小さな光〜希望の音色

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月27日〜04月01日

リプレイ公開日:2006年03月31日

●オープニング

 荷物を運び終わった少年の背中に明るい声がかかる。
「ルイス。ご苦労様。あがっていいよ。これ、痛んで捨てる奴だから持っておいき」
「わあ! いつもありがとうございます」
 礼儀正しくお辞儀をして、その少年は店を出た。
 配達や、呼び込み、荷物運び。野菜売りの仕事はまだ10歳になるかならないかの子供には結構な重労働ではあるが仕事にありついているだけまだ幸運なのだということは解っているのだから。
 ‥‥橋の手すりに背を付け、待っていた女の子の姿が見える。
 自分がそれを見つけるよりも彼女が自分を見つける方が早かったようだ。
「お兄ちゃん。お帰りなさい!」
 駆け寄ってく妹をルイスは小さな腕で抱きしめた。
「エリン、ただいま。ほら、お土産だぞ」
 汚れたリンゴを服で磨いてはいと妹に渡す。
「わあ、ありがとう。あとで一緒に食べようね♪」
 満開の笑顔で笑いかける妹の頭を撫でながらルイスは小さく頷いた。
「お兄ちゃん、今日はね、ジョーイ来ないって。だから、お兄ちゃん笛吹いて!」
「ああ、いいよ。いつものしか吹けないけどな」
「うん!」
 妹と場所を交換し、橋の欄干に腰を下ろし、ルイスは鉄笛を口に当てた。
 つたないが、柔らかい音色が紡がれて‥‥、聞く者は静かに瞳を閉じてその音に浸った。
 優しい音色が届かない者以外には‥‥。


「お兄ちゃんを助けて!」
 ギルドのカウンターよりも小さなその女の子は涙を瞳いっぱいに貯めて訴えた。
「どうしたんだ? 一体?」
 ただ事ではない様子に顔色を変える女の子を細い腕がひょいと抱き上げた。
 見かけないその女性は野菜売りのトリバーと名乗って係員に向かい合う。
「子供達がね、ここに頼みに行けば助けてくれるかもしれないっていうんでね。悪いが力を貸してもらえないかい?」
 子供達と違い、大人にとっては冒険者ギルドも天界人溢れる貴族のサロンと変わらない印象なのだろう。だが、それでもここに来なければならない事情があった。彼女は緊張とためらいを飲み込んで前を向く。
「ルイスって子を知ってるかい? 下町の浮浪児だけど、今うちで働いてる子でこの子エリンの兄貴さ。その子が今、死にかけてる」
「なんだって!」
「ほんの、昨日のことさ。仕事を終えての帰り道、ルイスが川辺で笛を吹いてた時‥‥」

 ガン!
「あ〜、煩せえ! こんな下手くそな歌聞かせんなよ!」
 橋の手すりが揺れて、笛の音色が止まった。目を開けると、そこには街の反対側を縄張りとする浮浪児の集団があった。集団といっても四〜五人程度のもの。だが、二人にはまさしく集団に見えた。
 思わず兄の足元に擦り寄る妹。その胸には小さな銀の光が輝いている。
 そして兄の手には笛。チッと舌を打ち少年達は毒づいた。
「噂には聞いてたけど、やっぱりこっちのやつらが贔屓されてるってのは本当だったんだな。ちょっとくらい冒険者に構ってもらったからっていい気になるなよ!」
 ドン! また手すりが揺れる。妹を背中に庇ってルイスはただ数の暴力を睨みつけるしかできない。
「僕らはただ、仕事を貰ってるだけだ。いい気になんてなっていな‥‥」
「それがいい気になってるって言うんだよ。だいたい何だよ。指輪なんか貰って何様のつもりだよ! こんなのお前らなんかに似合わねえよ!」
「あっ、止めて!」
「エリン!」
 妹が自分から引き離され、首元に手がかけられる。銀の光のついた赤い紐が盗られようとしている。
 自分達にとっての心の支え。大事な人たちとの絆。
「放せ! 止めろ!」
 妹のそれを守ろうと、ルイスは必死に飛びかかっていった。自分達よりも僅かだが身体が大きく、数も多い相手に向かって。手に握ったたった一つの宝物を振り上げて。必死に。
 そのおかげで少女の宝は、守られた。だが
「うっ! ‥‥あっ!」
 蹴り入れられた腹の痛み、捻られた腕の苦痛。だが、それよりも大事なものが奪われた心の痛みが彼には痛かった。目の前で小さな鉄笛を少年達は弄ぶ。
「か、返せ。それは‥‥冒険者さんがくれた大事な‥‥」
「冒険者さんか。ホントにいい気なるなよ。こんなもの!」
 少年の手が振り上げられて、何かが空に飛ぶ。そして、聞こえる微かな水音。
「あっ!」
「えっ?」
 次の瞬間、起きたそれは、原因を作った少年達にも驚愕の表情を浮かばせた。
 目の前で、ルイスは躊躇うことなく橋を乗り越えたのだ。
 下は流れの激しい川。決して浅くも深くも無い。
 そして、‥‥ルイスは浮かび上がっては来ない。
「お兄ちゃん!」
「子供が川に落ちた!」
「大変だ! 誰か呼べ!」
「ヤバイゼ。どうする? ベアリー!」
「逃げるんだ!」

