私のエアルート〜揺れ動く愛の雲間

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:15人

サポート参加人数:6人

冒険期間:02月23日〜02月28日

リプレイ公開日:2006年03月02日

●オープニング

 腰にレイピアを下げた女騎士。服装からしてウィルでは無い。それが騎士学校の門を潜り廊下を進んで行く。
「‥‥いい女だな」
 生徒達が見とれる中、女騎士は校長室の扉を叩く。
「誰だね‥‥おお! カイン君には逢ったかね? いや。何年ぶりだろう?」
「エルム殿やトゲニシア殿と欠地卿の船に同行してからですから、もう八年程になる。ご老体もお変わり無いようで」
「君こそ、正騎士となり部下を率いているとか。実に立派になったものだ」
 暫し昔話。やがてそれが落ち着いた頃。
「書簡は頂いて居る。御国ではドワーフを集めて、盛んに鉱山開発をしているそうだが、何でもどえらい物を創っているそうだな」
 この話自体は機密ではない。以前より外交ルートを通じて提示されているものだ。
「元より、ウィルを侵す能力は無い。だが、噂に聞くドラグーンをも撃退出来るだろう。我が国で戦えば我らが勝ち、ウィルで戦えばウィルが勝つ。後は操縦者次第だ」
 こともなげに女騎士は言う。実力に裏打ちされた自信だ。
「ププリエ卿。その結果を見たくない物だな」
「ああ。抜かずの剣こそ我が国の誇りだ。だが、いまゴーレム操縦技術が進んでいるのは開発国であるウィルだ。飛行論理も今は一番進んでいる。暫し世話になるぞ」
「委細承知した。ここに担当のドイトレに紹介状を用意しておいた。融通の利かぬ男だが信頼できるし、腕は確かだ。中級課程から戦闘実習が入る。これに加わるといいだろう」
「済まぬな」
 ププリエは会釈して部屋を後にした。

 教官のスケジュールの都合が着き、ギルドにゴーレムグライダー講習の案内が掲げられた。講習期間の食事は出るし、成績優秀者には報奨金も出る。乗り手に為りたい者からするとかなり割りの良い募集だ。そして、募集の公示は以下のように結ばれていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 なお、今回より実習は以下の内容と成る。

・初学者
 体験飛行と基礎訓練。
・航空候補生
 基礎訓練と単独飛行訓練。
・上級資格者である航空伝令候補生、航空騎士候補生、並びに航空弓手候補生
 基礎訓練・戦闘訓練・予備教官として初心者体験飛行に同乗。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

●今回の参加者

 eb4039 リーザ・ブランディス(38歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4145 神凪 まぶい(25歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4248 シャリーア・フォルテライズ(24歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4271 市川 敬輔(39歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4326 レイ・リアンドラ(38歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4340 サトル・アルバ(39歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4381 ザナック・アレスター(33歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4454 エトピリカ・ゼッペロン(36歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4578 越野 春陽(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 eb4603 紅 雪香(36歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

アレクシアス・フェザント(ea1565)/ ソウガ・ザナックス(ea3585)/ アハメス・パミ(ea3641)/ アレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)/ 紅 雪香(eb4060)/ シュバルツ・バルト(eb4155

●リプレイ本文

●チの国の騎士
 冬の疾風のように、張りつめた雰囲気。横を通り過ぎるリューズ・ザジ(eb4197)は何かに魅かれて省みると、高貴な涼しい目をした女性が一人。
「格納庫はここか?」
 短い質問。
「あ、はい。こちらです」
 思わず使う敬語に、我ながら驚く。こう言っては失礼だが、どこかのプリンスと言った趣もある。

