ばけもんテイマーズ〜迷犬は名犬?

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:12人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月16日〜10月21日

リプレイ公開日:2007年10月23日

●オープニング

 誇りっぽい街道を歩く黒く細長い影。
 頭からすっぽり漆黒のマントを被った女王様代はだいぶ冷たくなった空気にふと足を止め、空を見上げた。
 今日は綺麗に晴れ渡っている。
 この街道をずっと進むとウィンターフォルセに着く。
 一度訪れてみたいと思っていた街だ。
「それにしても、この長い道‥‥コンビニがほしいですわ」
 そんなことを言われてもアトランティスの人には何のことだかわからないだろう。
 そもそもピンヒールで徒歩でウィンターフォルセを目指そうというのが間違いなのだが、様代はそこに気付いていなかった。地球にいた頃のクセが抜けないのだ。
 ガサッと音がして前方の背の高い雑草の茂みが揺れた。
 風はない。
 魔物か、と様代はマントの下の鞭に手の伸ばす。
 魔物か動物か人間か。
 待ち構える様代の前に雑草を掻き分けて出てきたのは、一頭の大型犬だった。
 もとは白だったと思われる毛の色は、どれだけ長旅をしてきたのか泥と埃で茶色だか灰色だかわからない色になっている。その上かなり消耗しているらしく、足取りが覚束ない。
 いったいこの犬に何があったのか。
 様代は鞭から手を離すと、犬の前に歩み寄り膝を折った。
「ワンちゃん、こんなところでどうしたの? ご主人様は?」
 人間にかける時とは格段に違うやさしげな声で様代は犬に話しかけるが、犬はクゥンと寂しそうに鳴くだけだった。
 辺りを見回しても、この犬の主人らしき人影はない。
 野良犬かしら、と思った時、様代は犬の首に首輪を見つけた。野良ではないのかもしれない。
 さらにその首輪にはよく見なければわからない小さな筒がついていた。
「‥‥もしかして、おつかいですの?」
 だとしたら迷子なのかもしれない。
 様代の頭から野良犬の線は消えた。
「ワンちゃん、この道をこっちにずっと行くとウィンターフォルセよ。反対側に進めばいくつか町を越えた先にフラウ領が見えてきますわ。ワンちゃんはどっちへ行きたいの?」
 ワンッ、と、とたんに元気になった犬はウィンターフォルセを向いた。
 行き先は同じのようだ。
 となれば様代に何を迷うことがあろうか。
 彼女は薄汚れた犬と共に再び街道を歩き始めた。
 妙な犬だが、一人も飽きてきた頃だ‥‥と気楽に考えていたのだが。

 犬を連れて数日と経たないうちに様代はやたらとごろつきに襲われるようになった。
 始めはただの偶然かと思ったが、毎日となると偶然ではすまされない。
 金で雇われていると考えたほうがいいだろう。
 ごろつき程度、様代の鞭の前には紙細工も同然だがいい加減うっとうしいし何より気味が悪い。
 それに、手ごわいのが現れたらやっかいだ。
 立ち寄った小さな町の路地でため息をついた様代は、じっと連れの犬を見つめる。
「あなたが原因としか思えないのよねぇ。ねぇ、あなたが運んでいるもの、見てもいい?」
 様代が首輪に手を伸ばすと、犬は一瞬身をよじったがすぐにおとなしくなった。
 首輪の小さな筒の中身を引き抜く。出てきたのは固く巻かれた布だった。
「何ですの‥‥まるで密書みたい」
 面倒ごとはゴメンよ、と呟きながら布を開けば書かれていたのはたった一言。

