爪先立ちの恋〜切ないキューピット
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■ショートシナリオ
担当:マレーア4
対応レベル:8〜14lv
難易度:易しい
成功報酬:2 G 49 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月13日〜12月16日
リプレイ公開日:2006年12月20日
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●オープニング
「イレーヌ、どうか私と結婚して欲しい」
こじんまりとした庭で、レアンは申し込んだ。だが、申し込まれた女性‥‥イレーヌは悲しげに緩く首を振った。
「わたくしの返事は変わりません‥‥貴方の手を取る事はありませんわ」
「だが、私とて気持ちは変えられない‥‥また、来るよ」
悲しげに、それでも瞳に強い光を宿すレアン。イレーヌは俯いた顔を上げる事無く、立ち去るレアンを見送った。
「‥‥出ていらっしゃい」
その面があがったのは、レアンが完全に立ち去ってから。
「‥‥」
植え込みの中、息を潜めて様子を窺っていたリデア・エヴァンス子爵令嬢は、掛けられた声に意を決して立ち上がった。服にも髪にも枯葉や土がこびりついた様は、とても貴族の令嬢らしからぬ風体だ。
だが、リデアはそんな事を気にしている余裕はなかった。対峙するイレーヌもまた、盗み聞きやその格好を非難するつもりはないようで。
「はじめまして、リデア様」
ただ穏やかに笑ったイレーヌに、リデアは一度強く唇を噛み締め‥‥大きく深呼吸してから直球勝負に出た。つまり。
「貴女がお義父さまのプロポーズを受けないのは‥‥私のせい、なのでしょうか?」
そう、尋ねたのだった。
じっと息を殺して返答を待つリデア。イレーヌはふっと小さく微笑むと緩く首を振った。
「いいえ、リデア様のせいでは決してありませんわ。誰が悪いわけでもありません‥‥そうですね、強いて言えばわたくしが、わたくしが運の悪い女なだけですわ」
イレーヌはただそれだけを告げて、寂れた小さな屋敷‥‥自分の家へと踵を返した。
「ですから、お帰りなさいまし。リデア様も‥‥レアン様も、どうかここにはもういらっしゃらないで」
背中越し、微かに震える声で告げながら。
事の起こりは数日前。リデアが義父であるレアン・エヴァンス子爵の「婚約者」について知った事から始まった。
レアンとイレーヌは幼い頃から、家同士が決めた婚約者だった。だが、レアンの姉‥‥つまりリデアの母の駆け落ち騒動というスキャンダルが二人を別った。それでも、思い合っていた若き二人は一途な想いを貫こうとし‥‥だが、レアンの父でありリデアの祖父である先代エヴァンス子爵の急逝、更に、新しいエヴァンス子爵となったレアンが、両親を亡くしたリデアを養女として引き取る決断をした事で、二人の別離は決定的となった。
イレーヌは親の強行な薦めで別の相手に嫁いだ。領地も民も持たない、男爵という名だけ賜った相手だった。それでも、スキャンダルの渦中にあるエヴァンス子爵の元婚約者、というレッテルを貼られた娘には充分すぎる相手だと、イレーヌの両親は喜んだそうだ。それはある意味仕方のない、貴族としては当然の、ただそれだけの話。
だが、二年前イレーヌの夫が亡くなった。更に不運な事に、その時既にイレーヌの両親も血縁も絶えていた。結果、イレーヌはそれから残された小さな屋敷で静かに‥‥慎ましく暮らしているという。
十年。決して短くない年月。だが、その心は変わらなかったのか、最近になってイレーヌの窮状を知ったレアン・エヴァンス子爵は直ぐに動いた。元婚約者を訪ね、その足でプロポーズしたのである。
『わたくしはもう、レアン様にそう言っていただける立場ではありませんわ』
だが、イレーヌはこれを拒絶。その日から、レアンはイレーヌの元に足しげく通っているという。
知った時、リデアは声もなかった。何故、お義父さまは私に教えてくれないのか?、疑問は直ぐに不安に変わった。プロポーズが成功しないのは自分のせいなのではないか、と。
