●リプレイ本文
●危険につき立ち入り禁止
女がすっと鞭の先を掌に乗せると、一同は息んだ。
その沈黙の中、女は辺りを一瞥すると、ゆっくり唇を開いた。
「みなさん、お集まりくださってどうもありがとう」
そう言って、形のいい唇の両端を上げた。
ここ、ウィル郊外の平野で、今日はペット調教講習会が開かれていた。数十人の飼い主が、各々自分のペットを引き連れて訪れている。小型のペットから今にも暴れだしそうなペットまで様々だ。しかし、ほのぼのとした集まりの中心に立つ人物が、この場の空気を異様なものにしていた。その女性に向かって、アレクシアス・フェザント(ea1565)が一歩前へ出た。恐々としていた周りの人間は一気に身を固める。
「お会い出来て光栄だ。此度はご教授の程宜しく頼む」
そう言って彼女の手に仰々しく口付けをする。
「どういたしまして」
驚くこともなくそう返したその女性は、ボンテージに身を包んでいた。黒光りするその衣装は、彼女の豊満な肉体に妙に似合っている。彼女こそ、今日の会を務める凄腕調教師だ。誰が呼んだか、通称『女王様』。その堂々たる微笑と風貌は、女王様の呼び名に相応しかった。
「どういたしました? みなさん、今日は私の教えを受けに来たのでしょう? 固くなってはいけませんわ。さあ、お座りになって」
女王様はそう言うと、彼女用に用意された赤いイスに腰をかける。会場は何もない平野だが、今日のために、簡単なイスだけが用意されていた。女王様のイスだけ少し豪華 で、あとは彼女を囲うようにして、木のイスが備え付けられている。大きなペットを連れる飼い主以外は、彼女の言うまま席についた。
「本日はこのような会を開いてくださってありがとうございます」
そう口を開いたのはクウェル・グッドウェザー(ea0447)だ。ロック鳥とドラパピ連れている。
「良い飼い方を模索していましたので、大変助かります。‥‥しかし、そのような格好は‥‥」
クウェルが口ごもると、女王様は
「どういたしまして」
と返すと、ますます楽しそうに胸を張ってみせた。クウェルを始めとした男性陣が、慌てて目線を散らす。
次に立ち上がったのはレイリー・ロンド(ea3982)だ。
「女王さ‥‥調教師の先生、本日はありがとうございます」
「あら。いいんですのよ、女王様って呼んでくださって」
「‥‥女王様、そして参加者の皆様、今日はよろしくお願いします」
からかうように返されて、レイリーは呆気にとられたが、先に挨拶を済ませた友達のクウェルが彼に向かって笑いかけているのに気づき、我に返って席に着く。
「初めまして、ジ・アースより参りました、クレリックのカレンと申します」
次に挨拶をしたのはカレン・ロスト(ea4358)だ。
「そしてこの子がレリィです」
そう言って、足元で大人しく座っているフロストウルフの頭を撫でた。
「前はとっても甘えん坊だったのですが、少し気難しくなってしまいました‥‥一緒に寝てくれないんです。でも、変わらず色々と助けてくれますし、私の大切なパートナーです」
にっこりと笑みを浮かべたカレンに、女王様も足を組み替えながら笑みを返す。
「ねぇ、そちらのワンちゃんは、あなたのペットですの?」
女王様にそう声をかけられビクッと反応したのはソーク・ソーキングス(eb4713)である。
「あの、その、私は、その、ソーク・ソーキングスといいます。あの、よろしくお願いします‥‥」
ぎらぎらと輝くような女王様の瞳に見入られたソークは、消え入りそうな声で答えた。
「調教師サン、今回はヨロシクな」
飛び回りながら皆への挨拶を済ませた真音樹希(eb4016)が、女王様の前に降り立った。
「俺も挨拶しておくよ。どうかな、俺の赤丸、そろそろ成長すると思うんですけど、何になると思います?」
