【iランド】ホームシックに効く薬は?
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■ショートシナリオ
担当:マレーア4
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:06月16日〜06月23日
リプレイ公開日:2007年06月26日
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●オープニング
王都ウィルでは今、ウィルの国の新国王ジーザム・トルクの戴冠式が大々的に、盛大に執り行われている。
それに伴い、ウィルの国の新国王の誕生を祝福すべく各国から貴賓がこぞって訪れていた。
その中に、メイの国の分国セルナーの王女ジェンカ・セルナーの姿もあった。彼女はジーザム王へ謁見すると、セルナー分国で採れた香辛料と砂糖を大量に献上した。
ジーザム王もセルナー分国との本格的な交易を視野に入れての招聘だろう。今はまだ献上品だが、ゆくゆくはセルナー分国産の香辛料や砂糖を市場へ流通させるつもりだ。そうなればウィルでは高価なこれらの品も、今の値段の半分から3分の1程度まで下がり、庶民の食卓にも並ぶようになるだろう。
ジーザス王への謁見と献上を終え、ジェンカはふと、空を見遣ると、そこには見渡す限りの青空が広がっていた。まだ夕方になるのは早い。
時間を持て余してしまった彼女は、一旦、王城内に用意された部屋へ帰ると、着替えを済ませて王都へ繰り出した。
「いらっしゃいませー! スィーツ・iランドinウィル店へようこそ!!」
今日も今日とて、ファミリーレストラン『スィーツ・iランドinウィル店』の店内に、店長の九条玖留美(ez1078)の元気な応対の声が響く。
玖留美はオーダーを取ると、厨房にいるマネージャーの神林千尋へ木札に書いたオーダーを出し、一息付く。
「店長、お疲れさまです」
「ありがとう。ふぅ、やっぱりカオスにゃんが抜けると厳しいわね‥‥あ、ごめん、カオスにゃんの今後の為にも言わない約束だったね」
「‥‥いえ、スィーツを調理できるのが睦月さんと店長、ごく限られた店員というのが実際問題ですから」
千尋から水を受け取ると、それを一口含んで溜息を付く玖留美。ついでに愚痴もこぼれてしまう。
スィーツ調理担当の“カオスにゃん”こと藤野睦月は、今年の春から学園都市ウィルディアにある貴族女学院へ通っていた。寄宿制の女学校なので、店舗には帰ってこない。
カオスにゃんはまだ13歳、天界では義務教育を受けている年齢だ。玖留美と千尋はカオスにゃんの今後の事を考えて、ウィルにおける最高の学問を学ばせたいと思い立ち、彼女に貴族女学院への入学を強く勧めたのだが‥‥元々、スィーツ・iランドinウィル店は人手不足だっただけに、今では慢性的な人手不足に陥っていた。玖留美はウェイトレスと厨房を掛け持ちしているし、千尋も厨房とキャッシャーを兼任している。
とはいえ、客足は待ってはくれない。そうこうしているうちに、入口のドアに付けられたベルが小気味いい音を鳴らして、新たな来客を告げる。
「いらっしゃいませー! スィーツ・iランドinウィル店へようこそ!!」
「ここがふぁみりーれすとらん?」
玖留美はすっくと立ち上がり、笑顔で出迎える。入ってきたのは、黄金を溶かし込んだような煌びやかなブロンドをポニーテールにした美女だった。着ている服はウィルではあまり見掛けないデザインだ。月道を通じてウィルにやってきたのだろう。本人は変装しているようだが、その物腰からかなり高貴な生まれだと見て取れた。おそらく、貴族のお忍びだ。もっとも、玖留美は店長を任されるだけの事はあり、人を見る目は千尋以上ともいわれている。
「今日は日当たりが良いので、オープンカフェでお茶を戴きますわ」
