●リプレイ本文
●一日目の冒険者
「白の神聖騎士のクウェル・グッドウェザーです、宜しくお願い致します」
「あらあらあらあら、まぁまぁまぁまぁ」
クウェル・グッドウェザー(ea0447)やジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)達が依頼人たる老婦人を捕まえたのは、正に今馬車に乗り込もうとする時だった。
「お急ぎの所申し訳ありません、奥様。どうかにゃんこさん達に一言、私達の事を話していただけませんか?」
「はいはいはいはい、いいですよ」
アイネイス・フルーレ(ea2262)の願いに至って機嫌よく請け負った老婦人は、
「皆、私がいない間、この方達がお世話をしてくれますからね。よく言う事を聞いて、ね」
膝を折り猫達に語りかけ。
「マリアンヌも。どうか良い子で、ね?」
その中で他の猫達より一回り大きい猫に言葉を重ねる老婦人に、アイネイス達はこの猫が問題の「マリアンヌ」なのだと知った。
「奥様が居ない間は私達がお食事の準備をしますの。お気に召さないかもしれませんが、マリアンヌさんに何かあったら奥様が悲しみますので‥‥少しでも食べてくださいね」
念の為、テレパシーで挨拶したアイネイスに、だが、マリアンヌは「フン」とそっぽを向く。
「この子が噂のマリアンヌね。気難しさはうちのテトラといい勝負ね」
そんな様子に、マリー・ミション(ea9142)は、寧ろ楽しそうに呟いた。
「問題児でも何でも、私が躾けてあげるわ」
覚悟なさい、マリー・ミションの腕の中でテトラ‥‥愛猫が「にゃおう」と鳴く。
「私は、わんこ‥‥コホン、犬の世話を中心にするわ」
犬の世話を担当する旨を告げたのは、鎧騎士であるエリザ・ブランケンハイム(eb4428)と、
「猟犬の世話の仕方をかじった事が有りますので」
エルフのレンジャーであるシルバー・ストーム(ea3651)の二人である。
「まぁまぁ、頼もしいですわね。二人とも、分かりましたね」
犬達はちゃんとおすわりをして「ワン!」と一声鳴いた。よく訓練されている、というより、老婦人を喜ばせようとするように。
「そうそう、仔猫の名前だけど、白猫はビャク、虎縞はコテツ、ぶちはテンっていうのはどう?」
そして、桜桃真治(eb4072)達は忘れない内に、と老婦人に子猫の名前の案を提示。
「猫さんの名前‥‥白い子が‥‥『ホワイティ』‥‥ブチが‥‥『マリリン』‥‥虎縞が『ラム』で‥‥どうでしょう」
ポツリポツリと、それでも彼女なりに真剣に考え告げたのは、マリー・エルリック(ea1402)だ。
「3匹で意味をなすような言葉はどうかと思いましたの。ジ・アースのジャパンで四季の美しさを表わすのに『雪月花』という言葉がありますわ。この国にも素敵な季節が巡ってくるでしょうから‥‥いかがでしょう?」
意味が『雪月花』になるよう、白猫をスノー、虎縞をルナ、ブチ柄をフローラ、という風にしてはどうかというのは、アイネイスのアイデアだった。
「あらあらあらあらまぁまぁまぁまぁ、どれもステキな名前で困ってしまうわねぇ」
老婦人は嬉しそうに目を細めて、子猫達を見つめる。関連性のあるアイネイスのアイデアはとたもキレイでステキだ。けれど、一生懸命考えてくれたマリー・エルリックや真治の気持ちもとてもとても嬉しかったから。
「では、白い子がスノーちゃん、虎ちゃんがコテツちゃん、ブチちゃんがマリリンちゃんにしましょう‥‥他の名前もいただいていいかしら? また新しい子が増えた時に使わせて貰いたいの」
「あの、奥様‥‥もうこれ以上拾ってらっしゃるのは‥‥それに、そろそろ本当にお時間が」
「あらあら、大変だわ。では、皆さんくれぐれもよろしくお願いしますね」
家人に急かされた老婦人はそうして、小さな身体を気ぜわしく何度も何度も折ると、慌しく旅立つ。
「まぁ、とにかく、だ。犬も猫もまとめて面倒みてやるぞ」
見送り、真治は腕まくりしながら残された猫達にニッコリと笑み。
「にゃんこさん達が普段通りの生活を送れるようにお世話しますわ」
同じくテレパシーで告げたアイネイスに、猫達は口々に「にゃあにゃあ」返した。ただ一匹を除いて。
●二日目の子猫ちゃん
「ん‥‥動物‥‥のお世話‥‥動物は‥‥好きだから‥‥頑張る‥‥」
さすがは動物好き、手馴れた風に撫でるマリー・エルリックに。
「「「にゃ〜にゃ〜にゃ〜」」」
