●リプレイ本文
●約束と言う名の誓い
(「急がなくっちゃ。早く行かないと。おじさん達が!」)
雪を踏みしめる小さな足が、必死に前へ、前へと動く。歩くたびに絡みつく雪は、少女の足を思うように先に進ませてはくれない。
「あ〜ん、もう‥‥! キャッ」
転びかけた小柄な少女を後ろから抱き上げる手がある。
「こら、ツキカ! 約束したろう。無茶はしない。家族を心配させないって!」
諌めるような風烈(ea1587)の筋肉質の腕の中で
「だって‥‥‥‥」
少女は微かに頬を膨らませて俯いた。ふうとため息を付いてラルフ・クルーガー(eb4363)は軽く、本当に軽くツキカの頭上に握りこぶしを落とした。
「だって、ではない。我々はヨーコ殿に約束したのだ。おぬしを護ってみせるとな。こんなところで怪我をされては困る」
「そうよ。それにね、私達は貴方を遊びや同情で連れてきたのではないの。貴女の力が必要だから。だから‥‥無茶してはダメ。急がず、焦らず、でも迅速に。それが救助活動の基本よ」
エルシード・カペアドール(eb4395)言葉でツキカは、俯くように下を向いた。もう大丈夫だろうと烈も手を放す。
「ねえ、ツキカちゃん、私はイギリスという国から来たんです。友達も沢山いました。‥‥ツキカちゃんにも友達がいるんですよね。どんな人ですか?」
膝を折り、リース・マナトゥース(ea1390)が目線を合わせた。
『友達』
その言葉にツキカの顔がパッと笑顔に咲く。
「あのね。メリアっていうの。とっても優しくて、編み物が上手よ。それからね〜」
大好きなものを語る表情は、いつも笑顔だ。気分が変わって、気負いは抜けたらしい少女を冒険者達は心からの優しい眼差しで、見つめている。
約束、とラルフは口にした。あの時、彼女を自分達に託した母親の瞳は、今も忘れられない‥‥。
冒険者達が店にやってきた時、奥の部屋では何度目かの親子喧嘩の真っ最中だった。
「私、行くもん。絶対に行く!」
「ダメだと言っているでしょう? だいたいあなたのような子供が一緒になど、冒険者の皆さんの足手まといです!」
「そんなことないもん! お母さんの解らずや! ‥‥うわっ!」
扉を開けて、外に出ようとした少女は、その勢いを保ったまま、ぽす、と何かにぶつかって尻餅を付いた。顔を上に向けてぶつかったものを見る。
「ああ、ごめんなさい。ツキカさん。怪我はありませんか?」
「冒険者のお兄ちゃん?」
見覚えのあるイェーガー・ラタイン(ea6382)の笑顔にツキカは目を瞬かせていた。差し出された手を掴んで立ち上がったのと同時。
「久しいなツキカ、また親に心配をかけているのか?」
「母君にそのような口をきくものではないぞ」
諌めるような声が頭上から降る。
ラルフとサリトリア・エリシオン(ea0479)もまた知った顔。ばつの悪そうな顔で俯くツキカを、一瞥し、冒険者達は目線を交差させた。
「ツキカちゃん、だっけ? ちょっと、お外に出てようか?」
「出かける準備を手伝ってくれると嬉しいですわ」
軽く肩を叩いて音無響(eb4482)はツキカを外に連れ出す。セレス・ブリッジ(ea4471)の言った準備は事実だが、
「でも‥‥」
口実でもある。
もごもごと口を動かして何かを言おうとするツキカに響はそっと、何事か耳打つ。
「‥‥! うん! 解った!」
ツキカの表情はみるみる変わっていく‥‥。そして、満面の笑顔で走り出す!
