恋人達の庭園

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 99 C

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:03月27日〜03月30日

リプレイ公開日:2006年04月03日

●オープニング

「ああっ、春! ついに恋の季節がやってきたのですわ」
 大仰な動作でうっとりと空を仰ぐはマダム・パピヨン。自称・愛の狩人な三十五歳未亡人。今まで三回結婚し三回ともアッという間に夫に先立たれたという疑惑の女性‥‥但し社交界では、まぁあの人だからねきっと色々吸い取られんじゃないかな、という説の方が有効だったりする、そんな女性。
 とにかくマダム・パピヨンである。三度の結婚と離別を経ても些かも衰えないラヴへのパッション。有り余るお金と美貌を駆使する彼女は今も社交界の華の一人だったりするわけだが。
 同時にマダム・パピヨンは愛の探求やら力添えやらにも熱意を注ぐ暇な‥‥もとい、奇特な人でもあった。
 そのマダム・パピヨンが現在力を入れているのが、ウィル郊外に近々完成予定の公園『恋人達の庭園』である。広いお屋敷が丸ごと一つポンと入っちゃいそうな敷地を使った、緑あふれる公園。訪れる沢山の恋人達の笑顔が見えるよう‥‥悦に入っていたマダム・パピヨンは、だが、ふと整った眉根を寄せた。
「‥‥何か物足りないですわ」
 中央には噴水、その周囲を取り囲むように植えられる予定の花、木陰がイ〜感じな東屋に、オシャレなカフェテラス、楽士の生演奏もつけちゃうぞなサービス‥‥けれど、それだけで恋人達を楽しませる事が出来るのだろうか? ていうか、健全すぎ? 
「ここを訪れるのは貧しい‥‥いえ、一般の方々なのですから、あまりム〜ディ〜にしても引かれてしまいそうですが、昼と夜と雰囲気を変えるとか‥‥」
 ん〜、と考えていたマダム・パピヨンはここでポンと手を打った。
「そうですわ。最近社交界を騒がせている方達‥‥彼らなら面白いアイデアを出して下さるかもしれませんわ」
 使えるアイデアを取り入れれば、良いものが出来るかもしれない。何より、天界人プロデュースという触れ込みは宣伝にもなるし。
「それと、どうせなら出来上がった公園が喜んでもらえるかどうか、モニターになって下さる方々も募集してしまいましょう」
 そうして、マダム・パピヨンは妖艶な顔に無邪気な笑みを浮かべたのだった。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0749 ルーシェ・アトレリア(27歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea4609 ロチュス・ファン・デルサリ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea7935 ファル・ディア(41歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea8247 ショウゴ・クレナイ(33歳・♂・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb0565 エレ・ジー(38歳・♀・ファイター・人間・エジプト)
 eb4248 シャリーア・フォルテライズ(24歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4603 紅 雪香(36歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4703 アリア・レイアロー(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

利賀桐 真琴(ea3625)/ カレン・ロスト(ea4358)/ アマラ・ロスト(eb2815)/ シルキー・マリアンルージュ(eb3566)/ 麻津名 ゆかり(eb3770