 さて、今回も数多の生徒が集った。ある者はこれからの為にと顔つなぎの為に。ある者は仕える主からの大きな期待を背負って。思い思いに訓練の時を待つ者達の様子は人それぞれだが、真剣な、ぴりぴりと張り詰めた空気が漂っていた。そんな中、
「宜しくお願いしゃ〜す!」
 そんな少々場違いなノリでやって来て、しかもわくわくする気持をまるで隠そうともしない神凪まぶい(eb4145)は、相当に目立っていた。
「張り切ってるのね」
 声をかけたのは、越野春陽(eb4578)。もちろん! とまぶいが笑う。
「何て言うか、気持ち良さそうだからな。元の所じゃバイクを乗り回していたけど、何かが足りなくてなー。ゴーレムグライダーの存在を知ったときゃー、ビリビリと痺れたぜぃ」
 くーっと、拳を固めて感動を噛み締める。
「分かるよ。上手く動かせるかどうかわからないが、心躍るな」
 シャリーア・フォルテライズ(eb4248)も加わって、雑談は一層盛り上がる。と、エリーシャ・メロウ(eb4333)がやって来て、馬鹿丁寧に頭を下げた。
「共に学び舎の門を叩いた身、互いに精進致しましょう。鎧騎士として認められこそしましたが、未だ私は未熟。鍛錬の場を与えられたことに感謝しています。訓練から学ぶ以上に自己を研鑚し、実戦へ活かしたく。ウィルの国と民‥‥そして我が陛下の為、より有用なる騎士を目指して」
 顔を見合わせ、吹き出す一同。堅苦しいにも程があるが、皆、その真剣さを好ましく感じていた。表現の仕方こそ違え、ここに学びたい気持ち無くして来ている者などいないのだから。
「私はゴーレムニスト志望なの。でも、とにかく乗ってみない事にはね。このゴーレムライダーも自腹で準備したのよ?」
 苦笑しながら語る春陽に、なんだ姐さんも気合い入ってるじゃん、とまぶいが肘で突付く。
「鎧騎士にしろ、ゴーレムニストにしろ、色々な種類のゴーレムに乗る事は何物にも代え難い経験になるでしょうね」
 それに、と続けるジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)。
「いずれ部隊に組み込まれる事になれば、同期の皆様と機を並べる事になると思いますから。面識を作っておくのは無駄にはならないでしょう」
 なるほど、確かに、と一同感心。と、一瞬ざわめきが洩れ、瞬時に静まった。現れたドイトレに、お喋りの口を噤み、皆敬礼。彼は返礼と共にざっと講習生達を見渡す。
「皆に紹介しよう。こちらはチの国の鎧騎士、ププリエ・コーダ卿である。この度、ウィルに飛行技術を学びに参られた。普通は逢うことも出来ぬ人物故、竜と精霊の計らいに感謝するかせ良い」
「私はププリエ・コーダである。このたびお嬢様の命を受け、当地に参った。皆、宜しく頼む」
 お嬢様とはチの国の女王、ララエ・ヴィラの謂いである。自己紹介から始まる交わりに、暫し時間が確保された。
 会話の中。先にププリエと話を交わしたリューズなどは、すっかり恐縮して赤面。
「さ、先ほどは、ごご、ご無礼を失礼いたしましたっ」
 テニオハが混沌と化す程の狼狽だ。
 彼女はまだ良い。
(「あの方がコーダー家のププリエ卿‥‥! 名高き正騎士に間近でお会い出来るとは、滅多に無い機会。ひと言なりと言葉を交わすことが叶えば良い励みとなるのですが‥‥」) エリーシャに至っては、言葉を発する事も出来ず自己完結。それでもシャリーアのように勇気を出して話題を紡ぎ出す者もいる。
「私は魔法の箒で飛ぶ姿を竜に笑われた事がありまして‥‥。いま少し格好良く空を舞いたいのです。ププリエ卿。お国のゴーレムについてお聞かせ下さい」
 軍事機密もあるため詳しくは話せぬ。と前置きしてププリエは答える。
「ウィルでさえゴーレムに乗れぬ鎧騎士は多い。ましてチはこれから基礎を築いて行く所だ。だが、いかなる国とてチを侵せぬ護りがある。隣国全てを敵に回しても、決して負けはしない。少なくとも多大な犠牲無しに、シシェラを陥すことなど出来はしない」
 その余りにも自信に満ちた言葉に、興味をそそられたサトル・アルバ(eb4340)は。
「ウィルで戦えばウィルが勝ち、チで戦えばチで勝つとおっしゃられたそうですが。ウィルの新型ゴーレムは強いですよ」
 駄目元でかまを掛けてみた。
「普通の剣では、微塵も傷つけることすら能わぬ物が間もなく完成する。一分国を買い取る程に高価で、しかも乗り手を選ぶ故、他国を侵す力こそ無いが最強のゴーレムとなるだろう」
 ここまでは、国防のために隣国に通達している範囲。
「でも、チの国は中立国と聞いてます。そんな強い武器が必要なんですか?」
 天界人の富島香織(eb4410)が素朴な疑問。ププリエは微笑む。代わりに答えたのはエトピリカ・ゼッペロン(eb4454)であった。
「中立国とは、隣国全てを敵に回しても負けないだけの実力が要るのぢゃ。さもなくば、野望を持った者が簡単に侵略を始めるじゃろう。平和を保つためには戦争の用意が必要なのぢゃ。仮令一生抜かずとも、腰の剣を錆びつかせるのは愚か者と言うものじゃな」

