●リプレイ本文
●実は複数かもしれなくて?
カオスニアンらしきものが住み着いている村へ到着するまでの間に、冒険者達が予測したことによると、その生き物は『天界人の山姥スタイルの女子高生』ではないかということだった。
同じ年頃であろう天野夏樹(eb4344)は自身も天界出身であるため、おおいに同情を寄せていた。
「きっと困ってるよね? 私もここに来た時はそうだったし。うん、放っとけないって! しかも絶滅危惧種の山姥スタイル‥‥」
「絶滅危惧種? それは大変です」
天界事情など知らないエルマ・リジア(ea9311)は、その単語に眉をひそめる。
「種と言ってもファッションなんだけどね」
深刻な顔になってしまったエルマに、慌てて説明を付け加える夏樹だったが、今度はアシュレー・ウォルサム(ea0244)が首をひねりだした。
「山姥ジョシコウセイ‥‥天界っていうのは奇妙なところだねぇ。そんな格好をするのがファッションだなんて」
「みんながみんなそんな格好してるわけじゃないから!」
こちらにも訂正を入れる夏樹。話せば話すほど泥沼になっていく。
他の天界出身者達は彼女の二の舞になるのを恐れたか、口を挟むことはなかった。
そうこうしているうちに問題の村に到着。
出迎えた依頼人と挨拶を交わすと、彼らはさっそく村人達へ聞き込みを行った。
そうしながら、シュバルツ・バルト(eb4155)は村人達の心の安寧にも気を配る。
さして広い村ではない。二時間くらい経った後、待ち合わせの場所で集めてきた情報を突き合せてみると。
山姥と物々交換をした者はいない。みんな気味悪がり、彼女が欲しがるものは無償で渡しているらしかった。係わり合いになりたくないのだ。
「理解に苦しむ言語の中、おなかすいたという言葉を聞き取ることができたらしい」
とは、グレナム・ファルゲン(eb4322)の言葉だ。
そういえば、と難しげな表情でカイ・ミスト(ea1911)が一同を見回す。
「その山姥ガールは複数いるようだな」
「ああ、私も聞いた。依頼人の言っていた格好の者が出てきたかと思えば、ジャパンにいるニンジャのような姿の者が現れたり、かと思えば妙に扇情的な姿だったりと‥‥」
引き継いだグレナムも不審そうに眉をひそめている。
わきに垂れた黒髪を耳の後ろにかけ、エンヴィ・バライエント(eb4041)はあまり考えたくない結論を口にした。
「もしかして、増えている?」
「しかし、現れるのはいつも一人だけだそうだ」
言ったカイの言葉に、頭を抱え込む冒険者達。カイはさらに続けた。
「私達が来たことで村人達は今のところ落ち着いてくれてるが、あまりのんびりはしていられないかもな」
冒険者への信用はかなり高まっているが、一行の中にいる鎧騎士の存在がさらに村人を安心させていたて言ってよいだろう。
「とりあえず、村の人には本当に危害を加えていないことだし、迷子の子猫ちゃんを訪問に行くとしようか」
煮詰まりかけた場を和ませるようなエンヴィの声に、彼らは途中まで依頼人に案内してもらい、山姥ガールがいるという小屋へ足を運んだのだった。
●これが趣味なんです
申し訳なさそうにしながらも怯えきった依頼人が去ると、まずは天界出身の冒険者達が小屋の扉を叩くことにした。もしも予想が当たっているなら、同郷の方が向こうも警戒を緩めてくれるだろうと判断したからだ。もちろん、もしもに備えて見守る仲間達はそれぞれいつでも戦えるようにしてある。
扉の脇にはサクラソウによく似た鉢植えがあった。
夏樹は小さく咳払いをすると、扉をノックした。
「もしもーし‥‥誰かいませんかー?」
呼びかけにしては少々小さい声だが、扉の向こうで確かに人の気配がした。
「あのぅ‥‥」
再度呼びかけた時。
「にゃーん! アルちゃん今日はどうしたのー!?」
危険なほど勢い良く扉を開けて飛び足してきた黒い影。
それは紛れもない、山姥女子高生だった。
彼女は目の前の夏樹を見て、その後ろにいる懐かしい雰囲気の人達を見て、しばらく目を見開いていたかと思うと、鼓膜を突き破りそうな大声で驚きを表した。
「ウソーッ! 何々!? 制服? それ制服だよね!? ヤダちょー久しぶり! きゃーカワイイ〜! 触っていい? 触るねっ」
甲高い声で一人でまくし立てると、夏樹が答える前にブレザーを掴んでいた。
「あのね」
「ん〜〜もうっ、嬉しくてスカートめくっちゃうにゃん!」
「きゃあ!」
突拍子もない山姥ガールの行動に慌ててスカートを抑える夏樹。きわどいところまでめくられ、夏樹の頬に朱が走る。
