仕立て屋オルガ〜秘密倶楽部の秘密

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:11月13日〜11月18日

リプレイ公開日:2006年11月20日

●オープニング

 辺りがすっかり暮れる頃。とある屋敷に一台、また一台と馬車が集まってくる。不思議なのはその馬車たちが一様に質素なものである事、窓に黒布がかけられている事‥‥そう、まるで何かを隠すように。
 そして、その馬車から降りてくる者たちもまた、不思議だった。一様に、身なりの良い紳士達‥‥それが辺りを窺うように、こそこそと屋敷に入っていくのだから。見届け、場を離れる馬車たち‥‥それもまた密やかに速やかに。全ては、夜闇の中の出来事。
「ふむ、最近どうもマンネリ気味ですな」
 広くもなく狭くもなく、凡庸そのものの外観の屋敷の中、紳士の一人が溜め息交じりに言う。
「左様左様、そろそろ何か刺激が必要ではないかな?」
 その外観に反して、室内には意外と趣味の良い、居心地の良さそうな空間が広がっている。
「一つ私に心当たりがある。下町に、腕の良い仕立て屋がいる、と言う話を聞いた‥‥女性のドレス専門の仕立て屋という話だが‥‥」
 紳士達は瞬間、互いに顔を見合わせ。それぞれ僅かな逡巡の後、頷いたのだった。

「‥‥怪しい」
 仕立て屋『ロゼカラー』で、ウェインは半眼で姉‥‥店主オルガをねめつけた。その手には帳簿、これと姉とを見比べるようにして。
「ここの所、随分と収益が上がってる‥‥ぶっちゃけ、入る金が多すぎる」
「えと‥‥少ないならともかく、多い分には問題ないと思うのだけど‥‥?」
 弟の追及に、オルガは答えた。のだが、思わずツィと目を逸らされてしまっては、余計にウェインの顔は険しくなるというもの。
「‥‥アレだよな、アレ。あの謎の招待を受けてからだよな、これって」
「‥‥えぇ〜と、そうかしら?」
 とぼけるものの、嘘をつけないオルガである。ましてや、ウェインは伊達に弟やってない。
「姉さん、もう一度聞くよ? 本当の本当に、ヤバい事になってない?」
 事の始まりは三週間前。一台の馬車が『ロゼカラー』にやってきた事だった。窓に黒い布が掛けられた特徴の無い馬車‥‥この時点でウェインは胡散臭いものを感じていた。更に、その依頼内容だ。
「屋敷に来てドレスを作って欲しい」
 この依頼自体は問題ない。忙しいとか恥ずかしいとか面倒くさいとか、貴族令嬢の頼みでオルガがその屋敷に出向く事はよくある事だから。ただ、「屋敷の場所も貴族の名前も秘密」なのはハッキリ言って怪しい。怪しすぎだ。
 なのに断れなかったのは、訪れた使者が、この店のオーナーであるリデア・エヴァンス子爵令嬢のお墨付きを持っていたからだ。曰く「詳しくは言えないけどこの依頼、受けてねお願い」ってなモンだ。
 事ここに至っては、オルガもウェインも断りようも無いわけで。渋るウェインを説き伏せ、オルガは指示された通り一人で馬車に乗り込んだ‥‥その際、何か目隠しされてたのが、ウェインの不安をもんのすごく煽った。
 その日、結局オルガは夜遅くなって帰ってきた。で、翌日から猛然とドレスを何着も作り‥‥一週間後にまた馬車が来て出かけて行った。そして、それから毎週、同じ曜日同じ時間にオルガは件の屋敷に出向いていく‥‥未だに、目隠しつきで。
 その際、何着もドレスを持っていって、その内の何着もを置いてくるから、ちゃんとした仕事なのだろうが‥‥姉もリデアも何も教えてくれないし、支払われるお金がどう考えても多すぎだし、ウェインの心配はちっとも解消されないのだ。
「ええ。ウェインが心配するような事は何も無いのよ? 危ない事とか犯罪とかとは無縁だし‥‥あの、守秘義務っていうか詳しくは言えないのだけど」
 いつものように、口ごもりながら、オルガ。ただ、おそらくオルガはウェインの本当の心配を分かってはいない。
「‥‥分かったよ。とにかく、危険は無いって信じて良いんだね?」
 ウェインが諦めたフリをすると、オルガはホッとしたように頷いた。

