【王女のお忍び】消えた第一王女

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:01月23日〜01月28日

リプレイ公開日:2007年02月02日

●オープニング

 今日は、ランの国の第一王女レベッカ・ダーナが帰国する日だ。
 彼女のウィルへの訪問は、表向きは“お忍びの外遊”という事になっている。だが、ランの国はアプト大陸の大国の1つであり、ウィルが有する月道と繋がった交易関係にある。
 レベッカは第一王女故、外遊といっても前国王エーガン・フオロ以下、フオロ家の貴賓として扱われている。
 とはいえ、そこはお忍びなので、エーガンもわざわざ目立つような真似はせず、新米騎士カティア・ラッセをウィルの案内役として付けるのだった。

 果たしてレベッカはウィルの視察であり、特にゴーレム関連の技術を自分の目で見に来たようだ。
 彼女はウィエ分国の貴族令嬢レフィーナを名乗り、冒険者達に一緒にウィルを散策する依頼を出した。
 冒険者達は「日帰り出来る場所」という制約の中、ウィルの『冒険者ギルド』に始まり、ウィルの下町の片隅にある小さな仕立て屋『ロゼカラー』でレフィーナに似合う外出着を仕立ててもらい、冒険者街の市民街に近い場所にある、アトランティス初のファミリーレストラン『スィーツ・iランドinウィル店』でアトランティスの食材で再現した地球の料理で舌鼓。
 その後、丁度『Wカップ』の開催期間中という事でセレvsウィエ戦を観戦し、レフィーナは目的の1つであるゴーレムの性能を目の当たりにした。観戦やショッピングで疲れた身体を、冒険者の酒場『騎士の誉れ』で休めると、『GCR会場』とウィルで過ごす恋人達の為に作られた庭園『恋人達の庭園』を回る。
 途中、レフィーナに異国で悪い虫が付かないか心配して、本人はこっそりと、でも冒険者達にはバレバレで後を付けてきていた侍女グリーフィアを説得して安心させる一幕があったものの、レフィーナはウィルの散策を満足して冒険者達と別れた。

 その後は一ヶ月を掛けて六分国を回り、本日、帰国の予定だった。

「レフィーナさん、お迎えに上がりました」
 帰国予定日の朝。カティアはレフィーナとグリーフィアがウィル逗留に使用している宿屋へ迎えに行った。ウィルでも五指に入る高級宿だ。
 ノックをする。
 ――しかし、返事はない。
「レフィーナさん、お迎えに上がりました」
 再度をノックする。先程よりも強く。
 ――やはり、返事はない。
「レフィーナさん? グリーフィアさん?」
 扉越しに耳をそばたてる。部屋の中に動くものの気配はない。
 レフィーナくらいの人物ともなると支度に時間が掛かると思い、時間を遅らせてきたのだが、既に月道へと向かってしまったのだろうか?
 いや、レフィーナの性格からして、いち騎士であるカティアならまだしも、現分国王エーロン・フオロへ挨拶もなしに帰るとは考えにくい。カティアはフオロ城から来たのだし、レフィーナ達がわざわざ表通りを避けて裏路地を通るとも考えにくい。
 嫌な胸騒ぎを覚えたカティアは、背負っていた魔力を帯びたラウンドシールドを構えると、扉に体当たりを仕掛ける!
 ――一回! 二回!! 三回!!!
 高級宿だけあり、扉も強固だったが、三回目の体当たりで破る。
「レフィーナさん! グリーフィアさん!」
 カティアの声が薄暗い室内に虚しく響く。
 部屋の中にはレフィーナの姿も、グリーフィアの姿も無かった。
 即座に体勢を低くし、サンショートソードを構える。白銀の刀身が窓から差し込む陽の光を反射し、室内を照らす。
 荷物はほとんどまとめられたまま、そのまま残っていた。
「これは‥‥」
 カティアはベッドの上に置かれた、数着の服を見つけた。チャイナドレスにバニースーツ、スィーツ・iランドの制服とオルガが仕立てた外出着だ。いずれもレフィーナがウィル散策の際、着たものだ。
 だが、二人はどこへ行ってしまったのだろう?
 荷物がほとんど手付かずのまま残っている事から、物取りの可能性は低い。それにレベッカの素性はウィルでもトップシークレットであり、彼女自身、公の場で自分の事をレベッカ・ダーナと名乗った事はないはず。
 また、室内に争った形跡がなく、窓や扉も鍵が掛けられていた事から、誘拐の線も低いとは思えるが‥‥気になるとすれば、ベッド近辺の乱れと、レフィーナ――いや、レベッカの正装である明るいロゼ色の古典的で重厚なドレスが無くなっている点だ。
 ベッド近辺の乱れは争った跡というより、寝た跡に見える。また、散策から帰ってきてレベッカが着替えたとすれば、正装が無くなっていてもおかしくない。
 しかし、正装に着替えた後、ベッドで寝るとは考えにくい。