オープンカフェは、女性が来るほんの前に開いていた。彼女は日当たりのいいオープンカフェを選ぶと、季節のジャムを包み込んだシュークリームとハーブティーをオーダーした。
ティーカップを持ち上げる仕草や、シュークリームを食べる仕草は流麗で鮮麗されており、貴族の中でも伯爵や侯爵クラスの人物だと窺えた。
「あら、カオスにゃん、お店に出てきてどうしたの?」
「睦月さん、貴族女学院へ戻らなくて良いのですか?」
「‥‥学校、行きたくないじゃん‥‥」
店内の客がほとんど支払いを済ませて帰ると、カオスにゃんが店舗の奥の居住スペースからひょっこり顔を出す。スィーツ・iランドinウィル店の店舗自体は冒険者が借りられる普通の棲家と変わらないので、玖留美達は店舗の奥で寝泊まりしている。
貴族女学院では『精霊祭』に合わせて1週間の休暇期間を設け、カオスにゃんはそれを利用して帰ってきていた。
既に休暇期間は終わっているが、カオスにゃんは一向に貴族女学院へ戻らず、店舗の奥で気が抜けたように801マンガを描き続けていた。
「睦月さん、ホームシックかも知れませんね」
「ホームシックかぁ‥‥しばらく、そっとしておいた方が良いかな?」
カオスにゃんがウィルへ召喚されて1年近く、玖留美や千尋と共に過ごしてきた。カオスにゃんにとって玖留美や千尋は家族同然であり、スィーツ・iランドinウィル店は帰るべき場所なのだ。
「‥‥事情は伺いましたわ。面識のないわたくしがこんな事を申し上げるのは、差し出がましいかも知れませんが‥‥」
そこへオープンテラスにいた女性が、かおすにゃんの前へやってきた。
「貴族女学院ではあなたと同じくらい、いいえ、あなたより年下の女の子も一流の淑女になる為に親元を離れて、志を胸に抱いて、日々、勉学に勤しんでいますわ。淋しいのはあなただけではありませんの。あなたの御学友も同じ気持ちかも知れませんわ」
「ご学友‥‥セーラ、ディーナ‥‥で、でも、みるく師匠や千尋の側を離れたくないんじゃん!」
女性の言う事はもっともであり、カオスにゃんの脳裏に貴族女学院で自分を待っている友達の笑顔が思い浮かぶ。
しかし、カオスにゃんはそれらを振り払うかのように店舗の奥へ引っ込んでしまう。
「あ、あの! ‥‥わたくし、間違った事を言ってしまったのでしょうか?」
「ありがとうございます。お客様の仰る事は、お客様のような高貴な方でしたら当たり前でしょう。ただ、あの娘は平民ですし、ましてや天界人、お客様のような高い志を幼い頃から学び、身に付けている訳ではないのです」
女性は手を差し伸べるものの、その手は虚しく宙を彷徨う。
玖留美が頭を下げながら、女性とカオスにゃんの根本的な考え方の違いを説明した。それにカオスにゃんは13歳、家族の元を離れて過ごすにはまだ早いのかも知れない。
「それに今のあの娘は、貴族女学院の生活にまだ慣れておらず、一時的に家が恋しいだけです。私達が元気付ければ、しばらくすれば治る病気みたいなものです」
「それでホームシック、というのですわね。余計な事をしてしまったお詫びと言ってはなんですが、わたくしをしばらく働かせて戴けないでしょうか?」
「い、いえ、お客様にそのような事は‥‥」
「ふふふ、わたくしが高貴な出自だと看破されたあなたですから断られているのだと思いますが、大丈夫、これでもお茶を入れたり、ビスケットを作るのは上手いのですわよ」
千尋の言葉に女性は頷くと、とんでもない提案をしてきた。女性を貴族だと看破した玖留美は当然断るが、女性は気にしないように告げる。それにお菓子作りが得意なら、スィーツの調理要員が1人増える。玖留美からすれば喉から手が出るほど受けたい申し出だった。
「それにあの娘、カオスにゃんと申しましたっけ? カオスにゃんのホームシックが治るまで、ですから」
「それでしたら‥‥こちらとしても助かります」
