リトルレディ〜幻の魚を追え

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月29日〜06月03日

リプレイ公開日:2007年06月05日

●オープニング

 その日、ロッド家子爵家の一人娘ハイネは人生最大のショックを受けた。

 ハイネの父カーシーは領内の視察から数日振りに戻ってきた。
 父の帰りをいまかいまかと待っていたハイネは、侍女の出迎えの声に素早く反応して自室を飛び出す。
 足音も高く廊下を駆け抜け、何人かの使用人とぶつかりそうになりながらも、上着を侍女に預けている父の姿を確認すると、
「お父様! おかえりなさい!」
 嬉しさに声を弾ませ父に飛びついた。
 けっこうな衝撃だったはずだが、カーシーはしっかりとハイネを抱きとめた。
 ハイネは頬を上気させて言った。
「お父様、お疲れ様です。お土産はありますか?」
 本命はもちろん『お土産』だ。
 カーシーは期待に満ちた眼差しを向ける娘に苦笑しつつも、
「もちろん」
 と、答える。
 カーシーの隣では妻のカタリナも夫と似たような表情をしていた。
 子ども扱いしないで、と常々言うようになったハイネだったが、やはりまだまだ子供だ。
「それじゃあ、向こうでお土産をあけようか」
 カーシーはやさしく言って甘えるハイネを抱き上げた。
 そして彼は、親ならごく当たり前の言葉をもらした。
 カタリナや後ろに控えていた侍女でさえ、その何気ない言葉にハイネがそこまで反応するとは思っていなかった。親の目から見れば四十を過ぎても小さな子供の頃の感覚が残っている。如何にウィルの年齢感覚が天界と異なるとは言え、幼子のような娘の反応に、何気なしに口をついたのだ。

「おお、ハイネ。ずいぶん重くなったな」

 小さな乙女には、悪魔の一撃だった。

 翌日から、ハイネの食欲は激減した。
 いつもの半分しか食べていない彼女を、両親もハイネ付きの侍女シルヴィアも心配するが、ハイネははっきりとした理由を話さない。
 太ったから、とは言いにくかった。
 たとえ住み込み使用人の子のグレイと取っ組み合いをしても、女の子なのである。
 そんな折、庭でグレイと遊んでいると不意に彼が言い出した。
「おまえ、最近食欲ないんだって? 風邪か?」
 何故コイツが知っている、とハイネはギクリと背筋に力が入る。
「風邪じゃないけど‥‥」
「じゃあ何だよ。皆心配してるぜ。変な病気なんじゃないかって」
 周りが心配しているのはハイネも知っている。
 使用人などのために料理の一部は全く手を着けない。と言う貴族の儀礼の範囲を超えて料理を残してしまうことも申し訳ないと思っている。
 黙り込んでしまったハイネの顔を、グレイは覗き込んだ。
「何かあったならオレに言えよ。相談に乗ってやるからさ」
「うん‥‥実はね‥‥」
 ハイネはいつになくやさしいグレイの言葉に甘えることにした。
 ハイネの話を聞き終えたグレイは、正直、自分の手には負えないと考え込んだ。父に「重くなったな」と言われたイコール太った、とハイネは思っているのだ。
 グレイから見たら、ハイネは太ってなどいないのだが、言っても聞かないだろう。
 それに、彼はカーシーの言葉の意味をわかっている。
 しかしそれを説明しても、やはりハイネは納得しないだろう。
 どうしたものかと悩んでいると、ふと先日町を歩いていた時に耳にした会話を思い出した。道端でおばさん達が話していたのだ。
「あのな、この前偶然町で聞いたんだけど。北の湖に幻と言われている魚がいてな、その魚に含まれているヤッセルカモーナっていう成分がダイエットにすごく効果があるらしいんだ」
「え、そうなの!? 何ていうお魚?」
「ソーシンとか言ったかな。でも幻の魚だから、もしかしたら嘘っぱちかもしれない」
「ううん、私信じるよ。あの湖ってたまに川から妙なものが流れ着いたりするんだってね。この前お父様がアキカンとか言う天界アイテムを近くの住民が拾ったとか言ってたよ。湖の主とかさ。だから、きっとそのお魚もいると思う」
 ハイネの頭の中では、すでに実在の魚となっていた。
 そうとなれば後は行動あるのみである。
 さっきまでの沈んだ顔が嘘のように、ハイネは明るい笑顔でグレイに言った。
「ありがとう、グレイ。私、釣りに行ってくるね。もし釣れたらグレイにも食べさせてあげる!」
「あ、あぁ‥‥どうも」
 曖昧な笑顔のグレイをその場に残し、ハイネは冒険者ギルドへの依頼書作成のために部屋に戻っていった。
「冒険者の人達なら、うまいことやってくれるかな‥‥」
 グレイの呟きが庭にぽつりと落ちた。