「ツキカ! まだ話は‥‥!」
娘を追いかけようとする母親を‥‥
「やれやれ、ですわね。アトランティス最初の仕事がこれじゃあ、ジ・アースと何もかわりませんわ。結局、どこであろうと人のというのはどうしようもなく変わりませんのね」
胸を思いっきり張ったアミィ・エル(ea6592)が遮った。その場に残った冒険者とは別に烈や響達数名が、一刻も早く出立出来るようにと準備に回った。
ツキカの姿はその中に紛れて、もう見えない。追いかけようとする手を、一瞬の逡巡の後、降ろし
「冒険者の皆様、この度依頼を受けてくださったこと。感謝致します。見苦しい所をお見せしましたが、どうぞ、あの子にはお構いなく‥‥。では、仕事の説明などを‥‥」
精一杯冷静さを作った声で、母親は言った。仕事の話に入るその前に、と冒険者が言葉を遮るまで。
さっき、響はこう囁いたのだ。
『その顔、絶対助けに行くつもりだよね。いいこと教えてあげる。みんなは、ツキカちゃんの味方だよ』
彼女の言葉どおり、ラルフは一歩前に進み出て、冒険者を代表して意思を伝えた。
「我らに便宜を払ってくださるとの事。ならば、ヨーコ殿、ここはツキカの同行を許してあげてはくれないでしょうか?」
「えっ‥‥?」
思いがけぬ、という顔のヨーコに冒険者達は辛抱強く説明と、説得を繰り返した。彼女が魔法を使えると言う事実。それが、今回役に立つかもしれない。キャラバンを良く知っている人物は多いほうがいい。
そして‥‥
「それに、前回や今回のようにこっそりと抜け出されるより我々と共にいたほうが幾分安心できますでしょう?」
「あの子が役に立つとは思いませんが‥‥」
「いや、前回の依頼で私は彼女に助けられた。それに、親が思うより子はしっかりしているものだ。あの子は聡い。きっと役に立ってくれることだろう」
「過保護では子供は成長しませんわよ。まぁ、多くの他人の命より、娘の一人の安全の方が大切ですわよね。おっほっほ!」
「アミィさん!」
リースはキッと強い眼差しで挑発するような言い方のアミィを睨んだ。言いすぎだと目線を遠慮なく彼女は放つ。これもまた一種の話術と淋麗は肩を竦めるが、リースは真っ直ぐにヨーコの方に向かい合う。
「きっと、ツキカちゃんがキャラバンの人たちを助けたいと願っている気持ちは、私達ともお母さんのヨーコさんとも何も変わらないはずです。いえ、私達以上にずっと強く思っているかもしれません」
私は‥‥ツキカちゃんのその気持ちを押してあげたい。リースは手を祈りの形に作るとヨーコに真剣な眼差しを送った。
「キャラバンの人たちを助ける為に、少しだけツキカちゃんの力をお貸しいただくというわけにはいきませんか?」
暫く、沈黙した彼女の答えは、数刻後出発した冒険者のパーティを見れば明らかになっただろう。
「家族を心配させないって約束する? 約束するなら、俺はこの拳にかけてツキカを無事に家まで送り届けると誓おう」
「うん!」
馬上から冒険者に笑いかけるツキカと、見送る母親ヨーコの眼差し。
それが返事。
「ブリッツに乗っていてください。同行するからには仲間です。‥‥絶対に脱落はさせませんよ」
だからこそ、冒険者達は誓いを胸にしっかりと刻んだのだった。
思いは一つ。キャラバンを助け、必ずツキカを連れて戻る。と。
●白くて大きな敵
精一杯の急ぎ足で彼らはやってきた。雪崩の起きた崖から少し離れた所にベースキャンプを作る。ここからなら一刻程度で目的地に着けるだろう。と案内人は語ってくれた。
荷物が多い上に、子供もいる。おまけに雪は冒険者達の足を取り、邪魔をする。その中でのこのスピード。取り残された彼らにとって、十分ではないかもしれない。夜通し歩いていれば、今夜中に辿り着くことも不可能ではなかったろう。
だが‥‥
「無理をして動けなくなったら本末転倒だしな」
この暗闇の中で、下手に動けば二次遭難の可能性もある。明日、できる限りの事をする為にも体力は温存させておくべきだという考えの元、彼らはテントを張り、薪の用意を整えていた。
「こうしておくと、暖かいのが続くって、友人がアドバイスしてくれたんですよ」
赤く爆ぜる炎からころんと転がり出た石を響は布で包んだ。神凪まぶい謹製の温石懐炉だ。柳麗娟(ea9378)の横でイェーガーも小枝を馬ソリから抱えてくる。
