●リプレイ本文
●爪痕
街から北に位置する草原。その草原の一部に地下に降りる為の階段が設置されていた。
勿論、そんな簡単に見つけれる階段ではないはずなのだが、誰かが派手に粉砕していったような爪痕があからさまに残っていた。僅かに頭を露呈した千引きの巌が、まるで小石のようにひょいと摘まれ横に放られ、巨大な窪みがむき出しになり、その底に階段が見えている。
「‥‥これは‥‥一体誰が?」
「バラン殿の仕業でございましょうね」
一応バランの門下生でもあるエリーシャ・メロウ(eb4333)がアレクシアス・フェザント(ea1565)にそう告げる。
アレクシアスはバランと対面出来るのを実は楽しみにしていた。しかし、このような人間離れした足跡を見せられると‥‥。
「どのような人物か‥‥少し心配になってきたぞ‥‥」
アレクシアスは、自分の中で何かが壊れて行くような眩暈を覚えた。
「心配するようなことはありません。彼はとても強く、気高い人ですよ」
「門下生であるエリーシャが言うんだからきっとそうなんだろうが‥‥」
そんなアレクシアスの後ろで長渡泰斗(ea1984)が顰めた顔をしていた。
彼的には依頼主であるザルドを引っ張ってこようとしたのだが、常識的に考えて一般人かも知れない彼を危険に晒すのは‥‥という意見と足手まといはいらないという意見によって断念せざるを得なかったのだ。
「とりあえず奥に進みましょう。バラン殿が心配です」
「そうだな‥‥灯りの準備はいいか?」
アレクシアスの言葉に泰斗がランタンを持って頷いた。
「オフェリア」
続けてアレクシアスは、愛馬であるペガサスに命じる。
「不審な輩は遠慮なく追い払え」
ペガサスは高らかに嘶いて、主の声に応えた。
「不審者が来たら止めるんです」
タイラス・ビントゥ(eb4135)の声に、お供に着いてきた巨大な生きた壁も身体を揺らす。
●仕掛けがいっぱい
「結構狭いな‥‥」
オラース・カノーヴァ(ea3486)が鬼火を明かりにして辺りを見回して呟く。
洞窟の中は、人が二人並んで歩けるぐらいの幅しかない。勿論、太陽の光も射さないので冥い。
「あ、そこトラップだ!」
飛天龍(eb0010)が先頭に立ち、見事に仲間を誘導。この調子ならバランに追いつくのも時間の問題だろう。
「しかし、このような洞窟‥‥他にもお宝が眠っているのでしょうか?」
「そうですね‥‥もしかしたらあるかも知れませんね」
エリーシャの相槌に信者福袋(eb4064)が目を輝かせる。
「見つけたら皆で山分けしましょう! えぇ、確実にあると信じています!」
「それよりも先にバラン殿を探さなくてはいけませんね」
タイラスがカツドンカツドンと不思議な言葉を唱えながら呟く。
「‥‥そういえば、彼にはお付の者がいるんじゃなかったのか、エリーシャ?」
「えぇ、確か月斗殿と玄斗殿が。しかし、ギルドの依頼書ではそのお名前がありませんでしたね‥‥一体何処に行かれたのでしょうか?」
バラン殿にお会いしたら聞いてみましょう、というエリーシャの声を最後に‥‥のんびりとした冒険空気は終了した。
●遭遇
「しかし‥‥この依頼、怪しいと思わないか?」
そう言い出したのはキース・ファラン(eb4324)である。
「そうだね、キミもやっぱりそう思う?」
リィム・タイランツ(eb4856)が積極的に相槌を打つ。
彼らはウィルカップ依頼の既知である。
その為、親しいのは当然のようで‥‥。
「それでも依頼は依頼‥‥受けたからには達成させないと‥‥」
「そうだね、まずはバラン殿を見つけて‥‥それから‥‥」
「わあっ!?」
二人が話している間に、ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)が何かに頭をぶつけてしまった。
「おいおい、大丈夫か?」
「すみません‥‥暗い所為で此処に壁があるだなんて‥‥」
ゾーラクがそう言おうとした瞬間。
ドドドドドドドドドドド‥‥
洞窟の奥から何かが走ってくる音が!
