【iランド】開店直前のロールプレイ

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:02月20日〜02月25日

リプレイ公開日:2007年03月03日

●オープニング

 冒険者街の市民街に近い一角に、アトランティス初になるであろう、地球のファミリーレストランを模した『スィーツ・iランドinウィル店』の店舗が建っている。
 それ自体は冒険者が借りられる普通の棲家だが、敷地の周囲に沿って低い常緑樹が植えられている。風や埃避けだけではなく、冒険者街に蔓延る野良ウサギ対策だ。
 日当たりの良い南側にはオープンテラスが設えられ、数組のテーブルとイスが置かれてある。天気の良い日にお茶を飲むには格別だろう。そこから窺える店内の内装はアンティーク調の落ち着いた雰囲気だ。
 店舗は完成しているし、メニューの試案も出来上がっている。また、ウエイトレス達が着る制服も、スィーツ・iランドin秋葉原店の正式制服『マーメイドタイプ』を始め、『ブ○ンズパ○ット風』、『ア○ナミ○ーズ風』、『天界風メイド服』、『ゴシックメイド服』、『アンティークドレス風』の六種類が完成しており、ウエイトレスはその日の気分でこの中から好きな制服を着る事が可能だ。
 ここまで開店準備を整えておきながら、スィーツ・iランドinウィル店は去年の八月以降音沙汰がなかった。

