●リプレイ本文
●ショアの工房
ゴーレムと対面できることにわくわくしながら、ショアに向かった冒険者達。しかし、工房に出向いた彼らを迎えたのは‥‥
「ふん、ぞろぞろとやって来たな」
先任の警備兵達の、つっけんどんな態度だった。じろじろと一行を見回し、ふん、と鼻を鳴らす。が、
「お疲れー、俺達ぁ手伝いに来たモンだ。よろしくな」
アリル・カーチルト(eb4245)はそんな嫌がらせをものともせず、親しげに、肩でも組みそうな勢いで声をかけた。
「こりゃ『どぶろく』って酒だ、後でやってくれ。これから色々と助けを請う事にもなるだろうからな、ま、よろしく頼むぜ」
口調こそ乱暴ながら、自分達を軽んじない態度が不快である筈もなく。彼らは途端に機嫌を直し、一行を新任ゴーレムニストの元へと案内した。
ゴーレムニストのエクセレールと助手のフェールは作業場で作業中。冒険者達が挨拶しても生返事ばかりで目もくれず、作業にかかりきり。アリルは記念にと天界の紙幣を贈ったが、ほお、と一瞬、美しい印刷に感心したのみ。
「鎧騎士のセオドラフにございます。以後、お見知り‥‥」
「それより、ヤスリはどこだ? 君、探してきてくれ」
セオドラフ・ラングルス(eb4139)は工具の樹海を彷徨う羽目に。
「ジ・アースはイギリス王国から参上した‥‥」
「今日は寒いな。薪を持ってきて暖炉に運んで来てくれ」
シャルグ・ザーン(ea0827)は力仕事に借り出され。
「そういえば働きづめで腹がへった。何か料理を作ってくれ」
え、私!? とアリシア・テイル(eb4028)が頭を抱える。こうも雑用を押し付けられたのでは、護衛どころではない。一方で、
「力強くて美しいゴーレムは、この世界が生み出した奇跡ですわ。一度じっくりと観察してみとうございました。名付けるなら、そう、『エリザベス』。きっと素敵な出会になると思いますの!」
うっとりと語るリタ・ソアレス(eb5498)に、エクセレール、光より速く反応した。
「そうか、君もそう思うか! エリザベスか‥‥素敵な名前じゃないか!」
俄然、愛想がよくなる。弾む異次元会話に、一同唖然。しかし、リール・アルシャス(eb4402)くらい人生にこなれて来ると、そんな彼らにも理解を示す包容力が身に着いている。穏やかに割って入り、話を本題に戻した。
「工房や工房近辺の見取図を頂けないだろうか。見せて貰えるだけでも良いのだが」
「どこかその辺に転がってないか?」
興味皆無。挫けそうになっている彼女に、警備兵達から声がかかった。
「無駄無駄。その人らはゴーレム以外のことにはてんで無関心だ」
彼らに工房内の説明を受けて、どうにか段取りが立ったのだった。
「あの人達に何かをお願いするのは無理そうだな」
リールから思わず苦笑が漏れる。こちらはこちらでやるしかあるまい、とゲイザー・ミクヴァ(eb4221)。
「俺は内部を確認がてら、一回りして来ようと思う。工房の者達の顔も覚えたいしな」
「そうね。こちらの顔も覚えておいてもらわないと。でも、全員あの二人みたいだったら無意味そうよね」
冥王オリエ(eb4085)の軽口は、ちょっと笑えない。
「私は近隣の警備担当者に顔を繋いでおこう。無駄な気遣いかも知れぬが、要らぬトラブルは避けられようからな。そもそも、この様子では何処まで話が通っているか」
ジーン・グレイ(ea4844)が出かけるのを見送りながら、リタは呟いた。
「それにしてもトルク本国のゴーレムニストは王様よりも厳重な警護対象とお伺いいたしましたがショアの方は‥‥まあ色々とご事情もあるのでございましょうね」
かくして、彼らの仕事が始まった。尤も、最初の仕事は、雑用地獄に陥っている仲間の救出だったのだが。
「昼間は私がエクセレールの直衛につくから、後の事はよろしく」
くっ、と意を決して持ち場につく彼女。アリシアが事実上の生贄になる事で以後の仕事が滞りなく果たされた事を、ここに記しておく。
●夜間警備
浦風強きショアの街。季節は既に晩秋に至り、荒き波が塩の泡をまき散らす。その飛沫が陸に運ばれ、夜の街を潮の香りで包んでゆく。
