ノースマンによろしく〜遠い友達〜
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■ショートシナリオ
担当:マレーア4
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 56 C
参加人数:10人
サポート参加人数:5人
冒険期間:02月26日〜03月04日
リプレイ公開日:2006年03月05日
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●オープニング
夕暮れ。雪明りで森が白くぼんやりと光っている。
人っ子一人いない静かな森で
『‥‥どーしよう』
幻のように細い、少年の声が聞こえた。嬉しそうな、それとは違う。困惑をたたえた声。あたりを見回しても誰もいない。あるのは雪人形が二体だけ。
「ノース〜〜〜!!」
村の方から走ってくる少年の声が聞こえる。今度ははっきりとした、人間の声だ。
「うわあっ!」
足元の何かに足でもとられたのだろうか。前にめりになる少年を白い手がしっかりと抱きとめた。
『ロイ!』
雪人形の一体が、ふわりと足音を立てて雪を踏む。一直線に走ってきた少年を腕に抱えて
『どうして来たんだい? 来ちゃいけないって言われたんだろう?』
「だって、夜じゃないと殆どノース動けないじゃないか。僕はノースと遊びたいんだもん」
嬉しい言葉を彼は聞いた。だが腕の中にいるのは大事な友達。だからこそ‥‥。
『だけど約束したじゃないか。お父さんが心配するから夜は家を出てこないって‥‥。そんなことしたら本当に遊べなくなるよ』
「そうだぞ。何度言ったら解るんだ! 夜の森を甘く見ちゃいけないと! 解ってるのか? ロイ!」
かけられた声に、ビクッと怯えるように背中を震わせると、ロイは友達の背中に隠れた。
マフラーの影からそっと顔だけを声に向ける。そこには想像通り、腕を腰に当てきつい目でこちらを見つめる父の姿があった。
「父さん‥‥だって、ぼく‥‥」
「何度も言ったはずだ。お前の軽はずみな行動は、逆に彼を困らせることになるんだぞ」
「‥‥‥‥」
ロイは沈黙する。横に立つ友達は、助け舟を出してはくれなかった。
『僕のせいでいろいろ言われてるみたいだね。ごめん』
静かな、何かを悟ったような声に、少し苛立ちを込めた声が答える。
「‥‥悪いな。冒険者に事情は聞いたが、長い冬を喜ぶものはいない。一刻も早く立ち去って欲しいと言うのが正直な所だ」
『そう‥‥だよね』
突然村に現れた白い精霊。彼は自らの正体を覚えていないというが‥‥彼の周囲にはいつも雪と冷気があり、今年の冬はいつになく厳しく、長い。だから、誰もが彼が何であるかを知っていた。
『この身体ももうそろそろ限界みたいだから、あとちょっとだけ我慢して‥‥って、ロイ?』
背中に回された手に、精霊の目が瞬き、後ろを向く。そこには必死に背中にしがみ付くロイの姿があった。
「そんなのイヤだよ! 僕はもっとノースと遊びた‥‥わあっ!」
言葉がここで止まったのは、白い手に身体を突き飛ばされたからだ。
一体何を?
