●リプレイ本文
●基礎特訓
木で組まれた大きな籠の中に、ゴーレムグライダーの模型が構えている。一同のざわつきが納まると、ドイトレが基礎訓練の説明をはじめた。
「まずはこれに乗り、必要なバランス感覚と身体の扱い方を養う。ようやく慣れたところで、体験飛行に移るとする」
ドイトレはそう言うと、参加者達を二人一組のペアにさせた。
「一人が補助具をつけてこれに乗り、相手は機体を動かす。始めは左右に揺らす程度で結構だが、戦闘での飛行を想定し、後々には激しい回転も取り入れること」
まずはソーク・ソーキングス(eb4713)が乗り込んだ。エルシード・カペアドール(eb4395)が相手役だ。
「だ、大丈夫かな‥‥」
少々緊張した様子のソークだったが、いざ動かし始めるとなかなか好調のようだ。エルシードも緩急をつけて籠を操っていく。その様子を見守るドイトレに、アリシア・テイル(eb4028)が声をかける。
「ゴーレムグライダー、自在に操れるようにはどれくらいかかるのですか?」
「飛ぶ事自体は容易いが、思い通りに動かすことは難しい。ゴーレムグライダーは魔力を風精霊の力に換えて空を飛ぶ物。ゴーレム技術が高いほど強い力を引き出せる。しかし、飛行の理(ことわり)を知らねば細かな運動は難しく、体力がないと持続しない。また、急旋回などは空間感覚が混乱しやすいので経験も必要だ。ただまっすぐに飛び、緩旋回を行う程度は直ぐに出来るようになる」
ドイトレの返答に、アリシアはふむふむと頷く。近くに居たダン・バイン(eb4183)もメモを取り出して熱心にドイトレの言葉を拾う。
「分かりました。まだまだ質問たくさんさせてもらいますね。質問を控えて、もしゴーレムを傷つけたり、落としたりしちゃったりしたら、それこそ後世まで残る恥じゃないですか。それならなら、聞くことで今一時の恥を忍んだ方が得策だと思うんですよ。」
熱のこもるアリシアの言葉に、ドイトレは頷いた。
「その通りだ。聞くことは一時の恥でもないがな。さあ、お次はお主の番のようだぞ」
お互いの訓練を終えたソークとエルシードが出てくる。疲労した様子から、中々ハードと見える。
アリシアが籠の操縦、乗り込む相手はリュード・フロウ(eb4392)だ。しっかりと補助器具を装着し、構える。
「手加減はいりません。よろしくお願いします」
アリシアに向けてリュードが言うと、籠が大きく揺れ始めた。位置感覚の混乱に慣れるための大切な訓練だ。ドイトレが見守る中、激しい揺れに慣れようと、各々、天地をひっくり返しながら、訓練に没頭した。
飛行場では、7機のグライダーが待ち構えていた。内2機はルーケイ伯所有の物である。
「騎士学院でも、飛行訓練の授業だけは熱心だったんだよね」
飛行体験の開始に、エルシードが嬉しそうに言った。他の受講者も、実際に乗りこめるとあって、緊張しながらも興奮が隠し切れないうようだ。
「ふむ。間近で見るのは初めてじゃの」
グラーヴェ・グレイン(eb5255)は感心したように言うと、同じようにグライダーをしげしげと観察している、フラガ・ラック(eb4532)に声をかけた。
「おぬしも、グライダーは初めてかの?」
「ええ。バガンやチャリオットへの搭乗の機会はあったのですが、グライダーへの搭乗は 初めてです。緊張しますね」
ふぅ、とため息をついたものの、表情の明るさから、飛行訓練に対する期待が現れていた。
「おぬしはどうかの?」
次に話を振られたのは草薙麟太郎(eb4313)だ。
「これまでに2回ほどゴーレムグライダーでの出撃をしていて、飛行許可証も持っているのですが‥‥」
「そうなんですか?凄いじゃないですか」
感嘆するフラガに、麟太郎は手を振って否定する。
「いや、僕は正規の飛行訓練を受けたことがなくて。この機会にちゃんとした基礎訓練を仕込んでもらおうと思っているんです」
