●リプレイ本文
●ごあいさつ
「たまにはこんな依頼もいいでしょう?」
昔馴染みであるイシュカ・エアシールド(eb3839)に誘われたソード・エアシールド(eb3838)は、軽く肩をすくめてから傍らのセッターの子犬を見た。
「子犬とはいえ犬だし、嫌いな奴だっているだろう‥‥紐でも付けていくか?」
「大丈夫なのではないですか? 今回集まるのは動物好きな方々でしょうし」
と、イシュカはふと笑った。
「という事は現地では『○○ちゃんのお父さん、お母さん』ってお呼びするのでしょうかね、ソード?」
「カルちゃんのお父さん、てか」
くすくすと笑みをもらしていたイシュカは、苦笑交じりのソードの呟きに笑みを消すと、問うた。
「その子の名前、カルにしたのですか?」
「ああ。‥‥お前の『トリオ』もそうだろう? 『最初の名前』」
イシュカは小さく首肯してから、空を見上げ。二人は連れ立って、恋人達の庭園へと足を向けたのだった。
「ピクニックとかなら、よく行くんですけど‥‥庭園で遊ぶのも楽しそうです
子猫のハルを抱えた13歳の少女‥‥辰木日向(eb4078)はサヤ・シェルナーグと共に、恋人達の庭園前で足を止めた。
入り口付近に庭園内の地図、噴水を中心にカフェや木々を使った迷路があり、これはこれで楽しそうだった。
「あちらはハル向きではないようですが」
直ぐ横には、整地された野原‥‥アジリティ場とはいかないだろうが、思いっきり運動するには丁度良いだろう。
「えっと、マダム・パピヨンさんにお会いするのは初めてですし、ちゃんとご挨拶しないといけないですよね。お招きして頂いているわけですから、粗相が無いようにしないと」
手櫛で髪を整える日向を急かせるように、腕の中のハルが「にゃあ」と可愛らしく鳴いた。
「大蛇はやっぱりダメ‥‥かな?」
「わたくしは別に構いませんわ」
依頼人‥‥招待主であるマダム・パピヨンは、サヤの問いに軽く小首を傾げながらにこやかに応えた。
わぁ何か大人な人です、小躍りするサヤの横、少し緊張しながら日向も挨拶を述べ。
「マダム、この度はペットとのんびり楽しく過ごせる機会と場所を作ってくださって、どうもありがとうございます」
同じく成史桐宮(eb0743)は柔らかな笑みと共に礼を口にしてから、足元へと視線を向けた。その部分をさり気なく、大蛇から隠すようにしつつ。
「猫の秧も喜んでおります」
そこに居るのは、成史のペットである、猫の秧。秧は白いお腹をさらしていた‥‥それは秧なりの感謝の印なのだろうと、成史の笑みが深くなる。
「まぁ、可愛らしい‥‥触ってみてもよろしいかしら?」
「どうぞ。よろしければ撫でてやって下さい」
マダム・パピヨンはどこかウキウキと、ぎこちない手つきでそっと秧に触れ、不器用に撫でた。恐れの類でなく、不慣れな様子‥‥撫で方も決して上手ではない。
つぶらな瞳で秧はこちらを見上げ、成史が頷いてやるとそのまま、されるがままになっていた。
マダム・パピヨンが一しきり秧を撫でたのを見計らい。
「初めまして。今回は宜しくお願いしますね」
そう会釈したのは、倉城響(ea1466)。ジ・アースのジャパン出身の、女性である。
「自分のペットと過ごせる庭園なんて素敵ですね。マダム・パピヨン、ありがとうございます」
同じくおっとりと挨拶を述べたのは、天界人であるアヤメ・アイリス(eb4440)。ペットは、ノーマルホースのイヴだ。
「愛犬の茉莉花と共に一時を過ごさせていただきたいと‥‥野に分け入る仕事の時は大抵荷物運びをさせておりますので、それがとてもしのびなく」
