●リプレイ本文
●行動は迅速に
「この度は人命に関わるかもしれない大事とか。僕も未熟ながらお手伝いさせて頂きます」
依頼人であるリデアに生真面目に告げたのは、イアン・フィルポッツ(eb4147)。イアンと、その後ろで「うむ」と頷くライナス・フェンラン(eb4213)の二人は、鎧騎士だった。義父の役に立ちたい、領民が危険な目に遭っていないか心配だ‥‥そのけなげさに力を貸したいと、駆けつけた二人。
「よろしく頼む」
そして、もう一人。レヴィア・アストライア(eb4372)も同じく鎧騎士‥‥但し、こちらは表情に幾分緊張が見える。それも道理、レヴィアにとっては初依頼だったから。それでも、イアンとライナスの二人の先輩の存在が心強い事もあり、緊張しすぎてはいなかったが。
「こちらこそ、よろしくお願いします。是非、皆様のお力を貸して下さい」
そんなレヴィア達を頼もしげに見上げ、リデアは丁寧に頭を下げた。
「では、皆様。早速‥‥」
「急がねばならん事は分かるが、準備は万全かのぅ? 確認を怠ってはならぬぞ」
逸るリデアをマルト・ミシェ(ea7511)はやんわりと諌めた。
「マルトさん‥‥」
その時初めて、ライナス達だけでなく、顔見知りのマルトやミカ・フレア(ea7095)、その他アッシュ・クライン(ea3102)達が集まってくれたいた事に気づいたらしい‥‥リデアはちょっと顔を赤らめた。自分で思っていた以上に、焦っていたらしい。
大丈夫だよ、告げる代わりに和紗彼方(ea3892)はリデアの手を取った。
「リデアちゃん、宜しくだよっ」
その元気良い挨拶と、何より彼方の格好にリデアは軽く目を見張った。ジ・アースのジャパンから来た彼方は志士、その格好はアトランティスでは見慣れないものだ。
けれど、向けられた笑顔は無邪気で。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
リデアは自然と笑みを返していた。
「うむ。肩に力が入りすぎては、何事も上手くいかぬものじゃ」
案じていたマルトは穏やかに笑み、皆をグルリと見回した。
「で、事前に必要とするべきもの、告げておきたい者は居るのか?」
「移動はどうする? スピードを重視するなら馬だが、足が無い者はいるか?」
アッシュの確認に「あっ」と声を上げるリデア。それは自分が気を回して然るべき事だったのに‥‥恥じ入る依頼人を気遣い、イアンがさり気なさを装い願い出た。
「愛馬トルネカリーナはまだ仔馬で歩みが遅く‥‥一頭お貸し頂きたく願います」
「分かりました。手配をお願いしてもよろしいでしょうか? それと、食料を」
「承りました。早速手配しましょう」
サポートを申し出てくれた者達、イアンは愛馬の世話等を頼むと、出発の準備をすすめていく。リデアに一つ、微笑みまじりの頷きを送ってから。
「誰かを想って行動するのは良い事ですけど、その誰かに心配をかけるのは良くない事ですよぅ? それがとっても大事な人なら尚更ですぅ〜」
出立の準備がすすめられていく中、ニコニコしながら、リデアに苦言を呈したのはエルミーシャ・メリル(ea5998)だった。その思いも事情も分かるが、リデアに何かあったら悲しむ人がいる事だけは、忘れて欲しくなかった。
「お義父さまだけではありませんわ。リデアさんがいなくなったら子供達はきっと悲しみます‥‥だから、私は貴女を絶対守ります」
脳裏に虹夢園の子供達を思い浮かべるニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)に、子供達を知るミカとマルトがそれぞれ頷く。リデアはその言葉をかみ締めるように神妙に
「はい」
と頷き。
「誰も死なせません‥‥だから、安心してください」
だから、ニルナは安心させるようにそう、微笑んだ。