●初飛行
 直ぐに訓練は始まる。
「よく来た」
 と、経験者として教官の補佐を担うシャルロット・プラン(eb4219)、市川敬輔(eb4271)と共に、早速、訓練用のゴーレムグライダーを用意し始めた。
「見ての通りの2人乗りです。まずこれで、飛ぶ感覚を体験して頂きます」
 シャルロットが説明をする。機体は2機。まずは初学者全員、ドイトレかシャルロットの操縦のもと、飛行を体験する事になる。最初に指名されたのは、レイ・リアンドラ(eb4326)とリーザ・ブランディス(eb4039)。緊張の面持ちで進み出る彼らに、声がかかった。
「へへっ、習うより慣れろって言うし、まぁ楽しくいかせてもらおうぜぃ」
 あくまで前向きな、まぶいである。

 初飛行は自分で操縦する訳では無い。いわば遊覧飛行のお客さんなのだが、それでも全身を風に晒して飛ぶ感覚は独特のもので、驚きと感動を与えずにはおかない。しかも。
「少し、自分で飛ばしてみましょうか」
 いきなりシャルロットに指示されて、さすがのリーザも動転した。これは、ドイトレからの指示である。それで生徒がどういう反応をするかを見る訳だ。
(「あんま恥ずかしいところは見せたくもないけど、上手くなるためにゃあ恥も掻き捨て、かね」)
 最初から上手く行くはずも無いと割り切って、リーザは思い切って挑んでみる。
「精神を集中して。馬の手綱を操るイメージで」
 アドバイスされるのだが、コントロールが移った途端、機体は横滑りを始め、風景があらぬ方向に流れ出す。すぐにシャルロットが助け、事無きを得たのだが。心と全身の動きを以って思うがままの動きを実現するゴーレムグライダーは、恐ろしく繊細だ。
 一方、レイは。
「凄いですね。これが竜や鳥達の視点ということですか‥‥」
 眼下に広がる風景に、彼は只々、見入るばかりだ。その事に、理屈では無く、自分の感性が身震いしているのを感じる。監視者でもある偉大なる竜は、人が大空を駆ける力を得たことをどう思うだろう‥‥と、そんな心配まで浮かんでくるのだ。
(「このグライダーは新たなる人の可能性。ウィルの民を守るための力にもなりえるのです」)
 彼の逡巡を感じ取ったか、ドイトレが叫ぶ。
「軽く宙返りしてもしてみようか。恐ろしければ無理にとは言わないが!」
「‥‥いえ、是非お願いします」
 よし、とドイトレ。天空に向かって舞い上がる機体。逆転する天地。レイの頭から、細々とした考えが吹き飛んだ。
 着陸後。シャルロットに感想は? と聞かれたリーザは、
「やっぱり、いきなりで思い通りにはならないね。地道に、基礎訓練をみっちりやる事にするよ」
 飛ぶ楽しさと恐ろしさに、まだ手が震えている。だが。
「楽しかったよ」
 それは偽らざる本心だった。シャルロットは彼女の評価に、適正あり、と書き込んだ。
 様々な考えの者が集まれば、衝突する事もある。
「あんな真似をして、何かあったらどうするつもりです!」
 カンカンに怒る教官補佐2人。しかしサトルも引き下がらない。
「ゴーレムグライダー乗りの底上げを図るには、少しづつでも違った事を試してみるべきなんじゃないか?」
「あんたよかグライダーについて詳しい奴が、それをやるなと言ってるんだ。もしもの時には、あんた1人だけの責任じゃ済まないんだぞ」
 それに、と言いかけて、サトルは後の言葉を飲み込む。火花を散らす彼らの頭を、ぐしゃぐしゃと掻き回してドイトレが割って入った。
「真剣なのは結構だが、その辺りにしてもらおう。サトルよ、そういう事は十分に熟達してからにするべきだ。己がまだ未熟である事を認識しろ。お前達も。物を教える立場の教官が怒鳴ってどうする」
 ドイトレは彼らの肩を叩き、そして、シャーリアに最終日の訓練を終えた直後に事務室に来るよう指示を与えた。