愛犬・茉莉花と共に訪れたのは、柳麗娟(ea9378)。御仏に仕える麗娟にとってこのような場所‥‥恋人達の庭園は縁遠いものだ。
「日頃あまり遊ばせていないと運動不足になりがちですし」
それでも、日頃頑張ってくれている茉莉花への労いを込めて足を運んできたのである。
「白の神聖騎士のクウェル・グッドウェザーです、宜しくお願い致します」
続いて、こちらも丁寧な礼をとったのは、クウェル・グッドウェザー(ea0447)だった。さり気なく着飾ったクウェルは失礼の無い仕草で、マダム・パピヨンの手の甲に軽く口付けた。
「これがオモチです」
そして、優美な所作でもって紹介するペットは‥‥壁。正確には塗坊のオモチだ。
巨大な壁が挨拶するようにズッシンズッシンする様は恐ろしいというより、どこかコミカルで可愛らしい。
「まぁ、ステキですわね。どうぞよろしく‥‥オモチさん?」
分かっているのかいないのか、マダム・パピヨンは臆した風もなく近づくと、白い指先をオモチの表面にそっと走らせた。
「クウェルの後だと少々やり辛いが‥‥」
ペットと戯れるから、といつも通りの‥‥疾風の衣姿をしている陸奥勇人(ea3329)は内心呟き。
「最近はなかなかこうした時間が取れなかったので、機会を作って頂いた事には本当に感謝しています」
可能な限り礼儀正しく挨拶した。その足元には、ボーダーコリーのはやてと、子狼のぶらいがちょこんとお座りしている。
そんな二匹に目を細め、
「感謝を込めて、ささやかながら贈り物をさせて下さい」
勇人はマダム・パピヨンにスイートドロップとチェリーピアスとを贈った。
「まぁ、いただいても良いのですの?」
「ええ、是非貰って下さい。どうせ、贈る相手もいませんし」
「では、ありがたくいただきますわ」
苦笑交じりに言う勇人に、マダム・パピヨンはニッコリ艶やかに笑んだ。
「この前は本当にありがとう。ウィシュティ達の結婚式も一緒にやってくれて嬉しいよ。私と虎徹も二匹とも凄く幸せだよ」
「結婚式はありがとうございました。私も真治もそして、二匹も幸せです」
桜桃真治(eb4072)と吾妻虎徹(eb4086)はそれぞれ礼を口にした。マダム・パピヨンとは顔見知り‥‥先日の結婚式では世話になった間柄である。
二人の愛犬・ウィシュティと太一も、お揃いの首輪をつけてもらいご機嫌な様子でしきりと尻尾を振っている。
「真治姉さんや他のペット達と遊べるのは嬉しい、な」
続いて夫妻の連れである桜桃 真希がどぎまぎしながら、真音 樹希がキチンと、それぞれ挨拶する。
「ワシの生業は狩りじゃて、猟犬が必要なのじゃ」
そして、もう一人。マダム・パピヨンと面識のあるエトピリカ・ゼッペロン(eb4454)が連れたのは、犬‥‥名前はまだ無い。
「愛玩用に飼っておるのでは無いぞ。いざと言う時は、非常食にする心構えなのじゃ。それゆえ、必要以上の情を移さない為にも、特に名は付けずに呼んでおる!」
というか、これからも無いようだ。
「つまり、こやつはペットではなくワシの忠実な部下なのじゃ!」
だが、エトピリカに応えて「わん!」と吠える犬を見る目は、他の者達と同じくらい優しく、誇らしげだ。
「まぁ、お利口さんなのですわね」
そんな自分に気づいているのかいないのか、得意げに胸を張るエトピリカ。
「それにこやつは実に良いメンチを切るのじゃ。猟犬として、これは大事な要素ゆえのぅ、うむ!」
