●リプレイ本文
●不毛の大地で
これは正しく『殺風景』のお手本とも言える光景。今はそこにオーガ達がいない。今はまだ、合戦の時ではないようだ。
(「本当に、遮蔽物一つ無いですね‥‥」)
黒の瞳で周囲を見渡しながら、胸中呟くのはスクネ・ノワール(eb4302)。こんな所で戦うのだから、不用意に隊列から突出しないように‥‥とも思いながら。
吹き抜ける風は肌を打ち、吐き出した白色をすぐにどこかへ吹き飛ばしてしまう。比較的薄着な神堂麗奈(eb7012)は、思わず自分の身を震わせる。
そこは荒野の中央。そこはエリーシャ・メロウ(eb4333)の事前偵察によって選定した位置だ。この荒野は地理的有利な条件を整えられる場所は無いので、両部族の森から等しい距離にいる。
「喧嘩両成敗! このような争いの間に入る場合は、騎士として公平であるべきぢゃ!」
お見事です御館様ッッ‥‥と褒め称える月斗の横で、エリーシャも。
「民の苦境に駆けつけんとするその雄姿‥‥。変わらず壮健なるお姿を拝見出来た事、そしてお二人のみでオーガ全てを平らげる事も叶いましょうに、我等に扶翼の機会を与えて頂いた事を嬉しく思います」
「正しく今こそ、騎士の剣が振られる時! なぁ月斗よ!!」
「ええ! まさに戦い甲斐のある戦になりましょう!」
「これはこれは、聞きしに勝る‥‥ですねぇ♪」
勇む二人に向けリュートを奏でながら、トリア・サテッレウス(ea1716)は愉快そうに言って話しかけた。バランもまた、豪快な破顔にて笑み返す。
「ふむ、剣(つるぎ)を持つ吟遊詩人か。戦場で武を成す以外にも、何か目当てが在りそうな目じゃな?」
「僕が成したいのはですね、まさに貴方の御名そのものなんですよ。とどのつまり、『バラン・サーガ』! その力を、勲を、この目に焼付けこの耳に刻み付けたい」
トリアの口から、その笑みに満ちた面容からは想像しがたい、熱の篭った言葉が次々と出されていく。
「そして願わくは、それを歌い広める事をどうぞお許し下さい。されば、この国の騎士道もますますもって隆盛なること間違い無いでしょう!」
「うむ! その心意気、しかとワシに届いた! 良かろう! 共にこの抗争を治めた暁には、それを自由に歌い紡ぐ事を許す!」
「騎士‥‥か」
その言葉は、パトリアンナ・ケイジ(ea0353)から漏れるにしては意外なほどに、呟くような声量であった。
「おお、この戦いこそ正に騎士の本分! 貴女もそう思うかッッ!」
叫びながらの月斗の問いに対する答えを敢えて口に出さず、パトリアンナは曖昧に微笑するに終わる。
●嵐の前の騒がしさ
「再度言う事になりますが、最も心掛けて欲しい部分なので‥‥。良く知られているように力は侮れません。緩慢な動きを利用し、致命傷となる攻撃を繰り返し与えなければ耐久力の高い彼らは倒せないでしょう」
念を押すようにしてアトス・ラフェール(ea2179)はそう言って締め、オーガに対する説明を終えた。
「なるほど。そうなると、真正面からの純然なぶつかり合いにおいては、正直な所、不利を感じざるを得ませんね」
「む、策を講じるという事か‥‥」
否定こそはしないものの、シャルロット・プラン(eb4219)の言葉に対して、悔しそうに喰いしばるような表情を見せる月斗。
「戦いを前にした大の男が、何と言う顔をしておるか月斗ォ!」
「も、申し訳ありません御館様ァァーーッ!!」
バランの鉄拳に吹っ飛びながら言う月斗。殴る方は勿論、殴られる方も何だか凄い。
そんな彼に向けて口を開いたのは、パトリアンナ。
「月斗や卿は、七面倒臭い事を弄する必要の無い力を持っている。それはある種の不可侵であり、自由‥‥それは偉大な事さ。だが、あたしはそれほど偉大ではないから、姑息に戦おう」