それから、荷物の最終確認をしたり、見張りの順番を手際よく決めたり。
「皆、異常は無し。準備も万端だし、がんばってきなよ?」
そうして、サポートしてくれた者達に見送られ、一行はウィルを後にした。
●街道を行く
「定期便はこの街道を通ってくるんだな」
「そうだね。一番近くの街まで遡っていけば途中で遭遇するはずだよね。‥‥もし何か遭ったとしても、手がかりが見つかるだろうし」
アッシュと彼方はそれぞれ馬を危なげなく乗りこなしつつ、先導していく。彼らが進む街道は、お世辞にも整備されているとは言いがたい、そう大きくない街道の一つだった。
「ま、何かがあった‥‥って見るのが普通なんだろうけどよ」
驢馬の背中、ちょこんと乗ったミカは、ちょっとだけ眉を潜めた。積んでいるのが商品である以上、到着の遅れは即損害へと繋がる可能性がある。入れ替わりで連絡があったなら別だが、連絡なしで遅れるとは考えられない。
「まぁ、この状態だ。多少の遅れは仕方ないだろうがな‥‥特に、馬車は」
アッシュが指摘する通り、街道の状態はあまり良いとは言えなかった。溶け出した雪が、地面を柔らかくしている。舗装されていない街道は、特に荷を積んだ馬車には悪路だろう。
「確かにな。それに、何かがあったらあったで、そいつを無事助けるのが俺達の仕事ってな」
遅れがちなリデア達を見やり、ミカは励ますようにそう声を軽くした。
「街の外では、色々なモンスターが出るのですよね?」
ウィルから遠ざかるにつれ、緊張を含んでいくリデアの表情。それは、慣れない道とも相まって、精神を疲弊させていく。
「はい。ですが、街道‥‥人が定期的に通る道にはモンスターはそうは出ないはずです」
せめて少しでも気持ちを軽くしてやりたい‥‥安心させるように、アトス・ラフェール(ea2179)は言った。
(「襲撃があるとすれば、モンスターより盗賊の類でしょう」)
続く言葉を、胸中でだけ呟いて。
「よし、じゃあ少し休憩にするか」
慣れない悪路、という事もあって、一行は小まめに休憩を挟んでいた。
「私、まだ大丈夫ですから‥‥っ」
それを自分への気遣いと感じたのか、遠慮しようとするリデア。
「大丈夫ですから、じゃないであろう」
マルトのペットのロバの背の毛布、もぐり込んでぬくぬくしていたウルリカ・ルナルシフォル(eb3442)はパタパタとその優美な羽根を羽ばたかせ、リデアの耳元にちょこんと座ると、
「疲れた時は休まねば。でないと、いざという時、足元をすくわれるのじゃ」
静かに諭した。
「そうそう。それに、これはリデアちゃんの為ってワケでも無いしね」
そして、すれ違った行商と言葉を交わしていた彼方が「よいしょ」とリデアの隣に腰を下ろす。
「色々ね、チェックしながら進んでるんだよ。街道の周囲や轍とか‥‥問題の馬車や盗賊とか情報収集しながら、ね」
盗賊の噂自体はあるようだった。が、進む方向から来た行商人は途中、それらしい跡は見ていないと言う。
「少なくとも、その時点では襲われてないって事でしょ?」
「成る程、そうですね」
あからさまにホッとするリデアを改めて見る。しっかりしているものの、見た目は14歳という年齢よりも幼く見える少女。
「お義父さんの役に立ちたい、かぁ」
だから、なのだろうか? 彼方の口をふと、ついて出た言葉。
「判る判る。ボクもね、役に立ちたいなって、この道を選んだんだ」
それは同感の響きを含んで。
「私も‥‥ギルドでリデアちゃんの話を聞いた時、ちょっと親しみを感じたの」
同じように、ヴァイエ・ゼーレンフォル(ea2066)が笑った。嬉しそうに‥‥少し懐かしく目を細め。
「私もね、魔法の師でもある養父に育ててもらったのよ」
「まぁ‥‥そうなんですか?」