 扉を応急処置したカティアは、宿の主人にレフィーナ達の行方を聞いたところ、グリーフィアが一ヶ月分の宿代を払って部屋を押さえたまま外出しているとの事だった。
「グリーフィアさんが?」
 貴族令嬢に仕える侍女だけあり、ドレスなどが詰まったと思われる大きな荷物を持っていたという。また、レフィーナかどうかは分からないが、連れ立って出掛けたとも。
 レベッカからグリーフィアの事を聞いていたが、彼女もレベッカに仕える前は貴族令嬢で、護身術の心得はあるが魔法の類は当然使えない。
 消えたレベッカと外出したいうグリーフィア、グリーフィアが持っていたという大きな荷物と連れ立っていたという人物‥‥グリーフィアがレベッカの事を何かしら知っているのは間違いないだろう。
「少なくとも、Wカップを一緒に観戦した時は問題はなかったはずですが‥‥」
 Wカップ以降のグリーフィアの足取りを調べた方がいいかも知れない。

 カティアはその足でフオロ城へと向かう。
 今のウィルの王位は空位だ。近々、六分国の各国王が招集され、ウィルの国王を正式に決めるが、それまではエーロンが国王代理を務めている。
 それにラッセ家は、エーガン個人ではなくフオロ家に仕える男爵家だ。当主が替わってもそれほど影響はない。
「何!? レベッカ・ダーナが行方不明だと!? ‥‥よりにもよってこんな時に‥‥」
 カティアから報告を受けたエーロンは露骨に渋い顔をした。今、ウィルに各分国王が集まり始めており、対外的な不祥事が露呈するのは、好ましい状況にあるとはとてもいえない。また、フオロ家だけの不名誉で済まされる話でもない。
「レベッカ殿が貴族女学院に入学届けを出していたから、ダーナ本国には当面は報告しなくて済むだろうが‥‥」
「レベッカ様が、貴族女学院に、入学‥‥留学ですか!?」
 エーロンの思い掛けない一言に、思わず素っ頓狂な声を上げるカティア。
 レベッカのウィルへの外遊の真意は、留学だったようだ。
「とはいえ、我々に時間がないのは確かだ。ラッセ男爵家が鎧騎士カティア・ラッセよ」
「は!」
「そなたにレベッカ・ダーナ探索の任を命じる。必要とあれば、キャペルス四機とバガン四機、フロートシップを一隻、自由に使って良い。これが今俺に出来る最大の計らいだ」
「一命に代えましても!」
 エーロンより、カティアへレベッカ探索の任が下る。彼女はウィル騎士の礼を以て応える。
 キャペルスはロールアウトしたばかりのシルバーゴーレムだ。それにバガンとフロートシップの使用許可を下したところを見ると、エーロンも本気である事が分かる。名目上は「キャペルスの演習」となるだろう。
「但し、レベッカ・ダーナの消息を掴むまで、フオロ城に帰ってくる事は許さん。万一、失敗した時には、その首ないものと思え!!」

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4213 ライナス・フェンラン(45歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4248 シャリーア・フォルテライズ(24歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4326 レイ・リアンドラ(38歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