言葉を重ねても、マダム・パピヨンには何となく察せられた。聞けば否定するだろうがほぼ間違いなく、情は移りまくっているのだろう、と。
「ピリカさんは本当にお優しいのですわね」
マダム・パピヨンの笑みを含んだ呟きは幸い、エトピリカの耳には届かなかったようだ。
●お散歩
「知らない殿方には、どうかついて行かぬように」
言い聞かせ、麗娟は茉莉花を放してやった。
身体を動かす事が得意で無い麗娟、茉莉花を自由に遊ばせてやりたいと思ったのだ。勿論、その位置を時折確認しながら。
「妾の知る花々とよく似ていまするが‥‥」
麗娟は咲き誇る花々をスケッチして回っていた。
「他の皆さんに迷惑かけてはダメですよー♪」
一方。ディードに声を掛けて、響本人は木陰に腰を下ろしゆったりした時間を過ごしていた。
目を閉じると、緑の香りと花の香り。聞こえる、風が木々や草葉を揺らす音や小鳥達のさえずり。そして、遠くエトピリカやクウェル達の声。
と、着物の袖がツと引かれた。見ると、テディードのくりくりっとした澄んだ瞳が響をじっと見上げていた。願うように、誘うように。
「あらあら? 何ですか? ディードさん? 一緒に遊びたいんですか?」
小首を傾げる響に対しての答えは「ワン!」という肯定の声。それはとても嬉しそうで、響は立ち上がった。
「‥‥そうですね♪ では。どこに行きましょうか?」
ディードは千切れんばかりに尻尾を振りながら、響にまとわりつくように、ちょこちょこと先導し始めた。
一方。噴水近くに腰を下ろした日向は、キョロキョロと周囲を見回していた。誰も居ないのを確認し、ハルをヒタと見つめる日向。
1、2、3‥‥息を詰めた見つめ合いの中、そろそろと懐に手を入れる。
それをそーっとハルへと近づけ。ゴクリ、息を呑む‥‥そして。
「はうっ、カワイイっ!?」
それ‥‥サングラスを掛けたハルの可愛らしさにハートずきゅん。
「あぁっ、重いですか嫌ですかごめんなさい、直ぐ外しますね」
それでも、嫌がる素振りを見せたハルから直ぐに、サングラスを外す日向‥‥少しだけ、残念そうに。
その耳に、話し声が聞こえた。
「あらあら、ディードさんたらカワイイお友達ですね」
「ついていかぬようにと申しましたのに‥‥まぁ友達というのは得がたいものではございまするが」
それは、茉莉花とディードにそれぞれ誘われるように出会った、麗娟と響の声だった。
「‥‥あ」
そして、先ほどの挙動不審な様子を見られたのでは?、ちょっとドキドキする日向に二人は気づいた。
「猫さんと日向ぼっこですか?」
「あっ、はい。ぽかぽかして気持ち良いです」
幸い見られてなかったらしい‥‥安堵しつつ日向は応えた。安堵はもう一つ、二人の連れていたのが犬だったから。
「どうかなさいましたか?」
気に掛かった麗娟が尋ねてみると、日向は取りだしたネコジャラシでハルのご機嫌をとりながら、口を開いた。
「私は、特別なペットなんか飼ってなくて‥‥だから」
実は不安だったのだ。皆きっと、すごいペットを、自慢のペットを連れてくるのだろうな、と。
「私、人に譲って頂いた子猫を飼っているだけですけど‥‥大切なペットなんです」
日向が恥ずかしそうに、頬を赤らめた。その手には、ネコジャラシ。じゃれつくハルを見つめる眼差しは優しく、温かい。
「家族、なんて言ったらちょっと依存しすぎでしょうか‥‥」
「そんな事、ないですよ。私にとってもディードさんは大事な家族ですもの」
「寧ろ、その深き愛情を誇られるがよろしいかと」