そんな顔で見つめる少年の瞳はそこに、恐ろしいまでに真剣な精霊と、父を見る。
『‥‥ゴブリンだね。なんだか‥‥沢山いるみたいだよ』
「こんな集団で出てきたことは無いのだが‥‥、他所から渡ってきたか、それとも‥‥」
『冬が厳しくて、餌を求めて出てきたか‥‥? かな?』
苦笑に近い笑みを浮かべた精霊は、ロイを立たせ、父親の手へと渡す。目と目が合って、少し前まで対立に近い関係にあった二人は、今同じ目的を共有した。
『ロイ。お父さんと一緒に村に戻るんだ。そして、もうここに来ちゃいけない』
「ロイ! 帰るぞ!」
「イヤだ! ノースも連れてく!」
抱き上げられた小さな身体が、肩の上で暴れるが父親の大きな腕には叶わない。
「放して! 放してよ!!」
駆け出す父親の肩の上で、最後に少年が見たものは、自分と同じくらいの背丈のはずなのに何故か大きく見えた友達の白い姿だった。
ウィルの街からその村へは歩けば2日程かかる。そこから必死の早馬が来たのはその日の昼のことだった。
聞けば昨夜の夜、村の近くの森にゴブリンの集団が現れたのが目撃されたのだという。
「ゴブリンの数は数十。どうやら集団を率いる長がいるらしくて結構統率が取れている。飢えていて‥‥村を襲おうとしているらしいんだ」
今の時点ではまだ本格的な襲撃は受けていないが、今、この時にも村が襲われる可能性はある。
「だから、大至急、村に来てくれ。助けてくれ。頼む!」
使者はそれだけ言って、倒れこむように眠ってしまった。
「おや、この村は‥‥」
この間の依頼の報告書を思い出す。確か、不思議な精霊が現れ、子供達と遊んでいたという、夢のような光景が見られたと冒険者が言っていたのを覚えている。
「この間とは、随分と違って厳しい話だな」
だがあの少年と不思議な精霊がいる村。見捨てることはできるだろうか‥‥。
差し出された依頼には、村人達の願いが込められていた。
●リプレイ本文
●到着した救い手
天空を覆う厚い雲。暗く灰色の空は今にも雪を大地に散らせようとしている。
暦はもう三月。故郷では春と呼ばれる時期なのに、風はあまりにも寒かった。
「うわっ。寒! 冬のフライングブルーム使用は、下手したら死ねるって噂は本当かあ!」
首を縮こまらせ、それでも桜桃真治(eb4072)は下を見下ろした。
眼下には村が見える。小さな村。森と村の境目は跨げば乗り越えられるような小さな柵のみ。それは、壊されてはいない。この寒さが、そして寒さを生み出しているものが、この村を守っているのだろうか。
「良かった。まだ、無事かな‥‥ん?」
彼女は見た。村に迫ろうとする黒い波。
「大変だ! 襲撃始まってるじゃないか‥‥。そしてあれは‥‥?」
黒い波を押しとどめるような白い光が見えた。空から見れば、それは針の穴ほどの小さな点に過ぎない。それなのに、何故‥‥
「なんで、あんなに綺麗なんだろう‥‥」
最後の二人が村に到着して暫し、空を見上げていた彼は声を上げた。
「戻ってきました! ‥‥大丈夫ですか? お怪我は?」
空から滑り降りるように飛んできた箒とそれに乗っていた人物を、クウェル・グッドウェザー(ea0447)は駆け寄るように出迎える。
「私は‥‥平気。でも、もうゴブリンの襲撃が始まってるみたいなんだ。黒い影が村を取り囲んでる」
息を切らせてそれだけ口にする。一刻も早くそれを知らせなくては、と真治は急ぎ戻ってきたのだ。
「まだ始まってなけりゃあと思ったが、さすがにそいつが楽観が過ぎたな。とにかく早く行こうぜ!」
ひらり、馬に跨って陸奥勇人(ea3329)は前方を見つめる。愛馬を休める暇が無いが、今は頑張ってもらわねばならない。
