ばけもんテイマーズ〜フラウ領危機一髪?

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:9人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月05日〜06月10日

リプレイ公開日:2007年06月11日

●オープニング

 一台の馬車がフラウ邸の前で止まった。
 趣味の良い装飾が施された馬車からは、持ち主がそれなりの人物であることをうかがわせる。
 事実その通り、従者の手を借りて馬車から降りてきたのは、上品な雰囲気の女性だった。
 しかし、その表情は険しい。
 さらには、急な訪問だったのかフラウ家の門番が驚いている。
 門番は慌しく屋敷内へこの夫人の来訪を告げに走った。

 突然の訪問の上、迎えてみれば険しい表情に顔色は蒼白。いったいどうしたのかと、アレクサンドラ・フラウは目の前の夫人をしばし見つめた。
 彼女のことは知っている。
 フラウ領でも屈指の商家、バベッジ家の夫人マージである。淡い金髪にやさしい空色の瞳のよくできた夫人と評判の高い女性だ。マージ自身は庶民の出だが、今の当主がまだ跡継ぎだった頃に見初められて結婚し、その後様々な苦労を経て今では立派な商家の夫人だ。
 その彼女が、この世の終わりのような顔をしている。
 ただ事ではない。
 アレクサンドラは部屋に通し、侍女にお茶を持ってくるように言うと、今にも崩れそうなマージを支えるようにして椅子に座らせた。
 やがてお茶を運んできた侍女を下がらせ、部屋に二人きりになるとアレクサンドラは話を聞き出す前にお茶を飲むことを勧めた。
 アレクサンドラの言う通り、お茶を一口含むとだいぶ気持ちが落ち着いたのか、マージの顔の強張りが幾分解けた。
「落ち着きました? そんなに慌てて何かあったのですか?」
 ゆっくりとアレクサンドラが問えば、とたんにマージの顔がサッと青くなる。けれど、先ほどまでのように取り乱してはいないようだ。
「庭でグリフォンを飼おうと思ったのです」
 マージは切り出す。
 彼女は無類の動物好きであった。
「躾の仕方も学び、実際調教師の方の許可が下りるまで勉強しました。それでやっと許しを得て別荘へ連れて帰ろうとしたところで賊に襲われてしまったのです」
 マージは悔しさと後悔の入り混じった顔をうつむけ、膝の上で握り締めた自身の手を睨み付けた。
 アレクサンドラは『賊』という単語に思い当たる節があった。
 最近、大きなペットばかりを狙う賊がいるらしいのだ。
 以前どこかで小動物を標的にしたペット泥棒がいたらしいが、今度は大物狙いが現れたというわけだ。強奪したペットは裏で売買されるのだろう。
「グリフォン達はすっかり興奮してしまい、檻を壊して逃げてしまいました。おかげで賊達もどこかへ行ってしまったのですが。その後、あの子達を探して見つけたはいいのですが、私のことがわからないのか気が立っていて近寄ることもできないのです。今はその場にじっとしてますが、いつ暴れだすかと思うと‥‥。そんなことになったら、皆さんに申し訳ないですし、あの子達もどんなお咎めを受けるか‥‥!」
「ちょっと待って。あの子‥‥達? グリフォンは何体かいるのですか?」
「はい。二体います」
「‥‥もしかして、西の街道を塞いでいるグリフォンとは、あなたの?」
「そうです! もう一体は北の森にいます」
 アレクサンドラは椅子の背もたれに深く身を預け、考えに耽った。
 それは短い時間だったが、考えはまとまったようだ。
「モンスター調教の専門家を呼びましょう。彼女と話し合ってどうするかを決めます。詳しくは後ほど知らせを送りますので、今日のところは家でゆっくり休んでください。大丈夫、間違っても傷つけたりなんかしませんから」
 アレクサンドラはマージを安心させるように微笑んだ。
 それでもマージはまだ心配そうだったが、ひとまず帰ることにした。