利賀桐 真琴(ea3625)/ ヴェガ・キュアノス(ea7463)/ 麻津名 ゆかり(eb3770)/ 華岡 紅子(eb4412)/ 瀬名 騎竜(eb5857

●リプレイ本文

●正体
「このような場所にお呼び立てしてしまい、申し訳ありません」
 鎧騎士カティア・ラッセ(ez1086)は、集まったナイトのアレクシアス・フェザント(ea1565)を始め、天界人の時雨蒼威(eb4097)や、鎧騎士のセオドラフ・ラングルス(eb4139)、ライナス・フェンラン(eb4213)、シャリーア・フォルテライズ(eb4248)、レイ・リアンドラ(eb4326)、エリーシャ・メロウ(eb4333)に深々と頭を下げた。
「カティアさんと会うのは4ヶ月ぶりってとこか。こんなところに呼び出されるとは、今回の依頼、根が深そうだな」
「重ね重ね申し訳ありません」
「あなたがそのような心持ちでは、話が先に進まないですな」
 蒼威が肩を竦めると、カティアはますます恐縮する。そんな彼女を、セオドラフが軽く窘める。この調子では延々と謝られそうだ。
「私達鎧騎士がこの場で一堂に会す事もただ事ではないですが、更にここにアレクシアスさんと蒼威さんもいるという事は、蒼威さんが言うように、この依頼、ウィルの国事に関わるという事ですか」
 依頼を受けた冒険者は、大抵は冒険者ギルドに集合して出発する事が多い。もちろん、依頼人の希望で集合場所を指定される事もある。
 今回、カティアがレイ達に指定した集合場所は、フオロ城の鎧騎士達の詰め所だった。しかも、防音設備が最も強固な部屋だ。加えてルーケイ伯爵とトルク家の男爵もいる。これでは国家レベルの問題を話し合う場と思っても無理からぬ事だろう。
 もっとも、アレクシアスはルーケイ伯爵と気付かれないように変装し、鎧騎士風の装いをしている。面識がなければそうそう彼がルーケイ伯爵だとは分からないだろう。
 なお、バードのケンイチ・ヤマモト(ea0760)はこの場にはいない。彼はマリーネ姫お気に入りのバードだが、それだけではこれから話す内容を伝えるのは拙いとカティアは判断し、ケンイチはこの後、冒険者ギルドで合流する事になっている。
「先日、アレクシアスさんとシャリーアさん、エリーシャさんにウィルの街を案内して戴いた、レフィーナさんに関する事です」
「ああ、レフィーナ殿の事だったか。先日は私も羽目を外‥‥いや、楽しめたぞ」
「ふっ、シャリーアのスィーツ・iランドの制服姿は、滅多に拝めるものではないからな」
 六分国の一国、ウィエ分国の貴族令嬢レフィーナの名前を切り出され、実際に彼女を案内したシャリーアはその時の事を思い出し、自然と顔が綻ぶ。アレクシアスも鎧騎士としてのシャリーアとはまた違った、ある意味もう二度と見られないであろうお茶目な一面が見られたので、その事を思い出して微笑んだ。
「ウィエ分国には無事に帰られたでしょうか。私達宛にシフール便が届いたとか?」
「いえ‥‥申し訳ありませんが、わたしはレフィーナさんとの約束で、エリーシャさん達に隠していた事があります」
 エリーシャ達がウィルを案内した後、ウィエ分国を除く六分国を回って帰る予定になっていた。エリーシャはとうにウィエ分国へ帰ったものと思っていた。
「レフィーナさんはウィエ分国の令嬢ではないのです。‥‥お忍びでウィルへやってきたランの国の第一王女、レベッカ・ダーナ様その人なのです」
 カティアは深く息を吐くと、意を決して告げた。
 一瞬、室内は水を打ったように静寂が支配した。
「レフィーナ殿が、ランのレベッカ王女殿下!? 何れ高位貴族のご令嬢と拝察していましたが‥‥」
「む、レベッカ姫か‥‥正真正銘の外国のお姫様だったのだな」
「なるほど、あの纏った気品のオーラは生まれ持ったものだったか」