●今回の参加者

 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3102 アッシュ・クライン(33歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea6109 ティファル・ゲフェーリッヒ(30歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea8029 レオン・バーナード(25歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb6395 ゴードン・カノン(36歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

●大きくなる子
 光の滴を編む初夏の林を抜けると。あれあれ、元気に駈けてくる女の子。
「おーい」
 手を振る山下博士(eb4096)に、ハイネは笑顔で答えた。見知った人ばかりであるから、ハイネも自分を飾る必要を感じない。
「ずいぶん背が伸びたね」
 博士の言葉に
「ねえ。この前より、私大人になった?」
 知ってか知らないでか、何かを期待するような目でハイネは肩を寄せる。途端、博士はウサギの耳のようにぴくり。
「‥‥綺麗になった」
 もじもじとそれだけ言う。

「準備は出来‥‥おやおや、お邪魔したかな?」
 アッシュ・クライン(ea3102)が澄まして博士にそう言うと、博士はムキになって
「そんなんじゃないです」
 おかしさを堪えながら、アッシュは大人の余裕で
「そろそろみんな集まってきたぞ。いい天気だ」
 来た来た。
「みんな早すぎるのぢゃ」
 ウォーホースの黒王に荷物を載せ、自分はひらひらと飛んでくるユラヴィカ・クドゥス(ea1704)。
 鼻歌混じり。常為らぬ穏やかな表情で、なにやら籠を下げてやって来るオラース・カノーヴァ(ea3486)。
「きょうは、さかなつりなのー。いっぱいつれるといーのー♪」
 猫を載せたロバを引いてレン・ウィンドフェザー(ea4509)はピクニック気分。

「それにしても‥‥また少し背が伸びたかな?」
 ゴードン・カノン(eb6395)も久しぶりに合うハイネを見て口にする。
「そう? 私、大人になったでしょ?」
 機嫌良く応対するハイネの周りに、ソーシン釣りに同行する冒険者達が集まってきた。
「姫さん。そろそろ行こうか」
 オラースは手で輪を造り腰を屈めた。愛馬リンブドルムに載せるためだ。レディーに相応しい扱いに、ハイネは
「ありがとう」
 と口にした。しかし、
「はいねちゃん。いっしょにあるくのー」
 レンが手を引き、
「ゆっくり歩いて行くのも楽しいよ」
 博士が勧める。ハイネは双方を見比べながら考える。
「そうだな。適度に体を動かすと身も心も『軽く』なる」
 アッシュの声。彼はそろそろお勉強のストレスが溜まっている頃かと考えて居ただけだったが。それを聞いて、
「オラースさん。ありがとう。でも、今日は歩いて行くわ」
 レディ扱いに謝し、ハイネはさん付けで断りを入れるや、
「レン。博士。行きましょう」
 風のように駈けだした。慌てて追いかける二人の子供。
「やれやれ。後でへばっても知らねぇぞ」
 オラースは目を細めて眺めていた。

●本当にいるのか?
 今回の魚釣りの依頼を受けたレオン・バーナード(ea8029)は、屋敷のメイドの一人に声をかけた。
「ちょっと聞きたい事があるんだが」
「はい、何でしょう?」
「この屋敷でお嬢様と一番中の良い奴は誰か知らないか?」
レオンのいきなりの質問に、メイドはきょとんとした後に「ああ、それならば‥‥」と笑顔で答えてくれた。

