リトルレディ〜王都へおつかい

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月18日〜08月23日

リプレイ公開日:2007年08月23日

●オープニング

 テーブルの上に王都までの道のりを示した地図を広げ、ウキウキと眺める娘を母親のカタリナ・ロッドは心配そうに見下ろしていた。
 心配のあまり眉が八の字になっている。
 もう何度も見た地図から顔を上げたハイネは、母親の冴えない表情に不満げにため息をつく。
「私、もう子供じゃないわ。おつかいくらいできるよ。それに一人で行くんじゃないし、心配しないで」
「心配するわよ。いくらシルヴィアが付いているといっても、もし賊に襲われたらひとたまりもないじゃないの。やっぱりシフール便のほうが‥‥」
「もうっ、大丈夫だってば! 叔母様の様子、気になるんでしょう? お父様もお母様も動けないんだもの、私が行くのは当たり前よ。魔法だって勉強したんだからっ」
「魔法って、あのノーコン魔法? あれが役に立つとは思えないわ」
「あーっ、もう! とにかく、私は行くの。お母様はどっしり構えて待っていればいいの!」
 ロッド家は親子間の距離がかなり近い。故に交わされる言葉に遠慮というものが欠如することが多いのだ。
 それは、良いこともあるし悪いこともある。
 今回は悪いほうに出ていた。
 ハイネの父親の妹が王都に住んでいるのだが、近頃目の疲れが著しくいろいろと難儀しているらしい。そこでカタリナは目に良いと言われているベリーを摘んでジャムにしてみた。それを送りたいのだが、あいにくカタリナも夫であるカーシーも今は領地から出ることができない。
 そこで安全・安心・快速のシフール便で送ろうと思ったのだが、ハイネが「私が届けてくる」と言い出したのだ。
 いくら何でもムチャだ、と当然カタリナは反対した。
 王都まで馬車でだいたい一日。
 そんな距離を十歳そこそこの娘に行かせられるわけがない。
 王都までの道のりは他所に比べれば治安はいいだろう。けれど、完璧に安全ではない。賊が出なくてもモンスターが出てくるかもしれない。予想外の体調不良にみまわれるかもしれない。馬車が壊れるなどして予定時間より時間を食うかもしれない。
 などなど、心配の種は尽きない。
 カタリナがそう説いて納得させようとすれば、ハイネはシルヴィアを連れて行くから安心だと言う。
 部屋の隅に控えていたシルヴィアは、まさか自分の名前が挙がるとは思っておらずひどく驚いた。
 そしておずおずと口を開く。
「お嬢様、私は武道の心得はありませんが‥‥」
 ハイネの身の回りの世話をするならシルヴィアをおいて他にいないだろう。しかし彼女は剣を持ったことなどない。もちろん魔法も。
 勘弁してください、と目で訴えるシルヴィアをハイネはやや呆れた顔で見ていた。何か言いたそうだ。
 結局、カタリナは頷かなかったがその話は保留ということになった。
 下手に突っぱねて娘が暴走してはたまらない、とカタリナは危惧したからだ。