 実際に会った事のあるエリーシャとシャリーア、アレクシアスの、レフィーナの正体を聞いた反応は様々だ。
 驚くより合点がいった様子のアレクシアスは、事情が飲み込めていないライナス達に先日の依頼の流れを説明した。
「選王会議も近いのに、とんだ災難だな」
「しかし、ランの国の王女が何故、我が国をお忍びで訪れたのだろうか?」
「それは分かりませんが‥‥学園都市ウィルディアにある貴族女学院への留学の手続きが目的の一つだったようです」
「アレクシアス殿の話を聞く限りでは、ランの国へのゴーレムの導入の視察、という線も考えられますな」
 蒼威が溜息を付きながら率直な感想を述べる傍らで、ライナスも率直な疑問を述べる。カティアが自分の分かる範囲で答えると、Wカップで熱心にゴーレムを見ていた事からセオドラフはそう予想する。
「しかし、レベッカ王女が関連するとなると、国際問題になったら不味いですね」
「そ、それなのですが‥‥レベッカ様が行方不明なのです」
 レイの的を射た一言で踏ん切りが付いたのだろう、カティアが依頼の本題を切り出した。
「何時からですか!?」
「分かりません‥‥帰国予定日にわたしがお部屋へ迎えに行ったら、レベッカ様も侍女のグリーフィアさんもおりませんでした」
「カティア卿は、レベッカ王女殿下と王都を散策された後も、帰国予定日まで案内役を務めたのでは!?」
「いえ、六分国を回られる時は、わたしは同行しませんでした」
「カティア以外のウィルの関係者は同行したのか?」
「いえ、エーガン様はわたし以外、お付きの者は任命していないです」
「‥‥とすると、同行したのはグリーフィア一人という事になるな」
 エリーシャとアレクシアスが矢継ぎ早に、先日の依頼の後のレベッカ達の動向をカティアに確認するものの、彼女もレベッカ達には同行していなかった。
「移動の報告忘れの線は?」
「レベッカ様の性格からしてそれはないです。ウィルを発たれる際はエーロン様に挨拶していくでしょうし、月道を通ったかどうかも確認しました」
「だが、ランとの貿易は海路もあったはずだろう?」
「王族の方が安全を考えるなら、月道以外は使用しないのではないでしょうか?」
「“普通”ならお偉いさんは月道を使用するだろう。だが、この件は普通じゃない」
 シャリーアやライナスの質問に、カティアは『鎧騎士の視点』で『王族の答え』を出す。そこに突っ込んだのが蒼威だった。地球人である彼は、この手の話は『知識』として知っている。
「お偉いさんが行方不明になると、大抵は第三者の介入ってオチさ。しかも、レベッカ姫はエーロン王やカティアさん以外、シャリーアさん達にも偽名を名乗っていたんだろ? いち貴族令嬢として攫われた可能性もあるが、それだと身代金目的が関の山だ。今回はそれが無い。もし、“ランの国の第一王女”として攫われたとすると‥‥」
「まさか!?」
「この事がランに露呈すれば、ウィルとランとの戦争は避けられないでしょうね」
 蒼威の推測をレイが受け継ぐ。
「レベッカ殿の話を聞く限り、レベッカ王女が理由もなしにいなくなる可能性は低いだろう。そして、いなくなった時、騒動が起きていない」
「その点から鑑みるに、現時点では侍女のグリーフィア嬢が第一の容疑者ですな。捕まえれば何らかの事情も分かるでしょうし」
「‥‥過剰な程レベッカ王女殿下に忠実な彼女を疑いたくはありませんが‥‥グリーフィア殿が鍵なのは確かです」
「よし、ギルドでケンイチ達と合流し、先ずはレベッカが宿泊していた宿屋へ向かうぞ」
「はい、一刻も早くお二人を見つけて保護致さねば!」
 ライナスとセオドラフ、エリーシャが、現時点で分かっている内容からグリーフィアを容疑者として挙げると、アレクシアスとシャリーアを先頭に、冒険者ギルドへ向かうのだった。