だから、響と麗娟はまだ年若い少女に優しく言葉を重ねた。日向はホッとした顔で、大切な家族‥‥ハルの頭を撫でた。
一方、成史もまたベンチに腰を下ろし、秧と楽しい一時を過ごしていた。
赤いお手玉が弧を描く。花の上に落ちたそれを、注意深く咥える秧。
「おーちゃんはお利口さんだね〜」
ちゃんと拾ってきた秧の頭を、成史はわしゃわしゃと撫でた。
これは最近秧が気に入っている遊び、それでも、こういういつもと違う景色・空気の中でやると中々新鮮だ。
「今度はあっち‥‥迷路に行ってみようか。あ、迷子にならないように気をつけないと」
暫く遊んだ後、秧を頭の上に乗せる成史。「これでお互い、迷子にならないね」
風にさらさら流れる赤い髪の上、秧は気持ち良さそうにノドを鳴らした。
「結婚して初めてのピクニックって感じだな。青空の下でっていうのが大好きだし、胎教にもいいし♪ ウィシュティも太一も新婚ほやほやだし思いっきり遊ばせてあげよう♪」
同じく迷路に向かいつつ、愛する夫に腕を絡めた真治は、ずっとニコニコ上機嫌だ。
「新婚旅行気分を味わってもらいたいからな‥‥俺と真治のはこのピクニックじゃなく、もっといいのにしたいけどな」
後半は独り言に誓いながら、虎徹に浮ぶのもまた、笑顔だ。
足元を行く太一とウィシュティ。お揃いの首輪が、自分達の指輪とダブって見えて、夫婦は自然と笑みを交し合う。
「そうだ! 虎徹と太一は先に行ってくれないか? 私達は暫くしてから入って‥‥虎徹達を見つけるから」
植え込みの迷路の入り口、言い出した妻に笑顔で頷き、虎徹達は先行した。
「この辺でいいか」
中央付近だろうか、入り組んだ所で足を止めると、虎徹は太一を見つめ、語りかけた。
「真治とウィシュティが愛で俺たちを見つけてくれるそうだ。嬉しいよな、そういうのって」
戦場でじっと息を殺して敵を待つのと違う。必ず見つけてくれる誰か、愛しい人を待つのは何て幸せなのだろう。
「愛されるってのは、こんなにも嬉しいものなんだな」
真治と出会ってから幾度となく味わう、幸福感。何度味わっても色あせる事の無い、何度でも新たな感動を与えてくれる‥‥胸を満たす幸せ。
と、幸せを噛み締めた虎徹の首に回された、柔らかな腕。
「見〜つけた♪ ウィシュティと私の愛が、見つけたんだぞ」
得意そうに笑う真治を、虎徹は優しく抱きしめ返した。
「‥‥これだから新婚さんは」
「‥‥」
そんな夫妻に、樹希と真希は呆れ半分羨ましさ半分で肩をすくめたのだった。
●風を切って
「あの穴を兎の巣穴に見立てた実戦訓練じゃ。良いか非常食よ、ワシの言う事を良く聞くのじゃぞ?」
庭園隣、広い野原ではエトピリカが言い聞かせていた。
「ウェイト、非常食!」
従い、元々低い重心を更に低く保つ犬。
「ゴー、非常食!」
従い、穴に見立てた部分へと駆け出す犬。鼻面を突っ込み、ウサギを追い出す仕草付き。
「アタック、非常食!」
従い、獲物を追い回す仕草をする犬。
「うむ!! 良くやった、偉いぞ非常食♪」
命令どおりに動いた優秀な部下を、エトピリカは満面の笑みで迎え、その頭を撫でくり回した。‥‥ハッキリ言ってデレデレだ。
と、その顔が怪訝そうなものに変わった。
「ん? その口に咥えておる物は‥‥おわ!? そ、それはヘビ!」
「うわぁ〜ん、それはエサじゃないよ〜」
探していたサヤの泣き声に、
「ストップ、ストップじゃ非常食!」
エトピリカは慌てて止めた‥‥てか、寧ろ非常食の方が大ピンチな感じだったし。
「良いか、非常食。優秀な猟犬は勇気と無謀とをちゃんと見分けねばならぬぞ」
