薔薇のしらべ6〜春のダンスパーティ

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月06日〜03月09日

リプレイ公開日:2007年03月12日

●オープニング

 最近世の中物騒になってきたわ、とフラウの屋敷の自室で夫人のアレクサンドラは憂鬱なため息をついていた。大好きなラベンダーティーも心なしか味気ない。
「季節は春だというのに‥‥」
 外出時の警護の人数も増えてしまった。
 以前もさすがに一人で出かけるようなことはしなかったが、それでも侍女のネリーと護衛を一人という大変身軽に町へ出ていたのだ。
 アレクサンドラは物憂げな表情で部屋の隅にひかえているネリーを見やった。
「ねぇ、こんな時だからこそ楽しくパーティを開いて、憂さ晴らし‥‥いいえ、日頃の疲れを癒したいと思うのですけれど、皆さん来てくれると思う?」
「屋敷の警備の人数を増やせば応じて下さると思いますよ。きっと、どちらのご夫人方も退屈でいらっしゃると思います」
 開いてみてはいかがですか、と微笑むネリーにアレクサンドラもやる気になってきた。
「そうね。ふだんのしがらみを忘れられるようなパーティにしたいわね。ダンスパーティなんてどうかしら。めいっぱいオシャレして明るい音楽に合わせて踊って、おいしいものをたっぷり食べるの」
「良いと思いますよ。せっかくですから、冒険者の皆さんもご招待したらどうです?」
「あら、あなたが冒険者の方々に積極的なんて珍しいわね」
 ネリーは冒険者を嫌ってはいないが、胡散臭いとは思っている。中にはまともで尊敬に値する人物もいるとわかってはいるが、どうしても一歩引いてしまうのだ。
 けれど、彼らを呼ぶことで主人の気分が少しでも明るくなるのなら、仕方ないとも思う。
 ネリーは精一杯の笑顔で続けた。
「奥様も、冒険者の中には私達の知らない音楽や料理を知っている者がいることはご存知でしょう。知識を分けてもらうのもいいかもしれませんね」
「それはいい考えね。ではさっそく冒険者ギルドにも使いを出しましょう」

●今回の参加者

 ea1643 セシリア・カータ(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea7579 アルクトゥルス・ハルベルト(27歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb4039 リーザ・ブランディス(38歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4324 キース・ファラン(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb6395 ゴードン・カノン(36歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

●軽やかに春の装いで
 すべてが夢うつつのように穏やかな気温と景色の中、フラウ邸へ続く道を一頭の駿馬が駆けていた。
 手綱をとっているのはゴードン・カノン(eb6395)。
 軽快な馬の足音は、やがて見えてきた屋敷の門前で止まりゴードンは身軽に下馬する。
 門番の前にはすでに受け付けの者が待機していて、ゴードンの姿を見るなり丁寧に礼をとった。
「ようこそおいで下さいました」
「こんにちは。今日は良い日ですね」
 愛馬『炎の狂詩曲』は馬番に預け、ゴードンは招待状を受け付けの者に渡す。
「着替えをしたいので部屋を貸してもらえるかな」
 と言えば、すぐに案内の者が現れた。
 通された部屋で、着替えの手伝いにと付けられた召使いの少女に、ゴードンは今日の主な招待客について尋ねた。
 まだ13、4歳と思われる少女だが惑うことなくすらすらと答えが出てきた。
「エレーナ・クォン様とご息女のユリアナ様、それからロット子爵家の方々です。あ、マロニ夫人とご子息のベイジル様もご招待したのだったかしら。後はバンゴ商会のエルネスト様ですね。たまたまこちらに立ち寄ったそうで、ご招待したのだと伺いました」
「ロット子爵家の方々と言うと、ご息女も?」
「ええ。お知り合いですか?」
「以前、パーティに出席させていただいたんです」
「そうでしたか。きっとお喜びになられますね」
 話しながらも少女の手はテキパキと動き、あっという間に身支度は終わった。髪もきっちり整えられ、どこから見ても立派な騎士である。
「パーティ開始までもうしばらくお時間がありますので、それまでごゆっくりおくつろぎ下さいませ。では、失礼いたします」
 少女が礼をして出て行き、一人残されたゴードンがソファに腰を下ろして少しすると、別の召使いがハーブティを運んできた。