「ツキカさんも、寝ましたわ。大丈夫だ、と言っていてもやはり疲れていたようですね」
交代の為にやってきたリースはツキカの休むテントを見ながら小さく微笑んだ。
「明日からが本番だもの、しっかり休んでおいてもらわなくっちゃね」
「みなさま! お休みになる前に少し、よろしいかしら?」
一応質問の形をとって入るが、聞け、と言わんばかりのアミィの口調に、冒険者達も顔は顔を向ける。この場は明日に向けての、大事な相談と確認でもあるのだから。
「なんであろうか?」
「私は、こう見えても陽の魔法使い。そこで、日のあるうちに陽精霊に言いつけましたの。キャラバンの様子はどうなのか、調べていらっしゃい! と」
正確には魔法、サンワードを使ったのだが、しかも何度か失敗したのだが、言う必要の無い事はおいておいて彼女は続ける。
「キャラバンの皆さんは、とりあえず現時点ではご無事のようですわ。総勢十人と馬二頭がここと、ここを繋ぐ道の丁度中間にいるようです」
案内人が描いてくれた簡単な地図の中央をアミィは指し示した。
「直通の道の途中にはかなり大きな雪崩が道を塞いでいて、雪を退かそうと思えばかなり大変になりそうですわ」
「それは、止めておいたほうがいいと思うよ。日本‥‥俺の故郷だけど、雪が多くて大変な時こそ二次災害の危険があるからって、本当に注意してたもの」
冒険者達は頷く。下手に雪崩に手を入れないほうがよい。それは全員の統一見解だった。
「ただ、そうだとすれば、どのルートで行くべきか‥‥だな。こちら側は崖、やはりこちらか。ちょっと聞きたいのだが‥‥」
地図を指し示しサリトリアは案内人に確認する。
「こちら側から川を使えば向こう側、正確にはこの地点に回り込むことは可能なのだな?」
はい、と案内人は頷く。川から森、そして街道へ上がるのは難しいわけではないという、だが、木が多くかなり歩きづらい道であることは確かだ。馬車や大きな荷物を通すなら、道を作る必要がある。その為の準備はしてきたので問題は無いのだが‥‥。問題は川だ。
「‥‥ツキカさんの魔法の能力はどれほどなのでしょうか?」
ふと、考え込むようにイェーガーは呟く。
「風魔法はまだ初級クラスですが、水魔法はかなりなものだと私は思いますわ。いつか私以上になるかと。あの年頃を考えると恐ろしいほどの才能ですわね」
セレスは今日一日、リースと共にツキカの面倒を見ていた。簡単な魔法については響も見ていたが、他者に水の上を歩く魔法をかけられる、というのは本当だった。
どうやら「遊ぶ」為の魔法が修得思考の基本のようなので、そのバリエーションは多いものではないが。
「水魔法がレインコントロールと、ウォーターウォーク。風魔法がリトルフライと、ライトニングサンダーボルト、ブレスセンサー‥‥。可愛らしいというか‥‥」
苦笑まじりの声でセレスの説明を聞きながら
「魔法を馬にかけるとか、できるかしら?」
エルシードが呟いた言葉に全員が耳を欹てた。
「馬にウォーターウォークをかけてもらって、舟を引いてもらうの。あの舟は五〜六人乗りでしょ? そうすれば普通より多くの人を一度に連れてこられるのではないかしら‥‥」
なるほど。冒険者達はそのアイデアに頷いた。
川を渡る為に用意してもらった舟は思いのほか重く、ソリに乗せて引いて来るのがやっとだったが、水に浮かべれば馬の負担は軽くなるはずだ。決して不可能ではない。
「問題は、馬が水の上を歩くという難しい命令に従ってくれるかだけど‥‥」
「あとは、ツキカちゃんにそれができるかどうか、もね。明日、向こうに着いたら試してもらおうか?」
向こうについても、状況把握をしなければならないし、直ぐには救出には入れまい。ならば、ツキカと一緒にできることの確認をすると響は言い
「練習には、私とクラールヴィントが付き合おう。本番は‥‥」
「それなら、ブリッツが最適でしょう。あの子なら少しのことに怯えたりすることもありませんから」
サリトリアとイェーガーが頷きあう。
「大自然が相手です。できることは全てしておく必要があるでしょう」
「そのとおりだ。全員が‥‥生きて戻る為に‥‥」
見上げた空には満天の光の精霊達。明日も、明後日も、この光景を全員で見られるように、冒険者達はそれぞれの役割りを確認し、眠りについた‥‥。