「なんなのよー、あの報告書は―――――!!」
 店長の九条玖留美(ez1078)は冒険者ギルドから帰ってくるなり、店内で地団駄を踏んだ。
「どうされました、店長?」
「落ち着くじゃん」
「『選王会議』の結果よ! ゴーレムグライダーの飛行制限についてあんな書き方をされたら、まるでスィーツ・iランドの所為で空戦騎士団に迷惑を掛けてるようじゃない!!」
 マネージャーの神林千尋と制服・スィーツ調理担当の“カオスにゃん”こと藤野睦月が宥めるが、玖留美の憤りは一向に収まる気配はない。
「確かに、ゴーレムグライダーはボボガさんに無理を聞いてもらって貰ったものだけど、ゴーレムチャリオットレースに協力してちゃんと正規の手続きを踏んで貰ったものだし、それにまだ王都の上空だって一回も飛んでないのに、何でスィーツ・iランドの看板になってるのよ!? 何でスィーツ・iランドが引き合いに出されなければならないのよ!? 訳が分からないわ!!」
 スィーツ・iランドinウィル店の庭に置いてあるゴーレムグライダーは、スィーツ・iランドinウィル店が第4回ゴーレムチャリオットレースのウィエ分国王チーム【ライトニングナイツ】の宣伝に協力し、スポンサーであるボボガ・ウィウィ男爵より譲り受けたものだ。
 例えば、スィーツ・iランドinウィル店がちゃんと開店していて、玖留美の希望通り、ゴーレムグライダーをメニューの宅配で使っていたとしよう。その際、民家や貴族の敷地内に墜落してウィルの民に迷惑を掛けたという『事実』があるのなら、スィーツ・iランドinウィル店を引き合いに出してゴーレムグライダーの飛行制限を科すのも、まだ話は分かる。
 しかし、実際にはスィーツ・iランドinウィル店は開店していないし、ましてスィーツ・iランドinウィル店の所有するゴーレムグライダーで王都の上空を飛行した事など一度もない。せいぜい王都の郊外で数回、飛行訓練をした程度だ。
 にも関わらず、何故、スィーツ・iランドinウィル店を引き合いに出して、空戦騎士団にゴーレムグライダーによる王都上空の飛行制限を課したのだろうか?
 玖留美には全然訳が分からないし、到底承伏出来る内容でもない。
「‥‥あたしはいいわよ。実際にボボガさんに無理言ってるから、悪くいわれても。でも、でもね‥‥ちーちゃんやカオスにゃん、スィーツ・iランドのスタッフの事を一緒くたにして悪く言うのが許せないのよ!!」
「店長‥‥」
 自分の事ではなく、店員を始め、スィーツ・iランドinウィル店の事を悪く言われ、怒っている玖留美を千尋は目を細めて見つめた。突飛な事もするが、玖留美はスィーツ・iランドinウィル店の店長なのだ。自分の事は二の次で、いつもスィーツ・iランドinウィル店の事を第一に考えている。
「‥‥いいわ、だったらあたしにだって考えがある」
「て、店長!?」
 千尋は短大時代アーチェリーの選手で、オリンピックへの出場を嘱望される程の腕前だった。そこで付いた渾名が“ヒットマン”である。もっとも、千尋本人はスィーツ・iランドin秋葉原店へ就職を決めたと同時に現役引退してしまったので、その話は立ち消えしたが。
「スィーツ・iランドinウィル店がゴーレムグライダーを個人所有しているのが気に食わないのなら、あたしはあんな訳の分からない飛行制限を課したエルートに、お望み通り叩き返してやるまでよ! 手始めにトルク城にゴーレムグライダーで突っ込んで、あそこで開発されているいろんなものを強奪してやるわ! ドラグーンの破壊力は核弾頭を搭載してるも同じだから、ウィエ分国の城の一つや二つ、簡単に落とせるわ。居城を落とした後、エルートにゴーレムグライダーを叩き付けてやるのよ! 名付けてスターダスト作戦よ! ふっふっふ、エルート、あんたの城は金平糖も同然よ!」
「師匠、マジで落ち着くじゃん! 宇宙世紀には後83年以上掛かるしぃ」
「(これも店長の若さ故の過ちでしょうか。認めたくはありませんが‥‥)藤野さん、突っ込むところが違うと思いますが。店長、そのトルク城にある“ドラグーン”というのは?」
 ロボットアニメが大好きな玖留美は、本気で『スターダスト作戦』とやらをやりかねない。
 突っ込みどころがずれているカオスにゃんに注意しつつ、千尋は初めて聞く単語を玖留美に質問する。ちなみに、千尋の方が玖留美より年下である。
「え!? あは、あははー、今のは無し、気にしないで」
 痛いところを衝かれたのか、玖留美は苦笑して誤魔化す。暴走も収まったようだ。
「とはいえ、ウィウィ男爵がスポンサー契約を一方的に打ち切っただけではなく、スィーツ・iランドinウィル店を閉店に追い込むような出資を始め、それに一部の冒険者が荷担したのは事実ですから、厳しい現状にある事には変わりありません」
「たこ焼き屋ね」
 千尋が話題を変えて、スィーツ・iランドinウィル店の置かれている状況を改めて確認する。玖留美も大分落ち着いたようだ。
 スィーツ・iランドinウィル店のコンセプトは、『ウィルで手に入るる食材で地球の料理を再現する飲食店を作る』事だ。しかし、ボボガ男爵は手の平を返すように鬼島紀子のたこ焼き屋を始め、天界人が召喚された際、持ってきた地球の食材を使って料理を扱う店や者達へ出資し、スィーツ・iランドinウィル店のアイデンティティを崩壊させている。
 しかも、それに(意図的でないにせよ)冒険者が荷担している事実を受けて、スィーツ・iランドinウィル店は開店を間近に控えながら開店を断念せざるを得ず、今に至っている。
 しかし、ここに来て、『選王会議』の報告書や、先日、ウィエ分国の貴族令嬢レフィーナ(=実はランの国の第一王女レベッカ・ダーナであるが秘密である)をスィーツ・iランドinウィル店へ案内した鎧騎士カティア・ラッセがもたらしたボボガ男爵に関する気になる報告を受けて、玖留美と千尋は改めて開店準備を進めていた。
「現時点で出来る事は多くはないけど、潰しに掛かるんだったら、いいわ、受けて立つわ。今、ウィルにいないスタッフについては、スタッフの都合もあるでしょうし、お店を閉めていた事もあるから、新しく募集するとして、開店に向けて調理と接客の総仕上げをしてしまいましょう!」
「(これが若さですね‥‥)スタッフが、スタッフ役とお客様役に分かれて実際と同様の応対を行うロールプレイがいいですね。調理の方も出来れば作れる方のご応募があるといいのですが、そちらは藤野さんにお任せしましょう」
 もしもし、千尋さん。あなたは玖留美より年下なんですけど?
「任せるじゃん。出来ればスィーツを作れる人が来て欲しいじゃん」
「今回応募された方は、スィーツ・iランドinウィル店のオープニングスタッフではなく、正規スタッフという事でよろしいでしょうか?」
「もちろん希望を取るけど、正社員が良ければ正社員に、アルバイトが良ければアルバイトにするわ。よーし、まずはトルク城にゴーレムグライダーで突っ込んで‥‥」
「‥‥店長、いい加減にそこから離れて下さい。まずは店舗の掃除からでしょう」
 逆境に立たされ、風前の灯火だったスィーツ・iランドinウィル店。
 しかし、その灯火は消える寸前で、風に煽られて却って大きく再燃する事となる。
 もう一度、ウィルにファミリーレストランという地球の文化を根付かせる為に‥‥。