 数十分後、ルイスが引き上げられた時、彼の手が掴んでいたのは小さな小石だけだった。


 事情を説明するトリバーの声も、エリンを抱きしめる手も震えている。
「今、ルイスとエリンはうちの家で預かってるよ。だけと、ルイスの具合は良くない。ここ数日、ずっと意識を失ったままさ。これ以上手の施しようが無いと医者も言ってる」
「お兄ちゃんね、ふえ、ふえ。ってなんどもいってるの。うわごとで。ごめんなさいっても、なんかいも。首から下げてた指輪もひもが切れちゃったみたいでなかったの」
 春の川に飛び込んで数十分、冷えた身体は温められても、何かを探し続ける心が戻ってこないのかもしれない。
「だからさ、頼みがあるんだ。無理を承知だけどあの子の捜してるものを見つけ出してくれないかい? あたしはその無くした笛だの指輪だのがどんなものか解らないんだ。ひょっとしたらもう流されてしまってるかもしれないけど‥‥、できれば諦めたくないんだよ」
 探し物が見つかれば、ひょっとしたら、意識が戻るかもしれない。それが、今の唯一の希望なのだ。
 現場は冒険者酒場と冒険者街を結ぶ川にかけられた橋。
 川は下流に向かって流れている。
 決して浅くは無いが、深すぎもしない。大人なならば入って捜すことができるだろう。
 水は春とはいえ冷たいだろうが‥‥。

「報酬はあんまり出せない。うちもあんまり生活は楽じゃないんだ。虫のいい頼みだとは解ってるけど頼むよ」
「お願い。お兄ちゃんを助けて!」
 瞳に溢れた雫を拭うことなく、トリバーの腕の中エリンは顔を上げて真っ直ぐな願いと思いをたった一つの希望に託していた。

●今回の参加者

 ea1702 ランディ・マクファーレン(28歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea2261 龍深 冬十郎(40歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7891 イコン・シュターライゼン(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb4312 シド・レイズ(38歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4482 音無 響(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

アイネイス・フルーレ(ea2262)/ シュタール・アイゼナッハ(ea9387

●リプレイ本文

●手のひらに触れた思い
 ふわり。花の香りが部屋の中に広がった。開かれた窓から室内に春の光が差し込んでくる。
「おにいちゃん」
 灯りの無い部屋の中、ベッドに眠っているのは一人の少年だ。顔に血の気は無く時々うなされる様に声を上げる彼が深い眠りから、目覚める様子は無い。
 枕元で見つめるのは低い椅子から覗き込む女の子の顔。兄の、変化の無い様子に女の子の顔は暗く曇る。髪をそっと撫でて、音無響(eb4482)は腕の中に抱えた花束を借りた瓶に挿した。
 ベッドサイドに立ち、そっと手のひらで小さな手を包み込む。 
「ルイスくん。笛、きっと見つけてくるから。今は休んでいて」
 答えは返らない。そっと毛布の下に手を戻した響の耳に震えるような声が聞こえた。
「おにいちゃん、ひょっとしたら、このまま‥‥」
「こら!」
 軽く、本当に軽く指先で響は女の子の額を弾き諌めるように目線を落とした。膝を折り、視線を合わせて。
「そんなこと言わないの。‥‥きっと俺達が見つけてくるから!」
 そしたらきっと目を覚ます。響はエリンちゃん。と女の子に呼びかけて花の様に笑った。
「それまでお兄さんの事宜しくね。元気出して、絶対大丈夫だから」
「‥‥うん。おねがいします‥‥」
 ペコリ下げられた頭をもう一度優しく撫でてから響はその小さな家を出た。
(「何があっても絶対に見つけてあげる。悪意なんかで心に傷をつけさせない!」)
 駆け出した響の手のひらには微かなぬくもりが残る。それは少年と女の子の思いが残っているようで響の手から長く消えることは無かった。

