リトルレディ〜おてんば姫
|
■ショートシナリオ
担当:マレーア4
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:11月10日〜11月13日
リプレイ公開日:2006年11月16日
|
●オープニング
やや足早に長い通路を行く若い使用人。
時折この屋敷の一人娘の名前を呼んでは立ち止まり、前後左右に視線を巡らせている。
反応はなく、ため息。
愚痴の一つも出そうになった時、中庭の方から子供の声が流れてきた。すぐ目の前は中庭に通じる短い渡り廊下だ。
使用人は小走りに駆け出した。
その光景に、使用人は驚くよりも肩を落とした。
男の子のような服装で、遊び相手の同じ年頃の少年の上に馬乗りになって勝ち誇った笑みを浮かべている。少年はこの屋敷の使用人の息子だ。母子で住み込みで来ている。父親は他界したと聞いていた。
それはそうと、これが子爵家の令嬢の姿か‥‥!
どちらかと言えば貧しい平民出の使用人は、まだ十歳かそこらの少女に憧れの全てを木っ端微塵にされ、心の中で涙した。
少女が活発過ぎるほどに活発なのはいつものことだ。
「お嬢様、ハイネお嬢様」
使用人が呼びかければ、ハイネと呼ばれた子爵令嬢は嬉しそうにパッと振り向いた。
「シルヴィア! どうしたの? お勉強はちゃんとやったよ!」
「お嬢様。お嬢様ももう立派な一人のレディです。そろそろそのような遊びは卒業なさっていただかないと‥‥」
「シルヴィア、私の顔見るたびにそればっかり」
「ハイネは女拳闘士になったほうがいいんじゃないの?」
「グレイ君、何てこと言うの!?」
グレイに悪気はないが、ハイネの将来を案じるシルヴィアは、つい目を吊り上げてしまう。
それを見た少年はさっさと立ち去るべし、とどこかへ行ってしまった。
「むぅ、あと二勝で追いつくとこだったのに」
「お嬢様、追いつくではありません。‥‥まぁ、それはそうと奥様がパーティのドレスについてお話がしたいとおっしゃっておいででしたので、行って差し上げてください」
パーティと聞き、ハイネはうんざりしたような顔をした。それでも母が呼んでいるなら行くしかない。ハイネは大人しくシルヴィアについていく。
「パーティはこの前行ったよ。フラウ様のとこの仮面舞踏会」
「今度はここで開くそうですよ」
ハイネは気のない返事をしたが、ふと思い出したことがあった。
「そういえば、その仮面舞踏会で変わった子に会ったんだっけ」
「あぁ、ダンスは下手だったけど出てくる言葉は妙に大人っぽかったという‥‥」
「そうそう。物知りでさ、あんな子が子分にいたらいいなー」
無邪気に言われたセリフにシルヴィアは言葉が詰まった。
友達ではなく子分とは、これいかに。
先日の仮面舞踏会は身分問わず参加できたそうだが、たとえダンスが下手だったとしても子爵家の子としての教育を受けている子供に『物知り』と言わせる子供が庶民の子だと言えるだろうか。
シルヴィアは疑問に思ったが言わないでおいた。
その代わり、別のことを言う。
「お嬢様、ドレス選びが終わりましたら、お行儀についておさらいしましょうね」
ハイネは不満そうにしながらも頷いた。
たとえ庭で男の子と取っ組み合いしたりチャンバラしたりしていても、子爵令嬢であるという自覚はあるのだ。
もっとも、少女のそんな活発な面を知っているのはこの屋敷の人間だけだが。
いつかボロが出るのでは、というのが気苦労の絶えないシルヴィアの悩みだった。
●リプレイ本文
●101匹ニャンちゃん
シルクのドレスにローズ・ブローチ、シルバーピアスとガルスヴィンドのヘアバンド。
深螺藤咲(ea8218)は控え室の大きな鏡の前で身なりのチェックをしていた。
礼儀作法についてはレジーナ・オーウェン(ea4665)から教わった。彼女曰く、
「舞踏会は女の戦場。衣装選びからすでに戦いは始まっているんですよ」
だそうだ。ちなみに彼女は赤いイブニングドレスで参戦する。
もう一人、剣を持つ仲間のエリーシャ・メロウ(eb4333)も髪を整えながらレジーナの言葉に頷いていた。
「どのような装いであれ私が騎士たる事、そして騎士に求められるのは戦場の武勇のみにあらざる事も確かなのでしょうね」
と、新たな戦場へ気を引き締めた。
パーティ主催者であるロッド家当主の挨拶が終わると盛大に拍手が鳴り響き、優雅なワルツが流れ出した。
大広間は色とりどりの花で飾られているが、特に目を引くのは大輪の薔薇だった。