 自室に戻るなりハイネはシルヴィアに食ってかかった。
「どうして頷いてくれなかったの?」
「危険すぎます。奥様のご心配、私にはよくわかります」
 真面目な顔で返すシルヴィアに、ダメだこりゃ、と肩を落とすハイネ。
「もっと頭を働かせてよ。危険だって言うなら危険を減らす手を打てばいいのよ」
「そうはおっしゃいましても、一日二日で剣や魔法の腕が上がるものではありませんでしょう」
「そんなの私だってわかってるっての! もう、何のために冒険者ギルドがあるの? 私達、何度もお世話になってるじゃない。お母様に反対された時、あなたが一言彼らのことを言ってくれればすぐに話はついたっていうのに‥‥」
 イライラとまくしたてるハイネに、シルヴィアはようやく納得したように頷いた。冒険者ギルドの存在など、きれいさっぱり忘れていた。
 確かに、ハイネが冒険者ギルドへの護衛依頼の話を持ちかけても母親は受け付けないだろうが、シルヴィアが言えば違う反応が返ってきた可能性は高い。
 子供と大人の差というやつか。
 ハイネが言えば軽率な提案に聞こえても、シルヴィアが言えばそれなりのものに聞こえてしまう。
 それだけシルヴィアがカタリナから信頼されているからでもあるのだが。
 しかし、疑問が残る。
「何故そこまでして王都に行きたいのですか?」
 その問いにハイネはきらりと瞳を輝かせる。
 シルヴィアは、これは叔母様の心配が一番の理由ではないな、と瞬時に察した。
「王都見物‥‥したいなぁ、なんて。冒険者にもいろいろいるでしょうけど、もしかしたら王都に詳しい人がいるかもしれないじゃない。そうしたら、叔母様のお見舞いの後に案内してもらおうかなーなんて‥‥ちょっと、そんな呆れた目で見ないでよっ」
「無理です。心底呆れてますから」
 シルヴィアは即答した。
 いったい何の影響か、ハイネはだんだん悪戯っ子になってきている。暴力は減ったがその分、何かを仕掛けて人をはめておもしろがるようになっていた。
 例えば、部屋のドアに濡れた布巾を取り付けて誰かが開けて入ってくる時に頭の上に落ちてくるようにするとか。
 このままでは悪女になってしまうのでは、と密かにシルヴィアは心配している。
 そして今、叔母の見舞いにかこつけて王都見物を計画しているなどと、きっとカタリナは夢にも思っていないだろう。
 言い出したら聞かないハイネ。
 ここでシルヴィアがダメと言っても、きっと彼女は行くのだろう。
 それなら、不本意ではあるがハイネに付いて行ったほうが自分の精神に良い。
 振り回されてるな、と内心苦笑しつつもシルヴィアはハイネの計画に乗るのだった。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3102 アッシュ・クライン(33歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea8650 本多 風露(32歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4750 ルスト・リカルム(35歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

雀尾 煉淡(ec0844

●リプレイ本文

●おたのしみ往路
 早朝のロッド邸で冒険者達を迎えたカタリナ・ロッドは、これから旅立つ娘のことよりも同行してくれる冒険者達のほうを心配していた。
「今回は娘の無理にお付き合いくださり、ありがとうございます。わがままを言ったら遠慮なく叱ってくださいね」
「お心遣いありがとうございます。お嬢様のことは騎士の名に賭けお守りすることを約束いたします。どうかお心安くお待ちください」
 頼もしいエリーシャ・メロウ(eb4333)の言葉に、カタリナはやっと笑顔を見せたのだった。

 馬車に揺られて数時間。空の様子から見て、町では店が開く頃か。
 ハイネは退屈の極みにいた。
 かといって、足をぶらぶらさせていると向かいに座るシルヴィアが「お行儀が悪いですよ」と口うるさい。
「私に石像になれって言うのね」
 とうとう文句が出てしまった。
 シルヴィアがため息をついていると、ルスト・リカルム(eb4750)が窓から顔を覗かせた。もしかしたら今の会話が聞こえていたのかもしれない。
「退屈そうね。私はルストよ。よろしく」
 右の目元にあるホクロが何だか色っぽい。
「ハイネさんは王都は初めて?」
「ううん。家族で何度か行ったわ。叔母様に会いに。でも、もうずいぶん前のことだから、あんまり覚えてないの」
「そうなの。あ、でもちょっと都合良かったかな。私達がバッチリ観光案内してあげるわ」
 任せて、とルストが言えばハイネの表情がパッと明るくなった。
 その時周りではアシュレー・ウォルサム(ea0244)が不穏な気配に気付いていた。
 道は両脇に林が広がり薄暗い。賊が待ち伏せするなら良い場所かもしれない。
 アシュレーが目配せをすれば仲間達も心得たように警戒する。ただし、ルストだけはそのことをハイネとシルヴィアに悟らせないために気楽におしゃべりを続けた。
 王都の市場に並ぶ露店のおもしろさについて語っている時、最初の矢が飛んできた。
 アッシュ・クライン(ea3102)が『闇照』+2で矢を叩き落す。
 なかなか腕は良いようだが威力はそれほどでもない。アッシュから見ればまだまだ未熟といったところだ。
 その後も矢はこちらの様子を窺うように降って来たが、冒険者達にことごとく跳ね除けられ、そのうちアシュレーに居場所を探り当てられ縄ひょうで撃退されてしまった。
 彼のシューティングPAEXに賊達は姿を現すことなく撤退していく。案外根性がない連中だったのか、それとも賢明だったのか。
「外で何かやってるの?」
 ハイネの問いにコトが終わったことを確認したルストが笑顔で答えた。
「皆もちょっと退屈しちゃったから、じゃれあったのよ」
「そうなんだ。あのね、私も魔法の勉強始めたのよ!」
「お嬢様、くれぐれもここで使用しないでくださいね」
「シルヴィアって希望の化身みたいな人ね」
 ハイネは思い切り皮肉った。
 シルヴィアも思わずムッとしたが、ルストとは反対側の窓からアシュレーが顔を見せて彼女の援護をする。
「俺達が全滅しそうになったらハイネ嬢に助太刀を頼むよ。それまでは見守っていてくれるね?」
 その言い方に気を良くしたハイネはニッコリして頷いた。
「ハイネ、もうじき見晴らしの良い街道に出る。テンペスターに乗ってみるか?」
 アッシュの誘いに間髪入れず「乗りたい!」と声を上げた。
 彼の愛馬テンペスターに会うのもけっこう久しぶりで、ハイネはその時をうずうずと待った。

