乙女の特権〜初めての課外授業

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや易

成功報酬:2 G 98 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月19日〜05月22日

リプレイ公開日:2006年05月25日

●オープニング

 純粋で無垢で可憐で清楚な貴族令嬢達は、今宵も社交の場で己を磨く。
 かと思いきや。
 自ら壁の花になっていたシェスティンは、扇子で口元を隠しながら友人のハイデマリーに意味深な視線を投げかける。
「そろそろまたやろうと思うの」
「え? またあれを見られるの?」
「ふふふ。活力、ほしいでしょ?」
「ちょうど切れてきたところなのよ」
「そう言うと思ってたわ」
 他者にはわからない言葉のやり取り。
 今のところ二人を気にかける者はいない。注意して目立たない位置にいるから。
 それでも一応周囲に目を配ったシェスティンは、視線を友人に戻すと尋ねた。
「何かご希望はあるかしら?」
「そうねぇ‥‥」
 ハイデマリーは意味もなくパーティ会場を見回し、ふと思いついたのか楽しげに口の端をつり上げた。
「主と小姓なんてどうかしら。それも教師と生徒みたいな雰囲気で‥‥」
「ふふん、なるほどね」
「前と同じで朗読劇よね?」
「あたぼーよ」
 シェスティンは最近覚えた庶民の言葉で返事をした。快活な瞳がいたずらっぽく光っている。
 目を見交わす二人の微笑みは、とても煩悩から生まれたものとは思えないほど清らかなものだった。

●今回の参加者

 ea7623 ジャッド・カルスト(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea8866 ルティエ・ヴァルデス(28歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4249 ルーフォン・エンフィールド(20歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4454 エトピリカ・ゼッペロン(36歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4798 桜桃 真希(30歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4844 毛利 鷹嗣(45歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●疑心
 事前準備は全て整った。椅子を並べた客席も全て埋まり、開演を待ちわびている。表には出さないが、妖しの恋というのは意外と好まれているようだ。
 礼服に身を包んだ冒険者達は貴族令嬢達に一礼すると、舞台の紗幕の裏側に消えていった。
 朗読劇『初めての課外授業』が合図のベルと共に開演した。

 生物の授業が終わると、教師ラスターは一人の女生徒を呼び止めた。
「あ‥‥ユリア君、悪いけどちょっといいかな」
「はい、何でしょう先生」
 二人は二言三言言葉を交わすと、ユリアが笑顔で頷きラスターは安心したような顔で頷きを返したのだった。
 それを、少し離れたところからリックという名のクラスメイトが見ていた。
 翌日、小さな‥‥しかし本人達にとっては大きな諍いがあった。
 それはユリアがクラスメイトのユーティライネンに声をかけたことから始まった。
「おはよう、ユーティ」
 普段なら明るい笑顔が返ってくるのだが、この日に限って彼は視線をそらした。
「ユーティ?」
「話しかけないで。僕、今すっごく嫌なヤツになってるから」
「え? 何か‥‥あったの? 私で良かったら相談に乗るよ?」
「話かけないでって言ってるだろ!?」
 突然の大声に教室内はシンと静まり返る。生徒達の目は二人に注がれていた。
 気まずい沈黙を破ったのはリックだった。
 意地の悪い笑みを浮かべ、彼はユーティへ言う。
「ヤキモチはみっともないよ、ユーティ」
 ハッと振り返ったユーティの顔が真っ赤に染まった。
「な、何を‥‥っ」
「お前がどう思おうと、所詮は意味のないことだったのさ。いい加減、諦めたらどうなんだ?」
「ちょ、ちょっとリック君、何を言っているの?」
 戸惑うユリアの耳に、側で俯いていたユーティから低い呟きが漏れ聞こえた。
「ユリアの裏切り者‥‥」
「えぇ? あ、どこ行くの、ユーティ!」
 ユーティは椅子を蹴立てて教室から飛び出して行ってしまった。
 とたん、こらえきれないようにリックが声を出して笑う。
 ムッとしたようにそれを見るユリア。
「何がおかしいのよ」
「くっくくく‥‥あいつ、昨日お前とラスター先生が仲むつまじく店巡りしているのを見てたんだよ。お前も親友面して、やるなぁ。恐れ入ったよ」
 その言葉にユリアは凍りついた。
 まったくの誤解だったからだ。ユーティは勘違いをしている。
 ユリアはもう姿の見えない親友を追って教室から駆け出した。