「ふむ。何にしろ、基本は大切じゃな。基礎訓練は目に見えて現れる効果が薄いが、もっとも重要じゃから基礎なのじゃ。」
このようにして受講者が思い思いにお互いの意見を交わしていると、飛行訓練の補助をする、教官一同がやってきた。ついに訓練開始だ。まず、それぞれの教官が担当する受講者の名前を呼んだ。山本綾香(eb4191)は友人のライナス・フェンランにもらったアドバイスを何度も胸で復唱し、リラックスを心がけている。
まずは第一陣がグライダーに乗り込んだ。教官が後部座席で操縦し、それに乗り合わせて体験飛行する形になる。
最後の搭乗となるダンは、いそいそとデジカメを取り出して撮影を始めた。
「それは?」
近くに居たティラ・アスヴォルト(eb4561)が声をかける。
「上手い人や教官、それに対して初学者のグライダーの扱い方を比較しようと思って。なるべく短期間で成果がでるよう、色々研究してみようと思っているんです」
彼がそう応えると同時に、いくつかのグライダーが空中に浮かび上がる。
リュードは久々のグライダー搭乗とあって、集中して飛行の感覚に身をまかせていた。風が彼の身体を滑り流れてゆく。教官たちの運転には支障がなく、どの受講者たちも順調に体験飛行をこなしているようだ。その様子を満足げに眺めていたドイトレに次の搭乗を控えたディーナ・ヘイワード(eb4209)が相談を投げかける。
「スタミナ不足が心配で。チャリオットレースに何度か参加してことあるんですけど、直線ですぐ速度が落ちちゃって‥‥」
「焦らぬ事が肝要。レースは常に張りつめているが、心は熱く、頭は冷静にな」
しょげそうになっているディーナに、ドイトレは大丈夫だと付け加える。
「大丈夫よ。スタミナなんて、訓練でいくらでも養えるんですから」
横から冥王オリエ(eb4085)にそう言われ、ディーナはそうですよね、と応える。
「よーし、頑張るぞ!」
各々が風の感覚に身を慣らした頃、体験飛行は終了し、飛行訓練へと場を進めた。
●汝自信を知れ
二日目を向かえ、教官同伴ながらも、やっと実際に騎乗する事を許された。今回から、山下博士(eb4096)の提案で、希望者には各々の限界飛行時間を測定することになった。
ようやく操縦できるとあって、皆嬉しそうだが、いよいよ緊張が高まってきたようだ。
「うわついているだけで基礎ができていないなら、結局失敗するだけだがな」
そう言い捨て、バルザー・グレイ(eb4244)は先導を切ってグライダーに乗り込んだ。
「一見ぶしつけな発言に思えるが、反面、彼が人一倍努力しているということだろう」
ドイトレはそう言って、乗り込む彼の背中を頼もしげに見やった。
教官と副座させ、第一陣の7名が操縦席へ。みんなの後に続いて、最後に乗り込んだのはソークだった。気をつけて、などと声をかけられる度に、おどおどとしてみせる。
「大丈夫か?」
「は、はい‥‥」
教官へ、頼りなく返事をする。
「コ、コレがゴーレムグライダーですか‥‥」
ごくり、と唾を飲み込む。しかし、びくびくと震えながらも操縦席へ着いたとたん、がらりと目の色が変わった。
「ふむ、なるほど‥‥」
先ほどの緊張はどこへいったのやら、落ち着いた様子で操縦席の感触を確かめる。そしてついに、教官の指示に従って、グライダーが浮かび上がった。
「は、ははは‥‥飛んだ‥‥」
「よし。もう少し速度を上げてみよう」
「は、はは‥‥速度を‥‥」
ぐん、とグライダーのスピードが増すと、ソークの口が赤く大きく開いた。
「はははははは、なるほどなるほど! これはなかなかよいものですな!」
「お、おい! あまり無茶はするなよ」
教官の言葉が聞こえているのかいないのか、心底嬉しそうにソークは空を駆け回る。一足先に疾走しはじめたソークのグライダーを、みんながぽかんと口をあけて見上げている。