●こっそり見学しふ学校
 予定通り王都に着き、ハイネの叔母の屋敷まで送り届けた冒険者達は、それぞれに散る前にいったん酒場に立ち寄り、明日と明後日の行動予定について話し合った。
 ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)がテーブルの上に羊皮紙を置く。そこには細かな書き込みがされてあった。
「前もって友人に調べておいてもらった。王都でも治安の悪い場所や観光には向かない場所だ。それと、もっとも安全な道も」
「これは‥‥お疲れ様でした。この分ですとここに挙げられている箇所に行かないかぎりは、妙な催し物や露店に行き着くことはなさそうですね」
 本多風露(ea8650)が感心した声を上げる。
 話し合いが終わるとルエラは一人、屯所へ向かいそこの責任者に事情を説明すると、手間賃として100Gを寄付したのだった。こういう時、名が知られていると役に立つ。

 そして翌日。
 待ちに待った王都見物にウキウキするハイネの耳に、どこからともなく声が聞こえてきた。
「さて、紳士淑女の皆様‥‥と言っても、ご案内するのは淑女のお二人ですが、このたびお二人をご案内いたします道化でございます。今日はお二人が王都の旅を満喫していただくべく務めさせていただきます」
 声はすれども姿は見えず。
 ハイネとシルヴィアがキョロキョロしていると、不意に二人の目の前に優雅にお辞儀をする道化が現れた。白地に奇妙なペイントが施された仮面が特徴的だ。
 わっ、と声を上げてハイネとシルヴィアは同時に飛び上がった。
 それに満足したようにニンマリと笑むと、道化は「さ、こちらでございますよ」とやたら芝居がかった口調と仕草で、まずはしふ学校へと二人を連れて行くのだった。
 その道化が誰なのか、きっと二人は気付いていない。
 一行の後ろのほうを歩きながら風露はちいさく笑った。
 しふ学校への案内は、そことは縁の深いユラヴィカ・クドゥス(ea1704)とディアッカ・ディアボロス(ea5597)が務めた。
 イーダにはすでに連絡をとってある。
 今は卒業式も終わり、のんびりしているらしい。
 道中、ハイネは華やかな王都の街に始終落ち着きがなかった。それはシルヴィアもあまり差はなく、視線があちこちへ動いている。
 先導はアシュレーやユラヴィカに任せ、ディアッカは万が一にも二人がはぐれないよう、傍を離れなかった。
 やがて、とちのき通りしふ学校に着くと、呆然としているハイネにユラヴィカが学校の紹介を始めた。
「ここが我らが学び舎じゃ。先日卒業式が終わったばかりで、生徒は少ないが残っている者もおる」
「あの人達は何をしているの?」
 ハイネが屋根の上で金づちを振るう数人のシフール達を見て問う。
「補修工事じゃ。新入生を迎えるのに雨漏りなどがあっては恥ずかしいからの。この学校は技術者揃いじゃ」
 ユラヴィカが誇らしげに言うのも納得できるくらい、屋根の上のシフール達のチームワークは素晴らしい。
 校舎内にも入れてもらえたハイネは、生まれて初めて見る学校というものに心の底から驚嘆し感動し、強烈な憧れを抱いた。
 息のつまるような家庭教師ではなく、皆で勉強するのはどれだけ楽しいだろうか、と。
 しふ学校から出た一行は、次の場所へ行くまえに休憩を入れることにした。
 道化のアシュレーがくるくると器用に指の上でグウィドルウィンの壷を回転させると、グラスに中の液体を注いだ。元々は缶ジュースの中身だ。果汁ジュースは壷に入れた時のまま、気持ち良く冷えている。
 アシュレーから差し出されたグラスを受け取ったハイネとシルヴィアは、口当たりの良い飲み物に、嬉しそうに微笑んだ。

