●リプレイ本文
●カオスニアンより怖いもの
動きやすい服装で冒険者達の前に現れたバートルミー・ジェファーズは、しばらくの間よろしくと挨拶をし、一人一人と握手を交わした。
道中、バートルミーはオラース・カノーヴァ(ea3486)の馬リンブドルムに相乗りさせてもらうことになった。
騎乗を手伝いながらアレクシアス・フェザント(ea1565)が、ふと苦笑混じりに呟いた。
「それにしても、依頼の受理を渋るとは困った係員だな」
無事オラースの後ろにバートルミーが落ち着くのを確認すると、彼の杖はアレクシアスの馬であるアルボラーダに他の荷と一緒にくくりつけた。
「馬に乗るのは初めてだよ」
と、言っていただけあり、出発してしばらくバートルミーは酷く緊張していた。
「俺がついてんだから、何の心配もいらないぜ」
オラースの背にも緊張が伝わってきたが、彼は何でもないふうに呑気な声音で答えた。
バートルミーが馬に慣れてきた頃を見計らい、エンヴィ・バライエント(eb4041)が後方から声をかけた。
「これから会いに行く彼っていうのはどんな人なんですか? ちょっと好奇心で聞きたいだけなんですけど‥‥」
「ブッツァンカかい? 見た目は怖いけど気のいい人物だよ。あなた達ともきっと仲良くなれる」
「確かギルドの係員とは彼の種族のことで揉めてたんですよね?」
「ああ、あの係員ね」
バートルミーは喉の奥で笑う。
「よかったら、ブッツァンカ殿との交友のいきさつを聞かせてもらえませんか?」
今度は前方からアレクシアスに問われ、バートルミーは頷いて昔話を始めた。
「今でこそそこそこ名が知られるようになった彼だけど、もともとは行き倒れだったのだよ。私は王都から少し出たところに家があるのだがね、王都の依頼人との打ち合わせの帰りに彼を見つけて、家に連れて帰ったのさ」
「‥‥見ず知らずの人をいきなり家に?」
強盗だったら大変だよ、という響きのエンヴィの声にバートルミーは声を立てて笑った。
「同じ事を妻にも言われたな。あれは凄かったよ。目は飛び出しそうなくらい見開いて、顔は沸騰したように真っ赤で、ちょうど食事の支度をしていたから包丁を持っていてね‥‥どっちが強盗だかわからない雰囲気だったよ」
カラカラと笑う初老の男に、冒険者達は思った。
そこは笑うとこなのか?
「それでも妻は急いでもう一人分の料理を用意してくれてね、ブッツァンカは助かったわけだ。その後は少しばかりの路銀を渡して送り出そうと思ったのだけど、彼は家の調度品に目を留めてね‥‥もちろん私が作ったものだけれど、いきなり自分にも作れるだろうかと言ってきたんだよ」
「まさか、それであっさり弟子に‥‥?」
「いやいや、それはないよ」
その答えにエンヴィを始め冒険者達はホッと息をついた。そこまでお人好しでも考えなしでもなかったようだ。
「簡単にわかるだろうけど、あの時彼はまともな精神状態ではなかった。だから、私はまず家に帰るか、街へ出て仕事を探すように言った。彼はショックを受けたようだったけれど、その時は家を出て行ったよ」
だが、一週間後、ブッツァンカは再びバートルミーを訪ねてきた。
彼は言われた通り家を手に入れ(どこかの廃屋を勝手にいただいたらしい)、街の様子を見て回った。
だが、バートルミーの家で見た、見事な彫りの調度品以上に気を引くものは見つけられなかった。
「ついに彼は家の前で座り込みを始めてしまってね‥‥とうとう私が折れたというわけなのだよ。あぁ、そういえばあの時も妻は激怒していたっけ」
「それでは、ブッツァンカさんがカオスニアンに似ているというのは?」
妻の激怒の様子を語られる前にエンヴィが口を開いた。
「ブッツァンカはカオスニアンだよ。だから妻が怒ったのだよ」
躊躇いなく言い切ったバートルミーに、視線はずっと前を向いたままだったルエラ・ファールヴァルト(eb4199)がついに左を向いた。
「あなた、係員に嘘を‥‥」
「ああでも言わないと受けてくれないと思ってね。案の定彼は噂に怯えていた」
ルエラの呆れた視線にも動揺しないバートルミー。
それどころか、あの係員は昔何かあったのかな、などと呟いている。
