●リプレイ本文
●はじめまして
「仕立て屋ロゼカラーはこちらでよろしいか?」
ウィルの片隅。ひっそり佇む一軒の店を、リューズ・ザジ(eb4197)は覗き込んだ。
「依頼を受けた者なのだが‥‥」
「よろしくお願い、します」
後ずさりしながら頭を下げる、という器用な事をしたのが、店主オルガだった。
「ちなみに、私は女性だ」
きっちり編んだ髪を小刻みに震わせるオルガに、ハタと気づいたリューズは自己申告した。自分で言うのも何だが、充分男性に見える‥‥男装しているし。
だが、オルガは気づいていたようで、ただ恥ずかしそうに頷いた。
「えへへ、よろしくね!」
その顔を覗き込むように、元気の良い挨拶を送ったのは、篠原美加(eb4179)。
「うん、じゃ握手‥‥っとと、ゴメン」
手を差し出した美加は、慌てて手を引っ込めた。
「考えてみたら僕、ちょっと場違いかなって」
ツナギ姿に眼鏡‥‥技術者である自分を誇りに思っている、この格好が一番自分らしいと思っている。けれど、キレイな布に彩られるココでは場違いな気がして。
「そんな事ないです、よ」
オルガは美加の手をそっと、取った。ドキドキしてるのが丸分かりでも、懸命に。
「優しいんだね、ありがとう。だけど、握手はこう‥‥だよ。はじめましての挨拶なんだ」
それが嬉しくて、美加は照れ隠しに正しい握手を教えた。
「私は倉城響と言います、宜しくお願いします」
ほのぼのとしたやり取りに優しく目を細めると、倉城響(ea1466)は笑顔で会釈した。
「御紅蘭だよ、よろしくね」
「色々迷惑かけちゃうと思うんだけど‥‥」
「ううん。楽しい休日になりそうだよ」
御紅蘭(eb4294)は、心配そうな弟ウェインを安心させるように笑んだ。
「名前は段々覚えてくれれば良いですよ」
「あれこれと焦ったらダメでやんす」
富島香織(eb4410)や利賀桐真琴(ea3625)も簡単に自己紹介を終え、雰囲気は次第に和やかなものになっていく。
「これから数日、よろしくお願いしますのぅ」
「一緒に楽しい休日を過ごしましょうね」
マルト・ミシェ(ea7511)と山本綾香(eb4191)も、オルガに負担をかけないよう挨拶を簡単に留め。
「それと、リデアさん。ちょっと良いかの?」
依頼者であり既知の間柄であるリデアに、頼み事をした。
「それならありますよ。元々、この店にプレゼントする筈でしたし」
「それは良かったです」
リデアの返事に綾香達は嬉しそうに頷き合い。
「運ぶのに男手がいるなら、手伝うぜ」
コソコソしつつ手伝いに来てくれたカイに、響が依頼する事で話は決まった。
「しふしふ〜!」
密かな打ち合わせの背後では、元気に挨拶した飛天龍(eb0010)を目にし、オルガが一瞬の沈黙の後、後ろに倒れこんでいた。
「ええっ?! シフールもダメ?!」
「天龍さんはシフールだよ、恐くないよ」
いつもの事なのか、動じる風もなく姉を支えるウェインに同意するべく。
「恐くない。ほら、恐くない」
天龍も人畜無害さをアピールした。
「ビックリしただけです、ごめんなさい」
その努力が通じたのか、今度は倒れる事無く、オルガは小さく告げた‥‥視線は逸らされていたが。
「ウェイン君の立場、ヒトゴトとは思えない‥‥」
そんな様子に、ガレット・ヴィルルノワ(ea5804)はホロリと、目頭を押さえた。脳裏に浮ぶのは、義理の姉の顔。
「お姉も落ち込んでは仕事止めてたからね。思い込む性質の兄姉を持つと下は苦労するのだ、うむ」
「そっか、どこも一緒なんだ」