●おしゃれに酔う
 それから一行は昨晩ルエラが『危険』とした道を避け、服飾店ロゼカラーを目指した。エリーシャの勧めだ。
 ここは貴族女性向けのドレスを中心に作る店である。
 たとえ同い年の少年と取っ組み合いをしていても綺麗なドレスはハイネだって好きだ。
 ハイネは目をきらきらさせて店内のドレスを見回した。
 エリーシャは店主オルガに試着の許可を得ると、ハイネに今王都で流行しているデザインのドレスを見繕って合わせてみてはどうかと勧めた。
 気が付けばシルヴィアも混ざり、さらにはこの店に案内したエリーシャや、風露にルエラにルストにと次々増えていき店内は彼女達のおしゃべりに満たされた。
 置いていかれたようなのは男性陣である。
 最後にハイネはドレスを一着買った。シルヴィアに勧められた一着だ。
「とてもステキです」
 うっとりするシルヴィアの横で、道化アシュレーが混ぜっ返した。
「さて真に大人なレディなら、その行動・立ち居振る舞いも優雅でありませんとな‥‥おぉっと、睨まれてしまいました。退散退散」

 それからは遅めの昼食と休憩のため商店街へ繰り出した。
 活気に溢れる商店街に興奮し、矢のように飛び出そうとしたハイネの手をとっさにルストが掴む。
「ダメよハイネさん。皆で行動。気持ちはわかるけど、一人でどこかに行かないと約束して」
「う‥‥ん、わかった」
 冒険者達の顔を見回し、渋々了承するハイネ。
 走り出したい衝動を抑えるようにハイネはルストの手を強く握った。
 エリーシャに家族にお土産を買っていったらきっと喜ぶと言われ、ハイネがルストを引っ張るようにして店々を覗いていくのをシルヴィアは心配そうに見送っていた。
 そんな彼女にアッシュが、最近のハイネはまた問題児に逆戻りしたのかと尋ねた。
「いいえ、それほど酷いものではありませんよ。勉強も集中できるようになりましたし、刺繍の宿題も不器用ながら上達はしています。‥‥時々すっぽかしますけど」
「すっぽかし‥‥彼女は俺との約束を忘れてしまったのだろうか」
「それはないと思います。時々あのペンダントを眺めてますから。お嬢様はきっと人より気性が荒いのでしょう。決して鈍いわけではないのですから、気持ちを抑えることを学べば魅力ある女性に成長なさると思うのですよ。アッシュさんはそう思いませんか?」
「そう‥‥かもしれないな。周りも根気がいるということか」
 シルヴィアは苦笑した。