「‥‥とまあ、こういうわけなんです」
 グリフォン対策としてアレクサンドラに呼ばれたのは、女王 様代。今日も漆黒のマント姿だ。その下には相変わらずのナイスバディが隠されている。
「なるほど。いいですわ、引き受けましょう。このムチも試してみたいことですし。ふふふふ‥‥」
 様代はマントの下の、最近手に入れたムチを楽しげに撫でた。
「あの、くれぐれも怪我をさせないでくださいね。バベッジ様の大事なペットですから」
「あたくしを誰だと思ってますの? でも‥‥あたくし一人ではちょっと荷が重いですわね。どなたかに手伝っていただかないと。それと、二体いるならもう一方にはあたくしは行くにしても遅れてしまうでしょうから、それなりの人に押さえておいてもらいませんと。もちろん、その人達だけで確保できればいいんですけどね」
「わかりました。どちらから静めに行きますか?」
「西の街道からにしますわ。いつまでも塞がっていては迷惑でしょう? すでに封鎖されているでしょうが、北も西も住民の避難などはお願いしますわ。移動した時のことも考えてね」
 アレクサンドラは神妙な表情で頷いた。
 今は人間への被害は出ていないが、グリフォン達が万が一にも町中へ繰り出すようなことがあったら一大事だ。
「興奮したグリフォンちゃん、すぐにあたくしが可愛がってあげますわ‥‥ほほほ、おーっほほほほほ!」
 様代の高笑いを聞きながら、これさえなければ‥‥と思うアレクサンドラだった。
 もっとも、これのせいで周囲の人々が引いていても様代は毛ほども気にしてはいないのだが。

●今回の参加者

 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3102 アッシュ・クライン(33歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea7891 イコン・シュターライゼン(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea8773 ケヴィン・グレイヴ(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

封魔 大次郎(ea0417

●リプレイ本文

●その時のこと
 逃げ出したグリフォンを捕まえに行く前に、まずは詳しい話を聞きに行こう、と冒険者達はフラウ邸を訪れていた。案内された応接室には、この件の実質的依頼人であるマージ・バベッジ、調教師女王様代、それからこの屋敷の夫人アレクサンドラが待っていた。
「お久しぶりです。アレクサンドラ様」
 まずは屋敷の夫人に、とイコン・シュターライゼン(ea7891)がアレクサンドラに丁寧な挨拶をする。それから、マージと様代にも。
 アレクサンドラ達もそれぞれに挨拶を返すと、さっそく本題に入ることにした。
 侍女が運んできたハーブティで唇を湿らせてから、陸奥勇人(ea3329)が切り出す。
「まずは詳しい経緯を教えてくれ。賊の身形や装備、手口。覚えていることは全て教えてほしい。‥‥そうだな、襲われた場所についても」
「わかりました。襲われた場所は西の街道です」
 西の街道と言っても距離がある。マージが襲われたのは、中心街から西の街道へ出ていくつかの脇道を通り過ぎた、人通りのほとんどない地点だった。
 そこで賊に襲われ、二頭のグリフォンを奪われたが途中でグリフォンが暴れだしたため檻が壊され、興奮するままに逃げていってしまったのだ。西の街道にいるグリフォンはそのうちの一頭だ。
「賊達は最初からあの子達を狙っていました。護衛の者達に煙玉や魔法で攻撃を仕掛け、その間にあの子達を引く馬車を奪おうとしたのです。何人かの賊に怪我を負わせたようですが、捕まえるまでにはいたりませんでした」
「なるほど。人数はわかるか?」
「だいたい二十人くらいかと。大型ペットを狙う賊の話は聞いていたので警戒はしていたのですが、向こうが上手でした」
「とはいえ、賊だってグリフォンを捕え損ねたんだ。頑張ったんじゃないの?」
 たいした慰めにもならないとわかっていながらも勇人が言えば、マージは弱々しいながらも笑みを浮かべた。
 すると、そこで席を立つディアッカ・ディアボロス(ea5597)。
「話の途中で失礼ですが、私は今からその西の街道へ赴きその時の様子を視てこようと思います」
「‥‥視る?」
「過去を視ることのできる魔法があるのです」
 マージはそれで納得した。
 アレクサンドラが部屋の扉を開け、外に控えていた侍女にこのことを告げるとディアッカを外の扉へと案内していった。
「じゃあ後もう一つ。グリフォンの名前と好物を教えてくれ」
「あ、特徴もお願いします」
 勇人とイコンの言葉に頷き、マージは二頭のグリフォンについて教えた。
「はい。西の街道のはニコ。オスです。全体的に茶色で胸の辺りだけが白です。北の森のはササ。メスですね。真っ黒なグリフォンで頭の上の毛が黄色くなってます。今はどちらも気が立ってますが、本当はやさしい子達なのです。ササは音楽が好きなようです。私が歌うと目を閉じて聞いていました。ニコは光るものが好きですね。どこからともなく拾ってきてました」
 マージの返答を冒険者達は記憶していく。
 そして最後にイコンがヒポグリフ同行の許可とグリフォン用の檻を用意してほしいことをアレクサンドラに言えば、彼女は快く頷いた。
「檻は用意してあるわ。皆さんの後から馬車に引かせてついて行かせましょう」
 話がまとまれば西と北に分かれて動くのみである。
 ディアッカとは途中で合流できるだろう。