まるで人の話を聞かない山姥ガールを小屋の中へ半ば押し込み、半ば強引にお互いの自己紹介を済ませた時には、天界冒険者達は精神的にぐったりしていた。
山姥ガールの名は、藤野 睦月というらしい。
意外と手馴れた手つきで冒険者達にハーブティを出す睦月。持ち物が少ないとはいえ、室内はきちんと整理されている。
が、先ほどから気になってしかたのないものが壁際にずらりと並んでいる。
とうとう我慢できなくなった黒峰燐(eb4278)がそのことを尋ねた。
すると睦月は得意そうに胸を張り。
「全部アタシが作ったんだにゃん」
「えーと、そういうことじゃなくて、あの服ってマンガとかに出てくるやつによく似てる気がするんだけど」
「そうだよ。もぅ、ここってば本屋もなくってぇ、ちょー退屈!」
「そ、そうだね。ところで、ここにはあなた一人?」
「うん。なんか村の人達はアタシが行くとみんな家に帰っちゃうしぃ。でもアルちゃんだけはやさしーんだぁ」
アルちゃん、とは依頼人のアルバートのことだった。
実際彼も怯えているという事実は、隠しておく。
「あの机の上に積んである冊子は何?」
室内の観察をしていた龍堂光太(eb4257)は、壁際の衣装の次に気になっていたものについて尋ねた。
すると、また得意そうに胸を張る睦月。
「見る? 見たい? 見るよね!?」
と、また相手の返事も聞かずに光太の手に冊子を押し付ける。
けっこう地味な表紙だった。ぱらり、とページをめくった瞬間、光太の顔から表情がこそげ落ち、石像と化す。
そんな彼の様子が目に入っていないのか、睦月はバシバシと光太の背を叩く。
「どう? いいデショ? それね、アタシが作ったの。今度のイベントの見本でみんなに見せようと思ってたんだけどぉ、こんなトコに来ちゃうしさぁ。でも見てもらえて良かったぁ。あれ、静かだね。言葉もないほど感動しちゃった?」
気付けば、光太の後ろから冊子を覗き込んだ夏樹達も同様に固まっていたのだった。
いわゆるそれは同人誌。それもハードや●いの部類だった。美形のお兄さん方が一肌どころかもろ肌脱いで組んずほぐれつしているアレである。
ふと、睦月は光太を見てにっこり微笑んだ。
「今度、脱いでね。参考にするにゃん」
直後、燐は睦月を張り倒していた。
「ひ、ひどいにゃ〜」
「だ、大丈夫ですか?」
燐の気持ちがわかりつつも、持ち前の優しさ故か睦月を助け起こす富島香織(eb4410)。
光太はまだ復活できない。
香織は内心たった一人でいる睦月の心細さを思い、会えたら元気付けようと考えていたのだが、そんな気持ちが虚しくなるほど彼女はあっけらかんと生きていた。
香織はもう一度壁際の衣装群を見やり、確認するように言った。
「もしかして、あの服達は‥‥コスプレ用、ですか?」
「あったりー! えっとぉ、これが‥‥」
「あ、あのっ、では村の聞き込みでカオスニャンが複数いるらしいというのは、あなたのコスプレのせいだったのですね‥‥」
「‥‥かおすにゃん?」
「いえ、こちらのことです」
「カオスニャンで思い出した」
睦月を張り倒した後も眩暈をおさえられずにいた燐が、ハッと顔を上げる。
「睦月さん、ここでそのメイクは危険だよ。何にもわかってないようだから、これから言うことを真面目に聞いてほしいんだ。ここにはカオスニアンという種族がいてね‥‥」
燐は最近のカオスニアンと、人々の彼らに対する認識を多少の怖さを交えて話した。特に顔を黒くする必要のないコスプレならともかく、カオスニアンに間違えられる山姥は命に関わる。
脅し半分とはいえ、さすがに睦月も神妙な顔で聞いていた。
「では、そろそろ外の仲間を紹介しますね。その前に、そのお化粧を落として普通の格好しましょう?」
睦月は頷いた。
●勉強はけっこう好きなんです
外で待機していた仲間達を呼び、それぞれの紹介を終え、ついでにジ・アースやアトランティスの人達には未知であろうコスプレや同人誌などの説明もすませると、次は睦月のためのアトランティス講習会の始まりである。
が、その前に。
「あなたのお名前とご趣味についてはうかがいましたが、あなた自身のことについてはまだお聞きしてませんでしたね」
シュバルツが今更のように言った。睦月作の同人誌の凄すぎる内容に頭の中を嵐が駆け抜けていったため、そのことを聞き忘れていたのである。
「えっとぉ、年は12歳でぇす。趣味はぁ同人誌作りとぉ、コスプレとぉ、お菓子作りにゃん」
冒険者達は再び頭を殴られたような衝撃を再び受けた。