滅多に動揺を露わにしない雀尾煉淡(ec0844)の目にも微妙な色がうかがえた。
●捕まる前に駆け抜けろ
「そろそろ危険地帯だと思うよ。岩が多くなったら気をつけるようにと言われたからね」
バートルミーの言葉に一行はいったん足を止め、辺りをうかがうことにした。
煉淡がバイブレーションセンサーのスクロールを開き、モンスター等危険生物がいないか探る。
目を伏せていた煉淡は何かを感じ取ったのか、やや右に寄った前方に目を眇めた。
「何だろう‥‥2メートル‥‥もないな、1.5メートル前後の何かが20体くらい岩を飛び越えたりよじ登ったりしているな。岩に隠れて見えないがだいたい80メートル先だ。十数秒後には遭遇するぞ」
言いながら、煉淡はアグラベイションとライトニングサンダーボルトのスクロールを用意する。前衛の仲間を助けるためだ。
「20体くらいって凄くない? 何でそんなにかたまってんだろう」
「さぁな。ご主人、掴まってろ」
エンヴィの疑問に肩をすくめたオラースは、後ろのバートルミーに注意を促した。
周りをかためている仲間達なら心配ないだろうが、万が一突破された時のためにオラースは聖剣『アルマス』デビルスレイヤーを抜いた。
アレクシアスの駆るペガサスのオフェリアがバートルミーをホーリーフィールドで包み込む。
すぐに冒険者達は流れてくる殺気に気付いた。
「来る‥‥あれは‥‥山姥?」
白髪を振り乱し、青い目を光らせて山刀を振り回しながら、外見からは想像もつかない身軽さで岩場を乗り越えてくる山姥の団体は、力量を遥かにしのぐ冒険者達でもあまり関わりあいになりたいものではない。
「山姥ってあんなに集団で動いたか?」
煉淡の疑問に答えられる者はなく。
その代わりというようにバートルミーのどこか場違いな間抜けた声があがる。
「あ、そういえば」
と言って懐から取り出す一枚の羊皮紙。
「ああ、ここはモンスターが津波のように襲い掛かってくる謎の地帯で、駆け抜けるが吉と書いてあったよ」
「ご主人、そういうのは早めに教えてくれよ。ちょっと失礼」
慌てたオラースは断りを入れて羊皮紙を受け取ると、ラフロック谷の特徴を大まかに書かれたメモを読み進めてため息をついた。
「縄張りを抜ければもう襲ってこないらしいな。駆け抜けるぜ」
「敵の居場所は俺が調べよう」
煉淡はすぐにバイブレーションセンサーのスクロールを開いた。
駆け抜ける際、バラバラにならないよう冒険者達はお互いの持ち場を改めて確認した。
オラースを真ん中に、先頭はアレクシアス、右側はルエラ、左側はゴードン・カノン(eb6395)、後方は煉淡とエンヴィだ。
この後、一行は非常に忙しいこととなった。
息つく暇もないとはまさにこのこと。
「左斜め後方、約60メートル先に7、8体の生物らしき振動あり。大型の生物と思われます。スピードはあまり速くなさそうです。15秒以内に接触するでしょう」
煉淡のこの手の報告に従い、アレクシアスが進路を決める。
エレメントやカオスの魔物まで襲い掛かってきたため、ルエラがレジストデビルを全員にかけるようペガサスに命じてしのいだ。
それだけではなく、彼女も先頭のアレクシアス同様、進路を確保したり側面からの攻撃を防いだりと剣を振るった。
後方からの襲撃はエンヴィが中心になって払った。
煉淡は索敵の合間にアグラベイションのスクロール魔法でモンスターの接近を緩める。
「鎧騎士がゴーレムなしでも戦えるってことぉ、教えてやる!」
アグラベイションの効果範囲外にいたオーガ戦士から突き出された槍を跳ね上げ、胴を薙ぐエンヴィの剣。
地上の敵にはペガサスから降り、微風の扇で攻撃をいなしつつ右手の剣で敵を斬り伏せていたルエラも、上空からジャイアントクロウの一群が現れた時はいち早くペガサスに乗って飛び立った。
ルエラが仲間達の頭上を守っている頃、アレクシアスの前には十数体のグールが腐臭を撒き散らしながら立ちふさがっていた。
瞬時に周りを見るも、敵の数が一番少ないのは目の前のグールの一団。
迷う時間はない。少しでも足を緩めれば一瞬後にはモンスターに隙間なく囲まれてしまうだろう。
アレクシアスは最初のグールの首を剣で刎ねた。
●早く着きすぎた?