●見晴らしの良い街道で
 驢馬のなぁーたに乗り鼻歌混じりに西の街道を行くレン・ウィンドフェザー(ea4509)。たぶん歌は自作だろう。さしずめタイトルは『まじゅーさんをつかまえにいくの♪』といったところか。さらに驢馬には猫用バスケットもくくりつけられていた。
 一行の先頭を行くのはアッシュ・クライン(ea3102)だ。賊を警戒しながら歩を進めている。彼はコカトリスのリョクドウを連れていた。
 街道はアレクサンドラの手配通り、人っ子ひとりいなかった。これなら、人がいれば自分で『怪しい者です』と言っているようなものだ。
 レンと並んでイコンがヒポグリフのツグロと歩いている。
 その二人の後ろをグリフォンのデュランダルを連れた山下博士(eb4096)と様代が続いていた。
 アレクサンドラが用意したグリフォン用の檻は、さらに距離を置いた後方だ。
 この先に手がつけられなくなったグリフォンがいるとは思えない平和な街道を進んでいると、過去視に行っていたディアッカと合流した。魔法パーストを実行した結果の報告をしようと戻っているところで会えたのだ。
 ディアッカはやや難しい表情で告げた。
「なかなか考えている賊です。煙玉や魔法‥‥あれはストームかストリュームフィールドでしょうか。それと地の精霊魔法ですね。アグラベイションやウォールホールでした。そうやって護衛の人達を混乱させてグリフォンを盗もうとしたのです。武器はほとんど剣です。弓を持っている者は見ませんでしたよ」
「役割分担をキッチリしてるってわけか。目くらましアイテムに地と風系統の魔法、と。ありがとうディアッカ」
「いいえ。これだけ見晴らしがいいなら賊も出ないとは思いますが、充分気をつけてください。では、私は北の森へ向かいます」
 テレパシーを使うにしても、届く範囲まで移動しなければならない。
 ディアッカは方向を定めて飛び去っていった。
 しばらく行くと問題のグリフォンが見えてきた。
 大人しくしているようだが、時折嘴で激しく地面を抉っている。あれにやられたらひとたまりもないだろう。
「ずいぶん荒れてますわね」
 ニコの様子を観察しながらいつもと変わらない口調で様代が言った。
「様代ならどーする?」
「そうですわねぇ、まずは正気に戻しませんとね。多少手荒くとも」
 レンの質問に答えた様代の目がキラリと光る。猛獣の目‥‥いや、獲物を見つけた猛獣の目だ。
 そして簡単に作戦を立てた一行は荒れ狂うグリフォンへと向かった。
 一番気を付けなければならないのは、取り逃がさないことだ。ここに来るまでに何本か通り過ぎた脇道を進めば村が現れるだろう。そんなところへ逃げ込まれては大惨事となってしまう。
 次に賊への警戒。
「そういえばニコは光るものが好きでしたわね。どなたか光って下さらない?」
 平然と言った様代に全員が「無理っ」と返す。
 仮に光ったとして、あの荒れ狂ったニコの前に放られるのは嫌だった。
 しかし、ふと様代の視線が博士で止まる。
「あなたの眼鏡なんて好きそうですわ‥‥ふふふ」
「ちょっ、待ってくださいっ。これがないと何も見えなくなってしまいますっ」
「いきなり飛び込めなんて言いませんわよ。ニコちゃんが落ち着いたらでいいのです。誰だって好きなものが側にあったら気持ちが良いでしょう?」
 どうやら博士がニコに接近するのは決定事項になりそうだ。
 今日が命日にならないことを祈るしかない博士だった。