「うん。でね、育ててくれた事にとても感謝していたけれど、私はいつも迷惑をかけたりお世話になってばかり」
その中にどこか、寂しそうな‥‥苦いものが混じる。
「そして、何の恩返しも出来ていないまま、アトランティスへと渡ってしまった」
師‥‥養父は快く送り出してくれた。けれど、送り出されたヴァイエの中には‥‥。
「私の中には、申し訳なさのようなものもあったわ。何も返せなかった、って」
「ヴァイエさん‥‥」
リデアが言葉を探す。多分それは、今の自分と良く似た気持ちだから。そんなリデアに、ヴァイエはニコっと、取り戻した笑みを向けた。
「だからかしら、リデアちゃんの『役に立ちたい』という思いが他人事とは思えなくて、何か力になりたいと思ったの。私も師匠の役に立ちたかったから」
「‥‥はい」
嬉しそうに頷いたリデアは、だが、サラリと続けられたセリフに顔を真っ赤にした。
「リデアちゃんみたいに、恋していたわけではないけれど」
「えええええっ!? あのっ、何で、その、恋‥‥なんて別に‥‥」
「え、違うの??」
キョトンとするヴァイエと彼方。
「ではおぬしにとって、父君はどういう人なのじゃ?」
ウルリカは赤くなったリデアの耳を見やり、問うた。
実は、ウルリカは事前に街でリデアの義父‥‥レアン・エヴァンス子爵の人となりを聞いてきていた。基本的に、その評判は悪くは無い。元々、エヴァンス領はウィルから遠い‥‥所謂田舎に当たるせいか、災害や流行病に襲われる事が多々あった。
それでも、何かあった際の対応の早さと手厚いフォローとで領民には慕われているらしい。また、決して豊かではないが、毎年一つの事に予算を組み、慈善事業を行うなどの試みもなされている。故に『偽善者』『愚直』『頼りない』等の声もあったが。
(「それでも、ただの善人に、遠き領地を治め社交界で海千山千の狸たちとやり合う事は出来ぬじゃろうし、のぅ」)
などとウルリカとしては勘ぐるわけだが、では、リデアの目に映る義父はどのような人物であろうか?、聞いてみたかった。
「お義父さまは優しくてカッコ良くて、とても強い方です」
ウルリカの内心を知らぬリデアは力説し、自分の発言に気づいて、頬を更に朱に染めた。
「私にとって一番大切な人です。それは確かですが‥‥でも、恋とかそういうものでは」
口ごもるリデア。けれど、その表情は‥‥。
「ふむ。恋であっては困る、という処か」
「えっ?!」
ウルリカは呟き、聞き返されて
「何でも無い」
とごまかした。
貴族の結婚はイコール政略結婚である。平民なら、息子の嫁と見込んだ少女を一時的に養女にする事はあるが、貴族では先ずそれも無い。
自分の気持ちを恋と認める事は、恋だと気づかれる事は、無意識に避けるところなのだろう。もしかしたら居場所を失ってしまうかもしれない、側に居られなくなってしまうかもしれない‥‥それを恐れているのだろう。
「とはいえ、恋心が理性で止められたら苦労は無いのじゃが」
ウルリカはリデアに気づかれないように、小さく溜め息をついた。
「うん、でも、大事な人って事は確かなんだよね」
彼方はそんなウルリカの代わりにただ、笑った。
(「でも、リデアちゃんはそんな『お義父さま』に黙って来てるんだよね」)
そして、口にはしないながら思う。
(「こんな一生懸命なリデアちゃん、無事に帰してあげなくちゃね」)
この世界‥‥アトランティスに来て初めての依頼だから、というだけでなく。彼方は改めて気合を入れたのだった。
●襲われた馬車
「ん‥‥?」
それに最初に気づいたのは、シフールであるミカだった。道すがら時々、上空に飛び上がり周囲を確認していたミカの瞳が捉えた、それは戦いの光景。武装した男達に取り囲まれた馬車‥‥一瞬でミカの表情が引き締まる。
「どうやら間に合ったようだぜ!」
獰猛な笑みで皆に知らせると共に、更に高度を上げる。
