●リプレイ本文
●結婚式をプロデュース
「パピヨン殿、お久しぶりです。及ばずながら、私にも結婚式を何かお手伝いさせて頂きたい」
シャリーア・フォルテライズ(eb4248)は先ず、依頼主であるマダム・パピヨンに挨拶した。
「またお世話になります、どうぞよろしくお力添え下さいませね」
マダム・パピヨンは相変わらず艶やかな笑みで迎えてくれたけれど。その表情は常よりも更に、嬉しそうに華やいでいるような気がした。
「だって結婚式ですわ、胸がわくわくしますもの」
シャリーアの視線に気づいたマダム・パピヨンは言って、その指をツと、式を挙げるカップルへと向けた。
「えへへー‥‥結婚、結婚です、アシュレーさんとついに結婚ですっ」
その指の先。アシュレー・ウォルサム(ea0244)と結婚式を挙げる予定のルーシェ・アトレリア(ea0749)は、浮かれていた。何とか冷静になろうと努力はしているのだが、今の所その努力は徒労に終わっていた。
「ああっ、また‥‥パピヨンさんにお礼を言わないと、ですのに。あの、今回のような機会を設けて下さりありがとうございます」
マダム・パピヨンに気づき慌てて挨拶しつつ、ルーシェはどうしても、にやける顔を抑える事が出来なかった。
「ルーシェさんとアシュレーさんが幸せな結婚式が出来るように、頑張らないと」
そんなルーシェを見、ぐっと決意したのはレフェツィア・セヴェナ(ea0356)だった。レフェツィアは式当日、二人の神父役を受け持っている。
「レフェツィアさん、よろしくご指導下さい」
レフェツィアに頭を下げたのは、クロス・レイナー(eb3469)だ。クロスもまた、神父役をかって出ていた。
「虎徹殿、真治殿、アシュレー殿、ルーシェ殿、ご結婚、本当におめでとうございます」
そんなクロスが受け持つもう一組に、シャリーアは丁寧に頭を下げた。
「じ、実は‥‥赤ちゃんもいるんだ」
だが、結婚式を挙げるもう一組。桜桃真治(eb4072)と吾妻虎徹(eb4086)の爆弾発言に、瞬間場がどよめいた。
「何、問題はない。子を宿した者が嫁ぐのは、そう珍しい事でも無いしの」
と、エトピリカ・ゼッペロン(eb4454)がカラリと笑った。
「エトピリカ・ゼッペロン、鎧騎士の端くれじゃ。ピリカで良いぞ」
エトピリカはそして、名乗ると、真治にニコリと、安心させるように笑って見せた。
「じゃからの、堂々としておるが良い。天界風の結婚式か!! 興味深いのぅ」
「はい。結婚式は人生における晴れ舞台です。変な失敗で台無しにさせてはいけませんし、念入りに準備しましょう」
「私も頑張ります」
エトピリカに、富島香織(eb4410)とニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)がそれぞれ、ニッコリと頷いた。
「式の際の音楽は荘厳な曲をお願いします」
「お花とリボンで派手にならないように、可愛い感じがいいよね」
全体的な進行・統括を担当する香織の横では、レフェツィアが飾りつけをしている。
「重くない?」
「精霊の爪研ぎ跡を登ったのに比べればたいした事はない。どんどん使ってくれ」
飾りつけの手伝いに来てくれているソウガに、高い所の飾りつけを手伝ってもらい‥‥というか足場になってもらい、手を伸ばす。
「うん、可愛い」
ほっとついた息が、微かに上がっていた。それも当然、合間には神父の準備‥‥練習もこなしているのだから。
「後、バージンロードを敷かないと、ですね」
同じく、クロスもレフェツィアの指導の元、当日の練習に余念が無い。
「ですが、お二人ともムリは禁物ですよ。神父さんが倒れてしまったら、式どころではありませんもの」
そんな二人に、香織は結構本気で心配し、忠告した。