村の入り口近辺には、それほどの数の敵は見えない。だが、それほど、ということは敵が他にいると言うこと。半ば徹夜の強行軍、疲れが無いとは言わないが、間に合わなくては意味が無いのだ。
「突入するぞ。いいか? 皆?」
「勿論。一刻の猶予もありませんね。僕達が馬で先陣を切ります!」
「アグロ。しっかり頼むぞ」
クウェルも馬に乗り手綱を引き、イコン・シュターライゼン(ea7891)は愛馬の背を軽く叩いた。馬たちは主の思いに答えるように強く嘶く。
「俺たちは一丸になって後に続く。お前たちはまず、村に到達する事を考えてくれ」
ひらり、刀を抜きランディ・マクファーレン(ea1702)は前に立つ三人を見た。そして、とりあえず後方に付く。まずは全員で村に辿り着かねばならない。
「村人たちは守り抜かなければならん。絶対に‥‥」
民を守るのは鎧騎士の務め。ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)やシュバルツ・バルト(eb4155)の手にも力が入る。
「皆様に、聖なる母の祝福がありますように‥‥」
ボルト・レイヴン(ea7906)の祈りが冒険者を白い、光で包み込む。
それが冒険者の心に力と気合を入れなおしてくれた。
「あの辺に一塊になっているようですわ。数は‥‥10前後」
「では、一気に参りましょう。初撃は頂きますわ」
目を閉じたアルメリア・バルディア(ea1757)の声を自らも確かめた後、ルメリア・アドミナル(ea8594)は自らの魔法の手順を解放した。
薄緑の光が、真っ直ぐに直進する。地響きのような音と、ゴブリンたちの呻き声。それは、耳障りな響きとなって駆け出した冒険者達の前を阻もうと武器をかざす。
だが、それを意に介すこと無く、彼らは一直線に村へ突進した。
村の門を内側から押さえていた彼らは、その一団の行動に目を瞬かせた。
「待たせたな。助っ人参上だぜ!!」
門に貼り付くゴブリンを切り伏せて勇人は中にいる人々に向けて声を上げた。敵ではないと表すために。
「我々はウィルの街から来た冒険者です。村の救出の依頼を受けて参りました。開門を願います」
村人達の顔が明るくなり、押さえていた木の扉を僅かに開ける。クウェルと勇人を乗せた戦闘馬が駆け抜け、後から続々と冒険者達が入ってくる。最後の一人、ランディが駆け込み怒鳴った。
「俺で最後だ。門を閉めろ!」
それが合図。
隙間から入り込んだゴブリンをランディが袈裟懸けにした直後、門は閉ざされた。
恨みがましく奇声を上げるゴブリンたちの声を聞きながら。
「あんた達、あの包囲を突破してきたのか‥‥」
村人達は驚くように冒険者達を見つめる。
「まあ‥‥な。でも、無事で、間に合って‥‥良かった」
村に以前来た時と大きな変化は無い、とランディは目で軽く確認する。それだけでも、良かったと安心して、あくまで一時の事ではあると解ってはいるこの休息に彼は、彼らは荒い呼吸をなんとか整えようとしていた。
●小さな約束
冒険者達の突入の直後、村の何箇所かで柵を乗り越えようとするゴブリンが見られたという報告があった。侵入には至らなかったようだが、村人達の間に動揺が広がりつつあった。
「私達はギルドより助けに来ました者ですわ、精霊の力で皆様を守ります、どうか落ち着いて下さい」
ルメリアの堂々とした態度と言葉に、落ち着きを取り戻し始めているにしても、数日間に及ぶゴブリンの包囲は彼らから元気や、気力を失わせてしまったようだ。
「彼は、無事にギルドに辿り着いたのですね。良かった‥‥」
その中で村長は彼らに比べると僅かに胸を撫で下ろし、安心の表情を見せた。
「ああ、精一杯急いできたつもりだったが遅れてすまなかったな」
「いいえ‥‥おいでを心から感謝いたします」
