夏の夜のおとぎ話

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:08月18日〜08月23日

リプレイ公開日:2007年08月25日

●オープニング

 少年の名はユウタ、5歳になったばかり。一風変わった名前は、天界好きな母がつけたらしい。色々な話をしてくれた、大好きな母さま。
 その母さまがある日、いなくなった。
「母さまはね‥‥遠い所にいるんだよ」
 父さまはただ、真っ赤な目をしてそう言った。だからユウタは待った。毎日毎日、母さまが帰ってくるのを、待っていた。
 そんな日が続いた中、父さまが一人の女の人を連れてきた。
「この人が、今日からお前の母さまだよ」
 何て言われて、
「こんにちは、ユウタくん。これからよろしくね」
 何て優しい笑顔を向けられて。
 ユウタは悟った。――この女の人は、『悪い魔女』なのだ、と。母さまはこの人に捕まって、どこかに閉じ込められているに違いない、と。

 疑惑その1。魔女の手が白い粉で真っ白になっていた。しかも、上っ調子の声で、
「あのね私、ユウタくんの為に美味しいご飯、作るから」
 何て言った‥‥怪しい。ユウタはこういう話を知っていた。狼が本当のお母さんのフリしてだまして、子ヤギを食べちゃうんだ。
 警戒したユウタはその日、ご飯を食べなかった。ふかふかのパンは見た目は美味しそうだったから、ちょっぴり心引かれたけど。

 疑惑その2。次の日の夕ご飯で、魔女が青ざめて緊張した顔ですすめてきた。
「私の料理が気に入らないなら、果物はどうかな?」
 テーブルの上には、この時期だというのにたくさんの果物が並んでいた‥‥怪しい。ユウタはこういう話も知っていた。確か赤い果物。毒入りのそれを、魔女がえっとギリの娘に食べさせようとするっていうか食べさせたんだっけ。
 勿論ユウタは口にしなかった。

 疑惑その3。父さまがこんな事を言い出した。
「たまにはお祖母ちゃんの屋敷に遊びに行かないか?‥‥あっそういえば今、お祖母ちゃん病気でな、ユウタの顔が見たいって‥‥」
 態度が不自然だった‥‥すっごい怪しい。ユウタはこういう話も知っていた。赤い帽子をかぶった女の子が狼に食べられちゃう話だ、うん確か。
 だからユウタは、無言で首を横に振った。

 そんなわけでユウタは意を決して、夜中の冒険に出る。母さまはきっと、この屋敷のどこかに捕らえられているのだから、見つけて助け出すのだ。お話の中だと、高い塔の上か地下室‥‥この屋敷に塔はないから、先ず地下室から。
 魔女と、だまされている父さまには、見つからないように。最近力が入らない身体を引きずるように、夜を歩く。多分これも、魔女のせい。早くしないと僕、食べられちゃう。
 精霊様精霊様、僕に力を貸して下さい。えと、何だっけ? カミサマとかテンシサマでもいいです、この際――祈るユウタは、足元をふらつかせると、床にバッタリと倒れた。


「ユウタを‥‥子供を助けて欲しいんです」
 冒険者ギルドを訪れたファリム子爵は、沈痛な面持ちで頭を下げた。5歳になったばかりの息子が母の死を理解していない事、新しい母を受け入れてくれない事、食事や睡眠をとらず夜に徘徊していた事、などを説明した。
「正直、再婚が早すぎたかもしれません。でも、ユウタはまだ幼い、母親は必要だと思って‥‥彼女も心を砕いてくれてますし」
 今はまだ歯車がかみ合わないだけ、だと子爵は言う。
「息子は天界のおとぎ話が好きで‥‥なので一芝居打って欲しいというか、新しいお母さんと仲良くと説得して欲しい、と言いますか」
 けれど子爵自身、どうしたら良いのか良く分かっていない、らしい。
「とにかくこのままでは、息子の身体が‥‥」
 ただ一つ確かなのは、息子を案じているという事。子爵は改めて深々と頭を下げた。