●助言
 昼食時、滅多に人の来ない屋上へ通じる踊り場で、ユリアはすっかり落ち込んで親しい教師に朝の出来事を話していた。あの後、ユーティを捕まえたものの、彼はユリアの話にまるで耳を傾けようとしなかった。全てを拒絶するように両手で耳をふさいでいた。
「私‥‥私は、ユーティの味方でいたいのに‥‥」
 今にも泣き出しそうな彼女の頭に、ぽんと手を置くルシエル。その手は慰めるように何度かユリアの髪をなでる。
「かわいそうに‥‥でも、よく話してくれたね。いい子だ」
 優しく囁くように言うと、ルシエルはユリアの小さな顎に手をかけ、軽く上向かせる。チュッと音を立てて一瞬だけ触れ合うと、彼は面倒くさそうに息をつきながらも、ユリアを安堵させるように笑顔を見せた。
「さて、仕方ない。私が一肌脱ぐとするかな」
 そんなわけで放課後、ルシエルはラスターの担当するクラスへ向かった。そこにはどう見ても浮かない顔の同僚教師。
「今日は途中からすっかり元気がないね。どうしたんだい?」
 と、何も知らないふりをしてラスターの肩を抱き、憂い顔を覗き込む。妖艶とも言えるその眼差しは、男女問わず心を落ち着かなくさせるものだが、今日の相手の反応は薄い。
「ああ‥‥あんたか」
「おやご挨拶な。何か悩みがあるなら、言ってみないかい?」
 心の隙間を突くような囁き。
 少しの沈黙の後、ラスターはぽつりぽつりと事情を話した。
 昨日ユリアと買い物に出ていたことをユーティに見られていた、ということをラスターはすでに耳にしていた。そして、今日一日、密かに思っているユーティが一度も目を合わせてくれない理由がわかったわけなのだが、そこから先、進めずにいた。
 嫌われてしまった、という恐怖。
 自分の思いは気付かれていないが、それでもだからこそ、何もないふりをするのは苦しい。ただでさえ、教師と生徒という壁の前で行き場のない気持ちを持て余していたのだから。
「どうすればいいだろう‥‥どうしたら‥‥」
「やれやれ、君は罪作りだね。何人泣かせたら気が済むんだい?」
 からかうようなルシエルの言葉は、もしここにユリアがいたら「自分ことは棚上げですか」と軽く睨まれていたことだろう。
 しかし相手はお気に入りの一人であるラスターなのだから、これくらい言いたくなるというものだ。
 ルシエルはひと思案すると、いっそうラスターに体を密着させ耳元に口を寄せてたった今頭に浮かんだことを話した。
「‥‥と、いうわけだ。どうだひとつ‥‥というのは」
「そうか‥‥そうだな。今度、勇気を出して‥‥」
 ようやく悩める人が元気を取り戻すと、ルシエルは彼から離れて人懐こい笑顔を見せた。
「失敗したら、たっぷり慰めてあげよう」
 いつもの軽い表情の目は、どこまでが本気でどこまでが冗談かわからない。
 だが、これでとりあえずは一件落着しそうだと思うラスターだったが、まさか今のやり取りを盗み見ている人物がいるとは夢にも思わなかった。

●悋気
 その日、ユーティは体育教師のジルベールが呼んでいる、とリックから伝言を受けた。
 ラスターに呼び出され向かおうとしていたユーティは、何だろうかと思いつつ体育館へ入ると、そこの倉庫からジルベールが呼ぶ声が聞こえてきた。
「何か‥‥ご用でしょうか」
「すまないな、帰ろうとしてたところに」
「いえ、大丈夫です。ところで‥‥」
「ああ、悪い。ちょっとこっちに来てくれないか」
 倉庫の奥の方で手招きされ、首を傾げながら中に入ると、ジルベールは彼とすれ違い倉庫の重い扉を閉める。
 その動作があまりに自然だったから、ユーティは不思議に思いながらも不審に感じることはなかった。
 だから、その直後のジルベールの行動にとっさに反応できなかった。