嬉しそうな‥‥と評するには弱々しい表情で、弟と妹は頷き合った。
「私も実は、結構人見知りするんです〜」
仲間仲間〜、落ち込むオルガに、ハルヒ・トコシエ(ea1803)は囁いた。
「私は、初めての人と話す時とか、意図的に気持ちを落ち着けて、のんび〜りした気持ちになる事でなんとか乗り切ってるんですよ〜」
気持ちを少しでも軽くする為、アドバイスを送る。
「もう、間延び口調が癖になっちゃってますけどね〜」
悪戯っぽく舌を覗かせたハルヒに、オルガはふっと頬を緩めた。
「初めまして、オルガ」
そうして、最後に挨拶に立ったのは、ドロシー・ミルトン(eb4310)だった。小柄な少女は優雅な所作で一礼すると、パッと笑った。
「人が多い街で知り合いも居ないのって、人が居ない場所に行くよりも、寂しい気がしない?」
可愛らしく小首を傾げたドロシーは、オルガの手を取った。瞳によぎった影、寂しさを少しでも埋めたいと。
「あたしもこの世界に来たばかりなの。だから、オルガと友達になれたら、すごく嬉しい」
「‥‥うん」
それが分かったのか、オルガは頷いた。真っ赤になった顔で、小さく‥‥それでも、確かに頷いた。
寂しいのは、不器用なのは自分だけじゃない‥‥それはちょっぴり心を軽くしてくれた。
●王都観光案内
「冒険者で連れ立って歩ける場所も限られているが‥‥」
案内役リューズの言う通り、オルガの性格を考えれば、闘技場等は除外される。
それでも、いざ出発してみれば港や町並み、見るべきものは沢山あるわけで。
「リューズの姐御、後ろ」
「分かっている。だが、放っておいてやれ」
ふと、後ろからついて来る、分厚い黒マントフード付きに気づいた真琴に、リューズは緩く首を振った。正体は‥‥簡単に推測できる。
「気持ちは分かるしね‥‥思いっきり怪しいけど」
幸いオルガは気づいてないし、ガレットはクスクスしながら、ヘタな尾行者に密かにエールを送った。
「しかし、どこの世界でもいるのね。ほいほいと乗り換える男って‥‥」
一方。蘭は、男性とぶつかりそうになる度ビクビクと怯えるオルガを見やり、大きく息を吐いていた。
「傷ついているオルガさんをなんとかしてあげたいよね」
蘭はオルガを周囲から庇うように、歩を進めた。
「それにしても、大きいよねぇ」
たどり着いた王城を見上げ、美加は知らず口をポカンと開けてしまう。普段は王都から離れた砦にいる美加、ウィルの町並みは物珍しく興味深い。
「美加さんは恐くないですか?」
「ていうか、面白い。お城はどうやって作ったんだろ、とか考えると」
眼鏡の奥、黒い瞳をキラキラと輝かせる美加に、オルガは目を瞬かせた。
「基本的に好きなんだろうね。作ったり、その原理を知ったりするのが」
斬新です、呟きオルガは行き交う人々を改めて目に映した。
「次はどこに連れてってくれるんですか〜?」
「うむ。何でも最新スポット、らしい。特別な人を案内するなら外せない場所、だそうだ」
リューズの言葉に、何となく顔を見合わせてしまうハルヒと響。果たして、その予感は当たった。
「『恋人達の庭園』って書いてありますね」
入り口の看板を見上げた響が、らしくなく困ったように皆を振り返った。
一瞬の沈黙。確かに周囲にはイチャイチャラブラブなカップルばかり。
「‥‥行こうか」
そして、天龍の促しを契機に、全員でそそくさと場を離れた。
「でも、意外と冷静よね」
「男性に振られた事が原因ならば、相手の男性や彼を奪った女性‥‥つまり外に怒りが向かう筈です」
リューズに促されるオルガの背中を見つめ、ドロシーと香織は囁き合った。