●今回の参加者

 ea0393 ルクス・ウィンディード(33歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb4135 タイラス・ビントゥ(19歳・♂・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

シルバー・ストーム(ea3651)/ アイリス・ビントゥ(ea7378)/ ヴェガ・キュアノス(ea7463)/ 江 月麗(eb6905

●リプレイ本文

●魔女の呪い
「人の手が届かない所でもしっかり掃除できるのが、俺達シフールの利点だな‥‥ん?」
 高い所の汚れを落としていた飛天龍(eb0010)は、こちらを目をまん丸にして見上げているユウタに気づき、その眼前へとヒラリと舞い降りた。そう、別に掃除に来たわけではない。
「閉め切った部屋では、気分も暗くなるぞ」
「‥‥妖精さん?」
 ビックリした幼い顔は、やつれていた。けれどその瞳に浮かんだ喜色‥‥すがるような光。
「僕を‥‥助けに来てくれたの?」
 気づいたから天龍はただ、力強く頷いてやった。
「あぁ。これからここに魔女退治の勇士がやってくる。そいつらがユウタを助けてくれる」
 そう、安心させるように。

「ぼくは巨人の国からやってきたタイラスっていいます。よろしくです」
 やがて訪れたタイラス・ビントゥ(eb4135)はニコッと気さくな笑顔を見せ。
「あのね、ユウタくんの調子が悪いのは、魔女の呪いのせいなんだよ」
 テュール・ヘインツ(ea1683)は真剣な面持ちで切り出した。
「エイナさんに頼んで呪いを防ぐ食べ物を用意してもらったり、子爵さんに魔女から離してもらうようにしたけど、ダメだった‥‥かかってしまった呪いは、ユウタくん自身が打ち払うしかないんだ」
「え‥‥あの人が悪い魔女なんじゃ‥‥?」
「いいえ、それは違います。しかし、詳しい話は夜‥‥精霊様からしてもらった方が良いでしょう」
 困惑を穏やかに、けれどきっぱりと否定したのは、ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)だった。
「夜‥‥? 精霊様‥‥?」
「うん。魔女は夜の世界に生きている。夜にならないと姿を現さないから、また迎えに来るね」
「けれど、このままではいけません。まずはユウタ君の健康回復。全てはそれからです」
 言いながら、ゾーラクは取り出した魔法瓶からカップへ、液体を注ぐ。お湯に岩塩と蜂蜜を溶かしたもの。矢継ぎ早の展開に、逡巡するユウタ。
「ほら、僕が飲んでも大丈夫です。ユウタ君も一緒に頂きましょう」
 見て取ったタイラスは、もう一つのカップに注いでもらい、それを飲み干し、笑んだ。
「アイリス姉上に食事を作ってもらったんです。夜の冒険の為にも、食べて体力をつけておかなくちゃ、です」
 叔母であるアイリス・ビントゥが作ってくれたパンなどを指し示す。一緒に食べましょう、と。
「‥‥ほら」
 そして、もう一人。天龍が差し出したのは、スープだった。丸ごとの鶏から取った鶏ガラでしっかり取ったダシ、小さな子供にも食べやすい大きさで柔らかく煮込まれた鶏肉と野菜。食欲をそそる良い匂いと、といた卵が演出する美味しそうな見た目。
 ユウタのお腹が堪らずグ〜、と大きな音を立てた。
「ゆっくり食べろよ、おかわりはいくらでもある」
「たくさん食べましょうね、ユウタ君」
 天龍とタイラスにこっくり頷くユウタ。そこにもう疑いの色はなく。少年は久しぶりに楽しい食事に、舌鼓を打った。
 母の死により歩みを止めてしまった、ユウタ。もう一度生きる為の力を与えたい‥‥美味しそうに食事を摂るユウタの姿に、天龍はそう思った。