 フラウ邸大広間には本日のパーティ招待客はすべて集まっていた。
 女性達は春らしいあたたかな色合いのドレスに身を包み、歓談している。
 冒険者達ももちろんその中に混じっているが、今、彼らの中でのみ非常に珍しい様が見られていた。
「どこか、おかしなところでも‥‥?」
 ドレスを着たのはいつだったか、自分でも覚えていないほどのリューズ・ザジ(eb4197)は、身なりに問題でもあるのかと居心地悪そうに左右に目をやった。
「そうじゃないのよ。とても素敵よ」
「ええ、立派な淑女です」
 加藤瑠璃(eb4288)とセシリア・カータ(ea1643)の言葉には、からかうような要素はどこにもない。本心からそう思っているようだ。
 しかしリューズは納得がいかなかった。
 それなら何故、そんな物珍しげに自分を見るのか。
 訝しげな表情を崩せないリューズを見かねたのか、キース・ファラン(eb4324)が皆の気持ちを代表して言った。
「ここに来るまでのリューズさんとはまるで別人だから、見惚れてるんだよ。‥‥ご機嫌麗しゅう、お嬢様」
 キースはリューズの手を取り、優雅に膝を折るとその手の甲にキスを落とした。
 突然のことに硬直してしまったリューズの背をリーザ・ブランディス(eb4039)が軽く叩いて正気に戻す。リーザは笑いをこらえるような顔をしていた。
「いつものように背筋を伸ばして、艶然と微笑んでいればいいのだよ」
「艶然とって‥‥」
 姿勢が良いのはリューズの常だが、彼女は決して艶然と微笑んだりはしない。キリッと引き締まった表情だ。しかし今日は上質なシルクのドレスに頭は輝く水晶のティアラで飾られている。
「大丈夫。あなたは綺麗だ」
 リーザのセリフにキースとゴードンは顔を見合わせて肩をすくめた。
「俺達の立場がないな」
 もっともなキースの言葉にリューズも肩の力が抜けて口元に淡い笑みが浮かんだ。
 男装のリーザはニヤリとすると、大広間の正面に目を向けた。
 今日のパーティの主催者であるアレクサンドラ・フラウが淡い水色のドレスを身に纏い、招待客の前に姿を現した。
「本日はようこそおいで下さいました」
 フラウ夫人はよどみなく挨拶を述べると、最後に一人の女性を隣に呼んだ。
「姿を見ないと思ったら‥‥」
 あんなところに、とリーザが指摘するまでもなく、その女性に注目する冒険者達。
「パーティの始まりとしてアルクトゥルス・ハルベルト様に故郷の歌を披露していただこうと思います」
 フラウ夫人は一歩引いてアルクトゥルス・ハルベルト(ea7579)を前に立たせた。
 シフォンシルクを幾重にも重ねて仕立てられたドレス姿のアルクトゥルスは丁寧に一礼すると、今は遠い彼女の故郷の民謡から『うるわし春よ』を選んでアカペラで歌い始めた。
 沢山の人がいる大広間の中、アルクトゥルスの歌声は人の気配に吸収されることなく一番後ろにまでしっかりと届いた。
 歌い終わると同時に拍手が沸き起こり、楽士達の軽やかなメロディが始まった。
 アルクトゥルスは仲間達のところへ戻る前に、この歌い手と少しでも話しをしたいという婦人達に囲まれて身動きがとれなくなってしまった。
 そんな彼女に心の中で合掌しながら脇を通り過ぎ、瑠璃はフラウ夫人に声をかけに行った。
「お招きいただきありがとうございます。地球から来た加藤瑠璃です」
「ようこそ。アレクサンドラ・フラウと申します。今日はゆっくり楽しんで下さいね」
 気の強そうな目を細めて微笑む瑠璃に、フラウ夫人もやわらかく笑みを返す。
 それから二人はドレスについて少し話をして別れた。
 今日は昼間のパーティだったため、瑠璃はドレスを借りていたのだ。
 瑠璃の綺麗な黒髪に似合うドレスは何か、と嬉々として次々とドレスを広げていく召使い達は、瑠璃の記憶に新しい。
 アレクサンドラの横に、この屋敷の主であるフィデール・フラウの姿はなかった。
 ここ最近のフラウ邸でのパーティにはほとんど出ていないらしい。それだけ私的なパーティということなのだろう。
 といったことを、途中で捕まった婦人から聞いたゴードン。
 挨拶のためフラウ夫人のもとへ進みながら目だけで周囲を伺えば、着替えの時の召使いが言っていた家の人達を認めることができた。
 いつの間にかはぐれていたリューズと直前で合流できたので、二人でフラウ夫人へと歩を進めた。
「本日はお招きに預かり恐悦至極」
 と、ゴードンがフラウ夫人の手を取り挨拶の言葉を述べれば、リューズもドレスをつまんで淑女の礼を取る。
「初めまして、マダム・フラウ。リューズと申します。お招きいただき嬉しく思います。どうぞよろしくお見知りおきを」
「お久しぶりですカノン様。リューズ様もよくいらして下さいました。今日は気軽な集まりですので、ゆっくりしていって下さいね」
 フラウ夫人の年齢はリューズやゴードンとほとんど変わらないが、落ち着いた所作はずっと年上に思わせた。
 続いてリーザとキースも周囲の貴族達との短い挨拶から抜けてやって来た。
 リーザはゴードンと同じようにフラウ夫人の手を取り膝を折る。
「お久しぶりです、アレクサンドラ様。最近はいろいろとあったもので‥‥また、こうしてお会いできて嬉しい限りです。よければまた後でダンスのほうなどを」
「ええ、喜んで」
 フラウ夫人はリーザが女性であることはもちろん知っている。知った上でリーザの誘いに乗り楽しむ気でいるのだ。
 このへんの感覚がネリーにはいまいち理解できないところだった。
 キースも騎士の礼を取り、フラウ夫人も丁寧にそれに応える。
 ネリーからすれば、キースのようなきっちりと節度のある態度の人にこそ好感が持てた。
 実際は自由奔放なキースの中身を知ったら、どう変わるかはわからないが。
 一通りの挨拶を終えた後、大広間の端にあるテーブルについたセシリアは、歓談し軽やかに貴族紳士と踊る貴婦人達を眺めながら感心していた。
 彼女は以前出席したパーティで、コルセットをつけて出たところとても息苦しかったという気まずい経験があったからだ。見る限りではコルセットで体を締めていると思われる貴婦人はほぼ全員。
 貴族の女性は強いな、と思いながら給仕が勧めた飲み物を一口飲んだ。

