【王女のお忍び】ウィルの休日

■ショートシナリオ&
コミックリプレイ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 97 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月20日〜11月27日

リプレイ公開日:2006年11月28日

●オープニング

 月道が開き、1人の女性がウィルの地を訪れた。
 理知的な雰囲気を漂わせる夜色の瞳は黒曜石のように心持ち潤み、けぶるような長い漆黒の髪が秋の冷たさを帯び始めた風に揺れ、雪色の肌を包むのは明るいロゼ色の古典的で重厚なドレス。
 露出こそ皆無だが、楚々として凛々しく、且つしっとりした色香を醸し出している。
「ウィルの国の国王エーガン・フオロ様におかれましては、まことにご機嫌麗しく、その御身を拝見賜り、祝着至極に存じます」
 エーガン・フオロとの謁見に臨むその立ち振る舞いは、あくまで自然に優雅で流麗であり、“深窓の令嬢”という言葉は彼女の事を言い表すのだろう。
「堅苦しい挨拶はそこまでにしよう、レベッカ・ダーナ王女。くつろがれるが良い」
「はい」
 彼女の名はレベッカ・ダーナ。ウィルが有する4つの月道の1つ、ランの国の第一王女である。
「先日、使いの者より書状を受け取ったが、この度の我が国への訪問は、外遊という事だが?」
 ランの国の国王は健在であり、レベッカが即位するという話は、噂を含めてエーガンの耳には届いていない。何故、外遊なのか、彼はレベッカの真意を探る。
「外遊以外、何がありましょう? 今回の外遊はわたくしの身の回りの世話をする侍女1人以外、連れてきておりませんわ。ウィルの街並みを楽しみたいと思いましたの」
(「‥‥なかなかどうしてしたたかな小娘だな」)
 レベッカの返答を聞き、エーガンは心の中で苦笑した。
 侍女を1人しか連れてきていないのは事実だ。今、レベッカのお付きの侍女グリーフィアは控え室にいる。
 表向きは言葉の通り、お忍びの外遊、といったところだろう。だが、おそらく真意はウィルの視察、特にゴーレム関連の技術をその目で直に見に来たのではないかと彼は踏む。
 しかし、レベッカはアプト大陸の大国の第一王女である。お忍びとはいえ、エーガンにとって貴賓だ。ここで案内人の1人も付けない方が粗相に当たるし、レベッカもそれを見越して侍女を1人しか連れてきていないのだろう。
「では、私の方からウィルの街を案内させる者をお付けしましょう」
「ありがとうございますわ」
 エーガンの申し出にレベッカは顔を綻ばせる。ランの国は立憲君主制を採っているが、レベッカは早くも評議会に列席し、揉まれているらしい。また、彼女自身、精霊魔法を嗜んでいるという噂もある。
「ラッセ男爵家が鎧騎士、カティア・ラッセ、参りました」
「ご苦労。早速だが、お前にレベッカ王女のウィルの案内の任を与える。くれぐれも失礼のないようにな」
 レベッカの案内役の白羽の矢が立ったのは、新米騎士カティア・ラッセだった。

「レベッカ様、どちらをご案内いたしましょうか?」
「そうですわね‥‥ゴーレムやフロートシップが見たいですわ」
 いきなりお忍びの外遊の核心を衝いたようなレベッカの返答に、カティアは言葉を失う。
 とはいえ、カティアは新米の鎧騎士だ。ゴーレムに関する技術の事はほとんど知らされていないし、案内できる場所も極端に限られている。
 エーガンがレベッカにカティアを付けた狙いはまさにそこだった。
「バガンやゴーレムグライダーでしたらお見せできますが、フロートシップは‥‥」
「ふふふ、冗談ですわ。そうですわね、ダーナにない、ウィルの珍しいものが見たいですわ」
「珍しいもの、ですか‥‥そうですね、“ファミリーレストラン”はご存じでしょうか?」
「ふぁみりーれすとらん? いえ、初めて聞く名前ですわ」
「天界の地球にある、食事を専門とした酒場だそうです。私の友人が経営しているのですが、安く美味しい料理と可愛い制服を着たウエイトレスが出迎えてくれるのです」
「それは面白そうですわね。是非、案内して下さい。それと、この外遊の間、わたくしの事はレベッカではなく、レフィーナと呼んで下さいな」
 偽名も決まり、レベッカ‥‥もとい、レフィーナとカティアのウィル散策が始まった。