 ちなみに、勿論ウェインは諦めてなんかいなかった。姉に隠れて向かった先はそう、冒険者ギルドだ。
「姉が仕事をしている事、信じてないわけじゃないんです。リデア様も『大丈夫』って言ってくれてますし、大丈夫なんでしょう」
 それはウェインにも分かっているのだ。もしかして、自分だけ何も知らなくて仲間はずれにされて拗ねているだけなのかも、しれない。
「でも、何と言っても姉は年頃の女性ですし‥‥どうもその、作ってるのが普通の貴族令嬢相手のドレスじゃないような‥‥気が‥‥」
 経理担当と言っても、ウェインとて仕立て屋の人間である。ドレスの様子から何となく察するものはある。
「なので、探って欲しいんです。相手の屋敷と、そこで何をしている‥‥姉が何をさせられているのかを。本当に、危険はないのかを」
 そして、ウェインは明日の夜に、問題の馬車が来る事を告げ、彼が知る唯一の手がかりを指し示した。
 それは羊皮紙の一片に書かれたメモ。そこには「秘密倶楽部」と書かれていた。

●今回の参加者

 ea1458 リオン・ラーディナス(31歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea1542 ディーネ・ノート(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea2606 クライフ・デニーロ(30歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4434 殺陣 静(19歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4729 篠宮 沙華恵(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

シルバー・ストーム(ea3651)/ 山下 博士(eb4096)/ 華岡 紅子(eb4412

●リプレイ本文

●秘密のしっぽ
「しふしふ〜! 久しぶりだな」
 仕立て屋『ロゼカラー』を訪れた飛天龍(eb0010)は、オルガの笑顔に迎えられた。
「近くまで来たついでに寄ってみたが、店の方はうまくいっているのか?」
「はい、おかげさまで」
 応えるその足元には、今仕立て中と思しきドレス。天龍の首が傾げられたのは、裁縫をたしなむ故だったか。
「ん? ここの部分は何故こうなっているんだ?」
「それは‥‥お客様が胸が豊かでない方なので」
「その割りに脇が広く取ってある‥‥どちらかというとふくよかな方なのではないか?」
「その‥‥あっ、いらっしゃいませ〜」
 一般的なドレスの形を取りながら、まるで違う‥‥天龍の突っ込みにオルガは口ごもり、あからさまな逃げでもって、入ってきた客を出迎えた。
「わぁ、キレイなドレスだね」
「本当ですね」
 入ってきたのはディーネ・ノート(ea1542)と殺陣静(eb4434)、そして、リオン・ラーディナス(ea1458)達だった。
「オルガさんに協力を求めるには、特殊な条件が必要に為りそうなのです。経費は私が持ちますので、ロゼカラーに服を買いに行きませんか?」
 とリオンは静に誘われたのだ。
「倶楽部潜入に必要な事だったら、オレが出来る事は何でもするよ!」
 主張するリオンに、静はにんまりと笑んだわけだが。
「あら、これってゴスロリ‥‥こっちは魔女っ子ですか?」
 その静、ドレスに混じってのそれらに小首を傾げた。
「はい‥‥創作ドレスを試していまして」
 だが、視線を泳がせるオルガにそれ以上の詮索を控えておく。
「それはステキだね。うん、私もこんな服が欲しいなぁ」
 同じく、不自然な形のドレスを、出来るだけ自然に仕立てているらしいオルガの腕を見て取りつつ、ディーネはにっこりと頼んだ。
「ごめんなさい。今は予約がいっぱいで‥‥」
 と、オルガは申し訳なさそうに頭を下げた。出来上がったドレスの山と、作りかけのドレスの山と‥‥小さな店には不釣合いな数。
「そういえば、顔色がちょっと悪い‥‥大丈夫?」
「姉さん、少し休んだ方が良いよ。後は俺が応対するから」
 案じるリオンに、帳簿とにらみ合っていたウェインも頷き。
「お客様方を放っておくのは‥‥」
「ううん、いいよ。ドレスは残念だけど、見てるだけで楽しいもん」
 ディーネは言い、オルガはホッと息をつき頭を下げ。
「お言葉に甘えさせていただきますが‥‥どうぞ、ごゆっくり」
 重い足を引きずるように、奥へと消えていった。