「おやすみなさい」
 お腹がいっぱいになった事もあり、眠りに落ちたユウタ。その表情はひどく安らいでいて、タイラスはホッとする。
「子供は無邪気だねい‥‥現実を知らないって言うのが唯一の利点か」
 自分達をすっかり信じているのが察せられて、ルクス・ウィンディード(ea0393)は微苦笑を浮かべ。
「で、どうなんだ」
「体力が落ちている以外、身体に異常はないようですね」
 簡単に診察したゾーラクは問われ、こちらも胸を撫で下ろした。
「ただ、やはり痩せてしまったのは仕方ありませんが」
「そもそも、亡くなって一ヶ月で新しいお母さんって早すぎです。もう少しユウタ君の環境を考えてあげるべきだったのです」
 タイラスがとがめる視線を向けたのは、ファリム子爵と再婚相手であるエイナ。場所を移しつつ、つい口調がキツくなってしまうのは仕方がない。
「それはユウタには母親が必要だと‥‥」
「エイナ殿を乳母としてユウタ君の身の回りを世話させるなどして、もう少し環境に慣れさせたり、事実を理解してもらえばよかったと思いますよ」
「まぁ、大人には色々とあるって事だ」
 したり顔で諭すルクスにタイラスはキョトンとし、夫妻は慌てて否定する。
「ちっ違いますっ!」
「これはリンシアのたっての願いだったんです」
「そうなのか? 俺はてっきり‥‥」
「リンシアさんは私にユウタ君を頼んで息を‥‥。あの、それより皆様の計画ですが、ユウタ君をだますというのは‥‥」
「ついて良い嘘があるのも事実‥‥砕いて考えようぜ」
 ルクスの軽い口調は、悩むエイナの気持ちを軽くする為。
「正義の反対は悪ってはいうけど。実際は正義の反対はまた『別の正義』だ。正しいかどうかは結果を出してからだ」
「‥‥はい」
 それが分かるから、夫妻は頷き。ゾーラク達の質問に答えていく。
「ユウタくんはお母さんに会えない寂しさから、お母さんの居場所を奪うエイナさんに反発し、悪者だと思い込もうとしているのね」
 子爵に説明しながら、溜め息をついたのは加藤瑠璃(eb4288)。可哀相だった。ユウタもエイナも、そしてリンシアも。
「ええ。優しい継母であっても、継子は気に入らない。どこの世界でもよくある光景ですね」
 白銀麗(ea8147)もまた吐息をもらしてから、
「ただ、命に関わるなら何とかしないといけません」
 きゅっと口元を引き締めた。
「今のユウタさんは、病で言えば解熱剤が必要な段階です。寂しさを癒すには、やはりもう一度『お母さん』に合わせるのが一番でしょう。そのうえで、今度こそちゃんと『お別れ』をしてもらう、というのが天の教えに沿うやり方と考えます」
「そうだよね。たとえ偽物でも一瞬でも、お母さんのリンシアさんに会わせるのが、寂しさを癒す一番の薬になるはずよ」
 だから、銀麗と瑠璃は頑張ろうと思った。それがユウタやエイナの悲しみを拭ってくれる、そう信じるから。