●罪と願い
(「この事件は私の責任でもある‥‥」)
「私が彼らにあげたものと同じものです‥‥」
 そう言ってシド・レイズ(eb4312)は手のひらのシルバーリングを差し出した。差し出されたリングを龍深冬十郎(ea2261)指でつまみ形状を覚えるように見つめている。
 店で買える一番安い装身具。魔法の効果も何も無い、綺麗なだけの飾りは子供達にきっと喜んでもらえるだろう。辛い時の心の支えにでもなってくれれば。
 そう思った事は間違っていた、とは思わない。ほんの少しだけ忘れていただけなのだ。冒険者にとっては僅かな金額。だが最下層の、しかも子供達にとってそれは手を伸ばしても簡単に手に入ることの無い光なのだと。
 指輪一つあれば、子供一人最低10日はお腹を空かせることなく暮らせる。子供の稼ぎでこれを手に入れようと思えば何日働かなくてはならないだろうか。そして、ウィルの法では死刑になるに充分な盗みだ。尤も、被害者がそれを望めばの話ではあるが。
「私の浅慮のせいで‥‥」
「落ち込んでる暇はねえぜ。それで言ったら俺も同罪だ。ま、罪だとは思っちゃいねえけどよ。っと、これも頼むわ」
 陸奥勇人(ea3329)が投げた笛をランディ・マクファーレン(ea1702)は黙ってキャッチする。
「それがルイスの笛と同じもんだ。すぐ戻ってくるからそれまで先に捜しててくれ」
「あ、私もご一緒させて下さい」
 歩き出そうとする勇人の後をシドが追いかける。探索を押し付けて、などとは誰も言わない。二人が何をするつもりなのか彼らはちゃんと理解していた。
「こちらはお任せ下さい。できるだけ早く見つけて見せますよ」
(「ルイス君の、エリンさんの想いを無にしない様に‥‥」)
 イコン・シュターライゼン(ea7891)が亀を抱いたまま小さく笑いかける。軽くサインをきって二人は駆け出していく。
「橋の上流を背中に、その頭の上を飛び越えるようにして、あの辺に落ちたようですわね」
「まずは地道に捜索か‥‥イコン。その子が手伝えるようならわしの亀も手伝わせるがの?」
 手伝いに来てくれたアイネイス・フルーレとシュタール・アイゼナッハはもう動き始めている。川の流れは止めらず、時折石に泡が立つ。でも
「躊躇ってる暇はねえよな‥‥」
 軽く、本当に軽く笑って冬十郎は川の渕に足をかける。注意深く、でも大胆に三つの影が川に入っていった。