●鳴動
 ケンイチは冒険者ギルドの受付近くで、愛用のリュート「バリウス」を爪弾きながら歌っていた。他の冒険者達の依頼の相談の邪魔にならない程度、BGMくらいだったが、彼の歌は達人の域。依頼書を見に来た冒険者などはすっかり聞き惚れている。
「行方不明になった貴族令嬢の探索ですね。心細い思いをしていないと良いのですが‥‥」
 合流し、カティアから依頼の内容を説明されたケンイチは表情を曇らせる。レベッカが今頃どんな目に遭っているかを憂いているようだ。
 また、ヴェガ・キュアノスや華岡紅子、利賀桐真琴や麻津名ゆかり、瀬名騎竜達とも合流し、レイ達はレベッカとグリーフィアが泊まっていた宿へ向かった。

「グリーフィアが宿代を一括して支払ったのは、六分国巡りへ出掛ける直前か‥‥」
 宿に着くと、シャリーアがウィル航空騎士章を主人に見せ、「急ぎ書類を渡さねばならぬのに、二人が見当たらなくて困っている」と事情を掻い摘んで説明して協力を取り付けると、部屋に鍵を借りた。
 事情が事情とはいえ、女性だけ、しかも一国の王女が泊まっている部屋だ。衣類を始めとする荷物はエリーシャとシャリーア、カティア達女性陣に任せ、レイとセオドラフ、ライナスとケンイチ達男性陣は部屋の中を調べる。
 既に一ヶ月以上も人気のない部屋だ。レベッカやグリーフィアの残り香などはなく、何となく埃っぽい。
「一週間前には動きは無し、か‥‥」
 パーストのスクロールで一週間前まで遡り、部屋や宿の様子を調べたゆかりの報告を聞くエリーシャ。レベッカやレフィーナは戻ってきていなかった。
「ロゼカラーで仕立てた外出着やプレゼントされたチャイナドレス、スィーツ・iランドの制服はありましたが、最初に着ていたロゼ色のドレスだけが無くなっていますね」
「着替えも持たずに六分国を旅する事など、王族ではあり得ませんな」
 荷物を調べていたエリーシャは、レベッカが最初に会った時に着ていた明るいロゼ色の古典的で重厚なドレスが見当たらない事に気付いた。王族がドレス一着だけ、着の身着のままで長期滞在するとは考えられない、とセオドラフが答える。
「流石に証拠となるものは残していませんか‥‥ん?」
「これは‥‥何か重い物を引きずった跡だな」
「ベッドの上から部屋の入り口まで続いていますね」
 誘拐の線が色濃くなってきたが、レイとライナス、ケンイチが手紙やメモ書きでもいいので関する情報などが無いか調べてたが、やはり証拠となる物品は残されていなかった。
 しかし、ベッドメイクのわずかな乱れから、微かではあったが、ベッドの上から入り口まで何か重い物を引きずったような跡を発見した。

「では、グリーフィアはもう一人と連れ立って出掛けたんだな?」
 アレクシアスの予想通り、侍女一人は目立つ。宿屋の主人もグリーフィアの事は良く覚えていて、これから六分国巡りへ向かうと言い残し、大きな荷物を持って出掛けていった事を聞き出した。
 その際、レベッカらしき女性が同行していたが、宿屋の主人もそれがレベッカ本人かどうかまでは覚えていなかった。
「蒼威はどう見る?」
「仮に誘拐されたとして‥‥大きな荷物は逃げるのに邪魔になるから、中身はレベッカ姫だな」
「では、グリーフィアと一緒にいた者は?」
「レベッカ姫の可能性は低いだろうね。共犯か、グリーフィアを唆した者か‥‥」
「俺も同じ結論だ。魔法で眠らせる事も、姿を変える事も可能だからな」
「魔法か‥‥最近、王族がカオスの魔物に襲われたとギルドで聞いている。今回も可能性は無きにしも非ずだな」
 宿屋の主人の話や、ヴェガと紅子達が集めてきた情報を元に、アレクシアスと蒼威は意見交換をし、推測を予測へと証拠を固めてゆく。
 そこへケンイチ達が戻ってくると、部屋の状況を説明した。
「グリーフィアが出立時に手にしていたという大きな荷物の中身は‥‥」
「十中八九、レベッカ姫だろう。大荷物を抱えて逃げるとしたら馬車か船かってとこか」
 いよいよ以て、アレクシアスと蒼威の予想が現実味を帯びてくる。
 グリーフィアがレベッカの失踪に関わっているのはまず間違いない。
 また、レイが最後に、宿屋の主人に王都を散策中のグリーフィアの様子を聞き込んだところ、特に変わった様子は見受けられなかったが、レベッカに悪い虫が付かないか心配して尾行していた事をアレクシアスに説得され、止めた後も外出していた事が分かった。
「食事を採ったり、買い物に出る事は当然あるでしょう‥‥」
 だが、「レベッカを攫った犯人と接触していた」という可能性もレイは見出していた。

 翌日から手分けして、王都ウィル内を探索する事になった。
「聞き込み用にレベ‥‥レフィーナ殿とグリーフィア殿の似顔絵を作成しましたのでお役立て下さい」
 エリーシャはレベッカとグリーフィアの似顔絵を用意してきた。カティアを始め、レベッカ達と面識のあるアレクシアスやシャリーアも口を揃えて「似ている」と太鼓判を捺したので全員に配布する。