「オルガは完全に内側に、自分を傷つける方に向かってるのよね」
「婚約者に裏切られたのは確かにきっかけでしょう。でも、根本的な問題は‥‥根は深そうね」
勿論、香織はここで手を引くつもりは無いけれど。
「それでも、オルガは針を捨てられない‥‥音と離れられないあたしと同じで」
それはドロシーも同じ。
「力になりたい、友達になりたいよ」
視線の先では、リューズに頭を下げられたオルガが困った顔をしていた。出会ってわずかだから仕方ないが、やはり壁を作られてる気がする。友達になりたい、本当のオルガに触れたい‥‥ドロシーは心の底からそう、思った。
「すまなかった」
一方。観光名所を尋ねた仲間達は人の悪い笑みを浮かべていた‥‥リューズは思い至っていた。
「気にしないで下さい。あの公園、楽しそうなのは確かでしたし」
フォローに、「これでは反対だな」と内心苦笑し。
「事情は聞いたが、元気を出して欲しいと思う。私のような者が何を言えた話ではないが」
リューズは表情を改め切り出した。
「オルガ殿の作るドレスを、ドレスを作るオルガ殿を、好ましく思っている人は周囲に沢山いるのではないだろうか」
チラリと視線を後方に向ける。多分今も、黒マントは追尾してきている筈だ。
あの子の為にも、何とか元気になって欲しい‥‥リューズはオルガの手を取った。
「少しずつ、ドレス作りを楽しいと思っていた自分を取り戻していってみてはどうだろう?」
流れる真紅の髪。青い瞳には真摯な、訴える光が煌いて。その眩しさを直視できないように、オルガは目を伏せた。目を伏せた自分を、申し訳なく思いながら。
「焦らなくて良いんだ‥‥その為に、私達は居るのだから」
そして、リューズは優しく告げると、少しだけ恥ずかしそうに続けた。
「再びドレスが作れるようになったら‥‥その、私の依頼も受けてくれるとありがたいな」
オルガは僅かに顎を引いた。もう一度ドレスが作れるようになるのだろうか?、不安を押し殺すように。
「静かな泉か湖がある所、何か心当たりは無い?」
「湖ではありませぬが、小川沿いに良き場所を見つけました」
明日はゆっくりと‥‥ガレットの問いに答えたのは、ウィル郊外を散策してきた麗娟だった。
「確かに。あの辺なら安心だろうな」
「あの場所じゃな。自然も多いし、良いのでは無いかの?」
ウィルを流れる川の支流周辺を思い浮かべたリューズ、春先に実際そこを訪れたマルトもそれぞれ同意し‥‥行き先は決定した。
「お弁当を持ってのピクニック、楽しみですね」
自らもわくわくしながら、綾香が笑った。
●サンドイッチ持って
「ピクニックと言えばやはり、サンドイッチですね。手軽に食べられますし」
当日朝。響はドロシーと真琴、ガレットと共にサンドイッチ作りに励んだ。
「卵、ハム、野菜‥‥このままの食材をパンで挟むのも良いですけど、少し調理してから挟むのもいいかもしれませんね」
楽しそうに食材を切り分けながら、響はオルガに微笑んだ。
「ご一緒にどうですか?」
「私、苦手で‥‥」
恥ずかしげに告げる視線の先には、弟。
「それって分かる! あたしも食べるの専門だもの‥‥料理は壊滅的なのよ」
蘭のぼやきは、慰め半分実感半分だ。
「天界じゃ、コンビニって便利な場所が会ったしね‥‥思い出したら、急にオニギリとかお稲りさんとかが食べたくなってきちゃったな」
しんみりと遠くを見つめた蘭は、オルガの心配そうな瞳に気づいた。だから、苦笑交じりに肩をすくめてみせる‥‥大丈夫だよ、と。