ちぎっては投げちぎっては投げ、という表現がぴったりくるほどの奮闘の後、ごろごろしていた岩が少なくなって下り坂に入るとモンスターの襲撃が急に少なくなった。
さらに進めば、完全にモンスターの気配はなくなった。
ようやく人心地ついた一行は足を止め小休止をとることにした。
「ご主人、怪我はないかい?」
水を差し出しながら振り返ったオラースに、バートルミーは穏やかな笑顔を返した。
「おかげさまで傷ひとつないよ。皆さんは?」
気遣うようなバートルミーの視線に、冒険者達もそれぞれ怪我はないことを伝えた。
とたんに彼は安心したのか、こんなことを言った。
「いやぁ、すごいところだったねぇ。まるで熱烈に歓迎されているようだったよ。狼を見たかい? ちぎれそうなほど尻尾を振っていたね」
「それはきっと俺達がごちそうに見えていたんだろうよ」
オラースの目には、図太い人だなという気持ちがありありとにじんでいた。
小休止を終えた一行は下り坂を進み、モンスターどころか生き物の気配さえ感じられない荒涼とした土の上を黙々と進んだ。
やがて少しずつ雑草が見え始めたかと思うと、いちだんと低いところに小屋と森があらわれた。
「あれがブッツァンカの家だよ」
バートルミーの声に頷き、冒険者達は急になった坂道をゆっくりと下っていく。
小屋から少し離れたところで馬を下りたバートルミーは、アレクシアスから杖を受け取り久しい弟子の暮らす小屋の扉を目指した。
冒険者達は少し離れたところからその様子を見守っていたが、バートルミーが何度扉を叩いても反応がないことにやがて首を傾げることになる。
見かねたオラースが駆け寄り、尋ねてみれば、
「早く着きすぎたようだね。留守だ」
と、気落ちした様子もなく告げてくる。
冒険者達のもとに戻ってきた彼からそれを聞くと、煉淡はデティクトライフフォースで近くに反応がないか探り、ルエラは双眼鏡で周囲をゆっくり見回した。
煉淡がひとつの反応を探り当て方向を示すと、ルエラは双眼鏡をそちらに向けて「あっ」と声を上げる。
森の奥の方から、バートルミーに聞いた特徴そのままの人影がこちらにやって来るではないか。
「鹿を担いでいるな」
ルエラの呟きに、一行は留守の理由を知った。
●遠慮は無用
バートルミーを見た瞬間のブッツァンカの喜びようは凄かった。そして彼は正真正銘カオスニアンだった。
一瞬にして丸太のような弟子の腕の中におさめられた師匠の細身の体は、いつ折れるかと冒険者達をハラハラさせた。
感激の波が落ち着くとブッツァンカは、投げ捨てた大鹿を再び担ぎ上げバートルミーだけでなく冒険者達も小屋へと手招きした。
どうやら師匠だけでなく護衛の者達も食事に招待するつもりのようだ。
師匠と弟子に笑顔で小屋に押し込まれてみれば、そこはこざっぱりとした部屋だった。部屋は二部屋のみで、奥が作業場だ。狭くはないが広くもない。
ルエラが料理の手伝いを申し出ると、ブッツァンカは厳つい顔に笑顔を浮かべて「よろしく頼む」と言った。笑っても怖い顔だったのは秘密である。
ルエラの自前の調理道具とその手から生まれた数々の料理は、バートルミーに「ここでこんなにオシャレな料理を味わえるとは」と言わせるほどだった。
笑っても怖い顔のブッツァンカは、両腕の大胆な模様の刺青の腕を振り回すようにしながら今日まであった様々なことを話した。バートルミーは目尻にシワを寄せてそれを聞いている。
まるで親子のようだ。
「アンタ達、皆無事でホント何よりだ! ありがとな、ありがとう!」
アレクシアスや煉淡にプレゼントされたワインや日本酒で顔を赤くしたブッツァンカは、もう何度目かわからないほどの礼の言葉を口にした。
冒険者達も同じ酒を飲んでいたが、彼ほどできあがっていない。上機嫌が酔いを早めたのだろう。
無邪気と言ってもいいブッツァンカは、世間で敬遠されているカオスニアンのイメージとかなり違う。どう見ても不器用そうな彼の手から、様々な精巧な彫り物が生まれるのだから不思議だ。
そして案の定、ブッツァンカは早々に潰れてしまった。よりによってバートルミーに巨体が傾いだので、近くに座っていたアレクシアスが慌てて引っ張る。
「ありがとう。今日はここに泊まることになるけど‥‥」
「お気になさらず。こういうのは慣れているから」
落ち着いたアレクシアスの返答にバートルミーは安堵した。
ルエラを中心に軽く後片付けをすませると、冒険者達は思い思いの場所で体を休めた。
翌日、オラースと煉淡からの思いも寄らない贈り物にブッツァンカは巨体を縮ませることになる。
マイスターグレイバー、エクソシズム・コート、防寒具一式、保存食30個。
「こんな沢山のものをもらえるほど、俺は何もしてねぇ」
「もらっておきなさい。そしてその分今以上の作品を作ることだよ」
バートルミーに言われ、ブッツァンカはなお恐縮しながらもそれらを大事そうに抱きしめた。
ある日、冒険者ギルドの係員にこの依頼に関する噂の真相を聞かれたアレクシアスは、ただこう答えた。
「彼は素晴らしい木彫り師だった」