「敵か!?」
「まさか今の音で気付かれましたか!?」
咄嗟に戦闘態勢をとるエリーシャとオラース。
しかし、其処から現れたのは‥‥。
「助かったトカ! やっとこれで外に出られるトカ〜〜〜〜!」
「うわあぁぁぁっ!?」
暗闇から飛び出してきた変な物体に飛びつかれ、倒れてしまうタイラス。体躯はでかいが驚愕の隙を突かれて転倒した。
オラースが急いで鬼火をタイラスに向けそいつが何者であるかを確認する。
そこにいたのは‥‥。
「‥‥なんだ、こいつ?」
「えーと‥‥見た目から言えば‥‥トカゲ、ですか?」
「失敬な、トカ! これでもワシはリザードマン、トカ!」
「‥‥‥へ?」
それを聞いたアレクシアスは目をパチクリさせた。
リザードマン。それは勇敢な戦士であり、体もごつい。更にはこんな所にいるようなものでもない。
が。‥‥何故か知らないが、それが此処にいる。しかも、見るからにぷよぷよのやわそうな体。アレクシアスの腕ならば、一触に倒せそうなほどひ弱に見えた。
「そ、外に出られるって‥‥もしかして貴方は‥‥」
「そうだトカ! 外に出られなくて困ってたトカ! 挙句には変な騎士のおっさんに追いまわされたトカ!」
深螺藤咲(ea8218)の問いに怒りながら、タイラスに抱きつきながらそう答える。どうやら彼がお気に入りのようである。
「カツドンカツドン、カツドンカツドン」
動転しながら祈りの言葉を続けるタイラス。
「変な騎士のおっさん‥‥? バラン殿かも知れないな‥‥」
「よし、じゃあこのトカゲと交渉といこうか」
「トカゲじゃないトカ! リザードマントカ!」
「でもその魔物を容易に信用してもいいのでしょうか?」
「しかし、バラン殿らしき人物を見たのはこのトカゲだけだ」
「トカゲじゃないトカ!」
「じゃあ、お名前は?」
「ワシの名前はジェンというトカ。世界最高の科学者トカ!」
ジェンと名乗るトカゲのようなリザードマンがそう言うと、キースがジェンの前に座り、交渉を開始する。
「じゃあ、ジェン。キミはどうしてこの洞窟に?」
「それはこの洞窟に科学者として捨てておけない素材があるからトカ! しかし、勇敢にも挑んだワシは‥‥助手を失ってしまったトカ!」
「助手?」
「もしかしたら外に出ているかも知れないトカ。だから外に連れてって欲しいトカ!」
「ふむ‥‥その助手の名前は?」
「もしかして、トルメンって名前だったりするかも知れませんねー。そうすれば二人揃ってジェントルメン! なんて」
「おいおい、ゾーラク。そんな名前があってたま‥‥」
「お? 何で助手の名前を知ってるトカ?」
ががーん‥‥‥。
そんな音が聞こえて来るぐらいショックだったのだ。
「‥‥な、なんでそんなお約束のような名前が‥‥ッ!」
「こ、これがまさか罠か!? 罠なのかッ!?」
流石のオラースも血沸き肉踊る勇敵との戦いをもの凄く期待していたのにこんな結果‥‥。
悲しい次第である。
「よし、外に連れて行ってやる代わりにそのさっき見たと言ってた変な騎士のおっさんがいたところまで案内してくれないか?」
「裏切らないトカ?」
「信用できないか?」
「だって人間だしートカ!」
‥‥数人の冒険者の心の中で『トカゲに言われたくないわ!』と呟かれたのは言うまでもない。
「じゃあタイラスに引っ付いてていいから、どうだ?」
「キースさん、マジで言ってますか!?」
「本気と書いてマジなんだけど」
キースが平然と言ってのけると、タイラスはまたカツドンカツドンと唱え始める‥‥これはある意味、仏様の試練なのだと信じて‥‥。
●ジェンと愉快な仲間達
「あ、これなんだトカ?」
「待て、無闇にさわると‥‥!」
天龍がジェンを引き止めようとするも、素早く壁にかかっているボタンをポチリ。
矢が四方八方から飛んでくる!
