●リプレイ本文
●何かが封じられた遺跡
アキテの姫巫女クリスチーナとその騎士カミーユの案内で、件の遺跡に到着した冒険者一行は、森に埋まるようにしてたたずむ石造りの遺跡を見上げた。
いつの時代に造られたものなのか、外壁は蔦に半ば覆われブロックの隙間からは雑草が生えている。そのブロックも長年の風雨にかなり侵食されていた。
その遺跡の形から、かつては聖堂だったのではとカミーユは踏んでいた。
中に何が待ち受けているのか、期待と緊張に胸をいっぱいにさせていると、横ではクリスチーナがリュックの中身の確認をしていた。
「ハンカチと〜救急セットと〜あ、カミーユ、果物はおやつに入るんでしたっけ?」
呑気な言い様に、カミーユの心はいっきにしぼんだ。
そんな彼女の肩を慰めるように叩き、代わりにルクス・ウィンディード(ea0393)が答えた。
「果物はおやつに入りませんよ」
「そうですの‥‥では、おかずとして持って行きましょうね」
それもどうかと思ったが、
「果物は栄養価も高いですからね。持って行って損はないと思います」
と、シャルロット・プラン(eb4219)が言うので何も言わずにおいた。
「カミーユさんだっけ? ‥‥あんたも大変だよな」
ルクスが同情するとカミーユは切なくため息をついたのだった。
平和そのものの森の様子を見渡したアッシュ・クライン(ea3102)は、リュックの点検が終わったクリスチーナに、最近の精霊達について尋ねた。
「今のところは特に何もないですね。前のようなざわめきも落ち着いています」
「それは良かった。もう一つ‥‥名前は忘れてしまったが、あの森の精霊はあの後どうなった?」
「フランかな? あの子は元気に暮らしていますよ。森も平和になったそうですから」
良かった、とクリスチーナは微笑んだ。
いよいよ遺跡内部に入る段階で、クリスチーナは長渡泰斗(ea1984)、アッシュから「遺跡の中ではむやみやたらと壁や岩に触れないように」と厳重注意された。
「──大丈夫。そんなにうかつではありませんよ」
セリフ前の微妙な間が気になった泰斗とアッシュだった。
何となく硬くなりかけた空気を導蛍石(eb9949)が和ませるように間に入った。
「私は罠について少し知識があります。物理的罠でしたら解除しましょう」
クリスチーナはあからさまにホッとして笑顔を見せ、そそくさと蛍石の後ろに回り込んでしまった。
特に口には出していないが、クリスチーナに目を光らせている者は他にもいる。いや、ほぼ全員と言ってもいいか。
そんなんで大丈夫なのかと不安を抱えつつ、一行は遺跡内部へ踏み込んだ。
「何が出てくるかわからない遺跡。そんな中を探検するのは、ちょっと怖いけど‥‥でもやっぱりワクワクしますよね♪」
「そうですよね〜。何かこう、心にどーんと来るものが見つかるといいですね!」
地図を担当した天野夏樹(eb4344)とクリスチーナがキャッキャと盛り上がる。
そして同じ気持ちなのがもう一人。
「‥‥でも、このいせきって、なんだったんだろーね?」
妖精のフレイアと同じ方向にコテンと首を傾けるレン・ウィンドフェザー(ea4509)。
外から見た時は、聖堂だったのではないかとカミーユが言っていたが、実際入ってみると聖堂にしてはずいぶん道が入り組んでいる。
まるで何かを隠しているようだ。
三人がそんなふうに呑気にしている陰で、エリーシャ・メロウ(eb4333)は先頭で松明を持ち、蜘蛛の巣などを払っていた。
「今のところ罠はなさそうだな」
エリーシャの隣で罠に目を配る蛍石。
「こういった遺跡には少しの振動で崩れるような場所もあるだろうから、細かい埃や砂のような小石がうっすら積もっているところは、用心したほうがいいな」
「わかりました。特に脇道には注意ですね」
しかし、いくら二人が注意しても後ろでクリスチーナがフラフラしていては、その苦労も水の泡になりかねない。
今も、壁に光る何かを見つけたと行って触りに行こうとする姫巫女を、倉城響(ea1466)とイリア・アドミナル(ea2564)、そしてカミーユが必死に引き止めていた。
生き埋めはゴメンだ、とピリピリするカミーユをケンイチ・ヤマモト(ea0760)がなだめている。
けっこう良いチームワークかもしれない。
だいぶ奥まで歩いたが、遺跡の道はまだまだ続くようだ。それに、まだ一本道である。
「道が分かれる前に間に合えばいいけど」
と、後から来る仲間を思いルクスが後ろを振り向いた時、暗闇の向こうに気配を感じた。
念の為、武器に手をかけたが、すぐに離して表情を緩ませた。
早足にやって来たのはリーン・エグザンティア(eb4501)だった。
リーンは他の仲間には目もくれず、まっすぐにクリスチーナの元に駆け寄った。抱きつきそうな勢いだが、仮にも相手は姫巫女なのでリーンはこらえた。
「お久しぶり。私のこと覚えてる?」
「はい。お元気そうで何よりです。もう用事はよろしいんですの?」
「ええ。ふふふ、やっぱり私と貴女は強い絆的なもので結ばれているのね! あ、そうそう用事って実はこれなの」
リーンは丁寧に包まれたクッキーをのぞかせた。
クリスチーナの顔がパァッと輝く。
「後で皆で食べましょう」
危ういのが一人増えた、とカミーユは頭を抱えた。
●ラブラブ?