「さあ、お主らもスタートさせたまえ。実際は、馬に乗るよりも簡単だからな」
ドイトレの言葉に、一同は頷いて舵をとった。ソークの様子に苦笑いしながらも、つられてテンションが上がってきたようだ。
「私、噂の空飛ぶ人型ゴーレムに乗ることが夢なの。だから飛行訓練には余計力が入るわ」
オリエは挑戦的な視線で空を見上げた。乗り合わせた教官に軽く挨拶を済ませると、雛から大鳥に進化するように、すぐに上手くなってみせるわ。と言った。
「その時は教官も、『あの冥王オリエを指導したのは自分だ』って自慢してもいいわよ」
「流石、疾風のオリエ殿。本官は頼もしく思いまするぞ」
やりとりを聞いていたドイトレが励ます。オリエはウインクしてみせると、機体をふわりと浮かび上がらせた。
「結構扱いやすいのね。風が気持ちいいわ」
至って余裕、といった感じで機体を進める。スピードを上げてみるが、問題ないようだ。
「うわあ、上手なものですね」
綾香が声を上げる。
「彼女はフロートチャリオットを使いこなしているからな。上達が早いのだろう。この調子なら今すぐにでも実戦に加われそうだな」
ドイトレは上機嫌な様子で言った。綾香はオリエのアクションを参考にしようと、更に身を乗り出す。近くを飛んでいるエルシードも、好調な滑り出しのようだ。楽しそうに空を旋回する。
「よし、その調子で飛び続けてくれ」
教官にそう告げられると、他の人にも聞こえるように声を張り上げた。
「私みたいのを天界では『にうたいぷ』って呼ぶんでしょ?」
天界人の一同から笑いが起きる。「そうだな」とダンがおかしそうに答える。彼もなんとか、乗りこなせているようだ。
「習うより慣れろっていうこともあるじゃないですか」
意気揚々と空へ浮かんだのはアリシアだ。可能な限り騎乗して感覚をつかみたいらしい。
「でも、無理はしないようにね」
教官に言われ、もちろん。と頷く。そういった事からも、彼女は今回の測定には参加していない。だがこの後、2時間程は平気で乗り続けていられるようだった。
それからしばらく経ち、飛行に慣れたものの中には、単独飛行に繰り出す者もいた。リュードは教官から許可を得て、一人でグライダーに乗りなおした。
「あれ、何ですかね?」
麟太郎がドイトレに、リュードの走る向こうを指指した。ポールに結び付けられた布が風にはためいている。
「風向きのよって操縦がどう影響されるのかを調べたいそうだ」
リュードは仕掛けた布を注意深く眺めながら、操縦を続けた。
「ふむ‥‥風の影響は多少あるようだが、あまり気にならない程度ですね。スピードを上げると、旋回しづらいようだ」
降りてきた者たちには、博士が限界飛行時間の測定結果を伝えていた。まず彼自体の場合、2時間半で気を失ったと説明する。
「綾香さんはほぼ2時間といった感じですね。ダンさんは3時間以上乗ってます」
二人とも、自分の結果にペンを走らせた。他の者もメモを取り出す。
「合計時間が4時間を超えているのは、ソークさん、ディーナさん、麟太郎さん、あとグラーヴェさんも4時間近いです。リュードさんとエルシードさん、フラガさんは5時間近いんじゃ無いでしょうか?」
時計と飛行開始時刻のメモを突き合わせながら博士が瞳を輝かせる。一同は礼を言いながら自分の限界を把握していった。さらに一時間が過ぎ、ティラやバルザー、オリエが飛行を終えて帰ってくる。
「これで全員ですね。皆さん6時間以上ですよ。すごいや」
おお、と小さい歓声が起こる。各々この騎乗訓練で、新しく自分の課題を見つけ出したようだ。また、それだけでなく、かすかな自信を抱いたように見える。
●討論
「意見のある者は述べてくれ」
座学の時間。一通りの論理などの解説が終わった後は提案の時間となる。まだ発展途上の分野だけに、教官と言えども模索しながら教えている。
先ず真っ先に手を挙げたのはフラガだ。