「姑息など、そんな事‥‥」
戸惑いにも似た表情の月斗に対するパトリアンナの顔は、またもや微笑。力と別のそれは、齢(よわい)を重ねなくては身につかない。
パトリアンナは、またもや面構えについて月斗を殴り飛ばしているバランに、自分達の作戦を伝える。
「‥‥まぁ、英雄は遅れてやって来るというモノらしいですし。今回も、あなたやバラン卿の奮戦を期待している事には変わりませんよ」
愛の鉄拳によって吹っ飛んだ月斗に、シャルロットは手を差し伸べる。
「そうだ‥‥俺が御館様や皆の為に力を奮う事には変わりないからな!」
「月斗、これが終わったら今度こそ、決着をつけるとしようか?」
そんな彼に、パトリアンナの言葉はまるで着火材。
「承知! こちらもそのつもりであった!」
燃え滾るナニカが見えてきそうだった。
「さて、俺はもうすぐコイツで言ってくるが‥‥その前に言っておきたいことがあるんだが?」
フライングブルームを片手にしたオラース・カノーヴァ(ea3486)が、バランに問う。
「実際の所、俺は必要以上に奴らの命を与奪したくない。今回のは勿論の事、今後についても、だ」
「うむ。無駄な殺生は騎士道にあらず」
「正しい騎士道の持ち主で助かったぜ。それじゃ、作戦はこうだ‥‥」
そうしてそれを伝えた後、オラースは空飛ぶ箒に跨って、片方のオーガの森を目指した。恐らく、彼は手にしたダーツを1、2本相手に当てて、誘導の任を果たす事だろう。
さて、こうなるともう片方の森へも、誘導役が必要では‥‥とバランが思った時、それを彼がそれを口にする前にエリーシャが彼の前に出て、声を張った。
「両群の前でバラン卿がそのお力を発揮されれば、それぞれの族長を倒すのも易く、またそれが、オーガ達に力の差を悟らせる一番の案かと思われます。つきましては私が愛騎セラを駆り、もう片方の族を誘導してみせます。卿の頷き一つ頂ければ、今すぐにでも空を駆けましょう」
バランにとって、エリーシャは信頼の置ける部下と同義語。横に振る首は存在しない。
「よかろう。それでは行くが良い! 信じて待っておる」
エリーシャはバランに一礼すると、良く躾されたグリフォンに騎乗する。
●蛮族を
もう、両群は目に見えるところまで来ていた。
(「基本方針は伝えました。あとはお二人のフォローさえ抜かりなければ、目的は達せられるでしょう」)
気合十二分に意気込んでいるバランと月斗を横に、アトスが思う。彼は今回のメンバー唯一の神聖魔法の使い手。忙しくなりそうである。
天界人である麗奈のはじめての戦闘依頼は、よりによってこんな大規模戦闘依頼になってしまった。
(「これから始まる戦いに、不安が無いといえば嘘になる。だが‥‥」)
彼女は、仲間達に視線を移す。麗奈の視界に映るのは、堂々とした風体で敵を待つ、オラースやパトリアンナ。
(「これは今まで武闘大会でしか見ることのできなかった猛者達の闘いを、間近で見られるチャンスでもある」)
むしろ、オーガよりも熟練の冒険者達の凄さに圧倒されるのではないだろうか‥‥そう思うだけでも、麗奈の中の緊張は少しばかりか和らいだ。
縄張り内に来た空飛ぶ刺客。それを追って来てみれば、数名の冒険者に、敵対する相手部族‥‥。
わけのわからない展開ではあるが、そこに相手がいるのなら戦うだけ。
此処には、力と力のぶつかり合いしかない。嗚呼、此処は素晴らしく単純な者達の溜り場。
吹き付ける風からは、もう寒さを感じない。汗が、血が、運動を続ける身体が、もう寒さなど度外視し始めた。
怒号、土埃、血飛沫。およそ、もうこの場所には寂しさは感じない。感じる余裕など無い。
「幸いこの戦場は好き嫌いがない。傭兵も騎士も蛮族も、何でも入り混じってしまえ」