●たまにはただ楽しむことも
 そんなふうに呑気にしていると、セシリアの前に一人の男性が立っていた。
「初めまして。ベイジル・マロニと申します。よかったら一曲お相手いただけますか?」
 人当たりの良さそうな笑顔だが意志は強そうだ、とセシリアはその人物を見て思った。
 特に断る理由もないので、グラスをテーブルに置いて差し出された手を取る。
 ありがとうございます、と小さく呟いたベイジルの年齢はどれくらいだろうか。二十歳前後に見えるが。
 セシリアをリードしながらベイジルは話しかけた。
「冒険者の方はいろんなことができると聞きました。あなたも素手で岩を砕いたり盗賊百人斬りができたりするのですか?」
 セシリアは返答につまった。
 冒険者は各地に散って依頼をこなしているが、ベイジルの耳には肉体派の話ばかりが入っているようだ。
「こういう職ですからもちろん戦う術は心得ていますが、他にも料理や農業知識に長けた者もいるのですよ。その‥‥決して破壊的なことばかりでは‥‥」
 あんな経験やこんな経験や噂がセシリアの脳裏をかすめていき、何故か最後は言い訳めいた言い方になってしまった。
 ベイジルはクスクス笑う。
「大丈夫です、わかってます」
 からかわれたのだろうか、とセシリアは顔には出さずに内心でムッとするが、ベイジルは敏感にその心の動きを察して謝ってきた。
「すみません。どうしても今のあなたと荒仕事が結びつかなかったもので。でもきっと、戦場のあなたも変わらず美しいのでしょうね」
 聞きようによってはとても気障なセリフだが、こういう場ではあまり違和感がなかった。
 曲が終わるとベイジルは丁寧に礼をして、
「今度は冒険の話を聞かせてください」
 と言って去っていった。