そう言って顎で自分のペットを指したのは、アシュレー・ウォルサム(ea0244)だ。赤丸と呼ばれたそれは、大きな身体をしているが、複数の動物が混じったような外見をしていて何の種なのか分からない。
丁度その時、見る間に赤丸の身体が大きくなった。
「うわぁ〜!」
前半身が鷲、後ろ半身が獅子。どう見てもグリフォンだ。赤丸は得意そうに力強い鳴き声を上げた。参加者たちからざわめきが起こった。
女王様の少し変わった風貌と、高飛車な物言いに圧倒されていた彼らだったが、今の出来事で気がほぐれたようだ。皆、次々に立ち上がって、自分とペットの紹介を済ませていった。
「さあ、自己紹介はそれくらいにして、そろそろ始めますわよ。ちゃんとついていらしてね?」
●主人は私
「俺のペットはまだ卵なんだが、これから飼い主として、どう成長していくべきなのだろうか」
レイリーがそう発言すると、他の参加者たちも深く頷いた。女王様は組んでいた足を大胆に解くと、椅子から立ち上がり、皆の輪の中をゆっくりと旋回する。
「ペットの躾で何より大切なのは、順位付けですわ。誰が主人で、誰がペットなのか。そのことをしっかり分からせるの」
トン、トン、トン‥‥と、折りたたんだ鞭を手の平に打ちながら女王様は続けた。
「あたくしたちに、服従させるの」
トン、と鞭が止まった。ゴクリ、と参加者たちと、ペットまでもが唾を飲み込む。
「でもね、決してそれは厳しいことじゃなくてよ」
女王様は鞭を降ろすと、エルマ・リジア(ea9311)のボーダーコリーの前でしゃがみ、目線を合わせた。
「この子たちのためには、ちゃんと服従させることが一番大切なの。あなた、この子はまだまだ大きくなると思うけど、今の時点で困ってることはない?」
見透かすような視線で見上げられたエルマは、手を片頬について答えた。
「ええ、仲の良さはそこそこ自信があるのですが‥‥体を動かす事が大好きなので、愛情表現も力強くって。このまま大きくなっていって、受け止めきれる自信がありません」
「そうね。それに、じゃれてるつもりで、子供たちに怪我をさせたら大変ですわよね」
「俺の輪廻も、人様に襲い掛からないようにしっかり教育しておきたいんだが」
そう言って手を上げたのは毛利鷹嗣(eb4844)だ。名前を呼ばれた狼の輪廻は、ぱっと主人の顔を見上げた。
「ストレス無くお行儀良くさせる方法を、教えていただけませんか?」
エルマにそう言われ、女王様は立ち上がると、また鞭を手にとった。
「先ほど言ったように、ペットを服従させることは、彼らがストレスを感じることなくあたくしたちと生活するには、一番大切なことですのよ」
女王様はメレディス・イスファハーン(eb4863)の前で立ち止まると、鞭の先で彼のペットを指してみせた。
「あなたのペットは、孵化したばかりのようね?」
メレディスは頷いた。
「僕も訓練すれば、どんな動物でも操れるようになるのかな? それとも、女王様のように生来持っている威圧感とかが必要なのかな」
女王様は黙って首を横にふると、こう続けた。
「あなたのペットのように、まだ赤ちゃんの状態が一番いいんですのよ。同時に、今ちゃんとしてあげなかったら大変ですの。大人になって暴れたり、主人の言うことを聞かない子は、ほとんどが子供時代にちゃんとした教育を受けられなかったのよ。みなさん、ペットを服従させるために気をつけていることはあるかしら?」
女王様の問いかけに、飼い主たちの中からひとつ手が上がった。
「クウェルさん、どうぞ」
「何よりもまず、僕の許した餌以外を勝手に食べたりしないように、特に生きてる物に対して徹底しています」
「そうね。正しいですわ。これはどのペットにも共通する事ね。あとは、狼やワンちゃんのような、一緒にお散歩できるペットの場合、絶対飼い主より前を歩かせてはいけませんわ」
ピシッ!