●基礎訓練
 初飛行を終えた初学者は、まずは基礎訓練から始める。飛ぶ事に関しての知識経験を持たない香織は、球と板を使ってのバランス訓練に取り組む事になった。ひたすらに青痣をつくるばかりの地道な訓練。文句も言わずそれをこなす彼女に、何故この学校に来たのか、とドイトレが問うた。
「私、この世界に来て初めて魔法が使えるようになりました。でも、魔法は決して万能では──」
 ひっくり返る。あいたた、と身体を摩りながら自分で板を球に乗せ、再挑戦。
「万能では無い事を知り、り、り、自分がこの世界で生きるためにはどうすればいいのか、様々なことを試みようと──ふう。才能が無いなら仕方ありませんが、やる前から諦めてしまいたくはないので」
「才能のない者など無いものぢゃ。諦めるのは早すぎるのう」
 そう言うエトピリカも二度目の講習ながら基礎練習組。ゴーレム操縦も未だ未熟故、なかなか飛行訓練には移れないのだ。しかし諦めぬ。
 忙しいドイトレが去っても、黙々と取り組む彼女達である。

 航空に関する知識のある者達には、篭の鳥の訓練が指示される。木で組まれた大きな球形の籠の中に、ゴーレムグライダーの模型がある。これに乗り、他の者がぐるぐると不規則に回すのだ。
「普通に飛んでるだけなら問題は無いが、戦闘行動になったら機体の姿勢にまで注意をはらわなきゃ、確実に墜落が待ってる。騎士同士の戦いならばそんなことは少ないだろうが、魔獣相手とかだとルールは無いぞ。どんな時でも常に上を意識しとくんだ」
 盛大にぶん回され、ようやく解放された紅雪香(eb4603)の顔は真っ青だった。敬輔のアドバイスも届いていたかどうか。
(「うう、元の世界に帰りたいよショウちゃん‥‥」)
 せっかくの可愛いリボンもヨレヨレ。思わず弱音も出ようというものだ。
「大丈夫ですか? 吐きたいなら用意を。少し休みますか?」
 てきぱきと世話を焼くエリーシャに、礼を言いながらも雪香は自分で立つ。
「大丈夫です、続きをさせて下さい」
 何のために、ここに居るのか‥‥自分が出来る事を精一杯やりたい。そんな気持が彼女を支えていた。乱れた身嗜みを整えると、微笑んで見せる余裕さえ生まれていて。彼女に十分な素質がある事は、エリーシャにも分かった。
(「負けない。絶対」)
 燃え上がる対抗心に、エリーシャは拳を握った。

●武器講座
 剣、ハルバード、ランス、スピア、そして弓矢。ゴーレムグライダーは馬なのだ。馬上で操れる物なら大抵は扱える。ソニックブーム等の技も同様だ。そう、ドイトレは断言する。
 ただ、今までゴーレムを操れ、同時に魔法を使える者が一人もウィルには居なかったため、ゴーレムグライダーでの魔法使用は試みられた事もない。今回初めて春陽が試みて、そのままでは実戦で役に立たない事が判明した。

「ふむ。敵味方共に高速で飛び回る以上、切り結ぶに都合良い間合いを保つのは不可能ですか‥‥」
 シャルロットは訓練飛行での感覚を元に結論する。実のところランス等ポールウポンと弓以外に実践で使えそうにないようだ。彼我共にホバリングして戦わない限り、接近しすぎればゴーレムグライダー同士の衝突、共に仲良く墜落と相成る。
「教官殿、航空騎士の使用するランスについてご教授お願い致します」
 ザナック・アレスター(eb4381)の質問に、
「手に持つランスは未だ従来品しかないが安心しろ。高空を飛ぶ場合モンスター相手ならば兎も角、現在ゴーレムグライダー以外に敵となるべき存在はない。条件は同じだ。しかし‥‥確かに普通のランスは重く、取り回しが難しい。騎士学校出である鎧騎士ならいざ知らず地球人には扱いかねる代物だ。今後ゴーレムグライダーに適った物に改良されて行くことだけは間違いないだろう。まだまだ手探りの状態だ。諸君に妙案は無いか?」
 さればとレイが進み出る。
「偵察の有効性はともかく、打撃力不足と言われるゴーレムグライダーの戦闘力の向上を図りたいと思います。騎馬と違い縦揺れが少ないグライダーならランスを支える支柱を設置し脱着可能な支点にすることで重量のある武器の取り扱いが楽になるのではないではないでしょうか。またクロスボウをグライダーの機首に固定してしまい、簡単な動作で操縦者でも発射できるようにならないでしょうか。単発ですし命中性の問題があるかもしれませんが、大型の魔獣などに対する攻撃手段があるだけでも違います」
 戦での使用を考えない辺りが、彼の志の高貴さであった。良くも悪くも騎士の規矩が彼を律している。ドイトレは満足そうに頷き
「そうだ。敵は高節な騎士ばかりではない。時には卑劣な行いも省みないエの国や、カオスの魔物からウィルを護るためにもどんどん建白して欲しい」
 満足そうであった。