ゴードン・カノン(eb6395)とアレクシアス・フェザント(ea1565)はまずロッド夫妻に挨拶に行く事にした。
ようやく順番が回ってくると、ゴードンは二人に丁寧に騎士の礼をとった。
「本日はお招き頂きありがとうございます」
ゴードンが名を名乗ると当主のカーシーは軽く目を開いて、嬉しそうに微笑んだ。
「冒険者の方の活躍にはとても関心があってね。‥‥王都に行った時はこっそりギルドに行って報告書を見せてもらったりしているのですよ」
セリフの後半は内緒話をするようにゴードンに囁くカーシー。
横でカタリナが不審げな顔をしているところからして、夫のこの行動は知らないのだろう。それからカタリナはゴードンの傍らのアレクシアスに目を向けた。
カーシーの囁きに苦笑していたアレクシアスは、カタリナの視線に気付くとすぐに頬の筋肉を戻して挨拶をする。
「まぁ、あなたがそうでしたの。噂はいろいろと聞いております。つまらない事を言う人もいるでしょうが、一度決めた事は曲げずに頑張って下さいね。そうそう‥‥ほらハイネ、ご挨拶なさい」
カタリナに押し出されたのは、10歳程の少女だった。少女はドレスを摘み、ゴードンとアレクシアスへやや緊張気味に挨拶をする。
「はじめまして。ハイネ・ロッドです。ようこそおいでくださいました。今日はごゆっくりお楽しみください」
「お初にお目にかかります、レディ・ハイネ」
アレクシアスに優しく微笑まれ、ゴードンには一人前の貴婦人に対する礼をとられ、ハイネはかすかに頬を上気させた。
ふと、ハイネの視界に真っ赤なドレスが現れた。目を向ければ、極上の蜂蜜のような髪の婦人がカーシーとカタリナに挨拶をしている。
「レジーナ・オーウェンでございます。このたびは素敵なパーティに参加させて頂いた事を大変嬉しく思いますわ」
その名前をハイネは知っていた。どこで聞いたのかは忘れたが。
レジーナはカタリナのドレスや室内の薔薇を褒め、綺麗に微笑んでいる。それからハイネと目を合わせるとゴードンやアレクシアスのように挨拶の言葉をくれる。ハイネもそれに応えると、
「ハイネ様のダンスもぜひ見てみたいものです」
と、やはり綺麗に微笑んだ。
見惚れているうちにレジーナはロッド夫妻の前を辞してしまった。
●あの人が来てました
優雅に踊る『あの人』。
レジーナはオラース・カノーヴァ(ea3486)にダンスの実践稽古をつけながら、こっそり観察していた。
「見よう見まねで踊ってみせる」
と、豪語していただけあって、オラースは最初こそステップも怪しげだったが、すぐに形になった。本気でやればすぐに上級者レベルになるのではと思い、言ってみる。
「余計なお世話かもしれませんが、これが剣の方をひとつ覚えるよりも役に立つ事もあるのです。剣よりダンスが役立つ方が平和で良いとは思いませんか?」
「俺は体を動かすのが好きだから、何とも言えねぇな」
オラースの目には「剣じゃなければどうにもならない事もある」という色があった。
レジーナは小さく肩をすくめ、ちらっと視線を巡らす。
『あの人』‥‥エルミーヌ・アトリは今は数人の貴婦人と歓談していた。
ドレスは着慣れないなぁ、でもたまにはのんびりしておいしいものでも食べられたら幸せだなぁ、などと思いながら会場内を歩いていたフォーリィ・クライト(eb0754)は、ふと耳に入った会話に足を止めた。
数人の貴婦人が楽しげにおしゃべりしている。
「今年も良い恵みを頂く事ができましたわね」
「ですがそれに合わせて不届き者が出るのは困ったものですねぇ」
「根絶やしにできれば問題ないのですが‥‥人間にしろ虫にしろ」
今期の収穫について話しているようだ。何となく最後の発言は穏やかでないが。
どこか冷淡な声。顔を盗み見てみるが、特に面識はない。
「変わった人がいますね」
フォーリィの側で声をもらしたのは山下博士(eb4096)だった。
「あの人誰だかわかる?」
というフォーリィの問いに答えたのは休憩のためダンスを抜けてきたレジーナだ。
「エルミーヌ・アトリ夫人ですね。フラウ夫人とは正反対の方ですよ」
言われて納得するフォーリィと博士。
エルミーヌはいかにも苛烈な支配者といった雰囲気だ。
博士とレジーナが婦人達の輪に入っていく。どうしようか迷ったフォーリィは、おしゃべりには加わらず、会場内を歩く事にした。
博士とレジーナは、すぐに打ち解けた。エルミーヌとレジーナには面識があったし、博士は決して話上手では無いが、歳からは想像も付かないほど老獪な聞き上手だ。