●今回の参加者

 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea9311 エルマ・リジア(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb4039 リーザ・ブランディス(38歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4248 シャリーア・フォルテライズ(24歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4289 クーリエラン・ウィステア(22歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4344 天野 夏樹(26歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4726 セーラ・ティアンズ(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

シャルロット・プラン(eb4219

●リプレイ本文

●スィーツ・iランドinウィル店の行く末
 冒険者街の市民街に近い一角にウィル初、いやアトランティス初のファミリーレストラン『スィーツ・iランドinウィル店』が建っている。敷地の周囲に沿って低い常緑樹が植えられており、日当たりのよい店舗の南側にはオープンテラスが備え付けられ、数組のテーブルとイスが置かれてある。

「てんちょ‥‥拙いよソレは〜‥‥面白そォだけど〜‥‥むにゃむにゃ‥‥」
「セーラさん、セーラさん、オープンテラスが暖かくて気持ちいいのは分かるけど、いい加減起きて。スタッフ、全員揃ったんだから」
 レンジャーのセーラ・ティアンズ(eb4726)は、身体が揺すられているのに気付いた。
 目を開けると飛び込んでくる眩い光に、彼女は思わず目を細める。
 逆光を浴びて腰に手を当て、セーラの身体を揺すっているのは店長の九条玖留美(ez1078)だった。
「ゃー‥‥てんちょ、スターダスト作戦は上手くいったの?」
「はぁ!? スターダスト作戦!? 何寝惚けてるの!? 顔を洗ってシャキッとしてきなさい!!」
 玖留美が外の手洗い場を指差すと、セーラはその真摯さに圧されて一気に覚醒し、回れ右。
 彼女はオープンテラスに設えられたイスにもたれ掛かり、うたた寝をしていたようだ。