不意に、女王様が鞭を足元に打ちつけた。
「でも、力づくは駄目ですのよ。あくまでも、ご褒美で釣ったり、自発的に行動させてくださいませ」
鞭を打ちつけるアクションと言動のあべこべさに、一瞬走った緊張が崩れた。
「それとあなた」
再び鞭をしならせて、体の向きを変え、背筋をピンと伸ばして歩み寄ってきた。カレンの前で足を止める。
「カレン・ロストさん。ペットが一緒に寝てくれないとおっしゃっていたけど、それでいいのよ」
レリィが不思議そうにカレンを見上げている。
「四六時中一緒にいたら、この子はあなたがいないだけで不安になっちゃうのよ。依頼等で一緒にいてあげられないとき、
たとえ誰かにこの子を預けたとしても、あなたが帰ってくるまでにこの子の心は不安でいっぱいになってしまうわ」
「そうなんですか‥‥」
カレンと一緒に、他の参加者たちも関心してうなずく。
「それに、あたくしはベッドの中はトクベツな男性にしか許しませんわよ」
そう言ってカレンにウインクを飛ばすと、また円の中心に戻っていく。
「いいですこと、甘やかしは飼い主の最低の自己満足ですの。多少厳しくしてでも、ペットが可愛いなら、しっかり叱ってさしあげて。
少しでもあなたに従わなかったら、それがいけないことだと教えてさしあげて」
そこまで言うと、女王様は振り返り、にっこりと微笑んでみせた。
「そして、言う通りにできたらたくさん褒めてさしあげてね」
●いけない子
「では、実際にどう扱えばいいのか、実践してみますわよ。どなたか前に出ていらして」
そう女王様に呼びかけられて、エルマのボーダーコリーがワン! と大きく返事した。
「あら、ワンちゃん直々の申し出ね。いいわ、いらして」
くすくす笑いの起こる中、恥ずかしそうに笑ってエルマが前に出る。
そのとき、樹希がもっとよく見える位置に行こうと、ふわふわ上空を漂った。丁度レフェツィア・セヴェナ(ea0356)たちの横辺りに留まって、女王様の技を盗もうと熱心だ。
そんな彼を更に熱のこもった視線で見つめていたのは、レフェツィアのペットのフロストウルフ、プリンだ。小さな樹希の4枚の羽が、彼の目と鼻の先でぱた、ぱたと音をたてる。決してプリンから目を離すことのなかったレフェツィアだったが、女王様が正しい散歩のさせ方を体全体で教えているとき、彼女はついそっちに目がいってしまった。
プリンの鼻息が一層荒くなる。それに樹希が気づいたのは、鼻息が自分の羽に触れた瞬間だった。
「わーーーー!!!!」
樹希の叫び声がし、皆が一斉に振り向く。とりあえず口に入れてみようかと大きく開かれたプリンの口の目の前から、樹希がビュンッと飛び出す。
「プリン! やめなさい!」
レフェツィアがとがめるが、プリンは走り出してしまった。どのペットもその様子に釘付けになる。興奮が連鎖してゆく。
「おっと失礼!」
暴走するプリンの目の前に、鷹嗣が飛び出す。彼の体が淡い光で包まれたかと思うと、プリンは魔法の効果で楽しそうな笑顔のままぴたりと固まってしまった。
「うわーーーーーー!!!」
プリンが止まったことに気づいていない樹希は、まだ脱兎の如く飛んで行く。
「うわ!」
クウェルのロック鳥に樹希がぶつかると、ロック鳥のニールはけたたましく一回鳴いて、大きな翼を思い切りひろげ、傍らに居たティラ・アスヴォルト(eb4561)のユニコーン、ウィンディの視界をふさいだ。
驚いたウィンディが後ろによろめくと、後ろに立っていたアレクシアスに触れた。
「お、大丈夫か?」
支えようとアレクシアスがウィンディの腰に手を当てた瞬間、ティラが叫んだ。
「その子に触らないで!」
不意に見慣れぬ男性に触れられたウィンディは、見る見るうちに攻撃態勢。オーラを感じ取ったペット達はますます騒ぎ、被害を受けまいと飼い主たちが散り散りになり、ますます混乱が高まって‥‥。