●リプレイ本文

●恋人たち
「お仕事でアシュレーさんとご一緒するのも去年の12月以来ですね。思いっきり楽しみましょう」
「うん! わーい〜ルーシェとデートだ嬉しいなー♪」
 恥じらいながらルーシェ・アトレリア(ea0749)に言われたアシュレー・ウォルサム(ea0244)は文字通り舞い上がっていた。
「あっ、まあ、一応‥‥いやいや勿論、公園のプロデュースもするけどね!」
 依頼人であるマダム・パピヨンに気づき、慌てて言い繕うが、それでも、ギュッとルーシェと手を繋いだままだ。
「いえ、良いですわ。貴方達には是非、デートを楽しんでいただきたいですから」
 そんな様子をニコニコと微笑ましそうに、マダム・パピヨン。眩しそうに見つめる淑女は、どこか少女めいていた。
「‥‥で、デート‥‥ファルさんと‥‥デート‥‥な、なんて‥‥はうぅぅ‥‥」
 いかにもラブラブ〜なアシュレー達と対照的に、赤面しつつ動揺しまくりなのがエレ・ジー(eb0565)だった。
「恋人達の為に開かれた公園‥‥素敵な企画ではないですか。是非お手伝いさせてもらいましょう」
 だが、そんな様子はいつもの事だし、いつもの如く可愛い事しきりだし、と素で受け止めているファル・ディア(ea7935)は、おっとりとマダム・パピヨンに挨拶し。
「‥‥はぅっ、ファルさん‥‥キレイな女の人と‥‥」
 目にしてしまったエレは自分でも不思議な程、動揺した。先程とは違う、もやもやするような変な心持ち‥‥理由は全然まったく分からなかったのだけど。
「どうかしましたか? お加減でも悪いのでは?」
 だが、それはホンの僅か。気遣わしげに覗き込まれ、もやもやは吹っ飛んだ‥‥というか、今度はいきなり心臓がドッキン跳ね上がった。
「‥‥あのっあのっ‥‥平気‥‥です‥‥」
「‥‥もしや、私と一緒というのが気乗りなさらないのでは‥‥」
「それは全然っ‥‥寧ろ‥‥」
 悲しげに眉を下げたファルの手を思わずキュッと掴んでしまい、慌てて手を放す二人‥‥お互い知らず、顔を赤くして。
「青春ですわね」
 そんな初々しい二人をどこか懐かしく優しく見つめていたマダム・パピヨンに。
「お初にお目に掛かります、マダム・パピヨン様。なるほど、噂通り、美しいご婦人で。お目に掛かれるだけでも光栄です」
「まぁ、お上手です事」
 ただの社交辞令より少し熱のこもった口調で告げるショウゴ・クレナイ(ea8247)。マダム・パピヨンは優雅な動作でスィっと手を差し出した。
「そんな‥‥事実を述べただけです」
 一瞬の逡巡の後、ショウゴは神聖騎士らしい所作でもって、マダム・パピヨンの滑らかな手をそっと取ると、甲に軽く口付けた。
「ふふっ、本当にステキですわね」
 満足げに目を細め、指先でショウゴの頬に触れるマダム・パピヨン‥‥と。
「あら、ショウちゃんったら随分と手が早いですわね」
 冷ややかさを装った紅雪香(eb4603)の声がそんな二人に掛けられる。
「私にはそんな事、お世辞でも言ってくれた事ありませんのに‥‥魅力が足りませんのね」
 そして、憂いを込めた瞳で悄然と肩を落とす雪香。その肩が小刻みに震えているのを目にし、ショウゴはそりゃもう慌てた。
「そんな事はないですっ! 雪香さんはとてもキレイで可愛くて魅力的で‥‥って」
 必死に言葉を重ねていたショウゴだったが、ようやく気づいた。俯いた雪香の肩が震えているのは‥‥彼女が笑っているからだ、と。
(「やはりこちらのショウちゃんも可愛いですわ」)
 その反応は雪香の故郷‥‥元の世界にいる義理の弟を思わせて、ついからかってしまう。
「ひどいです、雪香さん‥‥」
 一方からかわれたのだと顔を真っ赤にしながら、ショウゴはやはりホッとしていた。雪香には‥‥大好きな人の面影の残る彼女には、やはり笑っていて欲しいから。
「ふふっ、お二人に当てられてしまったようね」
 マダム・パピヨンはそんな二人を咎めたり不快に思ったりする様子もなく、エルフのウィザード、ロチュス・ファン・デルサリ(ea4609)に微笑んだ。
「今回はあの二人のような‥‥沢山の恋人同士が愛を語らう場としての公園を作るお手伝いをさせていただけるのですね」
 ロチュスはそんなマダム・パピヨンに穏やかに挨拶してから、
「それを見て楽しむというのは出歯亀と言えばよろしいのかしら、あまり良い趣味ではないような気もいたしますけれど‥‥」
 やはり穏やかな口調で、やんわりと諭した。
「あら別に趣味ではありません事よ。今回はモニターという事で特別に、ですわ」
 対するマダム・パピヨンも悠然としたもので。
「庭園が無事開園した暁には、そういう輩は勿論取り締まる所存ですわ」
「成る程。では、恋人達を窺い見るのは今回だけ、なのですね」
 確認したロチュスはホッと胸を撫で下ろした。