 落ち着いたシックな調度品で統一された店内では、テーブルをいくつか繋げて長テーブル状にし、玖留美やマネージャーの神林千尋を始め、スィーツ・iランドinウィル店のスタッフ達が席に着いていた。
 ウィザードのレン・ウィンドフェザー(ea4509)とエルマ・リジア(ea9311)は、“カオスにゃん”こと藤野睦月と一緒に木イチゴを添えたミルクを飲み、なにやら絵について意気投合している。天界人の天野夏樹(eb4344)と富島香織(eb4410)、クーリエラン・ウィステア(eb4289)はハーブティーを飲みながら雑談をしている。鎧騎士のシャリーア・フォルテライズ(eb4248)とリーザ・ブランディス(eb4039)、シャルロット・プランは軽くワインを嗜みながら、こちらも話に花を咲かせている。
「ん? どうしたセーラ、そんなところで突っ立ってて?」
「ゃー、みんな生きてるなぁ、って、思って」
 セーラの席は空いていたが、そこに座らず傍目にみんなの様子を見ている彼女に、リーザが声を掛ける。
「レンたちはみんないきてるのー! いきているから、うぇいとれすができるのー♪」
「そうだな、以前は無理矢理玖留美殿に連れてこられて、ウェイトレスの衣装は凄く恥ずかしかったが‥‥困った反面、天界的な珍しい体験もさせて戴いたのは確かだ」
「無理矢理って何よー」
 木イチゴを潰してミルクと掻き混ぜていたレンは、意味が分かっているかどうかは定かではないが、セーラの言葉に元気良く応えると、シャリーアもランの国の第一王女レベッカ・ダーナを連れてきた時の事を思い出し、頻りに頷く。シャリーアの言葉に玖留美は微苦笑する。
「それにしても色々大変な事になっちゃったんだね‥‥スポンサーからの援助打ち切りだけじゃなく、悪い風評立っちゃってるし。それもこれも何処かの変な記録係さんが言い掛かり付けるからだよねー」
「そうなのよー。本気と書いてマジと読むくらいスターダスト作戦を決行しないと、こっちの腹が納まらないわよ」
 クーリエランが先程、千尋から説明を受けたスィーツ・iランドinウィル店の現状を反芻して溜息を付くと、玖留美がすっくと立ち上がる。まるで演説でもしようかという勢いだ。
「店長落ち着いてー!」
『おちついてー』
「いや、色んな意味でそれは危険が危ない」
「以前、私が所有するバガンを宣伝用に置き、スィーツ・iランドinウィル店に要らぬ誤解を広めた件は、この場を借りて謝罪するので、それだけは勘弁を」
「空戦騎士団も、今後の課題の一つとして、スィーツ・iランドinウィル店に対する『風説の流布』の抑止を認識しますので」
 玖留美がどこで新型ゴーレムの話を聞き付けたかは不明だが(香織が言うには、スィーツ・iランドinウィル店が活動していない間に、どうやら新型ゴーレムのテストパイロットとして訓練を受けていたらしい)、鎧騎士の立場としてスターダスト作戦を本当にやられるとスィーツ・iランドinウィル店の復興どころの話ではなくなる。
 エルマとファルファリーナのエコーに始まり、リーザが玖留美の着ているマーメイドタイプの制服の飾りを引っ張って無理矢理席に着かせ、シャリーアが今日のスィーツ・iランドinウィル店の風説の一因を作ってしまった事を謝り、シャルロットがその風説を流布するよう努める事を約束する。
「ただ、その宅配というサービスにグライダーを使うのであれば、飛行ルール制定の件にはご理解をお願いしたいです」
「そうね、ゴーレムグライダーはやっぱり乗り物だから、もちろん、事故を起こさないに越した事はないけど、事故は避けて通れないでしょうし。天界でも乗り物にはルールがあったから、それが整備されれば当然守るわ」
「感謝します」
「但し、飛行ルールを制定した理由としてスィーツ・iランドinウィル店の所為にした事は、必ず文言から消してよね」
「‥‥最大限善処します」