「神父役はお二人にしか出来ないのですから、飾りつけは私達に任せて下さっても良いのですよ?」
香織に、エトピリカとシャリーアも頷くが、レフェツィアはしっかりと首を振った。
「うん。でもね、一生の思い出になる結婚式で失敗しちゃったら、取り返しがつかないもん。それにね、出来る限りの事、したいなって」
だから、頑張る。疲れを吹き飛ばすように無邪気に笑うレフェツィアに香織達もそれ以上何もいえず。
「分かりました。私達も全力でフォローしますから‥‥ステキなお式にしましょう」
ただ、それだけを心に決めた。
「真治殿・ルーシェ殿はともかく、他の参加者の衣装についてと、クロス殿の言うバージンロードの手配は頼んでも良いだろうか」
「勿論。尽力は惜しみませんわ」
そんな中、衣装等をセッティングするシャリーアの願いに、マダム・パピヨンは快く了承し、ふと小首を傾げた。
「ですが、少し地味ではありません事? 確かに可愛らしいですが、二人の前途を祝する為にも、もっと華やかにしても良いのではありませんか?」
「あまり派手にしては反感も買うじゃろう」
飾りつけに不満‥‥というか疑問をもらすマダム・パピヨンに、エトピリカは緩く首を振った。
「‥‥特に今は難しい情勢じゃからな」
エトピリカは密かに心を砕いていた。冒険者ギルド及び、教会勢力に対する風評の低下を防ぎたいと。
「わし自身はジーザス教信者では無いがの、昨今の風潮を鑑みれば、余計な騒ぎは起こしたくないのじゃ」
「そうですね。参加希望者も少なかったようですし」
少し物憂げに応える、香織。式を挙げるカップルはアシュレー達・虎徹達の他、一般の人たちが三組。
「天界‥‥冒険者や教会が、まだ一般の方たちには馴染みがないのか、それとも、やはり最近の風評が影響しているのかは、分かりませんが」
そして、だからこそ今回の結婚式は成功させたいと二人は思う。
「差し出がましい口を挟み、申し訳ありませんでしたわ」
「いや、率直な意見はありがたい。他に気づいた点があれば、指摘して欲しい」
実際、天界とアトランティスではどのくらい違いがあるのか不安がある以上、アドバイザーは多いに越した事はない、シャリーアはそう思うから。
「それはそうと、式後に恋人達の庭園で披露宴を開けないじゃろうか」
「使わせて下さい、お願いします」
と、マダム・パピヨンにエトピリカと香織が頭を下げた。
「屋内ならカフェで、天気が良いなら広場での立食パーティ‥‥舞踏の宴を催したいのだが」
シャリーアとクロス、レフェツィアもまた口々に頼む。
「良いですわ。好きに使って下さいませ」
他人の為に一生懸命になる五人の姿‥‥マダム・パピヨンは「ふふっ」と笑みをもらしOKを出したのだった。
●今日の良き日
「今日という日を忘れないためにも‥‥」
そして、参加した人にとって、今日という日が忘れられない日になるように頑張ろう、式当日、ニルナは幾分緊張した面持ちで教会に足を踏み入れた。
今日のニルナは介添え役として、礼服一式をスッキリ着こなしている。
「さぁ、お式が始まりますよ」
だから、参加者を促す時にはもう、見る者を安心させるような、穏やかな笑顔を浮かべていた。
だが、その時。ニルナの耳に雄たけびが届いた。
「ああ‥‥とうとうこの日が来た。付き合ってから一年半。とうとうルーシェと結婚だーーー!!」
感極まったそれは、アシュレーの叫びだった。礼服とマントオブナイトレッドを着たその姿は、黙って立っていれば貴公子と見まごう程である。‥‥そう、黙っていたならば。
だが、実際にはアシュレーは感激の雄たけびを上げ、そわそわしていたりするわけだが。
「少し落ち着いたらどうだ?」
苦笑混じりなシャリーアにも気づかず、完全に舞い上がっているアシュレー。
「にしても‥‥ルーシェ・ウォルサムかぁ」