冒険者達の中に見知った顔を見つけ、村長は近寄って事情を説明する。長い冬がやっと終ろうとした頃、ゴブリンが村を襲いに来たこと。その数は40〜50前後。羊小屋や、食糧倉庫などを狙ってきている。
「元々、この周辺には稀にゴブリンが出ることがありましたがここまでの集団が現れたのは初めてです。どこからか移動してきたのか、それとも冬が長くて、食料が無くなったのか‥‥」
理由は解らない。今は村の中に敵を入れないようにするので精一杯で、そんなことを考える場合では無いのだ。
「襲撃は主に夜、行われることが多いのです。今は村の男達が交代で見回りをし、なんとか守っていますが、今まで様子を見ていたゴブリンたちは、そろそろ本気を出し始めたようで‥‥」
昨晩などは村への侵入を許してしまい、危うく犠牲者が出る寸前だったと彼は告げた。少しずつ、ゴブリン達は村の周囲を取り巻いて包囲網を完成させつつあるようだ。だから、ここ数日、ギルドに行った使者以外は誰一人村から出ることは叶わなかった。
「ぎりぎり、間に合いましたか‥‥。ですが、奴らはどうして一気に攻めてこないのでしょう?」
今、夜毎襲ってくるのは偵察程度の人数だから、村人達でもなんとかなっている。だが、もし奴らが一度に襲ってきていたら、村に大きな被害が出ていた筈だ。
「村人達をいたぶるつもりなのかそれとも‥‥」
腕を組み考えるシュバルツの服の裾を
「ノースだよ! ノースが守ってくれてるからなんだよ!」
小さな手が引いた。
「「ロイ!」」
「「ロイ君?」」
村長と、ランディ、イコンと真治の声が視線と一緒に同じ方向に向かう。そこには幼い少年が真摯に冒険者達を見つめていた。
「ノースは、村の外にいるのか?」
見下ろすランディに、少年ロイは小さく頷いた。
「うん。ゴブリンが来た時からずっと‥‥。ノース、もう何日も姿を見せないんだ‥‥」
アルメニアは思い出すように眼を伏せる。この依頼に参加できなかった友人の話してくれた夢のような精霊との出会いを。雪人形が動き出し、少年の姿を取って子供達と遊んだという。
「話に聞く、雪人形の少年か? ノースってのは?」
友人、和紗彼方が見せてくれた絵姿と合わせて、ここに来るまでに冒険者達はその雪少年に少なくない好感を感じていた。
「‥‥ノース。‥‥あの雪人形の少年が、ゴブリンの群れを抑えてくれているというのは‥‥間違いないでしょう。ここ数日の冷え込みはかなりなものです。その寒さと、雪人形の攻撃で奴らは攻撃を見合わせているのではないかと思っています」
ゴブリンの群れは不思議に統率がとれていて、むやみやたらと攻撃をしかけては来ない。飢えたゴブリンだったらば考えなく攻撃してくるだろうが、ある程度不利と見るや彼らは退却して体制を立て直すということをするのだ。
「おそらく、あいつらを指揮する者がいるのでしょう。だからこそ、不確定要素であるノースの存在に警戒し、本気で攻めて来ないのかもしれません」
「だけどさ! ノース一人でゴブリンを止めてて、誰も助けに行けないんだ。このままだと、ノース死んじゃうよ!」
目にいっぱいの涙を受かべる少年の向こうでは子供達が同じように心配の表情を浮かべている。
反面、大人達の顔は、罪悪感に包まれている。自分達が忌み、早く去って欲しいと半ば追い出した精霊が今、村を守ってくれているのだ。顔向けなどとてもできまい。
「なあ、あんた達。ノースはあいつはあいつのやり方でこの村を護ってるんだ。分かってやってくれ、頼む」
真治の言葉に否定も、肯定も、どちらの言葉も出はしなかった。続く沈黙は冒険者が切る。
「‥‥よし、解った。俺達はうって出る。お前たちはここで待っているんだ」
仲間達と視線を合わせるランディにロイは追いすがった。
「僕も行く! ノースを助けに行くんだ」
僕も、私も。次々と声と手を上げる子供達を心配そうな大人達が止めるより早く