『早く帰ってきて。もうダメ』

 何の解決にもならなかった。
 その一言の後に家紋らしきものが押されてあるが、様代にはその知識はないのでどこの誰がこの犬を使いに出したのかわからなかった。
 布を元通り巻き直し犬の首輪の筒に詰めた様代は、頭の中でわかっていることを整理した。
「このワンちゃんはどこかの家からウィンターフォルセの誰かさんへお使いの途中、と。そして何故か追っ手がかかっている、と。それにあたくしが巻き込まれてしまった‥‥と。あ〜あ」
 深々とため息をついた様代は、追っ手がかかっている以上一人で行動するのは危険だと判断し、冒険者ギルドへ助けを求めることに決めた。
 依頼書を書きシフール便で飛ばし、助けが来るまではこの町に隠れて待たなければ、と無意識に犬を撫でながら思った。

●今回の参加者

 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea7891 イコン・シュターライゼン(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea8650 本多 風露(32歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb3770 麻津名 ゆかり(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4460 篠崎 孝司(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb7871 物見 昴(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

江 月麗(eb6905

●リプレイ本文

●女王とわんこの捜索
 荷物をくくりつけた馬のウーヌスに横座りしながらヴェガ・キュアノス(ea7463)は、少し高い位置を飛ぶユラヴィカ・クドゥス(ea1704)の魔法の結果が出るのをいまかいまかと待っていた。
 ユラヴィカが行っているのはサンワード。媒介には金貨を使っている。幸い天気は良いので太陽から情報を得るのに支障はないが、問題は知りたい対象が‥‥この場合は女王様代だが、日陰にいたりしたら答えを得られないということだった。
 様代の特徴を何度も言い、居場所を問うが太陽はなかなか良い返事を返してくれない。
 やがてユラヴィカは肩を落として首を横に振った。
「身を隠しているのでしょうから、どこか暗い場所にいるのかもしれませんね」
 イコン・シュターライゼン(ea7891)ががっかりしているヴェガとユラヴィカを慰める。
「ちょくちょく調べるとしよう」
 諦めないユラヴィカにヴェガも頷いた。
「罪のないわんこがゴロツキに追われるなど、痛ましい‥‥いや、もちろん様代殿も心配じゃが」
 ヴェガの心配は犬に大きく傾いているようだ。犬好きなのかもしれない。
 一行はウィンターフォルセへの街道を進む。
 もう何度目かもわからないサンワードをユラヴィカが使った時、初めて回答が得られた。
「うむ、近いぞ。3kmほど先じゃ。様代殿の隠れている町かもしれんの」
 その言葉に勢いを得た冒険者達は、とたんに足を早めた。

●ウィンターフォルセを駆ける戦闘馬
 たどり着いた町は小さな町ながらも表通りと裏通りがあるくらいには大きかった。
 様代がそのどちらにいるかわからなかったが、案外早くに見つけることができた。
 彼女は裏通りの実に怪しいパブと宿が一緒になった店にいた。
 店主も客も何かワケのありそうな怪しげな人物ばかりなので、頭からマントを被った黒ずくめの様代でも浮くことがなかったのだ。
 もっとも浮いていようが溶け込んでいようが、店主も客も気にしていないが。
 見つけたのはユラヴィカの魔法によった。
 追っ手の様子を窺うため、たまたま窓から顔を出していた様代に陽が当たっていたためだ。
 そして彼らは一階のパブの隅の席でようやく詳細を聞けることになった。
「‥‥じゃあ、そのおてがみのとどけさきがわかれば、はやくにかいけつできそうなのね」
 レン・ウィンドフェザー(ea4509)の言葉を聞いたオラース・カノーヴァ(ea3486)が席を立って言った。
「それなら俺が紋章のわかるやつをウィンターフォルセから連れてきてやるぜ。レン、心当たりの人物と地理を教えてくれ」
「ルキナスなら、しってるとおもうの。ちょっとまって」
 レンは筆記用具を取り出すと、そこにルキナスの家への簡単な地図と彼への手紙を書いてオラースへ託した。
「合流場所は、ここでいいか?」
「そうだね。でも、ルキナスはもしかしたら、いえにいないかもだけど‥‥」
 何故か口ごもるレンに首を傾げつつも、オラースはすぐにパブを出て行った。