 数分後、レオンは屋敷の台所の裏口に立っていた。
メイドの話しによると、お嬢様‥‥ハイネと屋敷の中で一番仲の良いのは歳の近い屋敷に住み込みで働いている少年のグレイだという。
この時間は他の使用人達と夕飯でも食べているだろうと、この場所を教えてもらったのだ。
 コンコン‥‥軽くドアをノックすると、料理人の一人だろうか?小太りの男がドアを空けた。
「はい、何か?」
「ああ、おいらは今回この屋敷のお嬢様のハイネさんから依頼を受けて来たレオン・バーナードだ。ハイネさんの事を知りたくてメイドに聞いたら、一番仲の良いのはグレイという住み込みで働いている少年だと聞いて‥‥いるかい?」
男はなるほどとうなづくと、ドアの向こうに姿を消して一人の男の子を連れてきた。
「きみがグレイかい?」
「そうだけど、あんたは?」
「おいらの名前はレオン・バーナードだ。ハイネさんの依頼で来たんだが、その前に今回の事を聞きたくてね仲の良い人を探してたんだ」
「‥‥べつに、仲が良いってほどもないけど」
 レオンの言葉にグレイはちょっと照れたように口を尖らせて、フンと鼻を小さく鳴らした。
 二人は庭の方にぶらりと向かうと、適当な場所に落ち着いた。
「で、聞きたい事って何だよ?」
グレイは話すなら早く話せと言わんばかりに、レオンの顔を真っ直ぐに見つめて言った。
「まあ簡単に言うと、事の発端を聞きたんだ」
「‥‥本当に簡単だな」
 グレイはレオンの言葉に子供らしい率直な意見を述べる。しかし、その後は素直に事情をグレイに教えてくれた。
 ハイネが父親に「重くなった」という言葉を素直に受け止めて落ち込んでしまった事、痩せようとご飯を食べなくなってしまった事、自分がソーシンという魚の噂を聞いたのをハイネに教えた事など‥‥。
「なるほど、それでハイネさんが依頼を申し込んだと言うわけか」
 グレイが一折り話してくれたのを聞いてレオンは空を見上げて一息ついた。
 多分、父親の言った「重い」という言葉は「大きくなった、成長したな」という意味であったのだろう。しかし、まだ子供だと思われていた彼女の心はレディーとしての成長をしていたのだ。単純なすれ違いによる大きな誤解というところだろう。
「それはそうとしてその湖の主だが、食ったら本当に痩せるのか? いや、どういう話にしてあるのか聞きたいだけだ」
 レオンの問いにグレイは唸りながら腕を組んで悩んだ。
「オレもおばちゃんの噂で聞いただけだから詳しくはわからないけど、北の湖に幻と言われている魚がいてな、その魚に含まれているヤッセルカモーナっていう成分がダイエットにすごく効果があるらしいって聞いたんだけだから」
「それはどんな魚かはわかるか?」
 グレイは悔しそうな顔をして首を横に振る。
(「おいおい、おばちゃんの噂って‥‥ソーシンって魚本当にいるのかよ」)
 レオンに一抹の不安がよぎった。なによりそのヤッセールカモーナという成分の名前が怪しすぎだ。だが、とりあえず大体の事情は分かった。その魚を釣れば解決だし、彼女なりに解決できればまたそれも良しとレオンはにかっとグレイに笑いかけて言った。
「判った。すべておいらに任せておけ!」