「ダメだ!」
射る様なランディの声が制した。
「お前たちなどが出てきてもノースを助ける何の役にもたたん。むしろ足手まといだ」
情け容赦の無い真実に、子供達は口を噤む。
「‥‥でも‥‥」
やり場の無い思い。俯くロイの髪を
くしゃ‥‥。
「えっ?」
触れる手があった。
軽くかき混ぜてランディは膝を折る。目線を合わせ真っ直ぐその瞳を見つめて。
「‥‥お前達の奇妙な友人は何故一人で戦っている? あいつの望みは、お前達が生き延びる事。彼の思いに報いる為に、お前達が如何すべきかは‥‥分かるな?」
「君達の代わりに僕達が、村と、ノース君を守ります」
「必ず、生かして返す。だから‥‥信じて、待っている事。それがお前達が為すべきことだぞ」
解るな? イコンとランディ。二人の眼差しを惑うことなく受け止め、ロイは頷く。もう、それ以上の我が儘は言わないと言うように顔を上げて。
「解ったよ。だったらお願い。必ずノースを助けて!」
ランディは無言で頷く。
「ああ、約束しよう」
「さあ、こっちへおいで。村の中央に避難するんだ」
「どこか、広い場所はありませんか?」
万が一、村に侵入されても少しでも被害が少なくなるように、真治とルメリアは村人達の避難誘導を始める。ルエラも村人達と話しをしながらそれに加わる。
「行くぞ。ロイ!」
最後まで心を残して振り返るロイに、冒険者達は、笑顔で答えたのだった。
「随分、いいお兄さんしていたな?」
門の外で、剣を握り締めたランディに勇人が悪戯っぽく笑う。
無表情なままランディは、それでも微かに口元を歪めて顔を上げた。
「我ながら、らしくない事だが。子供が戦場に彷徨い出て来るのは避けたいので、‥‥な」
それでいいのに、と勇人は口に出さない。代りに
「ああ、俺もそのノースってのに逢いたくなっちまったな。精霊とは縁がいろいろあったから、結構嫌いじゃないんだ」
目線は前に敵を睨みながらも、飄々と笑って告げる。
「では、彼と再会する為にも」
イコンの声が冒険者達の心の号令になった。
「森の方に、ゴブリンたちの集団の気配を感じます。精霊の少年の呼吸は‥‥解りませんが」
「とりあえずは、目の前の敵。それから森の方へ。それでいいですね」
指差された先からはゴブリンたちが数匹。剣と決意を握り締めた二人の戦士が地面を蹴る。同時に、戦闘が開始された。負けることの出来ない戦いが。
●戦闘開始。ゴブリンVS冒険者
カランカラ‥‥
微かな音にボルトは耳を欹てた。時間が無くて、ちゃんと働くかどうか自信が無かったがとりあえず、柵を乗り越え、広場への侵入を試みた敵の訪れを鳴子は教えてくれた。
「皆さん、下がっていてください」
村人達を背中でルメリアは庇う。反対側を見つめる真治の横では小さな手が服の裾を掴んでいて‥‥
(「この子達を守る為にも、ここは守り抜く!」)
決意を新たにさせていた。敵の侵入が近い。戦いがもう直ぐ始まるだろう。
服の裾を握る女の子を見つめながら、真治はそっと指を服から剥がさせた。代りに
「ロイ君。この子を頼むよ。これ、貸してやるからさ‥‥」
少年を手招きし、手に木彫りの人形を握らせる。
「うん!」
人形を、受取ったロイは女の子の手を取り抱きしめた。誰かに良く似た人形を、その泣き出しそうな顔の前に差し出し、握らせながら。
「ノースを信じてお前達は待つんだ。ノースは一人じゃない。お前達も一人じゃない。大丈夫だ、絶対またノースと会えるから」
そう言って子供達を抱きしめてくれた手は、今、背中となって子供達を守る。
「来たか‥‥。すまないな。そちらにも事情があるのだろうが、ここを通すわけにはいかん!」
「‥‥神のご加護がありますように‥‥」
彼女の言葉に答えるように
バリバリバリ!