 ウィンターフォルセに戦闘馬のリンブドルムを飛ばしたオラースは、街中をまっすぐにルキナスの家へ向かった。
 家のドアを叩くもいっこうに誰も出てこない。
 レンの言った通り不在のようだ。
 ナンパ癖があると言っていたから大通りにいるかもしれない。
 オラースは面倒臭そうに舌打ちをすると、馬は引いて大通りを目指した。
 しかしルキナスは思った以上に早くに発見できた。
 あんたしつこいのよ! という女性の怒声と痛そうな音が響いてきたところへ行ってみれば、それでも幸せそうな男が転がっていた。
 レンに聞いた外見特徴の男だ。
「おい、あんた」
 オラースが声をかけるとルキナスは幸せが吹き飛んだようにつまらなさそうな表情になった。
「男に用はないよ。さてと‥‥」
「あんたになくても俺にはあるんだ。領主サマからの手紙だぜ」
 レンからの手紙を押し付ける。
 渋々といった様子で手紙を読んだルキナスは、物凄く気乗りしない顔をした。
 いい加減イライラしてきたオラースは実力行使に出た。
 有無を言わさずルキナスをリンブドルムの上に放り投げ、素早く自身も跨ると抗議の叫びも無視して馬を走らせる。
 落ちたら拾えばいい。
 オラースはリンブドルムを加速させた。