とりあえず、謝り倒し‥‥内心「非常食が美味しくいただかれなくて良かった」と安堵しつつ‥‥エトピリカは言い聞かせた。
「次は瞬発力を‥‥うぬ」
と、その碧の瞳が捉えた‥‥壁。広い大地を移動する壁というのは何というか、シュールだ。
「動くのじゃな。どういうメカニズムなのか興味深い」
「こう見えてもオモチは、駆けっこも得意なんですよ」
クウェルは気分を害する所か、得意げに言った。応えるように、オモチはズッシンズッシン駆け出した。地面が揺れるが‥‥確かに材質から考えると信じられないくらい動いている。てか、駆けている。
「むむむ、負けるでないぞ、非常食! GOじゃ」
「わん!」
歩幅のせいか、意外と良い勝負でオモチと非常食は駆け出した。
「おっ、おまえ達も行くか。よし、行ってこい」
更に勇人のぶらいとはやても加わり‥‥というかこちらは障害物よろしくオモチにアタックを試みているようだったり。
「はやてとは大体1年ほどの付き合いになりますが、すっかり俺の家族ですよ。賢いので時折依頼を手伝って貰う事もありますし」
「ふふっ、良いですわね」
その名の通り、風のように駆けオモチに果敢にアタック(?)しているはやてを見やり、勇人は傍らのマダム・パピヨンに語りかけた。
「ぶらいは体格は良いですがまだまだやんちゃで‥‥はやてが兄貴分として良く面倒を見てくれてますね。最近ようやく俺の言う事も判る様になってきたようです」
視線の先では、はやとの真似をしてオモテに駆け上ろうと試み‥‥つるりんと足を滑らせているぶらいの姿。
その度にはやてにフォローを入れられ、再びチャレンジしているのが微笑ましい‥‥今はまだ。
「狼だけに誇り高く雄々しく育ってくれると嬉しいのですが」
「あの様子ですと大丈夫ですわ、きっと」
同じように二匹を見つめるマダム・パピヨンの眼差しも優しい。と、勇人はふと疑問を口にした。
「そういえば、マダムはペットを飼ってないのですか?」
「ええ。今まで中々、そういう‥‥余裕、というのかしら?、そういう気持ちが持てなくて」
少しだけ寂しく、笑む。彼女は社交界の‥‥夜の世界の住人だった。
昼の下での楽しみを知らぬ、花だった。それは決して嘆く事ではないが、ここ最近の冒険者達との関わりで、光の下での喜びを知ったのは紛れも無い事実だった。
「だから、いっそわたくしの方が皆さんに感謝したいくらいなんですのよ」
新しい世界の扉を開いた彼女は、薄めのメイクと軽やかなドレスをまとい、華やいだ笑みを浮かべていた。
「しっかし、この前の野良ペット依頼の話でも思ったが‥‥本当いろいろいるよな」
少し離れた場所では、オモチとじゃれる非常食らの光景を眺めていたソードが感心気味の呟きをもらした。同時に、脳裏に浮んだのは冒険者街を騒がせた野良ペット達。
「こういう依頼に参加するような奴はペットを野良にしないとは思うが‥‥」
と、その視界をチョロリと横切る‥‥蛇。
「‥‥」
内心おいおいと突っ込みつつ、思い出す。
「そういや、養娘にプレゼントしたピンクの卵からは鷹が孵ったって言ってたっけ」
「何をぼーっとしているのですか?、ソード」
声を掛けたのは、マカライトにまたがったイシュカだ。ソードに教えを請い、乗馬を試みているところである。
「やはり難しいですね‥‥あの子はそれなりに乗りこなしていたようですけど‥‥」
このマラカイトは元々、二人の養娘の馬だった。
思い出すのは、アヤメがペットの馬・イヴと寄り添い遊ばせている様が、目に映るからだろうか?
