●リプレイ本文
●お仕事
「収穫祭ですか、良いですね」
こんな楽しい依頼があるなんて、アトス・ラフェール(ea2179)はウキウキと心弾ませていた。
「タダで飲み放題食べ放題なんて素敵ですね♪ たくさん堪能しないとです!」
「収穫祭楽しみだね〜。ギルド員さんの分も、しっかりと楽しんでこなくちゃね」
同感、頷きながら結城絵理子(eb5735)とレフェツィア・セヴェナ(ea0356)は、最後まで未練たらたらだったギルド員の顔を思い出していた。彼は今日も確実に、仕事に追われているはずだ。
「輸送の仕事もちゃんとしないと、ですよね」
だから勿論、セシリア・カータ(ea1643)に皆は同意し。
「美味なる一杯の為に働きますよ!」
「力仕事はそんなに得意じゃありませんけど、頑張りますよ♪」
アトスと絵理子は意欲満々、拳を握り固めたのだった。
「エールがたっぷり入った樽‥‥ん〜、私じゃ持ち上がらないデス」
見上げて早々、悟ったディーネ・ノート(ea1542)はその代わり、と羊皮紙を手にした。
「力仕事は皆に任せるから。私は、名簿チェックとか積み込み指示を出すね」
適材適所。それぞれがそれぞれに出来る事をやるのだ。
「前が見えないですね‥‥転倒しないよう、注意しないとですね」
ディーネの指示に従いつつ、樽を運ぶ倉城響(ea1466)。
「無理に持たないで、樽を斜めにして廻しながら運ぶと楽かもしれません」
アトスやセシリアと、協力し合い良い方法を模索しながら。
「やりすぎると、泡が立ってしまって美味しくなくなると思うので、注意が必要ですけどね」
響は気を付けつつ作業を続けた。折角のエールだ、美味しいままで届けてやりたかった。
「うんっ! この後には、食べ物さん達が控えてるんだもの、何でもするわよ! ええ。そりゃーもぉ♪」
ディーネが声を弾ませ、
「普段は辛い労働も、後に待っているものが違うだけでこれほど変わる‥‥素晴らしいですね」
よいしょっと樽を押し上げたアトスもつい、笑顔をこぼしてしまう。
「おっと、これではいけません。気を引き締めなければ」
それでも、この後の事を思い描くと、こみ上げてくる笑みを抑え切れないアトスだった。
「では、先導します」
サクラ・スノゥフラゥズ(eb3490)は愛馬に跨ると、皆を先導した。念のため、護衛も兼ねている‥‥勿論、武器を抜くような事態にならないのが望ましいが。
「まっ、万が一も考えて、警戒だけはしておかないとな」
輸送中、賊に襲撃される可能性も皆無ではないのだから‥‥風烈(ea1587)もまた、道中周囲への警戒を怠らなかった。
その甲斐もあって、暫くの後、一向は無事目的の場所に着いたのだった。
●サンドイッチパーティ
「折角だし、もう少し飾りつけに凝らない?」
到着早々、レイリー・ロンド(ea3982)は動いた。街の人と相談しながら、手早く絵を描いたり彫り物をしたり‥‥それら飾りつけは、祭りに華を添えるため。
「即席サンドイッチパーティにしませんか? 収穫祭に参加するのは、大人達だけではありませんし」
一方サクラと絵理子は、厨房でサンドイッチ作りに勤しんでいた。
「うさぎ肉や鹿肉は初体験ですね‥‥どんな味になるのか楽しみです♪」
貰ったパンを薄く切り、間に肉やジャムを挟んだサンドイッチ。サクラと絵理子は即席のそれを手際よく作っていった。
その間、響やアトスは力仕事に勤しみ‥‥そうして、祭りの準備は滞りなく完了した。
「これで良いのかな?」
まるごとメリーさんを着込んだレフェツィア。仮装というよりは着ぐるみなのだが、可愛いから良し!