「でも、サンドイッチって、こっちの世界にもあるのね。面白いし、なんだか、嬉しい」
そんな蘭を力づけるように、サンドイッチ作りを手伝っているドロシーが、微笑んだ。
「世界は違っても、同じものがある‥‥どこかで繋がってるのかな、って」
類似点を発見する度、嬉しくなるし、安心する‥‥茶色の瞳に優しい光を宿すドロシーに、蘭は今度こそ強がりでない笑みを浮かべたのだった。
「この間友人と作った、鶏の塩包み焼きは美味かったな」
そんな会話の横。日課を終えた天龍もまた、ウェインをサポートに、料理を作っていた。
「鶏の内臓を抜き香草を詰める」
「香草はこのくらいかな?」
「もう少し。大量の塩に卵を混ぜた物で、鶏を包む」
「うん」
「後は、火が通るまで、しっかり焼き上げる」
そして、天龍は出来上がった料理に満足すると、保温性を高めるべく処置を施した。
「仕上げでやす、これに着替えて下せぇ」
準備万端整って、後は出発するだけ‥‥となった時点で真琴が取り出したのは、若草色のドレスだった。
「‥‥似合いませんから」
顔を真っ赤にし、オロオロ辞退するオルガ。
「そっすか‥‥それほどイヤなら仕方ないでやす」
真琴は肩を落とし、俯いて見せた。
「これはオルガのお嬢のドレスでやす。一度も袖を通してもらえねぇたぁ、可哀相でやすが‥‥仕方ないでやすな」
気にしないでくだせぇ、と言う真琴に、オルガは詰まった。着て貰えないドレスの悲しさは誰よりも知っている。
「似合わなくて良いなら‥‥」
「よっしゃ! 気が変わらんうちに、どうぞ」
真琴はガッツポーズすると、着付けを手伝った。ただ、着替えの済んだオルガの頬はやはり真っ赤で、視線を足元に落としていたのだけれど。
「秋葉丸も水夏丸も行くでやす。良けりゃ、撫でたり一緒に遊んでやったりしてくだせぇ」
真琴はそ知らぬ顔で、ペットの柴犬とペンギンを指し示した。
「良いピクニック日和になりそうじゃな」
飲み物の用意を終えたマルトは、輝く空を見上げ、嬉しそうに目を細めた。
「今回はみんなでピクニック〜。お弁当持ってピクニック〜」
たどり着いた小川のほとり。輝く空の下、鮮やかな緑の絨毯が広がっていた。ハルヒが大きく深呼吸すると、草の香りが胸に広がった。
「っとと、あんまり楽しそうなんで、ついお仕事だって事忘れちゃいそうでした〜」
大きく伸びをしたハルヒは、照れ笑いを浮かべ。
「でも、一緒に心から楽しむ方が、より打ち解けられますよね〜」
隣に立つオルガにこっそり、囁いた。
「陽の精霊の光浴びて、風に揺れる草木を愛でれば、きっといい気分転換になるよね」
柔らかく笑むオルガ、蘭は美加に笑んだ。
「うん。昨日よりずっと良い顔してる‥‥オルガさんの故郷もこんな感じなのかな?」
「故郷、か‥‥」
思わず視線を空に向ける蘭。遠く遠く‥‥あの空の彼方にあるのだろうか?、元居た世界が。
美加は何も言わず、蘭の肩をポンと叩いた。
「大丈夫。ただちょっとね、こんな牧歌的すぎる景色の中に居ると、色々考えちゃってね」
この電気設備の無い世界では自分の腕は活用できないのでは‥‥思う所ある蘭の耳に、
「先に昼食にしてしまいましょう」
と呼ぶ響の声が聞こえた。
「美味しい! それにしても一体、どうやればこんな料理が出来るのかしら‥‥?」
「お褒めに預かり、光栄です」
香織が用意したレジャーシートの上。白身魚のフライやハンバーグを挟んだサンドイッチとミントティー、響達のサンドイッチやハーブティーが所狭しと並んでいた。
それらに舌鼓を打ち、蘭は呟いた。