「おやめなさーーーーい!」
ビシィイ! と鞭がしなる一音がし、皆の動きが止まる。
「そこまでですわよ」
もう一度控えめに、足元へ鞭を打ち付けると、ウィンディをはじめとしたペット達の興奮が波の引くように収まっていった。
気の抜けた飼い主たちはその場へ座り込む。
「えっと‥‥」
カレンは大きく手をあげた。
「もし怪我などしてしまった人がいましたら、手当てしますのでいらしてください」
動物たちの興奮を鎮めきるためにも、講習会はしばし中断となった。時間も丁度、昼を迎えていた。
●ランチタイム
穏やかに降り注ぐ日差しの下、各々は自由な場所でランチタイムをとっていた。木陰の下でペットと静かに食事をとるものがいたが、半数は誰かのもってきた大きなレジャーシートに集まり、女王様を囲んで談笑の真っ只中だ。
「変わった味だが美味しいぞ」
何人かが、レイリーが持参したものをしげしげと眺めていた。彼が差し出した黒い液体は、天界の醤油だ。恐る恐る、数人が口へ運ぶ。
みんながおいしそうに食べているお弁当は、カレンの用意したものである。人数分の弁当を運んで疲れているペットのレリィは、彼女の膝のそばですっかりくつろいでいる。
「フロストウルフの飼育について、何か助言いただけないでしょうか? この子、最近気難しくって‥‥」
カレンがため息をつきながらも愛しげに自分のペットを見つめると、レフェツィアも同じように声を上げた。
「僕のプリンも、まだまだ目が離せなくって。躾けるだけで怪我をしそうだよ」
聞かれた女王様の顔の半分には、濃い影が落ちていた。いつの間にか設置されていたパラソルが、女王様を陽射しから守っていた。
「何よりも、自分がボスなんだって態度でいなくてはいけませんわ。気を付けてね。こういう子はうっかりすると自分がボスで、群の仲間である飼い主を外敵から守っているつもりの仔もいるの。だから飼い主以外には平気で牙を剥くものよ」
女王様の言葉に、カレンのレフェツィアの二人は顔を見合わせて頷いた。
二人のペットのフロストウルフは、お互いの鼻をつけあわせて午後の空気にまどろんでいる。いつの間にか馴れ合っていたようだ。
「女王様、それと、先日卵から雛が孵ったのですよ」
「あら、それはおめでとう。愛情をたっぷりそそいで差し上げてね」
心からお祝いするというように、女王様はカレンに向けてにっこり微笑んだ。
「それで、これも何かの縁と思いまして、よろしかったら名付け親になって頂けないでしょうか?」
「あたくしが? よろしくて?」
まぁ、と声をあげる。カレンは微笑み頷いて、周りの人間も期待深げに耳を寄せた。
「光栄だわ。そうね‥‥『シャイン』なんてどうかしら? 今日のお天気にちなんで。それに、可愛い子に育っても、雄雄しい子に育っても似合うと思うわ」
「ありがとうございます!」
カレンは礼をいうと、レリィにも今のことを耳打ちして知らせる。
「俺の卵も見てくれよ」
そこで入ってきたのは、虹色の卵を抱えたレイリー。
「この綺麗な虹色の卵は初めて手にした大切なものなんだ。まるで夢が詰まってるようだろ?」
うっとりと大切そうに眺めるその様子に、女性陣がくすくすと笑う。
「本当ね。とっても素敵だわ。きっとその子とあなたの愛情があれば、世界一素晴らしいコンビになるんではなくて?」
女王様がそう言うと、レイリーはその様子を頭に浮かべ、満足げに笑った。
その集まりから少し離れたところ、木陰の下から熱い視線を送る女性陣。その中心はセラフィマ・レオーノフ(eb2554)だ。
ネタ帳をしっかりと胸に抱き、今の様子を注意深く眺めていた。
「普段はクールな殿方も、ペットのことなるとああも可愛らしく変貌なさるのね‥‥!」