「これが帳簿ですね」
 オルガが消えたのを確認してから、篠宮沙華恵(eb4729)は早速仕事に取り掛かった。
「オルガさんが持っていった着数と、持ち帰った着数‥‥出荷数と使った布の数」
 謎の招待以前と以後を比較した沙華恵は、自分の推測が当たっていた事を確認した。つまり、作った着数の割に、以前より生地の減りが早いのだ。
「ああ、やっぱり‥‥」
 呟いた沙華恵にハッとしたウェインが何か言うより先に、クライフ・デニーロ(ea2606)が尋ねた。
「さて。貴族令嬢相手のドレスではない気がするというのは、『全体のサイズが大きい』『腕周りに余裕が多い』『腰周りが締め直せる様になっている』とかでしょうか?」
「そうです、よく分かりましたね。仕立ての経験が‥‥?」
 目を丸くしているのは、威風堂々とした体格に穏やかな笑みを浮かべているクライフがちまちま裁縫している様子が、想像できないからだろう。
「いえ、そういうわけではありません。ただの推測ですよ」
 苦笑交じりにごまかすクライフ。
「リデアさんが問題ないと判断する範囲で、高額でオルガさんが口をつぐむ必要があって、秘密倶楽部で普通じゃない女性用の服ともなると、故郷での定番どおりだと‥‥アレでしょうね」
 やはり同じ結論に達した富島香織(eb4410)が、生暖かい笑みを浮かべる。
「何か分かったんですか?!」
 そんな三人に意気込むウェインに、
「いいえ、まだはっきりした事は言えませんから」
 沙華恵はそう、誤魔化したのだった。

「最近主人、仲間との会合とかで頻繁に出掛けますのよ。‥‥でも、本当かしら‥‥どこぞの女に入れあげているのかもしれませんわ」
「失礼、奥様」
 一方。とあるサロンに潜り込んだリューズ・ザジ(eb4197)は、お喋りに興じる奥様方にやんわりと話しかけた。
 悲劇のヒロイン気取りだった婦人は、青年騎士然としたリューズに「あら」とほんのり頬を染めた。
「美しい方に、そんな顔は似合いませんよ」
 鎧騎士であるリューズの騎士の礼は、優雅で優美だ。
「まぁ‥‥上手です事」
 応える婦人も満更でもない様子で。
「おや、マズい場面に来てしまったかな」
 けれど、揶揄するような声が掛かった。
「まぁあなた!」
「僕が愛するのはただ一人、君だけだというのに」
 現れた紳士にリューズは内心、緊張しつつ。
「少し話さないかね?」
 誘いに乗ったのだった。
「申し訳ない。貴方の奥方のドレスのドレーブが見事なものだったから‥‥」
 探り合いを交わしてから、リューズはそう謝罪した。視線をドレスに向けつつ、ホンの少しの恥じらいを装い。
 食いつくかどうか‥‥それとなく水を向けたリューズを、紳士は値踏みするように見てから。
「もし君が興味があるのなら‥‥」
 一枚の招待状を差し出したのだった。