「あたしもオルガさんや皆を見習って、こっちの世界でも通じるように何か別の技術を習得しようかな?」
「何か手伝える事がありやしたら、力は貸しやすよ」
励ましと共に、卵焼きを差し出す真琴。
「実はこの卵焼き、微妙に味が違うでやす。名づけてロシアン卵焼き(ウソ)でさぁ」
塩加減を変えた卵焼きは確かに、微妙で色々な味が楽しめた。
「コレ、ドレスタット酒場のメニューだったんだ」
ガレットが作ったのは、義姉直伝のサンドイッチ。鱈と鯖のリエットと野菜を薄く切ったパンに挟んだそれは、とても懐かしい味。
「美味しいです。故郷の‥‥母のにちょっと、似てます」
そう言うオルガの表情が微かに曇った気がして、ガレットは頬張っていたサンドイッチを呑み込み、問うた。
「ねぇ、オルガさんが仕立て屋を志した最初の切っ掛けって何?」
「家が仕立て屋だったんです。小さい頃から父の仕事を見ていて、それで」
「そっか」
頷いたガレットはもう一つの、本命とも言える問いを投げかけた。
「オルガさん、自分の為にドレスを作ったコトある?」
「え‥‥? 無い、ですけど」
動揺しながらの答えに、「やっぱり」と納得する。
「あたしから見ると、自分を欠点だらけと決めつけて、長所もある事に気づこうとしてない気がするんだよね」
だから、突っ込みはズバリ、核心に触れる。
「正直、お客様を飾る事で自分を保ってなかった? そしてその原動力は恋愛感情だった‥‥」
青ざめた顔で押し黙るオルガ‥‥握り締められた手が小刻みに震えていた。
「友人の手伝いをした時の料理を作ってみた。どこまで再現出来ているかはわからないが、食べてみてくれ」
と、天龍が自作の料理を示した。勿論、オルガの気持ちを落ち着ける為。
保温性を高めてきた鶏の塩包み焼きは、まだ温かかった。
「ありがとうございます。‥‥ん、美味しいです」
木槌を使い切り分けられた料理を口に運んだオルガは気を取り直したように、淡い笑みを浮かべた。
「でも、友人が作った物の方が美味かったな」
照れながら、自らの作品を冷静に、そう評価する天龍。
「そんな事ないです。少なくとも私にはとても美味しくて‥‥天龍さんのこの料理も、響さん達のサンドイッチも飲み物も皆‥‥」
懸命に反論するオルガ。美味しさと気遣いへの感謝をどうしたら伝えられるのだろう?
「‥‥そうか」
天龍は良かった、と呟いてから頼んだ。
「食休みがてら、ちょっと見てくれないか?」
●緑の野原で
「裁縫は道着の繕いでする様になったんだが我流でな、コツとか有れば教えてくれないか」
天龍が始めたのは、刺繍だった。とはいえ本職ではないから、真琴のように上手くはいかない。
「そうですね。こう持って、力を入れすぎないで‥‥」
そんな天龍の手元に目を凝らしつつの、指導。こういう技術的な事は大丈夫なのだな、確認しつつ天龍は何気なさを装って口を開いた。
「これは仲間達との絆みたいな物でな、こうやって手を掛ける事で皆が喜んでくれると嬉しいから、自分の分で試しているんだ」
「そう‥‥ですか」
皆が喜んでくれるから。オルガの手と声が止まった。そのまま暫く考え込むオルガを横目に、天龍は無言で手を動かした。
「はい、オルガさん。これ、花冠‥‥」
我に返らせたのは、蘭が作った花冠だった。
「似合わないですよ」
「そんな事、ないよ。その若草色のドレスも花冠も、似合ってるわ‥‥オルガさん自身が思ってるよりもね」
「髪型とか服で、女の子ってガラリと印象が変わりますからね〜」
見ててください、ハルヒは真琴の後ろに立った。オルガの仕事への情熱を確認するべく、真琴の髪を整髪する事を考えていたのだ。