そう力強くつぶやいて、セラフィマが何かを書き込んだネタ帳を、覗き込んだのが麻津名ゆかり(eb3770)だ。
「いかがかしら?」
「なかなか斬新な文章ですね」
ころころと鈴のように笑い、ネタ帳から人の輪の中へと視線を移す。
「うっわ、あの方がこんな風に‥‥」
何度もネタ帳と視線を行きかわせながら、楽しそうに笑う二人の横で、ゆったりと風を浴びているのはユニコーンのウィンディー、蒙古馬のムーザ、そして飼い主のティラだ。ゆかりが声をかける。
「ティラさん。あたしも雷という駿馬を飼っているのですが、馬族の先達として、お話伺ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん」
ティラが目配せすると、ウィンディーも睫をぱちぱちとまたたかせた。
「ティラさんみたいに愛情を注げば雷もあなたみたいになれますか?」
ウィンディーはひづめをとん、と地に置いて、ティラを見つめた。
「本当? よかった」
ゆかりが嬉しそうに笑むと、向こうから誰かがやってきた。レイリーだ。
「失礼する。ちょっといいか?」
ティラは立ち上がり、レイリーを見据えた。
「大丈夫、触りはしない。大変興味があってな。挨拶くらいはいいだろう?」
ティラが頷くと、レイリーはそっと一礼した。ウィンディーも頷くようにして首を下げる。その一種神妙な空気の中、カリカリとペンの走る音がしたが、あえてレイリーは振り向かなかった‥‥。
アレクシアスがシャリーアから書状を受け取り、了解の旨を伝える横で、鷹嗣が熱心に女王様と話し込んでいる。
「ところで女王様はどこからやって来たのかね?」
「あたくし、天界の日本人でしてよ」
「おおそうか。その格好からすると、そもそもは人間を調教するのを職としているように見受けられるが‥‥」
鷹嗣の言葉に、皆が一斉に喋るのをやめた。女王様の発言に集中する。そんな中、メレディスが口を開いた。
「女王様って、確か日本にそういった職業があると聞いたことがあるような‥‥?」
そして、皆が『あの』職業を頭に思い浮かべた。
「ええ。そんな時期もあったわね」
予想通りの回答をけろりと言ってのける。
「ほう。俺は被虐の趣味はないんだが‥‥その手腕には興味があるな。奢るんで、この後、一杯付き合わないか?」
くい、と鷹嗣が杯を傾ける仕草をすると、女王様は不敵な笑みを浮かべ、鷹嗣の額に指をあてクスリと嗤う。
「可愛い人ね。でも今日はダメよ。また縁があったらね‥‥」
鷹嗣がぽかんとしていると、その後ろから樹希が飛んできた。いままで、他の飼い主達に色々と聞いて回っていたようだ。
「どう? 何かいいお話は聞けたのかしら?」
「ああ! この通り、びっしり」
そう言って見せたメモには、小さな字でいっぱいに、ペットと飼い主の馴れ初め話や、珍しいペットについてのメモが書かれていた。
「しっかし、飼い主とペットの絆ってすげーな」
「そうね。あたくし、絆って世界一美しいと思いますわ」
女王様はひたすら優しい光を目に宿した。
「女王様!」
そこで、入ってきたのがシュバルツ・バルト(eb4155)だ。
「何かしら?」
「女王様の名前は何というのですか? 女王様代(めのう・さまよ)?」
シュバルツの発言に、沈黙が流れる。
女王様は肩を震わせている。
「じょ、女王様‥‥?」
「おほほほほほほ!」
誰かが声をかけると、女王様はばっと上を向いて、高々と笑い出した。驚いたペットが飛び上がるほどだ。
「いいわね、いいわ。とても、すごく素敵よ、それ」
涙ぐみながら笑い混じりに話す。
「あたくし、今日からそれを名乗りますわ」
大きな笑いは伝染し、一同全体をつつんだ。
依然木陰の下でのんびりと過ごしていたゆかりは、カレンとレフェツィアのフロストウルフを見つめていた。
ふわふわとした志の首の毛を撫でながら、問いかける。