●庭園をプロデュース
「二人でなら大丈夫という安心感とか思い出とかを演出しては‥‥と思うのだ」
「お化け屋敷の設置はどうでしょう? ちょっと驚かせることで恋人同士が自然と自分達の絆を強める趣向です」
 エルフであるシャリーア・フォルテライズ(eb4248)と天界人である富島香織(eb4410)が、プロデュースの中心となった。
「強い感情を愛情と錯覚するという効果もありますし‥‥勿論、あくまで余興的存在にとどめるつもりですが」
 恐がらせすぎて気持ちを冷めさせてしまっては逆効果ですからね、と香織。
「だが、そのスペースが確保できるだろうか? おどろおどろしい建物だと景観を損なってしまうぞ」
「では、木を使った迷路で代用してはどうですか? それならば目にも優しいですし」
 考え込む二人に助け舟を出したのは、ファルだ。
「入り口を複数作り、攻略ルートを変えられるようにしたり、ゴールした先に、大きく枝を広げた木が立つ休憩所を用意したり」
「大き目の木を植えるという案は、私も賛成です」
 同意したのは天界人のアリア・レイアロー(eb4703)だった。澄んだ碧の瞳をキラキラさせながら庭園を見回し、夢見るように言葉を紡ぐ。
「出来れば小高い丘があると良いのですけどね。日当りもよく風通しも爽やかな場所にある大きな木。素敵だと思います」
「そうですわね。池はムリですけど、丘なら‥‥シンボルとなる木の下で愛を語り合う恋人達というのも、素敵ですわね」
 池を作ってボートを、という案は残念ながら却下したものの、こちらの意見は実現可能だとマダム・パピヨンに判を押されたアリアはパッと顔を輝かせた。
「はい! 私も素敵だと思います」
「そうだな。告白に最適な静かな場所を演出し、縁結びの木等の逸話を作ると良いだろう」
 シャリーアは同意しながら、考える。
「木については花のあるのと無いの、両方用意して2箇所に作るのはいかがだろう? 運搬は私に任せてくれ」
 大丈夫なんですか?、と小首を傾げる香織に、シャリーアは付け足した。
「笑われるだろうが‥‥何かを壊すのみでなく、作り出す事にもゴーレムを使えぬかとな」
 照れたように笑うシャリーアに、香織とアリアは大きく頷いた‥‥微笑みながら。
「片方の木の近くに、対面で座れるブランコも設置しましょう」
 続いてポンと手を打つ香織。
「恋人達の二人の世界、という雰囲気が作れるように低木を用いて壁みたいにして囲い、その真ん中にブランコをおきます」
 簡単に図を描いて説明しながら、笑みを深める香織。
「恋人達が歓談しながらブランコをこぐ。なかなかにいい雰囲気になると思いますよ」
「それから、今、冒険者の間で少々流行っているちま人形という手の平サイズの2頭身人形を縁結びのご利益があるとして広めたい」
 頷き、シャリーアもアイデアを出す。
「針と布と糸を用意し『二人のちま人形が上手く作れたら、カップルの愛は必ず成就する』というような人形作りのセルフサービスコーナーを作れたら、と」
 一般の者も裁縫は大丈夫だろうし、自分で作れない貴族にはオーダーメイドサービスで対応すれば良いし。
「一緒に占いコーナーや恋愛相談コーナーも作りたいですわね」
「あ、それは良い考えです」
 香織とシャリーア、アリアは意見を出し合いながら、全体像を詰めていく。
「私程度の人生経験でたいした相談に応じられるとも思えませんが、お互いの誤解を解いたり、相手が喜ぶようにするためにはどうしたらいいかとか類推するなどのことの相談に応じて、相談者が自分で答えを見つけられるように話を聞き、適切な助言ができるように努力したいです」
 決めるのは本人、けれど、その為の助言は出来ると香織は思うから。
 誰かの為に、誰かの幸せの為に‥‥三人は細かい部分をも打ち合わせていった。
「占いについて少々、指導させていただいてもよろしいですか?」
「ちま人形の材料ですぜ」
 三人の努力に、サポーター達の力添えもあり、準備は着々と迅速に進んでいった。
「エレ殿は本当に上手だな」
「も、元々こればかりやってきてますし‥‥」
 その中、エレはちま人形作製を教えていた。正直、縫い方を教えるのは苦手だったが、一生懸命頑張った。
「人形を作るときはですね‥‥縫い方が多少雑になっても、しっかりと縫ってあげることが大切です‥‥」
 皆、頑張っているし、何より、人形作りの楽しさを少しでも伝えたかった。
「君は可愛いよと言ってあげたり、プレゼントしたい人のことを思ったり‥‥そういう気持ちを、一つ一つ人形の中に込めるようにしながらしっかりと縫い上げていくんです‥‥すると、とても可愛くて素敵な人形が出来上がるんですよ‥‥。た、多少雑でも‥‥それがとてもいい味になるんです‥‥」
 いつになく雄弁に語るエレに、シャリーアは感心しながら何度も頷き。
「‥‥って、私は何時も思いながら作るんですけどね‥‥。お互いのために作りあえたら‥‥どんなに素晴らしいことでしょうか‥‥」
「それはファル殿と、という事か?」
「‥‥えっ‥‥それは‥‥その‥‥」
 他意無く突っ込まれうろたえるエレを、シャリーアは眩しそうに見つめた。

