリアーシュ(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4245 アリル・カーチルト(39歳・♂・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4263 ルヴィア・レヴィア(40歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4286 鳳 レオン(40歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4395 エルシード・カペアドール(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

●騎士シャーゼン
 王都より南へ下れば大河の岸辺に出る。行き交う川船で賑わう船着き場から川面の遠くに目をやれば、そこに巨大な船影があった。全長60mの海船、これほど大きな船になると、河口からこの王都付近まで大河を遡って来ることなど普通はあり得ない。帆船の推進力となる潮風も内陸部に入れば弱まり、大型船を手漕ぎで動かすのは大変な労力だ。
 しかし、この船はゴーレム魔法を付与した推進装置により航行するゴーレムシップ。動かすのに帆も漕ぎ手も必要としない。だからこの場所までやって来れた。
 とはいえ大河の岸辺付近は水深が浅く、座礁の危険があるから船を岸まで寄せられない。依頼を受けた冒険者達は、小舟に乗ってゴーレムシップの停泊場所まで移動し、船を乗り換えた。
 甲板では騎士シャーゼン・エルツが待っていた。今回の試験運航での指揮官だ。その顔に時雨蒼威(eb4097)は見覚えがあった。
「再会、喜ばしく思います」
 勿論、相手も蒼威を覚えていた。
「私もです、蒼威殿」
 その屈託の無さは酒場『竜のねぐら』で出合った時と変わらない。
 蒼威は声を抑えめにして訊ねる。
「黒旗の盗賊などの事で変化は?」
「大河の南岸にその力は未だ及ばず。幸いな事です」
 トルクの騎士にトルクの男爵位を得た冒険者。その間には既に、トルクの王を等しく仰ぐ者同士の連帯感が生まれ始めている。ジーザム分国王こそは王たる資質と実力とを兼ね備えたる名君。対してウィルの現国王は蒼威にとり、さしずめ反面教師であろう。国の頂点に立つ者がその足下を軽んじれば、国はこうまでガタガタになるという恰好の見本だ。
 王国の繁栄を願う想いにかけては、鎧騎士リューズ・ザジ(eb4197)も蒼威に引けを取らない。
「水上騎士団が大河を行く日が到来し、ウィルに良き流れを運び込まん事を」
 その言葉を添えて挨拶を終えると、彼女はウィルの軍制を知る者として、天界人の冒険者達にウィルの各騎士団について解説した。
「ウィルには王国に属する5つの騎士団がある。それが白銀、紺碧、陸戦、海戦、空戦の各騎士団だ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 白銀騎士団は、騎士の中でも選りすぐりの者を集めた精鋭部隊。
 陸戦騎士団は、騎兵、戦車、歩兵からなる陸戦部隊。
 海戦騎士団は、ウィルの海を守る騎士団で、海上戦力たる艦隊を擁する。
 紺碧騎士団は、鎧騎士で構成されたゴーレム騎士団。
 空戦騎士団は、フロートシップとゴーレムグライダーで構成された空の騎士団。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さらに、ウィルには精霊魔術兵団が存在する。これは精霊魔法を会得したウィザードで構成される兵団だ。以上がウィルの六軍であり、これに大小さまざまな傭兵団を加えたものが、ウィル王国の軍隊だと考えて貰いたい」
 分かり易く整理された形で言えば、このようになる。但し、封建国家ウィルの騎士団は、近代国家の軍隊とは大きく異なる。騎士はウィルの王家に仕えると同時に、自分の属する分国の分国王家にも仕え、自分が主従契約を交わした領主がいれば、その領主にも仕える。そして、複数の領主と主従契約を交わすケースも珍しくはない。
 いわばウィルの騎士団とは、近代国家が擁するようなピラミッド型組織の軍隊ではなく、幾重にも張り巡らされた主従関係のネットワークによって形勢された軍隊なのだ。残念ながら報告書の紙面の関係で、これ以上の説明は別の機会に譲らねばならない。
 さて、一行の中にはルヴィア・レヴィア(eb4263)という鎧騎士がいた。
「ちゃーい、ヴィアでーす!」
 仲間に対しては目一杯に柔らか〜く挨拶。しかし、シャーゼンに対しては、
「お会いできて光栄至極」
 きっちりとご挨拶。しかし、仲間達の所へ戻るとぐにゃぐにゃに。
「にゃはは、ヴィアは鉄の女ではないのれす。いやまあ、故アラバ鱈の1つで決闘でも戦争でも参加するけどさ」
 それもいい。仕事がきっちりしていれば。