「わたくしはジェン‥‥い、いえ、ジェシーとお呼び下さいな」
女性――ジェシー――が働く期限を決めたのなら、玖留美に断る理由はない。
こうしてひょんな事から、カオスにゃんのホームシックが治る間、ジェシーがスィーツ・iランドinウィル店のスィーツを担当する事になった。
●リプレイ本文
●閉店中のスィーツ・iランドinウィル店
スィーツ・iランドinウィル店の営業時間は、午前10時から21時までとなっている。これはウィルの人達が地球人以上に外食をしない事と、夜遅くまであまり起きていない事から決められた。
ウィル広しといえども、24時間営業の飲食店は冒険者の酒場『騎士の誉れ』くらいだ。
「24時間営業の騎士の誉れは、仕事柄、生活が不規則になりがちな冒険者は重宝するがな」
「鎧騎士は、従騎士時代の規律が厳しいからな」
「あら? 騎士の修行の生活が厳しいのは、ジ・アースもアトランティスも変わらないみたいね」
「実際に冒険者として働いた私達地球人に言わせてもらえば、冒険者はかなりハードワークですけど」
「でも、地球の話を聞く限りだと、日本の若者は夜遅くまで起きていて、それこそ冒険者並にハードワークっぽいけど」
「うーん、遊びもハードワークかも知れないけど、それが一概に良い遊びとは言えないからね」
九条玖留美(ez1078)からスィーツ・iランドinウィル店の営業時間が決まった経緯を聞いた鎧騎士のリーザ・ブランディス(eb4039)とアルジャン・クロウリィ(eb5814)は、従騎士の頃を思い出し、お互い微苦笑する。
アトランティスの鎧騎士やジ・アースの騎士達は、基本的に騎士に仕えて騎士のなんたるかを学ぶ従騎士時代を経て、騎士の受勲を受けるのだが、修業時代はアトランティスもジ・アースもさほど変わりないようで、レンジャーのセーラ・ティアンズ(eb4726)は意外な共通点に驚いた。
一方、天界人の富島香織(eb4410)は、今まで受けた依頼の内容を思い出し、朝晩、平日・休日問わず、依頼があれば出掛ける冒険者の仕事をハードだと言うが、天界人の天野夏樹(eb4344)が話す地球人の若者、特に日本の若者の朝晩、平日・休日を問わず遊ぶ様に、武道家の龍麗蘭(ea4441)はそちらの方こそハードワークではないかと感じた。
さて、何でこんな話をしているかというと、皆、ホームシックに罹った“カオスにゃん”こと藤野睦月を元気付けに集まったからだ。そこで香織が「一度、地球での故郷の話を全部話してもらい、区切りをつけてもらうのも1つの手かと思います」と提案し、カオスにゃんに故郷の話を無理なくしてもらおうと、雑談としてそれぞれの故郷の話をしているという訳だ。
その渦中のカオスにゃんはというと、先程からミルクの入った木のコップをスプーンで掻き混ぜ、添えられた木イチゴを潰していちごミルクにしているものの、くるくるくるくるくるくるくるスプーンが回るだけで一向に会話に加わる気配はない。
(「ホームシックかぁ。無理も無いよぉ。私だって寂しいなぁと思う時はあるし‥‥パパとママどうしてるかなぁ」)
集まった冒険者の中でカオスにゃんと付き合いが長く、且つ歳も近い天界人のクーリエラン・ウィステア(eb4289)は、彼女の気持ちを痛感していた。
(「えーと‥‥料理全然ダメだから、お金無いのに出前やら高い食事してたりしてませんように。んー‥‥更に気が弱いから、訪問販売という名の押し売りに高い品買わされてたりしませんように。あれって本当に迷惑な商売だよね、世の中から消えてほしいな、まったく。あー‥‥それから溺愛してた私がいなくなって家出だなんだと大騒ぎした挙げ句、世を儚んであの世に旅立ってませんように‥‥なんかホームシックとは違う理由で今すぐ家に帰りたくなったよ」)
えーと、クーリエランさん、何か話題変わってきてません?