 地球はアトランティス以上に憲法や法律、条例やルールといった規則があり、それにそれこそがんじがらめに縛られている。天界人である玖留美は、そういう点では理解は早かったが、風説の流布の抑止に対してシャルロットに釘を刺すのも忘れない。
「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び‥‥って程でもないんだけど、まぁ、起こっちゃったものはどうしようもないから対応を頑張るしかないよね」
「そうそう、復讐なんて失う物ばかりでネガティブだよ。色々逆風も吹いてるみたいだけど、そんなの私達で吹き飛ばしてやりましょう!」
「地球人にとって故郷を思い起こさせるファミレスを盛り立てたいところですし」
「みんな‥‥ありがとう」
 クーリエランと夏樹、香織はあくまでポジティブ、前向きだ。三人に励まされた玖留美はウルウルっと来てしまったようで、目頭を押さえながら席を立つ。
「今の最優先事項は、スィーツ・iランドinウィル店の落ちた名声を取り戻し、開店する為の準備って事よね」
「そうなります。案があればお願いします」
 この会議の趣旨をセーラが確認すると、玖留美の代わりに千尋が応える。相変わらずクールビューティーな彼女は、こういう時どっしりと構えていて頼もしい。
「名誉挽回、汚名返上というか、イメージアップに繋がるような事したいよねー。開店記念キャンペーンイベントとかやって」
「開店記念キャンペーンは、地球でもお約束だよね」
 クーリエランが『開店記念キャンペーン』を提案すると、夏樹も賛同する。
「開店記念キャンペーンですか。具体的にはどのような?」
「地球でしたら、5%現金還元とか、飲み物一品サービスとか、パンやサラダのお代わり自由とか、ありますが」
「印象なんて、やっぱり第一印象でほぼ決まっちまうもんだし、良い味・良いサービスは当然。それに加えて何か一つ欲しいところだけど、最初のうちはやっぱり香織の言うように、来店客に何かオマケをするとか配るとか‥‥そういうのしかないかね」
 千尋に聞かれ、地球でのサービスを挙げていく香織と、彼女に同意するリーザ。しかし、それらは資本があってこそ可能であり、スポンサーのいない今は難しいと言える。
「5G以上注文されたお客さんには、漏れなくドジっ娘ウェイトレスリーザさんの拭き拭き体験‥‥」
「却下」
「レンもふきふきするのー♪」
「却下」
 セーラはリーザを見てニヤリと笑った後、元気良く挙手して『ドジっ娘ウェイトレスのリーザが粗相を起こし、持ってきた水を自らにこぼしてしまった彼女を吹き拭きするサービス』を提案しようとするが、本人に速攻却下される。レンも乗ってくるがこちらも一言で斬り捨てられる。
「スポンサーの件だが、私がその一人になりたいと考えている」
 その後、レンが拗ねてしまうが、エルマがあやして機嫌を取ると、一段落したところでシャリーアが切り出す。
「ありがたいお言葉ですが‥‥」
「玖留美殿や千尋殿の仰る、誰もが楽しく食事を共に楽しめる場所という理想は素晴らしいと思う。実現の為、可能な限り協力致したい‥‥ルーケイ支店とかは、先にて検討させて戴くという事で」
 資金提供は千尋も喉から手が出る程欲しいはず。しかし、彼女は“ルーケイ伯与力の男爵”から提供は受けられないと断ろうとするも、シャリーアがその言葉を遮って投資の理由を告げる。
 そこまで言われてしまっては千尋も断る訳にはいかないし、断る方が失礼だ。
「後程、紙面にて誓約書をお書きします、よろしくお願いします」
「ウィルにはない、天界の経営形態について千尋殿よりご教授戴けるのだ、安い授業料だよ」
 千尋はシャリーアに深々と頭を下げ、スィーツ・iランドinウィル店は500Gの投資を得た。既にほとんど開店準備は整っている状態なので、開店資金としては十分すぎる額だ。
「これなら香織さんとリーザさんの提案、OKが出せるわね」
 玖留美が厨房から帰ってくる。顔を洗ってさっぱりしているが、やはりどことなく目が腫れぼったい。
 開店記念キャンペーンは食事に無料で飲み物を一品付ける方向で決まりそうだ。