●狙われる理由
 オラースがウィンターフォルセへ馬を走らせている頃、パブに残った冒険者達は様代から話を聞くため、彼女が寝泊りしている二階の部屋へ上がった。
 全体的に埃っぽい店だったが部屋もそれなりだった。さすがにベッドは綺麗にしてあるがどことなくカビ臭いし、窓は雨と埃で薄汚れサンは黒い汚れがたまっている。少しでも飛び跳ねたりしたら、天井から塵が降ってくるだろう。
 部屋は狭く、冒険者達と様代が入ったらかなり窮屈になってしまった。
 その部屋の隅に、ここの雰囲気にぴったりの薄汚れた犬がいた。例の犬だ。
 大勢で入ったにも関わらず、その中に様代の姿があったことに安心したのか、犬はおとなしくしている。
 ヴェガがすぐに犬の前に駆け寄り膝を着いた。
「よしよし、わしらが手伝うてやるゆえ、もう少し頑張るのじゃぞ」
「その犬、食事はどうしてる?」
 飛天龍(eb0010)がヒラリとテーブルに腰掛け、様代に問う。仕立ての悪いテーブルが小さくグラつく。
 店主に頼んで作ってもらっている、と様代は答えた。犬の体に悪いものは食べさせていないとの内容に、天龍は安堵した。
「よく躾の行き届いたワンちゃんですわよ。その上、賢い子。皆さんの中に動物とお話ができる方はいらっしゃるの?」
「幸い、あたしも含めいろんな方がお話できますよ。一年半ぶりですね、様代さん」
 様代の疑問に麻津名ゆかり(eb3770)が答えた。ゆかりが連れていたウルフの志(こころ)が彼女に促されて様代に挨拶をする。
 様代はニッコリして志の頭を撫でた。
「このわんこ、ダンという名前らしいぞ」
 テレパシーで名を尋ねていたヴェガが言った。
「ではダンさん。あたしと少しお話しましょう」
 ゆかりがヴェガの隣に同じように膝を着くと、レンがスケッチブックを開いてその傍に待機した。
 ゆかりがテレパシーやリシーブメモリーで手紙の届け先の人物の顔を聞き出し、それをファンタズムで再現し、レンがスケッチブックに描くというものだが‥‥。レンはうまくいくかどうかと内心懐疑的であった。犬に人間の顔の見分けがつくのだろうか?
 ちょっと根気のいる作業かもしれない。
 その間、篠崎孝司(eb4460)が様代に体調は大丈夫か尋ねていた。
 追っ手がいるストレスやどう見ても不衛生なこの部屋に居続けることで、体調不良を起こしていないか気遣ったのだ。
 考えられる限りのことを聞き、脈拍も調べたが様代はいたって健康だった。
「あなたも地球からいらしたのよね。何だかそれだけて親近感がわきますわ。だって、ここの人ときたらコンビニもファーストフードも車も知らないんですもの。この世界に来たばかりの頃、車について尋ねたら牛車を用意しようとしましたのよ。歩いたほうが早いですわ」
「せめて馬車ならよかったのにな」
 孝司の相槌に様代は大きく頷いた。
 次々出てくる地球の名詞に孝司は来てよかったと感じた。
 体は健康だが、まるで勝手の違う世界にいろいろたまっていたようだ。
 特に様代は電器類のない生活に慣れるのに苦労したそうだ。
 一通り吐き出して様代がスッキリした頃を見計らい、物見昴(eb7871)が追っ手について考えはじめた。
「ゴロツキを雇って襲っているってのは尻尾切りが楽だからか、それとも戦力を温存しているからか‥‥両方かね」
「ゴロツキがずっと追いかけてくるのは、彼らのコスト的にも割りに合わないでしょう。本来の追跡者がいて、その場その場でゴロツキを雇っているのではないでしょうか?」
 ダンとの会話はひとまずゆかり達に譲ったディアッカ・ディアボロス(ea5597)が加わってきた。
「ふむ。でもこちらは人数が増えた。どちらの方法で襲ってきているにしろ、そろそろ手段が変わるかもしれないな」
 昴の目が鋭く光った。
 遠距離からの狙撃か毒か、と昴は可能性を述べる。
 そして視線をダンへ向けた。
「密書の文もな‥‥。実は他に文章が隠されていたりしないか? 炙り出しとか透かしとか」
「試してみます?」
 様代は言ったが昴は首を横に振った。
 もし試すなら手紙が無事に相手先に届いてから、だそうだ。
 そして、四苦八苦しているゆかり達はというと。
 やはり犬には難しい注文だったようだ。
 ただし、わかったこともある。
 届け先の人物は男のようだ。髪は白いかもしれない。わりとやせぎすらしい。家で一番偉い。名前は『大旦那』『あなた』『おとうさん』『バーナード』。
 さらにイコンがどこから来たのか尋ねると、人がたくさんいるところと返してきた。
 家は二つあり、一つの家にはダンは行けない。たまに家の人が連れて行くこともあるが、いつも知らない人が大勢出入りしているとのことだ。
「貴族の家かそれなりの規模の家でしょうね。まぁ、紋章があることからそんな気はしてましたが」
 イコンは言ったが、やはり確かな手がかりにはならない。
 さらにダンに断って手紙も見せてもらったが、紋章は蜘蛛の巣を模ったように見えるが、はたして紋章に選ばれるものかどうかはわからない。もしかしたら植物かもしれない。
 ゆかりとヴェガがもう少し頑張ってみた結果、どうにか具体的な顔らしきものができあがった。
「どこにでもいそうなおっさんなのー」
 レンが見せた似顔絵は彼女の言葉の通りだった。
 やせぎすで人の良さそうな初老の男性。
 あまりにも特徴がなさすぎる。もしかしたら本当にこの顔なのかもしれないが、だとしたら探し出すのは一苦労だろう。
「それにしても奇妙な文じゃのぅ」
 イコンの手の中の手紙を覗き込みながらヴェガが呟いた。
「もうダメ‥‥とはな。何か窮地に陥っているのかのぅ」
 そのわりには経緯がまったく記されていないのも妙だ。見ればわかるということか?
 オラースが連れてきてくれるだろうルキナスが、紋章から人物を割り当てられれば良し。できなければ虱潰しに探すことになりそうだ。