●居ることにしよう
 さて、皆が湖に向けて出発した同じ頃。先回りして現地に着いたティファル・ゲフェーリッヒ(ea6109)は、管理人と膝を交えていた。
「食えば痩せるというソーシンとか言う魚だが、本当に居るのか?」
「さぁな。湖の主らしき物を見かけたお方の話は何度か伺ったが、わしは見ておらん」
「じゃあ、主とソーシンは別物か?」
「主の方は多分居るじゃろう。お家の守り神と言われておってな。精霊祭の時、家運向上を祈念して旦那様が狩りの獲物を湖に沈めるのが習わしになって居る」
 主のほうは不可侵な存在にらしい。それではソーシンのほうはと聞けば、
「妙な噂を聞くようになったのはつい最近じゃ。そんな都合の良い魚など本当にいるのかね? 第一、贅沢者で知られるマリーネ姫様ですら、持て余すような贅肉はついておらんわ」
 彼はロッド領の外に出かける事はほとんど無い。なので冒険者達が見聞きするように、別に贅沢者でなくとも、心身の原因で太る貴族の奥方が居ることまでは彼は知らない。マリーネ姫の名が出てきたのは有名税と言う物であろう。
「いや、眉唾物なのは判った。だが、それを知ったらハイネ嬢は此処で落ち込んでしまうだろう。主家の姫のためだ。一肌脱いではくれまいか」
 と、『実際に見た事は無いが、そう言う話も有る』と、否定しないで口裏を合わせるよう持ちかけた。管理人は頷き、
「嘘は苦手じゃが、お嬢様の悲しむ顔は見たくありませんな」
 と、承諾した。

●初めての出来事
 釣りの日がやってきた。ハイネは万が一ということで救命胴衣がつけられ、レンや博士と一緒にボートに乗る事となった。湖には数隻のボートが浮かんでおり、もう一隻にはティファルとオラースが乗ってハイネに万が一があったときのために近くで釣りをすることにした。
「ハイネさん良かったらボートを漕いでみませんか?」
「え、私が?」
 博士の突然の申し出にハイネはびっくりした顔をした。
「ええ、ボートを漕ぐというのは結構な運動量のある全身運動なんですよ。沢山運動すれば、沢山食べてもその分カロリーを消費して太ることなどありませんしね」
「‥‥うん、私ボート漕いでみる」
 博士の説明を聞いてハイネはその申し出を受けた。
「よし、私がボートの漕ぎ方を教えよう」
 ゴードン・カノンがハイネ達のボートに併走するように並びボートを漕いで見せた。博士はハイネにオールを握らせて一緒に漕ぎ方を指導する。
「がんばってなのー」
 レンはそれを見て楽しげに応援を始めた。しかしハイネはボートを漕いだ事がないので手がおぼつかず、右に回り続けると思うと今度は左にとボートは迷走を始めた。
 ゴートンがボートを並べて修正したり、博士とレンが交代でオールのバランスをハイネと一緒にとってるうちに目的地に到着する頃には全員汗だくになって疲れ果てていた。
 何かあってはと近くで見守っていたティファルとオーラスでさえ気疲れしてしまっていたが、ハイネ本人は最後の方では自分だけで漕げるようになったのが楽しくてたまらないという風に汗だくになりながらも元気いっぱいだった。
「私、釣りってはじめてなの」
 嬉しそうに釣りの用意をしながらハイネはまわりの皆に言った。
「そうか、じゃぁ俺の釣りの腕を見てびっくりするんじゃねーぜ」
 オーラスはちょっと悪戯な笑みを浮かべると早速自前の釣竿を取り出し湖に糸を垂らした。