「(人の良すぎる両親による貧しさに耐えながらも清く正しく生きてたのに、異世界の神様によって誘拐されました。せめて帰ったら家がなかったとか、両親が蒸発してたとか、最悪な展開だけは避けさせて下さい)‥‥ていうか帰らせてっ!」
「!?」
「寂しい、か‥‥ジ・アースのみんな‥‥それに師匠は元気かなぁ‥‥」
「ま、まぁ、私だって時々、そうなるもん」
(「カオスにゃんもセーラも年頃の女の子だからしゃーないか」)
心の中で思っていたはずが、思いの丈を抑えられなくなったのか、クーリエランは思わず立ち上がって叫んでいた。カオスにゃんは一瞬身を竦ませ、明るさが取り柄のセーラですら故郷の事を思い出し、大好きなエールの入った木のジョッキを弄んで伏し目がちになってしまう。
カオスにゃんは元より、セーラの意外な反応に(セーラ曰く、「しつれーね、私だってピュアなハートを持った年頃の女の子なんだゾ?」)、夏樹もただただ苦笑するしかない。
ホームシックは感染す(うつ)る心の病のようだ。
普段は何かにつけて嫌味を言うセーラだが、こういう時はやっぱり女の子なんだと、三十路間近(リーザ曰く、「なんだって!?」)‥‥否、酸いも甘いも噛み分けた年長者のリーザ姐さんは思う訳で。
「まだ年端も行かぬ女子が、全く別の世界に召喚された‥‥改めて考えるに、精霊も酷な事をするものだよな」
「私もここに来た時は郷愁(ホームシック)に駆られて不安で仕方なかったけど。周りの人達と料理の話とか話とか色々してるうちに、そんなのはどっか行っちゃったわね」
天界人にとっての神が、アトランティス人にとっての精霊に当たる。アルジャンはこの時ばかりは天界人の精霊の導きに疑問を感じていた。
しかし、麗蘭の言の葉は違っていた。
「私が根っからの料理人って事もあるけど。世界には本当に色々な料理があるんだよね。もちろん、“炎の芸術”と謳われる私の故郷の料理は絶品よ」
「華仙教大国‥‥だっけ? 地球では中国と呼ばれていて、中華料理は『中国4000年の歴史』ってフレーズが必ず付いてるわね」
「だけど、それは井の中の蛙かも知れない。だって、他の国の料理と比べられなければ、絶品かどうかなんて独り善がりでしょ? だからジ・アース中の色んな料理を味わいたかったし、味わってやっぱり故郷の料理は絶品だと実感したよ。そして今、私はアトランティスの料理も、異世界の地球の料理も味わう事が出来るし、噂のふぁみれすの料理をもっと味わいたいと思ってるよ」
夏樹の言葉に嬉しそうに頷きながら、碧色とライラックの瞳をエメラルドとアメジストのようにきらきらと輝かせながら料理の事を話す麗蘭。彼女の目の前にはブリトーやサンドイッチ、シュークリームといった、ジ・アースでは食べる事の出来ないファミレスオリジナルのメニューが並んでいた。
「キミにもいるでしょ? そういう風に腹を割って話せる大切な友達がさ。何も一人で鬱ぎ込む事無いじゃない、不安になったらその友達に頼れば良い事だと私は思うわよ? んで、今度帰ってこれる時にはその子達も連れてきて胸を張って皆に紹介してあげなさい」
「大切な友達‥‥」
「(本当は両親に甘えたい年頃のはず。それが叶わぬからと、玖留美さんや千尋さんを両親の代わりとしている分、余計に執着してしまうのかもしれませんね)セーラさんが寂しがっていましたよ」
麗蘭の郷愁の念すら吹き飛ばしたのは、彼女の料理人としての飽くなき未知なる料理への探究心。その熱い想いに絆されたカオスにゃんは少しは落ち着いたようなので、香織が貴族女学院での事を切り出した。
「わ、私!?」
「いえ、あなたではなく、貴族女学院に通っているセーラ・エインセルさんという、睦月さんさんのお友達です」
「セーラ‥‥」
こらこらセーラさん、そんなところでボケはかまさなくていいって。
香織が仕切り直してカオスにゃんの友達の言葉だと告げると、彼女は友達の名前を懐かしむように呟いた。自分が不安だという事は、友達も同じように不安を抱いている。自分が寂しいという事は、友達も同じように寂しい。香織はそう言いたかった。
「んー‥‥確かに独りぼっちになるのは寂しいとは思うけど、貴族女学院もこことは違う世界が見えて良いと思うんだけどなぁ‥‥でも、変わっていくものもあれば、変わらないものもあるわ」