明々と燃ゆ松明に照らされて、シャルグは仁王立ち。レザーヘルムにフェイスガード、白絹包の武者鎧、ローブを纏いロングソードをひっさげる。
(「不逞の輩と雖も、罪を犯すのは手抜かりある警備の責めでもある。犯罪を未然に防ぐが一番であろう」)
大柄な騎士の見張りは目立つ。松明の火は出来心を寄せ付けぬほど警備の厳重さを宣伝する。尤も明かりの無い部分はさらに深い闇に包まれているが、そこはジーンの綿密な下調べ。常人では先ず進入不可能な場所に当たる。
「無理はするな」
ジーンが気負うリタを支援できる位置をとる。左斜め後方だ。
こう見えてもリタは高速詠唱でシャドゥボムを試みるだけの実力はある。その自信が過信にならぬかとジーンは心配する。
「覚えたての者が高速詠唱を行うと大抵失敗する。生兵法は怪我の元だ。注意しろ」
「わたくしはか弱い乙女でございますので、ジーンさんが頼りです」
リタの答えに頷きつつ、無理をするなよと繰り返すジーン。
冒険者たちは二人一組で警戒に当たる。アリルと組んでいるのはゲイザー。
「‥‥俺も女を護る組み合わせが良かった」
冗談めいて言うゲイザーに、
「おまえは俺か?」
緊張し過ぎないようアリルは冗談を飛ばす。
「両手で持てるよーに頭に明かりをつけたが‥‥いやぁ我ながらしまんねぇ」
発想は悪くないが、確かに格好は悪い。
「へえ、言うだけあって、本当に綺麗なゴーレムね!」
オリエは特別にゴーレムを見せてもらっている。もちろん、万一に備えてここで戦うはめになった場合の下見と言う名目だ。それでも彼女がトルクの男爵で無ければ通らなかっただろう。オリエははしゃいでいるように見せかけつつ、案内に向かって小声で耳打ち。
「‥‥ゴーレムを起動させられる鎧騎士や天界人が賊となる可能性は低いと考えています。直ぐに足がついちゃうわ」
「来るとしたら破壊目的よね」
答えるのは、言葉遣いは女性だが歴とした男。
「そう。単なる物取りなら、わざわざ危険を冒して警備の厚い工房へ忍び込むこともないでしょう」
そこへ、
「賊が来た! エクセレールとフェールを頼む!」
応援を呼ぶ声。
「詰め所へ待避しましょう」
オリエは話し相手をかばうように詰め所へ向かってゆく。
「警備が始まって直ぐだと言うのにやーねぇ」
ぼやくのは、実は工房の人間では無い。仮面をし万一の場合の影を志願しているスレイ・ジェイド(eb4489)だ。幸か不幸か、二人を襲撃する者は居なかった。
「何者かは知らんが、好きにはさせんぞ!」
ゲイザーは叫ぶ。叫びつつ剣を繰り出し、真上から叩きつける。と、賊がかろうじて反応し受けようとしたその時。剣の軌道はくるりと変わり、魔剣キリクが薄手を負わせる。
その隣では、アリルが敵の得物を躱す勢い余って前に転けた。
「アリル!」
ゲイザーは目前の相手に体当たりを食らわし、時間を稼ぐと、助けに向かおうとする。
「アリル! おまえってやつは!」
転げたまま、スタンガンを使って賊を昏倒させていた。駆けつけて来たジーンが加わり叩き伏せた後。縛り上げてから水をぶっかけ尋問に入る。
捕らえてみれば、金目の物狙いのこそ泥。べらぼうな金がかかるゴーレムだけに、工房には金目の物がうなっている──という噂を聞きつけて及んだ犯行だった。
「高速詠唱じゃなくても失敗するんですね」
加勢するため魔法を試みていたリタに、
「慎重にと言っただろう? 魔法は強力だが、巧くゆくとは限らない。特に未熟なうちはな。あ、傷が痛むらしい。こいつら安息のためスリープを頼む」
ジーンは促した。リタは4回試みてようやく成功。賊は深い眠りについて傷の痛みから解放される。
この間、シャルグは中の騒ぎが陽動であった場合に備えて持ち場を墨守。オリエはゴーレムニストに扮したスレイと共に万一の襲撃を引きつける囮として詰め所で防備。緊張した長い一夜。
そして、夜が明けた。
●昼間警備
夜の出来事もあり、昼間の警備にも一層の神経が使われる事となった。のだが。
「何でこんなに人通りが多いのだ?」