●請求はこの方に
 宿屋の屋根の上で見張りをしていた昴が、夜の闇に紛れて動くいくつもの不審な人影を見つけたのは真夜中をだいぶ過ぎた頃だった。
 酔っ払いでも帰宅途中の人でもない動きに、昴はぴったりと屋根に張り付いて目を細めた。
 昴は人影に気付かれないよう慎重に体の位置をずらし、階下の仲間達に異変を知らせるため忍者刀で窓を突付いた。
 室内でそれに気付いたのは、見張り番だったイコンだ。
 彼はすぐに仮眠中の仲間や様代を起こすと、屋根上の昴から合図があったことを告げた。
 ゆかりがすぐにブレスセンサーのスクロールを開き、建物の周りを探った。
「七人か八人‥‥囲まれてます。入り口、裏口‥‥」
 スクロール魔法が与えてくれる情報をゆかりが読み取っている時、外で刃物を打ち合う音がした。
「昴がやり合ってるのか!?」
 天龍が急ぎ窓から外へ飛び出そうとした時。
 窓を割り薄っぺらいカーテンを突き破って火矢が打ち込まれてきた。
 カッと音を立ててテーブルに突き刺さる。
 興奮したダンがさかんに吼えた。
 階下では数人がもみ合う声や物音がする。店の主人かまだ管を巻いている客か。
「どけ女ァ!」
「このような店とはいえ、訪問するには非常識な時間ですよ。それとも、昼と夜を間違えましたか?」
 ドアの向こうからは襲撃者の怒鳴り声と本多風露(ea8650)の涼しげな声が聞こえてきた。
 その間にも火矢は一本、二本と射掛けられ、火が広がっていく。
「出ましょう。煙に巻かれる前に!」
 イコンはオーラシールドを展開しダンを守るように前に立ってドアを目指した。
 天龍は昴に加勢するためにすでに飛び立っている。
 ドアに一番近い位置にいたシルバー・ストーム(ea3651)が外に出た時には、風露の剣術で襲撃者が二人倒されていた。
 死んでいるように見えるが、出血がないところを見ると峰打ちだろう。
 仲間が倒されたことにもひるまず、階段を上ってこようとするゴロツキの足をシルバーの縄ひょうが捕え、彼はそこから転げ落ちた。
 すかさず風露が階段を飛び降りてゴロツキの上に着地する。
 ひとたまりもなく彼は気絶した。
 その後をダンと様代を守って冒険者達が続く。
「火は消しました。外も昴さん達が何とかしてくれたようです」
 下りたところで最後尾にいたゆかりが言った。
 一階のパブはハリケーンが通過したかのような有様だった。
 原因が自分達だとわかっているだけに、弁償するべきかと迷っていると、入り口から天龍が飛び込んできた。
「まだ後から仲間が来るかもしれない。離れよう」
「おい、お前らか、この原因は」
 低く剣呑な響きの声の主はここの店主だった。手には剣が握られている。こういう店だからそれなりに備えがあるようだ。
「このまま行かせると思うか? えぇ?」
 そうとう頭にきている。首まで真っ赤だ。
 と、様代が店主の前に進み出て言った。
「弁償しますわ。けれど、今すぐは持ち合わせがありませんの。あたくし達、お金持ちには見えませんでしょう? ですが当てはありますのよ。今からその人のところに向かいますから、賠償金はその人が支払いますわ」
「そうするという証拠はあるのか?」
「しふしふ団の名に懸けて誓おう」
「しふしふ団だと?」
 天龍の名乗りに店主は片方の眉を跳ね上げる。彼は天龍、ディアッカ、ユラヴィカを順番に見ると、大きく頷いた。
「しふしふ団のことは知っている。‥‥信用しよう。ただし二日だ。それ以上経ったらこっちにも考えがあるからな」
 どうにか店を出た一行は昴と合流すると、果たして勝手にこれから尋ねる人に弁償させていいものかと迷った。
 しかし様代がきっぱり言った。
「こうなったのは、紋章の家が原因ですわ。責任を持つのは当然です」
 本当にそうだろうか、とも思ったが今はそれよりも先に進むことにした。
「このことをオラースさん達に伝えてきましょう」
 ディアッカはそう言うと、一行を置いて先へ行った。