「ここでは別に夫婦になっても姓は変わらないのだが」
「ルーシェ・ウォルサム‥‥んふふふふふ」
にまにまと口元が緩みっぱなしのアシュレーに、今度こそシャリーアは苦笑を浮かべた。ただ、その瞳だけは優しく。
「‥‥アシュレー」
その時、声が掛けられた。満面の笑みで振り返ったアシュレーの顔が次の瞬間、固まった。愛する人の姿を、目にして。
ルーシェがまとうのは、聖女の残り香と呼ばれるドレスだ。何の装飾も施されていない、シンプルなデザインのドレス。
だが、シンプルが故にルーシェの内面を、清らかさを際立たせていた。
「似合いません、か?」
不安そうなか細い声に、シャリーアが慌ててアシュレーをつつく、っていうかドツく。
口をぽかん、と開けたまま固まっていたアシュレーは我に返り、慌てて言った。
「勿論、そんな事ない! っていうか、正直‥‥惚れ直した」
やれやれと溜め息をつき後ろを向くシャリーア。
「式の前だからな、そういう事は後でゆっくりやるんだな」
釘を刺しながら、ふと思う。あんなにも誰かを想う、あんなにも誰かに愛される‥‥それはどんな感覚なのだろうか?、と。
「異世界で彼女ができて、異世界で結婚式をあげるなんて想像もできなかったな」
一方。花嫁の支度を待ちながら、虎徹は知らず呟いた。
身に着けている礼服が、少し落ち着かない。
「どちらも大切なものだからな、大切にしてくれよ。太一」
ドックタグやバンダナを預けた愛犬は、虎徹の言葉に「わん!」と一声応えた。
そんな太一に虎徹はふと、思った。
「お前たちが生きていて、俺を見たらどう思うだろうか?」
答えはない。ただ、太一が澄んだ瞳で自分を見上げているだけ。だが、それで充分だった。答えがどうであれ、虎徹には、今の虎徹には伝えたい言葉は一つだけだったから。
「今俺から言えるのはひとつ‥‥俺を生かしてくれて、ありがとう‥‥」
心からの、素直な思い。
「虎徹‥‥?」
と、その背中に声が掛けられた。待ち人‥‥最愛の花嫁の声を、虎徹が間違う筈はなく。
それなのに、振り返った虎徹は言葉を失くしてしまった。そこにいた女性が、初めてみるような輝くばかりの美しさをまとっていたから。
シフォンシルクを幾重にも重ねて作ったドレスはふわふわと軽やかに、真治が動くたびに踊った。その一挙手一動に吸い寄せられて、目が離せない。
「すごく綺麗だ‥‥ああ、惚れ直した」
それでも、どうにか声を搾り出した。甘い痺れをごまかすように、自分の頬をポリポリと軽くかく。
「今度から、これも連れてってあげてくれ」
そんな虎徹をヒタと見つめ、真治は差し出した。それは、白の布地に銀の糸で刺繍を施したバンダナ。
刺繍は、日本風の龍と虎。そして、虎徹のドックタグの仲間と、お互い死に別れた恋人と真治と虎徹の名前が小さく入っている。
「二の腕にでも巻いて‥‥虎は虎徹、龍は私と赤ちゃんと未来へ向けての虎徹。皆で幸せになるお守りだよ」
「そうか‥‥」
気の利いたセリフは出てこなかった。ただそう返すだけで精一杯で。
「ありがとう、大事にする」
虎徹はただ、バンダナを大切そうに握り締めた。
「私は友が結婚という形で幸せになっていく光景を見ることを感謝したいと思います」
そうして、準備万端整った二組を迎えたニルナは、祝いの言葉を贈った。
「吾妻さんと真治さんは色々な壁にはばかれながらも、こうして幸せのロードを歩むことができ、おめでとうございます」
二人がチラと交わし合う眼差しが、そこに宿る満ち足りた光が、嬉しかった。
「そして、アシュレーさん、ルーシェさんも、元気なお子さんができると良いですね」
二人がまとう、誰にはばかる事無い甘やかさが、嬉しくて嬉しくて仕方が無い雰囲気が、嬉しかった。
「私のできることは神に祈ることぐらいですが‥‥末永く、愛の名の下に支えあって生きてください」