●ロールプレイ
 開店記念キャンペーンが形になったところで、雇用へ話は移ってゆく。
「スィーツ・iランドinウィル店を開店するに辺り、正規のスタッフを増やす必要があります。お金を扱う仕事は、最初はアルバイトのスタッフより、正規のスタッフの方が良いでしょう」
 お金を扱うという事は、その分、責任が伴う。千尋の言葉はそれだけ正規スタッフには責任が伴う事を告げていた。
「レンは、おみせのおてつだいなのー♪」
「レンさんはウィンターフォルセ領主としての役目もありますから、非常勤バイトですね。会計は先にも言った通り、正規スタッフの仕事になりますから、オーダー取りをお願いします」
 千尋がそういうと、カオスにゃんよりゴスロリメイド風の制服が渡される。
「私もアルバイトでお願いします。出来る限り協力したいですが、次、何時仕事に来られるか分かりませんから」
「分かりました。そのお心遣いだけで十分ですよ」
「私も次回はメイd‥‥いえ、なんでもないです」
 香織がアルバイトを希望すると、千尋はクールビューティーこそ崩さないものの、少しだけ柔らかく告げる。手渡しされるア○ナ○ラ○ズ風の制服を見ていたシャルロットの口から、聞いてはいけない呟きが漏れたような気がする。
「あたしの希望は正式スタッフだ。まぁ、一応航空騎士でもあるけど、あたし自身は別に空戦騎士団に入ってる訳でもないし‥‥二足の草鞋でもその辺りは何とかなるだろ」
「二足の草鞋については、私も同様だぞ」
「正規スタッフの方も、基本的に都合の良い時に働きに来て下されば構いませんので、鎧騎士の務めを優先して下さっても構いませんよ」
 リーザとシャリーアは正規スタッフを申し出る。
「担当は接客の方で。まぁ、料理は元々得意じゃないし、前に接客の特訓つけられてるしねぇ‥‥活かさないのも勿体無い‥‥この格好は恥ずかしいけど。つー訳で制服は言わずもがなで」
「何言ってるの、リーザさんもシャリーアさんも美人さんなんだから、もっとお洒落しなきゃ! ‥‥リーザさんはツンデレだけどね」
「誰がツンデレだ、誰が!」
「「「「「「「「「「「リーザさん」」」」」」」」」」」
「千尋まで‥‥ぜ、全員で言うか―――――!?」
 玖留美より、リーザに黒ロリの制服が、シャリーアに青ロリの制服がそれぞれ渡された。
「私も正規スタッフを希望するよ! この7カ月近くの間、ひたすらに食堂で経験を積んでいた、ニュークーリエランは伊達じゃないところを見せるよ」
「私も正規スタッフね。天界での経験は活かさないとね」
「頼もしいわ、お願いね」
 クーリエラン、夏樹共に家事の腕前を磨いてきたようだ。玖留美は微笑みながらゴシックメイド服の制服とブ○ン○パ○ット風の制服をそれぞれ渡す。
「私も正規スタッフとして、ウェイトレスと厨房の両方を希望したいんだけど」
「セーラさんには申し訳ありませんが、ウェイトレスか厨房担当はどちらかに絞って下さい」
 セーラの希望は千尋に止められてしまう。兼任する場合、調理の腕前は最低でも一人前のレベルが要求される。セーラの調理の腕前は、家庭料理としては申し分ない程度であり、一人前とはまだ言い難かった。
「んー、じゃぁ、一応厨房担当にするわ。もっと天界の料理に関する知識と技術を学びたいし」
「スィーツに関しては任せるじゃん」
 セーラは今回は厨房担当になると、カオスにゃんより天界風メイドタイプの制服が渡された。
「‥‥私も正規スタッフでお願いします。希望はウェイトレスですが‥‥睦月さーん、ちょっと」
 千尋に告げつつ、隣に座るカオスにゃんに話を振るエルマ。
「‥‥隠しやすくて外れにくい髪飾りのデザインって、出来ます?」
「出来るけどぉ、せっかくのプラチナブロンドをぉ、活かさないのはもったいないじゃん?」
「‥‥いえ、その逆です。髪と髪飾りで耳を隠したいのです‥‥」
 エルマはハーフエルフの特徴である耳を隠したいのだ。
 カオスにゃんを始め、玖留美や千尋は元より、リーザやシャリーア達アトランティス人も、レンやセーラ達ジ・アース人も、彼女がハーフエルフである事は特に気に留めてはいないし、それで待遇が変わる訳でもない。それはエルマ自身も分かっている。しかし、ジ・アースにおけるハーフエルフの差別を考えれば、ウィルでは念の為とはいえ、エルマの『自衛』は至極当然の事なのだ。
 玖留美よりエルマ用にアンティークドレス風の制服を受け取ったカオスにゃんは、エルマを店舗の奥、自分達の部屋へ連れてゆく。耳を隠し、エルマの可愛さを引き立たせるように制服に合った髪型にセットし、仕上げに新緑の髪飾りを耳の上に挿す。
「それはあげるじゃん」
「‥‥ありがとうございます」
「でも、あたしはエルマの耳を出したありのままの姿の方が‥‥その‥‥好きじゃん‥‥」
「‥‥え?」
「なんでもないしぃ。お披露目するじゃん」
 カオスにゃんに背中を押されて、エルマは店舗へ。みんなが「似合ってるわよ!」「可愛いな」と拍手で出迎えたのは言うまでもなかった。