 セオドラフとケンイチ、カティアは、ウィルの下町の片隅にある小さな仕立て屋『ロゼカラー』へ向かった。
「では、侍女の女性は来店されていないのですな」
 セオドラフは店主のオルガにグリーフィアの似顔絵を見せながら、服を買い込まなかったか聞いた。ロゼカラーは知らなければそこに仕立て屋があるとは気づかないような、知る人ぞ知る小さな店だ。その分、来店する者も限られるし、オルガも侍女が来れば覚えているだろう。
「部屋の様子が変わらぬ以上、レフィーナ嬢の服は正装以外無いという事になりますから、新たに服を仕立てている可能性を考えましたが‥‥」
「新しい服を仕立てていないという事は、レフィーナさんは着替えが必要ない状態に置かれている、とも考えられませんか?」
「着替えの必要のない状態ですか!?」
 セオドラフの考えを、ケンイチは逆転の発想で捉える。カティアはケンイチの言う『着替えの必要のない状態』を『最悪の事態』として捉えてしまったようで、悲鳴にも似た声を上げた。
「カティアさん、落ち着いて下さい。お気持ちは分かりますが、焦れば焦る程、見えるものも見えなくなり、見落としが増えるものです。それに、レフィーナさんはまだ殺されてはいないでしょう」
「そうですな。殺害が目的であれば、わざわざ手間暇掛けて誘拐する事もないですしな」
「それに古今東西、お姫様は攫われた後、眠らされたり、石に変えられたり、と、殺されない事が多いのです」
「眠りや石化‥‥それがケンイチさんの言う、“着替えの必要のない状態”ですか?」
「はい。どの物語でもお姫様は最後は必ず助かり、幸せになります。ですからカティアさんも諦めずに頑張りましょう。諦めたら、そこで終わりですよ」
 切羽詰まっている中、些か場違いでロマンチックな話だが、ケンイチはその手の話には事欠かないバードだ。にっこりと微笑みながらカティアを励ます彼の、『レベッカはまだ殺されていない』という言葉はセオドラフも納得した。
 
 アレクシアスはライナスを伴って、王都郊外にある『Wカップ会場』へ向かった。
「少なくとも、グリーフィアは俺達の説得を受け入れてくれたはずだ。それに彼女の尾行はお世辞にも上手いとは言えないから、諦めきれずに尾行を続けたとしても分かるはずなんだが」
「宿屋の主人は、外出を続けていたと言っていたが?」
「だからこそあの時、ここで別れた後にグリーフィアに何か遭った可能性が高いと踏んでいる」
 アレクシアスとライナスは会場を往復する馬車の集まる発着場で、似顔絵を頼りに御者達にグリーフィアの事を聞き、その足取りを調べた。
 Wカップ会場にはウィルのみならず、六分国の貴族が数多く招待される。貴族に仕える侍女達が一緒に来ている事も多く、グリーフィアはその中に埋没してしまっていた。
「貴族が多ければ、侍女が一人で歩いていても、話し掛けられても、違和感はないか‥‥」
「いや、グリーフィアがそれなりに知名度のある貴族と接触していれば話は別だろう」
 一向に捗らない聞き込みに、アレクシアスは聞き込みの方法を変えようか思案する。そこへ有力な目撃情報を聞き込んできたライナスが戻ってきた。

