●リプレイ本文
●北の洞窟前
クリスチーナの屋敷前で一度集合してから、クリスチーナ、カミーユ、冒険者達は問題の北の洞窟へ向かった。
そこで各々装備の最終確認を行う。
未知の世界への期待に目をキラキラさせているクリスチーナに、カミーユはどこまでも厳しい顔つきで強く念を押した。
「いいですか、絶対に前に飛び出したり私の側を離れたりしないで下さいね。これが守れないようでしたら即刻帰りますよ」
「もぅ、わかってるよ。そんなに眉間にシワ寄せてたら取れなくなるよ」
「すでに手遅れです‥‥ではなく、約束、して下さいますね」
「わかった」
クリスチーナは、やれやれとため息をついた。
そんなトゲトゲした空気をやわらげるように、ティアイエル・エルトファーム(ea0324)が割って入った。
「どうです? 念の為これを持ってみては? 守りの助けになると思うよ」
差し出したのは水竜の杖。
クリスチーナは「いいの?」と首を傾げる。
ティアイエルが笑顔で頷くと、クリスチーナは大事そうに杖を受け取った。
と、そこに平島仁風(ea0984)の明るい声が加わる。
「杖もいいですが、寒さを防ぐネコさんはいかがでしょうかねぃ? 洞窟内はきっと寒いですぜ」
「貴様、巫女様を愚弄する気ですか! 着ぐるみなど‥‥!」
「わぁ、かわいい!」
「巫女様!? ちょ、嬉しそうに着込まないで下さい!」
「まぁまぁ、風邪引かれるよりはいいでしょう?」
討伐隊に水竜の杖を持った二足歩行のネコが加わった。
その後やや興奮気味のクリスチーナを落ち着けるため、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)がゆったりした音楽を奏でたり、リオン・ラーディナス(ea1458)が前回のことでカミーユとクリスチーナに謝罪したがカミーユに胡散臭そうに見られたりしながら、洞窟内での班分けが行われた。ペットはしっかり管理するということで同行が許可された。
本隊の面子を見たヴォーディック・ガナンズ(eb0873)が何とも言えない表情で漏らす。
「あそこは女学院の学園祭のようだな‥‥」
そこではやや落ち着いたクリスチーナに洞窟内の地図を描くことを頼んでいるエルシード・カペアドール(eb4395)と、喜んで引き受けているネコの着ぐるみがいた。
●進め! 巫女様と愉快な冒険者
先遣隊の一人、オラース・カノーヴァ(ea3486)の鬼火が突然不自然にゆらめいた。
それまで気楽そうに歩いていたオラースの表情がサッと引き締まる。
「来たか」
という呟きに合わせるように姿を現したのはコボルトとビリジアンスライムの一団だった。
「何だ? コイツの出番‥‥か?」
ヴォーディックは片手のランタンでモンスター群の位置を確認しつつ、ロングソードを構える。
アッシュ・クライン(ea3102)もロングソードを抜き、さらに連れてきたソウルバイスとレティキュラントに指示を与える。
その後ろでは援護に回る冒険者達がいつでも魔法を発動できるように集中した。
コボルトの武器には毒がある。また、ビリジアンスライムも酸を飛ばしてくる。
たいして強敵ではないが嫌な組み合わせであった。
突っ込んでくるコボルトに応戦しようと前へ出れば酸が飛んでくるのだ。
決定的な一撃が与えられずにいた。
「ふぅん、誰か作戦指示を出したやつでもいるのかな」
モンスターの前衛突破に備えて毛利鷹嗣(eb4844)が警戒を強めた時、頬ほ電光がかすめていき、ビリジアンスライムを1体蒸発させた。
ちょっぴり青ざめて鷹嗣が振り向くと、メレディス・イスファハーン(eb4863)が淡い緑色の光を放ちながら手を掲げていた。
「‥‥偶然か?」
「もちろん。仲間を攻撃してどうするの」
仲が悪いわけでもない。
そんな微妙な空気をレン・ウィンドフェザー(ea4509)が打ち砕く。
「よぅし、スライムはレンたちにまかせて!」
レンは今まさに酸を吐き出そうとしていたビリジアンスライムを石化させた。
「任せた!」
オラースの目に力が増し、突出してきたコボルトをスマッシュで斬り伏せた。
アッシュの指示を受けていた二頭のイヌがうまくモンスター達の背後へ回りこみ、混乱させる。
最後に、倒されたコボルトの死体を隠れ蓑に、冒険者達に襲いかかろうとしたビリジアンスライムを、オーラパワーを付与したアッシュのロングソードが真っ二つにして最初の戦闘が終わった。
それ以降は何事もなく冷えた洞窟内を進んでいった。
クリスチーナも順調に地図を描いている。
やがて一行の前に急な下り坂が現れた。しかも、その坂の傍らには数台の箱型のソリが立てかけてある。