 こっそりユーティの後をつけていたリックは、体育館入り口にたたずんでいた。暗い表情で。
 固く閉ざされた倉庫の扉の向こうで、何が起こっているのか彼は知っている。
 ジルベールにユーティを呼んでくるように言われた時、彼の瞳に宿る黒い炎に気付いた。
 ふだん何かとユーティに嫌がらせをするリックだが、さすがに今のジルベールは危険だと感じていた。
 それでも頷いてしまったのは、抑えられない思慕の念と嫉妬のため。
 そしておそらく、そんなリックの気持ちを知っているだろうジルベール。
 卑怯な男だとわかっていても逆らえない。
 彼の心は自分に向いていないと身に染みているのに、利用されてもいいから名前を呼んでほしいと願ってしまう。
 どうしようもなく愚かな自分に、リックは唇を噛んだ。
 これ以上ここにいたくなくて、リックはその場を後にした。
 教室に置きっぱなしになっていたカバンを取りに戻った彼を、息を切らせたユリアが呼び止めた。
 彼女は真剣な目で問いかける。
「ユーティを知らない?」
「‥‥知らない」
「本当に?」
「‥‥」
「さっき、話してたよね? 本当に知らない?」
 リックが思わず目をそらせた時、もう一つ足音が近づいてきた。
「あ、先生!」
 ラスターだった。
 リックの肩がピクリと震える。
 彼が良心の呵責に耐えられたのは、そこまでだった。
「体育館倉庫だよ! アイツはそこにいる! 言ったからなっ、後は勝手にしろっ!」
 机の上に放置されていたカバンを乱暴に掴むと、リックは逃げるように教室を後にした。
 そんな彼を呆然と見送ると、ユリアとラスターは我に返って体育館倉庫へと急いで向かった。

「ユーティ!」
 ためらわず倉庫の扉を開け放ったラスターは、目にした光景に鋭く息を飲んだ。
 マットの上にまだ成長途中の身体を組み敷く体育教師の大人の身体。はだけた胸元と涙目の少年。
 これからじっくり味わおうとしていたところを邪魔されたジルベールだったが、さして気にしたふうもなく楽しげな笑みを浮かべて少年の体から離れた。
「何ともいいタイミングで」
 おどけたように言い、前髪をかき上げる。
 硬い表情のラスターは無言で倉庫内へ踏み込むと、まだ放心状態のユーティを優しく抱き起こした。
「そんな怖い目で睨むなって。何もしてないよ。あんたが邪魔したから」
 からかうような言い方に答えることなく、ラスターはユーティを抱き上げようとしたが、やんわりと拒否される。
 自分で歩けるから、と。
 そして服装を正したユーティを支えるようにして、ラスターは外へ出た。
 心配そうな目を向けるユリアに、ユーティは安心させるように小さく微笑む。
「少し外の空気を吸って落ち着こうか」
 と、ラスターが言えばユーティは黙って頷く。そしてユリアは。
「それじゃ、私は帰りますね」
 と、手を振って行ってしまった。

●思慕
 一人残された体育館倉庫で、どうしようもなく燻ぶった気持ちを抱えていたジルベールは、ふと人の気配を感じて顔を上げた。
「リック‥‥」
「ごめんなさい、先生‥‥僕が、ばらしました」
「わざわざ言いに?」
 頷くリックにジルベールは思わず苦笑する。
「お前が謝るようなことは何もない。むしろ俺が謝るべきだ」
「ううん。先生は‥‥ラスター先生が好きだから、あんなことしたんでしょう?」
「おや、知ってたのか?」
「見ていれば‥‥わかります。‥‥好きな人のことだから」
「俺がお前の気持ちを知っていながら利用したことも?」
「‥‥はい。そうすれば、少しでも一緒にいられるでしょう?」
 健気な少年の言葉に、ジルベールは困ったように頭をかいた。それからリックを手招きする。
 目の前に立った今にも泣き出しそうな少年の頬に触れた。
「不器用なヤツ」
 と、抱き寄せれば、リックは素直に身を預けジルベールの胸の中で囁いた。
「僕にも‥‥特別授業、してくれよ」
 ジルベールは愛しそうに抱く腕に力をこめた。