「ボサボサ頭で恐縮でやすが、お願ぇしやす」
「望むところです〜」
額のバンダナを外した真琴、ハルヒはその方が違いも良く分かるし、と手馴れた手つきで、クセのある髪を整えていく。
「どうですか?」
「ステキですね、こちらも良く似合いますよ」
「照れるでやすね」
ニコニコと、お世辞でなく言うオルガに、真琴も満更でも無い顔。
「この髪型だと、どんなドレスが似合うのでしょうね〜」
「軽くて動きやすいドレスでやすか」
「スタイルが良いですから、身体にフィットするのも似合うと思います」
何気なさを装ったハルヒの言葉に、真琴と‥‥そして、オルガがそれぞれ意見を出し合う。
「良かった。やっぱりオルガはドレスが、服が大好きなんだね」
ふと、口元をほころばせたドロシーにオルガが小首を傾げた。
「オルガ、ドレスを作ることが出来なくなって悩んでるみたいだけど。今は、出来なくてもいいと思うの」
その金髪の、お人形みたいな女の子は不意に、そんな事を言った。
「‥‥あたしね、小さい頃から、楽器を習ってるんだけど、なかなか、上達しなくて。時々、投げ出したくなるのよね」
幼い自分を思いだす、大人びた表情をして。
「それでも、指が鈍っちゃうから、練習だけは毎日やるの。だけど、そういう時は、音も投げやりなんだ。先生が言ってたけど、曲って、一音一音、意味や思いが込められてるんだって。お裁縫も、一針一針、思いを込めるものでしょ?」
さっきの天龍みたいに、誰かの為に。
「今のオルガが無理にドレスを縫っても、そこに意味を込められないよね。それってドレスや、着る人が可哀想。だよね?」
言葉を失うオルガに、ドロシーは「違うの」と緩く首を振った。
「あたしは、お裁縫を続けてるオルガを偉いと思ったよ」
素直な笑顔、真っ直ぐな瞳。そこに映る‥‥自分の姿。
「ドレスだけじゃなくて、お裁縫自体が出来なくなったかも知れないもの。投げ出してない、逃げ出してない自分のことを、褒めてあげてね」
「‥‥違い、ます。私、私は‥‥ずっと、ずっと逃げて‥‥」
絶えられないように、オルガは両手で顔を覆った。
「お腹、減ってないですか?」
一方その頃。皆の荷物番をしていた響は黒マントにサンドイッチを差し出していた。
「‥‥えと、もしかして」
「バレバレだ。バレない方がどうかしている」
リューズは情けない顔になったウェインに、生真面目に頷いた。騎士の情けで、それ以上の突っ込みは控えるが。
「気持ちは分かるが、少し過保護じゃのぅ」
「そうですね。‥‥放っておけない理由が何か、あるのですか?」
マルトと綾香に問われた少年は暫し沈黙し、溜め息をついた。
「姉さんがあぁなの、もしかして僕にも責任があるのかなって」
口にしたハーブティー、
「僕と姉さん、あまり似てないでしょ? 僕は母親似でさ」
促されるようにウェインはポツポツと語る。
「母さん、美人なんだよ。村中顔見知りな小さいトコだったからさ、それで姉さんは結構‥‥辛い思いした、らしい。僕は男だしあまり分からないんだけど」
母と弟を見、周囲が期待する「娘」。けれど、その娘を目にした周囲が浮かべる、落胆。悪気がないが故に、誰も気づかない‥‥それが幼い少女の心をどれだけ傷つけたのか。
「でも、それはウェイン君のせいじゃないよ」
ガレットの小さな手が、ウェインの背中を叩いた。見ていて分かる、お姉さんが大好きな背中‥‥自分と同じように。
「そうじゃな。そして、オルガさんもそろそろ解放されるべきじゃよ」