呆れ気味にリールが呟く。工房を覗き込んで行く人々のの多彩さと来たらもう、行商、職工、傭兵の一隊、供を連れた身なりの良い豪商に、身分ある貴族とそのご夫人方まで、それはもうぞろぞろと。通り過ぎてくれるのはまだ良い方で、離れた場所に腰を据え、見物を決め込む野次馬までいる始末。
「本当はもっとしっかり警備が出来る所に造る筈だったんですけどね。予算不足、資材不足の無い無い尽くしで、この往来の真ん前に建つ古びた倉庫に追い遣られているという訳です。予算が下り次第まっ当な場所に移る予定ですが‥‥」
さていつになるやら、とフェール。それまでは、知恵と工夫で乗り切るしか無い。
正午過ぎ、シフール便の配達人がやって来た。警備兵が、手押し車で山盛りの薪を運んでいた手を休め、手紙を受け取る。平穏そのものの光景に、フェールは何故か違和感を覚え、目を凝らした。再び薪を運び出す警備兵、ひらり飛んで行く配達人。と、その後方、工房に程近い塔の上に、影が揺れた様な気がした。だが、影はその後、再び現れる事は無かったのである。一応皆に伝え、気をつけてる様に申し送りをしておく。
リール、アリシアがゴーレムニストと共にあり、工房正面を警護する一方で、セオドラフと黄安成(ea2253)は周囲を隈なく巡回した。裏口から堂々と入って来る男達に目を止めたのは、そんな最中の事だ。
「やあ、ご苦労ご苦労」
鷹揚に言いながら、通り過ぎようとする3人。関係者を装ってはいるが、明らかに視線が合うのを避け、早足になっている。
「止まりなさい。ここに何用ですか?」
セオドラフの誰何に、びくっと立ち止まった彼ら。もごもごと言い訳じみた事を呟いていたが、くそっ、と吐き捨て逃げ出した。しかし、セオドラフが立ちはだかる方が早い。彼らを制止しながらサンショートソードに手をかけたセオドラフに対し、先頭の男はその手元を短剣で払おうとした。強かに腹を抉られ、呻き声をあげながら崩れ落ちる彼は、何故そうなってしまったのか、まるで分からなかっただろう。ぐあ、という声と共に、最後尾のひとりも安成の六尺棒で叩き伏せられると、残りのひとりも腰砕け。あっさりと制圧されてしまったのだった。泡を吹き、だめだ、死ぬ、死ぬ‥‥と半泣きな男の耳元で、安成が大喝を入れた。
「よおく見るのじゃ、血の一滴も出てはおらんわ!」
セオドラフの剣は鞘に納まったまま。男達はすっかり観念してしまい、素直に取り調べに応じたのだった。
「ここに金目の物がうなっているという噂、随分と広まっている様ですね」
彼らの報告に、皆、やれやれと首を振った。
●ゴーレムニストとゴーレム
どちらかといえば精神的に追い詰められてきた頃、ようやくゴーレムの整備は終わった。
満足そうにゴーレムを見上げるエクセレールとフェールら助手達に、安成が労いの声をかけた。
「無事に終わって良かったのぅ。まずはお疲れ様じゃ。試運転はすぐにするのか?」
「もちろん。もしそこで不具合があれば、調整が必要だしな」
「私、チャリオットやグライダーには乗った事あるんだけど、人型のは乗った事ないんだ〜」
憧れの目でゴーレムを見上げるのはアリシア。
その隣ではセオドラフも興味津々に艶やかな機体を見つめていた。
「これがショアに導入されるゴーレムですか。何とも興味深い」
上から下まで細部まで余すところなく、記憶するように凝視するセオドラフ。
そんなふうに冒険者達が眺めている姿に、エクセレールもまんざらではない。
と、そこに外に出ていたアリルとゲイザーが顔を出した。
「おお! よくここまで仕上げたものだ。まるで新品だな!」
先に声を上げたのはゲイザーだった。
彼はもっと近くで見ようと安成達のところへ進む。
アリルは少し離れたところからゴーレムを見ているフェールのもとへと寄った。
「ゴーレムニストって難儀な商売だねぇ。下手すりゃ味方にすら警戒されかねねぇモンな。‥‥アイツの助手ってのは別の意味で大変そうだが」
セリフの後半は小声で言われ、小さく噴き出すフェール。
「今日は皆さんがいたからずいぶん助かりましたよー。えぇ、もういろいろと」
フェールの冒険者達を見る目には同情や哀れみや尊敬があった。