「グライダーの運用に関しては、バディ(相棒)制度を提案したいと思います。現在、グライダーの乗り手で、攻守操全ての技能の長じた人物は稀だと思われます。そこでグライダーの出撃は二人乗りを基本とし、相棒を決めて役割分担することによって、技能習得の負担を減らし全体としての質の向上を狙うというものです。具体的には、操縦手は飛行に専念し、同乗の攻撃手または観測手は、不測の際に備え最低限の飛行技術の習得にとどめ、それぞれの専門分野に特化するというものです」
「あと、以前の報告書では操縦者が魔法を使おうとして失敗してたけど、操縦者と魔法使いの二人乗りならどうかな? 以前も言われてたけど、二人乗り時の操縦者の負担の増加や機体速度の低下について実際に調べてみたいな」
エルシードの提案に、
「二人乗りに関しては、速度はそれほど低下しないが、加減速や旋回の性能が落ちるであろう。どちらかが操縦していればもう一人は弓矢や槍を自由に使えるが、息が合わないと当たらないだろうな。何事も訓練次第だ」
ドイトレは手厳しい答え。難しい顔をしたまま、エルシードは言葉をつぐんだ。他の者たちも、額にしわを作りながら、自分達の案を検討し続けている。
ドイトレは少し考え込むと、検討する価値はあるな、と言った。
「とりあえず、実戦で使用して効能を試す必要が有るな。他に、提案のあるものは?」
次に手を挙げたのはアリシア。
「子爵の戦法ですが、威力を上げるには『弾を大きくする・重くする・撃ち出す速度を上げる』の3つだと思います。しかし弾を大きくしたり重くすれば飛行に支障が出て速度が上げれず、速度を上げると離脱に必要な距離も大きくなって命中精度が落ちるんですよね」
ふむ、とドイトレが相槌をし、先を促す。
「そこで、弾を矢みたいにして、その矢自体に翼を取り付けてみたらどうかと思うんですが‥‥簡単に言えば、ゴーレム用のスピアに射出後に安定してまっすぐ飛ぶように垂直翼と水平翼を取り付けるんですけど‥‥無理かな?」
アリシアの提案を聞いていた一同の視線が、今度は一斉にドイトレへと向けられ、彼は少しの間考えて答えた。
「既に固定武器を着ける改良は行われているが、砲丸のように何発も持って行くことは難しい。今出たグライダーをカタパルトにする対地攻撃戦法の発展形であるが、本官が確認した範囲では、矢自体に翼をつけると風の影響で直進以外はグライダーそのものの飛行安定性が悪くなった。従って単純に釣り下げて行く方法では駄目だな。一つだけ確認しておくが、万能の戦法などこの世にない。件の砲丸も、一対一ではゴーレムのシールドで弾くことも可能だ。腕利きの者なら蹴り返す事も出来ないわけでは無い。全ては如何に主導を握り、優位な戦いをするかと言う『采配』に掛かっている」
いつしか話題は子爵の新戦法に移った。
「相手から仕掛けられた場合の対抗策と、さらにそれを防ぐ対抗策の対抗策が必要です。ぼくたちが出来ることは他の人も出来ると言うことです」
博士は新戦法の対抗策を列挙した。整った弓兵の陣や魔法攻撃・ランスを装備したグライダー・かすみ網のような障害物。他に無いかと見渡す博士。目が合ったのは、ソークだ。
「あの、その、グライダー対策、ですが‥‥あの、その、あまり乗ってもいないものの対策はあまり思いつきませんが、ボーラのようなもので絡め取るというのはどうでしょう‥‥。あの、その、いえ、その、まだよくわからないものですから‥‥」
「新戦術は強力ではあるけど、低空飛行を一定時間続けてる間は地上からの攻撃を受けやすくなるし、加速状態では回避も困難で無防備になったりと欠点も多いように思うわ」
続いて発言したのはエルシードだ。
「何度も飛んで検証し、低空飛行への突入時・離脱時の角度や速度を調整してみましょうよ。低空飛行の時間をできる限り短縮しないと、盗賊はともかく正規軍には低空飛行時に撃墜されると思うし」