そうして。マルトは一枚の羊皮紙を手に、つま先を三つ編みの少女に向けた。
●顔を上げて
「落ち着きましたか?」
ハンカチで涙を拭い、香織はオルガに静かに問うた。
「オルガさんは今も、婚約者だった人が好きなのですか?」
小さく首を振る、オルガ。
「もしかしたら私は‥‥最初から、彼が好きではなかったのかもしれません」
ただ、彼は自分を「好き」だと言ってくれた。母の影、誰にも省みられなかった自分を見つけてくれた‥‥それが嬉しかった。
「小さな野の花は、どんなに願っても大輪の花にはなれないのに‥‥」
「でも、可愛いと思いませんか?」
足元の小さな花を指し示し、香織は柔らかく笑んだ。
「小さくても一生懸命咲いている‥‥この花に心を癒される人も沢山いるでしょう」
そっと触れる花びら。こんな小さな花でも、人々を笑顔にする力がある。
「私は堂々と咲く花も、ひそやかに咲く花もどちらもキレイだと思います。みんな違っていて、でも、みんなステキです」
「ドレスもそうですよね〜」
「赤・白・青・緑‥‥色々な色や形があって、それぞれ好みがあって」
「どれが良いとかじゃなくて、それぞれ個性って事よね」
黙って見守っていたハルヒや美加、蘭がここで、口を開いた。
「曲も同じよ」
そして、ドロシーが横笛に唇を当てる。ワンフレーズが風に乗る。
「これはあたしの故郷の曲。だけど、悪くないでしょ?」
再び奏でる曲。ドロシーの笛の音に合わせ、蘭が口笛を吹く。響く音が優しく、オルガを包み込む。
「私‥‥」
思い出す、あの時のガレットの問いへの、答え。自分が仕立て屋を志した、きっかけ。
いつしか、夢を託した女の子達を美しく飾る事に喜びを見出していたけれど。
一番最初の、気持ち。服を作った人の喜ぶ顔を見たいという、純粋な思い。
「言えなかったものすべて、一度全部吐き出してみたらどうかの?」
と、年輪の刻まれた手が、羊皮紙を差し出した。
「ここにの、愚痴や不満や文句を全部書いて、最後に跡形もなく燃やしてしまうことで『悪い物は全部消えてしまった』というまじないをかけるんじゃよ」
マルトやドロシー達と過ごした、この短い間でオルガは悟っていた。
本当にイヤだったのは、自分から去ったあの人じゃない、このウィルでもないのだと。
本当にイヤだったのは、全ての諸悪の根源は、一番嫌いなのは。
「‥‥臆病な、自分」
マルトはそれを羊皮紙に記す。ただその一言だけを。
「‥‥良いのか?」
頷きに応え、羊皮紙にライターの火が灯る。それはゆっくりと燃え尽き、最後の欠片もまた、横笛の音にさらわれるように‥‥跡形も無く消えた。
オルガはそれをじっと、ずっと静かに見届けていた。
●新しい自分
「過去を吹っ切るにはやっぱり髪型のチェンジです〜! いつも三つ編みじゃあ、綺麗な髪がもったいないですよ〜」
最終日、ハルヒは意を決して切り出した。
たくさん迷って悩んで、それでも、オルガは前に踏み出そうとしている‥‥そう感じるから。最後の後押しをしてあげたいから。
(「できれば、ばっさりカットして、身も心も生まれ変わって欲しいんですけど〜」)
願いながら、待つ。オルガの出す答えを。
「‥‥じゃあ、お願いします」
俯いていたオルガは顔を上げた。
ジャキジャキジャキ、ハサミがリズミカルな音を立てる度、少しずつ心が軽くなっていくようだった。
ふわり、肩口で揃えた髪が揺れる。同じく、今まで顔を隠していた前髪がスッキリと揃えられて。
「何か変、ですか?」
凝視され、不安顔が今にも泣き出しそうに歪む。寸前、ハルヒがニコッと笑んだ。