「あ、危ないッ! トカー」
抱きつかれているタイラスが、身代わりにその矢を受ける羽目になった。多くは身体を掠めるだけで済んだが、左の胸に深々と吸い込まれた一本の矢。
「カツドンカツドン」
「タイラス!」
キースが助け起こすと、日頃の精進の功徳だろうか? 幸運にも矢は缶詰に突き刺さって止まっていた。
「こら、其処のトカゲ! なんでもかんでも触るんじゃねぇッ!」
「トカゲじゃないトカ!」
ジェンが手を振り上げると、また‥‥カチリ。
忽ち罠発動。壁が段々狭くなる。
「ヤバイ‥‥走れッ!」
アレクシアスの合図と同時に冒険者全員はその場から走り出す。危うく潰される寸前の所でやっと大きな広場に出たのである。
「はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥! そ、そのトカゲもう捨てろ、タイラス!」
「す、捨てろと言われましても離れてくれないんですよ!」
「もうこれでこいつとワシは仲間トカ!」
「いーやーーーーーー!」
タイラスとオーラス、そしてジェンの三人がその場で騒ぎ始めるのを他所に、アレクシアスはその広場を観察するかのように見渡した。
そこかしこに、剣で斬られた魔物の姿がチラホラと見えているのである。
「エリーシャ、この斬撃の痕、誰のものか見覚えは?」
熱で柔らかくなったバターを、灼熱のナイフで切り分けたような切り口。あるいは、出来立ての固まったばかりのチーズを、指の先で無造作に引っ掻いたような石壁の傷。
「‥‥間違いなくバラン殿です。この付近におられるのだと思います」
「あれ? あそこ、光が見えるよー?」
リィムが指差した先には光がゆらゆらと揺れていた。
しかもそれは、激しい動きになったりもしている。
「もしかしてバランさんかな?」
「そうかも知れない‥‥アレクシアスさん、行ってみよう!」
「そうだな‥‥タイラス、オーラス、福袋! そろそろいく‥‥ぞ?」
アレクシアスが振り向いたその先の光景。それはとても信じられないものだった。
ジェンとタイラスとオラースは未だに騒いでいる。これはまだ分かる。
しかし福袋については異様である。‥‥魔物相手に商売をしているご様子。
「‥‥これ、感化されたって言うヤツ?」
「ジェン自体が罠だった‥‥といわれてもこれはおかしくないと思う」
「えぇ、妥当な罠だと思いますよ。みなさんのツッコミを開花しているみたいですし」
結局、自制心を遺していたアレクシアスが全員を引きずって言ったのは言うまでもない。
「バラン殿! そこにおられますでしょうか!?」
「ここから叫んでも返事がないという事は違うのか‥‥?」
「ふむ‥‥では‥‥。バラン殿! このエリーシャ・メロウ! バラン殿の剣となるべく参上いたしましたッ!」
少しかための挨拶のような台詞をエリーシャが叫ぶと、遠くの光に反応があった。
「おお! エリーシャ殿、貴殿か! よいところに!」
「反応がありました、エドの反応も同じですね。バラン殿で間違いありません!」
「なら急ぐぞ!」
冒険者達が彼の元へ辿り付いた時。其処はもう魔物の死体が山積みになっていた。そんな中、バランは傷一つついていない‥‥。
「あれが‥‥杖ですか‥‥」
バランの目の前には光輝く杖が安置されていたのである。
「俺は杖はこのまま安置させた方がいいと思う」
バランとエリーシャが他愛ない会話をしている間に泰斗がそう告げる。アレクシアスも同感に近い形ではあったがそれでは依頼が達成されない。動かしていいものかどうか確認すべく辺りを見回す。
確かに神殿のようなつくりはしているものの、トラップの設置等の形跡は明らかに新しいもの。
「‥‥動かしても問題はないだろうが」
「杖をとった後はどっちにしても慎重に行きたいぜ」
「行きたいトカ」
「テメェが言うな!?」
「杖はわしが持っていく。貴殿達は入口まで行ってよいぞ」
「しかしバラン殿! この杖は此処に安置しておいたほうが‥‥!」