視界が、不意にじわりと滲んだ。思わず涙ぐむ自分を、必死で留める。今日は良き日、涙は似合わない‥‥少なくとも今はまだ。
ニルナは改めて二組の幸せなカップルを見つめ満面の笑みを浮かべると、扉を開いた。
幸せに続く、その扉を。
●幸せになろう
「落ち着いてゆっくりやれば、大丈夫だよね」
レフェツィアはドキドキする心臓を落ち着かせるよう、一つ深呼吸をした。
「一生心に残るような、そんな式にしましょう」
と、隣に立つクロスが言った。二人はこれから、順番に神父役を務めるのだ。その為、レフェツィアは自前の、クロスは借り物の法衣をまとっている。
「そうだね、うん。僕達がしっかりしなくちゃ、だよね」
だから、レフェツィアは法衣の胸元で両手を組み合わせ、落ち着いた笑顔を取り戻した。
「神様はいつでも僕達を見てくれてるんだから‥‥」
そして、迎える。開いた扉、バージンロードを歩く、新郎新婦を。
「お二人が出会ったのは、ウィルの大通りの一角でのことでした」
荘厳な曲の流れる教会。腕を組んで静かに進む男女に合わせ、香織は静かに言葉を紡ぐ。
「偶然がもたらした、出会い。ですが、お二人はその偶然をご自分達の意思で必然になさったのです」
新郎と新婦が懐かしげに、視線を交わす。それを微笑ましく見つめ、香織は神父様へとバトンタッチ。
快い緊張の中、式が進む。
(「実に荘厳な雰囲気だな‥‥素晴らしい‥‥!」)
式を静かに見守りながら、シャリーアは不思議な感慨を抱いていた。愛し愛される実感はまだ分からないけれど、その一端に触れている‥‥そんな気がして。
(「幸せに‥‥どうか幸せに‥‥」)
心の中、シャリーアは祝していた。その青い瞳が、次のカップルを‥‥腕を組む虎徹と真治を映した。
真治お手製のヴェールをかぶった愛犬ウィシュティと、やはりお手製の蝶ネクタイをつけた虎徹の愛犬太一が、二人の後をお利口さんについてくる。
「クロス、約束果たしてくれて‥‥ありがとう」
囁きに口元を少し緩めて頷くと、クロスは自分の役割を果たす為に口を開いた。
「私吾妻虎徹は、桜桃真治を生涯の妻と定め、健やかな時も病める時も彼女を愛し、彼女を助け、生涯変わず彼女を愛し続ける事を皆様方の前に誓います」
「私桜桃真治は、吾妻虎徹を生涯の夫と定め、健やかな時も病める時も彼を愛し、彼を助け、生涯変わず彼女を愛し続ける事を皆様方の前に誓います」
クロスに答え、虎徹が真治が誓いの言葉を口にする。
誓い終わると、虎徹は真治の手を取った。
「真治。アトランティスでも、地球に帰っても、お前を妻として一生ともにいる。離れないからな‥‥」
「虎徹と会えてよかった‥‥これからどこに行くんだとしても、どこにいても。虎徹と一緒にいるから。護るから‥‥」
誓いのキスは、少ししょっぱかった。だけど、それはとても幸せな味だった。
「では、ここに二人が確かに夫婦となった事を宣言します」
厳かな宣言に、シャリーアを始めとする参列者から拍手が贈られた。
続いて、最後のカップルを‥‥アシュレーとルーシェを迎えたのは、交代したレフェツィアだ。
「汝、アシュレー・ウォルサムはルーシェ・アトレリアを妻とする事を誓いますか?」
「我が名、我が身、我が魂にかけてルーシェ・アトレリアを生涯愛し、守り抜き、死する時も彼女と共にあることを誓います」
「汝、ルーシェ・アトレリアはアシュレー・ウォルサムを夫とする事を誓いますか?」
「我が名、我が身、我が歌にかけてアシュレー・ウォルサムを生涯愛し、支え抜き、病める時も死する時も彼と共にあることを誓います」
交わす、誓いの言葉。一つ一つ確認するように、二人の気持ちを決意を絆を確かめるように、レフェツィア神父は式をつつがなく進めていく。
指輪の交換の後、クライマックスを迎える結婚式。