「いや、中々上手く乗っているぞ」
お世辞ではなく、ソードが言う。
乗馬の経験の少ないイシュカだが、懐いてくれているマラカイトが気を配ってくれているのだろう、一見中々上手く乗りこなしている‥‥ように見える。
マラカイトは養娘の馬。娘が冒険者を辞める際、イシュカに託されたものだ‥‥だから、余計に心が通じているのかもしれない。
目を細めるソードの足元、「おん!」と元気な声がした。棒を咥えたカルと、その傍らで保護者よろしく立つトリオ。
「すまんすまん、よし良く取ってきたな」
頭を撫でねぎらってから、ソードは一つ深呼吸した。
草原を渡る風が運ぶ、緑の気配。いっぱいに吸い込んでから、再び棒を受け取り‥‥力いっぱい投げる。
「ほぉらカル、取ってこい!」
投げた棒をとっとっとっと懸命に追うカル。イシュカの愛犬であるトリオを真似て、の愛らしい様子にソードは自然と顔をほころばせていた。
「可愛らしいですね、ソード」
「そうだな」
「こう緑に囲まれていると、植物を育てるのも良いかも、という気になりますが」
「あ〜、だが、今植物育てはじめたら、俺絶対あいつの愛称つける気がする‥‥」
養娘の顔を思い浮かべるソードに、イシュカはくすくすと笑みをもらしたのだった。
●いっしょにランチ
「さっきはごめんね。ご機嫌、直してね」
ハルの前、日向は魚の形をしたご飯をコトと置いた。魚の骨を混ぜたパン‥‥というかスコーンのようなものとミルク、後は普通のメニュー+ペット用にアレンジされた物々。
子猫用に、と全体に小さめ&かわいめなのが、見ていて微笑ましい。
「どうして猫ってこんなに可愛いのでしょう」
大切な家族だから余計に可愛いのか‥‥一生懸命食べているハルを眺め、日向はほぅと溜め息をついた。
「どれがいいです? ディードさん?」
けれど、響に問われご飯を選んだディードにやはりはにゃ〜んな気持ちになってしまい、気づく。
「あ、でも、茉莉花ちゃんやディードくんも可愛いです」
「小さいけれど、ひた向きに生きて居るから、その姿に心打たれるのやもしれませぬ」
一緒にお茶を飲んでいた麗娟は、穏やかに笑んだ。
「よし、待て! 待てじゃぞ! ここでビシッと言う事を聞いてこそワシの非常食‥‥あぁぁぁっ、待てと言うておろうに!」
その時、穏やかな空気をぶち壊す悲鳴。元気に走り回った分、ガマンできなかったらしいエトピリカの非常食‥‥もとい、愛犬が響のオニギリにかじりついたのだ。
「‥‥きゅうん」
一応、待てと言われた犬用ご飯の方には手を出さなかった、とばかりに目で訴える非常食。
「‥‥うぅっ」
その愛らしさの前では、怒りを持続させるのはとてもとても難しかった。
「良いのですよ? 他にも作ってきましたし。ディードさんも食べますか?」
何より当の響が気にしてないようで、エトピリカは肩を落としつつ怒りの矛先を収めたわけで。
「よろしければ、こちらも召し上がって下さい」
人の食べるメニューもある、とは聞いたものの、やはり念のためと用意してきたイシュカも皆にお弁当をすすめた。
「私もサンドイッチ作ってきたんだ。良かったら手を出してくれ」
真治もまた、手作りのお弁当を差し出した。勿論、最初の一つは最愛の旦那様に手渡し済み。
「折角だし、トランプでもするか」
「へぇ、いいな」
トランプを繰りながらふと、虎徹は愛妻サンドイッチへと視線を落とした。
「そういえば、サンドイッチはサンドウィッチ伯爵がトランプをしながら食べれる料理ということで作られたが、こっちではどうなんだろうな?」
「ふむ、天界ではそんな起源があるのじゃな。非常に興味深いのぅ‥‥よし、良いぞ非常食」
今度こそ、ちゃんと待てをさせていた非常食にGOサインを出しつつエトピリカ。
「それはそうと、その犬はもしかして、『非常食』が自分の名前だと思ってるんじゃないかな?」
「‥‥えっ」
成史の鋭い指摘に、エトピリカは言葉を失い。
「まぁ名を付けずに呼ぶのもかえって情が移る、という説もあるし‥‥名前をつけて呼んであげるのもそう悪くはないよ。ね、おーちゃん」
指先にミルクを浸し秧に与えながら、成史は絶句するエトピリカに、慰めとも励ましともつかぬエールを送ったのだった。
「美味かった。腹ごなしに少し遊んでやるか」
そして、やはり慰めるように虎徹はエトピリカの肩をポンと叩いてやってから、太一とウィシュティへと歩を進めた。