もしここにエクセレールがいなければ、
「アレは腕はいいが性格に難ありすぎ!」
と、声を大にして訴えていたことだろう。
まだ若いのに、背中に中年男の哀愁が見え隠れする助手に、アリルは苦笑する。
リールは、そんな彼を慰めるように肩を叩いた。
「立派になったゴーレムが良い相棒に会えるのを祈ろう」
フェールは深く頷いた。
「ところで、この子は何ていう名前です?」
アリシアが目を輝かせてエクセレールへと振り向けばオリエも、
「ゴーレムに名前を付けるのは基本よね」
と、同意し頷いている。
しかし、それに答えたのはエクセレールではなくリタであった。
彼女は宣言するように、まっすぐにゴーレムを見上げて言った。
「これはまさしくエリザベス!」
「ど、どのような意味を込められたのだ?」
どこか引いたようなリールの問いに、リタは自信たっぷりの笑顔で答えた。
「この子がそう言っているのです」
リタは断言するが、どんなに耳を澄ましてもそんな声は誰にも聞こえない。
そのはずだったが、ここに彼女の意見をすんなり受け入れる者がいた。エクセレールだ。
「君がそう言うならエリザベスに決定だな。最初に聞いた時からいい名前だと思っていたし。ところで、この中でゴーレム操縦の腕が一番いいのは誰かな? 試運転をお願いしたいのだが」
オリエがこの中では一番技術があったので、彼女はエクセレールの指示に従い、ゴーレムに乗り込んだ。
ふと思い当たる事があり、オリエはエクセレールに聞いた。
「可愛がったゴーレムがいずれは離れていってしまうのは、寂しくないかしら?」
「確かに寂しいけど、それ以上に素晴らしい働きをすると期待も確信も持っているよ」
屈託のない笑顔に、オリエもつられて笑顔になった。
それからは、順番にゴーレム操作を行っていった。
起動させ、視界の様子、腕の曲げ伸ばし、歩行‥‥。
ゴーレムが一歩二歩と歩いた時、全員が床下に違和感を覚えた。音が奇妙な響き方だった。
どこか気まずい沈黙の後、オリエもゴーレムを下りて全員総出で違和感の正体を探した。その結果。
「ちょっと、これ見て!」
工房の隅の方からスレイの驚きの声が上がった。
彼の示す箇所を見てみれば、なんとそこには抜け穴が!
●秘密の抜け穴
「こんなところに抜け穴が!」
その驚愕の叫びはいったい誰のものだったか。誰があげたものにせよ、その驚きは共通のものだった。まさに警備の盲点。
床にはめ込まれた引き上げ扉の一片はほぼ一メートル。斜めに緩く地下へ下っているようだ。
いったいどこへ続いているのか、冒険者達は警戒しながら慎重に階段を下りて行った。
ずいぶん長い事緩い階段を下り続け、着いたところは潮の香りのきつい天然の洞窟だった。洞窟のすぐ向こうには海が広がっている。さらにその洞窟は少し人の手が加えられた跡があった。
「作業中、誰かが抜け穴から入って来ることはなかったわよね?」
確認するようにスレイがエクセレールに問えば、不安になるような間の後にきっぱりと答えた。
「誰も来なかったよ」
正直なところ、信じられない。何せ、ゴーレムにかかりきりの時は周りのものが見えなくなってしまう御仁だ。
自然、冒険者達の視線は助手のフェールへ集まる。
彼は苦笑していた。
「いくら何でも私が気がつきますよ。もっとも私だって、ずっと作業場にいたわけではありませんが」
冒険者達は一通り洞窟内を調べたが、特にこれといったものはなく作業場へ戻ることにした。
抜け穴にはしっかり鍵を取り付け、駄目押しに作業台を重石として乗せておいた。
「ともあれ、なくなったものは何一つないのだし‥‥あれ?」
とりあえずこれで安心、と身の回りのものをチェックしていたエクセレールは、ふと気付く。メモ書きした羊皮紙が何枚かなくなっている。
もう一度集めた羊皮紙などの間を確認するが、やはりない。
「おかしいな? ‥‥まあいいか、いつものことだ」
「だから、常日頃から整理整頓を心がけてもらわないと困るんですよ」
フェールはここぞとばかりに文句を言った。
聞き入れてくれる可能性は限りなくゼロに近いだろう。