「12!?」
冷静に質問したシュバルツの声が裏返る。
「もうすぐ13歳にゃん」
「‥‥」
睦月の身長はおよそ165センチだろうか。その年齢にしては大きい方だろう。体つきにしても16歳と言っても充分通用する。ついでに、メイクを落とした素顔は意外にもアイドル顔だった。どうして素顔でいないのか疑問に思う冒険者達だったが、コスプレが趣味である以上、仕方のないことなのだろう。睦月にとっては山姥スタイルもコスプレの一つだったのだ。
「と、とりあえず、このアトランティスについて説明しましょう」
気を取り直してシュバルツは話を始めた。
あんなに落ち着きのなかった睦月だったが、シュバルツの話には素直に耳を傾けていた。やってることはメチャクチャだが、性質は素直なのだろう。唯一の美点かもしれない。
「えーっとぉ、じゃあここに太陽がないのは、不思議でもなんでもないってことなのねん」
「はい。そうです」
「そんでぇ、紙として使っているのは羊皮紙でぇ、アタシが知ってる紙はなくってぇ、しかも羊皮紙は高い」
これには天界人が頷く。
「アタシ、これからどうやってお金稼いだらいいかわかんにゃぁい! イベントがないなんてぇ! 頼りにしてたのにぃ! ちょー信じらんなぁい!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ出す睦月を、アシュレーがなだめる。
「まあまあ、落ち着いて。生きていく手段なんていくらでもあるんだから」
「そうですよ。首都ウィルにできたふぁみれすなんてどうですか? 決まるまでは冒険者街の私の家で暮らしましょう」
エルマにも優しく言われ、睦月は涙目のまま彼女を見つめた。
意外な年齢の睦月に何となく保護者気分が漂う冒険者達だが、内心では皆「あのハードな同人誌を売るような環境が整っていなくて良かった」などと思っていたりする。そんなことになればウィルは混乱の坩堝に叩き落されるかもしれない。しかし、見本品はある。これは封印しなくてはならないだろう。それでも睦月が家を訪ねる人に見せようとするならば、
「アイスコフィン‥‥」
「え? エルマちゃん、何?」
「い、いいえ、何でもありませんっ」
きょとんと首を傾げる睦月に慌てて手を振るエルマ。
「う〜ん、ファミレスかぁ。でもでもぉ、冒険者もいいなぁ。ちょー楽しそう? ファミレスとかでウザイ客に会いたくないしぃ」
そのセリフに、エンヴィがかすかに渋い目をする。
「睦月君、冒険者になるってことは死と隣り合わせなんだよ。まぁ、そうやって前向きなのはいいことだけど、ゆっくり考えながら恋なんかをしてみるのもいいかもしれないね‥‥燐みたいにさ。あれだよ、君も可愛いんだから放っておかないと思うし」
「可愛い?」
その言葉にピクリと反応する睦月。
席を立ち、エンヴィの側に寄る。
「アタシ、可愛い?」
「がんぐろになっている時よりずっと」
「ちょーうれしーい! もう一回言って! にゃんにゃん」
満面の笑顔でエンヴィに抱きつく睦月。同時に上がるくぐもった声。
見れば隣に座っていた燐の肘がエンヴィの脇腹にめり込んでいた。
「とりあえず、日が暮れる前にウィルへ行かないか?」
カイの提案で、冒険者+元山姥ガールは依頼人へ事の解明と挨拶をすませてウィルへと発った。依頼人始め村人達は、カオスニアンがただの天界人だったとわかり、一様に安堵していた。
シュバルツがアトランティスのモンスターの紹介としてペットのグリフォンを見せると、睦月は歓声を上げていきなり首筋に抱きついた。その勢いにビクッと身を振るわせたグリフォンだったが、飼い主がすぐ側にいることで暴れだすようなことはなかったのだった。そのグリフォンにとっても睦月との出会いは衝撃だったようだ。
ウィル到着後、グレナムは冒険者ギルドに睦月のように山姥ガール姿の者は天界人でありカオスニアンではないから、冒険者街に保護するようにと求めた。
しかし、その後山姥ガールの目撃報告は入ってこない。
夏樹が言っていた『絶滅危惧種』というのは、ある意味当たっていたのかもしれない。
一方、睦月に無邪気に「脱いでね」などと迫られた光太は、最後まで思考回路を破壊されたままだったが、睦月がエルマに引き取られるとようやく言葉をもらした。
「久しぶりの故郷の香りだったけど‥‥できればもっと他ので楽しみたかった‥‥」
切ない呟きは、天界出身者達の共感を呼んだという。
近いうちにウィルに『こすぷれ』が広まる‥‥かもしれない。