乙女の特権〜背徳の薔薇

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 98 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月25日〜03月28日

リプレイ公開日:2006年03月29日

●オープニング

 気温も暖かくなり、人々が外へ出るようになるとどうなるか。
 出会いがあり、場合によっては恋が芽生える。
「ドラマチックでロマンチックな恋なんてないかしらねぇ」
 とあるパーティで悩ましげにため息をついたのは、年頃の令嬢ハイデマリー。パーティに出席しているのだから、出会いの一つや二つありそうなものだが、彼女が求めているのはそういうものではなかった。まだあどけなさの残る彼女は、現実の恋ではなく、恋をすることを夢見ているような段階である。
「何を変な顔してため息ついているの?」
 そんな彼女に、交流の深い同じ年頃の令嬢シェスティンが声をかけてきた。
「実はね‥‥」
 と話すと、その友人は「おもしろい話があるのよ」と、何かをたくらんでいるような笑みを見せる。
 その「おもしろい話」とやらは。

 それは、朗読劇。
 シェスティンの友人達との間に出ている話題らしい。
 テーマは『恋』。
 ただし、禁断の恋である。
 若き領主と従者、ライバル同士だったはずの青年騎士、もっと大胆なのは分国王と騎士など、つまり男性同士の妖しく美しく決して報われることのない儚い恋物語である。
 それらを朗読劇として誰かに演じてもらおうということらしい。
 ハイデマリーはちらりと空想し、先ほどとは違った雰囲気のため息をもらした。乗り気になったようだ。
「一応、舞台の様子も考えてあるのよ」
 シェスティンはさらに詳しく説明する。
 舞台には薄いカーテンが引かれてあり、出演者はその向こう側で台本の朗読をしてもらう。実際の演劇にしない理由は、生々しいものは求めていないからだ。故に、出演者は礼服かそれに準ずる衣服着用が義務となる。朗読中も服を脱ぐなどもってのほかである。
「でも、それだと肝心のシーンで満足できる演技をしてもらえるかしら」
「方法はいろいろあるはずよ。腕立て伏せするとか、ちょっと走ってきてもらうとか」
 無茶苦茶を言っているように聞こえるが、シェスティンが求めているのはあくまでも架空の話だということである。
 美しくあることが第一なのだ。
「朗読者さんは男性のみなの?」
「そんなことないわよ。でも女性の場合はやっぱり少年役でしょうね。美しい若者とかわいい少年なんてのも、いいわね‥‥」
「それで、台本は?」
「それが‥‥まだないのよ。でもね、物語の内容を知っているとおもしろさが減りそうだから、台本から誰かに作ってもらおうかなって思ってるの」
「それはいいわね。お楽しみは多いほうがいいもの」
 二人の令嬢はにっこりと微笑みあった。

●今回の参加者

 ea3067 ログナード・バランスキン(32歳・♂・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7623 ジャッド・カルスト(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb2554 セラフィマ・レオーノフ(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb4249 ルーフォン・エンフィールド(20歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4713 ソーク・ソーキングス(37歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

マルト・ミシェ(ea7511)/ ラルフ・クルーガー(eb4363

●リプレイ本文

●開演準備
 朗読劇は、発案者のシェスティン・ファラの家の小広間が使われることになった。すでに舞台は整えられ、冒険者達がいつでも始められるようになっている。
 今日を楽しみに集まった、シェスティンの友人であるハイデマリーをはじめとする年頃の少女達は、セラフィマ・レオーノフ(eb2554)の挨拶を受けながら、開演の時を待ちわびていた。
 セラフィマは今日のための下準備を欠かさなかった。
 ジャッド・カルスト(ea7623)へはイギリス語の台本を、ソーク・ソーキングス(eb4713)、ログナード・バランスキン(ea3067)、ルーフォン・エンフィールド(eb4249)には直接内容を伝え、それぞれにメモを取ってもらっていた。
 会場となった小広間を見回したレン・ウィンドフェザー(ea4509)が、シェスティンを呼ぶ。
「リンジョウカンをだすために、がくしさんがほしいなの。このいえにやとっていたらかりたいなの」
「‥‥なるほどね。ちょっと待ってて」
 そう言ってシェスティンは慌しく広間を駆け出て行った。
 しばらくすると彼女はリュート奏者を一人連れてきた。
「今日は特に何もなかったから、この人しかいなかったのだけど」
「ありがとう。楽しみにしていてなの」
 レンはリュート奏者に向き直ると、可愛らしく挨拶をしてセラフィマのところへ連れて行った。
 台本を作ったセラフィマとリュート奏者が打ち合わせをしている間、役者達は舞台上の紗幕の向こうで練習を始めていた。
 そこでは、ファラ家の下男達が何のために作らされたのかわからなかったゴーレムの操手席がさっそく役立っていた。
 自ら書き取った台本を見つつ、ソークは落ち着いた声音で呟いた。
「詩の朗読のようなものでしょう? あまり上手ではないですが、何とかなるでしょう」
 先ほど令嬢達の前で「あの、その」とひどく人見知りをしていたのが嘘のようである。
 やがてセラフィマが紗幕をめくり顔を出した。リュート奏者がくぐって入ってくる。
 いよいよ開幕である。