 さっと春陽が挙手した。
「私は天界で設計をやっていたけど、機体の改良に加われないかしら?」
 本気の目である。ドイトレはそれを看た上で
「ゴーレム機器にする方法は本官も知らぬのだよ。知っているのはジーザム陛下の抱えるゴーレムニスト殿だけだ。特別な難しい魔法を使うことが出来なければ何もできない。恐らく天界とは物事の理(ことわり)が異なるのだろう。火薬と申す魔法の粉も、上手く作れなかったそうだ」
 つまりは開発に加わることは不可能に近い。と言うことだ。春陽はしょぼんとしながら質問を終えた。許可を貰って試みた飛行中の魔法使用も、グライダー制御が出来ずに墜落し掛かる始末。せめて瞬時に発動できれば可能かも知れないが、道は遠かった。
 ただ、収穫もあった。乗ってみて判ったことだが、飛行の原理はハリアーに近い。可変ノズルを動かして飛行やホバリングを行うのだ。エンジンにあたる風の精霊力を乗り手の精神で制御していると言う事だけが違うように思われた。

●単独飛行
「これならぎりぎり単独飛行は大丈夫だろう」
 最終日。ドイトレは雪香に進級を認めた。
 実のところ。ゴーレムグライダーをゆっくりと操ることは難しくない。ただ、ゴーレム機器は人によって動かせる時間の限界があり、それは前触れもなく突然現れる。勿論、馴れた者ならその前兆に気づけるが、経験のない者では文字通り突然意識を失うこともある。 これがバガンやフロートチャリオットなど、地上を動く物ならば、戦場でもない限り安全だ。単に動かなくなるだけに過ぎない。しかし、空を飛ぶ物は違う。動かなくなれば忽ち墜落だ。
「ゴーレムグライダーは高価である。しかし、それと同等に鎧騎士も貴重だ。とてもじゃないがひよっこレベルで死んで貰っては割りに合わん」
 天界人ならいざ知らず、鎧騎士を仕立てるには騎士学校の3年を経ねば為らない。カーロン王子の郎党であるドイトレにしてみれば、シャリーアのような腕の良いゴーレム乗りに、処士のまま落命されては敵わないのだ。よって、既に騎士学校で基礎の出来ている連中に対しても、過保護なほどに慎重に為っている。

 ノズルを動かし、風の噴射方向を調整する。驚くべきはこれらが全て機械ではなく魔法に拠るものなのだ。まだ力の加減が安定しない所為か? むやみに砂埃を立てて浮き上がるゴーレムグライダー。雪香はゆっくりと垂直に上昇しノズルを寝かす。それと共に前へ滑り出す。姿勢が安定せず波に浮かぶボートのように揺れる。だがこれは脚立に乗って作業しているくらいの感覚だ。スピードを上げるに連れ、不安定さは薄くなり、頬一杯に風を受ける。風の色は未だ冬の名残り。だがそれがとても心地良い。
(「ん〜‥‥。空を飛ぶなんて初めてなのになんだか懐かしい」)
 雪香は高度とスピードを上げ飛んで行く。そろそろ旋回。機体はドリフト状態で思うように曲がらない。空の上は障害物が無いから良いが、これで武器を振り回すのは大変そうだ。下手に近づけば衝突もあり得る。それでも乗っている内に直進とホバリングは様に為ってきた。雪香は魔法を試してみる。春陽はしくじったが自分ならどうか? まだ拙いが試してみたいのだ。覚えたてのライトニングサンダーボルト。
 印を結び呪を唱え、精神を集中‥‥‥。っと失敗。操縦しながらやる所為か? 墜落の恐怖の所為か? あるいは魔法の訓練が足りなすぎるのか? 魔法は発動しなかった。
 おまけに、何時の間にか機体が急降下を始めている。慌てて操縦に専念し立て直す。全ての技能を上げて行かないと無理のようだ。魔法を使いました墜落しましたでは話にならない。だが、この挑戦は全くの無駄では無い。今は未熟なだけなのだから。
 コースを一周して戻ると、下は騒がしかった。