「では、誓いの口付けを」
促され、アシュレーはルーシェのマリアヴェールをそっとあげた。上気した頬と微かに潤んだ瞳、何度見ても見とれてしまう、何度でも惚れ直してしまう‥‥愛しい愛しい人。
「幸せになろうね。俺達きっと、絶対に幸せになろう」
胸にあふれる愛しさと、この愛しい人に触れられる幸福を噛み締めながら、アシュレーはルーシェに口付けた。
「俺達、幸せになるから!」
そして、アシュレーはルーシェをお姫様抱っこした。
(「やっぱり、結婚式っていいな」)
そんな、幸せいっぱいな花嫁花婿の背中を見送り、レフェツィアは自然と深い笑みを刻んでいた。
(「僕は人が幸せになってくれるのが好きだから、結婚式してあげるのって大好きなんだ。自分の事みたいに嬉しいし幸せになれるもん」)
準備は大変だった、確かに。だけど、今、アシュレーとルーシェの顔を見ていたら、やはり「良かった」と思うから。
「お幸せに」
贈る。言葉と想いを。心からの、願いと共に。
「皆さん、本当に幸せそうです」
教会の外。今度こそ、込み上げてきた涙をそっと抑え、ニルナはルーシェの真治の上に花を贈った。ヒラヒラと可憐な花弁が、花嫁花婿たちの上に降り注ぐ、限りない祝福と共に。
そして、ニルナはカメラと携帯を構えた。新郎新婦から預かったもの、そして、自分のもの‥‥換えながらシャッターを切っていく。
「ウィシュティちゃん太一くんもカワイイですよ」
ファインダー越し、たくさんの笑顔があふれていた。それが嬉しくて嬉しくて嬉しくて、いつかニルナ自身も幸せそうな笑みを浮かべていた。
「では、記念撮影を致します。参加者参列者の皆さんは教会の前に集まって下さい」
頃合を見計らい、香織は皆に合図した。周囲には、何事かと様子を伺う人たちが集まっている。その人たちに知らしめるように、預かったデジカメを構え。
「では、撮りますよ。1+1は?」
ニ、と真治と虎徹が笑った。アシュレーとルーシェも、他の参加者も笑った。それを見守る人たちも、笑っていた。
周囲で様子を伺う人たちの視線もいつしか、祝福と羨望の色が濃くなっていて、香織は嬉しく思った。
「皆様、これから花嫁によるブーケトスが行われます」
そして、もう一度声を上げた。
「このブーケを見事手にした人は、次の花嫁になると言われています」
香織の言葉に、独身の女性達の目の色が変わる。ただのジンクスだがそれはそれ、やはり欲しいものなのだ。
「いきますよ」
ルーシェと真治、花嫁達はほぼ同時にブーケを投げた。空に、五つの花束が舞う。
「取った!」
「取れるものだな」
真治のモノはエトピリカの手に、ルーシェのモノはシャリーアの手に。そして、後三つつはそれぞれ、香織とニルナ、参列した女性の手に渡った。
「思わず、取ってしまいました。いえ、誰も手を出さなかったですし、そのまま地面に落ちたら可哀相でしたし‥‥」
言い訳じみたセリフを口にしてから、香織は緩く首を振った。
「違いますね。ブーケ、欲しかったのですね」
自分とてまだ18歳の女の子なのだ、と香織は素直に認めた。
「私もいつか、いい人とめぐり合って新婦として参加したいですね」
幸せなカップル達を見つめる瞳は、憧れの色を宿していた。
●喜びの歌
「ちょっと可愛らしい過ぎないかな?」
「いいえ、良くお似合いですわ」
披露宴開場である恋人達の庭園。摘み立ての春の花々で飾られた可愛らしいフラワー&フラワーのドレスに着替えた真治に、マダム・パピヨンは太鼓判を押した。
「何といっても私の自信作だからな」
花嫁達の着替えと化粧の手直しを受け持ったシャリーアが、自信ありげに胸を張る。そして、尋ねる‥‥勿論、真治が一番見て欲しいと思っているだろう、相手に。
「そうだろう?」
虎徹はコホンと一つ咳払いすると、手にしたフラワーティアラを真治の頭にそっと乗せた。