まずはグループの中心と思われるエルミーヌに話題を振ると、彼女はすぐに話に乗った。
収穫時期に合わせて盗賊が出るので、通常の護衛役人に加えて各町村から人員を徴収した事や、今期の収穫高の内訳から反省点と改良点を学者に分析させ次の収穫への対策を練らせたり、ドレスや装飾品はどこの商会が良いだとかあの産地の石は質が悪いだとか‥‥彼女の周りで仕事をする人は、やりがいはあるだろうがいつ過労死してもおかしくないだろうな、と思わせる人使いの荒さが伺えた。
「何にしろ、一朝一夕ではいきませんわね」
と、こぼすように言われた博士は軽く頷いた。
「僕は今まで歴史を学んできました。なぜ失敗したのか、なぜこのような偉業が達成されたのか。とても興味があるんです」
「まぁ、それは大切な事ですわ。研究がまとまったら、いつか本にしてみるのもいいかもしれませんわ。やはり探究心や強い向上心は必要ですわね」
目を細めたエルミーヌの視線の先には、アレクサンドラがいた。
ちょっかいを出す気はないようだが、その目には嘲りの色があった。
麻津名ゆかり(eb3770)からウィンターフォルセとの商取引の件で礼を言われたアレクサンドラは、あのヨーグルトは評判が良いのだと告げると、何とも楽しそうな視線をゆかりの隣の人物へ向けた。
「ご夫婦ですか? 機会がありましたらわたくしの所へもいらして下さいね」
ゆかりがそれに返す前に傍らの人物、ルキナス・ブリュンテッドが進み出てアレクサンドラの手の甲にキスをおとす。
ハッとしたゆかりはその口から歯の浮くようなセリフが出る前にアレクサンドラから引き離した。実はパーティが始まってから何度もこれを繰り返している。
アレクサンドラはクスクス笑って見ている。すっかり二人を夫婦と思い込んでいた。
訂正する前にゴードンが混ざったので、その機会は失われてしまった。
「先日の舞踏会では大変楽しませて頂きました。ところで、失礼でなければ、チの国の方とはどういった経緯でお知り合いになられたのかお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろん。こちらのお嬢様の年齢の頃にチの国へ嫁いだ友人がいましてね、彼女に紹介されたのです。先日の舞踏会に彼女は来られませんでしたが、ご兄妹で来て下さったのです」
「行き来なさっているのですか?」
「遠いですから、年に一度会えればいいほうですね」
「そのご友人の方はどうして‥‥?」
遠慮がちに尋ねるエリーシャ。
しかしアレクサンドラの表情はパッと明るくなった。
「出産が間近なのです」
「おめでとうございます」
エリーシャ達の顔にも笑みが広がった。
「おめでたい話は聞くだけで楽しくなるわね」
周囲と同じような表情でリーン・エグザンティア(eb4501)は続けて、
「きっと誰もが振り向くような女の子ね」
と、希望を言った。
それから名前はどんなのかしら、と遠い国の本人を抜きにして盛り上がっていたが、ふとゆかりは横にいたはずの連れがいなくなっていることに気付いた。見回すと、いつの間にやらエリーシャとダンスしている。
「次、私と踊るの」
斜め後ろのリーンの声に、ゆかりはルキナスへ後で何をしてやろうかとこっそり考えた。
●知らぬふりをして下さい
何人かの貴婦人とダンスを楽しんだアレクシアスは、休憩しようと解放されている庭への出入り口に立った。
そこに庭掃除に来たらしい少年が通りかかった。
少年の名がグレイと知ると、アレクシアスはわざとハイネを褒めるような事を言った。ロッド家の簡単な人間関係は事前に調べてある。
すると、ぼそりとグレイの呟きが耳に入った。
「‥‥あの猫はゴーレムでも壊せないよ‥‥おっそろしぃ」
しかしすぐに我に返り、グレイはアレクシアスの前を辞した。
オラースはダンスにのめり込んでいた。もう何人目になるかわからないほどの相手と踊っていた。そして今、軽快な曲と共にステップを踏んでいる相手は、この屋敷の使用人のシルヴィア。確かグラスの片付けをしていたようだったが、驚いている間にダンススペースに引きずり込んだ。
目を白黒させていたシルヴィアだったが、さすが子爵家の使用人と言うべきか、ダンスのたしなみはあった。
シルヴィアが落ち着いた頃を見計らい、かつ文句を言われる前にオラースが口を開く。
「やはり子爵家ともなると、男女七歳にして席を同じゅうせずってカンジの教育か?」
「‥‥旦那様も奥様もそのへんはおおらかですが‥‥そうですね、もう少しそういうふうでもいいかもしれませんね‥‥」