雷が地面から天上へと轟いた。
村に敵が侵入したのは、森での戦いを潜り抜けたゴブリンたちが逃亡したからだった。その数はそれほど多くは無い。殆どはゴブリン討伐にうって出た冒険者達の剣の下に倒れていた。
前衛に立つはイギリスとノルマンでも名だたる戦士。その二人が背中を守りあっているのだ。突出しすぎて敵に囲まれることさえなければ、ゴブリンなどは彼らにとって大した敵ではない。
まして、
「射線を! お願いします!」
的確に放たれるライトニングサンダーボルトが敵に穴を開けてくれるのであれば、その隙を付いて敵を切り崩すことが手もなくできる。
では、何故、多くない数とはいえ、戦いを潜り抜けたゴブリンがいたのか。
それは‥‥
「しっかりして下さい! ノース君!」
森の中で倒れていた少年を救出した結果、彼のガードも含めて僅かに後手に回らざるを得なかったからだ。
「クウェルさん。アルメリアさんと後ろに下がって! その子をお願いします!」
言葉と一緒にシュバルツは手を二人の前に翳した。 白い、小さな少年はクウェルの腕の中で瞼を閉じている。手に氷のチャクラムを持ったまま半ば気を失っている。
リカバーは効果が無い。ポーションも口の中に入っていかない。今、クウェルにできるのは、彼を守る結界を固め、これ以上の消耗を防ぐことのみ。
必死の神への祈りは通じる。だが、願いは通じない。
(「神よ、どうか、この子を救いたまえ」)
身体は細く、軽く、冷たく。手の中で溶けて消えてしまうのではないか。そんな錯覚をクウェルに与えている。
「なんとか、早く、この子を村まで‥‥」
子供達の顔が頭を過ぎり、気持ちがはやる。だが‥‥
「どうやら、そう簡単にいかせてはくれねぇみたいだな」
葉を噛み締めながら、勇人は前を見た。
足元に無数のゴブリンの死骸を並べて暫し。
「おいでなすったか‥‥」
一際大きな息が吐かれたのと同じ刻限、同じ場所にそれは現れた。他のゴブリンより一回り大きく、鱗で全身を覆った戦士。手に持つは大きな槌矛。
「侮るなよ‥‥。あいつは今までのゴブリンとは訳が違う」
勇人とランディの喉がごくんと唾を飲み込んだ。
「ぐおおおお!!」
ゴブリンの太い唸り声。まるで森中に響き渡るかと思ったほど強大だった。やがて十匹程のゴブリンが冒険者達に向かってにじり寄ってくる。無論、あの大ゴブリンも一緒に。
ニカッとゴブリンたちが微笑む。それは勝利を確信したような顔だった。
プツン。
何かが切れる音がして、彼ら二人の足元の地面が蹴られる。
「手前が頭か‥‥」
「シュバルツ、イコン! 後ろを頼む」
右とらゴブリンたちの間をすり抜けて、旋風が舞う。襲い来る敵に、二人の騎士達は自らを強化する魔法をかけて、迎え撃った。小さな精霊と魔法使いを守る為に。
槍が翻り、剣が敵を近づかせまいと踊って敵の足を止める。その間、大ゴブリンは槌矛を振り回す。仲間を呼び寄せる。目の前の冒険者が邪魔だというように唸って。
「グハッ!」
腹にめり込んだハンマーはランディの顔を歪めさせた。唇を噛み締めて敵を睨みつける。
勝ち誇ったような顔。
だが、それは目の前に飛んだ白い閃光と。
「が‥‥?」
ゴトッという音と共に地面に落ちた。当の本人にも何が起きたか解らなかったろう。
ランディが気を引いた隙を見逃さずゴブリンの首を狙った者がいたのだ。
「悪いがその首貰い受ける!」
それは勇人にとっても会心の一撃だった。
勿論、仲間が作ってくれたチャンスと隙があって、そして目の前に飛んだ氷の刃が足を止めてこその一刀であったが。
「ノースくん?」
戻ってきた刃を受け止める力は彼には無く、クウェルの手で静かに溶ける。
彼の意識と共に。
怪訝なまま転がり、空を見上げた大ゴブリンの目はやがて虚ろに光を失っていった。