「レベッカ様‥‥」
 楽しそうにウィルを散策するレフィーナの後ろ姿を、侍女のグリーフィアが後を付け、心配そうに、そして何だか不機嫌そうに見守っていた。

●今回の参加者

 ea1458 リオン・ラーディナス(31歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea7891 イコン・シュターライゼン(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb2259 ヘクトル・フィルス(30歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb4248 シャリーア・フォルテライズ(24歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

イェーガー・ラタイン(ea6382

●リプレイ本文

●冒険者ギルド
「レフィーナと申します。この度はわたくしの我が儘を聞いて下さり、ありがとうございますわ」
 鎧騎士カティア・ラッセの依頼を請け、冒険者ギルドへ集まったリオン・ラーディナス(ea1458)達に、レフィーナは笑顔を浮かべてスカートの裾を軽く摘みたおやかに挨拶した。
(「貴族令嬢とは、彼女の事を言うのだな」)
 シャリーア・フォルテライズ(eb4248)は、レフィーナの完璧なまでの優雅で流麗な立ち振る舞いにそう実感する。幼い頃から貴族としての教養を嗜み、あくまで自然体で振る舞える、まさに温室の花と言えよう。
「この愛の狩人リオン・ラーディナス、あなたのようなお美しい女性の我が儘を叶える事こそ、至上の喜びです。この1週間、決して退屈させないとお約束いたしましょう」
「期待しておりますわ」
 リオンは見様見真似で仰々しく騎士の礼を取り、レフィーナに花束を手渡す。その際、彼女の細く滑らかな手をしっかり握るのも忘れない。レフィーナは口元に手を当ててころころと笑いながら花束を受け取った。
 ちなみに、この花束はイコン・シュターライゼン(ea7891)達全員で用意したものだが、ちゃっかりリオンが一同を代表して渡してしまっている。
「男爵令嬢たるカティア卿のご友人ならば、やはり何処かの御領主のご令嬢でしょうか」
「6分国内、と聞いたが、差し支えなければどの分国から来たのか聞いてもいいか? いや、フオロ領内を出る事があまりないので、他の分国の話に興味があるんだ」
 トルク家の騎士の礼を以って挨拶に代えるエリーシャ・メロウ(eb4333)と、ノルマン騎士の礼を取るアレクシアス・フェザント(ea1565)。
「レフィーナさ‥‥んは、ウィエ分国の貴族令嬢です」
 答えたのはレフィーナではなくカティアだった。
 ウィエ分国は、ウィルの西に位置するチの国のククェス領と繋がる6分国の1つであり、ウィルとチの国との交易の拠点だと、エリーシャが補足する。
(「カティアはレフィーナ嬢の事を様付けで呼ぼうとしていたな」)
(「少なくともレフィーナ殿はカティア殿より位は上‥‥ウィエを経由して我が国に入ったチの国の貴族令嬢の可能性もあるな」)
 違和感を感じたものの、胸中に留めるアレクシアスとシャリーア。
「ウィエ分国とは、随分遠いところから来たんだな。これは是非ともレフィーナちゃんにウィルを楽しんでもらわないと。荷物持ちならこの“鉄人”ヘクトルに任せてくれ」
「ヘクトルさん」
「いえ、呼び捨てでもレフィーナちゃんでも構いませんわ。頼もしいですわ」
 ヘクトル・フィルス(eb2259)は邪推はせず、二の腕を叩いてウィル観光を目一杯楽しもうとアピールする。ちゃん付けをたしなめようとするカティアを軽く制すレフィーナ。
「貴婦人への奉仕は騎士の義務。王都探訪のご案内、確かに承りました」
「先ずはどこから行こうか?」
「せっかく冒険者ギルドに集まったんだ、冒険者ギルドから案内しよう。王都のみに存在する名所だしな」
 ヘクトルの言葉を受けて、エリーシャが代表して正式に依頼を請けると、長渡泰斗(ea1984)がレフィーナにどこへ行きたいか訊ねた。するとアレクシアスが、ウィル国内でもここにしかない冒険者ギルドから案内し始めた。
 入ってすぐのところにある、ギルドメンバーが控える受付カウンターに始まり、会議室など、冒険者ギルドの中を見て回り、簡単に冒険者ギルドの役割と冒険者の存在について説明した。その間も、ギルドメンバーと冒険者達が依頼の遣り取りを行ったり、依頼人が依頼をしに来たり、冒険者達が依頼の相談をしたりと、人の往来はひっきりなしで賑やかだ。
 中でも目を引くのが壁などに掲げられた領主達の紋章だ。ウィルの冒険者ギルドは、賛同する各分国の領主達が資金を出し合って設立したので、加盟する領主達が一目で分かるようになっている。紋章が掲げられている領地は、冒険者が武器を持ったまま自由に出入りできる事を意味していた。
「普通の依頼であれば、冒険者達が出発前に相談するフリースペースで請けるのだが、中には領主や国王からの依頼もある。そういう時は、先程、俺達が顔合わせをした会議室を利用するんだ。会議室は防音も完備されているし、中には領主会議を行う大きな会議室もある」
「ウィルでもサミットがあるのですね」
「サミット、ですの?」
 アレクシアスの会議室の説明を聞いた富島香織(eb4410)が、天界の地球と重ねる。聞き慣れない言葉にレフィーナが聞き返すと、香織は分国に当て嵌めて分かりやすく説明した。香織が言葉を選んだとはいえ、それを理解したレフィーナは、なかなか頭の回転が早いようだ。
「冒険者ギルドの運営は、ウィル国内の領主達の協力があってこそだ。という事で、加盟がまだならばレフィーナ嬢の御家も御一考を」
「まぁ、お上手です事。考えておきますわ」
 アレクシアスは社交辞令を軽く交えて締め括った。