「1、2‥‥全部で五人か。意外と戦い慣れてるようだな。ただの盗人じゃねぇのか?」
敵の様子を、声を上げて伝えるミカ。
「馬車は倒れてる。で、護衛が頑張ってはいるようだが‥‥限界だな、ありゃ」
その横を、アッシュとライナスが疾風の如く駆け抜けていく。続いて、マルトが。
「リデアさんはここで‥‥」
「いえ、私も行きます。御者の方や護衛の方が心配ですから」
気遣うニルナにキッパリと言うものの、青ざめた顔は隠しようがない。それでも、人命の救助が先決だから。
「あの、でも、足手まといになるかもしれませんけど‥‥ごめんなさい」
「いや。それが我々の仕事なのだから」
アトスに、ニルナもヴァイエも大きく頷いた。
「そこまでだ! それ以上やる気なら、こちらも手加減はしない」
アッシュが口上を述べながら突っ込んだのは、新手‥‥こちらに敵の注意を引きつける為。そうする事で少しでも馬車を守る為だ。
「足場がかなり悪い‥‥皆、気をつけるのじゃ」
警告しながら、状況を把握するマルト。倒れた馬車を取り囲む男達は、着ている物こそ粗末だったが、手にした剣は中々立派で、こちらに向けた眼光も鋭い。対して、一人必死な形相で馬車を守っていたらしい騎士はまだ年若く、泥で汚れた鎧もピカピカだった。
ライナスが「大丈夫だ」と一つ頷いてやると、騎士は傍目にも分かるほどの安堵を、その疲れた顔に浮かべた。
「こちらも無用な争いは避けたい所なのだがな。例のモノさえ渡してもらえれば、退こう」
「ダメですっ!? あれは渡しません」
それが何か問う前に、若い騎士が声を荒げた。疲労の滲む顔で必死に。
「ならば‥‥」
今度こそ剣を構える盗賊たち。アッシュとライナスも無言で対峙し。
「アグラベイション!」
茶色の光を帯びたマルトの呪文が完成、盗賊達の動きを鈍らせる。
「盗賊たち、覚悟はいいかね」
そして、ライナスの宣言が戦い開始の合図となった。
「聞くと見るとでは大違いだ」
実際の戦い‥‥ライナス達の戦いを目にして、レヴィアは実感していた。自分とて鎧騎士、戦いがどういうものなのかは知っている‥‥否、知っているつもりだった。
けれど、違う。実戦はマニュアルとは違う。
「私は‥‥」
その中でライナスと視線が合った。軽く顎を引く‥‥そっちは任せたという、無言の合図。
「足だけは引っ張らないようにしなければ」
レヴィアはそれだけを思い、積荷に‥‥壊れた馬車へと足早に駆け寄った。焦っても、経験という財産が手に入るわけではない。それは一つ一つ積み重ねていくもの。だからこそ、今は自分に出来る事を!
「私が役に立てそうなのはこんな時だけだ」
ヘタり込む騎士を助け起こすレヴィア。
「僕‥‥いえ、私がもっとしっかりしていれば!」
「今は自分を責めている場合じゃないぞ」
その上に、馬車の影‥‥死角から飛び出てきた盗賊の剣が振り上げられ。
「‥‥っ!?」
横合いから放たれたヴァイエのウォーターボムが、敵を弾き飛ばした。同時に、馬車の前に淡い光が展開した。ニルナの張ったホーリーフィールドが壁となり馬車と二人とを護る。
「リデア様‥‥? どうして、ここに?」
「良かったです、無事で。本当に、良かった‥‥」
ニルナ達の守られたリデアは、涙を浮かべて騎士の手を取った。無事でいてくれて、生きていてくれてありがとう、と。
「私はここを譲るわけにはいかないんですよ! リデアさん達には指1本触れさせない!」
ニルナはそんな光景を護りながらビシッと言い放ち‥‥剣を構え。
「突出した能力こそありませんが、オールラウンドに振舞える事が私の存在価値でしょう」
アトスもまた、リデアを守るように位置取ると、バサッと防寒具を脱ぎ捨て、ノーマルソードをスラリと抜き放つ。その凍えた碧の瞳に、強い意志を宿しながら。
「頭上注意だ、ってな!」