 息を切らせて逃げる少年達。この裏小路は近道や隠し通路まで誰よりも彼らが良く知っている。いかに冒険者相手とはいえ、そう簡単に捕まる筈もつもりも無かっただろう。
 だから、路地に逃げ込みもう安心と思ったその時。
「探したぜ。ああ、そうマジに逃げるなよ。別にとって喰おうって訳じゃねえんだ」
 背後からそんな声がした時には、息を呑むほどに驚いたようだった。立ち尽くす少年達にやれやれと息を吐き出して彼は笑った。別に威嚇するつもりは無かったが少年達は逃走意欲を無くしている。
 ゆっくりと静かに彼は近づいて行った。
「君達も解っているのでしょう? 自分達が悪い事をしたということを‥‥」
 勇人とは別方向から声がする。自分達を断罪する存在の接近を彼らは理解していた。
「わ、悪いことってなんだよ! 言っとくけど、俺達が悪いってんならあいつらだって同罪だ。あいつらだって盗みを働いてた。あいつらだって人の物を奪って生きてきたんだ。そうじゃなきゃ生きていけないし、俺達はそういうところで生きてんだ。俺達は何にも悪くないんだからな!」
「ベアリー!」
 少年の背後で服を引く声がした。そんな事を言うな。という意味だと解っていてもベアリーと呼ばれた少年の声は止まらなかった。
「俺達は何も悪くない。悪いのは俺達を捨てた親だ。働かせてもくれない大人だ。何も助けてくれない大人、あいつらにだけ手を差し伸べて、俺達には何の手も差し伸べてくれない不公平なあんた達。俺達は悪くないんだ!」
 ぽりぽりと指で頭を掻く様にその声を聞いていた勇人は腕を組み、じっと少年達を見つめて言った。
「じゃあ、聞くがな、誰が悪い、悪くないは置いといて‥‥ルイスたちに八つ当たりしてお前らの気は晴れたか?」
「!」
 暗い路地に沈黙だけが流れる。多分、それほど長くは無い。だが短くも無い沈黙の後。
「ふっ‥‥」
 微かに勇人の口元が歪んで見えた。笑っているように見えたそれが、少年達の顔を赤く染める。
「な、何を笑ってやがる! お前らは俺達を捕まえに来たんだろ? だったらとっとと捕まえて牢屋にでもぶち込めよ! 縛り首くらい覚悟してらぁ!」
 震えながらも威勢が良い。
「いや、ちょっと嬉しかっただけだ。まだお前らは脈有だってな」
「どういうことだ!」
 その質問には答えず、笑みも消し、真剣な顔で勇人は少年達を見つめた。
「確かに俺達は手を差し伸べた。だがな、這い上がったのはルイス自身だ。盗みを悪いと認め、真っ当に生きようと努力した。あの子達の明るい笑顔は自分自身で勝ち取った物だぜ。翻ってお前らはどうだ? 他人を妬み羨んで、挙句に足を引っ張りそれで満足出来たか? それが本当に良いことだと思えたか?」
 違うだろう? とその目は言っている。自分達は確かに彼らを捜していた。だがこんなに早く見つけ出し追い詰められたのはこの子達が川辺で捜索を続ける冒険者達を見ていたからだ。
「人が変わるには切っ掛けが必要です。ルイスは私達と出会った事が切っ掛けだったのでしょう。それを真摯に受け止め彼らは今を築いた。そして私は断言します。貴方達が変われる切っ掛けは正に今だと。何を目指し、どのように変わるか。答えはもう出ている筈です」
 シドが言葉を続けた。少年達の返事は無い。だが思いは彼らに届いた筈だ。
「勇人さん、行きましょうか?」
「そうだな」
 くるり、踵を返す二人。無防備な背中を見せた彼らに少年達の声がかかる。
「俺達を捕まえるんじゃないのか!」
「いいや、俺達の役目は川に落ちた笛と指輪の探索だけなんでな。お前達を追いかけてきたのは単に俺達が気になったからだ」
「今、貴方達が投げた品は仲間達が探しています。見つかるように祈ってあげて下さい」
 一度だけ振り向いた冒険者達の表情は間違いなく笑顔に近いもので‥‥そんな笑顔を向けられることさえ無かった少年達は静かに無言で去っていくその背中を見つめていた。
 自分達でも驚く驚愕の中で。 

●思いが見つかる時
「差し入れのパン、買ってきました。少し休憩しませんか?」
 声にランディは水を照らしていたライトを上に向ける。そこには手を振る響の笑顔があった。
「先は長い。ちょっと休憩しようぜ」
 交代でこそあるものの、殆ど昨日も、そして今日も朝から休み無く水に浸かっていた冒険者達は冬十郎の声に頷いて身体を橋の上に上げた。
 本来なら街中で火を焚くなど危険ではあるが、特別な注意と許可を受けて許された炎は冷え切った冒険者達の身体を温めてくれる。
「なかなか見つかりませんね」
「それは仕方ない。川幅も広いし、数日前のことだしな。とっくに流されている可能性だってあるんだ。まあ、簡単に諦めるわけにもいかながな」
 ほら、と用意してあった茶を冬十郎は仲間に渡しながら息をつく。
「この子達がもう少し役に立ってくれれば良かったのですが‥‥、まったくマイペースなんだから!」
 こつんとイコンは手の中の亀の甲羅を叩く。ほんの少し頭を出したそれは首を伸ばしてまた甲羅の中に戻ってしまった。
 オーラテレパスで魚や鳥達に捜索を手伝ってもらう、という案は想像に反して効果を表さなかった。それは鳥や魚、亀たちの思考能力や判断能力があまりにも低かったからだが、いろいろ試してみた結果、彼らは一番原始的、確実な捜索手段を繰り返すことになる。
 即ち、頼れるものは自分達の目と手ということ。石を一つ一つ返し、下流から上流へと捜す。
「次は俺も水に入りますから冬十郎さんは休んでて下さい」
 響が服の袖と裾を捲った。軽く身体を温めてからイコンとランディも水に戻る。
 それに勇人が入って捜索はまた午後まで続くだろう。昨日一日のように、今日も無駄に終るかもしれない。
 だが‥‥
「よお、見てておもしれぇか? おもしれえならこっちへ来いよ」
 振り向かず路地からこちらを見ている影に向かって冬十郎は声をかけた。動きは無い。だが無理強いはせず、静かに茶を入れなおし、呷る。
「俺達が何してると思う? お前らによく似た子供の『希望』を探してんだ。未来を変えるきっかけになった大事なもんだからな」
「希望?」
「そうさ。どうだ? どうだ、お前らも一緒に探してみねぇか?」
 返事は無い。だが逃げ去る様子も無い。だからあえて振り向かず、どうだ? と橋の下に声をかける。
 丁度その時
「おい! そっちの石の下! 何か光が見えた気がした。そう、お前の足元だ!」
 ランディの魔法を帯びた目が光る。イコンは慌てて自分の足下を手で掻いた。足元に見える大きな石。それを手に力を入れて返した。
「あっ!」
 濡れて細くなった糸に絡まるように銀の光が水から引き上げられる。
「ありました。指輪です!」
「やった! やったよ!」
 響が飛び上がる。ばしゃと水が自分にかかるのも気にならない。
「冬十郎さん!」
 イコンが上に向けて投げた指輪を冬十郎はキャッチする。
「これで、あとは笛だけだな。あと一踏ん張り、頑張ろうぜ!」
 心からの笑顔を見せる仲間達。他人のことを、自分のことのように思える仲間達。彼らを見て少年達は何を思ったろう。振り向いたそこにはもう誰もいない。やれやれと肩をすくめたその時、冬十郎は目を瞬かせた。
 誰もいない。だが、何かがあった。
「こいつは!」
 膝を折り、拾い上げる。それは冒険者達が捜し続けていたもの。
「そういうことか。‥‥皆!」
 小さく笑って橋の下に声をかける。仲間達を呼ぶ彼の手の中にはあの鉄笛が揺れていた。