声は齢相応の静けさで。しかし言葉に篭められたモノは飢えに満ちたそれ。投げレンジャー、パトリアンナは推して参る。
バランと月斗は既に敵中に切り込んでいた。重斧が軽々と振り回され、二本の短槍の連撃が、早くも猛威をふるっている。
「これが、名高きバラン・サーガの戦い‥‥」
言葉に、陶酔の色さえも込めてトリアが言う。イチバン近くで、イチバンの動きをこの目に‥‥必然的に、彼も前へ前へと進んでいた。
「まさに超人的♪ 素晴らしいですね」
バラン達を追うトリアにも当然、オーガ達が群がる。
およそ自分より頭二つ分大きな相手から繰り出される豪腕。飛来する拳をトリアは、リュートベイルで受け流す。そのまま、空いた胴目掛けて剣を振りかぶりながら、トリアは踏み込む。ただでさえ手負いの身に、がら空きの胴を突かれるのは致命的だったようだ。袈裟に放たれたその一撃にて、オーガは動きを止めた。
しかし、止まったのは一体のみ。囲まれたトリアはオーラボディのありがたみを実感しつつ、喰いしばって攻撃を耐える。
そこにカバーに入ったのは、盾を以って拳を弾いたスクネと、上空から奇襲してきたエリーシャだった。
オーガが、急接近したグリフォンに対応しきれるはずも無く。その爪の薙いだ跡は、大きな赤い軌跡と叫びが生まれる。感情のままに振られた拳は、身を翻すグリフォンに掠りもせずに、そのまま空中に逃がしてしまう。
エリーシャはオーガ達を見下しながら、目一杯、肺に空気を取り込む。
「同種族にて争う愚か者ども。我等がバラン卿がその性根を叩き直してくれる。腰抜けでなくば、双方の族長纏めて掛かってくるがいい!」
そして全体に言い聞かせるように、叫んだ。
(「さあってと、これでお互いの族長でも出て来てくれて、事の早期解決になってほしいんだがな」)
大斧を振りながら、そう思うのはオラース。彼は、たった今まで勇敢過ぎるオーガ『だった』、今はもう動かぬモノを見ながらひとりごちた。
「おまえらは今日死ぬ予定じゃなかったんだ‥‥それが命を粗末にしやがって」
しかし、ただ戦いは終わっていない。より相手を死なせないために、オラースは次の標的へと駆け出した。
トリアにリカバーを唱え終えた後、アトス自身も剣を抜く。切っ先が向かう先は、麗奈を囲むオーガ。攻めの手段を持たない彼女だが、オーガ達の攻撃を避け、囮として十分に機能している。彼女を注視しているオーガ達は、アトスの繰り出す刺突から逃れられるわけがなかった。
(「さぁ、次は‥‥」)
彼は状況を見渡し、味方のサポートに当たっていた。決して花形役者ではないが、彼がいなければ恐らく大量のポーションの空き壷が転がっていた事だろう。
ここにも、華麗な足取りで敵の攻撃を避ける者が。
(「普通のオーガでしたら何の問題もありませんね。あとは、族長レベルの者が、どれほどの実力を持っているか‥‥」)
避けながら、別の思考を出来るほどの余裕を持つシャルロット。動き回りながらなのでスプレーは目潰しの機能は果たせていないが、元々そういうものだとは彼女のも考えている。
一方オーガは、攻撃が当たらない事へのイラつきと、変なにおいの塗料を吹き付けられている事に対して、相当いきり立っている。
シャルロットは、地面を滑るかのようにして攻撃をかわしてゆく。
もしオーガに人並みの頭脳があれば、それが誘導だと気がついただろうか。
「さぁ、用意をさせて頂きました。どうぞ存分に」
「気ぃ遣わせて、悪いね」
オーガは目の前に人影を見た。がっしりと構えた人間が一人いる。同胞の血で身体を染める、野人のようなそれ。
オーガは、ちょろちょろとする騎士よりもそちらを相手にする事に決め。
パトリアンナもまた、一歩相手に踏み込んだ。