セーラは手で矢(ピストル)を作り、カオスにゃんの小振りな左胸を突っついた。
「どんなに離れていても心は変わらない、いつも一緒よ。確かに私も寂しくないと言えば嘘になるけど、心の中に師匠やジ・アースの友達がいるから寂しさを乗り越えて、今までやってこれたし、これからもアトランティスで凄い名品や珍品を蒐集していくつもりよ。だからカオスにゃんも寂しい時は、心の中の久留美や千尋を思い出して。そして今するべき事、今しか出来ない事を見失わないで欲しいの」
「あたしに今するべき事、今しか出来ない事‥‥」
セーラの言葉を1つ1つ噛み締めるようにカオスにゃんは呟く。そしてハッと顔を上げる。何故、玖留美や神林千尋が、スィーツ・iランドinウィル店が忙しく、スィーツ担当の自分を必要としているはずなのに、貴族女学院へ通わせようとしたのか、その意味が何となく分かり掛けたのかも知れない。
「セーラにしては良い事を言うじゃないか」
「どういう意味よ? 私はいつでも良い事、為になる事ばかり言ってる、歩く博物誌じゃない」
「減俸を1ヶ月帳消しにしなければなりませんね」
「1ヶ月帳消しって!? 普通、これだけ感動の坩堝に陥れたら、全部帳消しにするのが人情ってものでしょ!?」
リーザがセーラに茶々を入れる。しかし、その顔は満足げな笑みが浮かんでいた。それは千尋も同じようで、セーラの減俸を1ヶ月だけ減らした。
セーラの反論に、店内がドッと笑いの渦に包まれた。カオスにゃんも笑っている。
「とはいえ、部屋でずっと鬱ぎ込んでいても、余計に気が滅入るだけだからな。うむ。簡単に弁当でも用意して、外の空気を吸って気分を変えるのはどうだろう?」
「賛成さんせーい! 何時までも閉じ籠ってちゃ身体にも悪いよ。マンガのネタも見つかるかも知れないし、気分転換に外へ出ようよ」
カオスにゃんに笑顔が戻ったところでアルジャンがピクニックへ誘うと、夏樹が真っ先に賛同する。
「千尋、ファミレスのグライダーは返しちまったんだよな?」
「ええ、ウィウィ男爵の数少ない遺品ですから、彼の遺産を受け取る代わりに遺族へお返ししました」
「ウィルの中ならあたしかシャリーアがいればなんとでもなるし。こういう時は何も考えずにやりたい事をやればいい。遊びたきゃいくらでも遊べばいいんだ。気分なんてそうしてるうちに晴れてくれるもんだし」
リーザが、スィーツ・iランドinウィル店が所有していたゴーレムグライダーの有無を千尋に確認した後、自分か今この場にはいないが同じ鎧騎士のシャリーア・フォルテライズ(eb4248)がいればその辺りは何とかなると踏み、郊外へピクニックへ出掛ける事となった。
●故郷の味を求めて
その頃、シャリーアは、玖留美とジェシーを伴ってウィルの市場へ繰り出していた。
「‥‥香辛料や砂糖の値段は以前と変わっていないか‥‥」
シャリーアは市場に並ぶ香辛料や砂糖に付いた、相変わらずの高い値を見て、口元に手を当て、当てが外れたように渋い顔をした。
「シャリーアは何故、香辛料や砂糖を買おうと思われたのですか?」
「睦月嬢の故郷の家庭料理を食べれば、ホームシックも多少は快復すると思ったのだ。そこで以前聞いた地球の料理、カレーなるものを作ろうと思ってな」
「カレーは良いわよー。美味しいし、私も好きだし、食べればホームシックなんて一発で吹き飛ぶ事間違いなしね。カオスにゃんを元気付ける為なら、そのくらいお店で出すわよ」
「いや、私もスィーツ・iランドinウィル店の一員として、此度の一件は店から経費として出させるのは遠慮する。友として睦月嬢を元気付けたいからな」
「お友達、ですか」
ジェシーが香辛料や砂糖を買い求めた理由を聞くと、シャリーアはカオスにゃんの為だと即答した。玖留美もカレーは好きだし、大抵の地球の日本人は大人も子供もカレーは好きだ。食せばホームシックの特効薬になると太鼓判を捺す。
とはいえ、カレーを作る為に最低限必要な香辛料は貴族を顧客とした価格になっており、シャリーアの予算内で揃えるのは難しい。玖留美は後々の仕入れの事を考えて店の必要経費として落とそうとするが、それではシャリーアがお金を出す意味がない。
「実は、ジーザム王の戴冠式にメイの国よりさる王女様が参られ、香辛料や砂糖を大量に献上された、という話を聞いてな。香辛料や砂糖の輸入が本格化し、市場に出回れば、今より格段に値が下がると思ったのだが‥‥」