●紋章の人
 主に忠実なリンブドルムは夜も街道を走った。
 拉致のように連れてこられたルキナスは、オラースの後ろで半分舟を漕いでいるが、手はしっかりとオラースを掴んでいた。
 もうじき仲間達のいる小さな町に着くと思われる頃、前方から見覚えのあるシフールがやって来た。
 手綱を引いて馬を止めると、そのシフール‥‥ディアッカもオラースの周りを一周して止まり息を整えた。
「泊まっていた宿が襲撃を受けましてね。出てきたんです。あと少しすれば皆さんも追いつくでしょう」
「追っ手はもういなくなったのか?」
「今のところは‥‥」
「そうか。だが油断はできないな」
 三人は街道の端で仲間が来るのを待った。
 どれくらい待ったか。ようやく全員がそろうと、ゆかりがダンから手紙を借りてルキナスに見せた。
 全員の注目を集める中、じっと手紙の紋章を見つめていたルキナスは、やがて「知ってる」と呟いた。
「キャメロン家の紋章だ。蜘蛛の巣みたく見えるけどアゲラタムだと思うよ。‥‥メッセージの意味はわからないけど」
 何なのこの文は、と疑問たっぷりの目をするルキナス。
 だがそれを無視してゆかりはキャメロン家についての説明を求めた。
「ダン‥‥この犬ですけど、この子から聞きだした単語は『大旦那』『あなた』『おとうさん』『バーナード』なんですが、意味わかります?」
「バーナードって今は隠居のはずだよ。家はフラウ領で一番大きな宿屋じゃなかったかな。確か『晴鳴苑』とか。何代目だったかは知らないけど。‥‥何かあったのかな」
 ゆかりは様代に視線を移す。
「何か聞いてませんか?」
 つい先日まで様代はフラウ領にいたのだ。騒動があれば知っているはず、と期待したのだが様代はしばらく考え込んだ後、申し訳なさそうに首を振った。
「ごめんなさい。それらしい話は聞いてませんの」
「あなたが気にすることはないよ」
 ゆかりのセリフを奪ったのはルキナスだった。瞬間移動のようにゆかりの前から消え、ちゃっかり様代の手を握っている。
 その手を叩き落し、襟首を掴んで引き離しながらオラースが言った。
「追っ手が直接その人に手を出す前に保護したいな」
「しゅくはくさきに、これをとどけてほしいの。すこしは、こうかあるとおもうから」
 レンがオラースに渡したのは、バーナードが泊まっている宿屋の主人に宛てたもので、襲撃者を牽制できるだろう文書だった。
 その宿、客を傷つけるものは厳しく裁く、といった内容だ。
 それからレンはバーナードの似顔絵(仮)をルキナスに見せたが、彼も本人を見たことはないので似顔絵が正しいのかはわからなかった。
「わしも一緒に行こう。探すのを手伝うかの」
 ユラヴィカがオラースとの同行を申し出る。
 その時、不穏な気配が漂った。