細く狭い通路を一列になって抜けた一行の前に、円形のちょっとした空間が現れた。途中から中心へ向かって階段状に窪んでいっている。所々にあるブロックの塊は、天井が崩れたものだ。帯状の光が何本が差し込んでいた。
「休憩にしましょうか」
そう言った響に反対する者はいなかった。腹の具合から、ちょうど昼頃だろうと判断したからだ。
罠がないかと充分に安全確認をすませると、彼らは中心の窪んだあたりへ輪になって座った。
響は仲間達から保存食を一つずつ受け取ると、さっそく調理にとりかかった。もっとも、匂いで魔物が近寄って来ないに、と火の使用を控えたのでいつものような腕はふるえなかったが。それでも、ただ保存食を口にするよりはずっと良い味と見た目になっていた。
続いてクリスチーナがリュックから果物を取り出し、リーンはクッキーの包みを開けた。
「おいしいねー」
レンがニッコリと言えばフレイアが「ねー」と続く。
郷に入りては郷に従え、というわけでレンは先にフレイアに食べさせていた。自分はその残りをもらうつもりだ。
リーンはリーンで、この時間を待ってましたと言わんばかりにクリスチーナの隣を陣取り、新婚夫婦のように姫巫女の口元にお手製のクッキーを差し出している。
クリスチーナは無邪気にリーンの手で食べさせてもらっていた。
「貴女と過ごす時間が、私にとって何よりの宝だわ」
うっとりと漏らすリーンにカミーユは頭痛を覚えて目をそらしたが、その先でも似たような光景が繰り広げられているのが目に入り、やや投げやりな気持ちになったのだった。
「ウィン、おいしいですか?」
「おいしいよ」
「本当に?」
「嘘なんかつかないって」
響とルクスだった。
独り身の者達にはなかなかツライ光景だった。
●いよいよ本番
「あ! あの蔦の向こうにドアがありますよ!」
エリーシャの掲げる松明の向こうにぼんやりと見えたものに、クリスチーナは目を輝かせて走り出した。
休憩の後に再び探索を始めて少し経った頃のことである。
「うかつに飛び出すなって‥‥!」
ルクスは引き止めようと腕を伸ばすが、姫巫女はするりとすり抜けていく。
カミーユとルクスは慌てて後を追った。
イリアがかすかに眉を寄せて万一のためにプラントコントロールのスクロールを出した。
その予感は的中し、前方から三人の悲鳴が響いてきた。
どうやらその植物は罠だったようで、近づくものを絡みとって締め付けるように出来ているらしい。
締め付けられているのはルクスだけだったが。
おそらく、カミーユはクリスチーナを捕まえたが、反応した罠は運悪くルクスに殺到したといったところだろう。
イリアは持っていたスクロール魔法で蔦をほどき、ルクスを解放させた。ついでにその向こうのドアも露わにする。
間近で蔦の残りを見つめたイリアは安心させるようにルクスに微笑みかけた。
「毒はないようです。良かったですね」
すぐに駆け寄った響がルクスの手当てにあたった。締められていた首にうっすらとアザができていた。
ドアには罠はなく、先に進む一行。
その時、ケンイチはどこか遠くの方で重いものがこすれるような音が聞こえた気がした。
進んだ先は左右に別れていた。
特に意味もなく何となく左の道を選ぶ。
「道が悪い。足元に気をつけろ」
手元の羊皮紙にマッピングしている夏樹に注意を促す蛍石。罠に引っかからなくとも、つまずいて転べば運がなければ怪我をする。
「あ、うん。ありがとう、気をつける‥‥おっと」
言ってるそばから足元の小さな突起に引っかかる夏樹。
とたん、目の端で何かが光り、隣の蛍石に地面に押し付けられた。前方でルクスの悲鳴が聞こえた。
「蛍石殿、夏樹殿、大丈夫か?」
夏樹が泰斗の声に顔を上げると、立っていればちょうど胸の高さほどの位置に、槍が数本走っていた。先端は片側の壁に深々と突き刺さっている。
前のほうではアッシュが槍を引き抜いてエリーシャやクリスチーナ、ルクスを助け出していた。
この時、やはりケンイチは遠くで先ほどと同じ音を聞いていた。
結局、その通路は行き止まりだった。崩れ落ちた天井に完全に塞がれていたのだ。
一行は分岐点に戻り、右の通路を進む。
さらに道は二つに分かれ、時には上り道と下り道に分かれ、五つに分かれていることもあった。