●実直な騎士と迷える冒険者
 今は昼間だが、小広間のテラスへの大きな窓には全てカーテンがかけられていた。そのため広間内は薄暗くなり、照明用の蝋燭のみが舞台を照らしていた。
 セラフィマが登場人物紹介も兼ね、地の文を読み上げる。
「従者ヴィオと共に旅をする鎧騎士レオン・シュナウザーは、途中、天界からやって来たというユーティーライネンと出会いました。行き場もなく見知らぬアトランティスに戸惑うばかりの天界人を見かねたレオンは、彼を保護する形で自分の屋敷に連れ帰ったのです。いつか、ユーティーライネンが一人立ちするその時まで‥‥」
 彼女の声に導かれ、貴族令嬢達はその場面を空想した。

 レオンの屋敷に連れてこられたはいいが、少し不安そうにしているユーティーライネンへ、レオンは安心するようにと微笑みかけた。
「とりあえず、落ち着くまで私の家に住むがいい。わずかな従者しかいないので部屋は余っているから、遠慮はいらないぞ」
「ありがとう‥‥ございます」
 まだ警戒しているらしい天界人へ、レオンはこの家にいる者達を紹介した。もちろん、その中にここまで一緒に来たヴィオの姿もある。
 ヴィオがレオンのことをとても尊敬していることは、初対面のユーティーライネンにもはっきりとわかった。彼は主がそうするように、ユーティーライネンへ細やかに気を配り親切だった。
「ところで‥‥」
 と、レオンがユーティーライネンを上から下までしげしげと眺める。
「君は‥‥ずいぶんと変わった服装をしているが‥‥」
「ダメ‥‥だろうか」
「ダメということはないが、目立つだろうな。とりあえず、その服は汚れているから着替えたらどうだ? 新しいものを調えるまで私の服を貸そう。ヴィオ、湯を用意するように言ってきてくれ」
「はい。それでは失礼します」
 ヴィオは礼をして出て行った。
 二人に背を向けた従者の表情に苦いものが浮かんでいたことを、二人はもちろん、本人さえまだ気付いていなかった。

「それから月日は流れ、三人はいくつもの依頼をこなしていきました。お互いのこともしだいに理解を深めていったのです。協力しあいながら送っていく日々で、絆と呼ばれるものが生まれるのは、それほど難しいことではありませんでした。そしてこの頃から、三人の心の中は少しずつ変化していったのです」
 セラフィマの地の文の朗読で、いったん場面が変わったことがわかった。
 ゆっくりと、リュートの音色が流れ出す。どこか、切なさを感じる調べ。

 モンスター退治を依頼された町の宿屋で、レオンは最近自分を苦しめるものについて考えていた。
 もうすっかり夜も更けているので、ヴィオもユーティーライネンもそれぞれのベッドで眠りについている。暗闇の中、彼が向けた視線の先には、ある日異世界からやって来て今では頼もしい相棒の少年。
 彼はたちまちにこの世界に馴染み、冒険者としての腕も上げていった。
 負けず嫌いで、強がりばかり言って、ちょっぴり生意気で、どこまでも純粋な‥‥。
 そこまで考え、レオンは思考を止める。それ以上は考えてはいけない、と胸の奥の何かが警鐘を鳴らす。これ以上思えば、後戻りはできなくなると。
 レオンは頭から毛布にくるまり、何度も自分に言い聞かせた。
「だめだ‥‥この感情は抱いては抱いてはいけない感情なのだ‥‥」
 翌日、三人は町の脅威となっているモンスターが棲息しているという森へ踏み入った。
「レオンさま、何かいます。ユーティー、気をつけて!」
 いち早く危険な気配に気付いたヴィオが二人に注意を促す。ユーティーライネンに対し、始めはきつい口調だったヴィオも、今では友人同士のように言葉を交わしている。
 レオンとユーティーライネンが同時に剣を抜いた。