流石はルーケイ伯与力の男爵、シャリーアはセルナー分国の王女ジェンカ・セルナーがジーザム・トルク王へ香辛料や砂糖を献上し、ジーザム王もそれらの輸入を歓迎している、という情報をいち早く入手しただけの事はある。
だが、少々気が早かったようだ。
「シャリーアがそう言うなら‥‥まぁ、いつまでもここにいても仕方ないから、いつもの店で蜂蜜と塩を買って帰りましょうか」
「少し、お時間を戴けませんか?」
玖留美が不足している調味料を買い足したいと切り出すと、ジェシーが真剣な表情で聞いてきた。一瞬、何の事か分からず、シャリーアと玖留美はきょとんとする。
「私は構わないが‥‥」
「蜂蜜と塩を買うから、もう少しここにいるわ」
シャリーアと玖留美の返事を聞いたジェシーは、スカートを摘んで小走りに何処かへ駆けていった。
玖留美とシャリーアが買い物を済ませる頃には、ジェシーも帰ってきた。
「こ、これってお砂糖にスパイスじゃない!? しかもこんなに一杯‥‥」
「ジェ、ジェシー殿、これは一体‥‥」
「やましい品ではありませんわ。わたくしも新参者ながら、スィーツ・iランドinウィル店の一員として、カオスにゃんを元気付けたいのです。ただ、これらの出所は不問として欲しいのですが‥‥」
玖留美とシャリーアが驚くのも無理はない。ジェシーが持ってきたのは、シャリーアが先程買おうとしていた量以上の砂糖と香辛料だった。
「分かったわ、これはお店として受け取っておくわね。その代わり、今回のカオスにゃんの件以外では、私用では使わないわ」
「ふむ、ジェシー殿のコネクション、私も見習わなければならないな。そのうちルーケイ支店をやってみようと思っているが、勉強になる」
出所は保証するが聞かないで欲しいというジェシーの無理な頼みを、玖留美もシャリーアも笑顔で快く聞き入れた。
●ピクニックと激励会
リーザと夏樹、クーリエランは、リーザの愛馬スミヤバザルに荷物を載せて、カオスにゃんとウィル郊外へピクニックに出掛けた。
「良い景色でしょ。こうして見れば、ウィルも悪くないでしょ?」
郊外の小高い丘から見下ろす、ウィルの街並み。家の中にいれば決して見る事の出来ない、自然の風景だ。
夏樹は本当はゴーレムグライダーにカオスにゃんを乗せて、空の散歩と洒落込みたかったが、店にもなく、夏樹自身個人所有していないのだから仕方ない。それでも大自然の織り成すパノラマに、鬱ぎ込んでいたカオスにゃんは深呼吸せざるを得ない何かを、そう何かを感じさせた。
「結局、カオスにゃんの気持ちの持ち様だから、焦らなくてもいいと思うよ」
リーザから、シャリーアが提供してくれた地球から流れてきたという缶コーヒーのプルタブを開ける。カシュッと小気味良い開封音と懐かしい缶コーヒーの味を楽しみながら、クーリエランが言った。
女性4人が丘の上で腰に手を当て、缶コーヒーや缶ジュースを飲む様は、端から見れば何かシュールだ。
「玖留美も千尋も、遠くにいてもカオスにゃんの事をちゃんと考えて、大事に思ってくれてるでしょ? 今回だって無理矢理学校に帰らせようとしてないしね」
「うん‥‥」
「普通、親なら『学校行けー!』って怒るもんね」
「そうそう。でも、玖留美も千尋もカオスにゃんの事を想っているから、私達にも声を掛けてくれたんだし、私達もそうだけど、離れてても仲は切れたりしないから」
「カオスにゃんと玖留美さん達って、こんな違う世界に来てもこうやって再会出来たんだよね。それって凄い運命だと思わない? そんな強い縁が、ちょっと離れて暮らすくらいで途切れたりはしないって」
夏樹が途中、自分の親の物真似らしいものを入れたが、クーリエランと夏樹の言いたい事はカオスにゃんにも伝わったようだ。
「‥‥まぁなんだ。あたしは鎧騎士つっても、シャリーアやアルジャンなんかと違って割りと不良だからね。話半分で聞けばいいよ」
リーザは暮れなずみ始めたウィルの街並みをサングラス越しにどこか遠くに見ながらが、煙管を燻らせた。渋い、渋いぞ、リーザさん。