●秘密の姿
「オルガさんに殊更緊張したり、嫌がっている素振りはありませんね」
 問題の夜。『ロゼカラー』近くに身を潜めた香織は、目隠しをされ馬車に乗り込むオルガを観察し、思った。
「後は、予想が合っていると良いのですが‥‥」
 思い、スタンバイしている天龍に合図した。
 香織は予め、馬車のルートと目的地を調査していた。馬車の速度と方向、オルガがもらした時間感覚‥‥目撃情報なども丁寧に拾い。
「物理の授業がこんな形で役に立つとは、受けていた当時は思いもしませんでしたけど」
 苦笑を一つ。出た答え、目的地はリューズの手にした招待状の屋敷とも、条件的に一致した。但し、確定しない以上、それを実際に‥‥オルガが連れていかれる場所を確かめる必要があった。
 だから。合図を受けた天龍は上空からの追跡を敢行‥‥大体の行き先を把握しながら、馬車を見失わないよう追う。
「道筋は合っているようですね」
 もう一人。香織の推測を元に、静。中間地点で魔法も用いて確認した後、天龍に合図し自らも後を追った。
「やはり、ですね」
「どこぞの貴族の別宅、といった所か」
 そうして、たどり着いたのは、一軒の屋敷。貴族街から離れたそれは、隠れ家と称するに相応しい。
「ここで間違いないだろう」
 応えたのは、静でも天龍でもない声‥‥リューズだ。リオンとディーネと共に、スタンバイOKだ。この格好は予想外だったリオンは、少し引きつり気味だが。
「よく似合いますよ」
 仕掛け人である静は、満面の笑顔だ。これだけの出来なら、仕掛けた甲斐があるというもの。
「勿論、これは捜査の為、オルガさんウェインさんの為ですよ? 決してこういうのが好きなわけではありませんから〜」
 にこにこにこ、楽しそうに上気した顔で静は言った。
「その格好で来いというのは、多分試されているのでしょうね」
「会員制の秘密倶楽部といったところだね。一見さんは、入る資格なしと判断されたら入り口で断られるのだろうね」
 追いついた香織とクライフに、潜入する三人はその表情を引き締め。
「大丈夫です、皆さんとても似合ってますから‥‥自信持っていってらっしゃい」
 そうして、三人を仕上げた功労者である沙華恵の笑顔に送られて、リューズ達は屋敷へと足を踏み入れた。
「俺はあのテラスから忍び込んでみよう」
 残された面々の中、天龍は言い、その身を軽やかに夜空へと躍らせ。
「僕達は控えていよう。何か騒ぎが起こった時の為にね」
 そして、クライフの言葉に天界人の少女達は頷いたのだった。僅かな緊張と、好奇心とを胸に。

「貴族の屋敷に入るのも初めてだけど、こーゆードレスを身に付けるのも初めてなのよね」
 入り口でチェックを受けた後、無事通された屋敷内。ディーネは一度身震いすると、グッと表情を引き締めた。
 そして、扉が開かれる。
 眼前に広がるは、立食パーティーといった風情の光景。
 ただ‥‥そう、ただ。出席者が全員ドレスを身につけている事を除けば!
「「「‥‥」」」
 予想していた事だが瞬間、リューズ達は一様に沈黙した。
 出席者は全員、男だった。どう見ても男性だった。しかも、ほとんどが中年から壮年、背筋がピシッと伸びて肩幅もあって恰幅も良くて‥‥な、相応の身分のありそうな紳士達だった。
 それらが、ドレスを着ている。たっぷりのドレープのついたドレス、身体にフィットしたドレス、超ミニのドレス‥‥覚悟していても、結構クるものがある。
「おや、新しい人達かね? ようこそ、秘密倶楽部に」
 主催者らしい人物がにこやかに近づいてくるのを目にし、リオンはほとんど気を失いそうになった。あぁあの服は見た事がある。黒でゴスロリ調のブラックシスター服。
「ん? 君達は随分‥‥」
 ディーネは焦った。沙華恵のメイクを受けた自分は、いつもと違いとても大人びた、間違いなく美少女だ。それはリューズもだしリオンだってそうだ。
 男性に振舞うにしろ、自分達はあまりにも‥‥そう、あまりにも浮いている‥‥可憐過ぎるのだ。
「リオンさん、その格好はッ?! それにリューズさんもっ!」
 顔を引きつらせたディーネの耳を打つ、オルガの驚愕の声。反射的にそちらを見ると、中年男性にドレスを着せているオルガの姿があった。
 思わず視線をそらせてしまったリオンに、場の雰囲気がザラリと緊迫する。曰く、これは同好の士ではないと。
「この方達は冒険者‥‥信用のおける方達です!」
 咄嗟にオルガが割って入る。とはいえ、適当な言い訳は思いつかないらしい。
 その時、天龍の知らせを受けた静達が、強引に踏み込んできた。
「私たちは他言するつもりも、無責任な噂を立てるつもりもありません」
「たまには第三者の意見も聞いてみたくありませんか? アドバイス等、出来ると思いますよ」
「皆さん、恥じる事はありません。天界では皆さんのような方も沢山いるんですよ」
 香織が静が沙華恵がそう、告げた。嘘や偽りでない、自然な響き。
「とってもお似合いですよ。でも、メイクも凝れば、もっと素敵になれますよ!」
 ニッコリ微笑みながら沙華恵が取り出すのは、理美容用品一式。
「! いやっだが、さすがに化粧は無理が‥‥」
「お髭の方でも大丈夫ですよ、ドワーフの淑女みたいに美しく仕上げましょう♪」
 興味を引かれつつも尻込みする紳士(結構際どいドレス着用)に、沙華恵はそれはそれは楽しそうに、笑みを浮かべたのだった。
 その後の展開は言うまでもない。
「‥‥貴族って面倒だね」
 恥ずかしそうにメイクを受け、互いを褒め合い楽しく歓談する紳士達‥‥ディーネは呟きつつ、美味しい料理に口をつけた。
「奥方達は随分と寂しがっておいででしたよ」
「う‥‥むぅ、だが、こういう姿を妻や娘に見られるのは、なぁ」
「‥‥まぁ、お気持ちは分かりますが」
 その中の一人の相手をしていたリューズはふと吐息をもらし。
「余計な詮索を避ける意味でも、ご家族には優しくして差し上げるのが良いかと」
 アドバイスを送っておいた。
「あの、リオンさんにそういう趣味があった事は、クリ‥‥いえ、子供たちには秘密にしておきますから」
「!? いやっ、違うから! これは潜入の為であって、趣味じゃないから!?」
「何、恥ずかしがる事はない。君も今日から我々の同士だ」
 頬を染めて俯くオルガ、誤解を解こうとしたリオンは楽しそうな男性達の波にさらわれていく。
「違うんだ、誤解なんだぁぁぁぁぁぁッ!」
 フォレストノートの香りが悲しく、ほのかに漂った。
「秘密に関しては他言するつもりはない。だが、ウェインは随分と心配していたぞ」
 そのオルガに天龍は、それだけは伝えておきたい、と告げた。
「はい。でも、言い辛くて。仕事の事ですし、偏見をもたれても困りますし、反対に興味をもたれても‥‥」
 言葉を濁しつつ、女装したおじさま方に囲まれたリオンを見つめるオルガに、天龍はやはり視線を泳がせたのだった。
「良かったら、定期的に皆さんのお手伝いをさせていただけませんか?」
 そうして、今宵の騒ぎに幕を引く沙華恵の提案に、貴族達の返事は勿論OKだった。そうか皆色々たまってるんだなぁ、察したディーネはそっと溜め息をついた。
 皆、普段はキチッとした格好で堅苦しい仕事や社交に勤しんでいるだろうに。
「‥‥貴族ってやっぱ、大変みたいだね」
 ディーネは胸中でだけ呟いたのだった。