 接客のロールプレイは、経験者である夏樹と香織、クーリエランを中心に進められた。
「いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?」
「四人で。一人子供がいるから」
「畏まりました。では、こちらで武器を預からせて戴きます。お帰りの際にお返ししますのでご安心下さい。席へご案内致します。こちらへどうぞ」
 客役のリーザとシャリーア、エルマとレンが入ってくると、夏樹は元気良く挨拶し、笑顔で応対する。
 四人掛けのテーブルへ案内すると、通常の備え付けのイスから、子供用の少し座席が高めのイスを持ってきてレンに座らせる。レンの指摘を元に作られた子供用のイスだ。
「本日のお勧めはこちらとなっております。ただいま、開店記念キャンペーン中につき、お飲物をお一人様一品ずつサービスしておりますので合わせてどうぞ。注文が決まりましたら、こちらの鈴でお呼び下さい」
 テーブルにはウェイトリスを呼ぶ呼び鈴が置かれてある。これはテーブル毎に若干音程が違うので、覚えて聞き分けるしかない。
「ブリトーとオムレツ、肉と野菜のワイン煮込みとサンドイッチ、クレープと一つずつ、それと飲み物はミルクを二つとワインを二つだ」
「‥‥以上で宜しいでしょうか? お会計の方は先払いでお願い致します」
 夏樹はシャリーアから受けたオーダーを復唱すると羊皮紙の伝票に記入し、その場で計算、合計金額を出す。
 尚、アルバイトスタッフはオーダーは基本的に受けず、正規スタッフに任せる事になる。
「オーダー入ります」
「りょ〜かい」
 夏樹が伝票を厨房へ持っていくと、早速セーラとカオスにゃんが実際に調理に入る。
 出来た料理は香織とクーリエランも手分けして運び、レン達は美味しそうに食した。実際、美味しいのだが。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
 食事が終わり、エルマ達が席を立つと、夏樹は笑顔で送る。
「流石ね、80点ってところかしら」
「80点ですか!?」
「いきなり『注文は』と、駆け寄るよりも、お勧めのメニューや開店記念キャンペーンを紹介して、いろいろ美味しいメニューを運んで食べたくなるように仕向けて注文してもらうのはいい感じだと思います。後は、注文してきたお客さんに、『こういうものもありますが、如何でしょうか?』と追加メニューを提案する事もした方がいいでしょうね。あくまでお客さんが頼みたく思ったという形で商売をする事が、リピーターになってもらうコツかと思います」
 玖留美の採点を聞いた香織は、これからウェイトレス役をやるレン達に、先程の夏樹の接客の注意点を説明した。
「ふむ、本日のお勧めは何々の料理で、こういう食べ方をするとより美味しいですよ、とメニューの紹介を行うのだな」
「はい、後は過剰なサービスは控えるという事でしょうか。ちょっと気の利いた地味なサービスの方が、派手で過剰なサービスよりも心に残る事が多いんですよね。『あんなサービスがあった』という記憶ではなく、『よく分からないけど気持ちよかった』の方が、またそのサービスを受けたいという気分になります。自然さを大事にし、お客さんを圧倒させて疲れるような事にはしない、簡単なようで結構難しい事だと思うんですよね」
「客を圧倒しない‥‥か。やはりセクハラについては可能な限り身をかわした方が良いのか?」
「あー、地球と違って、荒っぽい傭兵みたいな人から、礼儀作法に細かい騎士様まで来るかもしれないんだよね‥‥いきなり自前の銀トレイで叩くとかもダメだろうし」
 香織の説明をシャリーアは自分なりに解釈したようだが、そこでアトランティスらしい疑問が生じた。ウィルのとある食堂で働いていたクーリエランも、その手の被害には遭っていたようだ。
「流石に殴っちゃダメですよー」
「武器は入り口で預かるから、そういうトラブルは極力減らすようにはしているけど、もし遭ったら私やマネージャーを呼んで。そういう仲裁をするのも私達の仕事だから」
「接客の基本は、“お客さんの視点”で、いいサービスはどんなものか、ですからね」 
 セクハラといった揉め事は、ウェイトレス個人で解決するのではなく、玖留美や千尋といった店長やマネージャー預かりの問題とする、というマニュアルが出来上がる。