●闇を照らす小さな光
 数日前と変わらぬ様子だというルイスの側に、勇人はそっと近寄った。
「ほら、見つけてやったぜ。良く頑張ったな。今度は手放すなよ?」
 鉄の笛を小さな手に握らせて、自分の手も重ねる。
「‥‥あっ!」
 微かに頬に赤みが戻っていく。エリンは響の手の中で声を上げる。そして、睫が揺れ‥‥彼は数日振りにその重いまぶたを開いた。美しい瞳が何かを探すように揺れ、何かを見つけた。
「あ、貴方は‥‥」
「おにいちゃん!」
 駆け寄って毛布と身体に縋りつく妹を見つめてルイスは身体を起こそうとした。
「‥‥うっ」
 小さく呻くルイスを、冬十郎はそっと手で押さえ、またベッドに戻した。
「無理するな。何日も意識が無かったんだからな」
「ごめんなさい。せっかく貰った大切なものだったのに、守れなかった」
「だった? じゃあ、これはなんだ?」
 意地悪く笑いながら勇人はルイスはその手をそっと胸元へと置く。自分の手を重ねたまま。
「あ!」
 自分が奪われ、なくしてしまった二つの宝。それが間違いなく手のひらの中にある。
「もうこんな無茶はするな。笛が無くとも俺達との縁まで消える訳じゃねぇぜ」
「楽しい時間を共に過ごした、それだけで十分なんだ。ああ、俺の友人のエルフから伝言だ‥‥また皆で一緒に歌いましょう、とさ」
 うんうん、と響は頷く。冒険者の笑顔。それはルイスにとって以前と少しも変わらぬ光。
「うん‥‥、ありがとう‥‥ございます」
「そうだ、俺の名前を言ってなかった。俺は‥‥」
 大きな手を小さな手に重ねたまま、勇人はニッコリと笑いかけた。

「そう‥‥簡単にはいきませんか。自分の無力を感じますね」
 シドはため息をつきながら胸元を強く握り締めた。芸が無いとは思うが、彼らに働き先を、と考えいくつか当たってみた。
 爵位を持つ自分達なら、と思ったがことはそう簡単ではないと思い知る。まして前回と違い少年達は、わだかまりを捨てきってはいないのだから。子供の駄賃程度であっても、望まない者に仕事を与える事は難しいのだから。
 笛を返した子供達をシドやイコンは追った。だが彼らはまた逃げ出す。
「自分で『運命の車輪を回す』者に神様は微笑む。僕はそう信じています」
 イコンの言葉や、
「変われるのはルイスたちだけじゃないと自分で証明してみせろ。俺も約束する。お前らがもっと普通に生きられる場を作ってみせるってな」
 勇人からの伝言が彼らに届いたかどうかは解らない。

 街の裏、夜の世界は広く巣食う闇は根深い。冒険者達の掲げる光は小さく、全てを照らしきることはできない。このようなことはまた起きる可能性がある。
 だが‥‥
「まあ無駄では無かったろう‥‥」
 退路を塞ぎ、また逃がしたランディはそうシド達に向けて呟いた。逃げた少年達の顔を見たからかもしれない。ほんの少しだけ何かを感じさせる‥‥

 子供達の感謝と不確かな予感を報酬に、冒険者達は一つの小さな依頼を終えた。