「位置はそう‥‥噴水が見える場所にお願いします」
 カフェの準備を担当したのはアリアだった。
「水の音の癒し効果は絶大です。それに夜のカフェでは炎に照らし出される水の色も楽しめますしね」
 テーブルの設置やメニュー、ショウゴ達のアイデアや要望も聞きながら、一つずつクリアしていく。
「音楽についてですが、昼は流れるような演奏を。夜はゆったりとして落ち着いた演奏などどうでしょうか?」
「え‥‥と、こういう感じですか?」
「いえ‥‥あ、今の曲ステキです」
 アリアは専門家ではない、具体的な指示は出せないがそれでも、素直な心と感覚で、完成させていった。
「わたくしに出来るのは花壇に植えるお花を選ぶことくらいでしょうか」
 その噴水周辺の花植えの責任者となったのは、ロチュスだ。
「特に奇を衒ったイベントなどがなくても、自然と足を運んでいただけるような場所にしたいですね」
 と、至って慎ましく花を選び、指示を出していく。とはいうものの、選ぶ花はピンクや黄色といった色鮮やかなものであり、香りの良いものである。
「そこはそれ、やはり恋人達の為ですからね」
 上品さの中に、長く生きた者の余裕をにじませ、ロチュスは悪戯っぽく笑み。
「ベンチはそう‥‥木陰や植え込みなど適度に目隠しになるような場所に置きましょうか」
 周辺の設置もまたロチュスの意見を中心に、行われていった。
「影になってしまいませんか?」
「見通しの良い場所ですと、愛を語らうのに恥じらいが生まれてしまうかもしれませんから」
 サラリと告げられた言葉に、アリアは可愛らしく頬を朱に染めた。
 そして、沢山の思いと努力とを経て、庭園が完成した。

●ドキドキデート
「うんうん、良く出来てるね看板」
 入り口に入って直ぐ立てられた地図看板に頷くと、アシュレーはルーシェを振り返った。
 いつもより念入りにおめかししたルーシェが、いつもと同じ微笑みでそこにいる。
 当たり前のそれは、けれど、かけがえのない事であり、とても嬉しい事なのだとアシュレーは改めて感じ。
「さぁ、行こう」
 差し伸べた手に、ルーシェがそっと自分の手を重ねた。
「‥‥い、色々とあるみたいですから‥‥ゆっくり見て回りましょう‥‥」
 一方、おずおずと出された手に、思わず目を見張ってしまったのがファルだった。
「こ、こっちにきてから‥‥お互い色々忙しくて、中々お話できなかったし‥‥今日くらいは‥‥甘えてもいいですよね‥‥?」
 上目遣いに見つめてくるエレはとても愛らしくて、ファルは思わず目眩がしそうになった。向けられた微笑みの可愛らしさにクラクラする自分はどこかおかしいのではないだろうか?、そんな風に思い悩んでしまうクレリック31歳。
「‥‥ダメ‥‥ですか?」
「‥‥いえ、ぜひ」
 包み込むように繋いだ手は、思っていた以上に柔らかくて‥‥どぎまぎした。
「‥‥きゃあっ」
 そして、足を踏み入れた迷路では、エレが悲鳴をあげまくった。というか、お化け役に脅かされて、だ。
(「とは言っても、薄っぽい明かりと物音だけなんですけどね」)
 物陰から窺い苦笑しつつ、香織。
 ファル的にはそもそも自分が考案したものだし冷静だったのだが、こう恐がったエレにピッタリくっつかれると‥‥別の意味で心拍数上がりまくりなわけで。
「大丈夫、私がいますから」
 しっかりと握った手。そこから自分のこのドキドキが伝わらなければ良いなと、二人はそれぞれ祈っていた。