「冒険者ギルドの中でしたらまだしも、ウィルの街中をこの如何にも貴族令嬢という格好で案内するのは目立って仕方ありません。知り合いに仕立て屋がいるので、レフィーナさんを目立たない格好にしたいと思うのですが」
「さんせーい! せっかくの美貌を隠しているのはもったいない、アトランティス全体の損失だよ。もっと露出を多くした方がより華やぐと思うな」
 ウィルの街中を案内するにあたり、香織がそう提案する。諸手を上げるリオン。ヘクトルも大いに賛成している。
 レフィーナの着ているドレスの裾は足下まで覆い、袖は掌にまで達している。露出しているのは手と顔だけだ。
「わたくし、身体の線を晒す服はあまり‥‥」
「お忍びなら、目立っては面白くない事が起きますよ」
 レフィーナは保守的な倫理観の持ち主のようで、露出を多くする事には不満そうだったが、香織が説得すると仕立屋へ行く事を承諾した。

「‥‥カティアさん、長いような短いような間でしたが、お世話になりました。俺はメイの国へ行きます。お元気で‥‥」
 冒険者ギルドを出る際、イェーガー・ラタインがカティアを呼び止めた。
「お気をつけて」
「‥‥そ、それだけ、ですか‥‥?」
「旅立たれる方が後ろ髪を引かれるような無粋な言葉は掛けられません」
「‥‥な、なるほど。これは、カティアさんの護りとなるように‥‥」
 カティアの意外にもサッパリとした別れの言葉に少し残念がりつつも、イェーガーはプロテクションリングを渡した。

●仕立て屋『ロゼカラー』
 香織が案内した仕立て屋『ロゼカラー』は、ウィルの下町の片隅にある小さな仕立て屋だ。知らなければそこに仕立て屋があるとは気づかないような小さな店である。
「オルガさん、レフィーナさんに似合いそうな服を見立ててもらえませんか?」
 香織が店主兼お針子のオルガにレフィーナを紹介する。オルガは18歳くらいの、肩口で揃えたこげ茶色の髪と、同じくこげ茶の瞳の女性だ。
 オルガは早速、手元にあるドレスから、レフィーナに合いそうなものを選別し始める。
「あぁ、そうだ。天界のチキュウで流行っているステキな服を手に入れたんだ。プレゼントするから、ウィルの来た記念に着てみないか?」
「もし、お手軽なお洒落が許されれば‥‥どうかな?」
「く、九条女史が、これを、と‥‥」
 すると、ヘクトルが取り出したるはチャイナドレス! 更にリオンがレフィーナの髪にレインボーリボンを薦め、シャリーアは何故かスィーツ・iランドの制服の1つとバニースーツを持っていた!
 天界の地球の服はレフィーナにとっても珍しいし、「ウィルに来た記念」と言われたら着ない訳にはいかない。
 オルガがドレスをレフィーナの身体に合わせて仕立てる間、チャイナドレスに始まり、バニースーツやスィーツ・iランドの制服をファッションショーのように代わる代わる着て見せるレフィーナ。
 ヘクトルやリオンは拍手喝采である。
 やがて、オルガの仕立てが終わり、レフィーナは先程着ていたドレスよりやや露出の増えた――といっても胸元や肩を広く空けた程度だが――ドレスに着替え、リオンからもらったレインボーリボンで髪を飾った。