ねだるように甘えてくる子猫達。決して特殊な(高そうな?)猫ではない、その辺にいそうな猫だが、やはりそれはそれ。ちっちゃいというだけで既にカワイイ。一緒にゴロゴロしながら、お腹やら肉球やらを触りまくる。小さな肉球はまだ軟らかくぷにぷにとした何とも言えない弾力を伝えてくる。
「‥‥カワイイ」
「ふふっ、本当ですわね」
やはり猫達をあやしながら、アイネイス。その横では、
「にゃ? にゃにゃにゃ?」
「ダメですよ、この子達はご飯ではありませんからね」
鳥籠に入れられた、孵化したばかりの鳥に興味津々な猫達に、クウェルが根気良く言い聞かせていた。
「あなた達のご飯はこっちよ」
代わりに、とマリー・ミションが餌を置く。といっても、自分はサポートで、主に作ったのはクウェルだ。
エリザとシルバーが運んでいった、犬達へは骨と肉‥‥少量のオートミールを混ぜたもの。猫達には魚や肉を細かく刻んだもの、そして、子猫達には温めたミルクだ。
マリーとマリーとアイネイスで一匹ずつ抱き、人肌に温めたミルクに浸した指を、ちっちゃな口に運ぶ。ザラリとした舌が意外と強い力で懸命にミルクを吸い舐めるのは、くすぐったくも微笑ましい。
「小さいうちは一日に何度もミルクをやってお下の世話をするんですの。4匹居た時はホントに大変でしたけど‥‥可愛いから苦労とは感じませんでしたわ」
昔‥‥故郷で猫を飼っていたアイネイスは思い出し、懐かしく目を細め。
「親指の爪は‥‥うん、大丈夫ね」
マリー・ミションはご飯をあげながらさり気なく健康チェックも行いつつ。
「磨り潰した肉や魚も与えてみましょうか」
クウェルは次回のメニューの構想を練りながら、猫達の食べっぷりにその瞳を優しく細め。
「うんうん、みんな美味いだろ?」
そんな中、真治はふと眉をひそめた。心配していた事だが、マリアンヌの皿だけがやはり、減っていない。
「私が‥‥変りに貰いましょう‥‥勿体ないですし‥‥美味しく頂きます‥‥」
お肉好き、マリー・エルリックはマリアンヌの気を引くように、済ましてパクついたりして。
「って、本当に食べるんかいっ!?」
とりあえず突っ込んでから、真治はマリアンヌに、その頑なな背中に語りかける。
「なあマリアンヌ。お前がご飯食べないと、お前の大好きな婦人さんがすごく哀しむぞ? 心配するぞ?」
動物は人をみる。ならば先ずは自分から歩み寄る事が大切だ、と思うから。それは無理やりでなくて、少しずつで良いから。仲良くなれたらいいと、重ねる言葉。
「気が向いたら声、掛けてくれよな」
反応は無い。だが、自分の声は思いは届いているはずだと、真治は信じた。
「それでは、僕達も食事にしましょうか」
一段落ついたのを見計らい、クウェルは皆に声を掛けた。頃良く、キッチンから煮込んだシチューの良い匂いが漂ってきて。
「男性なのに完璧ですわ。私も頑張らなくっちゃ!」
マリー・ミションがメラメラと決意の炎を燃やした時。クゥと鳴ったお腹は誰のものだったのか‥‥一しきり笑いあった後、マリー達もまた食事に取り掛かった。
こちらに背を向けたままの、マリアンヌを気に掛けながら。
●三日目のわんこ達
「依頼も大事ですが、自分の訓練をおろそかにしてはダメですよね」
毎日少し早起きして弓の練習をする、それがジャクリーンの日課だ。気がつくと、傍らでシルバーが見てくれているのが緊張するも心強かった。決して事細かく指導するわけではないが、時折さり気なく角度を示してくれたり持ち方を教えてくれたり、シルバーは良い教師である。それは、犬達との関わりにおいても。
「さぁ今日も散歩に行くわよ」
一方、エリザの犬との生活はそんな掛け声から始まる。朝、クウェル達の美味しい朝ご飯の前に、マリー・ミションと軽く散歩。マリーのペットである鷹のメリーヴェや、エリザの愛犬のペルレをお供に、リードをしっかり持って。
「ペルレ、もう少し抑えなさい」
とはいうものの、普段老婦人のペースに合わせている為か、犬達の速度はゆっくりだ。エリザは寧ろ、愛犬を抑える方に苦心した‥‥それでも。
「自分のペット達とこんな時間を過ごせるなんて‥‥良い依頼に巡り会えて良かったわ」
朝の澄んだ空気の中をゆっくりと歩きながらのマリーのしみじみとした感想に、エリザも大きく頷くのだった。
「おまえ達! クタクタになるまで遊んであげるから覚悟なさい!」
朝食に舌鼓を打ち食休みを取ると、早速遊びの時間だ。庭で棒投げをするこの時ばかりはエリザもリミッター解除だ。
「夫人は高齢だし、使用人は普段は仕事で忙だろうし、犬達が思いっきり遊べる時は少ないのでしょうね」
散歩で気づいたエリザは、この機会に思いっきり遊ばせてあげたいと、自分の身も省みずの全開モードだ。ペルレと共にテンションを上げて一緒にはしゃぐ。