アトス達を見据え、それでもジリジリと距離を詰める盗賊。そこに、ミカはファイヤーボムを撃ち込んだ。勿論、仲間を傷つけないよう、細心の注意を払いつつ。
「夢中になりすぎないよう気を付けなければ」
敵を撃退した炎にホッとしつつ、レヴィア。
「その方は私に任せて下さいですぅ」
請け負い、早速癒しの呪文を唱えるエルミーシャ。口調はいつものようにおっとりとしているが、その眼差しが少しだけ真摯なものになる。
「私より先に、彼を‥‥」
「分かりましたぁ。ですが、貴方もムリしてはダメですよぉ?」
御者の男性に屈みこんだエルミーシャは自愛に満ちた眼差しを向けると。
「‥‥ぅ、うぅっ」
「大丈夫、もう大丈夫ですよぉ。傷は浅いですぅ、しっかりして下さいねぇ」
繰り返し励ましながら、テキパキと治療に当たった。
「エルミーシャちゃん、手が空いたらこの子もお願い」
そして、彼方は倒れもがく馬の横腹をそっと撫でながら、頼んだ。
「退避するとしたら、あそこじゃろうが‥‥その前に片がつくようじゃな」
退路を確認しながら、ウルリカは戦況を冷静に読んだ。マルトの呪文の効果が効いている‥‥戦況はこちらに有利だった。
「じゃが、常に万が一の場合は考えておかぬと、な」
騎士と御者とを見守っているリデアにチラリと目をむけ、ウルリカ達は周囲を油断無く伺い続けた。
●目指したもの
「見苦しいですよ?!」
積荷を確保するべく、馬車に近づく盗賊達を牽制するイアン。だが、そこには怒りがあった。そうと、表面には出ないながら。
彼らの身に着けたものは粗末なもので。だが、その剣の形はちゃんとした型に基づくもの‥‥切り結びながら気づいたから。
「鎧騎士か。貴様は何の為に戦う? 人の命など指輪一つより価値の無いものとする貴族の為か? それとも、民を苦しめる王の為か?」
自嘲するように吐き捨てる。騎士くずれ‥‥彼らは元は何れかの貴族に仕えていた者達なのだろう。或いは、仕えていた貴族が陛下の怒りにでも触れたのか。
「僕の全ては、ウィルの国の為に!」
それは分からない。だが、誇りも正義も失い、騎士として護るべき民に弓引くなど、あってはならない事だった。
「そんな者達に、僕は僕達は負けません!」
「その通りだ!」
呼吸を合わせるように、ライナスの剣が盗賊を一閃した。何故か男はその時、気が逸れたように背を向けた。ライナスの剣はその男の背中を斬り裂いた。
「そちらも腕には自信があるようだが、生憎こちらはプロなんでな」
言いながら、アッシュも剣を振るった。狙い違わず剣は敵の足を捉えた。鮮血を撒き散らし、敵の身体が沈む。
「その傷ではもう、動けないだろう」
だが、それは致命傷ではない。致命傷にはしない‥‥アッシュなりの、慈悲。
「騎士崩れか。色々事情もあるんたろうが、どんな御託を並べても、罪無き者達を巻き込もうとした事にはかわらない」
それでも、命は取らない。崩れ落ちた仲間に、自らを省みず駆け寄ろうとする姿‥‥そりは自分達とも重なるもので。
だから。
「だが、仲間を思う気持ちがあるなら、やり直せるんじゃないのか?」
アッシュの言葉に、男達は無言で‥‥構えていた剣を下ろした。
「この場で殺せ。ウィルに連れて行かれれば、辱めを受け殺されるだけだ」
リーダーと思しき男は、いっそ静かに言い放った。
「だが、こいつらは‥‥こいつらだけは助けてやって欲しい。もう二度と、こんな真似はさせないと誓わせる」
口々に何か言いかけた(おそらく)元部下達を鋭い一瞥で黙らせ、男は頭を下げた。
「おまえ達さ、金に困ってとか貴族に嫌がらせしてやるとか動機はンなモンだろうが、最初っから殺そうと思って襲ったわけじゃねぇんだろ?」
「やれやれ」
とミカが溜め息をついた。彼女は実際に男達の布陣を見ている。足場の悪い場所で馬車を抑え、威圧し目的の物を手に入れる‥‥最初から殺すつもりなら、護衛の新米騎士一人を片付けるくらい造作もなかったはずだ。