「頑張ればあなたもあんな風になれるかも、でも‥‥どうかな? なってみたい?」
志は応えず、じっと空を見つめていた。ゆかりもつられて、雲を見上げる。
青いキャンパスに混じった白の様子が、綺麗だ。
どの飼い主とペット達も、しばし午後のまどろみに身をまかせた。
●かわいい子
緩みきった空気を正すように、女王様の鞭が高鳴り、お昼休みは終了した。
「さあ、まだ質問があるのなら、ここでまとめておっしゃってくださらない?」
まず、はじめに手をあげたのはクウェルだった。
「あら、ぼくちゃん。ご質問?」
そう呼ばれ、クウェルはぐっと怯むも、質問を続けた。
「まず、ニールのことなんですが、最近体が汚れてきているようで、この子くらいの大きさになるとなかなか水浴びもさせられず、そのままだとあまり健康にもよくなさそう です。何か良い考えは無いでしょうか」
クウェルが心配そうに目をやると、ニールはそんなことお構いなしと言うかのように羽を繕っていた。
「この仔にあった水場に連れていっておあげなさい」
そう言って女王様はこの近辺の水場の名をいくつか付け加えた。
「暑くなってきたら、一緒に水浴びしてもいいわね」
「ありがとうございます。あと、マチなのですが、戦闘の際見ているだけになっているんです。
嫌ならば構わないのですが、後方支援や味方の護りだけでもしてくれると頼りになるのですが‥‥どうでしょう?」
「大人しい仔に無理させちゃだめよ、ぼく。先に飼い主としての威厳を持つようにしなくちゃね。大人しい仔とか臆病な仔は、飼い主以上に勇敢にはなれないものよ。信頼しているからこそ、強い敵にも立ち向かって行くの」
話しながら鞭を撫でるその仕草に、一同は頷いた。確かに、女王様のオーラは威厳に満ちている。
「普段からぼくちゃんが、なにがあっても守っやるんだって覚悟を決めなきゃ、言うことを聞いてはくれないわよ」
ふむふむと頷くクウェルの次に、手を挙げたのはセラフィマだ。
「女王様、この子なんですけど、私、手に負える自信がなくって」
そう言ってセラフィマが差し出したのはつるんとした卵だった。
卵を手に負えない、という彼女に対して向けられた不思議そうな視線に気づき、セラフィマは慌てて付け加える。
「この茶卵、ことによるとウィバーンに成長するかも知れませんのよ。そうなったら、私では手に負えそうにないですわ。
もしもそうなった時の為に対処法をご教授願できないでしょうか?」
女王様はセラフィマの方に体の向きを変え、答えた。
「何が生まれるのか判らないけど、大切なのは愛情と信頼をもって可愛がることね。これが第一。そしてその上できちんと躾けること。愛情があっても躾がなってないと、我が侭な息子に振り回される親みたいになるわよ」
どの仔にも言えることだけどね、と付け加えてウインクする。
次に、アシュレーが小さな甲羅を差し出した。女王様が近づき、つんつんと指先でノックすると、頭と足がのそりと出てきた。
「桃丸は何やら水魔法を扱う霊獣になるらしいんですが、そうなるように成長する躾け方ってわかりますか?」
「あら。あたしは躾け方は判るけど、そんなことは知らないわよ」
そして一同に向かって、勘違いなさらないでね、と唇をとがらせる。その時、目に入ったメレディスのペットに向かってゆっくりと足を進める。
「あら、素敵なハンドバックですこと」
「違いますよ」
女王様が笑みを浮かべてメレディスのヘビをすくいとった。チロチロと舌を出すエアリアルの頭に小さくキスをする。
「この子、どうやって躾けていけばいいですかね。冒険でどういう風に活躍してもらえるのかとか」
「あらあら。ずいぶんとマイペースな仔ねぇ。無闇に噛みつかないことを教えるといいわよ。エサは決めた時間にあげて、必要以上に餓えさせず、同時に何時でも貰えるわけ でもないことを仕込むと良いわ」