同じく、響はまるごとわんこさん、サクラは髪をお団子にしチャイナドレスにショール姿だ。
「こっちならこれくらいで十分仮装だろ」
言う昼野日也(eb6239)は普段着。とはいうものの、天界から来た時の服装は、アトランティスの者達から見れば成る程、立派な仮装だろう。
「収穫祭という事で、お祭りの間だけ仮装をしよう」
発端はレイリーの提案だった。張本人はターニップヘッドを被りマントを着け、カブで作ったランタンを持ってハロウィン気分だ。
もう一人、黒ずくめの魔法使い風衣装にとんがり帽子、な絵理子もハロウィンを意識している‥‥キメっ!、なポーズもバッチリだ。
「ご苦労様でした、先ずは一杯、どぞ」
そんな絵理子達が会場を訪れると直ぐ、エールを並々と注がれたジョッキが差し出された。弾ける泡が何とも魅力的だ。
「わ、早速ですね‥‥いただきます」
サクラを始め、飲める者は皆口々に礼を言い、受け取る。
「こちらは都の人のお口に合うか、分からないですが」
料理を勧める娘さんには、どこかおずおずした風だ。
「塩気が十分行き届き旨味が引き立っている。私自身は大満足です」
だが、口にしたアトスは率直に告げた。味付け自体は成る程、単純だ。しかし、それは肉の持つ本来の味を引き出しており、アトスを満足させてくれたから。
「あっ、私と絵理子様もサンドイッチをたくさん作ったんです」
「みんなにも食べて欲しいです、倉城さんもどうぞ♪」
「ありがとう‥‥すっっっっっごく美味しいです」
響の賞賛は決してお世辞ではなかった。それは街の人々も同じ。
「うさぎ肉は‥‥意外とアッサリ風味ですね」
自らもほお張りながら、興味深そうに絵理子。
「これも満足してもらえると思うわ」
と、アトスの鼻先に差し出されたのは、香ばしい香りのする皿。
「御領主様からのいただきものよ」
得意げに胸を張るおばちゃん。その鹿肉は確かに美味で。
「さて、この料理にはどれが合いますか」
アトスは並べられたエールへと手を伸ばした。
琥珀色をしたものは、苦味が強くて少し酸味が感じられた。褐色がかったものは、ホップが利いた苦味のあるもので、炭酸は少な目か。後は、苦味が弱く口当たりが甘い、マイルドな赤褐色なものや、軽い口当たりの暗褐色なものなど、色合いノド越し等、微妙に異なる様々なエールが所狭しと並べられ、振舞われている。
「えっと、このエールは何処のエールですか?」
ザルでない絵理子は、ちょっとずつ味見しつつ、何やらぶつぶつ呟いている。産地とエールの味を覚えようとしているのだ‥‥帰ってから、ギルド員に感想を聞かせて上げられるように。
「これで少しは参加した気分になるかもですよ♪」
絵理子に、隣人や彼氏へのお土産を物色していたサクラも、ニッコリと大きく頷いた。
「基本的には、飲んで飲んで飲んで飲んで、食べて騒いで楽しむって感じなんだな」
エールを順番に味わいながら、烈は故郷を思った。その年の収穫を祝い、翌年の豊作を願う‥‥基本は変わらず、といったところか。
「至福の一時を過ごせて幸せです。彼らにも是非お土産を‥‥」
飲み比べ、というよりも、ゆっくり味わっているアトスは、お土産について交渉を始めたのだった。そう、今のうちに、と。
●ヒートアップ
時間が経つにつれ、どんちゃん騒ぎの度合いはいや増していく。
「ふはは〜! 来年も豊作になるよう、畑と収穫物に祝福を与えるのだ〜!」
盛り上げに一役買ったのは、絵理子だ。悪の魔法使いを模した絵理子のお告げに、あちこちから歓声が上がる。
「どうです、わんこさん?」