「カティア、ちょっといいか?」
 イコンや泰斗もレフィーナの近くにいるので、自分は少しの間離れても大丈夫だと判断したアレクシアスはカティアを呼んだ。
「友人であり剣の師匠から伝言を預かっている。『しばらく会えなくなる』という事と、『日々の鍛錬続ける事が剣技の上達の一番の秘訣だから頑張って欲しい』と」
「師匠も旅立たれたんだね‥‥ありがとう、その言葉を励みに頑張るよ」
 カティアの剣の師匠もまた、メイの国へ旅立っていた。アレクシアスから言伝を聞き、剣の師匠と一緒に遺跡を探検した際手に入れた魔法のラウンドシードルに、伏し目がちにそっと触れるカティアだった。

●スィーツ・iランドinウィル店
 冒険者街の市民街に近い一角に、アトランティス初のファミリーレストラン『スィーツ・iランドinウィル店』が建っている。敷地の周囲に沿って低い常緑樹が植えられており、日当たりのよい店舗の南側にはオープンテラスが備え付けられ、数組のテーブルとイスが置かれてある。
 しかし、裏庭にはゴーレムグライダーが置いてあり、店の前の道には思いっきりゴテゴテと飾りつけられ、大きな宣伝看板を持ったバガンが聳え立っていた。
「これがファミレスですの‥‥」
 流石のレフィーナも口元に手を当てて驚く。いや、アレクシアスやエリーシャ、香織も、まさかバガンがこのように使われるとは思いもよらなかっただろう。一様に目を丸くしている。
「い、いらっしゃいませ。ス、スィーツ・iランドinウィル店へようこそ」
「うーん、シャリーアさん、固いなぁ。もっとナチュラルに挨拶しないと、お客さん帰っちゃうよ」
 驚くレフィーナ達を出迎えたのは、ゴスロリファッションでぎこちない笑顔を浮かべるシャリーアと、マーメイドタイプと呼ばれる制服姿の九条玖留美だった。
「シャリーア殿!?」
「玖留美さん、久し振り、相変わらずお美しい。シャリーアも凛々しい騎士姿も良いけど、今のその服もキュートで良いね」
「あ、ありがとうございます」
 シャリーアの姿に今度は泰斗が驚く。ところがリオンは至って自然に玖留美に挨拶し、シャリーアの服を誉める事も忘れない。流石は恐れを知らぬフラレー!
 シャリーアは頬を染めて照れ笑いを浮かべながら、レフィーナ達を店内へ案内した。

 スィーツ・iランドinウィル店は、諸々の事情でまだ正式には開店していないが、開店間近という事もあり、メニューの料理はほとんど出す事が出来た。
 リオンはレフィーナを中心に女性陣の希望を聞いて、ウィルでは一般に食べられない、ブリトーやサンドイッチ、ナンといった天界の地球の料理を注文した。
「お、お願い致します‥‥か、代わって下さいぃ‥‥」
 料理を運び終えた後、エリーシャに「よよよ」と泣きつくシャリーア。
「代わって下さい、と言われましても」
「何故、シャリーア殿がウェイトレスをしているんだ?」
「一応、航空騎士の資格を持っており、それを九条殿に見初められてこのような事に‥‥何故か逆らえぬのですー」
 困惑するエリーシャに代わり、泰斗が聞いた。
 玖留美は一時期、ゴーレムグライダーの飛行訓練を受けていたが、そこでシャリーアと知り合ったらしい。彼女がスィーツ・iランドinウィル店の制服を持っていたのは、そういう理由だった。
 確かに、同じく航空騎士の資格を持つエリーシャでなければ代われないだろう。
「しかし、どうしてバガンが?」
「兵器を兵器として使用しない、これがファミレスのモットーだからよ!」
「‥‥戦争とかにゴーレムを使うよりかは平和で良いですが‥‥拝領した国王様にはお見せできぬ姿だ‥‥」
 イコンが外のゴーレムグライダーやバガンについて聞いた。
 ゴーレムグライダーやバガンは、今のウィルにおいて戦争の兵器でしかない。だが、戦争とは無縁の生活を送ってきた天界の地球人である玖留美からすれば、兵器は便利な乗り物でしかない。だから、アトランティス人の常識から見れば馬鹿馬鹿しい使い方をしてまでも、実は平和を訴えているのだ。
 外のバガンはシャリーアが所有しているものだが、そういう理由から玖留美に平和利用されている。
「このままだと、スィーツ・iランドinルーケイ店とか押し付けられそうな‥‥領地経営よりも茨の道の気が‥‥」
「素敵な事ではありませんか。わたくしの国にもファミレス、欲しくなってしまいましたわ」
「その時はいつでもお声を掛けて下さい。スィーツ・iランドはアトランティスのどこへでも出店いたします」
 シャリーアの言葉にレフィーナが答えると、マネージャーの神林千尋がさり気なく売り込んだ。