 程なくしてオーラスの釣り糸がピクピクと動き、湖面に水の輪が広がる。ハイネがそれに気づき見つめていると‥‥。
「よっしゃぁ!」
あっというまに魚が釣れて、湖面の上にと飛びあがった。
「うわぁ、すごーい」
「あ、はいねちゃんひーてるの」
 魚信に慌てて竿を引くが、
「取られちゃった‥‥」
「でも、あれはおおきかったの」
 レンは興奮。
「ははは。見とれるのはいいが、釣り損なうぞ。それとも姫さん、俺に気があるのか?」
 冗談めかし、オラースは可笑しそうに口元を緩ませる。ハイネの瞳に映ったその目は、好意に満ちていた。
「ほい。また一丁!」
 オラースがまた手際よく釣り上げる。
 ハイネは目をキラキラさせて楽しそうに釣り上げる様子を見つめる。
「よーし、私も頑張っちゃうんだから」
 ハイネも釣り糸を垂らして水面を今か今かと見つめていると‥‥ピクピクっと釣り糸から竿を引く気配が伝わってきた。
「わわ、さかながきたみたいなのー」
 レンは食い入るようにハイネと水面の下へと続いている釣糸を見つめる。
「まだですよ、あせらず魚が食いつこうかまだ悩んでるんですから、落ち着いて」
 博士もハイネに忠告しながら動向を見守る。釣り糸がグンッっと沈んだ。
「きゃぁっ」
「今です!」
 急にひっぱられてびっくりしたハイネだったが博士の声に反応して、反射的に竿を引っ張った。釣り糸は湖面の中を右に左に暴れるように迷走している。
「きゃっ‥‥やだ!やーん」
 泣きそうな声でハイネは釣竿をもって右に左に動き始め、ボートがグラグラと揺れる。
「大丈夫やさかい、ハイネはん落ち着いて!」
 ティファルは身を乗り出してハイネに声をかけた。そのせいで彼女の乗っているボートも体重がかかったほうに傾く。
「うわ、ちょっ‥‥タンマ、あんたの方があぶないって」
 突然のボートの揺れに、今まさに魚と格闘中だったオーラスが慌ててボートにしがみつく。
「おちつくのーあたしたちもおちちゃうのー」
 レンはそう言うとハイネの体を捕まえて、竿を一緒につかんで一気に上に引き上げた。
 バシャーンと大きな水音と共に、ハイネが一抱えできそうなぐらいの魚が水面から跳ね上がり博士の上に落ちてきた。
「やったぁー」
 それを見てオーラスも一緒にハイネの方に身体を乗りだし喜びの声を上げた。ハイネの入る方向、そうティファルと同じ方へ。
 魚が上げた水しぶきの音と共に違う方向からも水しぶきの音が鳴り、全員が振り向くとそこにはひっくり返ったボートと水面から顔を出した水びたしのオーラスとティファルのがいた。
「あははははは」
 ハイネは初めて釣った魚の嬉しさと、二人の光景をみて本当に楽しそうに笑った。
 夕方にはオーラスの釣り竿のおかげもあってかなりの量の魚が釣れた。

 岸に上がりバスケットからパンと下ごしらえが終わった料理とワイン。そして釣った湖の魚を塩焼きに。
「自分の獲った始末は自分でつけるのがレディの嗜みやで。奪った命を美味しく頂く事で自分の身となるんや」
 先生はティファル。まだ、厨房の差配をしたこともないハイネにとって、魚を捌くのも鱗を取るのも、初めてだ。
「魚を焼くときは、蒸し焼きか、遠火の強火が原則だよ」
 下味を着けた魚を、青葉に包み、焼き石を敷き詰めた極浅い穴の中へ。その上に石を被せ土を掛け、上で焚き火をするのだ。
「冒険者さんって、いつもこんな楽しいことしてるの?」
 ハイネが羨ましそう。
「姫さん。お楽しみはまだあるぞ」
 オラースが籠から取り出した物は。小さな可愛い仔ウサギ。
「‥‥ねぇ。触って大丈夫なの?」
「ああ。優しく抱いてごらん」
 オラースに促されるまま、おっかなびっくりウサギを抱く。
 ふわふわのオムレツのように柔らかくて、立ち上るスープの湯気のように暖かい。それがハイネの手の中にある。
「姫さん。これが命だよ‥‥」
 ハイネはピクピクする鼻に触ると、反射的に仔ウサギ後ろ足が蹴り出され
「ひゃっ!」
 胸を足で蹴飛ばされてビックリしたが、いつかのような乱暴な扱いはせず、頬ずりするように可愛がる。
「あんた、いつの間にか大人じゃん」
 オラースの言葉に
「私、もうずっと前から大人よ」
 と、反応するところはまだ子供。

