●リプレイ本文
●囮班と攻撃班
問題の遺跡より少し離れたところの発掘者用の小屋に、冒険者達は一度下ろされ、遺跡の管理を任されているジョン・ウォリングという恰幅の良い中年男性と対面していた。
「まったく、とんでもないことですよ。あの遺跡の謎が解明されれば、この大陸の歴史に一歩近づけるというのに‥‥」
このジョンという男は、遺跡の宝よりそこから明らかにされる過去の真実のほうに興味があるようだった。
いつの間にか遺跡に住み着いていたカオス。
そのことに考えを巡らせていた毛利鷹嗣(eb4844)は、呟くように思い浮かんだことを口に出した。
「遺跡で何かを守ってる‥‥とか?」
「守るために襲うのに都合の良い場所に誘い出すというわけですか」
「人並みの知能があるのよね。どんなふうに接触してくるかはわからないけど、下手すれば格好の餌食か‥‥」
ピノ・ノワール(ea9244)とマリー・ミション(ea9142)は鷹嗣の呟きにそれぞれカオスの出方をいくつか想定した。
下りた沈黙を破ったのはヴェガ・キュアノス(ea7463)のバシッとしたセリフだった。
「誘惑に駆られるほうも駆られるほうじゃが、害にしかならぬ魔物はサクサク退治せねばの」
一見脳天気に聞こえるが、推進力のある言葉でもあった。
ため息をつきながら面倒くさそうに頭をかくシン・ウィンドフェザー(ea1819)。
「‥‥どうにも搦め手ってのは苦手なんだが‥‥そうしなきゃ誘き出せないってんなら、しゃーないわな」
しかしそういう彼は囮発掘班と攻撃班に分かれる時、囮発掘班に名乗り出た。
「では私はスクロールでも用意してメモをとるフリでもしていましょう。力仕事には向いてませんからね」
そう言って、シルバー・ストーム(ea3651)は遺跡の中に持ち込む荷物の中にアイスチャクラとライトニングサンダーボルトのスクロールや筆記用具などを詰め込んだ。
話し合いの結果、囮発掘班にはシン、シルバー、ヴェガ、マリー、ピノ、リュード・フロウ(eb4392)、異腕坊苦海(eb9586)の七人が組み、攻撃班にはオルステッド・ブライオン(ea2449)、イコン・シュターライゼン(ea7891)、ディアドラ・シュウェリーン(eb3536)、大谷由利佳(eb9926)、鷹嗣の五人が組むことに決まった。
「統夜さんはどうするの? 捕縛の必要もあるし、一緒に攻撃班のほうにしない?」
どうするのと聞きながら攻撃班のほうへ統夜を引っ張るディアドラ。セリフの後にはハートが見え隠れしている。
それを苦笑で見やりながらオルステッドが統夜に尋ねた。
「‥‥ところで、誘き寄せや足止めに使いやすい魔物はいるかな」
統夜はわずかに渋い表情になる。
「遺跡に傷を付けてはいけないのだろう? ‥‥せいぜいウルフで正体をあらわした魔物の足止めぐらいだな」
「戦闘においてはサポートに回るということだな?」
統夜は頷いた。
彼はもとより攻撃班に加わるつもりでいた。
統夜と一緒に行動できることでご機嫌になったディアドラだったが、何もそればかりに気を取られているわけではない。彼女は今回のカオスについて予想を巡らせた。
「リリスみたいな感じのカオスなのかしら? 油断を誘うなら子供や愛らしい小動物に化けるのがいいわよね」
「最近カオスに関する依頼が増えていますし、たいして強くないとしても気は抜けませんね」
「イコンさんの言うとおりね。囮班は特に注意が必要よ。魅了や催眠みたいな攻撃をしてくるかもしれないし。ところで、今まで被害にあった人達は個人行動だったのかしら? それとも団体行動?」
ディアドラはくるりとジョンを振り返る。
「ほぼ個人狙いのようでした。多くても三人です。‥‥あの、無理を承知で申し上げますが、くれぐれも遺跡を傷つけないで下さいよ。砕いたり溶かしたり粉微塵にしたりなんて、やめてくださいね‥‥」
頼りになる冒険者という噂以上に、彼らの通った後には破壊が待っているという噂のほうが、ジョンの耳には強く伝わっていたようだ。
そんなジョンを無視するように由利佳が仲間達を促した。
「そろそろ行きましょう‥‥お金のために」
最後に付け足した言葉に、ジョンは哀れなほど青くなりながら冒険者達を見送った。
●発掘と警戒
石材を積み上げてできた、神殿だったと思われる建物の残骸。もとは見上げるほど高い天井があったのだろうが、今はあちこちが崩れ落ち、遺跡内部は光の帯でまだらに照らされている。かつての人々の温もりを感じることはできず、気の遠くなるような時間が流れたことだけを訪れた者に伝え、全てが寂しく風化していた。
「適当に二つに分かれましょうか。ジョンさんは襲われた人は多くて三人と言ってたし。わたくしとピノさんは別になったほうがいいと思うわ」
そう言ったマリーは、リュード、苦海、シルバーと組んだ。