●夜の冒険
「‥‥誰?」
 夜が世界を優しく包む。開けた瞳が捉えたものを、ユウタは信じられなかった。
「私は精霊からの使命を受けて魔女を退治しにきた勇士‥‥君を助けに来たんだ」
 現れた騎士はそう告げた。そう、そこに立っていたのは騎士だった。強くて格好良くて、弱き者の為に正義の剣を振るう、思い描いているそのものの、騎士だった。
「さぁ、行こう」
 気づけばテュール達もいて。誘われるまま起き上がった。ここ暫くなかったほど、足取りが軽い。興奮なのか恐怖なのか、心臓がドキドキと高鳴った。
 案内されたのは、屋敷の地下。母が捕まっているのではないかと疑っていた、来たかった場所。
「ここに母さまが‥‥?」
 タイラスは応えず、静かに扉を開けた。
 そこに、精霊様がいた。
 その背から生えた羽は美しく輝き、その微笑みは慈愛に満ち、純白の衣装をまとった、この世ならぬ美しい女の人。
「‥‥ぁ」
 ビックリして息も出来ないユウタに気づいたのか、精霊はふっと優しく微笑むと、その姿を変えた。黒髪のキレイな女の人‥‥だけど、さっきよりも親しみやすい。
「貴方の母君、リンシア様は天界の王女の生まれ変わり‥‥アトランティスに呼び出された方だったのです」
 精霊はホッと息をついたユウタに、そんな風に話を始めた。
「母さまが天界の‥‥?」
「時が来て天界からリンシア様に迎えが来ました。貴方の事が心配なリンシア様は、だから御自分の代わりに貴方を守る者として、エイナを選んだのです」
「あの人を‥‥? でも‥‥」
 困惑する。が、そういえばテュールもそう言っていた?
「けれど、貴方がエイナの守護を否定した事で、魔女に付け入られ、呪われた。そこで、リンシア様に頼まれた私が来たのです」
 ここで精霊は真っ直ぐに見つめてきた。
「どうか一緒に力を合わせて魔女を倒して下さい」
「だって僕には何の力も‥‥」
「魔女は勇気のある子どもが大嫌いなんだよ。だからね、魔女に勇気を示すことで呪いを祓い、魔女を追い払うことが出来るんだ」
 テュールの言葉に、頬が紅潮した。ドキドキするのは怖いからじゃない、多分。
「リンシア様は貴方の事をとても心配していました。でも、発動した呪いを解けるのはあなた自身だけです。どうか勇気を見せてください。魔女を倒すのに必要なのは勇気なのですから」
「力を、貸して欲しい」
 そして、精霊と騎士に請われ、心は決まった。
「呪われたのは、僕のせい‥‥だったら、僕が魔女を倒さなくちゃ」
 まるで物語の主人公になった気分で。
「‥‥さて、それはどうかのぅ?」
 そこに不吉なしゃがれ声が掛かった。いつからだろう、扉を背にして一人の老婆が立っていた。曲がった腰、黒いフードから覗くかぎ鼻‥‥そう、それは魔女。
「!? お前なんか、やっつけてやる!」
 瞬間息を呑んでしまったが、直ぐに我に返り叫ぶ。自分を守るように剣を構えた騎士、その頼もしい姿に力づけられ。
 騎士の剣が魔女に振り下ろされ。だが、それは頭上で止まる。目に見えない障壁に阻まれているかのように。
 と、魔女がニタリと嗤った。
「ムダじゃムダじゃ。母がいないのを寂しがってばかりいるお前に、勇気などあるはずがなかろう」
「‥‥っ!?」
 魔女の指摘に動きが止まる。そうだ、この魔女を倒しても母さまは帰ってこない。母さまは天界に帰ってしまったんだ、僕を残して。
 寂しさが押し寄せる。萎えた心を示すように、騎士の剣がじりじりと戻される。
「ここで諦めてしまうつもりか? それを母君が喜ぶと思うのか?」
 けれど、騎士の声が挫けかけた心を打つ。魔女の力とせめぎ合いながら、尚も揺ぎ無い姿でそこに在る騎士。
「言ったはずだよ、呪いはユウタくん自身が打ち払うしかないって‥‥みんな、それを信じてる!」
 そしてテュールのタイラスの眼差し。それに父さまと母さま‥‥あの人の顔が、浮かび。
「僕は、僕はもう泣かない! 母様がいなくても、泣いたりしない! お前なんかに、負けないんだ!」
 叫んだ。途端、騎士に再び力が戻った。剣が振り下ろされる。
 一閃。
 された魔女は恐ろしい悲鳴を上げ‥‥なかった。
 騎士に一閃された魔女から瞬間、眩い七色の光がほとばしった。