「これに乗れってことかね」
ヴォーディックが下り坂の入り口に無造作にソリを放った。
「このままのグループで行くしかないだろうな。先に着いた奴はその場で待機ってことで」
鷹嗣の提案に異論はなく、前衛、後衛、本隊の順で下ることになった。
前衛と後衛の冒険者達がソリで滑り降りてしまい、最後に本隊の六人がソリに乗り込んだ。意外と大きなソリで六人で乗ってもまだ余裕があった。
クリスチーナを真ん中に置き、リーン・エグザンティア(eb4501)が地を蹴ってソリを発進させた。
坂は三半規管にやさしくない作りだった。右に左にくねくね曲がり、しっかり掴まっていないと振り落とされてしまいそうだ。
滑り始めのうちは、このソリは誰が作ったのかと会話もあったが、すぐにそれは掻き消えた。下手に口を開けば舌を噛んでしまいそうだったのだ。
いい加減気分も悪くなってきた頃、急に坂は一直線になった。ごうごうと風がうなりを上げて行くと、今度は二手に分かれているのが見えた。
先頭にいたリオンがギョッとする。
ただ二手に分かれているだけでなく、そこでコボルトが何やら動いていたからだ。
何をしているのかはすぐにわかった。道を切り替えているのだ。
「やられた!」
リオンが思わず舌打ちするがもう遅い。
切り替えを終えた分かれ道でコボルトが手を振るのを、冒険者達は黙ってソリに任せて過ぎ去るしかなかった。
いまいち状況がわかっていないクリスチーナに、隣でカミーユが渋い顔で簡単に言った。
「先遣隊の方々と引き離されたということです」
「心配しないで。私達‥‥いえ、この私が必ず守るから」
「リーンさん‥‥首っ、首、しまっ‥‥」
偶然にも首を締められる形となったクリスチーナは目の前の死の心配をするハメになっていた。
洞窟最下部に着くと、やはり先遣隊はいなかった。
代わりにさらに奥へ続く真っ暗な通路が彼らを待っていた。
全員武器を構え、ランタンを持つエルシードを先頭に慎重に足を運ぶ。
罠も待ち伏せもない静かな通路は、正直なところ不気味であった。いつ気を抜いていいのかわからないため、精神的疲労も蓄積されていく。
10分程経っただろうか。突然視界が開け、明るくなった。
そして、その場の光景に冒険者達は息を飲む。
コボルトやスライムの群の中心にいるのは、妖しく微笑むラーミア。下半身の蛇の尾の先がゆらゆらと揺れていた。
「なるほど、あれが指揮をとっていたってわけね」
充分な明かりがあるため必要なくなったランタンを下ろし、エルシードは目を細めた。
と、突然彼女を押しのけて前に出たクリスチーナ。
驚く周囲に頓着せず、クリスチーナは冷たい笑みを浮かべているラーミアに指を突きつけた。
「あんたの悪事も今日で終わりよ! 蛇皮のバッグにしてやるから覚悟なさい!」
「巫女様っ、わざわざ煽らないでくださいっ」
慌ててカミーユがクリスチーナの口をふさぐが、もう遅かった。
ラーミアの顔はみるみる険しくなり、凶悪な表情になっていく。
ラーミアの怒りが伝播したのか、取り囲むモンスター達からも殺気が立ち上った。
クリスチーナはカミーユの腕を振り解き、借りていた水竜の杖を振りかざす。
「さぁ皆! 血祭りにあげるわよ!」
とても巫女のものとは思えない言葉を口にするクリスチーナに、冒険者達はかける言葉を失った。もっとも、モンスター達が殺到してきたので呆れている場合ではなかったが。
最初の戦闘の時にいたコボルトとビリジアンスライムはもちろんのこと、クレイジェルやブラックスライムもいて、まさに乱戦だった。
レンとクリスチーナは後ろへ下がり、レンはストーンをクリスチーナはウォーターボムを中心に応戦した。多勢に無勢のため、途中からレンはアグラベイションも併用してモンスター達の足止めもしていった。
「ほら、見直してほしければ潔く盾になりなさい!」
「それって俺に死ねって言ってる? ねぇちょっと、目をそらさないで!」
「ふたりとも、あんまりなかよしだとうっかりせきかしちゃうかもよ」
戦いながらケンカしているカミーユとリオンに、凍るような無邪気な笑顔でレンが割り込んだ。
さらにエルシードもたった今コボルトを突き刺した剣を目の前に掲げ、うっすらと微笑む。
「あたしも、『手元が狂って』串刺しにしてしまうかもしれないわね。こんな状況だし」
カミーユとリオンはピタリと口を閉じて目の前の敵に集中した。
その時、モンスターと冒険者のほんのわずかの隙間を縫って、猛烈な勢いでブラックスライムが転がってきた。
前で戦うカミーユ、リオン、エルシード、リーンがハッと振り返った時、クリスチーナが尻もちをついているのが見えた。