●カインとエルムとププリエと
 チの正騎士たるププリエ・コーダの存在は受講生の中でも一際光った。
「素晴らしい! なんであんたが教官でないのか?」
 感嘆の主は敬輔。なまじ予備知識がないだけ素直な反応だ。
 正騎士とは一国に何人も居ないチャンピオンである。会戦で、最終的な決着をその腕で着ける屈指のつわもので、当然腕は立つ。
 彼らの行う最後の決闘は政治的な意味を持ち、劣勢側が勝てば敗戦は名誉ある撤退と戦争目的の自主放棄に代わり、優勢側が勝てばその勝利は決定的なものとなって、敗者は進んで勝者の臣下になるのが定法である。稀に敗北を認めず自らが死ぬまで戦う領主もいるが、それは特殊な例であった。
 つまり、アトランティスに於ける際限ない憎しみの連鎖を断ち切るための任を負い、平和と秩序を司る要職が正騎士なのだ。殆どの場合、領主や騎士団長を兼ねることが多い。
 そんな大層な話を知らない敬輔は、比較的気安く声を掛ける。
「ププリエ卿。既にウィルで学ぶことなど無いのでは無いようだな」
 ププリエは笑い
「私一人が出来ても、部下達に教えることが出来ないならば、団長として失格だ。理想を言えば騎士学校に預かって貰いたいが、他国の騎士を受け入れるなどあり得まい」
 騎士学校では門外不出の戦術や戦略を教え、ウイルの戦闘教義を叩き込む。さらにゴーレム関係はユースウェアも軍事機密なのだ。それゆえ団長自らが資格認定手段としての教習所に加わって、少しでも指導の仕方を学んでいるとの事。
「ププリエ卿。中立を以て国是とするチの国の鎧騎士であったな‥‥噂だが。ウィルで戦えばウィルが勝ち、チで戦えばチで勝つというからには、あの新型ゴーレムに迫る何かを創っておるのか?」
 単刀直入に聞くのはサトル。先のププリエの話は広まっているらしい。
「ああ。あいつを傷つけるのは、如何にウィルの技術の粋を集めた新型ゴーレムとて至難の業だ。少なくとも、乗り手が互角の腕ならば負けることはない」
 相当な自信である。ただ、ププリエは勝てるとは言わない。
「大きく出たな」
 ざわ。声の主の正体を知る鎧騎士達がざわめく。自然にププリエに至る人垣が分かれ、道が生まれる。
「エルム殿!」
 リューズの口から漏れる言の葉一つ。正騎士の一人エルム・クリークその人である。今日は、右の目に黒の眼帯。
「相変わらずだな」
 ププリエの声。二人の間を鋭い殺気が飛び交う寸毫の間。
「‥‥今日は私の負けだ。突きを切り落とされて肩を切られた」
「いや、そっちこそ。狙った首筋を外したな。斬れたのは肩の皮一枚だ」
 レベルが違う会話が為される。
「やぁ。何年ぶりでしょう?」
「ププリエ様、お久しぶりザマス」
 エルムに続くようにカイン・グレイスとトゲニシア・ラル。それぞれ騎士学校と貴族女学院の教官である。ドイトレも指導を中断して一礼した。

「教官殿! 試合をご許可下さい! これ程の達人と剣を交える等、得難き機会! どうかお願い致します!」
 堪らずザナックが試合を希望する。騎士である以上、自らの力を試してみたいのは性(さが)である。
「お三方次第だな。いかがかな? ププリエ殿、エルム殿、カイン殿」
 ドイトレが水を向けると、
「いいだろう。だが、俺の剣は甘くないぞ」
 エルムの答えに、
「いつまで騎士学生のおつもりザンス。ちゃんと手加減してやって欲しいザマス」
 木剣を用意させるトゲニシア。
「そうですね。試合は上達を知るには良い方法です」
 案外乗り気なカイン。
「挑んでくる以上一廉の者とみなす。手加減出来ぬ時は許せ」
 レイピアの先に木の玉を取り付けるププリエ。
 斯くして手合わせと相為った。