そうだな、とドイトレは頷いた。
「騎士のランス突撃と似た戦術だ。同じような威力と欠点を持ち合わせている」
ずっと皆の意見に耳をすませていたリュードが口を開く。
「後はローアプローチの繰り返しでしょうね。子爵殿のアイディアを安定的に実現するには、相当の訓練が必要でしょう」
「そうだな。だが、やってみると直進して抜けて行くことが非常に簡単だと感じると思う。特に静止目標に対しては、面白いほどに命中するぞ」
ドイトレが自らが掴んだ感覚を述べると、リュードが相槌をうち答えた。
「そうですね。まずはそこを固めるべきだと思います」
「奇襲や本体が突き崩した後の追撃での使用や、戦いが膠着状態になった時点の横槍的使用ならば安全を確保できると思います。また、グライダーでの応戦をされた場合ですが、正面の場合は比較的安全だと思います」
博士の言葉に草薙が頷く。
「相手にも危険がありますからね。衝突してまでは攻撃してこないでしょう」
「あと横からの攻撃は、スピード変化でかわせばいいと思います。一番危険なのは、後方から狙われた時。この場合は正常な投下を諦め、回避行動をとるべきかと」
僕の案はこのくらいですね、と博士は言ってから、もう一言付け加えた。
「グライダーの値段はどのくらいでしょうか? ルーケイ運用のこともありますし、教えて下さい」
「そうだな。誰でも買える物ではないが600G〜1000Gくらいでトルクは他へ売っているようだ」
ドイトレの解答に一礼し、博士は席についた。
「子爵の新戦術は素晴らしいと思います。まさか地上でステッピングボマーを行うとは」
感嘆するように言ったのは麟太郎だ。
「ただこれの欠点は地形効果に弱いということでしょうか。つまり、砂や茂みなど衝撃を吸収しやすい場所や、砲弾が直進しにくい起伏の多い場所での使用には向きません」
そうね、と隣に座るエルシードが頷く。麟太郎は立ち上がり説明を続けた。
「そこで地形効果を受けない新戦術として、急降下爆撃を提案します。水平飛行からの投下が命中しにくいのは、弾道が放物線を描くのが大きな要因です。ならば、目標の直上から垂直降下しつつ投下を行えば、進行方向と着弾地点はほぼ一致し、照準が正確になります。実際に垂直ではなくとも、それに近い角度であれば効果が期待できます。しかし、これの問題点は、急降下し、投下後、引き起こしをする技量を操縦者に要求する点です」
エルシードも賛同する。
「これなら以前の投下よりは的も狙い易いし加速中も安全、砲丸落下直後に地上から十分な距離を置いて水平飛行に方向転換すれば敵の攻撃を受ける事もないと思う。動かない目標、例えば建造物なら十分有効じゃないかな」
「ふむ」
ドイトレが身を乗り出してそれに加えた。
「制止目標に対してはかなりの効果があるだろう。しかし、グライダーの操作に関して子爵の方法よりも数段上の熟練が必要になる。子爵の戦法の利点は、やっとまっすぐ飛ばせる程度の未熟者でも戦力になると言う点にあると思う」
「そうですね。確かに‥‥あと、砲弾のことなのですが、改良してみてはいかがでしょう?」
「どのようにかね」
「砲弾に吹流しをつけることにより、弾道の安定を図ります。吹流しが安定翼の役を果たします。しかも加工が容易です。また、吹流しに色や模様をつけることにより、それが誰の放った砲弾であるか識別を容易にします。戦果確認は、訓練でも実践でも役に立つ事と思います。問題は強風の影響を受けやすくなる点ですね」
「だが、吹き流しをつければ投下後の激しい速度低下は免れまい。急降下攻撃であっても風の抵抗が大きくなる。まして子爵の戦法には使えないだろう。このままでは難しいな。だが、面白い着想ではある」
そして、更に考えを煮詰めていこう。ということで新戦術の考証は閉められた。多く挙がった提案に、ドイトレも上機嫌のようである。
●戦闘訓練