●追っ手と探し人
 物騒な気配に完全に囲まれる前に、オラースとユラヴィカはここから離れる決意をした。足止めは仲間達が引き受けてくれるという。
「いやだぁぁぁぁ! 俺はあのキレーなおねーさんとここに残るんだー! 倒れる時はあの美女のふとももの上がいいんだー!」
 ルキナスの悲鳴はリンブドルムの地を蹴る音と共に小さくなっていった。
 その効果か、ゆかりの動きは猛々しかった。
 フレイムエリベイションで士気を上げ、わらわらとわいて出てきた追っ手達の後方に呪文の詠唱をしている者を見つけると、素早くサイレンスのスクロールを使用して封じ込めた。
 空が少しずつ白くなってきている。
 ほのかな光に刃物を反射させ突っ込んでくるゴロツキの一団には、レンがアグラベイションを放ち動きを鈍らせた。
 その隙を逃さず空高く舞い上がった天龍が首を狙った強烈な一撃で、一人ずつ確実に気絶させていく。
 防具で首筋が隠れている相手には風露の刀がひらめいた。防御の薄い箇所に峰打ちされ、苦悶のうめき声を上げてうずくまっていく。
 それらのゴロツキ達は再度立ち上がれないよう、ヴェガがコアギュレイトで捕縛していった。
 うまいことそれらの連携から逃れ刃を向けてくるゴロツキは、シルバーの縄ひょうが迎え撃った。長い縄の先のナイフのような刃に腕を切られては武器を落とし、足をかすめられては鋭い痛みに膝を折った。
 身軽な昴が落とした武器を遠くへ蹴飛ばし、まだ動く元気のある者を鞘に収めたままの忍者刀で打ち倒していく。
 ダンを狙い矢を射掛けようとする者にはヴェガがホーリーフィールドで全ての攻撃を防ぎ、イコンが懐に飛び込んで急所を突いて気絶させた。
 息をつかせぬ見事な協力に様代は感嘆の吐息をもらした。万が一、冒険者達の壁をかいくぐって来る者があった時は、自らも鞭を取るつもりでいたがその心配はしなくていいようだ。
 最後に、こそこそと背後から凶刃を突き立てようとしてきたゴロツキを、孝司のスタンガンが仕留めたところで場はようやく静かになった。
 冒険者に囲まれつつも睨みをきかせているゴロツキ達へ、抜き身の刀をぶらさげたままの風露が「さて」と切り出した。
「いろいろと教えていただきましょうか。何のためにダンを襲うのか。あなた達の雇い人は誰? その人物とはどうやって連絡をとっているのですか? 居場所も教えてほしいですね」
「はははは、ホイホイと吐くとでも思うのか? ま、お前ら次第で教えてやってもいいがな」
「‥‥私は別に、石を抱かせて聞き出してもいいのですよ?」
 冷ややかな風露の声音に、ゴロツキの嘲笑が凍った。
「魔法で無理矢理記憶を探ってもいいのですが‥‥」
 ディアッカの追い討ちにゴロツキ達の間に重苦しい沈黙が落ちた。
 じっと反応を待っていると、ようやく最初のゴロツキが口を開いた。
「お前ら俺らより性質悪ぃじゃねぇか、クソッ。フン、残念ながら今頃バーナードはとっ捕まってるだろうよ。別に傷つけるつもりはねぇが、抵抗するならちょっとは痛い思いをするだろうな」
「‥‥どういうことです?」
 目を細めた風露の刀が首に添えられ、青ざめるゴロツキ。
「詳しくは知らねぇよ! 俺らはそこの家の嫁に、犬を連れ戻して大旦那には永遠に旅行させろって言われただけなんだ!」
 家庭内不和というには過激すぎる話だ。
「あたし、加勢に行きます」
 言うなりゆかりはフライングブルームに乗って、たちまち見えなくなった。
 今頃行っても遅ぇよ、と馬鹿にした笑い声を立てるゴロツキ達。
 ヴェガが軽蔑しきった眼差しで見下ろしながら様代に勧めた。
「様代、おぬしの得意分野じゃ。この者らを躾てたもれ」
 志とじゃれていたダンを微笑ましく眺めていた様代の目が、その言葉で一変した。
 マントの下から鞭を抜くと、ピシャリと地を叩く。
「ご指名ありがとうございます‥‥生まれ変われるようきっちり躾ましょう」
 やはりこうなるのか、とイコンはドキドキしながら見守った。