だから、確かめに来た。そして、イレーヌは「違う」と否定してくれた‥‥なのに。
「‥‥はぁ」
何故心がこんなに苦しいのだろう。初めて見る、あんなお義父さま。見なければ良かった、自分勝手な後悔が胸を締め付け。
その時、不意に声がした。
「‥‥貴女のせいではありませんよ。母上がエヴァンス子爵の申し出を拒むのは、僕のせいでしょうから」
慌てて向けた視線の先、5・6歳と思しき男の子がいた。
「母‥‥上?」
「はい。息子のセドリックです」
可愛らしい外見とは裏腹に、ひどく大人びた口調で言われ‥‥リデアは言葉を失った。
「それ‥‥お義父さま、は‥‥?」
「知っておられます。それでも尚、母上を妻にと望んで下さるのですから、良い方ですねエヴァンス子爵は」
どこか皮肉げな笑みが幼い顔に浮かぶのを、リデアはやはり呆然と見つめた。事実が上手く、認識できない。
「ですが‥‥母上がプロポーズを受けない方が、良いのではないですか?」
だが瞬間。指摘にリデアは頬に朱を上らせた。見透かされた、気がした。義父にとって最も近しい者でありたいという子供じみた気持ち、義父にとってただ一人の特別な女でいたいという淡い想い‥‥それらを。
「エヴァンス領の領主であり、社交界でも人気のあるエヴァンス子爵が選んだのは、子持ちの未亡人‥‥大した醜聞でしょうからね。領民の方たちも反対するでしょうし‥‥母上に領主の妻など務まるとは思えません」
だが、セドリックは別にリデアの内心を見透かしたわけではなかったらしい。とうとうと語られる言葉にようやくリデアは落ち着いてきた。そうすると今度は、怒りが沸いてくるような‥‥納得がいかない気がしてしまうのが、不思議だった。
「でも、お義父さまは全てを承知しているのですよね?」
「ですが、この世の中にはどう足掻いても叶わないという事もあるのですよ」
セドリックはただ淡々と、そううそぶいた。
「このまま黙ってみてれば、お義父さまとあの人は結ばれない‥‥」
トボトボ歩きながら、リデアは考えていた。セドリックと会ってからずっとずっと、考えいた。
「だけど、お義父さまはあの人が好き、で‥‥」
胸が痛む。だけど。だけど。だけど。お義父さまの為に、大好きなお義父さまの為に。そして、あの凍えた目をした男の子と。
「放ってはおけないわ。このまま見てみぬフリをしたら‥‥私は私じゃなくなっちゃう」
だから、リデアは冒険者達に頼んだのだ。
「お義父さま‥‥義父のプロポーズを成功させて欲しいのです」
義父に恥ずかしくない義娘である為に。義父が誇れる義娘である為に。
●リプレイ本文
●もつれる糸
「ふう、やれやれ、ずいぶんと複雑な関係だよねえ、これは」
依頼主であるリデア・エヴァンスから話を聞いたアシュレー・ウォルサム(ea0244)は、肩をすくめた。義父のプロポーズを成功させて欲しい‥‥けれど、相手は子持ちの未亡人。それだけでもかなり厄介だ。
「このまま終わったらきっと後悔します」
「そうだね。そして、それは誰にとっても不幸な事だよね」
だが、ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)は言い、アシュレーもまた苦笑まじりに頷き。
「義理とは言え父親の婚姻となれば心中さぞや複雑なものが有るだろうに。父の想いを叶えたいとは健気な心映え」
ホッと息を吐いたリデアに、ゴードン・カノン(eb6395)は決意を固めた。
「その心に報いる事が出来る様に、力を尽くす事にしよう」
「ほら、そんな険しい顔しないで。リデアの願いは、私達が必ず叶えてみせるから」
と、クレア・クリストファ(ea0941)が少女の頭をぽむっと撫でた。義父に対する淡い想いを、知っているから。その想いを封印しようとするリデアが、心配だから。
「その為に、私達は来たんだからね‥‥貴女の為にも」
その温もり‥‥リデアの顔が泣き出しそうに歪み。何とか堪えると、深く頭を下げた。
「しかし、こ〜ゆ〜時ってどうすりゃいいんじゃ?」
そんなリデアに気遣い、気づかぬふりを装ったヘクトル・フィルス(eb2259)は、殊更明るい口調で皆を見回した。
「感じからするとイレーヌさんには引け目があって、セドリック坊には冷めてる理由があるかもしれんね。その辺を探り出して頑なな心を解きほぐしていけば結婚OKってことになるかもしれんね」