●ルーケイ入り
 船がルーケイ領内に入ると、ルーケイ水上兵団の船団に迎えられた。迎えの者達の中に見知ったリリーンの顔を見つけ、アリル・カーチルト(eb4245)は彼女にウルの長靴を贈る。
「雪歩きにそこそこ便利だぜ。今後ともよろしく頼みてぇって事で」
「お心遣い、感謝する」
 しかし、リリーンは別件の用事に向かう途中で乗船せず。代わりに元河賊団の頭にして、現在はルーケイ伯家臣のムルーガが、水先案内人と数名の兵士を率いて乗り込んで来た。
 また、ルーケイの依頼に関わる2名の冒険者も乗船したが、2人は水底地形調査の禁止を告げ、水先案内人の指示に従うことを要求。地形情報が外部に漏れる事は、領地の統治者にとって死活問題となるからだ。船の指揮官シャーゼンは彼らの言葉を受け入れた。
 勿論、大河へのゴーレムシップ導入を進言したエルシード・カペアドール(eb4395)も、ルーケイ側の乗船者達への挨拶と協力への感謝の言葉を欠かしはしなかった。

●大河を行く船
「風に左右されない船だけあって、揺れないな」
 その言葉にルヴィアが突っ込む。
「それ以前にここは川だし波高くないし」
「ともあれ、新たな試みに立ち会えるとは幸せなことだ」
 そう応じながら、リディリア・ザハリアーシュ(eb4153)は試験航行中の警戒を続ける。とはいえ船旅は平穏そのもの。
 幅数キロの大河は延々と続くが、船の進み具合はあまりにも順調。前方に漁をしている漁船が現れれば、その遙か手前でゆっくりと進路をカーブさせて避けて行く。
 それでもアトランティス人の彼らにとって、帆も漕ぎ手も無しにこれ程のスピードを出せる船は驚異的だ。
 今の速度はおよそ時速30キロ。
「出そうと思えばこの3倍の時速100キロを出せるわよ。安全の為に抑えてあるけど。
積載重量は600トンよ」
 早速にシャーゼンから聞き出した性能を、エルシードが皆に聞かせてやる。
「信じられな〜い!」
「これが魔法の力か!」
 地元民の鎧騎士達はしきりに感嘆する。が、地球人達にとっては魔法の驚異よりも、船の快適さに心惹かれている様子で。
「海じゃないのは残念だが、またゴーレムシップに関われるのは嬉しいよ」
 そんな事を言う地球人、鳳レオン(eb4286)はゴーレムシップ操縦の経験者でもあった。イムンの変態領主ミンス卿との一件で、始めて試作品のフロートシップを操縦した時は、ドキドキハラハラの大冒険。それに比べたら今回の依頼は遠足のようなものだ。
 船首には向かい風を顔に受けて悦に入る男が一人。アリルである。
「大海原の波を乗り越えてーとかもイイが、こうして河の流れとともに奔(わし)るのも悪くないねぇ」
 冒険者女性陣の視線に気付くと、にやりと笑みを向ける。
「いつか船持ちたいねー、船長ではなく艦長と呼ばれるのが浪漫だ」
「ところで、水上騎士団設立を目指しているにしては、船に慣れてない奴が多いようだな。俺もまだ船長を目指して自分を鍛えている途中だが、今のうちに俺から指導しておくべきだろう。特に艦長を目指している奴らには、みっちりな」
 そう言うレオンの視線が向かう先はアリル。
「んじゃ、お手並み拝見といくぜ」
「まず、この中で泳げない奴! 手を挙げろ!」
 レオンの声に10人の冒険者のうち8人が手を挙げた。‥‥水泳スキルなし、こんなにいたのか。
「死にたくなければ、川に落ちないよう気をつけろ! 川は海より溺れやすいからな。特に真冬の冷水は」
 塩分を含まぬ川の水は塩水よりも浮力が小さい。そして真冬の水は体温を急激に奪う。
「また、ゴーレムシップといっても、動力以外は普通の船とそう変わらない。船員の仕事もな。それを今から教えよう。まずは甲板のワックスがけ‥‥ワックス、似た物ぐらいはこっちにあるよな? 無いと板が水で脆くなるんだし」
 シャーゼンに求めると、家具の艶出し用の蝋(ワックス)を持って来た。大きさ一握り。
「この船にこれだけです。節約して使って下さい」
「‥‥これだけ?」
 蝋の塊をちらりと見てから、やたらだだっ広い船の甲板を唖然として見つめていると、同船するルーケイ水上兵団の兵士達が大笑い。
「天界人ってのは何も知らねぇんだな! 木の板長持ちさせるには塩使うのが一番よ!」
 シャーゼンの方はずっと礼儀正しく答えてくれた。
「甲板を長持ちさせるには、こまめに海水をかけてゴシゴシ磨くのが一番いいのです」
 木材に塩分を含ませると、殺菌効果が出て腐りにくくなる。この世界の人間にとっては代々伝えられて来た生活の知恵だ。