「おぬしらはバカじゃが、それでも、救いようが無いほどではないようじゃな」
マルトの視線を受け、リデアが頷き。そして、エルミーシャがリーダーの背中に手をかざした。
「もうこんな事をしては駄目ですよぅ? 家族の人達も心配しますからねぇ〜」
治療しながらの言葉に、盗賊達は戸惑った表情を浮かべていた。
「貴方達を待っている、大切に思っている方達もいるのでしょう? なら、命は大切にして下さい」
厳しくも優しくニルナが言うと、男達はそれぞれ小さく頷いた‥‥叱られた子供みたいに。
「どうかもう二度と、こんな真似はしないで下さいね‥‥約束ですよ?」
そんな男達にリデアがそう、声を掛けた。どこにも保証はないけれど、それでも、家族という単語を耳にした時の彼らの顔を、信じたいと。
「良いのか?」
立ち去る盗賊達を見送りながら、ライナスはイアンに問うた。
「僕は‥‥いえ、依頼人であるリデアさんに従いますよ」
自分の言葉にリデアがホッとするのが、イアンには分かった。だから、安心させるように剣を鞘に収め。
「ですが、もし再びこのような所業に及んだ時には‥‥ウィルに災いをもたらそうとした、その時には容赦はしません」
ただ、『盗賊』とすれ違いざま、彼だけに聞こえるように囁いたのだった。
望んだ未来、目指す姿、重んじるべきもの、守るべきもの。
「何の為に戦うか‥‥それを見失えば剣はただの殺戮の道具になる」
レヴィアはライナスの言葉を胸に、刻み込んだ。立派な騎士‥‥目指す未来は遥か高み。それでも、願いと大切なものを胸に抱き、一歩一歩階段を上っていけたなら。
いつか自分はたどり着けるのだろうか? 今はまだ遠い、あの高みに。
●いつかきっと
「全く、無茶をして‥‥っ!」
レアン達が駆けつけたのは、それから暫くしての事だった。エルミーシャと彼方とが、連絡しておいてくれたのだ。
(「これがリデアのお義父さま、なのじゃな」)
レアンを、ウルリカはさり気なく観察した。顔立ちはそこそこ整っているが、美形というよりも人の良さ・育ちの良さの方が前面に出ている感じだ。その顔も今は、怒りと安堵とを等分に浮かべている。
「何もなかったから良かったものの、もしも何かあったらどうするつもりだったんだ?!」
「‥‥ごめんなさい、お義父さま」
それは本気で心配しているから‥‥だが、叱られたリデアはシュンと、見ている方がハラハラするぐらいヘコんだ。
「貴方を想っての事ですから、酷く叱らないで上げて欲しいですぅ。貴方の役に立ちたいと思う気持ち、分かってあげて欲しいですぅ」
エルミーシャはそんなリデアを援護にかかった。元より、優しい気持ちや想う心は白の神官として大切にして欲しいと思っていたエルミーシャである。
「勿論、それは分かっている。それは嬉しいが‥‥あまり心配させないでくれ」
どれだけ心配したか伝えようと、ぎゅっと抱きしめようとした腕からリデアは咄嗟に逃げた、逃げてしまった。
「‥‥リデア?」
「あっあの、すみません。その、お義父さまにご心配をおかけしてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
真っ赤になってもう一度深く謝罪するリデア。
(「気にしている異性に抱きしめられる恥ずかしさと、子ども扱いされたくないという乙女心‥‥複雑じゃのぅ」)
本人が自覚していないから尚更に‥‥こっそりごちる、ウルリカだった。
「申し訳ありませんっ!」
そして、もう一人。レアンに身体を二つ折りにして詫びたのは、護衛の騎士‥‥やはり新米騎士だった。
「特別な荷を運んでいる事、つい酒場で口を滑らせてしまったのは、私の不徳の致すところ‥‥何なりと処罰して下さいっ!」