●Wカップ〜セレvsウィエ戦〜
 ウィルでは丁度、Wカップの開催期間だ。エリーシャはトルク領の鎧騎士の特権を利用して、貴族席の観戦券を9人分用意した。
「Wカップはアトランティス広しといえども、此処ウィルでしか観る事は出来ません。しかも、本日の対戦はレフィーナ殿の祖国ウィエ分国チームとセレ分国チームですから、レフィーナ殿も是非祖国のチームを応援して下さい」
「済まないが、1人分、追加してもらえないか?」
「彼女の分か?」
 ヘクトルに頼まれ、エリーシャは急遽1枚追加した。アレクシアスもメイド服姿の女性が、初日から自分達を尾行しているのに気付いていた。というより、イコン達全員が気付いている。気付いていないのはレフィーナくらいだろう。本人は隠れているつもりだが、その足取りは明らかに素人だ。
「‥‥わたくしのレベッカ様にあんなに近付くなんて‥‥お手を握るなんて、なんと汚らわしい‥‥お帰りになられたら、隅々までお綺麗にして差し上げなくては‥‥」
 道中、レフィーナが退屈しないよう、リオンやイコン、香織が話し掛け、盛り上げるのだが、イコンが近くで話せば負のオーラを放ち、リオンが手を握れば不快感を露わにする始末。
 ヘクトルが彼らを先行させ、タイミングをずらしてメイドを捕まえてみれば。
「グリーフィア!? 宿にいるはずのあなたがどうして‥‥」
「やっぱりレフィーナちゃんのメイドだったのか。こっそりドキドキハラハラ見守るより、みんなで楽しもうぜ! グリーフィアちゃんもみんなとマブダチになろう」
 レフィーナの反応を見て彼女のお付きのメイドだと分かると、ヘクトルは半ば強引にセレvsウィエ戦の観戦に連れて行った。
 香織の希望で、観戦席はエーロン王子とたまたま見に来ていたエーガン王の貴賓席の近くだ。
 始まる前は、天界の地球人である香織がフォローを入れつつ、エリーシャがサッカーを元にエーロン王子主催で、馬上試合同様に名誉ある戦いとして開催された経緯から、勝敗や禁止事項のルール、ポジションの役割を説明する。
 試合が始まると、観戦の邪魔にならない程度に、騎馬の戦場に準えて、チームセレとチームウィエ双方の戦術に始まり、選手の動きの意味や蹴る技術など、初観戦となるレフィーナに分かりやすく解説した。
「サッカー用とはいえ、ゴーレムはここまで機敏に動けるのですわね‥‥武器を持たせれば、十分脅威になりますわ」
 レフィーナからそんな感想が漏れる。
「こちらは選手用の飲料です。水筒などに入れれば、ゴーレムの制御胞内に持ち込み、手軽に飲む事ができます」
 予め水・塩・蜂蜜・果汁を混ぜた選手用飲料を作っておき、レフィーナ始め、全員に配るエリーシャ。

「俺達もレフィーナが疲れずに楽しめるよう、色々と手を尽くしている。良かったら一緒に来るか?」
「いえ、私はレフィーナ様に悪い虫が付かなければそれでいいので‥‥」
 観戦後、アレクシアスは自分達がレフィーナを十二分に気遣っている事を告げると、グリーフィアは翌日から尾行を止めた。