 賊の警戒はアッシュが引き受けると言うのでそちらは彼に任せ、他の者達はニコの確保に集中した。
 最初にレンのローリンググラビティーをニコの周りに仕掛ける。
 めくれ上がった土塊などが舞い上がると、ニコはギャアギャアと物凄い声を上げた。
 ますます興奮と混乱の坩堝に叩き落してしまったようだ。
「わわ、あるいちゃダメなのー!」
 突進しようとしたニコに慌ててレンはアグラベイションをかける。
「デュランダル、頼みます」
 博士に指示された通り、デュランダルはニコの頭上高くまで舞い上がり、上から押さえつけるようにして降りた。
 ニコは羽をばたつかせ、デュランダルを振り落とそうともがくが、アグラベイションの効果でその動きは非常にゆっくりだ。
 様代はそれを満足そうに見やる。これならニコが逃げ出すことはできないだろう。
「オホホホ、あなたは囚われの子猫ちゃんですわ! 観念なさい!」
 ビシャーン! と、雷が落ちたような轟音がニコすれすれの地を打った。
「ほらほら。大人しくしないと次は当てますわよ!」
 高笑いしながら鞭を振り回すその姿は、まさに『女王様』。いつの間にかマントは投げ捨てられ、パツンパツンの黒服に包まれたナイスバディが露わになっていた。
 様代はニコに鞭を当てる気などなかったが、見ているほうはハラハラする。
 ついでに今の様代は怖くて近づきたくない、というのが正直なところだ。
 何度かギリギリのところを打つと、様代の気迫に呑まれたニコはようやく大人しくなった。
 そして入れ替わるようにアッシュのリョクドウとイコンが進み出た。
 リョクドウはニコの牽制のため、イコンはオーラテレパスで語りかけるためだ。念の為イコンはオーラシールドを展開している。
「初めまして、ニコさん。僕はイコンと言います。マージさんに頼まれて迎えにきました。一緒に帰りましょう」
 怯えさせないように怒らせないようにと気を遣いながら話しかけるイコン。ここで失敗したらニコの上のデュランダルや横にいるリョクドウが危ない。もちろん自分も。
 イコン以外の冒険者達と様代はじっとそれを見守っている。
 やがてニコはゆっくりと足を折って地に座り込んだ。
 イコンが振り返って穏やかな笑みを見せる。
「帰ってくれるそうです」
「お疲れ様」
 様代も笑顔を返して放り投げたマントを羽織った。
 博士はデュランダルを呼び戻し、続いて後方の檻を引く馬車の御者へ合図を送った。
 ニコが檻に入ると博士はそのすぐ側を歩くことにした。
 様代が指摘した通り、ニコは博士の眼鏡に興味を示している。
「屋敷に着くまでは気を抜けないな」
 アッシュの一言に冒険者達は改めて気を引き締めた。
 行きにその姿を見なくても、何故か帰りにやって来るのが賊だからだ。
 気疲れのする道中だったが、そのおかげかフラウ邸まで何事もなく到着することができたのだった。
 その代わり、それはもしも賊が出るなら北の森だということを示していることになりそうだ。
 帰ってきた冒険者達をマージは涙をあふれさせて出迎えた。
 まだササが残っているが、彼女は何度も礼を言いニコに話しかけ、また礼を言いと少々混乱気味だ。
「僕はここでニコさんを見ていますよ。万が一、ここを襲撃された時のためにも」
 他の面々が北の森を目指そうとする前に博士がこう言い、彼はフラウ邸に残ることになった。