「どうか寛大な処置を‥‥」
レヴィアも言葉を添えた。初めての仕事だという彼‥‥どこか人事とは思えなかった。
「今回の事は私にも責任がある。盗賊が出たのは偶然、で良いんじゃないかな」
悲痛ささえ漂わせる若き騎士達に、レアンは悪戯っぽく告げた。
「で、盗賊達が狙っていたものは何だったんだ?」
「ああ。それは多分‥‥そうだね、ここでは何だからもう少し、お付き合い願えるかな?」
問うアッシュに言いかけ、レアンはウィルの街に‥‥自分の屋敷へと皆を誘ったのだった。
「うわぁ‥‥ステキ」
それは淡いピンクのドレスだった。朝露に濡れた、今まさに開かんとする薄桃の蕾の如き可憐な色の。
「試作品なんだが。新しい染めで作ったドレスなんだ。最近頑張っているから、ご褒美にと思ってね」
それはリデアへのプレゼントだった。たかがドレス一着。しかし、生産ラインに乗るかどうか分からない布地で作られたそれは、新しい物・珍しい物が好きな貴族達にとっては金を積んでも欲しい‥‥かもしれない。
勿論、レアン自身はそんな事、考えもしなかっただろうが。
「初めて会ったあの日から‥‥もう九年になるか。大きくなったな、本当に」
彼はただ、義理の娘に優しく目を細めた。リデアの上に、遠い日の幼い面影を重ね。
「エヴァンス子爵、このドレスはその‥‥」
だが、ニルナは追憶を断ち切るように口を開いた‥‥非常に、言い辛そうに。
一目見て、気づいたのだ。このドレスがリデアには大きい、と。サイズも全体的に少し大きいし、何より足りてなかった‥‥リデアの胸が、もう全然。
「おかしいな。14歳の女の子の平均で作ってくれるよう頼んだのに‥‥」
首を傾げる義父にリデアが顔を引きつらせ、冒険者達‥‥特に女性陣が
「あちゃあ」
と天を仰いだ。リデアの胸の発育は標準の遥か下、なのだ。
(「そういえばリデアさんは身の回りの一切を自分でしておると言っておったな。虹夢園にも普通に歩いてくるし‥‥服などの買い物も自分でやっておるのかもしれぬな」)
マルトは考えた。義父に迷惑を掛けたくないと、貴族らしからぬ気遣いで毎日を送っているリデアである。だとすると、レアンがリデアのサイズを知らないという可能性もある‥‥のか?
(「まぁあの御仁じゃと、そこまで気が回らなんだ、という可能性も大じゃが」)
特に女心を始め女性に関しては鈍いようじゃし、とは年の功の推察か。
「すまない。サイズを直して、改めて贈るよ」
「いいえっ! あの、良いんですお義父さま」
ようやく気づいたのか懸命に謝る義父に、リデアは急いで頭を振った。
「私きっと、このドレスが似合うような女性になりますから‥‥そうしたら、その時、私とダンスを踊って下さいませんか?」
それは精一杯の‥‥今のリデアにとっては一番の願い。いつかステキな女性になって、大好きなお義父さまとダンスを踊れたら、いいな。
おずおずと見上げてくるリデアに、レアンは「?」と小首を傾げながらも、優しく頷いた。
「リデアさんは素敵なレディにおなりです、それは私が保証致しますわ」
嬉しそうなリデアの肩を抱いて、ニルナはそう断言した。そんなリデアの笑顔を見ながら、
「いつか‥‥いつか、元の世界へと還る事が出来た時は」
ヴァイエはふと、ローズ・ブローチに触れた。大切にしまっておいた、それ。
「リデアちゃんのように、私も師匠の役に立てるよう行動したい‥‥な」
それがいつになるかは分からないけれど、いつかきっと‥‥自分は還る。あの世界に、師匠の待っている、あの場所へと。窓の外の空は、虹色。それでも、いつかきっとあの空を越えて。
「その時、胸を張って還れるように、とりあえずココで頑張らなくちゃ、よね」
そうして、少しの寂しさを決意を秘めた笑顔に代えて。ヴァイエは、ドレスを抱え嬉しそうに微笑みかけてきたリデアに、笑みを返したのだった。