 リューズとキースはダンスよりもおしゃべりに興じていた。いや、質問攻めにあっていたと言ったほうが正しいか。
 フラウ夫人も嘆いていたように、近頃は物騒で気楽な外出もままならない。他の貴婦人達もそれは同じで、今日のパーティをとても楽しみに来ていた。そしてそこには冒険者達が。彼らは自分達の知らない土地を見て話をして体験をしている。刺激の少ない彼女達は彼らの話を聞いて想像を楽しむ。
 そうは言っても凄惨な戦場の話などはこの場にふさわしくないので、リューズは航空訓練の時の話題を持ち出した。そこにちょうど良くキースが通りかかったので、巻き込んだのだ。
「空を飛ぶ‥‥どういう感じですの?」
 ブラウンの髪を高く結い上げた婦人が、想像もつかない、と首を傾げる。
 リューズは初めて飛んだ時のことを思い出しながら言った。
「一言で言えば、爽快、でしょうか。もちろん緊張はしましたが」
「一度目よりも二度目三度目と回数を重ねると、周りを見る余裕も出てきたな」
 キースの言葉にリューズも同意する。
「落ちたら‥‥とか考えません?」
「それは、まぁ、整備する者を信用するしかないかな」
 苦笑気味にキースが言えば、貴婦人達もそれはそうだと頷く。
 初めにリューズに質問をした婦人が小さくため息をつく。
「うちの息子ももう少し逞しくあればねぇ。逞しいのは商魂のほうで‥‥将来が心配ですわ」
 困ったわ、と婦人が目をやるほうを見ればエルネストと歓談しているベイジルがいた。
 自然とその場にいる人々の目が集中する。
 見られていることに気付いたベイジルはエルネストとの話を切り上げてマロニ夫人のもとへやって来た。
「母上、どうかなさったのですか」
「どうもしませんよ。こんなところに来てまで金勘定のお話ですか」
 どうもしないと言いながらもマロニ夫人の態度は非難がましい。
 ベイジルはいつものことだと言うように、小さく肩をすくめるだけだった。
「放っておけばあなたは将来お金と結婚しそうですね。私はそれが心配で」
「ははは、それはおもしろそうですね」
「馬鹿を言わないでちょうだい。ダンスの一つもしないでまったく‥‥」
「おや、先ほど一曲お相手していただいたのですが」
「また行ってらっしゃいな。今日くらい人間の相手をなさい」
 まるで普段は人間に興味がないような言われように、ベイジルは機嫌を悪くしたように目を細めた。
 突然始まった親子の言い合いに、キースもリューズも口を挟めずにいた。
 よく見れば、この親子は容姿が似ていた。髪の色も顔立ちも。瞳の色が違うのは、きっと父親の色を受け継いだからだろう。
 どことなくピリピリした空気を和らげようと、リューズが口を開いた。
「あの、何か飲み物でもお持ちしましょうか‥‥?」
「それよりも、踊りませんか? あ、母に言われたからではないですよ。‥‥ほら、ちょうど踊りやすそうな曲です」
 言われて耳を澄ませば、確かにそんな曲調だった。
 行きましょう、と笑顔で誘われるままにリューズはダンススペースへ導かれていった。