春の花々で飾ったティアラが、ドレスと競うように真治を彩る。
「俺からのプレゼント。指輪は前に渡したから、これでな」
「ありがと‥‥お姫様になったみたい‥‥」
「お姫様と言うより、春の女神だな」
つい言ってから、虎徹は自分のセリフに顔を赤くした。だが、本心だった。春の花々をまとう真治は、美しかった。咲き誇る花々に負けないくらいに。
「どうですか?、こちらも良くお似合いでしょう?」
こちらでも、ロマンスガードに着替えたニルナに言われ、アシュレーが溜め息をついていた。
お色直し‥‥披露宴にルーシェがまとっているのは、シルクのドレスだ。同じくシルクのショールをかけ、スイートドロップとアメジストのピアスで身を飾っている。
「俺はさ、もうこれ以上無いってくらい、ルーシェの事が好きなんだ。なのに、これ以上まだ、好きにさせるつもり?」
非難めいたそれは強烈な惚気であり。
「いいなぁ、ラブラブで」
屈託ないレフェツィアの突っ込みと共に、ルーシェは思わず頬を朱に染めた。
「あ、アシュレーさん今、またまたまた惚れ直したでしょ」
「うん、勿論」
「ご馳走さま」
笑うレフェツィアからは、先ほどまとっていた神聖さが薄まっている。何といっても、カクテルドレス姿である。パンプス、ローズ・ブローチを装着したレフェツィアは、可憐と称するのが正しいだろう。
それは礼服に着替えたクロスもまた、同じ。とはいえ、こちらは普段から落ち着いているが。
「おめでとうございます。お二人の未来に幸あれ」
「クロス、約束を果たしてくれてありがとう」
改めて友人達を祝福するクロスに、真治もまたもう一度、礼を述べた。
「ありがとう、皆。今日は本当に世話になった」
そして、皆を見回して、虎徹。
「乾杯しよう、乾杯」
頷き、シャリーアがグラスを配る。
「皆さまの未来に‥‥乾杯」
やはり少し涙声になってしまっているニルナに従い、あちこちでグラスが楽しそうな音を立てた。
「料理もお酒も沢山ある、どうか存分に楽しんで欲しい」
その後、シャリーアや香織はここでもまめまめしく働いた。教会とは対照的に、華やかに飾りつけられた庭園内で、こちらも負けじと華やかに着替えた女性達が競い合う。勿論、一番輝いているのはやはり、本日の主役達だ。
「皆、良い顔をしている」
式の時と同じように、デシカメで写真を撮影しながら、シャリーアは口元をほころばせた。
「暫し、お付き合い下され」
エトピリカもまた、人々の為に働いて‥‥動いていた。余興として披露した、ダーツ・ナイフ投げ。あちこちから熱心な拍手が贈られた。
「お褒めいただき、恐悦至極」
そして、エトピリカは優雅に一礼すると、楽士に合図した。
緩やかな音楽が会場に流れた。エトピリカは、踊り始める人たちを確認すると、ワインのグラスを取るとそっと場を離れたのだった。
「幸せか‥‥馬鹿だな‥‥僕に幸せになる資格なんてないさ。まだ未練なんてあったのか‥‥」
くるくると楽しそうに踊るカップル達。見るとも無しに見つめ、クロスは思わず自嘲するように笑った。
真治や虎徹達の事は心から祝福している。ただ、自分の心の奥底、苦い痛みが疼くだけ。
「折角だし、踊らないか?」
そこに差し出された、手。
「後は無礼講だ。‥‥そろそろ私達も楽しんで良いだろう」
暮れ行く空をバックに、シャリーアは照れたように微笑んでいた。
「‥‥そうですね。今は楽しみましょう」
つられて、クロスは手を取った。シャリーアの華奢な手はひどく、温かかった。
暫く皆がダンスを楽しんだ後、ルーシェは進み出て澄んだ声で告げた。
「皆様に感謝を込めて‥‥一曲披露させていただきます」
未来を紡ぐ歌姫ルーシェは、優美に一礼した後、チラとアシュレーを見た。