●秘密の報告
「さて、どうする?」
 翌日。集まった一同を見回し、リューズは問うた。
「突き止めた秘密についてだが、私は口外無用という事でウェイン殿に伝えた方が良いと思う」
 オルガの気持ちも分かるが、ウェインは本当に心配しているのだから。
「でも、知らぬが仏って事もあるよね」
 だが、昨夜の光景を思い出したディーネはそう意見し、クライフもリオンも頷いた。
「今後、もっと際どい依頼をオルガさんが受けるかもしれません。その際の練習としても、秘密を守り続けてもらえませんか?」
 オルガもまた、香織から提案され、真剣な面持ちでコクリと頷いたのだった。

「どうやら、悪事でもないわけだし‥‥まぁ、これなら、問題ないと思う‥‥」
「知らないほうが良いことも世の中沢山ありますよ‥‥」
 歯切れ悪く言うリオン、もれ聞こえたクライフの呟き、ウェインの顔が不安げになる。
「リオンさんクライフさん」
 笑顔で二人を黙らせてから、香織はそんなウェインを安心させるよう、冷静に告げた。
「調査の結果特に問題ないことがわかりました。ただ、頼んだ方に悪気はないものの、秘密は秘密として守っていった方が良いかと思われます」
「お姉さんは人を助ける、とっても素敵な事をしてましたよ。絶対に、危険だったり犯罪だったりはしません!」
 沙華恵もまた力強く主張し‥‥ウェインはそんな二人の顔をじっと見つめた後、僅かな躊躇いを振り切るように、大きく頷いた。
「姉さんは大丈夫なんですね? なら、安心です‥‥本当にありがとうございました」
 そうして、心からの安堵の笑みを浮かべるウェイン。ディーネはそんなウェインの肩をポンと、やはり笑顔で叩いてやったのだった。