「さあ。できたでぇ」
 ティファルが程良く蒸し焼きになった魚を持ってくる。
「あれ? 食べないの?」
 魚を切り分けるレオンが尋ねた。
「‥‥私‥‥お腹がすいてないの」
「こいつは絶品の魚だよ。馬鹿みたいに脂も付いてないし、身が締まっている」
 一緒に蒸し焼きにしたキノコや野菜を盛りつけながら、レオンは言った。ハイネは言葉を出せなかったが、良い香りが鼻をついたとき。
 きゅぅぅぅう〜。っとお腹が鳴った。
「はいねちゃん。おなかはしょうじきなの。おいしいよ」
「本当のレディは、人も食べ物も好き嫌いはしないものだ」
 レンとアッシュに促され。ハイネは魚を口にした。
「‥‥私‥‥こんなに美味しいもの、初めて!」
 驚いたように感想を漏らす。
「そや。今日はいっぱい身体を動かしたでな。いくら食べても太ることはないでぇ」
 ティファルに保証されたためか、ハイネは普段よりも多く食事をした。

●湖の主
「さあっ今日こそソーシンを釣るわよ!」
 快晴を思わせるような青空と湖に光の粒を落とす朝日に向かってハイネは、元気に叫んだ。
「あはは、げんきがいーのー♪」
 湖に向かって叫ぶハイネを見てレンはニコニコと笑った。
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。そんなに大声を上げるとせっかくの魚がびっくりして逃げてしまいますよ」
 博士は釣りの準備をしながらそう言うとにっこりと微笑んだ。
 ハイネは二人を交互に見ると、ちょっと恥ずかしそうに笑って一緒に釣りに行く準備を手伝いはじめる。ハイネは少しでも何かして身体を動かそうと思ったらしい。
「ボートも私に漕がせてね、お願い」
「ええ、良いですよ。ただしゆっくり全身で運動するように漕いで下さいね」
 ハイネに用心のための救命胴衣をつけながら、博士は優しく忠告した。
「疲れたらあたしも手伝うのー」
 レンもハイネ達のまわりを嬉しそうにピョンピョンと跳ね回り、3人は湖のボートに乗り込んでいった。