「いいショット」
真治は虎徹と二匹が戯れる様子をすかさず、デジカメで撮影した。
「ん〜、私も入りたい所だけど」
「私でよければシャッターを押しますよ」
と、やはり天界人であるアヤメが控えめに申し出てくれた。扱いを知っている方が良いのでは、と察して。
「じゃあ、頼むな」
最初は「四人」での家族写真‥‥お腹の子供を合わせると、五人だ。
そのうち、フレームにディードや茉莉花、非常食らも入ってきた。
「オモチ、気持ちは分かりますけどちょっとムリですよ」
「いいさ。全部はムリだが、入っちまえよ」
虎徹は笑って、塗坊の表面を手の甲で叩いた。
「これからも仲良くしてくれよな♪ ウィシュティも太一も、友達がたくさんできてよかったな!」
たくさんのペット達に囲まれて、真治は笑った。
アヤメはその瞬間を逃さず、シャッターを押した。幸せな家族とペット達の、その一枚に、微笑みを浮かべながら。
●のんびりいこう
「ダメですよ、良い子にしてて下さいね」
楽しくご飯を食べた後、アヤメは愛馬イブを砂遊びさせてから、砂だらけになった身体を、丁寧に洗っていた。
甘えるように鼻面を押し付けてくるイヴをたしなめながら、アヤメはふと思った。
「そういえば普段は中々、こんな風にゆっくり構ってあげられてませんね」
勿論、世話はしているし折に触れコミュニケーションをとるようにはしている、けれど。
「そうですね。今日はブラッシングもいつもより丁寧にかけてあげて‥‥キレイにしてあげますからね」
背中を撫でながら、アヤメは優しく告げた。
「いつもありがとう、オモチ」
クウェルもまた、オモチを洗っていた。その後はちゃんと、布で身体を拭き、丁寧に磨いてやる。
ひんやりとした感触はそのまま、けれど、クウェルはオモチが喜んでくれている事を感じていた。
心地よい風が、クウェルの髪を揺らし、オモチの表面を撫でていった。
「お腹もいっぱいでこんなに気持ち良くて、何だが眠くなってしまいますね」
オモチの上で寝そべるのは気持ちよさそうだ‥‥思いながら、クウェルは笑みをもらした。
「どちらが先に夢に落ちるかな?」
実際に実践していたのは、成史達だ。
お腹がいっぱいになった成史は秧と共に、木陰でごろりと横になったのだ。秧の座布団と成史の枕、二つを並べて。
互いに寝つきは良い方だ。だから、どっちが勝ったのかは定かではなく。
ただ、夢うつつの中、直ぐ隣から聞こえる小さな寝息は成史をとても、幸せな気持ちにしてくれた。
庭園の違う木陰では、麗娟がマダム・パピヨンをスケッチしていた。瞳を時折周囲に‥‥茉莉花へと走らせると、心得たとばかりに駆け戻ってくる茉莉花がいる。
視線を交わし合い、麗娟はふと言葉を紡いだ。
「人を癒す業を心得し妾でも、時に暗く沈むこともありますが‥‥彼女の黒いひたむきな瞳と姿勢に救われる事もまた、多いのです」
見上げてくる、つぶらな瞳。そこに映る自分の姿‥‥表情。この瞳はまるで鏡のようだと、麗娟は思う。
願わくば、この瞳が映す自分がいつも、穏やかな笑みを浮かべていられますように。
そんな麗娟と茉莉花に、マダム・パピヨンは優しく微笑んだ。
「今日は楽しかった、誘ってくれてありがとうな」
別の木陰‥‥ちょっと見、周囲から隠れた場所で、虎徹は真治の耳元に囁いた。
「思いっきり遊んだし楽しかった! 虎徹、また一緒にデートしような♪」
真治は周囲に気配が無いのを確かめてから、素早く虎徹の唇にキスした。
と、気づくと少し離れた場所では飼い犬達の、自分達と負けず劣らずの、仲睦まじい姿があったりして。
「飼い主に似るようだな‥‥恥ずかしいが」
苦笑交じりの虎徹に、真治は笑いながらもう一度、口付けたのだった。
「たまにはこんな依頼もいいでしょう?」
そうして、イシュカはソードに問うた。ココを訪れる時と同じ、問い。
「そうだな」
傍らのカルを見、ソードは自然と頷いていた。
明日からまた、忙しい日々が始まるのかもしれない。それは自分だけでなく今日集まった者達もまた。
「だからこそ、こういう時が楽しいのかもしれないな」
確かめ合う絆。時に足を止めて。
「明日からも、良い天気でありますように」
イシュカは笑みを浮かべると、彼の神に祈った。飼い主と小さな命たちと、全ての上に幸あらん事を。