 その後、今度はリーザ達がウェイトレスとして接客する番になったが、リーザは久方振りという事でナチュラルな笑顔の練習から始め、エルマはメニューを淀みなくナチュラルに言えるように頭の中に叩き込む為、まず分かりやすい説明を考えて一度文章にし、暗記する地獄の特訓からスタートした。
 レンは小さい身体で一所懸命オーダーを取り、シャリーアもリーザと同じく、自然な笑顔が課題となった。

 また、レンは絵の類い希な才能があり、メニューにイラストを添える事となった。
 セーラとカオスにゃん、クーリエランで全メニューを作り、エルマが、レンが描き易いようにメニューを並べ替える。
 冒頭のように居眠りしたり、遊び過ぎたりと、じっとしていられない性格のセーラの勤務態度はお世辞にも良いとはいえないが、今回ばかりはロールプレイやサンプル作りもあって、休む暇さえなかった。
「ゃー‥‥やっぱり真面目に働くものだねー。天界のスィーツの料理も分かってきたし‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥きゅう」
 天界料理の知識の幅が広まった代償として、厨房に籠りっきりだったセーラは知恵熱とストレスで、最終日には潰れてしまった。
「‥‥店長、他に冷凍して保存しておくもの、ありませんか? ‥‥今の季節なら、だいぶ冷凍も長持ちしますよ」
「じゃぁ、セーラさんをお願い」
「‥‥了解です。しばらく貯蔵庫で冬眠してもらっていた方が、スィーツ・iランドinウィル店の為かも知れませんね」
 エルマはアイスコフィンを利用して、食品を凍らせて貯蔵庫にしまう作業も、ロールプレイの合間を縫って行っていた。
 セーラが知恵熱とストレスから回復したのは、一説ではエルマがアイスコフィンを掛けて、しばらく貯蔵庫で眠り姫状態だったから、という話もあるが、エルマ本人と玖留美は多く語らないし、その真偽は闇の中に葬られたという。

「‥‥そうですか、ウィウィ男爵は‥‥」
「ああ、スィーツ・iランドinウィル店へのスポンサー契約を一方的に破棄したのは、ボボガ卿本人の本意ではなかった」
「‥‥ありがとう、それが分かっただけでも十分よ」
 シャリーアは最終日に一人だけ残り、千尋からファミレスの経営形態に関するノウハウを聞いた後、先日のウィエ分国ウィウィ領内で起こった事件の顛末について、守秘義務として喋ってはいけない事項を除いて話した。
 ボボガ男爵の悲報は、流石の千尋も動揺を隠せなかった。また、ボボガ男爵を誤解していた玖留美は、死んだ人を誤解している訳にはいかないので、その事を教えてくれたシャリーアに礼を言った。

「故郷のファミレスでの次の食事はいつになるのでしょうね」
 仕事が終わり、スィーツ・iランドinウィル店を立ち去る際、香織はどこか懐かしい感じがするデザインの店舗を感慨深く見つめながらそう呟いたのだった。