実戦を想定しての訓練。各々、装備などの準備を整えてから集合を終えた。
「天界の方々の知恵は恐ろしいものだな。砲丸の使い方一つにしても、あのような使い方を考えついたりしてしまうとは‥‥」
クナード・ヴィバーチェ(eb4056)がそうため息をつくと、隣にいたソークも深く頷いた。
「そ、そうですよね‥‥なんだか恐ろしいです‥‥」
「我々も、天界の方々に負けぬようによりよく技術を磨かねば」
ソークが頷いたところで、ドイトレが現れた。すると、グラーヴェが構えていたように手をあげる。
「なんだね?」
「思うのじゃが‥‥グライダーでの接近戦はランスなど長物を使わなければならん、よって腕力の低いものは逆に振り回されるだけになろう」
周り者も顔を見合わせ、頷きあう。
「それならばグライダー本体に武器を取り付ければよい。問題は何処につけるかじゃが‥‥それは翼の前側面を刃にするのじゃ。そうすれば突撃しながら翼で敵を切り裂けるじゃろう。ま、それを使いこなす操縦技術、翼の耐久度の問題もあるが‥‥あくまで案じゃしな」
グラーヴェの提案にほう、と感心の声が上がるも、ドイトレは頷きながら言った。
「その研究や良し。じゃが、機体の下にランスを取り付けると言う、以前の受講者の提案が既に採用されている」
「ほう、そうですか」
「翼の前側面に取り付ける案は、耐久性の問題で、無理のようだな。それに翼を引っかけるとコントロールを失い墜落する危険が高い」
そして、ドイトレはゆっくりと闊歩しながら説明した。
「そのランスは主にモンスター相手に戦う事を想定して作られており、穂先は金属(銀・鉄)で騎士が使う物より長い。使い方だが‥‥まず突進し、命中と同時に回避運動を掛ける。装着に使っている木のクギが横の力に負けてへし折れ、キャリアーから外れる」
ドイトレの説明に、受講者たちは一斉に耳を峙(そばだ)てる。
「命中には格闘能力では無く、ゴーレムの操縦こそが重要。それに加えて、自分の安全を図るために回避能力が高くなくてはいけない」
ドイトレは足を止めた。
「まぁ、実際に見てみればよく分かるだろう。さあ、戦闘訓練の開始だ!」
ドイトレの号令と同時に、皆はグライダーへと乗り込んだ。怪我のないように注意を払いながら、模擬戦闘がはじまる。大きな問題もなく戦闘訓練は進んでいったが、各々の内に秘めたる想いのぶつかる、熱い訓練となった。
「航空擲弾手となれるように特殊地上攻撃の訓練も学びたいんだが、格闘一辺倒の俺には不向きかな。射撃の腕も磨かないかんか」
クナードが少々不安げにぼやく。
「いや、命中には格闘能力や射撃能力よりもゴーレム操縦が重要になる」
ドイトレがそう説明すると、クナードの瞳にはより希望の光が強まったようだ。
続いて、オリエが手を挙げる。
「あと、常に墜落の危険があるグライダーで、何の救命具も用意されていないのはちょっと有り得ないんじゃないかしら? 少なくとも、地球では考えられないわ」
周りの天界人が、確かに、と頷く。オリエは不安そうな面持ちで言葉を続けた。
「ベストなのはパラシュートの類を用意することなんだけど‥‥」
「パラシュートについては、天界人の提案で人形で以前にも投下実験が行われたが、運用高度が低い場合が多いので有効に機能しない危険性が確認されてな。しかし、何かしらの対策は考えておかないといけないな」
●騎士道
「ドイトレ教官殿」
声をかけたのはバルザーであった。他に数名の者も一緒である。
「どうしたのかね」
「子爵殿の新戦術に関して気になる点がありまして。よろしいでしょうか?」
「うむ。遠慮せずに言いたまえ」
ドイトレがしゃんと構えると、バルザーが言葉を整えながら聞いた。
「新戦術は対ゴーレム戦および攻城戦に有効かもしれませんが、騎士道に厳密に照らしてみた場合、問題があるのではないですか? 例えば対象のゴーレムに正騎士が乗っていたとしたら‥‥」