●密航者
 平和な船路、冒険者達はただヒマしていたかと言えば、そうでもない。船にはたくさんの密航者が潜み、特に倉庫を重点的に見回っていたリール・アルシャス(eb4402)などは、その捕獲に駆けずり回ることになった。
 大きな船だから倉庫もだだっ広い。倉庫には食料や水や生活必需品の数々が運び込まれているが、シャーゼンの指導が行き届いているお陰で、荷崩れしたり船のバランスを悪くするような積まれ方はしていない。その荷物の陰を、小さな影が素早く走り抜ける。
「いた!」
 ネズミである。いつの間にか船に入り込み、あらゆる物を囓りまくる厄介な密航者だ。ことに船底を囓られて穴でも開けられたら大問題。だからシャーゼンからは、ネズミの駆除に力を入れるよう求められていた。逃げるネズミを追い回し、やっとの事で捕まえて袋に放り込む。これで7匹目。
「猫がいればいいのに‥‥」
 しかし、ペットのネコを持ち込んだ冒険者は皆無。代わりに船のあちこちでネズミを追い回しているのは4匹の犬である。
「ワウワウワウ!」
 元気がいいが、牽引犬や牧羊犬だからネズミ狩りの成果は今ひとつ。
 いや、ネコ科動物がいない訳ではない。冥王オリエ(eb4085)が連れて来た、チーターのルンルンがそうだ。しかし乗船するなり、ルンルンは早々に船の懲罰房送り。当たり前のことであるが、別に人を襲って喰った訳ではない。そこが一番適した隔離場所だからだ。
「乗員とペット、双方の安全の為です。人馴れしたペットとはいえ、猛獣が船内をうろついていては怯えて刃物を向ける者も出かねません」
 と、シャーゼンには言われた。

●救命胴衣と手斧
 で、オリエといえば、船の安全について心配することしきり。
「こちらの人達はタフなのかなんなのか、各種の危険に対する意識が低いように思えるの」
 操縦者が気を失ってもエアバッグ一つ働かないチャリオット。空を飛ぶグライダーには未だパラシュートも標準装備されていない。だから万が一の時の為に、オリエは救命胴衣を着けて船に乗り込んだ。そうでもしなければ船旅も楽しめない。
 予備の胴衣もあったので、サンプルとしてシャーゼンに提供を申し出る。
「全く同じものを作ることはできなくても、似たようなものを用意できないかしら?」
 しかし、シャーゼンは受け取りを辞退。
「この世界で同じ性能の物を作るには、それ相応の技術が必要です。その技術を持つ者に、これを渡して作らせて下さい」
「でもこういうのが無いと、船が運航不可能な状況に陥った場合、お手上げになるでしょう? ここは陸とは違うし」
「なに、これ1本あれば大抵の用は足ります」
 と、シャーゼンは腰に帯びる手斧を示した。
「万が一にも船が運航不能になったら、これで船体をぶち壊して板きれを作り、それに掴まって岸まで泳ぐことも出来ます。勿論、この船には脱出用のボートも搭載していますが、現場にある物を最大限に活用するのが私のやり方ですので」
 救命胴衣と手斧、それはことさらに便利な物を追求するオリエの世界と、生き延びるために自身を鍛え抜くのが当たり前なシャーゼンの世界の有り様を、端的に象徴する物かもしれない。