●グリフォン捜索
 北の森へ向かった一行は、それぞれに分かれてグリフォンの捜索に当たった。
 森の木々よりも高く舞い上がったユラヴィカ・クドゥス(ea1704)は、サンワードを使いグリフォンの居場所を探した。
 ──泉に。もっと、北。
 そんな言葉を受けた。
 それから彼はゆっくり北を目指しながらテレスコープで眼下の森をくまなく探した。
 北と言っても広い。
 ユラヴィカのいる点からまっすぐ北なのか、それとも彼がいた点をスタートラインに北なのか。前者と後者では捜索範囲に果てしない差が出る。
「だからといって投げ出すつもりはさらさらないがの‥‥ん?」
 独り言がもれた時、ディアッカからのテレパシーが届いた。
 西の街道で使用したパーストの結果報告だ。
 その内容はマージが話したことと一致し、さらなる詳細をユラヴィカに教えてくれた。
「たかが賊と舐めてかかれんということじゃな」
 気を引き締め、ユラヴィカもマージからの情報をディアッカに伝える。
 他のメンバーにも、じきに同じ内容が広まるだろう。
 その時、ユラヴィカの視界に何かが引っかかった。

 狩猟犬ペンドラゴンと共に森の中を進んでいたオラース・カノーヴァ(ea3486)は、ディアッカからの伝言を聞きながら、様子の変わった愛犬に気付きその背をなでた。
 茂みに身を潜め気配を殺しながら少しずつ進み、ペンドラゴンの視線の先を追えばそこには風体の悪い男達が。
 おそらくマージのグリフォンを襲った賊だろう。
「この場所、覚えとくんだぞ」
 オラースは男達の様子をしっかり観察しておきペンドラゴンの頭を一撫ですると、いったん待ち合わせ場所へ戻ることにした。
 オラースが賊の溜まり場を発見した頃、ケヴィン・グレイヴ(ea8773)は茂みの隙間からグリフォンのササを見ていた。真っ黒な全身に頭のてっぺんだけが黄色。間違いない。
 特別、暴れているわけではないが周囲に小鳥の鳴き声一つしないことから、うかつに近づくと危険なのだろうと判断する。
 ササの背後には泉があった。
 こちらに合流したディアッカから、オラースが賊の溜まり場を発見したことも聞いている。
 ケヴィンはササを見て小さくため息をつくと、来た道を戻りはじめた。

 ケヴィンが待ち合わせの場所に着くと、すでに全員が集まっていた。
 そして改めてそれぞれの見てきたことを照らし合わせる。
「だいたい皆同じだな」
 勇人が腕組みしながら頷く。
 彼はケヴィンとは別の地点からササの様子を見ていたのだ。さらに協力者からは賊のことも教えてもらっていた。
 その協力者の話によれば、賊達がこちらに気付いた様子はなく、またササの捕獲に手間取っているとのことだった。冒険者達より早くにササを見つけているにもかかわらず、その抵抗ぶりに手を出せずにいるらしい。
「とりあえず、向こうがこちらに気付いていないのは利用できそうだな。おそらく襲ってくるなら俺達がササを確保した後だろう。その瞬間まで気付かないフリをして油断させればいい」
 ケヴィンの言に異を唱える者はいなかった。
 それから勇人が期待のこもった目をディアッカに向ける。
「ササは音楽が好きだったな。素晴らしい歌をよろしく!」