翌日、キラキラと輝く雪面の上を冒険者達は真剣に歩いていく。崖の街道に入って暫く、頭上の雪に注意しながら歩いていくうち
「うわっ! なんだよ。これは!」
烈ならずとも声を上げずにはいられない、雪の壁が冒険者達の前に立ちはだかった。
「これは、予想以上ですね‥‥」
大人の身長の数倍はあろうかという雪の射線は崖の上から川に向けて流れている。その質量も想像以上に固く、厚くイェーガーの声をうわずらせる。
「‥‥キャラバンはこの雪の丁度向こう側にいるようですわ。崖から少し離れた森の中と、陽精霊は言っておりますわ」
コインを握り締めると、アミィはピッと指を白い怪物に向ける。
「この雪を、直ぐに溶かすのは不可能。やっぱり、あの川を使うのが一番のようだな‥‥ツキカ。頼むぞ‥‥」
「うん! 任せて。絶対に頑張るから!」
拳に力を入れる少女の頭をポン、ラルフは軽く叩いて仲間達と動き出す。
「森の中に、第二キャンプを張ろう。あと、川までボートを入れる準備だ」
叩かれたというより、触れられた手の感触を感じ、照れたように笑いながらツキカは笑顔で冒険者達の後を追った。
●孤独からの救い主
川辺の森に張られたキャンプ。目の前の川は、流れこそ静かだが、広く、水は冷たそうに見える。
ごくん、ツキカは喉を鳴らした。馬に魔法をかける。その馬に舟を引っ張らせて川から回り込んでこの雪の大壁を越える。救出作戦の要を握る大事な仕事だ。今まで遊びで魔法を覚えてきて、遊びで魔法を使っていたのとは違う。時間が過ぎるごとに、今まで感じたことの無い緊張がツキカの中に広がっていく。
(「失敗なんか、できない。頑張らなきゃ‥‥」)
さっき、練習した時には成功している。きっと大丈夫。懸命に自分に言い聞かせるその手は震えている。力が入っていない。正しく呼吸を刻めない。まるで死地に赴くような顔つきの少女の肩を
「暫し、待たれよ」
柔らかい手が軽く抱きしめた。
「そのような力の入った肩では精霊達も力を貸してはくれまい。一つ、深呼吸なさい。全てはそれからでも遅くはありませぬ」
「麗娟さん‥‥」
「彼女の言うとおりですよ。焦ってはダメ。大丈夫、他のメンバーも手伝ってくれます。仲間を信じることも大事なのですよ」
魔法使いの先輩として、セレスも優しくツキカを諭す。
「大丈夫ですわ。貴女如きが失敗しようとも、私が必ずフォローしてさしあげますわよ!」
ホホホ〜。口元に手を当てわざと高飛車に、豪快にアミィは笑う。それで、緊張していた少女の心を縛っていた、鎖は淡雪のよう消え去った。
‥‥そうなのだ。今、自分の後ろには助けてくれる者がいる。今まで、ずっと自分を理解してくれる者はいなかった。訳も解らず、異世界に召還され、母親と自分自身以外の全てを失った。
‥‥友達さえも殆どいない。学校も無く、そもそも行く必要も無い。ツキカと母親の知識からしてみれば、この世界はあまりにも後退した文明そのものである。
魔法だって、通常の人が苦労して覚えるというものを、ツキカは遊び気分で簡単に修得していた。この世界であれば天界地球人であるところの彼女達は、地球だったら望めない程の高みに、望めば簡単に上がることが出来るだろう。
(「ここは、私の世界じゃない。私のいるべきところじゃない‥‥」)
何もかもが思い通り、でも、何もかも思い通りならない世界‥‥。曲がりなりにも役割を見つけた母親と違い、彼女はまだこの世界に自らの意義を見つけ出せずにいた。
明るく振舞ってはいるが、彼女の心の中はいつも凍て付いたこの冬山を渡る風のような無情の寂しさが吹き抜けている。
だが、今、一つ、春風が吹いた。
冒険者。
自分自身を普通の子供として扱い、なおかつ対等の者として認めてくれる存在。
『同行するからには仲間です』
そのさりげない一言が胸に灯り、勇気になる。
「‥‥うん! もう平気。ありがとう」
のびやかな笑顔で、少女はぐるんと手を回した。肩の力、身体の力が良い具合に抜ける。
「聖なる母よ。我と汝の子に祝福を‥‥」
「弥勒菩薩よ。善良なる者達に何卒加護をお与え下さい」
白い、二つの祈りがツキカの身体を輝かせる。
そして力を与える。物理的な意味、心理的な意味も含めて。
「水の上に落ちませんように、水の上を歩けるようになりますように‥‥えいっ!」
薄青の光がツキカと、馬を包み込む。
ブルン!