(「少しは減ってきたか。‥‥減ってきたと、思いたいな」)
身体からは汗を、口からは白色を出しながら、思うのは麗奈。只管回避に専念してきた彼女とはいえ‥‥いやむしろ、回避に専念していたからこそ、その疲労の度合いは著しかった。
正直、もうこの辺でお腹一杯‥‥。
彼女が背後からの咆哮に反応したのは、その時だった。
振り返った時、既にオーガは棍棒を構えている。いくら回避に秀でた彼女でも、背中に目はついていなかったのだ。
もう間に合わない! 麗奈は、振り下ろされる一撃に備え歯を食いしばった――が、棍棒は、彼女に届く前に止まった。
相手の懐に潜り込んだのは黒い影。手にしている大斧によって、麗奈はそれがオラースだと判断できた。下からすくいあげるような一撃は、斧の無骨さとは対照的に、美しい弧を描いて一閃となる。
オラースの一撃は、脳の足りないオーガにさえ彼我の力量を一瞬で把握させる位に決定的だった。
「戦う資格と意志を、頂戴する。命に代われば安いもんだろ?」
そして、ダメ押しのバーストアタックが、オーガの武器と戦意を粉々に粉砕する。
「‥‥まったく、凄いもんだな。鬼神の如き、とはこういう時に使う言葉なんだろうな」
「そうかい? 今回の依頼人の方が、よっぽど鬼神のそれだと思うがね」
漆黒の瞳は、バラン・サーガの方向に向く。
まさに、その風景は伝承として伝えられるサーガ(英雄物語)のように、現実離れをしていた。
「決着の時は近い! ここが踏ん張りどころじゃ月斗ォォ!!」
「心得ております、御館様ァァァァーーー!!」
「ならば燃やせ! ここで内なる闘志を燃やし尽くすのじゃッッ!!」
「承知! ならばこの月斗の魂の在りよう、とくとご覧いれましょうぞッ!!」
決して冒険者達から離れすぎてはいないが、それにしても常に最も敵の密度が高い所で戦い続けているバランと月斗。それなのに、疲労感が全くみられない。麗奈は改めて、自分は『人間』なんだ‥‥と思う。
「素晴らしい‥‥まこともって素晴らしいですね♪」
生きた伝説を目の前にして、吟遊詩人は、躍る心が止まらない。幾らか傷を重ねようと、伝説を追うトリアは止められなかった。
「さぁ。この素晴らしきサーガ、この機会に拝聴されないのはあまりにも残念。是非ともこちらを向いて頂きましょう。‥‥その首根っこを抑えつけてでも、ね」
剣を振るうたびに目一杯の重さを刃に乗せ、相手に殴られながらもカウンターで斬り返す。トリアも、サーガに感化されてしまったのかもしれない。
アトスは、そんな彼を見ながらも戦場を見渡している。確かに、バランの言うように、決着の時は近い。無事に立っているオーガも、目に見えて減ってきている。
「さぁ、砂を噛みな、泥にまみれな。血溜りに沈んで、野ざらしになれ‥‥」
次へ、次へ。倒したらまた次へ。傭兵は、がむしゃになって刃を振るった。
「それが退屈なら‥‥かかって来な」
最初は相手の傷を狙っていたパトリアンナだったが、見渡せば、もう大抵の相手は全身に傷を負っているし、そもそも彼女に、傷口を殴るような器用な真似は用意されていない。
繰り出されてきた拳を盾の表面に滑らせ、そのまま踏み込んだ身体ごと勢いを乗せて、シールドソードの刃は深々とオーガの身体に埋まった。
それで相手が動かなくなると、ポーションを嚥下して、また『次』へ向かった。
「もうわかるだろう。雑兵相手では、我らとバラン卿を止めることが出来ぬと! これ以上無駄な血を流したくなくば、両部族長、前に出よ!」
空から、勇ましくエリーシャ。言う通りだ。超人的なバランや月斗、それに加えて今回集った冒険者の戦闘能力は、手負いのオーガには明らかに荷が思い相手。こと『力』について純粋であるオーガ達は、それを認めざるを得ないのだ。