 事前の打ち合わせ通りにパーティ時間の中頃、ちょっとした休憩時間にアルクトゥルスは再び大広間の全体を見渡せる位置に立った。
 フラウ夫人が軽くグラスを掲げて微笑んでいた。
 さざなみのようなざわめきの中、アルクトゥルスは深く息を吸い込んだ。
「綺麗な歌声ですね。‥‥初めて聞く歌ですが、どこの歌かしら」
 それまでリーザと流行について話していたエレーナ・クォンがアルクトゥルスに目を向けた。後ろの楽士達は楽器を置いている。
 リーザも聞いたことのない歌だったので黙っていると、フラウ夫人が教えてくれた。
「『乾杯の歌』というそうですよ。ハルベルト様の故郷の歌だそうです」
 パーティ開始前の打ち合わせの時に教えてくれたのだという。
 歌詞も覚えたセトタ語に翻訳したのだとか。
「後で教えてもらおうかな」
 そう言ったのはエレーナの娘のユリアナだった。
 今ここに筆記用具があったら歌詞を書き留めるのに、と内心悔しがるユリアナ。
 それからふと、ユリアナは歌声に耳を傾けている瑠璃を振り返った。
「瑠璃様もああいう歌をご存知なのですか?」
 同じ天界人といっても、アルクトゥルスはジ・アースから、瑠璃は地球から来た人なのだが、ユリアナはいまいち区別がついていない。だから瑠璃もきっと知っていると思い込んでいた。
「民謡‥‥はありますけど、どちらかと言えば楽器と歌の組み合わせが主流ですね。そうですね‥‥こっちの世界にはなさそうな音楽というと、ロックですね」
「ロック?」
 初めて聞く単語にユリアナの瞳が輝く。天界のことは自分なりにいろいろ調べてみたが、まだまだ知らないことが多い。天界への好奇心が強いユリアナは、少し前まではよく町にこっそり出掛けて、屋敷にいては耳にできないような天界やこの国の冒険者の活躍話などを聞いていた。
 この行動力がエレーナの悩みの種である。
 エレーナとマロニ夫人がそろうと子供の悩み打ち明け大会になるのだ。
「ボーカル、ギター、ベース、ドラムの四種類で構成されます。基本となるのはドラムのリズムです。そのリズムに合わせてギターとベースがメロディを乗せ、それに合わせてボーカルが歌います」
 一言も聞き漏らすまい、とユリアナは真剣に聞いていた。
「綺麗な音楽というより、激しい、強烈な音楽ですよ」
 激しい、強烈と言われてユリアナは想像力を働かせるが、何も浮かばなかった。浮かんだのは町の人がお祭りの時などに歌うテンポの速い歌だった。
 難しい顔でウンウン唸っているユリアナに小さく微笑んだ瑠璃は、パーティの後でフラウ夫人が許してくれたら少しだけロックを紹介しようと言った。さすがにこの場でやるわけにはいかない。
 ユリアナはパッと表情を明るくさせた。
 アルクトゥルスは二曲目の『口笛吹いて』を歌い始めている。
 歌の調子に早くも慣れてきた貴族の中には、合わせて踊り始める人もいた。
 それまで娘に対して、また何かしでかすのではとヤキモキしていたエレーナも、その歌には眉間のしわを減らし、リーザにやわらかい笑みを向けた。
「そのうち天界の音楽が流行するかもしれませんね」
「料理も浸透しはじめていますしね。‥‥どうです、この歌でお相手いただけますか?」
「喜んで」
 リーザとエレーナはアルクトゥルスの歌に合わせて踊る人達の輪に混じっていった。