「つり橋効果‥‥やはりドキドキは二人の距離を近づけるようですね」
 迷路のエレ達や、ブランコで嬉し恥ずか見詰め合うルーシェ達を伺い、香織とシャリーアは頷き合う。
「でも、皆さん、楽しんでらっしゃいますね。私達に見られている事、忘れてますよね」
 アリアは悟る。ロチュスがベンチなどの設置にこだわったのは、こういう意味合いもあったのだと。
「お互いしか見えない‥‥それが恋ですもの」
 そうして、同じように物陰から窺いながら、マダム・パピヨンがうっとりと目を閉じた。

●ラブラブな一時を
「私の居た世界で、恋人同士といえばラブラブストロー! 一緒のグラスの甘甘ドリンクを二股のストローで飲み干すと言う儀礼があるんです」
 流れるは緩やかな旋律の中、雪香は力説していた。
 その雪香の要望で用意されたストロー。素材は一般的に使われている麦藁ストロー、さすがに二股やハート型はムリだったが、今、二本のそれは雪香とショウゴの前にジャンと鎮座している‥‥勿論、一つのグラスに入れられて。
「うん、美味しい」
「‥‥そういえば、ストローの語源は麦藁でしたわね」
 慣れた仕草でストローに口をつけるショウゴに、微かな悔しさをにじませて雪香。とはいえ、不機嫌な顔は見せたくない。
「私もいただきますわ」
 と、至って普通の表情でストローに口をつけた雪香に、ハッとショウゴは顔を真っ赤にした。
「?」
 超至近距離でその様を見た雪香は小首を傾げ、次いで自分の口元とグラスと交互に窺っているショウゴに「ああ」と納得した。
「別に気にしなくても良いですよ? 本当のキスの練習みたいなもの‥‥だと思って下さい」
 納得して、ニッコリとそれはそれはキレイな‥‥楽しそうな笑顔を一つ贈る雪香。
「それともショウちゃん、ほんとのキス‥‥したい?」
 そうして、ほとんど止めの一発よろしく凶悪な程に可愛い笑顔を浮かべた雪香に、ショウゴはごまかすようにストローに口をつけた‥‥先程よりもっと、顔を赤くしながら。
「美味しいね、ルーシェ」
「はい。飲みやすいですし」
 その横ではアシュレーとルーシェがそれはそれは幸せそうに、当然のように一つのグラスに口をつけていたりして。
「このお菓子も美味しいよ。はい、あ〜ん」
「アシュレーさんったら」
 照れながら、アシュレーの差し出したお菓子を受け取るルーシェ。口で差し出されたそれを、口で。
「ん、お菓子もルーシェもおいしいや♪」
 柔らかな甘い感触をチュッと味わって、アシュレーはデレデレと笑み崩れた。
「‥‥」
「‥‥」
 その更に横では、ファルとエレがそりゃもう顔を真っ赤にしていたりした。二人の前には勿論、一つのグラスと二本のストロー。
 居た堪れない‥‥それが二人の偽らざる気持ちだった。とはいえ、折角用意されたものに口をつけないというのも、作ってくれた人に申し訳ないわけで。
「私は良いですから、どうぞ召し上がって下さい」
「‥‥えっ? あの‥‥私は‥‥良いですから‥‥ファルさんこそ‥‥どうぞ‥‥」
 譲り合い目が合う、途端、再び顔を真っ赤にして下を向く二人であった。
「少し勇気を出して。そうすれば、何かが変わりますわ」
 見るに見かねてカウンセリング‥‥占いコーナーにエレが引っ張り込まれたり、ルーシェの苦戦ちま人形作りをアシュレーが手伝ったり、そうして、穏やかに時は過ぎて。
「‥‥ん? ちょっと眠ってた?」
「ええ。起こしてしまいましたか?」
 アシュレーは、もれ聞こえてきた優しい優しい歌声に、薄く目を開いた。
 降ってきたルーシェの笑みに、そして、幸せそうに微笑む。
「こういうのって、良いよね」
 この世界に太陽は無い。けれど、精霊の加護とか恵みとか言われるように、空全体が輝き、温かな日差しに似たものは感じられるわけで。
 ルーシェに膝枕されながら、アシュレーは今、それを全身で感じていた。