ものすごく言いにくそうにシルヴィアはこぼした。
その令嬢はどこだろうかと首を巡らせれば、ゆかり達と楽しそうにしている姿が目に入ってきた。
シルヴィアが嘆くほど酷くは見えなかった。
ハイネはゆかりのファンタズムのスクロールから生み出された幻影に釘付けになっていた。
「触ってもいいですよ」
と言われ、おそるおそる手をのばす。猫の幻は本当にそこにいるかのような存在感があるにもかかわらず、伸ばしたハイネの手はするりとすり抜けた。
「冒険の時、これを使って敵の目を欺くのですか?」
「その必要がある場合にはそうしますね。それ以外にもこうして誰かを楽しませることもできます」
答えたのは藤咲だった。
顔を上げたハイネの目は、冒険の話を聞かせてくれと訴えている。子供特有のキラキラした目に逆らえず、藤咲は自分が経験した依頼の話を聞かせた。もちろん、話せない部分は隠して。
その後、フォーリィも話に加わり、モンスターや悪魔との戦闘のシーンになるとさすがにハイネの顔もやや引きつった。
「あまり怖がらせるものではないよ」
苦笑しながらやんわりとハイネを抱き寄せるリーン。彼女はにっこり微笑み、自己紹介をした。
「初めまして。私はリーン・エグザンティア。普段は冒険者をしています」
そうして続けた彼女の冒険談もカオスの魔物との戦いやゴーレムで恐獣と戦った時のことなど、けっこう血生臭い。が、チャリオットレースの話は喜ばれた。
そこから話はずれていき、人間関係の回復をはかる依頼や恋のキューピッドのような依頼の話になると、戦いの話の時とは違った高揚感が場に湧き上がった。
「冒険中にうっかり誰かを好きになったりする事はあるんですか?」
ハイネが首を傾げると、全員の視線がゆかりに集まった。ゆかりは恥ずかしそうに微笑む。
それだけでハイネは察した。そしてその相手はどこだろう、とキョロキョロすると、
「あちらでダンスをしている方ですよ」
と、エリーシャが一点を示した。
なかなかカッコイイ青年だ、と思うとダンスの相手は母だった。
複雑な気持ちになり、ハイネは無理矢理話題を変えるため、同じ年頃で話しかけやすい博士に声をかける。
「博士さんはどんな人が好みですか?」
「そうですねぇ、賢くて優しい女の子が好きです。王子様を待っているお人形みたいな姫君ではなく、自分の運命を自分で決められる子です。‥‥もしも男の子だったら親友になれるような女の子と仲良くなりたいな」
ハイネの顔がパッと輝いた。そこには、声を聞いて仮面舞踏会の時の男の子だ、と確信した事と、地を出しても仲良くしてくれるのではという期待があった。たぶん、本来の自分のままで好いてくれるのではないだろうか?
思い切って言いかけた時、ルキナスがハイネの母を伴って現れた。
●それでも女の子なんです
もぞもぞしているハイネを気遣ってか、エリーシャ、ゴードンに加えて藤咲がカタリナをさりげなく遠ざけてくれたおかげで、ハイネはようやく少しだけ地を出した。
そうすると、不思議な事にすらすらと言葉が出てくるではないか。気持ちにも余裕が出る。そして気付いたのはリーンからの素敵な香り。
「綺麗な香りですね。そういえば、博士さんのあの時の香りも素敵でした」
「気に入って頂けたのでしたら、一つプレゼント致しましょう」
リーンが見せたのは『花霞』と『ラインゼロ』。ハイネはラインゼロを選んだ。
彼女は博士にニコニコしながら近づくと、半分だけ香水を吹きかけた。そしてもう半分は自分へ。
「お近づきの印は同じものを分け合う事だと思うんですよね」
もしもここにグレイがいたら哀れみと同情の目をしたに違いない。「パーティが終わるまで絶対に離さないぞ」と。
やがてそのパーティも終盤にさしかかった。
放って置かれたゆかりからさんざん文句と脅しの言葉を頂戴したルキナスは、今は大人しくゆかりの側にいる。
その様子を生温く見やったフォーリィは、仲間に別れの挨拶をしていた。しばらくよその国に行くから、と。
「それにしても、すっかり仲良しね」
フォーリィの言葉の先には並んで万華鏡を見ている博士とハイネの姿があった。たまに博士がハイネにどつかれている。いやチョップか? それともさりげなく足を踏んでいる? 博士はまんざらでも無いらしい。すました顔で応えている。
「あっちもね‥‥」
リーンが視線で示すのはバルコニー。
ようやくなだめ終わったのか、ルキナスがゆかりにキスを落としていた。
丸見えですぜ、お二人さん。
全員の心の声が一致した。