それだけで通じると、アシュレーはローレライの竪琴を爪弾いた。合わせて、ルーシェが歌う‥‥希望に満ちた、喜びの歌を。
優しい旋律と類まれなる歌声が、寄り添い合い響き合い交じり合う‥‥奏でる二人の心の在り方のままに。
幸せで幸せで幸せで‥‥幸せに酔いながら、アシュレーはふと、目を細めた。瞳に、庭園を映して。
(「プロポーズした場所で披露宴かあ。感慨深いなあ」)
積み重ねた二人の歴史、噛み締めるように胸に刻み付けるように、アシュレーはルーシェと共に歌い上げた。
この、かけがえの無い思い出の場所で。
「こんな席で暗い顔しているのは、どなたかしら?」
その会場の片隅、一人グラスを傾けていたエトピリカは掛けられた声に淡く笑んだ。
ここまで届く愛のデュエット。手元に視線を落としたエトビリカからふと、弱音がもれた。
「のぅ、マダム。ワシの様な嫁き遅れでも、あんな風に‥‥なれるかのぅ?」
口にする筈の無かった、思い‥‥迷い。けれど、式を挙げた者達があまりに幸せそうだから、この手のブーケがキレイだから‥‥お酒のせいにして吐露してしまう。
「女だてらに、家名復興の為と踏ん張ってきたが‥‥時々、迷いが生ずるのじゃ。情けない事じゃがの」
「‥‥別に、情けなくなんてありませんわ」
力なく笑むエトピリカに、マダム・パピヨンは静かに告げた。
「夢と恋、ピリカさんはもっと欲張りにおなりなさい」
その手がツと、エトピリカの髪に触れる。幼子をあやすように、優しく撫でる。
「どちらかを選ばなくてはならない、なんて決まりは無いのですわ。両方を手に入れる事を自分に許しておあげなさい」
エトピリカは目を瞬かせた。瞳が、心が揺れる。
「ピリカさんはは幸せになります。だって、そんなに頑張っているのですもの。大丈夫、ピリカさんはとても魅力的な女性ですわ」
ポツ、と小さな雫が可憐な花に落ちた。俯くエトピリカ、流れる金の髪をマダム・パピヨンはずっと無言で、そっと撫でてくれた。
●終わらない明日
「ねえ、虎徹‥‥夢じゃないよな?」
披露宴が終わり二人きりになって。真治はふと、虎徹を見上げた。
幸せで幸せすぎて、恐くなった。こんなに幸せで良いのだろうか? 実はこれは全部夢で‥‥目が覚めたら自分は一人きりなのではないか?、そんな不安が一瞬、胸をよぎって。
「当たり前じゃないか」
だけど、虎徹は直ぐにそう安心をくれた。大きな手のひらが、温かなそれが、真治を包み込む。
そして、証拠が‥‥デジカメに残された写真が、その中の自分とは思えないほどキレイで幸せそうな自分が、教えてくれる。
これは夢じゃないと、今日の出来事は本当にあった事なのだと。
だから、真治は「うん」と頷く。
「今日あったこと‥‥私、一生忘れない‥‥二人で、幸せになろう‥‥」
「違うぞ、真治」
虎徹は緩く首を振った。その声がとてもとても、優しい。真治が大好きな、安心する声。
「幸せになるんだ‥‥三人で」
「そう、だな。うん、そうだよな」
お腹に手を当て、真治はコトリと虎徹の胸板にその身体を預けた。
忘れない、忘れない、何があっても。今この瞬間の気持ち一欠片たりとも忘れない、きっと。
目を閉じた真治、その唇に優しく深いキスが落ちてきた。
「‥‥」
差し込む光で目が覚めた。気だるげに身体を起こしたアシュレーは、隣で眠るルーシェに気づき、幸せそうに微笑んだ。
今までと同じ、愛しい人。同時に、今までと全く違う愛しい人が、自分達が居る。
それがくすぐったくも、嬉しい。
シーツに広がるルーシェの銀糸の髪を優しく撫でる。と、ルーシェが小さく身じろぎした。
薄く開いた目がアシュレーを認め、嬉しそうに細められる。
夫婦としての、初めての朝。続いていく幸せな明日。それを全身で感じながら。
「おはよう、奥さん」
アシュレーは口付けた。世界で一番愛しい、ただ一人の人に。