「ブリッツ!」
背筋を振るわせた馬は主の命令に従い川に向かって足を踏み込む。 氷結寸前の刺すように冷えた川の流れは、馬の足を刺しは、しなかった‥‥。硬い土壌のように、馬の足は地面に立つ。
「やった! やったね。ツキカちゃん。魔法って凄い! まだ信じられないよ!」
跳びはねるように笑うと響はツキカの首にしがみ付いた。ツキカの頬にも桃色の笑みが浮かぶ。
「良くやったな。ツキカ。だが、救助はこれからが本番だ」
ポンと軽く背中を叩いて、労う烈。だが彼自身はさらに素早は動き始める。馬に手綱を付け、船を引く紐をつける。
そう。仕事はこれからが本番。
「ツキカ! 早く舟に乗って!」
エルシードが手招きする。馬も早く歩み出したいと言うように嘶く。
「うん!」
軽やかな足取りで彼女は空を舞った。
信じられないものを見た、そんな顔つきで水上を歩く馬と、舟を見ていたその人物は、船の中から手を振る少女の存在に気付く。
「‥‥! ツキカちゃん?」
「おじさん!」
「しっ! 大声出しちゃダメよ。雪が崩れるかもしれないわ」
駆け出さんばかりのツキカを押さえて、エルシードは口元を押さえた。やがて、ゆっくりと馬を地面に上げ、舟を固定させ‥‥川辺にいた男性にエルシードはお辞儀をする。
ツキカは、と言えばその男性に飛びつき、安心した笑顔を見せている。彼が、キャラバンの一員であることに間違いは無いだろう。
「私は、商会のヨーコさんより依頼を受けて、皆様の救出にやってきました冒険者です。お怪我はありませんか?」
「そうか。ヨーコさんが‥‥。感謝します。前後を雪に阻まれて立ち往生していました。体力的にも、食料などもそろそろ限界に近づいていたのです」
落ち着いたその男性はキャラバンのリーダーであり、商会の代表者ハーティスと名乗った彼は経過と現状を手短に説明する。
幸い死者はいない。怪我をしている者が数名。体力が落ちているものが数名。後は雪に埋もれた荷物の一部を掘り出しにかかっているが、あまり成果は見込めそうに無い。と。
「解りました。荷物の掘り出しは可能でしたら後でお手伝いいたします。とりあえずは、怪我人の救助が優先と言うことでよろしいですね」
「無論。早速準備をしよう」
上に立つ者らしく、ハーティスの動きは小気味がいい。エルシードはハーティスの手伝いに向かう。
「ツキカ。貴方は無理はしないで。これから、何度も魔法をかけて貰わなければならないのだから」
一生懸命に後を追ってくるツキカへそう、声をかけて。
孤立していた極寒の森の中から救出されたキャラバンの者たちを出迎えたのは、暖かいスープと
「わたくし達が来たからにはもう、心配ございませんわよ。おっほっほ!」
そんな豪快なアミィの笑みだった。
「お疲れ様。ご無事で何よりだね。はい、どうぞ」
心から労う響の笑顔と一緒に差し出されたスープは、商人達の心を暖めてくれた。足の動かなかった者。寒さに凍え手を真っ赤に腫らせていた者なども麗娟の治癒魔法で回復に向かっているようだ。
「では、後に残っているのはハーティスさんだけなのですね?」
「はい」
三回目の船でやってきた青年は頷いた。
舟を三往復させ、重傷人、疲労者などを先に送り込み、孤立していたキャラバンの回収はほぼ成功した。残るは馬と荷物と、ハーティスのみだ。
「もう暗くなるし、ツキカちゃんも、もう限界だから、明日にでもとおっしゃって‥‥」
「烈が向こうに残っている。天候が急変しなければ一晩はなんとかなるだろう」
言いながらもラルフは心配そうに雪山の向こうを見つめる。