「部族の長の至らなさが、この部族間の対立を増長したとも言えよう。その責任も含め‥‥早くワシの前に出てこんかぁあああ〜〜!!」
続く、バランの咆哮。まるでその戦場全ての空気全体を揺らしたかのような錯覚さえ覚える声量。横でトリアが、笑みを崩さずにいた。
そうして、出てきたのは大柄のオーガ二人。一人は、オラースの物に匹敵する大きさの斧を担ぎ、もう一人は、トリアの背丈と同じくらいの大剣を持つ。どちらも、部族一の力自慢に違いない。
まだ戦闘そのものは続いている。
やや後方にて、たった今スクネの治療を終えたアトスは、再び視界を広く持つ。リカバー、そしてコアギュレイトと、支援を続ける彼は、そうやって全体をよく見渡すのが、今回の仕事のようなものだ。
(「さて、前線は如何な様子になっているでしょうか‥‥」)
碧眼が、前方を意識した、丁度そのタイミングであった。
バランの声が、聞こえたのは。
「ぬぉぉおおおおああぁぁあああ〜〜〜!!」
「‥‥なんで、あんな大柄のオーガが、二人まとめて吹っ飛んでいるんだ?」
呆然としてしまった麗奈の問い。アトスは、敢えて言葉を濁す。説明は簡単だが、解説が難しい。
だって、バランだから。
力でねじ伏せられた族長をはじめとするオーガ達は、思いのほかすんなりと用件を呑んだ。単純脳の持ち主であるお陰で、今までの争いをお互い水に流す事は、簡単に両部族が頷いた。
また、『部族間の抗争は、一対一の決闘にて』という発案にも賛成がもらえた。結局は、力で解決する方法なら、オーガ達は納得するようだ。
そして何よりも、これが、自分より強い者の言葉だからこそ、オーガ達は容易に首を縦に振ったのだ。
と言うわけで、またバラン・サーガに壮絶な1ページが刻まれた。
『元気があれば、オーガも吹っ飛ばせる!』
●『未来』達へ
依頼後、エリーシャとシャルロットの二人はバランに対し、空戦騎士団幹部就任を報告する。
バランからは、二人に不断の努力とますますの精進を伝えられた。
その後の事だった。シャルロットだけ、バランにこっそりと呼び出される。
「傷を負いながらもこの依頼に来てくれた事には感謝し、心意気は称えよう。しかし、主は空戦騎士団の団長に就いたばかり。ならば無茶をするわけにはいかん事も心得ておるはずだ」
出発前にシャルロットは自分でポーションを用意していたので、結果だけ見れば何の問題も無いのだが、バランが言及しているのは『戦闘依頼に怪我を持ち越した』事に対する心構えについて。バラン自身が結構無茶をするタイプではあるが、彼の騎士道は『結果よければ全てよし』ではないようだ。
バランは出発前に言っていた。「準備を整え次第、かの地へ向かおう」と。
「命に関わる事については殊更留意せよ。実戦は勿論じゃが、実戦以上に無理をする訓練においても言えることじゃ。命だけは取り返しがつかん。それが、今まずワシが新団長の主に与える言葉じゃ」
●祭りの後の祭り
「お前は‥‥自分自身が姑息な戦士だと思っているのか?」
吹き付ける風の中でもハッキリと、月斗の声はパトリアンナに届いた。
「ああ、姑息だろうね。少なくとも、傭兵はそういうもんさ」
「違うッ!」
頭(かぶり)を振りながら、月斗。
「今こうして‥‥一対一で、素手で俺と向き合うお前の、どこが姑息だというのだッッ!」
それを見て、パトリアンナはまた、微笑。
「随分お喋りになったね月斗。生憎こちらとて、そんなに若くないのさ。秋風に体が凍えちまう前に、始めようか‥‥」
二人が同時に、大地を蹴った。お互いの距離が一気に縮まって、二人は自分の意思を相手にぶつけ合った。
結局、拳は何も答えを導き出さなかった。しかし、今の二人には、『答えが出ない事』が答えなのだろう。