「ちょっと聞いてよ! ボボガさんったら一方的なんだよ!」
「は、はぁ‥‥」
「【ライトニングナイツ】のメンバーを集めて、ゴーレムチャリオットレースが盛り上がったらゴーレムグライダーくれるって約束したから、あたし達スィーツ・iランドinウィル店は【ライトニングナイツ】の応援をしたのに、いきなり『ヤクザ者紛いの行為』とか言い出すし!!」
「玖留美さん、落ち着いて下さい」
「これが落ち着いてられますかっての! しかも、たこ焼き屋の屋台とかに出資し始めて、うちを潰しに掛かろうとするし。こっちの方がボボガさんの事を聞きたいわよ〜」
 レイとシャリーアは『スィーツ・iランドinウィル店』を訪れ、店長の九条玖留美(ez1078)からボボガ・ウィウィ男爵について聞こうとしたところ、逆に玖留美に泣きつかれてしまう羽目に。
 スィーツ・iランドinウィル店はケンイチ達が訪れる予定だったが、グリーフィアの目撃情報を追っていたレイとシャリーアは、彼女がボボガと会っていたらしいという情報を耳に挟んだ。流石にジャイアントの貴族は目立つようだ。
 ボボガは、ゴーレムチャリオットレースのチーム【ライトニングナイツ】のチームディレクターだ。レイは【フォレストラビッツ】、シャリーアは【ソードフィッシュ】のメンバーだったので、ボボガの事は顔を見た事がある程度だった。そこで、スィーツ・iランドinウィル店が【ライトニングナイツ】を応援していた事を思い出したシャリーアは、玖留美に話を聞きに来たのだ。
 しかし、玖留美も念願のゴーレムグライダーを手に入れた辺りからの、ボボガの豹変には戸惑っていた。一方的にスポンサーを打ち切り、しかもスィーツ・iランドinウィル店を潰しに掛かっているという。
 開店を間近にしながら、未だにスィーツ・iランドinウィル店が開店できないのにはそういう理由があった。
「ボボガ男爵の豹変ですか‥‥ボボガ男爵がグリーフィア嬢と会っていたのでしたら、調べてみる必要がありそうですね」
「ウィウィ男爵領までなら、カティア殿が借りているフロートシップで一日で行けるな」
「ですが、突然豹変した、という点が気になります。ウィウィ男爵領へ行くには皆の意見を聞いた上で、相応の装備を調えた方が良いかも知れません」
 カティアがエーロンより貸し与えられたフロートシップは、いつでも出港可能だ。しかし、艦載機であるキャペルス四機とバガン四機は降ろしてあり、搭載するには時間が掛かる。
 いずれは調べに行く必要がある、とレイとシャリーアは思っていた。