迷っているような錯覚に陥るが、そこは夏樹のマッピングに狂いはなく道を見失うことはなかった。さらにわかるのは、次第に地下に降りていっているということだ。
しかし問題は、どういうわけか監視の目をかいくぐり罠を発動させるクリスチーナよりも、罠発動率が高い夏樹の存在だった。そのたびに何故か巻き込まれるルクス。夏樹がルクスを呪っているように見えなくもないが、彼女自身も散々な目にあっている。
「どーして私ばっかりこんな目に〜」
「夏樹‥‥恐ろしい子」
「シャルロットさん、見捨てないで‥‥」
シャルロットは涙目の夏樹から顔をそむけた。誰だって呪われたくはない。
そんな夏樹にカミーユが遠慮がちに声をかけた。
「あの、そのオーガレザーですが‥‥それが原因ではないかと‥‥」
どういうこと、と首を傾げる夏樹にカミーユは説明する。
「それは持つ者に不運を呼ぶと言われています」
「あんたのせいかぁ!?」
夏樹はオーガレザーを思い切り地面に叩きつけた。
身に付けるもののことはよく調べましょう、という教訓であった。
夏樹が着替えた後、一行はさらに奥へ足を踏み入れていく。
あれだけ連発していた罠はピタリとおさまった。
出てくるのは遺跡内に住み着いていた魔物くらいだ。
さっきまでふざけていたシャルロットも、ショートサンソードで先頭に立って戦っている。
レンも派手な魔法は控えてストーンで足を止めることに専念し、そこをアッシュ、リーン、ルクスらでトドメを刺していった。
途中、エリーシャの手から松明がはじかれ、火も消えてしまったがすぐに響がランタンに明かりを灯して致命的な打撃を受けるのは回避できた。
蛍石は回復を中心に動いていたが、仲間の剣をすり抜けて襲ってくる魔物がいた場合には、『少林寺流・蛇絡』で倒していった。
冒険者達の強さに拍手を送るクリスチーナの側に、突如リーンがくず折れる。
「ああ痛い! 痛いけど優しく抱きしめられると治る気がする!」
「リーンさん、死なないで!」
「姫、演技です」
「まったくの無傷だな」
カミーユと蛍石に冷たくあしらわれたリーンだった。
●先祖が残したもの
最後の室で見つけたものは木箱が六つ。
そのうちの一つには、なんと数代前の姫巫女の教育係の手記があった。
それを読み進めた一行は、次第に気まずそうにカミーユに視線を送った。
それは、当時の教育係の嘆きの記録だった。
姫巫女としての自覚が足りない、ちっとも勉強をしない、目を離すと外に飛び出している、突拍子もない計画を立てている‥‥などなど。
どこかで見たような姫巫女だ。
「こ、これは‥‥」
手記を握るカミーユの肩が小刻みに震えた。
さらに他の木箱から猟師セットを取り出した夏樹が、メモ書きを見つけた。
書かれていたのは、この遺跡の罠について。残したのは手記の姫巫女の次代の姫巫女のようだった。
『先代の姫巫女は機嫌を損ねてこの遺跡に閉じこもっては、迎えに来る教育係のために罠を用意していたようです。先代はその時の道具を後の巫女のために屋敷に持ち帰りましたが、私はそれをここに隠しました。けれど、ただ置いたのでは先代のような巫女が同じ道を辿り迷惑をかける恐れがあります。なのでここまでに多数の罠を仕掛けたのです。この箱を開けたお方、あなたがただの旅人てあることを願って、どうかこれらのものを持って行ってください』
読み上げた夏樹の声が終わると、カミーユはガックリと地に両手をついた。
彼女の気持ちをわかっていないのは、問題先祖そっくりの現姫巫女のみだ。
「恥‥‥とんでもない恥‥‥ハッ、皆さん、このことはどうか‥‥どうか‥‥!」
いつもの気丈さはどこへやら、カミーユは口止め料として10Gの支払いを約束した。
そして木箱の中身は開けた者が持って行ってくれ、とカミーユは告げた。
そのため、イリアは寝袋・毛布セットを、泰斗が細工用工具一式を、レンがマスカレード五つを、蛍石がスコップ三本を、夏樹が猟師セットをそれぞれもらうことになった。マスカレードがいったい何のために隠されたのかは永遠の謎だった。
何やらとても哀れなカミーユだった。
そんなわけで細工道具一式を手に入れた泰斗は、遺跡を出た後にクリスチーナの立会いのもと、アキテの神殿に自身の持つ三振りの刀剣を納めた。
ウィル、フオロ、そして自身の武運の長久を願ってのことだった。
その時のクリスチーナは姫巫女としての威厳を見せていたという。