 緊迫感漂う朗読に貴族令嬢達も息を飲んでいた。膝の上の両手はきつく握り締められ、緊張の面持ちで聞き入っている。
 そして一拍置いた直後、効果音などを担当していたシークが激しく机を叩き、リュートが不協和音を響かせた。
 紗幕の前にレンが描いた絵が掛けられる。レオンがユーティーライネンをかばうシーンだ。

 木の根に足を取られしりもちをついてしまったユーティーライネン。
 凶暴なモンスターの爪が彼を引き裂こうとした時、レオンが身を投げ出して彼をかばった。
「私の大切な者達を、これ以上傷つけさせん!」
 この時すでに、ヴィオはモンスターの尻尾に打ち払われ気を失っていた。
 レオンは二人を守るため、傷つきながらも剣をふるい、とうとうモンスターにトドメを刺したのだった。
 ヴィオを起こし、ユーティーライネンと二人でレオンを支えながら帰路につく。道すがら、ユーティーライネンは何故か不貞腐れたような顔をしていた。
「僕のことなんて放っておけばこんな怪我しなくてすんだのに」
「それが騎士ってものなのだよ」
「またそれかよ。騎士道騎士道って。古臭いんだよ、まったく」
「ユーティー、助けてもらってそれは言いすぎじゃないか?」
 たまりかねてヴィオが口を挟む。
 ユーティーライネンは口の中で舌打ちし、ヴィオの言葉を突っぱねた。
「うるさいな、わかってるよ!」
 ユーティーライネンとて、このように言いたいわけではなかった。けれど、どうしてか苛立って仕方がなかったのだ。自分をかばったレオンの背を見た時から、どうしようもなく胸を締め付けてくる何かに苛立っていた。
 それが何なのか、彼はまだ知らない。

●苦悩の従者
 再び、レンの絵が掛けられる。
 今度のはヴィオが一人、苦悩の表情で頭を抱えるように椅子に腰掛けている絵だ。
 懐かしくも切ないメロディが流れ出す。

「何故‥‥こんなことに? ‥‥私にとって主様も彼も大切な‥‥。お二人が仲良くされるのは、嬉しいこと‥‥。だけど、だけど何故こんなにも胸が痛いんだ?」
 淡々と一人呟いていたヴィオの声は、しだいに苦しそうに歪んでいく。
 ヴィオは気付いていた。
 主人と天界人の間に秘めた思いが通い合っていることに。本人達はお互いそれを知らないが、ヴィオにははっきりと見えている。
 そしてそれが、つらかった。
「主様の側にいて、話しかけられ、笑いかけられる彼が羨ましい‥‥恨めしい。考えても仕方がないこと‥‥でも、もしも、もしも私が彼ならば‥‥!」
 はっと顔を上げ、願望と欲望がまざった瞳で虚空を見つめる。
「この想いを告げられたのだろうか」
 一瞬前の激情はどこへ消えたのか、ヴィオは消えそうな声で自問した。
 答える者はなく、また答えも見つけられず、切ない願いだけが胸に降り積もっていった。