「寂しいなら、時々貴族女学院を抜け出してきてもいいと思うよ、あたしはね。あたしだってこの道目指すと決めた時、それでも寂しくなって時々やったもんだ。それが他に迷惑かかるような事になっちゃいけないけどね。頭で分かっても心では‥‥っていうのは分かるんだ。でもね、あんたがそう思うように、玖留美達だって同じだ。あんたがそういう風になってると、玖留美達だって寂しいんだよ。それだけは、分かってやりな」
「うん‥‥」
「玖留美も千尋も、心配してても表情におくびにも出さないけど。普段はおちゃらけてたり、あたしからすればかなり危険な言動が目立つけど、やっぱりあの若さで店長を任せられるだけの事はあって、玖留美は芯はしっかりしてるよ、うん。良いお母さんにじゃないか」
「そういうリーザさんだって、お母さんの貫禄ありまくりだよー」
「悪かったね、貫禄ありまくりの行き遅れで」
夏樹は今回、茶々の入れ役に徹しているが、それが却ってシリアス一辺倒になるのを緩和していた。リーザが火種の後始末をしながら肩を竦めると、カオスにゃんとクーリエランが顔を見合わせて笑った。
「こ、これがカレーなるふぁみれすの自慢の料理!?」
「食べ慣れてる私達からすれば、カレーもどきだけどね」
「このスープのようにどろどろではない、あんかけのようなとろみのあるるーに、独特の香り、そして辛さ‥‥辛いんだけど、一瞬で突き抜け、後を引かないこの辛さは山葵にも似てるけど‥‥この味は独特だよ」
香辛料と砂糖を手に入れた玖留美とシャリーアは、スィーツ・iランドinウィル店へ帰ってくると、麗蘭と一緒にカレーを作り始めた。アトランティス人のシャリーアからしても、ジ・アース人の麗蘭からしても、カレーを見るのも食べるのも初めてだ。
具はスィーツ・iランドinウィル店の中庭で自家栽培しているジャガイモと、ウィル国内で採れるアスパラガス、ソラマメ、マッシュルーム、そしてウィルの街中で狩れる兎の肉と、ヘルシーな食材だ。最低限の香辛料でカレーの香りと風味を出しただけの、地球人の玖留美達からすればカレーと呼べる代物ではなかったが、それでも麗蘭は未知なる香りと食感、そして味わい料理を堪能していた。
「これはオリザと良く合う。騎士の誉れでも食べられない料理だし、香辛料がウィルの市場に出回った暁には、是非スィーツ・iランドinウィル店のメニューに加えるべきだ」
シャリーアもオリザ(=米)との相性抜群のカレーを、凛々しい顔を綻ばせ、幸せそうに食べている。
「もし私で良ければ、お店を手伝わせて欲しい‥‥かな? さっきは野菜や肉を切っただけで、味付けは横から見ていただけだったから、今度はレシピを教えて欲しいし」
「麗蘭なら私の方から調理師として雇いたいくらいよ。冒険が忙しいでしょうからアルバイト扱いにするけど、暇な時に来てくれれば、地球の料理のレシピを教えるわね」
調理師が不足しているスィーツ・iランドinウィル店からすれば、麗蘭の華国料理の腕前は即戦力になる。
「こちらもビスケットとシュークリームが完成しましたわ」
「砂糖が手に入ったお陰で、地球とそれ程変わらないシュークリームが出来ました」
「ジェシーさんの腕前、凄かったよ。てんちょもカオスにゃんも顔負けかもね!」
一方、こちらはデザートを作っていたジェシーと香織、セーラとアルジャン。香織が地球のレシピを教えると、ジェシーは自身が持っているビスケットのレシピの良いところと合わせて、より良い作り方をその場で実践していった。しかも失敗もなく美味しく仕上がるのだから、セーラが絶賛するのも無理はない。
「家でよく焼いていましたから。でも、香織が地球のレシピを教えて下さりましたし、アルジャンが力仕事を引き受けて下さったので、より効率のいい作り方が学べましたわ」
「お菓子作りが趣味なんて、素敵ですね」
「美味しい食事は元気の源だからな。慣れない生活で気が滅入ってしまっているならば、まずは元気を付けてもらいたいし」
(「何だか上品な人だよねぇ‥‥冒険者とは思えないし、意外とどこかの貴族令嬢だったりして」)
ジェシーの言葉に、香織とアルジャンは嬉しそうに応えた。セーラはジェシーの物腰から素性を予想するものの、特にその正体を勘繰っている訳ではなく、どちらかといえば職業病みたいなものだ。セーラ本人はジェシーが話したくないなら気にしないし、むしろお菓子関連のレシピや効率のいい作り方を教えてもらい、自分自身の料理の知識と腕前を高めていた。
「ただいまーって、この臭いは!?」