「非常に残念なのですが‥‥申し訳ありません」
その中、行き先々、勧められる度に響は心底残念そうに、断っていた。エールは美味しそうだし正直言って飲みたい! でも、エールを飲んだら‥‥それが怖いのだ。
「俺っちのエールが飲めないってのか!?」
「その‥‥スグ寝ちゃうのよ私。本当にすいません。はい」
同じく、飲むのを控えているディーネが隣でやはり、申し訳なさそうに辞退中。
「その代わりといっちゃーなんだけども【クーリング】で冷たいエール作ったげるわ♪」
だけど、折角の雰囲気に水を差したくなくてそう続けた。
「冷たいエールだって?」
常温で飲むのが普通である者達にとって、それは不思議だ。
「ん‥‥またノド越しが違って‥‥おおっ、これもいいな!」
「何? 俺も一杯貰っていいか?」
たちまち取り囲まれるディーネを、
「はいはい、皆さん並んで下さいね」
響は庇いながら酔っ払い達を捌いていった。
「兄ちゃん、良い飲みっぷりだねぇ」
「で、兄ちゃんは何が出来るんだい?」
烈に酒を勧めながら、ディーネ達から視線を移した酔っ払いがリクエストした。仮装集団を芸人か何かだと勘違いしていたのかもしれないし、或いは、ただの軽口だったのかもしれない。
だが、烈は乗った。村人の挑発に、ではない。例えるならば、この高揚の一途を辿る、雰囲気に。
「飲めば飲むほど強くなる。酔八仙拳の妙、見せてやろう」
だから、差し出されたエールをグィっとやってから、珍妙な動きを見せる。揺れる身体と、おぼつかない足取り。それは素人が見ればただ酒に酔っただけと、取れる。
「すごいです、烈さん」
そま中、セシリアはパチパチと素直に拍手した。酔拳‥‥酔えば酔うほど強くなる、という拳法の型だと、悟って。
「あの動き、私にはとても無理です」
それなりに飲み比べたりしてジョッキを重ねているが、自分にあんな真似は出来ない‥‥いや、当たり前だが。
だが、だからこそ、純粋にすごいとセシリアは感嘆していた。
「おっと‥‥」
と、その眼前で烈が足をもつれさせ、ストンと腰から地面に落ちた。
「やれやれ、ちょいと飲み過ぎじゃないのか」
はやし立てる声に、烈は照れたように笑って見せた。勿論、セシリアはそれが烈がそう見せているだけだと、察した。自分より余程飲んでいる筈だがその実、烈は完全には酔っ払っていない。周囲で何か起こった時、瞬時に動けるような余力‥‥冷静さを残していたから。
それでも、村人達を酔拳で感心させるよりも、笑い声を選んだ烈は、セシリアに軽くウィンクを送って寄越した。
「俺の故郷の収穫祭はね‥‥」
良い感じに酔って良い気分のレイリーは、自分の話に耳を傾けていた女の子の手をふと取ると、クルリとステップを踏ませた。
踊る踊るくるくると。つられて周囲が、危なっかしい足取りで、ステップを踏む。
「皆、笑ってるな」
多分、その生活は決して楽ではないのだろう、ふと日也は思った。それでも、この一時を食べて飲んで騒いで。また明日からの日常に励むのだ。
だからこそ、今を思い切り楽しむ。周囲の狂騒じみた熱気に煽られるよう、飲んで飲んで食べて食べまくりながら、
「まっ、酔い潰れないよう、限界ギリギリまでいかせてもらうけどな」
日也は微笑み、その一線だけは死守していた。
「あっと、もうダメ〜」
暫く楽しみ、レイリーは笑いながらヘタり込んだ。カブはすっかり赤カブになっている。
「大丈夫? 気持ち悪くない?」
収穫祭で酔っ払いの世話には慣れているのだろう、女の子は手馴れた仕草でレイリーを介抱し始めた。