●嘲笑
 エリーシャは愛犬エドに、蒼威は愛犬雪鮫と奏に、それぞれ宿屋に残されていたレベッカとグリーフィアの衣服を拝借して嗅がせ、二人の臭いを追跡していた。
 二人は港へ向かっていた。月道はカティアが一度調べた事もあり再確認となったが、やはり月道の管理人はレベッカもグリーフィアも見ていなかった。
「グリーフィアさんってさぁ」
「はい」
「エリーシャさん達の話を聞く限りだと、明らかに“そっちの人”だよな」
「‥‥すみません、“そっちの人”、というのは?」
「つまり、その、なんだ、同性愛者って事だよ」
「‥‥グリーフィア殿はレベッカ王女殿下に、主君への親愛の情以上の想いを抱いていたきらいは思い当たります」
 蒼威の言いたい事が本当に分からず、エリーシャは真顔で聞き返す。流石に蒼威も真顔で返されると戸惑ってしまう。
 とはいえ、そこは同じ女性であり、主君に仕える鎧騎士。侍女との多少の差違はあるにしても、エリーシャはグリーフィアのレベッカへの想いを、それなりに感じ取っていた。
 犬を連れてしゃべりながら歩く姿は、散歩のようにも見える。エドはほとんど反応を示さなかったが、雪鮫と奏はグリーフィアの臭いを追跡して港までやってきた。
「やはりグリーフィア殿は海路を使ったのでしょうか?」
「海路とは限らないだろう。ここに荷が集められるから、陸路という選択肢もある」
 エリーシャはハンの国やランの国へ向かう船を、蒼威は荷馬車を探そうとしたその時だった。
「私を探している鎧騎士がいると小耳に挟みましたが、エリーシャ様でしたか」
「グリーフィア殿!?」
 辻を一本入った人気のない路地で、エリーシャは探しているグリーフィアに呼び止められた。
 一見、何事もなかったかのような、先日会った時と同じ侍女の出で立ちだ。
「ご覧のように私は元気ですし、レベッカ様も私との二人きりの今の生活を大変享受されております。ご心配をお掛けした事は深くお詫びいたします。この件はお取り引き下さいませ」
「おいおい、一ヶ月以上も行方を眩ましていて、“元気”はないだろう?」
 グリーフィアの物言いに蒼威は呆れつつ、長弓「鳴弦の弓」の弦を掻き鳴らす。
 しかし、グリーフィアに変わった様子はない。
「そのご様子ではお取り引き願えないようですね‥‥私とレベッカ様の仲を引き裂くというのでしたら!!」
「!?」
 グリーフィアは鋭利なナイフを取り出すと、エリーシャへ振りかぶる。咄嗟に眼のある剣を抜き、その切っ先を受ける。
 間近で見ると、グリーフィアの瞳は赤く妖しく爛々と輝いているのが分かった。
「レベッカ王女殿下を本当に慕うなら、目を覚まして下さい! あなたの想いと真心を他者に利用されてはいけません!!」
「何を知った口を! 私がどれだけレベッカ様をお慕いし、恋い焦がれ、一人の女性として愛し、その想いを募らせてきたか、あなたには分からないでしょう! 今のレベッカ様は私のもの! 私だけのもの!! 誰にも渡さない!!!」
「手荒な真似して済まないが‥‥」
 グリーフィアの意識がエリーシャに集中している隙に、駆け付けたアレクシアスがサンソード「ムラサメ」の峰打ちを彼女へ叩き込む。グリーフィアは軽く呻きながら気を失い、エリーシャへ崩れ落ちる。
「正気でない様子だが、鳴弦の弓の音に反応しなかったところを見ると、取り憑かれていた訳ではないようだ。操られていただけなら、これで正気に戻ればいいが」
『その程度で戻る感情の高ぶりと思ったか?』
「嗚呼、グリーフィア殿!?」
 シャリーアが気を失ったグリーフィアを寝かせようとすると、どこからともなくコールタールのような唾が彼女に吐き掛けられる。グリーフィアはそれが掛かった足下からたちまちコールタールのような唾に覆われゆく。
 エリーシャは為す術もなく、グリーフィアが塗り固められてゆく様を見るしかない。
 そこには鷹の翼を背に宿した牡牛が、文字通り二足で立っていた。190cmを越える長身のアレクシアスより更に半身高い。2.5mはあるだろう。
「カオスの魔物ですか!」
『我が名はザガム』
 その姿はまさに異形、まさにカオスの魔物と呼ぶに相応しい。レイが霊刀「ホムラ」を、セオドラフがサンショートソードとシルバーナイフを、ライナスがサンソードとミドルシールドを構えて包囲する。
(「グリーフィアには悪いが、シャッターチャーンス! 選王会議も近いし、カオスの魔物が王都に潜入している証拠として、後々使えるかも知れない」)
 エリーシャはライナス達の包囲網から一歩離れ、完全に冷たく固く塗り固められてしまったグリーフィアの身を守っている。シャリーアは彼女の背に隠れて密かに聖なる釘を発動させ、その傍らで蒼威が携帯電話のカメラ機能でザガムの姿を撮る。
(「このザガムとかいうカオスの魔物相手に、ゴーレム無しはきついかもしれない」)
 ライナスはザガムからプレッシャーを感じていた。ザガムの実力はアレクシアスと同等くらい。認めたくはないが、この中で渡り合えるのはアレクシアスとエリーシャくらいかも知れない。
「これならどうです!」
 ケンイチがシャドウバインディングを唱えるものの、ザガムは抵抗したのが効果を発揮しない。
 それを皮切りに、シャリーアがキューピッドボウで援護射撃をし、それに合わせてセオドラフ達が波状攻撃を仕掛ける。シャリーアの矢とセオドラフの切っ先はかわされたものの、アレクシアスとライナス、レイは一太刀ずつあびせる。手応えがあったが、続く二太刀目は効いた様子はない。
(「コンバットオプションを使う余裕はなさそうですね」)
 ザガムの反撃は、レイとライナスに綺麗に蹄が入り、二人はその重い衝撃に仰け反る。
『その小娘はシュトリィによって欲望の赴くままに行動している。シュトリィを倒さぬ限り、元に戻る事はない』
 ザガムはわざわざ種明かしをし、シャリーア達が悔しがる様を喜んでいるかのようだ。
 ケンイチはアレクシアスにアゾットを、セオドラフに高貴なる者のレイピアを渡し、二人は武器を換えて攻撃するものの、やはり二撃目からは手応えが無くなってしまう。一度食らった攻撃は二度目は効かなくなるようだ。
『策が尽きた、というところか。その我の唾は、我を倒すか、一旦火を付けて水を掛け火を消せば元に戻るが‥‥果たして小娘が耐えられるかどうか。どちらにせよ永久にそのままだ』
 やがてザガムの姿はうっすらと消え始め、最後には羽音だけを残して気配が消えていった。
「ザガムが言っていたシュトリィというのも、おそらくはカオスの魔物の仲間だろう。ザガムがあれだけ強かったんだ、シュトリィまで相手にする事になったら、それこそゴーレムを出すしかないか‥‥」
 携帯電話をしまいながら、蒼威はザガムが飛び去ったであろう空を見上げながら呟いた。