頭上にはまたちらちらと雪が降り始めている。
「レインコントロールで雪を‥‥と願いたい所ですが‥‥」
こちらも疲れきったであろう馬の背を優しく撫でながらイェーガーは空を見つめる。
ウォーターウォークを六回連続で成功させた。少女の精神は相当に疲労しているはずだ。現に、助けに行くと言い張ってはいたが、寝かしつければあっというまに熟睡中だ。
「これ以上、無理はさせないほうがいいですわ。後は祈りましょう」
リースの合わさった手への祈りに、助けた者と助けられた者。全員の願いが唱和した。
●商人であり、人の親‥‥
翌日止んだ雪が、晴れた空の光を苛立たしいまでに眩しく弾く。
「荷物のいくつかは、川の側まで押し流されているようですわ。気をつけて下さいませな」
アミィの忠告を受けて、ラルフとサリトリア、そしてエルシードが舟に乗った。ツキカの魔法を受け、水の上を馬がまた走る。
やがて、彼らは四度目となる目的地に辿り着いた。そこには烈が、雪害をなんとか免れた品物たちを積み上げて待っていた。‥‥二頭の馬達も。
「なんだか、大事な注文品が埋まっちまってるらしい。とりあえず、一度この荷物を持っていってくれ。俺たちはもう少し捜してみるから‥‥」
おでこの汗を擦る烈は、今もスコップで作業を続けるハーティスを指して肩を上げる。
「解った。だが、無理はするなよ」
「おじさん、気をつけて‥‥」
心配そうなツキカを促してライルが四度目の馬を促した。入れ替わりに降りたサリトリアとエルシードと四人で荷物を捜す。
「確か、川の側に‥‥」
「雪の方向からして‥‥多分‥‥」
まだ見つからないのは一番大事な品であるらしいと、助けられたキャラバンの商人が言っていた。身につけていたが故に、混乱で行方が知れずになったバックパック。その中に何が入っているかは解らないが、必死の顔で探すハーティスに冒険者はその全力の力を貸そうと思っていた。
ベースキャンプに降り立ってすぐ。
「早く、戻られよ!」
珍しい狼狽の表情で、麗娟はラルフに駆け寄った。
「どうした?」
「向こう側に向けて、微かな音がする。小さな雪が崩れてくるような印象も。案内人はかつての雪崩と似た感じだと言っておる!」
「何!」
まだ向こうには冒険者達が残っている。
「ツキカ!」
「うん!」
「ブリッツ、急ぐんだ!」
白い祝福と、魔法の手の力を使い、九度目の魔法を成功させたツキカが舟に乗ると同時
「これ、持ってって!」
響はラルフに向けてロープを放った。それを持って馬は疾走する。船は揺れる。間に合うか、間に合わないか。それは時間との競争だった。
残っていた冒険者達も、その様子を全身で感知していた。
「‥‥来る!」
雪山を睨みつけてサリトリアは唇を噛んだ。
雪崩が来るのは感じられる。だが、逃げ場は無い。前後は雪に阻まれている。最悪の場合は川に逃れて雪の直撃を避けるしか無いと計算する最中もハーティスは雪の中の荷物を捜している。
「何してるんだ? 逃げるぞ!」
烈が強引に手を引こうとするが、まだ諦められないようにハーティスはスコップを雪に立てる。
「命の方が大事でしょう? ここは逃げるのが優先です!」
「‥‥ですが、娘の‥‥いえ、解りました」
断腸の思いで彼はスコップを置き、冒険者と共に走り出した。
川岸には馬影が見える。
「早く! こっちだ!」
「おじさん! みんな!」
ラルフとツキカの悲痛な声とほぼ同時、堰を切るような轟音が冒険者達の背後に迫ってきた。文字通り、雪山が崩壊するように崩れ、流れ押し寄せてくる。
間に合うか!