「う〜ん、いい子ね」
撫で撫で撫で撫で、撫でられた犬は嬉しそうにエリザの顔を舐める。
「健康に成長するには適度な運動は必要ですからね」
そんなエリザを見守りながら、シルバーもまた犬達を遊ばせた。とはいうものの、疲れ知らずの犬達を遊ばせるのはシルバーにとっても中々の重労働なのだ。気晴らしになれば、と受けた依頼だったが、違う意味で気を使う部分もある。
「まぁ、それでも‥‥」
思いっきり投げた棒を咥え、尻尾を千切れんばかりに振りながら一直線に駆けて来る犬の姿はやはり、心温まるものではあるが。
「もう一度」
シルバーは犬の頭を撫でてやりながら、もう一度棒を遠くに放った。
「私が触っても大丈夫かしら?」
ジャクリーンの方は二人とは違い、最初は恐る恐るといった風。しかし、ここでも言葉少ないながらシルバーが色々と指導してくれる。
「よしよし、いい子ね」
そんなわけで三日目ともなると大分慣れてきたジャクリーンである。今まで動物と触れ合う機会のないジャクリーンにとってそれは、何もかもが新鮮な体験だった。
「体を綺麗にすると気持ちいいでしょう?」
目一杯遊んだら、身体を洗ってあげてブラッシングだ。
「水浴び、てかぬるま湯浴びか? 簡易風呂って感じかな」
ぬるま湯を用意してくれた真治も手伝い、水浴びよろしく犬達の身体を洗ってやる。とはいうものの、それもまた遊びの一環的で、はしゃぎ声やら嬌声やらが飛び交うのはご愛嬌。
「後は丁寧に乾かして、ブラッシングも痛くないようにしてやろうな」
言う通り、優しい手つきでブラッシングする真治に、犬も大人しく、されるがままで。
「うんうん、お利巧さんね〜」
毛並みを整えながら、エリザもまた頬が自然と緩んでしまうのを止められない。身体はクタクタだったが、心は満足感でいっぱいだった。
●四日目のマリアンヌ
「これならどうでしょう?」
マリアンヌに食事してもらうべく、心を砕いてきたクウェル。けれど、戦果は芳しくない。いっそ感心するほど、マリアンヌは「食べない」姿勢を貫いていた。
「ですが、このままでは本当に倒れてしまいます」
今日はご飯に少し、マタタビを混ぜてみた。匂いに誘われてマリアンヌが食べてくれるのでは?、と考えたのだ。
マリアンヌは、だが、ヒクリと鼻を動かしたものの、耐えるように顔を背け。
「どうか、食べて下さい‥‥本当に。奥様を悲しませない為にも」
ほとんど涙目でアイネイスは願う。何度か試みたテレパシー‥‥微かに感じ取った、おそらくはマリアンヌの心象。
冷たい雨、人に追われ逃げ惑い。ただ一つ差し伸べられた暖かな手。それだけが唯一の、信じられるもの。
「だけどな、私は‥‥私達はおまえをいじめたりしないぞ。おまえが心配なんだよ、お前が好きだから」
そして、真治はそっと手を伸ばした。背中が強張る、そこに静かに優しく‥‥触れる。
「おまえ、こんなにやせちゃって‥‥心配させたく、ないだろ?」
マリアンヌの緊張がふっ、と解けた。その首を巡らせたマリアンヌは、じっとアイネイス達を見上げ。
「‥‥」
アイネイスがクウェルがマリー達が祈る心持で見守る中。やがて、ゆっくりと、用意された食事に口をつけた。
最初は「仕方ない」と装う感じだったマリアンヌだが、その美味しさが分かったのか段々と速度を増し‥‥顔を更に埋めるようにして食べて行く。その仕草はどこか照れているようで。案じていた者達はホッと安堵の微笑をもらしたのだった。
「あらあら、皆さん本当にお世話になりましたね」
そして、予定より少し早く帰ってきた老婦人に、
「にゃお〜ん」
マリアンヌが甘えた声で頭をこすり付けていた事はまた、微笑ましかった。けれど、老婦人が帰ってきたという事はイコール、依頼の終わりを意味する。
「‥‥マリリンちゃん‥‥泣かないで‥‥」
「うん、うん、楽しかったよ」
マリー・エルリックやエリザのように名残惜しむ者、
「いい経験をさせて貰ったわ、ありがとね」
ジャクリーンのように素直に感謝する者、それぞれ別れを告げて。
「名残惜しいけど、縁があればまたいつかどこかで会えるよな」
真治の瞳も潤んでいた。脳裏に浮ぶのは、猫たち犬たちと触れ合ったこの数日の楽しい日々。楽しい思い出を胸に別れを告げる‥‥いや、それは別れではなく、また会う日への約束。
「マリアンヌ、コテツもスノーもマリリンも、お前らみんな元気でな」
だから、瞳を潤ませながら真治は、一匹一匹の頭を笑顔で撫でた。いつかまた会う日を願いながら。