●岐路の時
「ハザード伯爵より天界人ユーティーライネン殿へ仕官のお誘いに参った」
 数日後、偉そうな使者がレオンの屋敷の扉を叩いた。
 冒険者として名が響くようになったユーティーライネンに、ハザード伯爵が目を付けたのだ。
 喜ばしい話のはずだった。しかし、レオンは素直に喜べない自分にも気付いていた。
 いつか閉じ込めた想いが、この使者によって解き放たれようとしていた。
 だがそれを表に出すわけにはいかない。
 この気持ちに気付かれたら軽蔑される、とレオンは思っていた。そうなるくらいなら、このまま祝福して送り出したほうがいい。
 人生において重大な選択であるから、使者も今すぐ返事をよこせとは言わない。3日後にまた来ると言って戻っていった。
 使者のいなくなった応接室で、レオンは祝いの言葉を述べた。
「おめでとう。仕官先でも教えたことをしっかり守るのだぞ」
「返事は3日後なんだけど」
「何言ってんだ、チャンスを逃すものじゃない。それとも、他に仕官したいところがあるのか?」
 ユーティーライネンはうつむき黙り込んだ。
 レオンの中で想いがあふれようとしていたように、ユーティーライネンにも同じことが起こっていた。森で感じた苦しさの正体に、彼は気付いていた。そして、ヴィオの気持ちにも。
 あの日、一人で苦悩するヴィオの姿を彼は見てしまったのだ。
 ヴィオの気持ちが痛いほどわかるユーティーライネンだが、だからといってどうするのが一番良いのかなど、わからない。
 ハザード伯爵領ははるか遠くの地。仕官すればここに来ることは二度とないだろう。
「‥‥まぁいい。とにかく大事な将来のことだ。真面目に考えろ」
 いつまでも黙ったままのユーティーライネンへ、レオンは言うと腰を上げ、出て行ってしまった。
 その態度が自分を突き放したように感じられ、ユーティーライネンは崩れるように顔をおおった。
 いよいよ明日が返事の日と迫った夜、ユーティーライネンの部屋の扉がノックされた。
 開けると、立っていたのはレオンだ。
「もうじきいなくなるお前にどうしても告げておきたいことがあってな」
 ベッド脇の小机の椅子へ腰掛け、半ば小机に体を預けるレオン。ユーティーライネンはベッドへ座る。
 聞き終えたらすぐに忘れてくれと前置きして、レオンは話し始めた。
「初めて会った時はただの迷子の子供に見えた。だから、いつか一人でも生きていけるようになるまで守ってやらねばと思った。だがお前は私が思っていたほど子供ではなくて、逆に私が教えられることのほうが多かった。いつの間にかお前にきひずられる自分がいた。お前が嬉しいなら私も嬉しくなり、悲しいと思うなら私もまた悲しい。そして、お前が何かを望むなら、どんなことをしても叶えたいと思うようになったよ」
「‥‥なんだよそれ。ワケわかんねぇ」
「仕官の話が来た時、絶望に似た感情も覚えたと言ったら、私を軽蔑するだろうか」
 瞬間、信じられないものでも見たようにユーティーライネンの目が見開かれた。
 それを拒絶と受け取ったレオンは、バツが悪そうに口元を歪めて席を立った。
「‥‥悪かった。忘れてくれ」
 そしてそのまま出て行こうとする。
 気がつけば、ユーティーライネンはその背にしがみついていた。
「本気かよ‥‥知らなかった。だって騎士さまはいつもと同じだったから。僕がどこへ行こうと騎士さまの心は何も変わらないと思っていたから!」
 ようやく二人は心を通じ合わせることができた。ずっと自分一人だけの想いだと閉ざしていた気持ちが、実は共有していたのだとわかった瞬間、すべてが解放された。
「‥‥愛している。どこにも行かないでくれ‥‥!」
 壊れそうな程にユーティーライネンを抱きしめるレオン。ユーティーライネンも必死でそれに応えてくる。
「初めて見た時から、こうしてほしかったのかもしれない」
 喘ぐように言いながら、ユーティーライネンは心の中でヴィオに詫びる。だが、それでもこの位置を手放すことなどできなかった。
 レオンはわずかに体を離すと、そっとユーティーライネンの顎を上向かせた。少年のうるんだ瞳が真っ直ぐに自分を見ている。
「その‥‥ファーストキスなんだ、笑わないでくれよ」
 恥ずかしそうに頬を赤らめるユーティーライネンに、愛情の全てを捧げたレオンの顔がゆっくりと近づいていった。

 クライマックスに貴族令嬢達が酔っている頃、紗幕の裏では死闘が繰り広げられていた。
 キスシーンの効果を出すためにジャッドは音を立てて水あめを舐め、時々ルーフォンの首筋に息を吹きかけたりして声を上げさせたりしていた。遊んでいるのだ。
 椅子をきしませることでベッドがきしむ音を出したりしていたソーク達は、噴き出しそうになるのを何とかこらえる。
「男同士ってこれからどうすればいいんだろう」
「私に任せなさい。怖いものなど何もないから」
 と言いつつルーフォンの尻をつねるジャッド。
 その声が令嬢達にはついにあの時を迎えたように聞こえているだろう。
 それからかねてから決めていたように、二人は腕立て伏せ対決を始めた。勝ったほうが一杯おごる約束なのだ。
 が、所詮26歳と11歳。勝負になるわけがない。ルーフォンはジャッドの口車にうまいこと乗せられていたのだ。
「う‥‥んぁ、もぅ、ダ、メ‥‥っ」
 ペシャリと潰れる瞬間に出したルーフォンのうめき声を、果たして令嬢達はどう受け止めたであろうか。
 エンディング曲に乗って、セラフィマが締めのセリフを読む。
「これは今でない今、どこにもいない誰かの物語。ゆえにどうぞお探し下さいますな」

 大拍手のフィナーレの後、レンがこの物語の各シーンの絵を販売すると言うと、なんと売れてしまった。
 だがさすがに慎み深い貴族令嬢だけあり、肌を露わにした絵は求めてこなかったという。