「まだ、やるつもりですか?」
聖者の槍が唸りを上げて、ゴブリンの首元に止まる。既に足元には物言わぬ仲間が数体。
そして‥‥
「ゴブゴブ‥‥!」
自ら剣を治め、何か捨て台詞のようなものを残して、彼らは去っていく。イコンは深く、息を吐き出した。
弱いもの相手にはとことん強く、強いもの相手にはとことん弱いのがゴブリンと言う種族。
「これを村の入り口にでもおいておいたら、ゴブリンどもは士気を失うかな?」
言いながら拾い上げた大ゴブリンの頭を、勇人は軽く小突いてから真剣な顔で踵を返した。
「村に戻ろう。逃げたゴブリンがやってきてるかもしれない」
「ああ、それに‥‥ノースを村に連れて行ってやらねば‥‥」
残るダメージを振り切ってランディは立つ。クウェルもノースを抱えたまま立ち上がり走り出す。
「‥‥頑張って下さい。皆が待っていますよ」
優しくアルメリアの手がノースの額に触れる。冷たい筈の肌に彼女はほんの少しだが、ぬくもりを感じたような気がしてならなかった。
●遠い友達
村を取り巻く黒い重圧が静かに消えていく。
「なんとか、勝ったようですわね‥‥」
深く息をついてルメリアは肩の力を抜いた。人々から歓声が生まれ、村中に響き渡る。
大ゴブリンの死後、ゴブリン達の多くは、まるで蜂の子を散らすように逃げ出していった。村の中に入ってきたのは、外での討伐部隊の手を逃れた数匹のみ。被害は殆ど出ずにすんだ。
「ふう、ゴブリンとはいえど、数が多いとやっかいだねえ。ああ、疲れた〜」
戦闘から縁遠い世界から来た、戦い慣れしているとは言えない真治の身体には小さな傷があちらこちらに出来ている。
「ご苦労様でした。お陰で私は治癒に専念させてもらうことができました」
ボルトの治癒を受けながら、真治は考える。魔法と言うこと、異世界と言うこと。そして‥‥
「あっ! ノース!」
村の入り口を見つめていたロイが嬉しそうな声を上げた。冒険者達の間に挟まれ、ゆっくりと歩いてくる大事な友達。
「ノース。良かった。無事だったんだ‥‥ね‥‥あ‥‥れ?」
? ロイは自分の手と友達を何度も何度も見比べた。今、彼に抱きつこうとしたはずなのに、体が空をきった気がする。怪訝そうに自分を見つめる少年に、精一杯の笑顔を作り、彼は言った。
『みんな、無事でよかった。あのさ、僕‥‥お別れに来たんだ』
「「「「「「え〜〜〜〜っ!!」」」」」」
子供達の口から、同音異句の悲鳴にも似た声が上がる。ある者は悔しそうに、ある者は悲しそうに涙を貯めて、そして‥‥ロイは、
「何でだよ! 何でお別れなんて? やっと、ゴブリンいなくなったのに。やっとまた、一緒に遊べると思ったのに‥‥」
何で? 何で? と繰り返し、繰り返し泣きじゃくりながら問いかけた。
「僕らのせい? 僕らを守ったせいなの?」
答えは返らない。辛そうにただ、顔を背けるばかりだ。
「春になったら眠ればいいじゃないか。次の冬まで待っててくれない友達じゃないだろ?」
まるで子供のように泣き出しそうな顔で言う真治にノースは黙って首を横に振る。
『ゴメン‥‥。ただ、解るんだ。僕のいていい時間は終ったって。もう、‥‥交代の時が来たんだって‥‥。今回の事はそれが少し早まっただけだよ』
「そんな‥‥‥‥!」
言っている間にも、彼の存在は、もう薄くなり、姿は足先から霧散し始めている。勇人は微かに直視を避けて顔を逸らした。もう彼には力が殆ど残っていないと解っている。
それを解っていて彼は目覚めたノースに声をかけた。
『ちょいと無理させちまったが良く頑張ったな。まだ子供たちに挨拶は出来そうか?』
彼は少し考えて、頷き、自分の足で立ち上がった。きっと残る力全てを使った最期の別れなのだ。