●飯綱
 ププリエはザナックに鎧を着せ、先に木の玉を着けたレシピアを構えた。
「私の流儀は、剣の先だけでは無く柄も護拳も鍔も使う。寧ろこのほうが危険だぞ。そして、蹴りの技もある。手加減はするが拍子で折るかもしれん」
 ププリエは体重移動を使った柄の一撃で、ランス攻撃訓練の標的を砕いて見せた。そして、作法通りの一礼の後。
 ‥‥見えなかった。一直線に伸びてくる木球が内股の鎧外れに添えられている。これではかわす以前の話である。
「もう一度行くか? 剣先が狙うのは喉笛・目・親指・内股だ。柄が狙うのはこめかみ・肩・下あご・心臓・後頭部になる。蹴りが狙うのは膝の関節だ」
「お願いします!」
 狙う箇所がわかっていればある程度は対応できるかも。
(「見えた! 喉だ」)
 ザナックとて素人ではない。木剣を振るって剣先を逸らす。
 だが、それはフェイントであった。そのまま木剣をププリエに当てる暇もなく、踏み出した足の膝に衝撃を受けた。体重が乗った足に食らったため、激痛が走る。宙に舞うププリエの姿が、なぜかゆっくり、音は何にも聞こえない。そして見えているのに体が金縛りにあったように動かないのである。
 いや。ザナックは闘争心の余り、普段の何倍も神経を研ぎ澄まされたのだろう。それは瞬きも出来ぬ一瞬の出来事だったのだから。
「‥‥ふう、お見事な剣です、ププリエ殿。到底敵わぬとは分かっておりましたが、挑まずにはいられなかった。未熟者と試合して頂いた事に感謝します。貴女の剣、忘れません
いつか必ず貴方に追いつき、追い越してみせる。ウィルの臣民を守る為に!」
 それは憧れに似た混じりけの無い思いであった。

●竜尾
 続いて歩み出たシャルロットの前に立ったのはエルムであった。
「どうした? 俺では役者不足か? 見学者にはいろんなタイプを見せておくのが良いだろう。俺で不足ならカインが相手をする」
「と、とんでもありません。光栄です」
 名に負う正騎士エルム・クリーク。勝敗を賭けた一騎打ちでは、未だ負け知らずと言う。
「‥‥眼帯のことは気にするな。距離感を体得するための訓練中だ。このくらいのほうが良い勝負になるだろう。おいそこの。包帯をもってこい。左手も封印する」
 シャルロットはムっとした。いかに未熟者とは言え、そこまでのハンデを貰えば自分の剣が届かぬことは無いだろう。

 シャルロットは正眼に構えるとじりじりと間合いを詰めた。エルムも退かず前へ進む。まさに指呼の間合い。先に仕掛けたのは彼女の方だ。エルムの右腕が振りかぶる下を、刃を潜って斬り付ける。だが、エルムの剣は疾い。拳一つ剣先は及ばず強かに打ち据えられた。蹲るシャルロット。これでは剣が届いてもサーコートすら切れない。
「まだまだぁ!」
 こんなことは判り切ったこと。彼女の意気は天を衝かんばかりに壮んである。
(「今度は途中で止まり、剣が下に通過した後に突っ込む」)
 機会を伺い切り結ぶこと数合。チャンスは遣ってきた。先程のようなタイミングで突っ込むシャルロット。が、一瞬踏ん張ってタイミングをずらす。果たして駿速の斬撃が目の前を通過する。
(「今だ!」)
 一度動き出した剣の軌道は変わらない。それが常識ゆえ勝利を確信した。
(「え? なにぃ!」)
 エルムは手首を返すと刃は横に流れ、それがそのまま彼女の左の肩口に噛み付いた。そして首に押し付けられた刃筋が、すうっと薙ぐように引かれる。エルムはそのまま彼女の右を抜け後方へ。真剣だったら背を肩の高さで計ることとなったであろう。
「筋は良い‥‥。精進しろ」
 エルムは一言添えて決着。この後何人もの志願者が現れ挑んでいった。