「ただいま」の挨拶が出来るまでに快復したカオスにゃん。それまでは挨拶すらろくに出来なかったのだ。
スィーツ・iランドinウィル店の扉を開けると、懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。テーブルの上にはカレーライスが盛りつけてあった。
「カレーじゃん!」
「カオスにゃんが好きだと聞いてな、玖留美が言うにはカレーもどきだそうだが、作ってみた」
アルジャンが驚くカオスにゃんを席へエスコートする。カオスにゃん達を郊外へピクニックに誘った間に、カオスにゃんの好きな地球の料理を振る舞う、ちょっとした激励会を企画したのは彼だった。
もちろん、サプライズとしてカオスにゃんには知らせなかったが、彼女の驚き様を見て成功だろう。
オリザの買い出しに付き合った斉蓮牙や、料理の下拵えの補佐に始まり、店内の掃除をしてくれた利賀桐真琴や麻津名ゆかりも混ざって、全員でテーブルを囲んでカレーライスを食した。
「あんたがもうちょっと大きかったら、煙草を一緒に吸えたんだけどねぇ」
「こらこら、未成年に喫煙を勧めちゃダメよー」
「‥‥しゃーないか。まっ、頑張りな」
リーザがカオスにゃんに喫煙を勧めて、シャリーアが提供した缶ビールを煽って良い感じで酔っぱらっている玖留美に怒られたり。
ゆかりが神秘のタロットでカオスにゃんの運命を占おうとすると、地球に残した両親が気になるクーリエランが先に占って欲しいと割り込んできたり。
「こうして皆、打算的な事無しに藤野嬢の事を気に掛けている。その絆を胸に、新しい生活を頑張る活力にしたら如何かな」
アルジャンから短いながらも、一言一言に想いの篭もった励ましの言葉を贈られたり。
「私は種族的に人間より少し長生きだし、少々人間の方と感性が違うかもしれないが‥‥睦月嬢のように異世界に行く訳ではないが‥‥私も人間の方々と関わり合い、暮らしていくと同世代の方がどんどん成長し変わっていくのが、ふとどうしようもなく寂しくなる事はある。月並みだが、今この時を同世代の仲間と一緒にしっかり楽しむのが大切で貴重な事だ。私の従騎士時代はもう随分昔で、私は騎士としてはあまり出来が良い方ではなかったが、それでも仲間と居るのは楽しかった。同世代の仲間達と一緒に仲良く学んで遊べる事が出来る機会を逃すのはもったいないと思うな」
シャリーアの贈る言葉は、どこかリーザの言葉に似ていたり(二人とも従騎士時代は割りと不良?)。
「寂しいのは良く分かる。私だって同じだったし。でもね、最近はそうでもないんだ。こっちに来てから出会った人や思い出が、寂しさを埋めてくれたから。カオスにゃんも、こちらに来てから出来た思い出を大事にして欲しいな」
夏樹が貴族女学院の精霊祭で起きた事件に付いて簡単に話したり、と、皆、言葉や手段は違っても一様にカオスにゃんを心配し、励ました。
「‥‥みんな、ありがとう。あたし、明日から貴族女学院に戻るじゃん。セーラ達も心配しているだろうし、戻ったらセーラとディーナに真っ先にちゃんと謝るじゃん」
「カオスにゃん、その意気です」
カオスにゃんはすっくと立ち上がると、全員を一度見回してから、深々と頭を下げた。これが今のカオスにゃんに出来る精一杯のお礼だ。でも、香織達にはそれで十分だった。
「‥‥みるく師匠」
「何、カオスにゃん?」
お開きになり、皆が帰った後、調理場で後片づけをしていた玖留美の元へカオスにゃんがひょっこり現れた。千尋は店舗の方で帳簿を付けており、この場にはいない。
「一度だけ、これっきりだけど‥‥泣いて良いかな?」
「‥‥ちーちゃんもいないし、良いわよ、睦月」
「う‥‥うう‥‥うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ママ! ママァ!」
「よしよし」
玖留美は目を優しく細めて手を広げて胸へと誘う。カオスにゃんは玖留美に抱き付くと、胸の中で母親を連呼しながら泣きじゃくった。
『泣きたい時には泣くのが一番です』
香織は帰り際、そうカオスにゃんに伝えた。明日から貴族女学院へ戻る為、大切な友達セーラと笑顔で会う為、カオスにゃんは胸の内の寂しさを全て吐き出すかのように号泣し続けた。
玖留美はカオスにゃんの髪をそっと撫で、気が済むまで、泣き止むまで抱き締め続けた。