●ちょっとした新鮮
 王都観光二日目。今日はネバーランドとサカイ商店へ行く予定だ。
 ネバーランドを提案したのはルエラだ。これは直接ネバーランド本部へ行くのではなく、そこで仕事をもらった子供達の働きぶりを見に行くということだった。行き先は前もって雇い主の許可をもらってある。
 ルエラに導かれて着いたのは、昨日の商店街が観光客向けとすれば、もっと庶民の生活に密着した市場だった。
 ずらりと並ぶ果物や野菜の露店のうち一店にルエラは進み、店番をしていた少年に声をかけた。
「こんにちは。店主から話は来ていると思うけど‥‥」
「ああ、聞いてるよ。いらっしゃい! せっかく来たんだから、見るだけじゃなくて買っていってよ!」
 少年は愛想良く笑った。
 彼は店主が休憩の時間に代わりに店番をしているらしい。もう一人連れがいて、そっちは主に使い走りをしている。
「他にも煙突掃除や側溝の掃除、お使いとかいろいろあるよ」
 少年の話を、ハイネはずいぶん真剣に聞いていた。
 いつにないその顔に、シルヴィアは領主の娘としての自覚が芽生えたか、と期待したが真実かどうかはいずれわかるだろう。

●値切る?
 アッシュに案内されたサカイ商店では、先ほどのシルヴィアの感動も吹っ飛ぶようなことが起こった。
 家族へのお土産は昨日エリーシャ達とも選んだが、ここサカイ商店も魅力的な品々であふれている。
 王都ならではの焼き菓子なら持ち帰ることもできるだろうし、そうでないものは帰りの馬車の中で食べてもいい。
 アッシュも様々な店を紹介した。ハイネに良い思い出にしてほしいから。
 そして事件は起こった。
 昨日の商店街でハイネは『値切る』ということを覚えた。
 彼女はさっそく実践した。
 貴族令嬢ともあろうお方がー! と、泣き崩れるシルヴィアは放置で、ひたすら値切り交渉を試みるハイネ。
 シルヴィアはアシュレーに慰められていたが、道化姿ではおちょくっているようにしか見えない。
 見かねたエリーシャが宥め役を引き継いだ。
「楽しんでますね」
 微笑む風露に、本当にそう見えるのか、と問いただしたいアッシュだった。
 
●思い出いっぱい、復路
 帰り道の午後は静かだった。
 ハイネがぐっすり眠っていたからだ。
 二日間、興奮しっぱなしで疲れたのだろう。
 彼女の眠りを覚まさないよう、轍を選んで馬車を導く。
 が、どうしても平穏でいさせてくれないようだ。
 上から見張りをしていたディアッカが、地上の仲間に盗賊の待ち伏せを伝えた。
 静かに武器を構えながら進む一行の前に、岩場からぞろりと現れた十数人の盗賊が囲むように行く手をふさぐ。
 冒険者達の良馬に目が眩んでいるのだろう。
「後ろにはいません」
 上空で後方の安全確認に飛んでいるユラヴィカからテレパシーを受けたディアッカが、先頭の風露に告げた。
「それは安心ですね。遠慮なくいきましょう」
 風露が日本刀を抜くと同時に下卑た笑いを浮かべながら盗賊が斬りかかって来た。
 風露はそれをカウンターアタックの一撃で地に沈めてしまう。
 実力差は歴然だったが、数で勝っている盗賊達はそれに気付かず一斉に冒険者達に襲いかかってきた。

 屋敷前で起こされたハイネが、目をこすりながら馬車を降りるとルエラがそっと小瓶を手に握らせてきた。
 見ると、それは香水だった。
「あのドレスに、きっと合うよ」
「大事に使うね。ありがとう」
 それからハイネは冒険者達の前に立つと、四日間世話になったと誠意を込めた礼を言った。
 自分に言われる前にそうしたことにシルヴィアは感激していた。
 盗賊との戦いの最中にも眠っていた時には心の中で悪態をついたものだったが。
 あの連中はルエラのコアギュレイトで縛り上げられたところを袋叩きにされて、今頃は悪夢にうなされていることだろう。
 そういえば、シルヴィアは観光二日目に道化の正体に気付いたが、ハイネは結局気付かなかったな、人数や顔ぶれの違いにまったく気付かなかったんだろうか、と何故か関係ないことまで思い出す。気付いていて黙っていたのか、大らかすぎるだけなのか。
 それはともかくとしても、この四日間の旅は確かに実りあるものだった。