これまでの調査から、何かありそうな箇所を記した地図を二枚、冒険者達は預かっていた。
マリー達の姿を確認しながらシンは地図に目を落とし足を止める。
「このへんでいいか」
それでは、とピノは自身の体から黒い光を放ちデティクトライフフォースを張り巡らせた。
「万が一おぬし達がおかしくなっても、わしが正気に戻してやろう」
「手首をほぐしているのは、その万が一の時には拳で正気に戻してくれるつもりだからか?」
「いやいやいや、そんな乱暴はせぬよ」
「ヴェガさん、私達の目を見て言ってください‥‥」
シンとピノにじっとり見られたヴェガだった。
同じくもう一枚の地図を預かるマリー達も準備に取り掛かっていた。
「これからわたくし達に声をかけてくる見知らぬ人達は、全て疑った方がいいわね。そうでなくても、音、匂いや幻覚とかの五感に訴えてくる誘いもあるはず。何か感じたらささいなことでも報告しあおう」
マリーの言葉にリュード、苦海、シルバーは頷いた。
「定期的に合言葉なんか言うのもいいかもしれませんね。あとは‥‥いっそ、こちらから敵さんを誘き寄せるとか」
「何かを見つけたフリをする、とかでしょうか?」
リュードの案に答えつつ、メモ用紙とみせかけたスクロールを取り出すシルバー。
「騙された、とカオスにバレた時にしっかりした対処が必要ですね。ピノさん達と呼吸を合わせたほうがいいかもしれません。攻撃班もこちらがバラバラでは動きにくいでしょうし」
なるほど、とリュードは苦海を見上げた。
そしてリュードはこのことをピノ達に伝えに行った。
いつ実行するかはリュード達が決め、合図をするので時々こっそりこちらの様子を見てほしいと告げると、ピノ達は頷き返した。もちろん、本当に何かが見つかった時は声でそれを伝えるのだが。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。
実に平和に遺跡調査は進んでいた。マリーとピノの探知魔法にもネズミ一匹引っかからない。逆に言えば、小動物一匹もいないことが、この遺跡の危険性をあらわしていると言える。
それにしても、と囮発掘班の面々は思った。
こんなに静かな中、攻撃班は眠くなってやしないだろうか。
いやいやまさか、と思いつつリュードはハケで地面を払う仲間達に目配せをした。
もうだいぶ時が経った。そろそろ作戦実行をしてみようかという目だ。これで何も起こらなくてもいい。また作業を始めるだけなのだから。
マリーが頷くと合図係の苦海はピノ達の様子が見える位置にさりげなく移動した。
数分後、体をほぐすフリをしてマリー達が見えるところまで出てきたシンに、苦海は『自分の頭をなでる』という合図を送った。
リュードが声を発した。
「わあー、とんでもないものを見つけてしまったー! どうしよー」
すっげぇ棒読み!
と、全員に心の中で叫ばれる。果たしてこんなんで魔物は引っかかってくれるだろうか。
不安になったその時、何故か攻撃班のほうから切羽詰ったような話し声が聞こえてきた。
●追いつめろ
「何ですって!?」
思わず声を大きくしてしまったのはイコン。
攻撃班の前には、汗だくで涙を浮かべた顔面蒼白のジョンがいた。
彼が息切れの間に告げたことは攻撃班にとって予想外のことだった。
冒険者達が遺跡に行った後しばらくすると、別の遺跡発掘人二人がやって来た。ジョンは事情を話し、しばらく待ってくれと言ったのだが、彼らは危険を感じたらすぐに逃げるから、と出かけてしまったのだ。
そして、はらはらしながら待っているジョンの元へ、遺跡発掘人の片割れが命からがらといった様子で駆け戻ってきたのだ。
最悪の事態になってしまった、とジョンは戻ってきた彼を小屋に残し、このことを冒険者達に知らせるために危険を承知でここまで来たのだと言う。
「それじゃあもしかして、魔物は別のところにいる‥‥?」
「遺跡発掘人は入り口に近い分かれ道の一つで襲われたと言ってました。‥‥その、被害にあわれた方の側に、まだいるかもしれません。私が、囮の方達に伝えに行きます」
早口に申し出たジョンに冒険者達は頷き、襲われた人の様子を見に向かった。
囮班でジョンから近かったのはピノ達だった。
彼はイコン達に伝えたことと同じ内容を話すと、息つく間もなく最後のグループ、シン達のところへと走り出す。
「なんと、そんなことが。‥‥おや、おぬし怪我をしておるではないか。見せてみよ」
話を聞いて目を丸くしたヴェガだったが、ジョンが膝をすりむいていることに気付いた。
ジョンは恐縮しながらハーフパンツの裾を持ち上げ、傷口を見せた。
膝をつき、リカバーを唱えようとしたヴェガを見下ろしたジョンの双眸が、突如凶暴な光を放つ。
ギラリと伸びた鋭い爪がうつむいたヴェガの首を刺し貫こうとした瞬間、どこからか飛んできた短刀がその手を弾いた。