「そうですね。無理やりではなく、自然な形でお話をして‥‥その心の内を見せていただけたら‥‥」
同意する、富島香織(eb4410)。イレーヌに本当に結婚する気があるのかないのか、それが一番重要だと香織は思っていた。皆が、不幸にならない為にも。
そして、問題のレアン・エヴァンス子爵に面会を求めるアシュレーとゴードンを除いた一同は、イレーヌの屋敷へと向かうのだった。
「‥‥リデア様」
「私の名はクレア、この娘の友人ですわ」
口ごもるイレーヌにクレアは、やんわりと自己紹介し。
「私は富島香織と申します。天界の知識で、精神的な面で人を幸せにすることを目指す者です」
香織もまた安心させるように微笑んだ。
「イレーヌさんがどうするのが一番の幸せか、ともに考えさせてもらえませんか?」
「よろしければ外で、散歩でもしながら」
「ですが‥‥」
「なぁに、セドリック坊の相手なら引き受けた」
「母上、僕は大丈夫ですから」
迷うイレーヌは、ヘクトルとセドリックに言われ、逡巡の後で頷いた。
「と、その前に‥‥リデア、貴女も自分の気持ち、正直に伝えなさい」
クレアに促されたリデアは、きゅっと表情を引き締め。
「お義父さまは本当に、イレーヌ様の事がお好きなのです。ですからどうか、気持ちを受け入れてあげて下さい」
震える声で告げた。
「私はお義父さまが‥‥大好きですから。お義父さまに幸せになって欲しいから‥‥」
クレア達が見守る中。
「‥‥リデア様のお気持ちは、分かりましたわ」
イレーヌは静かに微笑んだ。
●子爵との対面
「イレーヌ殿の亡きご亭主は、貴族といっても称号だけだったようだな。それでも夫婦仲は悪くなかったようだ」
調査書を手に、ゴードンは深く溜め息をついた。風邪をこじらせてあっさり逝ってしまった旦那、残された妻と子の嘆きはいかほどだったろうか?
少しだけ鎮痛に俯いてから、ゴードンは改めて眼前の青年に問うた。
「子爵殿の思いは、昔のままの恋情なのか、それともかつての許婚に対する同情心なのか。‥‥ユーグ殿はどう思う?」
「同情だけではない、私はそう思います」
レアン付きの青年は控え目ながら、そう言い切った。
「そうか。ならば先ずは一安心だが‥‥ちなみに、子爵家内の者達はこの件、どう見ているのだ?」
「実は、イレーヌ様については表立って反対する者はあまりいません」
この答えは、ゴードンにとって意外だった。察したらしく、ユーグは「皆、レアン様の御結婚を‥‥もっと言ってしまえば後継者の御誕生を心から待っておりますから」と続けた。
「もうこの際、犯罪とか略奪婚とかでなければ誰でも良い、というのが子爵家と領民の総意だと思っていただければ‥‥」
「成る程」
跡継ぎの有無は貴族にとって非常に重大な問題である、子爵家の人々の心配も想像に難くなかった。
「ただ、セドリック様が‥‥」
口ごもった時、待ち人‥‥レアンが現れた。
「私達はリデア嬢からの依頼を受けた者です」
「リデアはあなたのプロポーズの手助けをしようとしています」
ズバリ切り出したゴードンとアシュレーに、子爵の顔色が変わり。
「リデアが? 一体どうして‥‥?」
アシュレーは微かな苛立ちを覚えた。
「彼女はあなたの幸せに繋がるだろうと思って行動してるんです」
それでも、表面上は努めて冷静に、言葉を紡ぐ。
「そもそもプロポーズなどするなら、まずは彼女に話すべきだったんではないですか? 家族なら尚更に」
咎める口調になってしまうのは、許して欲しい。だって、家族なのだから。
「あの子は聡い子だからね。私に結婚話が持ち上がっていると知ったら、自分を邪魔だと‥‥さっさと誰かに嫁ぐと言い出しかねない
けれど、応える子爵は娘を思う父親の顔をしていた。
「あの子には出来ればもう少し、子供でいて欲しい‥‥しがらみとか政略とか思惑とか立場とか、そういうものを考えずに済むように、もう少しだけ」
アシュレーとゴードンは無言で、視線を交わし合う。父親はいつも子供を案じている。だけど、気づかない。女の子はちょっと油断している間に大人になってしまう事に。
「子爵に本当に、イレーヌさんを娶る覚悟があるのですか?」