●竜の関門
 船はようやく『竜の関門』へと達した。大きな船だが、その前方に立ち並ぶ岩島の間隔も十分に広く、一見すると船はあっさり通過できそうだ。
 しかし水面下には崩れた大岩がごろごろ転がる。ここは座礁の危険が高い難所だ。
 ルーケイ水上兵団の水先案内人は、事細かに船の停止や進路変更を命じる。その言葉は船に備え付けの風信器を通じ、操船室で船を操る鎧騎士に届けられる。
 船の操縦こそ許されなかったが、レオンを始め見学を希望する者達は操船室に入る機会与えられた。かつてレオンが操縦した試作品の船と比べ、操船室内に投影される魔法の視界は遙かに広くなっている。
 リディリア、蒼威、リールは甲板に立ち、この要害の地の有り様を観察した。
 仮に上流から船でルーケイに攻め寄せたとして、この『竜の関門』は恰好の防衛拠点となる。岩島と岩島の間に太い鎖を張れば船の運航を妨げられる。岩島の上から大石を落としたり、鉤付きのロープをひっかけて船によじ登ることも出来る。さらには、岩島を結ぶ吊り橋から油を投下し火矢を放って火攻にすることも。水深の浅い場所に船を追い込んで座礁させる戦法だって取れる。
 実際のところ『竜の関門』の通過に要した時間は短かった。ルーケイ領の西の端に達すると、ルーケイ関係者は下船。さらに西進した船はワンド子爵領内に無事到着。これは試験運航の成功を意味した。

●発着艦訓練
「お久し振りです、閣下」
 乗船したワンド子爵と再会するや、エリーシャ・メロウ(eb4333)の胸には親愛の情がこみ上げて来る。
「先だっては留守居の代理人殿、そして先代様にはお世話になりました。どうぞ宜しくお伝え下さいませ。ご好意に報いるべくこの計画への協力は惜しみません。同時に、此度は空戦騎士団副団長の任にある者としても参りました。後程、ゆっくりお話し出来る機会を頂ければ幸いです」
「あれを持参したという事は、何か大いなる企ての為であろう?」
 子爵の目は甲板上のゴーレムグライダーに注がれている。
「今、ここで詳しく聞かせよ」
 求められ、エリーシャは自らの航空路整備計画を説明。それを聞き終えた子爵は、
「空戦騎士の作法は心得ておるな?」
「はい」
「では、領内での飛行を許す」
 即座に許可を下した。
 エリーシャの狙いは水上戦力と空戦力の結合による、機動力と輸送力の強化。手始めにゴーレムシップ上での発着艦訓練を執り行う。ゴーレムシップの航空基地としての利用だ。
 一行の中には既にショアにて海戦騎士団との訓練を経験したリューズがいる。初回の飛行は彼女とエリーシャ。操縦席にリューズを、後部座席にエリーシャを乗せたグライダーは軽やかに空へ舞い上がった。
 甲板上にはその様子を見ながら呟くルヴィアの姿。
「ふーん、面白くなってきたじゃないか」
 新しい出来事がおき、事実が積み重なれば見方が変わる。見方が変われば方式や運用も変わる。それがどう転ぶかは別にして。その行く先を見極めたいとルヴィアは思う。
 他にも時雨蒼威が発案した水上グライダーや、エルシードによるセレ分国への根回しなど、書くべき事は多い。が、それはまた別の機会に。これから先、彼らは忙しくなりそうだ。