『ありがとう、ユウタ‥‥勇気を見せてくれて』
「‥‥母、さま?」
 そこに立っていたのは、魔女ではなかった。慕わしい、会いたかった母がそこに居た。母さまは泣いていた。だけど同時に、嬉しそうに微笑んでいて。
「ありがとう、ユウタ」
 それこそ驚きに声も出ないでいると、精霊の優しい声が届いた。
「魔女とはユウタ、貴方への未練によって縛られ、苦しみ変質したリンシア様だったのです。しかし、リンシア様は貴方の勇気で元の姿に戻る事が出来ました‥‥これで安心して天界に帰る事が出来ます」
「僕が母さまを、帰れなくしてたの?」
「もう大丈夫だよ。ユウタくんが勇気を出して、頑張ったから」
 テュールの言葉を肯定するみたいに、母の優しい手が頭を撫でてくれた。
『母様は遠い所に行くけれど、いつもユウタを見守っているから』
 そして、微笑みが遠ざかる。ペガサスの背に乗り母が遠ざかる。
「待っ‥‥待って、待ってよ母さま‥‥」
 広い廊下を走る。追いつけない背中に、必死に手を伸ばし。けれど、母はペガサスと共に空高く舞い上がり、その姿はどんどんどんどん遠ざかっていく。
 あぁもう会えないんだ、ようやくそれを受け入れた足が、庭でとうとう止まった。
『ありがとう、ユウタ。生きて‥‥どうか元気に健やかに生きて。父様と新しい母様と、仲良くね』
 その胸に、母さまの声が優しく優しく、切ないほどに愛しげに響いたのだった。

●夢から覚めても
「よくやってくれた」
 ペガサスのオフェリアの背を優しく撫でたのは、アレクシアス・フェザント(ea1565)。魔女を倒す勇士を演じた騎士だ。
「ユウタは母親の死をどこかで分かっているのに信じたくなかったのかもしれないな」
 労いながら、ふと、アレクシアスは思った。けれど、母の死をただ「受け入れろ」と言われても、5歳の子供には難しかっただろう。
 しかし今、ユウタは気づいただろう。母がもう傍にいられない、という事。そして、自分を思ってくれている、父とエイナの気持ちに。
「だとしたら、俺達の芝居もムダではなかったという事だな」
「まっ苦労した分、あの親子には幸せになってもらわないとな」
「そうですね」
「同感‥‥まぁもう大丈夫だと思うけどね」
 肩をすくめる雑用担当のルクスに、魔女とリンシアを演じた銀麗が頷き、精霊を演じた瑠璃が満面の笑みを浮かべた。
「ええ、私もそう思います」
 各所でイリュージョンを使ったり、伝言役の精霊を担当したゾーラクも、疲れた顔に穏やかな微笑みを浮かべる。
 テュールの脚本に従った、たった一夜の、舞台。やり遂げた満足と確信とが、自然皆の顔をほころばせた。

「‥‥あれ?、ここは?」
 目を覚ましたユウタは何度か瞬きしてから、そこが自分の部屋だと気づく。
 その瞬間、強く抱きしめられた。
「もうっもうっこの子は、心配させて」
 声を震わせながらの、瞳を潤ませながらの、エイナの腕。ずっと気遣ってきた迷ってきた。だけど、ゾーラクに言われたのだ。
「ごはんも食べず夜中に遊ぶ子供は、健全とは言えません。ユウタ君が大事と思うなら、遠慮なしで叱って抱きしめて、自分の気持ちをユウタ君にぶつけなさい。それが『家族』だと私は思います」
 その忠告に背を押され、気持ちに正直になる。どんなに案じているか愛しているのかを、伝えたいと。
「‥‥ごめんなさい」
 感じたユウタから素直な言葉がもれた。夕べの出来事もあって。
「‥‥そうだ! 魔女を倒して、そうしたら母さまで」
「夢を見たようですね」
 ハッとするユウタに、見守っていたタイラスが穏やかに笑み。
「さあ、ユウタ君のお母さんのご飯を食べに行きましょう」
「‥‥母さま?」
「ええ、そうです」
 視線を向けられたエイナが照れたように、けれど、しっかりと微笑みを浮かべた。ルクスと天龍のアドバイスを受けて作った料理、リンシアが得意としていたというそれら。
 リンシアから託された想いと共に、心を込めて作ったのだ。だから。
「ありがとう‥‥母さま」
 伝わってきた気持ちにユウタは、はにかんだ笑みを浮かべた。
 一夜の優しいおとぎ話はこうして、幕を閉じた。少年とその家族に、かけがえの無い絆を残して。