「‥‥うわぁ、いいかも」
膝枕の柔らかい感触を感じ、レイリーは聞かれないように呟いた。
「はっ、わっ、クッキー大丈夫〜?」
愛犬を抱くレフェツィアは、かなり出来上がった人々からの脱出に、ようやく成功した。ふと気づくと、響やディーネも同じように避難していた‥‥子供達を中心とした、食べ物ゾーンというべき場所に。
「わぁ、わんちゃんだ」「撫でていい?」「モコモコ〜」
頷いてやると、子供達はクッキーを撫でたり着ぐるみメリーさんにパフっと頬ずりしたり。実は結構放って置かれている様子だが、子供達もまた皆、楽しそうだ。サンドイッチなど美味しいものを食べられるだけではない。収穫を祝う大人達を見る眼差しに、レフェツィアは憧れと尊敬を見て取った。
そうして、受け継がれていく。レフェツィアは瞳をキラキラ輝かせる子供達に、優しく目を細めた。
●お土産
「冒険者ギルドの受付には日頃、世話になってるしな。それに、今回の担当‥‥ものすっごく酒飲みたそうだったし」
烈に、レフェツィアはコクコク首肯した。
「出来れば、飲んで倒れるくらいの量、持ち帰りたいよな」
「あなた方が一番気に入ったエールと料理とを、分けて欲しいのだが」
同意し願うレイリーに、人々は自分の好みを指した。
「料理はコレが気に入ったんだが」
「そうか。なら、このサンドイッチに一番合うエールを持ち帰るか」
「エールはともかく、ウィルに着くまで保つか? あっちで作っても良いが」
案ずる日也に、レイリーは「抜かりなし」とニヤリ笑って見せた。
レイリーが考えたのは、サンドイッチと分けてもらった鹿肉とを、グウィドルウィンの壷へ入れコルクで蓋をし持ち帰る、というものだ。更にエールにも一工夫。
「魔法瓶、壊さないように‥‥」
レイリーに従い、ディーネは慎重に【クーリング】を発動させた。何とか無事成功し一息つき間もなく、今度はサクラの指示で再び集中に入る。
「凍結‥‥」
こちらも、ペットボトルが膨張しない様、細心の注意を払って。
「これで冷やしていけば、料理もエールも大丈夫ですわ」
サクラはディーネを労ってから、嬉しそうに声を弾ませた。
「いつも世話になってるし、喜ぶ顔が目に浮かぶよ」
準備万端整った、レイリーは頬を緩め。
「色々、ありがとうございました」
街の人達に礼を言ってから、帰途に着いた。
「あぁ‥‥お帰りなさい、皆さん」
冒険者ギルドの扉を開く。一行の帰りに気づいた例のギルド員が、疲れた顔で笑顔を浮かべ‥‥ようとして、失敗した。
「エールはどれも美味かったし、料理も格別だったぞ」
「そうでしょうねぇぇぇぇぇ‥‥あぁっ幻のエールの香りが皆さんの服から‥‥」
「気持ちは分かりますが落ち着いて下さい」
「じゃ〜ん、お土産があったりします♪」
じらしても可哀相、サクラと絵理子は持ち帰ったお土産を、指し示した。
「気持程度ですが少しでも雰囲気を味わってください。素晴らしい依頼に感謝します」
口元に微笑を浮かべるアトスに、ギルド員が目を大きく開いた。
「あのっ、まさかコレ‥‥私にですか?」
半信半疑の問いに、日也がセシリアが皆が、微笑んだ。
「折角だし、仕事が引けたら宴会しないか?」
ギルド員はそれこそ、涙を流す勢いで烈の手を取ると、何度も大きく頷いたのだった。
その夜、ギルドの一角では小さな宴会が開かれたという。古崎郁らによって持ち帰られたお土産‥‥心尽くしの料理とエールと。贈られたギルド員はエールの海でおぼれたとかおぼれなかったりとか。
ウィルの片隅、祭りの余韻が少しだけ空気をざわめかせた‥‥楽しげに。