「俺も、狩りや戦場で使いこなす為の調教を行いたいのだが」
最初に手を挙げたのはアレクシアスだったが、同じような事を言いながら次々と手が挙がった。
「ちょっとお待ちなさい。分かりましたわ。手を挙げた人はそのまま立ってらして」
女王様はそう言うと、アレクシアスのプラティアと、シュバルツのグリフォンとウルフの頭を次々と撫でた。
「この子達は、時々狩りに連れて行くといいわね。獲物は小鳥から始めて、あとは矢で射た小さな獣を確保させるとか」
そしてティラの前に立った。
「あなたのウィンディーちゃんとムーザちゃんは、とにかく落ち着かせてあげてね。大きな音に驚かないように、とかね。そうすれば大人しく従ってくれますわ」
ふむ、ふむと飼い主達は頷く。その内からアレクシアスが再び手を挙げた。
「ありがとう。あと、今日は安全のため家で留守番させているのだが、つい先日、若い虎を手に入れまして。そいつについてのアドバイスもいただけますか?」
「あなたが強くあることね。甘噛みなんかしたら、今の内にどちらが上か教えて上げなさい。そして、あなたはその仔にエサをくれる人で、何があっても守ってくれる人だと 理解させること。先ずはそれからよ」
そう一気に捲くし立てると、女王様は鞭を足元に打ちつけた。ざっと人が一歩引く。
「そろそろあたくし疲れましたわ。このままじゃキリがないと思いませんこと?」
今まさに手を挙げていた人々が、苦笑いしながら手を引っ込める。
「あなた!」
突然指を指され、鷹嗣が手を引きそこねた。
「ラッキーボーイね。特別に最後の質問、聞いてさしあげますわよ」
「え、と」
急な出来事に一瞬と惑うも、こほんと一回咳払いをし、みんなの期待が集まる中、鷹嗣が言った。
「恥ずかしながら‥‥俺にはまだ、こいつらの性別の見分けがつかん。教えてはくれまいか。もしメスだったら、レディらしく扱わねばならんのでな」
「あら、最後の質問がそれですの?」
ふふ、と女王様が笑う。
「二匹とも可愛らしいメンズでしてよ。これでよろしくって?」
女王様が両手を空に向かって挙げると、どこからか拍手が沸き起こった。丁寧にお辞儀すると、女王様は呟くように言った。
「‥‥あと一匹、調教するくらいの体力なら残ってますわよ」
●特別授業
クウェルに、仁王立ちした黒い影がかぶさる。
「え‥‥?」
半笑いのクウェルに、ニヤッと笑う女王様。
「今しがた、ご依頼承りましたの」
「えっと‥‥僕、何か頼みましたっけ?」
首を振ると、鞭を携えたボンテージの女王様は、振り返ってみせた。少し離れたところから、腕を組んでにやにやと笑っている一団がいる。
「がんばれー!」
無責任な声をかける面々には、携帯の写真機能を彼へと向けている者もいる。
「では、調教をはじめましょうか?」
「調教って、僕のペッ‥‥」
「それ以上は言わないの」
ノンノン、と言って女王様は彼の口に鞭先を当てる。
「あと、」
高みの見物を気取っていた一団の中にいる、ソークへと鞭先が変わった。
「あなたもいらっしゃい!」
「えっ?!」
ソークが訳も分からず近づくと、足元を鞭でしばかれた。
「さあ、始めますわよ!」
「な、なんで私まで‥‥っ」
「そもそも、なんで僕が!」
「素晴らしいですわ!目に焼き付けておかないと!」
セラフィマの熱視線の先で、二人はじりじりと追い詰められてゆく。
「あの‥‥その‥‥」
「あたくし、久々に手加減できなくなりそう」
女王様が悪戯げに舌なめずりすると、晴れ空の中を、高い悲鳴が響いた。
せっかく落ち着いていたペット達はその声につられ、遠吼えをはじめたり、駆け回ったり‥‥。
何故かその後始末は、女王様に大層気に入られたクウェルとソークに一任された。二人の体には、赤い鞭の跡があったとか、なかったとか。