●冒険者酒場『騎士の誉れ』
 中日にはヘクトルが主に荷物持ちになり、ショッピングへ繰り出した。
 ウィエにはないウィルの品をお土産としてしこたま買い込んだ。

 スィーツ・iランドinウィル店へ行ってから数日後、泰斗はウィルの冒険者の酒場『騎士の誉れ』で食事会を催した。
 とはいえ、ありのままの酒場の姿を見せた方が観光になると思い、9人掛けの大きな席は確保したが、店内を貸し切ったり、人払いはしない。また、テーブルの上に並べられた料理も、食前酒として冷えたエールとワイン、スープは山鳥のシチュー、主菜としてバジリコスパゲティとハンバーグなど、ちょっぴりリッチだけど普段から食べているものを泰斗はオーダーした。
「酒場は諸国に数在れど、此処ほど雑多な数の種族が集まるところも珍しかろう」
 冷えたエールを煽り、レフィーナにそう切り出す泰斗。元々アトランティスにいた種族に加え、天界から召喚された多くの者でごった返している。
「しかも、俺を含めてそのほぼ全ては準騎士だというのだからな。我が身に起きた事ながら、実感に乏しい事この上ないが‥‥」
 泰斗は髪を掻きながら微苦笑する。鎧騎士のエリーシャとシャリーアを除けば、召喚されたイコン達は皆、多かれ少なかれ彼と同じ気持ちを持っているだろう。
「‥‥話が逸れたな。美人と一緒に呑む酒は、思いの外酔いが回るのが早いようだ」
「ふふふ、誉めても何も出ませんわよ?」
(「泰斗、ライバルか!?」)
「いや、まぁ、老若男女、出自生国から身分、生業、あらゆるモノを問わず人が集まる酒場というのは、古今東西、此処くらいであろう‥‥少なくとも、ここいら近辺では。人がいる方が雰囲気は楽しいものだよ、酒場に限らず、戦陣でも旅の夜営でも」
 そこから泰斗の冒険談へと話題は移っていった。
 リオンは自然体で口説いてしまう泰斗に、心の中で戦慄を覚えたとか。

●GCR会場
「僕が案内したいのは、GCR会場ですが‥‥」
 イコンはレフィーナをGCR会場の前まで案内した。
 Wカップが開催されている今、GCR会場は次のGCRへ向けてコースを整備中だった。レース前に新しいコースを見せる訳にはいかないので、会場の前でGCRについて説明した。
 ウィルの民の娯楽の場として築かれた場所で、GCRの時には各チームがゴーレムチャリオットで速さと技量を競い合う、手に汗握るレースを展開した、イコンにとっても思い出深い場所だ。
「後、今回は案内できませんが、一時期、冒険者の飼っているペットが問題になった残念な出来事がありまして、猛獣やモンスターに属する生き物を預かってくれたり、飼ってくれたりする『ペットファーム』がフォルセにあります」
 残念ながらフォルセへは片道半日掛かってしまう。強行軍なら1日で帰ってこられるが、レフィーナの目的はあくまで観光。楽しんで見学できなければ意味がないし、かといって外泊すればグリーフィアが心配し、また尾行を始めるだろう。
 今回は行く事は出来ないので、イコンはペットファームにまつわる戦いについて話して聞かせた。

●恋人達の庭園
 そして最後の日に香織が案内したのは、『恋人達の庭園』だった。
 広い屋敷が丸ごと1つ入ってしまう程の敷地を使った、緑溢れる公園だ。入り口には地図看板があり、中央には噴水、その周囲を取り囲むように花が植えられ、噴水が見える場所にオシャレなカフェテラスがある。
「ウィルで過ごす恋人達の為に作られた庭園で、カップルがデートをする場となっています」
 カフェテラスでお茶を飲みながら、誇らしげに話す香織。
 他にも、想いを育む対面式のブランコや植木で作られた迷路、告白するのにピッタリな木、そして恋人達が気軽に語らうベンチが各所に設置してあり、まさに恋人達がイチャイチャ出来る公園といえよう。
「私も立ち上げに関わったのですが、いつか、誰かいい人と共に訪れたいと思っています‥‥残念な事に出会いがないんですけどね」
「あら? アレクシアスにヘクトル、泰斗にイコンと、素敵な男性がこんなにもいるではありませんか?」
 苦笑気味に言う香織に、レフィーナは一緒にテーブルを囲む男性陣を指名した。
 尚、リオンは道中、レフィーナに果敢にアプローチを掛けており、その中に入っていないらしい。

「自分のところとは、結構風景違ってた?」
「ええ、見るもの、聞くもの、全てが楽しかったですわ」
「それなら、今度は機会があればキミの住んでいる国にも行ってみたいね」
「‥‥そういう機会が来ればいいのですけど、ね」
 別れ際、冗談半分にリオンが言うと、レフィーナは少しだけ淋しそうに答え、カティアと共に宿へ帰っていったのだった。

●コミックリプレイ

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