「とりあえず、皆それぞれ楽しんでくれているようですね」
「ええ。彼らには未来がありますもの」
 恋人達の様子に安堵するロチュスは、ふと聞こえた呟きに振り返った。
「あなたにも、あるでしょう? たくさんの恋に彩られた、輝く未来が」
「‥‥本気の恋はもう、たくさんですけどね」
 ふと、翳った表情。香織は問わずにはいられなかった。
「何故ですか?」
「私は不吉な女ですわ。私が心底愛した人は直ぐにいなくなってしまう‥‥それはとても辛い事」
 囁くように、どこか‥‥切なく。
「貴方達もぜひ、また此処に来て下さいね‥‥出来れば、今度は素敵な殿方と一緒に」
 けれど、マダム・パピヨンは直ぐにいつもの笑顔になると、アリア達に悪戯っぽく告げた。
「恋か‥‥」
 そんなマダム・パピヨンの言葉、そして、今日目にしたアシュレー達の様子を思い出し、シャリーアは知らず呟いていた。
「何を置いても共に居たいと誰よりも強く想える方がそうなのかな‥‥私は‥‥」
 自分の中、応えは無い。少なくとも、今はまだ。

●恋人達は眠らない
「楽しかった‥‥です‥‥来て良かった‥‥」
 デートの終わり。ポツリともれた声‥‥それがエレの偽らざる感想だった。
「はい、私もです」
 言いながら、ファルはエレに自分の防寒具をかけようとした。春先とはいえ、陽精霊の力が弱まってくると少し肌寒い。
「いえ‥‥良いです‥‥それはファルさんが‥‥」
「構いませんよ。寧ろ、貴女の辛そうな顔を見る方が、私にも辛いんです」
 断ろうとしたエレだったが、ファルの微笑みを受けては、それ以上断る事が出来なかった。
「‥‥ありがとうございます」
 短く礼を述べるエレに、ファルは嬉しそうに防寒具を掛けた。伝わってくる温もりは、ファルを感じさせた‥‥強く。
 足元の花が香る。ロチュスが選んだ、甘く神秘的な香りに後押しされるように。
「あの‥‥ファルさん‥‥これ‥‥を」
 手渡したのは、こっそり作っておいた人形だ‥‥ファルの。
「これを私に‥‥? ありがとうございます、大事にします」
 嬉しそうに嬉しそうに笑むファルを、エレはそれ以上直視する事が出来なかった。心臓がもうどうしたら良いのか分からないくらいドキドキ飛び跳ねて、ファルに聞こえないか心配になるほどで。
(「い、一度教会で‥‥見てもらった方が良い‥‥かもしれません‥‥」)
 ファルと手を繋いでの帰り道、エレは動悸が止まらない自分を、結構本気で心配した。