 日が高く昇る頃には、レンと博士はボートの上で疲れていた。ダイエットにもなるという言葉と、ボート漕ぎの楽しさでハイネはずっとボートを漕いでいたのだ。
「二人とも、もう疲れたの?」
 ポイントを決めているのか、ただ漕ぐのか楽しいのかわからないハイネの動きに二人はすっかり翻弄されてもうへとへと。
 あっちでもない、こっちでもないと言っているうちにいつのまにか3人のボートは湖の真ん中近くまで来ていた。遠くに小さく岸が見えるのがどれだけ漕いできたかを物語っているようで、そこまで結局漕いでしまったレンと博士はすっかり疲れてしまったのだ。
「だいぶ来ましたね‥‥そろそろ釣りをはじめませんか?」
「あたしもそう思うのー、おなかすいちゃうのー」
 ぐったりした二人と対照的に、ハイネは楽しさのあまりまだ元気。ボートを漕ぎたそうにウズウズとしながら口を尖らせて言った。
「ええー‥‥ここまで来たんですものあそこの小島の近くまで、ね? 私が一人で漕ぐから」
 ハイネの指した方向には岩のような小さめの小島が1つあった。休憩にも使えるかと博士は考え、レンはそれでハイネの気が済むならと交代の申し出を受けることにしたが‥‥その時!
「あ、や‥‥きゃぁ!」
 ドボーン! と派手な水しぶきが舞い上がる。交代しようとしてバランスをくずしてしまいボートがひっくり返ってしまったのだ。
 幸いレンはボートにしがみ付いていたので、そのままボートの体勢を直し乗り込む。
 ハイネは救命胴衣のおかげてプカプカと浮いているが、博士の姿が見えない。とりあえずハイネを引き上げようと手を差し伸べた時にハイネの下から黒くて大きな影がユラリと動いた。そして、それはどんどん大きく近づいて来る。
 この位置関係で魔法を使ったら、間違いなくハイネを巻き込んでしまう。条件が良ければ1個騎士団全てにダメージを与えうるレンの魔法である。無分別にどっかんやっちまう訳には行かない。
「あぶないの! はやくこっちにくるの!」
「きゃぁぁぁぁっ!」
 レンの声で自分のおかれた状況に気づいたハイネが、恐怖に動けなくなり叫び声を上げる。巨大な水柱があがり、起こった波にボートが木の葉のように揺れる。落ちてくる大量の水を腕で避けながらレンは必死にハイネを探した。
「グゥゥゥ‥‥」
 うめき声のような声と共に巨大な影がボートに落ちた。レンは上を見上げると太陽を背にして、なにやら巨大な生物がこちらを見下ろしていた。口にはハイネを咥えている。
「そ‥‥その子を放すの」
 震えた声で、しかし意思の強い言葉で巨大な影に言うと、以外とあっさりとボートにハイネを降ろしてくれた。
 ボートに降ろす時に見えた顔で、レンは目を見開いた。影の主は巨大なドラゴンだったのだ。ハイネも振り向いてそのドラゴンの大きさに震える。
「やめて、あ‥‥あたしなんか食べても美味しくないんだから」
 ハイネは震える自分の身体を押さえながら、必死にドラゴンを睨みつけて言った。とたんにゴォッっと風が吹く。
 どうやらドラゴンが笑ったらしい。
「嬢や、私は人間を食べないよ。第一、おまえさんみたいな『やせっぽっち』を食べたとしても、お腹の足しにもならないしな」
「やせっぽっち? 私が?」
 ハイネはドラゴンの言葉にキョトンとした顔になる。
「ああ、御前みたいなやせっぽっちじゃオヤツにもならない。ほらこっちの人間も返してやろう」
 ドラゴンは背中のほうに首を回すと、博士を咥えてボートに乗せた。
「小島かと思ったらドラゴンの背中だったようだ」
 博士もやれやれというように腰を落とす。
「博士さん、ドラゴンが私の事をやせっぽっちだって言ったわ。お父様は私の事を重いっておしゃったのに‥‥」
 うれしさ溢れるハイネの言葉に、博士とレンは顔を見合わせて、くすりと笑った。
「その重いという言葉は、大きくなったという意味だと思いますよ」
「そうなのー、レンのとーさまもレンをだっこして、ちょっとでもおもくなってるとすっごくよろこんでくれるの♪ だからレンはとーさまがよろこんでくれるように、たくさんあそんでいっぱいたべてはやくおっきくなるのー♪」
 博士の言葉にレンもニコニコと満面の笑みでそう言葉を続けた。
「そうなの?」
 ちょっとだけ納得いったような顔でハイネは小首をかしげた。
「人間の嬢や、私はこんなに大きくて御前より重いが太っているかな?」
 ドラゴンもなんとなく察してハイネに語りかけた。
「ううん、そんなことない! だって私より大きいんだから重いのは当たり前だし、鱗もキラキラでとっても素敵」
 慌てて答えるハイネに二人とドラゴンは笑った。
「それが成長ということなんですよ、大きくなれば大きくなった分だけ重くなるのは当然です」
「レンもとーさまのためにおっきくなって、おもくなるの。子供はいっぱいたべていっぱいあそんでおっきくなるのが仕事なのー」
「なんじゃ。そう言うわけだったのか。例えばじゃな、大人の女性の装いをするにしても、それなりの身長もいる筈なのじゃ。育つ事と太る事は別なのではないかのう。ハイネ殿の年頃じゃと、育つ事が重要であって、要は縦と横のバランスなのじゃ。よく食べてよく動いて今から基礎をしっかり作っておけば将来無敵なのじゃ」
「ハイネちゃんは最近、服の丈が短くなっている様に感じてへん? それはハイネちゃんが素敵なレディになる為に日々成長しているって事やで。背が伸びるって事は体のバランスを保つ為に体重も増えるって事やね。それは体が成長するには当たり前な事やねん」
 ユラヴィカとティファルがダメを押す。
「うん、私って何か誤解してたみたい。本当にごめんなさい」
 ハイネは恥ずかしそうにそう言うと、ペコリと皆に頭を下げた。