『僕は、本当に楽しかったよ。この身体になって、みんなと遊べて、そして‥‥最期に皆の役に立てた。なんの悔いも無い。僕は幸せだったと思う』
浮かべる笑みに一欠けらの後悔は無く、彼の言葉が心からのものなのだと知らせる。
『これから、春が来る。君たちがずっと待っていた春。僕はそれを見ることができないけど、僕の分まで楽しく笑っていて‥‥』
寂しがりやの冬の精霊。冷たい、冬の世界に生きる彼がこの冬に手に入れた小さなぬくもりはかけがえの無い宝物。そう、命を賭けても、存在と引き換えにしても惜しくないほどに‥‥。
「待って!」
ロイの縋りかけた手、伸ばしかけた思いを‥‥ランディは無言で背後から押し止めた。首を横に振る、ただそれだけの仕草でロイは手と思いを下に降ろす。
ノースを大切に思うなら‥‥。
「精霊は死なねぇよ。きっとまた会えるから、寂しくとも今は笑って見送ってやれ」
ほら。言いながら勇人は子供達を前に押しやる。
‥‥自らの言葉の半分が真実で、半分が嘘であると解っていても今は、あの小さな勇者を涙ではなく笑顔を最後に贈ってやりたかったのだ。
「‥‥気が向いたら、来年また来る事だ。冬の間だけなら、村人も村の恩人を無碍には扱うまいさ」
「ノース君…冬が来たらまた逢えますよね‥‥」
「貴方に会いたい人が、沢山います。どうか‥‥また会えますように‥‥」
「ノース。僕、君が大好きだよ。また‥‥一緒に遊ぼう。‥‥約束だよ‥‥」
冒険者達の言葉、そして、友の言葉を噛み締めるように胸にしまうと、満面の笑顔を返す。
「うん。そうできたらいいな。そうしたいと思う。‥‥本当にありがとう‥‥」
最後のありがとうという言葉と一緒に耳に残ったのは微かな雪解けの音。
そして‥‥少年の姿は光に解ける淡雪のように消えた。
残ったのは彼がしていた、手袋と、帽子と靴とマフラー。そして、真っ赤なリンゴが二つ。
「これくらい‥‥持って行って良かったのに。僕‥‥お礼を言うの、忘れちゃったよ‥‥。ノース、ノース!!!」
我慢していた思いと、涙を、ロイはランディの腕の中で吐き出した。
子供達もまたそれぞれに、涙を流す。
自分達でさえ、胸に残るこの空虚な寂しさを彼らが乗り越えるには時間がかかるだろうとアルメリアは思う。
だから、せめて‥‥。
冒険者達は彼らを泣かせてやった。
その胸を貸して‥‥心を抱きしめて‥‥。
依頼を終え、冒険者達は村を後にする。
「ねえ、お姉ちゃん。このお人形。ちょうだい。大事にするから‥‥」
そう言われて否とは言えず、真治の荷物からスノーマン人形は消えていた。代りにカバンに増えたマフラーを、寒くは無いのになんとなく真治は首に巻く。雪の精霊がしていたとは思えない暖かさが、何故か不思議に涙を運んでくる。
「しっかり‥‥しないといけないよね」
自分自身に言い聞かせるように、真治は顔を上げた。
「風が温かくなってきた‥‥。春がもう近いんだな」
「いいえ」
髪を風になびかせていたルエラの言葉をシュバルツはそっと否定して地面を指差す。そこには桃色の花の蕾が膨らんでいた。
「もう、春ですよ。きっと‥‥」
指の先ほどの小さな花。でも、それは確かな存在感で、そこに今、花開こうとしていた。
「冬が終わり、春がやってくる。季節は移り変わり、時は流れる。異郷の土地にも、故郷にも、そして‥‥精霊達の元にも‥‥」
微かな思いを胸に抱いて空を見上げた。
厚い雲はもうどこにも見えない。フライングブルームで飛びたくなるような美しい青い空がそこにあるだけ。
「いつか、また会えるよな‥‥ノース」
真治の思いは、願いは空に静かに溶ける。
「この精霊の地にも神のご加護があらんことを‥‥」
故郷と同じ色の空に、あの不思議な精霊と同じ色の白い雲にクウェルは祈りを捧げていた。
遠い友達の元にもこの空は続いていると信じて‥‥。