血相を変えたカミーユが駆けつける前に、リーンがクリスチーナの横に膝を着いた。
「大丈夫!? 毒でも喰らった!? それなら私が口移しで解毒薬を飲ませてあげるわ!」
「何でそんなに目が輝いてるんですか!」
先ほどとは違う意味で青ざめたカミーユがリーンをクリスチーナから引き離す。
「よけた時に転んだだけよ。ねぇ、それより私達ちょっとピンチなんじゃない?」
冷静なクリスチーナの言葉に周囲に目をやれば、すっかり取り囲まれていた。
さすがに大なり小なり覚悟が必要か、と思われた時、モンスター集団の後方の一画が崩れた。
「おーい、まだ生きてるかぁ!?」
分かれてたいして時間は経っていないのに、懐かしく聞こえたのはオラースの声。
モンスターを吹き飛ばしたのは、ティアイエルとメレディスのライトニングサンダーボルトに、ケンイチのムーンアローのようだった。
彼らは随分と遠回りをしてここまでたどり着いたらしく、衣服のあちこちに戦闘の跡があった。
ケンイチはラーミアの姿を認めると、先に精神を乱される前にチャームを仕掛けた。おそらく、コボルトやスライムの不思議なチームワークはラーミアの魔法によるものと考えて。
それが当たったのか、ラーミアの意識がそれたとたんモンスター郡の統率が崩れた。
その隙をついて冒険者達は勢いを取り戻す。
ティアイエルとメレディスの魔法攻撃での援護の中、オラースやヴォーディックが先頭切って突っ込んでいく。これまで後衛にいた仁風や鷹嗣も続いた。
仁風はミサイルパーリングで飛来する毒矢を打ち払い、魔法攻撃組を守りつつ隙を見ては十文字槍+1で突き殺したりしていた。
「よくまぁ、これだけ集まったもんだねぇ」
「間に合うかな」
うんざりした顔の仁風に対し、目を細めてまだ囲まれている本隊を見るのは鷹嗣。これまでリカバー専門にやってきたが、死人が出ては元も子もない。必要とあらばホーリーを放っていた。
ちらりとラーミアを見やれば、ケンイチとチャーム合戦をしている。
おかげでラーミアはじょじょに孤立してきていた。
冒険者達はモンスター郡の気がラーミアに向かないよう、引き付けるように戦っている。本隊の仲間がうまく立ち回り、カミーユとクリスチーナに怪我はないようだ。
そして、じりじりとラーミアの背後に回りつつあるアッシュ。
彼も戦況を確認しながらゆっくりとラーミアに致命傷を与えられる位置に移動していた。
気配もなく這い寄って来るクレイジェルを目ざとく見つけたリオンがワンハンドハルバードを進路直前に投げつけると、リーンがライトサンソードですかさずトドメを刺した。
モンスターの数も半分以下になった時、アッシュに絶好の機会が訪れた。ラーミアの意識は完全にケンイチに固定され、アッシュの邪魔をしそうなモンスターも側にいない。
アッシュはロングソード『正騎士』+1にオーラパワーを付与すると、瞬発力の全てを使ってラーミアの急所を一撃した。
聞く者の魂を引き裂くような叫び声を上げてラーミアは息絶えた。
とたん、残っていたコボルトやスライムは戦闘を放棄して逃走を始めた。
追撃するのか、とクリスチーナを見やれば、彼女はゆるく首を振った。相手がモンスターでも戦意を失った者をさらに追い詰めることはしたくないようだ。
北の洞窟の魔物を追い払った彼らは、来た時より数倍の時間をかけて地上に戻った。
●帰還
洞窟の外に出ると、すっかり暗くなっていた。
夜の外気は洞窟内に負けず劣らず冷え冷えとしていたが、気分は良かった。
肩の荷が下りたせいか、冒険者達の口も軽くなっていた。
「いやいや巫女さん、巫女やらしとくにゃ惜しいねぃ。冒険者に向いてんじゃねぇかぃ?」
「本当?」
仁風の軽口に瞳を輝かせるクリスチーナ。
間髪入れずカミーユが反対した。
「いけません巫女様。あなたはこの地にとってかけがえのないお方なのですよ! それを軽々しく冒険者などと‥‥」
「レンもぼーけんしゃなんだけど」
ウィンターフォルセ領主のレンが混ぜっ返したが、カミーユの物凄い睨みに口を閉じた。
そんなカミーユを見ながら、ヴォーディックは何となく理解する。
彼女の純粋な騎士道精神は誰かから押し付けられたものではなく、彼女自身の心の内から生まれてきたものなのだと。
ヴォーディックは、親から強引に叩き込まれたクチだった。
「‥‥だから、途中で放棄しちまったんだろうな」
「何を放棄したのですか?」
ヴォーディックの皮肉げな呟きを耳にしたケンイチが心配そうに声をかけた。
しかし彼は「何でもない」と首を振る。
その夜、クリスチーナの屋敷では、ささやかながら戦勝パーティが開かれた。