バルザーに乗っかるような形で、ティラも質問をかぶせる。
「被害者の中に正騎士が含まれていた場合問題はありませんか?」
熱のこもった彼らの視線に、ドイトレも真剣に見つめ返し、答えた。
「正騎士がゴーレムに乗っていると言う時点で卑怯ではない。彼はグライダーの乗っている者よりも、防御と言う意味で遙かに有利な立場にいるのだから。それほどゴーレムと言うものは強いのだ。ドラゴンと格闘できるほどにな。だから、生身の正騎士を狙い打ちしなければ問題ない。バガンに乗っていれば正騎士本人には殆ど被害は無いだろう」
「でも、言うまでもなく、正騎士同士の一騎打ちがこの世界の戦争の白黒をつけるといっても過言ではありません。そこで正騎士でもない一介の鎧騎士が仮に正騎士を傷つけた場合、行ったものは相手の名誉を傷つけたということで公開処刑もありえるのでは?」
バルザーの言葉に、ドイトレは静かに首を振った。
「バガンに乗っている者がバガンに乗っている正騎士と切り結び傷つけたとしても、それは双方対等の戦いだ。同じ事がグライダーでも弓兵でも適応される」
「では、攻城兵器として使い正騎士が傷ついてしまった場合はどうなるのでしょうか?」
「攻城兵器として使ったものが、たまたま正騎士を傷つけてしまった場合か?」
バルザーが頷く。ドイトレは大きく息を吸い込むと、考えを述べはじめた。
「弾に目は着いて居らぬ。流れ矢に当たったようなものだ。それは竜と精霊の意志であろう。ウィルでは正々堂々身を晒しての攻撃は、射撃でも魔法でも正当である。一騎打ちを挑む正騎士をおっとり囲んで攻撃するような卑怯な振る舞いでもない限り認められるのだ。正騎士が軍勢を率いて突撃してきたとき、これを手段に関わらず軍勢で迎え撃つのは正しい。尤も、事前に申し合わせがあった場合はルールに従わねば成らない。それに矢玉魔法を浴びせぬと約してあらば守らねば成らぬ」
「では、」
次に口を開いたのはティラだ。ドイトレは身体の向きを変え、彼女へ向き直る。
「敵陣の上を飛んで偵察する等と言った事は卑怯ということで騎士道上問題になりませんか?」
「事前の取り決めで互いに禁止していなければ良いだろう」
「私は、この手の戦術の使用は騎士道を介さない山賊等と殲滅戦を以って事にあたるのが普通な、カオスニアン相手に限定すべきだと思います」
そうバルザーが言うと、ドイトレは騎士道が通用しない者に対しては遠慮することはない、と返した。彼らが騎士道について熱い議論を交わす中、ソークは押し黙りながらも、心中穏やかでなかった。
(「ゴーレムの技術やその運用にも驚きましたが、このような武器、戦術は、ウィルまたはこのアトランティスの為になるのでしょうか‥‥」)
胸中、天界人が考える戦術にただならぬ恐ろしさを感じていたのだ。
一通りの議論が発展し終わると、バルザーは最後にもうひとつ、と付け加えた。
「後、天界人の考える戦術は確かに効率を優先しており凄まじいものはありますが、それが故騎士道が蔑ろにされるのではないかとの危惧を感じます。どうお考えなのでしょうか?」
ドイトレはふむ、と頷くと少し考え、こう言った。
「近い将来、天界人のための講座を開く必要があるかも知れぬな」
よろしくお願いします、とバルザーが返し、騎士道についての議論は一旦区切りが着いた。
●記念写真
こうして講習会は終わりを迎えた。一同は身体に疲れを感じながらも、新しく得た事の数々に、胸を躍らせているようだった。
「みんなー! 記念撮影しないか?」
そう切り出したのはダンだ。持参のカメラを高々と掲げている。受講生たちは顔を見合わせると、ダンに元へ駆け寄っていった。
「ドイトレさんも、教官たちも一緒に!」
セルフタイマーが鳴る中、大急ぎで全員が固まる。シャッターの切れる乾いた音がし、一同のいる景色を切り取った。