だが、それに関しては触れぬまま、別の‥‥一番の心配事をアシュレーは問うた。
「相手は未亡人でしかも子持ち。領民などからは反対が出るだろうし、誹謗中傷も出るかもしれない。それでもイレーヌも、セドリックも、そしてリデアも守る覚悟があるのか?」
同情なら互いを傷つけるだけだと、そう分かるから。
「この、命に代えても」
受け止め、子爵は迷いのない瞳で答えた。
「覚悟だけは信じていいみたいだね」
ゴードンは頷き、アドバイスを送った。
「或いはイレーヌ殿には、これは己の境遇に対する同情なのかと見えているのかもしれませんよ。そうでないという気持ちを伝えれば、或いはこの気持ちも変わるかもしれません」
「その為にも‥‥どこかに彼女との思い出深い場所は無い?」
「それなら彼女の屋敷かな。真っ赤な薔薇が咲き乱れていてね、それは見事だったよ。彼女ともよく語り合った」
成る程、頷くアシュレーとゴードンに、
「で、着ていく服はどちらが良いと思う?」
子爵は真剣な顔で、二着の礼服を取り出したのだった。
●親と子と
「イレーヌさんが、今まで一番幸せだった事は何ですか?」
「やはり、セドリックが生まれた事、ですわ」
イレーヌを連れ出した香織は、様々な質問をしていた。不幸だった事、嬉しかった事、苦しかった事‥‥彼女に今までの人生を再確認させる為。
「セドリック君、しっかりしたお子さんですね」
「わたくしが頼りないせいで、苦労をかけてしまって‥‥」
「結婚生活での一番の思い出は何ですか?」
「三人でよく散歩をしましたわ‥‥そんな他愛の無い事なのに、妙に心に残って‥‥」
実は香織は、イレーヌは必ずしも子爵と結婚する必要はない、とさえ思っていた。その結婚が不幸を招くなら、しない方が良いと。
(「まぁ、生活自体は結婚した方が楽になるでしょうが」)
先ほどの屋敷の様子を思い浮かべ、こっそりとは思うが。
(「一番大切なのは、この親子の未来なのですから‥‥」)
どのような人生を今後送るのがイレーヌにとって幸せか‥‥一緒に考えてやりたいと、香織はそう思いつつ質問を投げかけていた。
「セドリック君、会場設置の手伝いをしてくれますか?」
クレア達がイレーヌを連れ出してすぐ、ニルナはセドリックに事情‥‥計画を説明した。
「私はあの2人に幸せになってもらいたい‥‥このままでは2人とも何かを背負って生きていかなければならないのですよ」
セドリックは暫くじっと考え込んでいたが、やがてコクンと小さく頷いた。
「では、早速始めましょうか。出来るだけロマンチックに‥‥力仕事は任せて下さい」
駆けつけたアシュレーとゴードン、打ち合わせしたクウェル・グッドウェザーとヘクトル達はそうして、各々飾りつけを始めた。
「そうか、セドリック坊もと〜ちゃんとはもう会えないのか」
高い位置に飾りつけする為、肩車してやりながらのヘクトルに、セドリックは視線だけで問うた。
「俺ァも故郷に家族を残して来た‥‥もう会えないだろうな」
軽い口調の中に潜む、切なさ。セドリックは優しい巨漢に、小さく小さく問いかけた。
「寂しく‥‥ない?」
「全然寂しくない、って言ったらウソになるなぁ。だがそれでも、ウィルで出会った人の優しさ、そして、、天界に残してきたね〜ちゃんやに〜ちゃんの心が何時だって俺の胸にあるから‥‥どんなに苦しくても前に歩いていける」
ヘクトルの、強い笑み。照れくさそうで、誇らしげな。
「セドリック君みたいな子を1人知ってます‥‥大人びて、丁寧な物腰で‥‥でもなんだか1人で寂しそうな子でした」
言葉を失ったセドリックに、ニルナはそっと声を掛けた。少年が何かに耐えている‥‥無理をしているのを感じ取って。
「貴方はこのままで良いと思っているのですか? 閉じ篭もって‥‥逃げて‥‥」
だから、セドリックを真っ直ぐ見上げ、問いかけた。
「僕は‥‥約束、したんです。父上の代わりに母上を守る、って‥‥だから‥‥」
「だけどな、坊がそんな顔してたら、と〜ちゃんだってか〜ちゃんだって、悲しむんじゃないかな?」
必死に堪える小さな身体を、ヘクトルは抱き下ろすと、
「坊が一人で背負う事はない、一人で無理する事はないんじゃよ。辛いときは泣けばいい、喜びも哀しみも分かち合えるのが家族じゃろ」