 オラースとユラヴィカ達がウィンターフォルセに入ると、街の様子がおかしかった。
 緊迫している。
 早朝の今なら店屋などが開店の準備のために人が動いているはずなのに、誰もいない。
 オラースとユラヴィカは辺りに気を配りながら進んだ。
 もしやと思い、ユラヴィカは紋章の写しを見ながらサンワードを唱えた。
「すぐ近くじゃ。そこの角を曲がれ‥‥嫌な予感がする」
 彼の指示に従いオラースは馬を進める。
 さらにいくつか角を曲がり、通りを抜けると小奇麗な町並みに出た。表通りとは少し違う、貴族が集まりそうな一角。
 そこの中でも一際大きな建物に人だかりが出来ていた。流れてくるのは怒号と哀願か。
 馬を降り、人だかりをかき分けて中の様子を窺うと、柄の悪い連中に囲まれた店主らしき男と従業員と思われる者達が数名いた。殴られたのか、店主の頬ははれて唇の端から血を流していた。
 見てしまったものは仕方がない、とオラースとユラヴィカはゴロツキの排除に出た。
 それに理由もなくこんな連中が高級宿を襲うのも妙だ。
 ひょっとしたらここにバーナード・キャメロンがいるのかもしれない。
「ちょっとどいてくれねぇか。ここの主人に話があるんだ」
 突然背後から声をかけられたゴロツキが振り向くと同時に殴り飛ばすオラース。
 色めき立ち武器を抜く彼らから遠ざけるようにユラヴィカは店主と従業員らを安全な位置まで下がらせた。
 一般人には通用するゴロツキの腕もオラースには赤子同然だった。
 あっという間に武器を壊された彼らは、恐れをなして人だかりを蹴散らし逃げていく。
「ああ、ありがとうございます!」
「礼はいい。ちょっと聞きたいことがある」
 店でもてなそうとする店員達を制し、オラースは口早に用件を切り出した。
 そしてバーナード・キャメロンは泊まっているかと尋ねると、泊まっていると答えた。

●お騒がせな一家
 何故か冒険者達はバーナードの奢りで食事会を開いていた。
 ダンを迎えた彼は上機嫌で、手紙を見ると力なく苦笑した。
 そして苦労したと見える愛犬を、店の裏を借りて洗ってやった。これはイコンとユラヴィカも手伝い、三人と一匹が戻ってきた時は水遊びしたようにずぶ濡れだったとか。
「立ち入ったことを聞きますが、ダンを追っていた者達はお嫁さんがどうとか言っていました。どういうことですか?」
 少々聞きにくそうにイコンが尋ねると、バーナードは小さく唸った後、恥ずかしい話ですがと話し出した。
「私の妻と息子の嫁がとても仲が悪くてね‥‥息子もちょっと気の弱いヤツで、間に挟まれて。あれだね、女性というのはとても過激な部分があるね。まさか私まで亡き者にしようとは。どんなふうにケンカしたんだか。あっははは」
 笑い事じゃないだろう、と誰もが思ったがバーナードの笑顔に無理は見られない。
「仕方ないから帰るよ。家が破壊される前にね。やれやれ、年寄りを休ませてほしいものだよ」
 最後についたため息は本物だった。
 話を聞きながらミートパイを食べていたレンの腕をユラヴィカが突付く。
「結局間に合わなかったが、あの書き付けは帰り道に役に立たんかのう」
 レンが宿屋の主人に宛てたものだ。
「うーん、あんまりやくにはたたないかも」
「ああ、帰りは護衛をたくさん雇って帰るから心配はいらないよ」
 会話が聞こえていたバーナードが言った。
 彼はその日のうちにダンを連れ、ウィンターフォルセを発った。
 その後彼らはマリスが責任者を務めるファームへ赴いた。
 そこでペット達を放し、自分達ものんびりする。
 マリスとたちまち打ち解けた様代に声をかけたくて仕方ないルキナスに、とうとうゆかりがふくれる。
 ムスッとしつつもルキナスの腕を引き無言の抗議をすると、彼はごまかすようにヘラッと笑った。
 それを見ていたレンが、様代に浮気性な性根を改善できないかと言うと、様代は少し考えた後にこう答えた。
「どんなにいろんな人に目移りしても、最後には一番小まめに愛情をくれる人のもとへ帰るものですわ。人間もペットも同じですわね。彼を躾られるのは、あたくしではなくゆかりさんだと思いますのよ」
 ところで、バーナードの似顔絵はどうだったのかというと、偶然にもよく似ていたらしい。