 ダンススペースから戻ってきたゴードンは、喉を潤そうと給仕からグラスを一つもらうと壁に寄りかかって一口含んだ。
 様々な話がざわめきと共に耳に流れてくる。
 これから国がどうなっていくのか。他国との関係は。進化していくゴーレムの行く先は。
 誰も戦いなど望んではいないが、脅威に屈することもできない。
 話し合いで解決できるならそれに越した事はないが、そうもいかない時や話し合いそのもののためにも強い力は必要だと考える人もいる。そんなものは余計だと言う人もいる。
 答えは出ない。
 アルクトゥルスは拍手の中、人々の輪の中に戻り、大広間には再び楽士達のワルツが流れ始めている。
 すっかり男前なリーザがフラウ夫人を誘う姿が見えた。
 ふと、視界に小さな人影が入った。見れば知った顔だ。
 十歳くらいの少女が椅子に座り、退屈そうに足をブラブラさせている。
 ゴードンはグラスを置いて少女に歩み寄った。
「お久しぶりです、ハイネさん」
 驚かせないように声をかければ、少女はパッと顔を上げた。
 束の間じっとゴードンを見つめたハイネは、目の前の人物を思い出し慌てて席を立って侍女に叩き込まれた礼をとった。
「お久しぶりです。ご壮健そうで何よりです」
 言い慣れていないと思われる言葉を精一杯何でもない顔で紡ぐハイネに、ゴードンはやさしく微笑みかけ、椅子を勧めた。
 最初こそハイネに対し淑女への礼で接したが、ハイネが緊張気味なのを察してゴードンは少し砕けた雰囲気を出した。
「良ければ、冒険の話でもしようか?」
「どんなお話?」
 それまでの退屈が嘘だったかのように、ハイネは顔を輝かせた。

●皆様の今後に幸いがありますように
 パーティが終わると約束どおり瑠璃は大広間の隅のテーブルで瑠璃にロックについて具体的に話をした。
 適当な棒があればいいのだが、ないので指でテーブルを弾くことにする。
「これが8ビートというリズムです」
 地球人の瑠璃には何てことのないリズムだが、ユリアナにはとても速く感じた。
「これに合わせてギターやベースという弦楽器がメロディーを乗せて、ボーカルが歌うのです」
「ものすごく速いですね‥‥どうやって踊るの」
「踊りもこちらの世界のとは違いますね。もちろん今日のような踊りもありますが」
「そう‥‥そうですよね。そんなに速いのでは私の知っているステップでは合わせられないと思います‥‥」
 ひとしきり感心した後、ユリアナは瑠璃に深く一礼して帰っていった。

 今日、会話を交わした貴婦人達へ別れの挨拶をすませたリーザは、彼女より少し遅れて大広間へ戻ってきたフラウ夫人へ声をかけた。フラウ夫人も見送りに出ていたのだ。
「今日はとても楽しめました」
 と言えば、フラウ夫人も微笑み返し、
「わたくしもです。ブランディス様も皆様も、本日はありがとうございました。久々に気分が晴れやかになりました」
「確かに閉じこもってちゃ気分もふさぎ込んでしまうね」
 キースが同情するように呟けば、フラウ夫人も頷き、困ったものですと眉を下げる。
「もしこれからも退屈な時が来るようであれば、ファミレスにでも来ませんか? もちろんお忍びで」
 とても魅力的なリーザの誘いにフラウ夫人が目を輝かせた時、二人の間にヌッと割り込む人がいた。
 ネリーだ。
 彼女はジトッとリーザを睨む。
「奥様を危険な道に誘わないで下さいな。ただでさえ、アトランティス一周旅行に出るなんて言い出しかねないんですから」
「アトランティス一周旅行よりはずっと安全なんだけど‥‥」
「いいえ! きっとファミレスでお食事の後、出てしまわれるに決まっています」
 本人を目の前にネリーは遠慮がなかった。これが幼なじみであり一番の側近でもあるという間柄なのかもしれない。
 フラウ夫人がファミレスを訪れるには、まずこのネリーをどうにかしなくてはならないらしい。
 リーザとフラウ夫人はそろって肩をすくめた。
 フラウ夫人はどうにかネリーをなだめて大広間から追い出すと、冒険者達に向けて改めて礼を言い、今後の活躍を祈っていると告げた。