「ここは本当に異世界‥‥なのですね」
 高台から濃い赤色に染まる空を見上げ、雪香はポツリと呟いた。未だピンと来ていないのが実情だが、太陽がない、違う色の空を見ているとふと、思う。あぁここは「違う」のだと。
「‥‥姉さん」
 そんな雪香に、ショウゴは亡き姉の面影を濃く感じた。性格は少し難有‥‥いやいや、ちょっと違うが、それでも、雪香はよく似ている。こういう表情をされると、見分けがつかないくらいに。
 だから、なのだろうか? 思考より先に身体が動いた。心細げな肩を抱き寄せ。
 雪香は僅かな驚きを、直ぐに柔らかな微笑みに変えた。
「‥‥そうですわね。私が平気に見えるとしたら、それはショウちゃんのおかげなのですわ」
 隣にある温もりが、笑顔が‥‥自分を安心させてくれている。
「天界とはどんな所なのでしょう?」
 そんな雪香にショウゴはつい、苦笑を浮かべた。こうしているのが、こうして側にいるのがあまりに自然すぎて。当たり前のようで。
「本当は天国なんじゃないかな‥‥なんてね」
 この腕の中の人が本当は‥‥本当に、姉なのではないか?、と。
「天界は‥‥少なくとも私の居た場所は天国ではありませんわ。そして、私も‥‥幽霊ではない、ちゃんと此処にいますわ」
 示すように雪香はショウゴの腕に自分の手をそっと重ねると、見上げた。
 ふわり、甘い香りが漂う。先程のお酒が残っている筈はないのだが。或いは、微妙なこの雰囲気が二人を酔わせたのか。
 そっと閉じられた雪香の瞳。黒曜石の輝きを追うように吸い寄せられるように、ショウゴは顔を近づけ。そして、まるでそれが当然のように、自然な事であるかのように。
 月精霊の力の強まりと共に、紫から闇色へと移り変わっていく空に抱かれ。
 二つのシルエットは一つになった。

「夜の噴水ってのも、キレイだよね」
 同じ空の下。庭園内を一回りしてきたアシュレーとルーシェは噴水の前にきていた。
 空にはいつしか月‥‥正確には二人の知る月と良く似た月精霊の輝きが淡く月を形作る。そして、やはり星に似た光がチカチカと瞬く。
「ねぇ、一緒にコイン投げようか」
 その星空の下、アシュレーが噴水を指し示した。
 願うのは、一つ。ただ一つの願いを込めて、コインを投じる。隣を見ると、ルーシェもまた同じ面持ちをしていて。
「ルーシェは何を願ったの?」
「教えません‥‥口にしたら、叶わなくなってしまいそうですから」
 はにかんだ微笑を浮かべるルーシェ。銀の髪に彩られ、まるで全身が淡く輝いているよう。
 それはどこか幻想的で‥‥同時にひどく儚く見えて、アシュレーは咄嗟にルーシェの手を取った。
 感じる感触。安堵と、そして、離れがたい放したくない思いと。
「‥‥ねえ、ルーシェ。6月になったら白い服着てみる気ない?」
 だから、アシュレーは告げた。決して、思いつきではなく。決して、軽い気持ちではなく。
「はい、別に良いですよ‥‥ぇ?」
 頷きかけたルーシェは、そこに思いがけず真摯な光を見出し、言葉に詰まった。
 もう一度、先程のアシュレーのセリフを思い返す。「6月」「白い服」‥‥キーワードはアシュレーの言葉の真の意味を悟らせるのに充分で‥‥ルーシェを慌てさせた。
「あのっ、アシュレーさん‥‥それはその、つまり‥‥」
 アシュレーはそんなルーシェをただ静かに、真剣な表情で見つめている‥‥答えを、待っている。
 自分を映す黒い瞳。優しい人、強い人‥‥何より、愛しい人。
 気づいた時、答えは出た。というより、自分の中に答えが一つしかない事に、気づいた。
「‥‥はぃ」
 だから、ルーシェは夜目にもハッキリと分かるくらい真っ赤になって、小さな小さな声で恥ずかしそうに頷き。
「あ‥‥うん! うん!! 一杯一杯幸せになろうね」
 そうして、満面の笑みを浮かべたアシュレーはルーシェを抱きしめると、ゆっくりと口付けた。
(「ずっとずっと、一緒にいられますように」)
 互いに、ただ一つの願いを胸に灯しながら。
 星空も月も何も語らず。ただ、幸せな恋人達を優しく見下ろしていた。