「やっぱり、今の方がいい顔してますよ〜」
「ええ、すごくステキです」
口々に言われ、オルガはようやくホッと、安堵を浮かべ。
「後はコレに着替えるでやす。そうしたらもう、新しいお嬢でさぁ」
仕上げに、真琴が手渡すのは、着物。表地は牡丹の花、裏地は桜‥‥外側は地味で内側は派手な刺繍を入れた生地。
「裏地の綺麗さにこだわったりすんのが、奥ゆかしいって事でジャパンじゃ粋なんでさぁ」
「キレイですね。変わってて面白いです」
指でなぞり、新しい素材を観察するオルガ。その瞳にはもう迷いは無い‥‥少なくとも、既にそれは仕立て屋の瞳だと、真琴は感じた。
「ジャパンじゃ縁起が悪いってんで、タブーになってやすが、応用して裏返しにしても着れるドレスも面白いと思わねぇですか?」
無意識に首肯し、そのまま思考を巡らるオルガに、真琴がストップをかけた。
「そろそろ着て貰って良いでやすか?」
「あっ、すみません」
そして、真琴の手を借り着替えを済ませてきたオルガは、恥ずかしそうな笑みはそのまま、別の少女‥‥女性のようだった。
その前にマルトと綾香が指し示す、大きな姿見。鏡は苦手だった。自分そのものを映す鏡。そこに映るみすぼらしい自分は、惨めで。
でも。
「一回でもいい‥‥自分を映して、欠点だけでなく長所を見つけてみて」
ガレットが静かに諭す。それは多分、ガレット達が考えるよりずっと勇気がいる。ありのままの自分と向き合う事は。
勇気が、必要だった。オルガはチラと後ろを見る。ドロシーが蘭がハルヒが、皆が固唾を呑んで見守ってくれている。その眼差し達が勇気をくれる。一歩踏み出す為の、勇気。
心臓が、早鐘を打つ。ぎゅっと瞑った目を開ける瞬間はやはり、恐かった。
(「でも、大丈夫きっと‥‥例え鏡に映る自分が前と同じでも。私は私、だから‥‥」)
縛っていたのは自分。誰も‥‥ここに居る誰も比べたりしないから。
意を決して目を開く。そこに‥‥初めて出会う少女が居た。
「オルガさんはキレイだよ。オルガさんだけにしかない、魅力がある。鏡の中の女の子が一番似合うドレス、作ってみたら? 期限は無期限でいいからね」
優しい声で、ガレットは告げた。
零れた涙。固く閉じていた蕾がそっと開くように‥‥オルガは柔らかく微笑んだ。今までで一番、嬉しそうに幸せそうに。
「今度さ、僕に似合うようなドレス、作って欲しいな」
そんなオルガに美加は、照れた顔で頼んだ。
「僕こそ可愛くもないし胸ばかり大きいから難しいかもしれないけど‥‥」
「そんな事、絶対無い」
「セクシーなドレスもエレガントなドレスも、似合うと思います」
「そうかな?、じゃあ期待してるね」」
断言する姉弟に、美加は笑った。元気になったオルガを、嬉しく思いながら。
「私にも今度、爺婆向けの『渋かっこいい』服をお願いできんかのぅ」
マルトもまた、微笑みつつ依頼した。
「年寄りの服は、親しみやすい威厳と渋かっこよさを併せ持っていないといけないのじゃ。これは腕の良い仕立て屋さんでないと難しいからのぅ」
「やりがいがあのます。着物をアレンジしたドレスも作ってみたいですし」
視線を受けた真琴が、ピッと親指を立てた。
「私の依頼も忘れないで欲しい」
「はい!」
そして、リューズに答えて、オルガが笑った。皆に負けないくらい、キラキラ輝く笑顔で。
楽しい‥‥とても楽しい休日は終わり、明日からはまた忙しい日々が始まる。
けれど、新しい日々はきっと、今までよりもずっとずっと楽しい毎日になるだろう。
肩口で、髪がふんわり軽やかに揺れた。