 外の空気を吸おう、と促されるままに歩いていたユーティは、前を行く人が向かう先に気付き、鼓動が早くなるのを感じた。
(「あの森には、僕と先生の名前を刻んだハートマークが彫ってある。まさか、見られることはないだろうけど‥‥」)
 と、気にしながらも、その刻んだ思いを見つけて欲しいと願う自分の心に戸惑った。
 ラスターが足を止めたのは、だいぶ森の奥へ入ったところだった。
 そこは、ユーティが印を刻み込んだ木の側であり、彼の心臓はうるさいほどに高鳴っていた。
 もしかして、先生は知っているのだろうかと思ったが、
「ユーティ」
 と、何やら真剣な表情で振り返ったことから、気付いていないのだとわかった。
 動揺を悟られないように顔を上げると、ふと目の前に差し出される包み。それは綺麗にラッピングされていて‥‥。
「誕生日、おめでとう」
 どこか照れたように告げられた言葉に、目を見開くユーティ。
 受け取った包みとラスターの顔をユーティの視線が何度も往復する。
「‥‥開けても?」
「もちろん。その‥‥ユーティに喜んでもらいたかったから‥‥」
 入っていたのは黒ヤギと白ヤギのマスコットが付いたストラップだった。
 それは前からユーティが欲しいと思っていたが、すぐに売り切れてしまうためなかなか手に入れられずにいた品だった。しかし、このことを知っているのはユリアだけのはず。
 そこまで考えてユーティはハッとなった。
 ラスターとユリアが店巡りをしていたのは‥‥。
「あの‥‥先生」
 ユーティがそのことを尋ねると、ラスターは気まずそうに頷いた。
 自然、彼の顔がほころぶ。
「嬉しい‥‥欲しかったんだ、これ。ありがとう」
 無防備な笑顔に、いつの間にか触れるラスターの指先。
「君のことが、好きだ‥‥」
 呟くような告白がユーティの耳に届いた瞬間、彼の体はラスターの腕の中だった。
 そして、同じ言葉を再び耳元で囁かれる。
「先生、本当に僕、自分の気持ちに素直にならなきゃいけないの‥‥?」
「素直に‥‥なってほしい」
 ゆっくりとユーティが顔を上げる。うるんだ瞳と、口元にかすかにたたえた微笑が返事だった。

 そんな二人の様子をそっと見守っていたユリアとルシエル。
 文句なしの結末に二人は顔を見合わせて笑顔を交わす。
 これ以上、ここにいる意味はない。
 ルシエルはユリアの肩を抱き寄せると、耳元に口を寄せた。
「さあ私達も個別授業といこうか」
 そう言って、一瞬、唇を触れ合わせた。

●カーテンコール
 貴族令嬢達の拍手を浴びながら、演劇者達が紗幕の奥から姿を現す。
 まずは主役の二人。
 ラスターを演じたジャッド・カルスト(ea7623)と、ユーティを演じたルーフォン・エンフィールド(eb4249)。
 それから主役二人を惑わしたリックを演じたエトピリカ・ゼッペロン(eb4454)に、ジルベールを演じた毛利鷹嗣(eb4844)。
 最後に主役二人を助けたルシエルを演じたルティエ・ヴァルデス(ea8866)に、ユリアを演じた桜桃真希(eb4798)。
 そして、最終章においてリアルな艶っぽい音を演出した果物達。
 令嬢達は果物であの臨場感を出していたのかと、心底驚いていた。
 観客代表でシェスティンが冒険者達へ改めて挨拶を述べ、全員でお茶会となったのだった。
 その後しばらく、果物でキスの音を出す遊びが流行ったとか流行らなかったとか。