●守れ、そして捕まえろ
「それじゃ、ササの攻撃は俺とケヴィンが何とかするから」
 オラースは気楽そうに手をあげ、ケヴィンは静かに頷いた。
 作戦通り彼らは自分達を囲みつつある賊の気配に気付いていないフリをした。
 フレイムシールドをしっかり装備し、大きな動作でササの前に躍り出るオラース。
 ササは敵が現れたと思ったのか、威嚇するように翼を羽ばたかせヒステリックな声を上げた。
 それでも相手が引かないとわかるとササは鋭い鉤爪のついた足を振り上げ、切り裂こうとする。
 オラースは無理に受け止めることはせず、軽いステップでそれをかわした。
 ササがオラースに気を取られている間にケヴィンを護衛にディアッカがササの背後に接近する。
 ササは二人の気配に気付かない。
 ディアッカは精神を集中させるとメロディーでササを落ち着かせようとした。
 突然の歌声に、血走った目のままに振り返るササ。
 ケヴィンがディアッカを庇うように前に出る。手にはいつでも注意を自身に引きつけられるよう、魔弓と矢が握られている。
 ササは低くうなりながら見極めるように前方の二人を睨みつけていた。
 やがてそのうなり声も静かになってくると、ディアッカはテレパシーでササに呼びかける。
「私達はあなたを傷つけませんし、他の誰にも傷つけさせません。ですから、どうか落ち着いてください」
 どれくらい時間が過ぎただろうか。それほど長くはない。
 ただ、ディアッカとササの間のテレパシーでのやり取りなので、他の者達には何が話し合われていたのかはわからなかった。
 しかし、ササが正気に戻ったのは確かだ。
 冒険者達は慎重に目配せをしあい、ササを連れて森の外を目指す。そこにはササを捕まえた時のための檻を待たせてあるのだ。
 賊がこの時点で動く気配がないということは、森を出た時に仕掛けてくるのかもしれない。
 ササを真ん中に、一行は森を抜けた。
 待っていた檻を引く馬車の御者が、無事にササを連れて戻ってきた彼らに大きく手を振っている。
 冒険者達を敵ではないと認識しているササは、檻にもおとなしく入っていく。
 檻に鍵をかけながら勇人はやさしく声をかけた。
「いい子だ。すぐご主人に会わせてやるからな。少し騒がしくなるけど、我慢してくれ。おまえもここを動くなよ」
 最後の部分は御者へ向けて。
 そして、御者がそれに頷くのと同時に突風が彼らを襲った。
「備えろ!」
 上空からユラヴィカの鋭い声が落ちる。同時にサンレーザーが森の一画に落とされた。
 頭上からの攻撃に悲鳴を上げながら転がり出てくる賊が一人。
 ユラヴィカは次々と森に潜む賊をサンレーザーで冒険者達の前に引きずり出しているが、中にはそれを装って剣を振り上げてくる者もいる。
 御者を狙って突き出された切っ先をフレイムシールドで受け止めるオラース。
 彼はサンソード+1で賊の剣を高く弾き、賊自身を御者から遠ざけるべく蹴飛ばした。
「やっぱり馬車を狙うか」
 怯えて震える御者に、
「頭を低くしてじっとしてろ」
 と言い、オラースは御者の前に壁のように立ちはだかった。
 ユラヴィカが追い出し損ねた賊が森の奥から飛んできた稲妻を寸でのところで避けるケヴィン。数本の髪が散るがケヴィンは魔法が飛んできた辺りを狙いタブルシューティングで射かけた。
 向こうも反撃が来るのをわかっていたのか、ケヴィンの矢が当たることはなかったが、その代わり移動する姿を捉えることができた。
 そこを、いつの間に詰め寄っていたのか勇人がサンソード『ムラサメ』+1の峰で強かに打ちつけ、気絶させた。
 直後、勇人の背筋にゾクリとしたものが走り、彼は反射的に地に伏した。
 すぐ頭上を鞭のようにしなる枝が通り過ぎた。
 森のすぐ側にいたため賊の誰かがプラントコントロールでも使ったのだろう。
 自分を狙った敵の確認をする前に、鈍い衝撃音と短い悲鳴が聞こえた。
 少し離れた木から矢に貫かれた肩を押さえた賊が転がり落ちてくる。
「丸見えだ、馬鹿者」
 ケヴィンの冷えた声が痛みにうめく賊に発せられたが、彼に聞く余裕はないだろう。
 回り道をして檻を背後から狙う賊には、ディアッカがシャドウバインディングで足止めをした。
 そのうち賊も手ごわい冒険者達に業を煮やしてきたのか、やや乱暴な魔法を使うようになってきた。
 味方もろともローリンググラビティーで吹っ飛ばそうとしたり。
 その賊はサンレーザーでいぶり出された賊だったため魔法発動前に勇人に叩き潰されたが。
 しかしケヴィンが数名の賊と共にウォールホールによって地中に落下してしまった。
 気付いた御者が備え付けのロープでケヴィンを引き上げようとしたが、賊が切り込んできたりそれを防ごうとしたオラースに「引っ込んでろ」と言われたりで手が出せずにいた。
 しつこい賊達にキリがない、と思われた時。
「オーッホホホホホ! 悪い子ちゃんがたくさんですわね!」
 場の空気を豹変させるような高笑いが響き渡った。
 何とか穴まで這いよった御者に襲い掛かろうとしていた賊をロングソード『闇照』+2叩き伏せるアッシュ。
 彼は御者に声をかけると穴にロープをたらした。
「引き上げるぞ、掴まれ」
「遅い」
 そんなことを言いながらも追いついてきた仲間達に安堵するケヴィンだった。
 西の街道組が合流したことで様相は一変した。
 膠着気味だった状態から一気に冒険者達が押し始める。
 賊達も相手が悪いと思い、ササは諦めて撤退しようとしたのだが、その時はもうすでに遅かった。