バランスを崩したジョンを蹴飛ばしたシンが、すかさずヘキサグラム・タリスマンで結界を張った。さらにシルバーが二種のスクロールを構える。
短刀を飛ばしたのはオルステッドだった。彼は不敵な笑みを浮かべながらジョンを見ている。
ジョンは、いやジョンだった魔物は喉の奥でうなるとみるみるその姿を変えていった。
「ワーウルフか」
オルステッドの指摘とおり、魔物は人間の体型をした狼になった。小太りで背も低かったジョンの面影はなく、二メートル近い凶暴な巨体があった。
「追いつめられたのは、あなたのほうだったわね」
妖艶に微笑んだディアドラは、その言葉を宣戦布告代わりにアイスコフィンを放った。
しかし、ワーウルフは意外に素早い動きでそれをかわした。
にもかかわらず、ディアドラの唇は弧を描く。
ワーウルフの着地点を狙い、すでに鷹嗣がホーリーの詠唱を終えていたからだ。
無理矢理体をひねってホーリーをかすらせる程度でやりすごしたワーウルフだったが、体勢を崩した隙を放っておくような冒険者はいない。
シンから落ちていた短刀を投げ渡されたオルステッドはしっかりとそれを受け取り、もう片手に同じ短刀を握り締めて斬りかかった。
イコンと由利佳も加わったが、ワーウルフに決定的なダメージを与えることはできずにいた。
小さな傷ならすぐに治ってしまうのだ。さらにその異常な身体能力を生かして、冒険者達に囲まれそうになると彼らを盾にするような位置に移動するため、うかつに攻撃もできない。
「魔法のほうが効果ありそうですね」
呟いたピノの肩を誰かが軽く叩いた。振り向くと統夜がいた。
彼はワーウルフと接近戦を繰り広げているオルステッド達の向こうをそっと指差す。そこには穴のあいた天井から光の帯が差し込んでいた。
視線を巡らせるピノがディアドラの手にあるスクロールで目を止めると、統夜の意図に気付いて頷きを返した。
統夜はこれをワーウルフに気付かれないように、攻撃班の魔法攻撃組に伝え、ピノは接近戦組に教えるためにリュードに頼んだ。
隠していた武器を抜き加勢に走ったリュードは、視線とワーウルフの攻撃を回避する方向で作戦を伝えた。
魔法で援護をする者達も細心の注意を払い、目的地点へワーウルフを追いやっていく。
そして、ワーウルフが冒険者達の狙いに気付いた時には、もう手遅れだった。彼が天井から差し込む光の下に立った瞬間、ディアドラのシャドウバインディングが影を縫いとめ、鷹嗣のコアギュレイトが体をがんじがらめにした。
なす術もなく転がったワーウルフは、決定打は受けていないとはいえ傷だらけだった。対応するように、接近戦組も似たような状態だったが。
観念したワーウルフが首を落とされる前に、と冒険者達に最後に問いかける。
「何故、オレが嘘をついているとわかった?」
ジョンとしてここに駆け込んだ時のことだ。
マリーが柔らかい物腰の中に毒を含ませて言った。
「わたくし達と接触する生き物全てを、最初から疑っていたからよ」
ワーウルフは負けを認めて目を閉じた。
進み出た統夜によって、ワーウルフはとうとう吸引されたのだった。
しばらく後になって、本物のジョンが遺跡周辺の森の中で無残な姿で発見された。
●帰ってきた小屋で
いつものように目隠しされて王都まで戻ってきた冒険者達は、ヴェガの「発掘されたというティアラを見てみたい」という言葉に乗ってミハイルの小屋へ立ち寄った。
好きなだけ見ていくがよい、と上機嫌で冒険者達を迎えたミハイルは、客人のもてなしのためキッチンへ行ってしまった。
触ってもいいと言うので冒険者は一人ずつ煌めくティアラを手に取ろうとするが、これがティアラの常識を破るような重さだった。
いったいこれは何なんだ、と口々に騒ぐ仲間達を横目に、ディアドラはおもしろそうに彼らを見ている統夜の腕をつつく。
「天界人の間では、ばれんたいんというイベントがあるって聞いたわ。私も見よう見真似で作ってみたの」
微笑みながら差し出したのは、手のひらほどの綺麗にラッピングされた箱。
全く予想外だったのか、統夜の口がパカッと開く。それから何故かとても不審そうに箱を凝視した。
どうしてそんな顔をするのかディアドラには理解できなかったが、とりあえず受け取ってもらえたのは嬉しいことだった。
そんな統夜の頭の中はというと。
‥‥この世界にチョコレートなんてあったっけ?
こんなピントのズレた頭の持ち主にディアドラの気持ちが届く日は来るのか?
二人の間に微妙な空気が流れていた時、ティアラを囲んでいた仲間達から驚きの声が上がった。
「‥‥いったいどこが重いのじゃ?」
きょとんとしているのはヴェガ。彼女の細い腕は、まるで羽でも持ち上げるようにティアラを持ち上げていた。
「ま、まさか、選ばれた‥‥?」
目をまん丸にしたミハイルが言いかけた瞬間、ティアラが閃光を発し、ヴェガの体内に吸い込まれるように消えていったのだった。