「この杖の所為で一人、困っている民がおるのだ! 貴殿はその民を捨て置けと申すのか!」
「しかし、杖が見たいならばここにくればいいだけの事‥‥!」
「バカモノ! 民は一般人じゃ! その一般人をみすみす危険な地域に赴かせるなんぞ言語道断! 魔物の巣窟! トラップだらけ! 貴殿は民を殺す気か!?」
バランの怒声により洞窟が小さく揺れる。
「‥‥そろそろ、崩れるかもだよ、この洞窟?」
不吉な予感を感じ取ったリィムがキースに報告した。
「た、確かに。さっきも少し揺れたし‥‥」
「どうしても持ち出すというのであれば‥‥」
「剣を抜くか‥‥! 鍛えなおしてくれるわ!」
バランと泰斗が得物を手にとる。泰斗とて常識では量れないほどの猛者。このまま暴れられては洞窟が崩れてしまう。しかも、この二人を止められる程猶予も残っていない。
「よせ!」
アレクシアスの声も空しく、泰斗の術が躱したバランの粉砕の一撃が壁にヒットする。同時に、ゴゴゴゴゴゴー。果たして洞窟は崩れ始めた。
「急げ、逃げるぞ!」
「泰斗、お前もだッ!」
有無を言わさず泰斗を引きずるアレクシアス。次の瞬間、泰斗の居たあたりに崩れ落ちる天井。その向こうにバランの影は消えた。
「あぁ! バラン殿が‥‥!」
「噂通りの人なら生きてるだろよ!」
そう言うと、オラースはごねるエリーシャをひっ捕まえて外に出たのであった。
●怪しげな青年
「はぁ‥‥はぁ‥‥ギリギリ、でしたね」
「洞窟は崩れてしまったか‥‥バラン殿は?」
ジュリアン・ティフラー(ec3817)が崩れた洞窟の方向を見やった。
ガラガラ‥‥という音と共に立ち上がった人影。まさしくバランの姿。杖は見事に彼の手にあった。
「これで依頼は達成した、かな?」
「‥‥とりあえずはね」
「ああっ! トルメン! そんな馬のエサにー!?」
「オフェリアは馬じゃない、ペガサスだッ!」
「どっちにしても馬科トカ!」
次はアレクシアスとジェンの攻防が始まった。そんな中、草陰に依頼主であるザルドの姿が見えた。
「あー。みなさんー、無事でしたかー! 特にバラン様ー」
「うむ! 貴殿が見たかったのはこれじゃろう?」
「わぁー‥‥本当にとってきてくれたんですねー! ありがとうございますー!」
「まだ渡しはしない。ザルドの親方や他の杖職人達にもこの杖を見せて意欲を養って貰おう」
怪しいと思っていたアレクシアスはザルドにそう提案すると、ザルドはにっこり笑って頷いた。
「そう思って、もう呼んでおいたんですよー。親方!」
「冒険者の皆さん、バラン様。うちの弟子が変な頼みをしたようで申し訳ない‥‥」
そんな会話が広がる中、ゾーラクがリシーブメモリーを使おう意識を集中させた瞬間の出来事だった。
「あ、そこの人魔法使いさんなんですねー。凄いですねー」
ゾーラクの肩をこつくようにザルドが話し掛ける。その所為で集中力が途切れてしまった。
(「ど、どうして魔法がバレ‥‥あ‥‥もしかしてこの人‥‥」)
ゾーラクは一つの可能性を考えた。
もしこの人が冒険者であるならば、魔法使用時に体が光に包まれるという特性を知っていてもおかしくはない。
事前にシャリーア達が調べてくれていた情報によると、トレジャーハンター達は互いにペアを組み行動するという噂も聞いている。
‥‥此処で尋問してもそう簡単に口は割らないだろう。
口を割らせるのであればそれ相当の準備が必要で、咄嗟の行動などは無意味に等しく軽々とすりぬけられてしまうだろう。
「それじゃあーこの杖はお預かりしますねー。参考にした後、ジェームス様に渡せばいいんですねー?」
そう告げると、アレクシアスの手から杖を取り、ザルドとその親方は町へと帰っていった。
「‥‥少し手が足りなかった、か」
「仕方ありません。冒険者が相手なら、こうなる事は読めていた事かも知れません」
「そういえばバラン殿。玄斗殿と月斗殿は今何処に?」
「わしも存じておらん。まったく、何処をほつき歩いているのやら!」
こうして、無事に? バランの依頼は終了した。