 夕刻。リューズと香織が用具を片づけていると、器具の影に隠れてエルムとカインが話をしていた。美しい、あるいは凛々しい男性を見て妖しの恋を考えるのは乙女の特権かも知れない。抱き合うように接近する二人の男。思わず足を止めて耳を澄ます。
「‥‥まだ機は熟さない。だが輿論は傾きつつある」
「そうか。ロット殿の見立てならば‥‥ん?」
 鋭い殺気。
「誰だ! そこにいるのは!」
 逃げ出そうものなら殺される。二人の足は凍り着いた。
「は! はい! 器具を片づけに来ました」
 香織は泣きそうな声で叫ぶ。一転、優しい声でカインの言葉。
「立ち聞きは良くないですよ。今、エルムと内緒の話をしていました」
 タオルで汗を拭きながら、上半身裸で出てくるエルムとカイン。
「皆さんなかなかの腕前なので、久しぶりに良い汗をかきましたよ」
 慌てて顔を覆う指の隙間が少し開いていたことは、ここだけの話としておこう。

 ともあれ。
「えー。カイン先生とエルム殿ですか? 二人は出来ていることで有名ですよ。ことある毎にカイン先生ったら逢いに行くのですからね」
 訓練生の一人に確認すると、公然の秘密だと教えてくれた。しかし、あの会話は何であろうか?

●ロイ子爵からの手紙
 訓練の今回日程を終えたシャリーアは、何をやらかしたかと冷や汗ものだったのだが、
「早速だが、これを読んでくれ。理解した上でサインして欲しい」
 差し出されたのは一通の書簡と上質の羊皮紙。正式な書類に用いられるものだった。内容は至極単純明快。だが、飲み込むまでに時間を要した。
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赤心不動の山の如き、鎧騎士カーロン・ケステ殿。

貴殿と最後に相見えた日も遠く流れて久しいが、
後輩の育成に心血を注ぐ貴殿の話を色々と聞き嬉しく思う。
さて、手紙の本題に入らせてもらおう。
既に噂は届いているかと思うが、
まずは、さる貴族のサロンで発見された、
不吉な予言をしたためた置き手紙の事を告げねばならぬ。
その予言によれば、マリーネ姫がシーハリオン巡礼行の最中、
ドラゴンに襲われて無惨な最期をお遂げになるという。
だが人が最善を尽くすなら、予言された未来が変わることもある。
既に手紙の一件は国王陛下のお知りになるところとなり、
国王陛下は此の度の巡礼行に際して、貴公の管轄下にある
バガンの使用をお認めになった。
王家にとっては虎の子のバガン。
貴公にとっても王家から預かりしバガンは、
命の重さにも等しき大切なる武器であることは私も百も承知。
そのバガンとて、ドラゴンの爪と牙の前に盾として晒せば、
如何ほどに長く持ちこたえられるかも覚束無い。
なれど、たとえバガンと鎧騎士を失おうとも、
姫のお命を守りきることをこそ、国王陛下は強くお望み給う。
国王陛下の姫に対する慈しみはかくの如くに深きこと、
どうか貴殿にも慮って頂きたく願う次第である。
ついては私の同行者であり、バガンの搭乗資格を有する鎧騎士、
シャリーア・フォルテライズにバガン1騎を貸与し、
我が乗船ミントリュース号への搭載を願う。
巡礼行より無事帰還を遂げたならば、
貴殿と心おきなく飲み明かそう。

               貴殿が友、ハーベス・ロイ
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「要するに、マリーネ様護衛の為にパガン1機を調達する為、貴殿の名が使われたという事だ。虎の子として仕舞い込まれているものを、必要があり、十分に扱える者もいる故、是非ともと捻じ込んで渋々出させたのだな。実際、貴殿はグライダーよりもゴーレムに高い適正がある。つまりはハーベス殿の下において貴殿は正規の操縦者であり、手続き上、確かに機体を受け取ったとここにサインをせねばならぬ訳だ」
 機体は既に届いているそうだ、とドイトレ。確かに、書類にはもうハーベス・ロイの署名がある。
「おめでとう。ここで学んだ事が、幾許かでも役に立てば幸いだ」
 ペンを渡され、促されるままに署名したシャリーア。文字が震える程にどきどきしているのだが、何だか、たぶらかされているみたいで複雑な気分なのだった
「それと、これが王家からの委任状だ」
 渡されたもう一枚の書状は、フォロ王家の印章が押された委任状。
「この委任状を携え、バガンと共にミントリュース号に乗船するがよい。それからロイ子爵に言伝を頼む。道中に竜と精霊のご加護を。生きてお戻りになるのを、首を長くしてお待ちしておる。とな」