その肩に大きな両手を置いた。
「だから、坊も勇気をだしてみなよ。差し出された手を握り返してみなよ。きっといつもとは違う朝がみえてくるぜ」
ニカッと笑って見せたヘクトルを、セドリックは眩しそうに目を細め‥‥ややあって小さく頷いた。
今まで張り詰めていた空気が緩んだ‥‥少年の赤い顔に、ニルナもまた自然と笑みを深くしていた。
「子爵様なら体面など気にせず、慈しんでくださると思いますが」
話を聞いた後で告げた香織に、イレーヌはふっと微笑んだ。
「そうでしょうね。あの方は‥‥優しい方ですから」
その微笑に香織は気づいた。息子の事や自分の立場、色々な言い訳で覆い隠されていた、隠していた想い。
「自分の気持ちを偽っては駄目」
同じく気づいたクレアは、言葉を重ねた。
「一度は失くした恋かもしれない。でも‥‥本当に愛する人を喪った訳ではないでしょう?」
だったらまだ、取り戻す事ができる‥‥まだやり直せる。
「下らない世間体を気にして、大切な事から目を逸らしてはいけないわ。レアンやリデア、セドリック‥‥何よりも貴女自身の為に」
哀しい瞳‥‥そう、喪った者だからこそより、真摯に。
「さぁ、告げてあげて‥‥あなたの本当の、心を」
それが、幸せの扉を開く鍵になる‥‥クレアが指し示した先、屋敷の庭では彼女を愛する、彼女の愛する人が待っていた。
●繋がる思い
「レアン様‥‥」
そこは、彼女の知る我が家とは全く違っていた。だが、同時に感じるデジャヴ。咲き誇る真っ赤な薔薇に彩られたテラスとその前に立つあの人と‥‥それはかつての懐かしい、幸せな風景。
「エヴァンスさんの話しした場面を忠実に再現できると良いのですけど‥‥これで心が動けば」
固唾を呑んで見守る、ニルナ達。薔薇‥‥赤い布でそれらを作ったリデアもまた。
「君が好きなんだ。君でないと、ダメなんだ‥‥だから、結婚して欲しい」
レアンの真摯な告白。決して同情なんかじゃない、と。
「これからの事は皆でちゃんと話し合って‥‥だから‥‥」
イレーヌはレアンの背後を見た。ヘクトルのマネをして、何やらグッと親指を突き立てている息子――何だかスッキリした顔をしている――と、気づき「お願いします」とペコリ頭を下げてきたリデアと、心配そうな‥‥祈るような顔をしている冒険者達と。
何だか、大丈夫な気がした。それは不安もあるし、これから大変だろう。でも‥‥一人じゃないから。大切な家族と、力になってくれそうな人達と、何より‥‥愛する人と。
「‥‥はい」
だから、イレーヌは頬を染めて、頷き。感激したように自分を抱きしめる腕に、そっと身をゆだねた。
「ふう‥‥どうやらうまくいったようだけど、さてさて、大変なのはこれからだろうねえ」
見届け、溜め息まじりに呟くアシュレー。そう、二人の前‥‥いや、四人の前にはまだまだ険しい道が待っているはずなのだ。
「だけど、今は‥‥今だけは‥‥」
ようやく抱き合う事の出来た男女に、アシュレーは小さく微笑みを送った。
「人生は、希望に向かってすすむことこそがいいのですよ」
「希望、ですか‥‥僕にも見つかるでしょうか?」
「ええ。あなたはもう、お父さんの代わりにお母さんを守らなくてもいい‥‥自分の人生を思うように生きて良いのですから」
香織の言葉に、セドリックはホッとしたように口元をほころばせた。それはヘクトルが初めて目にする笑顔で。
「子供は笑顔が一番じゃ」
ヘクトルは自らも破顔すると、その大きな手で少年の頭をくしゃりと撫でてやった。
「‥‥無理はしないで良いのよ」
一方。見届け、クレアはリデアの頭をそっと撫でた。
「リデアさん、恋は‥‥別れたり出会ったりの繰り返しのときもあります」
ニルナもまたそっと、声を掛けた。優しい優しい、声。
「私は貴女の幸せも祈っていますからね‥‥」
リデアを包み込むように、優しい声で。
堪えきれず、リデアの瞳からぽたぽたと涙が零れ落ちた。
「今だけ泣いて‥‥また笑えば良いわ‥‥明日になったら、また」
クレアはリデアをその涙ごと抱きしめ、祈りを捧げた。この腕の中の少女に、そして、生まれたばかりの新しい家族に祝福を、と。
クレアの祈りに、リデアの涙は静かに溶けていった。