冒険者達は必死で舟に乗り込み、息を付く。残っているのはハーティスと烈。
「何をしてるの!」
「早く!」
ある場所に足を止め、一瞬何かを引き抜くような行動を見せる。僅かな時間だが、それが致命的な危機を招くと知っていても、彼らはそれを為していた。
「危ない!」
そして、走り出した彼ら。馬は直ぐに退避できるように命綱のロープを残して水上に足を向け。最後の二人がロープを掴み、馬が走り出し、冒険者達が危機から逃れた刹那。
「キャアア!」
地響きが舟を揺らした。水に飛び込んだ形の烈とハーティスを引き上げた時、冒険者達はその行動がぎりぎりの選択肢だったことを知る。
冒険者達がさっきまでいて、昨夜までキャラバンのキャンプがあった場所は見事に雪に埋もれていた。
森も、木々も、白い魔物に飲み込まれて。
「助かったか‥‥」
ラルフは馬を急がせ、やっと息を付く。キャンプももう見えてくるだろう。
「何故、あんな危険な真似を! 命が大事ではないのか?」
声を荒げてサリトリアはハーティスを見る。烈がいなければぎりぎりで間に合わなかったかもしれない彼の行動に向けたそれは言葉だった。
「申し訳ありません。ですが‥‥どうしてもこれは必要だったのです」
最後に見つけ、確保したバックパックを彼は大事そうに撫でる。
中を開けて確認する。中に入っていたのは厳重に包まれた何かと、壊れた木箱。
「‥‥これは、もう取り返しがつかぬのでは?」
小箱の中身を見てサリトリアはため息を付く。宝石を配した見事な首飾りだったはずのものは、その精緻さ故に石を残して完全に形を失っていた。
貴族の注文品というのはこれだったのではないか、と思うが‥‥。
「いえ、私にとって、本当に大事だったのはこちらの方なのです」
幾重にも布に包まれた、もう一つの包みを彼は広げる。そこに入っていたのは幾種もの薬草と、小さく包まれた粉の薬。
「メリアの薬!」
声を上げたツキカにハーティスは微かに頷く。
「あの子の為に、どうしても‥‥これだけは持ち帰りたかった。商人失格ではあるのですがね‥‥」
唇を歪め微笑した彼を、咎める事ができるものなど、誰もいなかった。
●守られた約束と誓い
かくて、キャラバンを無事救出し、ウィルの街に辿り着いた。
「ツキカ!」
「お母さん!」
「もう、心配させて!」
少女を送り届け、冒険者達は抱き合う親子に胸を撫で下ろす。
「本当に、ありがとうございました。損害はありますが、全員が戻ったのです。十分やり直せます」
ヨーコは目元を拭いながら頭を下げた。全員を生還させ、荷物も半分以上を確保できたことで、臨時報酬も彼らは得る。商会が用意した品やボートは返却したが、保存食とポーションはせめてもの感謝の気持ちにと支給されたものをそのまま受取る。雪崩によって閉鎖された道は、春を待って開通作業が行われるということだった。
無事に戻った母子がどんな会話を為したのか。薬を届けられた病の少女がどうなったのか。貴族からの注文の品を失った商会の今後はどうなるのか?
気がかりは残るが、確かに得たもの。
「お帰りなさい!」
「無事でよかった!」
家族を迎える家族たちの微笑みを胸に抱いて、守れた誓いに安堵して。彼らは依頼を無事終え帰路についたのだった。