●あの人へオマケの依頼
 ササを連れ、その後ろに数珠繋ぎにした賊を引き連れ冒険者達はフラウ邸に戻ってきた。
 賊に門をくぐらせるわけにはいかないので、ササだけ邸内に引き入れると、知らせを受けたアレクサンドラとマージが急ぎ足で出てきた。
「ササ! あぁ、本当に何てお礼を言っていいのやら‥‥!」
 ニコの時と同様に歓喜に声を震わせるマージ。
 アレクサンドラがその様子を目を細くして眺めていると、小さく勇人に呼ばれた。
 彼について門まで来たアレクサンドラは冒険者達にガッチリ囲まれている賊に目を瞠る。
「あらあら‥‥お手柄だわ! 全員なの?」
「たぶんな」
「まぁまぁまぁ‥‥」
 一しきり驚いた後、アレクサンドラは侍女に何やら耳打ちする。
 侍女はすぐに屋敷にとって返し、しばらくすると使いが一人、馬を飛ばして出て行った。
「街の役所へ知らせました。じきに引き取りに来るでしょう」
 その後の仕事はアレクサンドラの旦那が行うはずだ。

 依頼も終わり、賊を見張りつつのんびりしている様代へ、レンが声をかける。
「あのね、いちどウィンターフォルセにあそびにきてほしーの。それで、ぜひファームをみていって♪」
「ウィンターフォルセ? そこにはまだ行ったことはありませんでしたわね。‥‥そうですわね。長いことここにいましたから、そろそろ他の地へ行くのも悪くありませんわ。ファーム、というからには何かいるのでしょう?」
「うん。どーぶつがいっぱい」
「それはそれは‥‥」
 ふふふふ、と怪しく微笑む様代。
 そんな様代にイコンがこんな提案をした。
「この賊達、役人の手間を減らすためにもぜひ調‥‥いえ、教育をし直したほうがよくないですか?」
 瞬間、何てことを言うんだ、と賊から非難の目がいっせいにイコンに向けられる。
 彼らは冒険者達の戦闘技術も怖かったが、戦いの場において高笑いしながら鞭を振るう様代も別の意味で怖かったのだ。
 様代は繋がれた賊達に目を向ける。
 気のせいではなく、その目がサディスティックに輝いた。
「そうですわね‥‥忙しい役人の仕事を少しでも減らして差し上げましょうか。子犬ちゃん達‥‥ちょっとばかりオイタが過ぎましたね」
 ヒュンヒュンと鞭が空を切り、直後、フラウ邸門前で男達の雑巾を引き裂くような悲鳴が響き渡ったのだった。
 もちろん、止める者は誰もいない。

 なお、余談であるが参加者全員が、様代のレクチャーを受け合格した。その証がブリーダー免許である。