私のエアルート〜朝虹の花粉を浴びてB

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:15人

サポート参加人数:5人

冒険期間:05月26日〜05月31日

リプレイ公開日:2006年06月01日

●オープニング

 御用商人マーカス・テクシの建白により始められたチャリオットレース。祭事で政(まつりごと)に対するガス抜きをしつつ、貧民に職を与え。勝ち札によるギャンブルで庶民に夢を与えつつ増収を謀る。元は天界人のアイディアらしいこのレースは、様々な問題を孕みつつも定例の行事となっていた。
 そして、レースのヒーローが生まれ、歴史の舞台に登場する。この流れの中で新しく、トルクの男爵として領地を貰った男がいた。しかもジーザム王直々に任命した代官が、領地の全てを見てくれると言う。この法外な扱いに人々は羨ましがりもし嫉妬もした。
「ちっ。車輪の幅を太くすると旋回能力に問題有りか‥‥」
 成果を聞いて新男爵は残念がる。不整地踏破に些かの効果は認められたものの、道は遠そうである。
「気を落とすな。それより、聞いた話だが天界のチャリオットは矢玉を跳ね返す鎧を持っているそうだな」
 シェストの問いに
「ん? ああ。タンクは機械化された重装騎兵だ。万能ではないが陸戦の王者と言われている。古くはダビンチの頃からアイディアがあったが、動力の問題で実現してから100年も経っていない‥‥動力‥‥」
 うーんと考え込む。普段は剽けているが、その仮面の下は怜悧な男である。
「動力はある。ダビンチの戦車も実現するかも知れない。羊皮紙を数枚貰えないか?」
 地上3mをホバリングして進むチャリオットはあるのだ。チャリオット自体を鎧で覆うとき、とんでも無い化け物がこの世に誕生するかも知れない。
 彼の頭の中で何かが動き始めた。

 数日後。既存のチャリオットに天蓋を着けた試作品が出来上がった。実験の場所はゴーレムグライダーの訓練場だ。グライダーはバガンよりも安価で多数所持するとは言え、貴重な兵器である。その内実を他国から隠すことが出来る土地にある。
 男爵がその場所に着いたとき、なにやらざわざわと異様な空気に包まれていた。どうやらグライダーの方でも新機軸が試されたらしい。人々が囲む石壁には、大きな跡が残りヒビまで走っていたのだ。
「バガンの弱点は足だ。これは大変なことになるかも知れない」
 ざわめく声にまじって、ジェストの声が耳に入った。

 教官のスケジュールの都合が着き、ギルドにゴーレムグライダー講習の案内が掲げられた。講習期間の食事は出るし、成績優秀者には報奨金も出る。乗り手に為りたい者からするとかなり割りの良い募集だ。そして、募集の公示は以下のように結ばれていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 なお、今回の実習は以下の内容と成る。
・航空候補生
 基礎訓練と単独飛行訓練。
・上級資格者である航空伝令候補生、航空騎士候補生、並びに航空弓手候補生
 上級者訓練
・航空騎士・航空従騎士・航空伝令・航空弓手
 戦闘訓練・教官として指導
・特殊チャリオット操縦手
 特殊チャリオットの運用訓練
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

●今回の参加者

 eb4039 リーザ・ブランディス(38歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4221 ゲイザー・ミクヴァ(46歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4248 シャリーア・フォルテライズ(24歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4271 市川 敬輔(39歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4294 御紅 蘭(29歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4326 レイ・リアンドラ(38歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4426 皇 天子(39歳・♀・クレリック・人間・天界(地球))
 eb4454 エトピリカ・ゼッペロン(36歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4578 越野 春陽(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 eb4603 紅 雪香(36歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

夜光蝶 黒妖(ea0163)/ アレクシアス・フェザント(ea1565)/ イリア・アドミナル(ea2564)/ ソウガ・ザナックス(ea3585)/ ベアルファレス・ジスハート(eb4242

●リプレイ本文

●基本訓練
 何事も基本が大事である、というわけで。
「久しぶりのゴーレムグライダーでの訓練。わくわくするな」
 心地よい緊張感により御紅蘭(eb4294)はやや頬を上気させながら練習用ゴーレムグライダーの前に立つ。
 距離をとった隣ではリーザ・ブランディス(eb4039)も似たような顔をしている。
「確か馬の手綱を握るイメージだったっけか‥‥それから、風の流れを感じるように、風に乗って自分もその一部になるように‥‥なんて、言葉にするのは簡単だけど」
「ベテランさんはその風が見えちゃったりするそうね」
「あら、雪香。ま、その域目指して腐らずやろう。最終的にうまくなりゃ万事良しなんだから」
「うん、がんばろうね」
 紅雪香(eb4603)は笑顔で頷き、自分にあてがわれたゴーレムグライダーのところへ去っていった。
 周囲の冒険者達がそれぞれゴーレムグライダーで空を飛んでいる頃、ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)は、彼らの動きをつぶさに見ていた。彼女も彼女なりに訓練してきたが、他者の動きから勉強できることも多いだろうと思ったのだ。
 一通り観察し終えると、ジャクリーンも実践に移る。
 まずは、どれだけ飛べるか。
 次に彼女が大地を踏んだのは、2時間半くらい後のことだった。
 それから30分後くらいにリーザと蘭が休憩しているジャクリーンのところへやって来た。
 雪香はどうした、と見上げるとまだ飛んでいた。
 結局彼女が戻ってきたのはもう少し後で、少々疲れたような顔の彼女を呼ぶと、四人は反省会を始めたのだった。

●飛行訓練
「ケステ教官殿、お久しぶりです。このたびもご教導よろしくお願いします」
 シャリーア・フォルテライズ(eb4248)と一緒に礼をする冒険者達。
 ひとつ頷いたケステにシャリーアはもう一つの礼を述べる。
「以前のハーベス卿へのご伝言、確かに果たせたことをご報告できて嬉しいです」
 その後、訓練計画へと話は移り、その時リューズ・ザジ(eb4197)がこんな提案をした。
「飛行ルートにポイントを定め、必ずそこを誤差なく通過することで飛行精度が高まると思います。また、タイミングを調整し、より精度の高い飛行で新戦法を試みれば対バガンだけでなく、攻城戦にも使えるのでは?」
 この案は採用され、訓練に取り入れられることとなった。
 思わぬ内容が訓練に追加されエトピリカ・ゼッペロン(eb4454)は内心焦っていた。
 そんな彼女に声をかける人物。
「どうしたの、エトピリカ。浮かない顔して」
「リーザ殿。いや、何でもないのじゃ。‥‥ん? 乗らないのか?」
「ああ、パスするよ。でも、しっかり見ておいて運転技術は学ばせてもらうつもり」
「イメージトレーニングも大切だよな。上級者の動き一つ一つを検証していくだけでも、身になるよ」
 二人の会話に加わってくる市川敬輔(eb4271)。
「お、呼んでるな。行くか」
「うむ。今回で上級課程に進めるほどに怒涛の訓練じゃ!」
 気合の甲斐あってか、エトピリカは3時間半飛行という、意外な上達に驚くことになる。
 最も飛行時間が長かったのはリューズで、無理をしたせいか不意に気を失ってしまった。幸い補助者搭乗機で行ったため、怪我もなくすんだのだった。
 今まで挙げた時間の記録はシャリーアがソーラー腕時計で教官に計ってもらったことによる。ちなみに彼女と敬輔は5時間程飛べた。

●トルクへの手紙
「あーなんか忙しいっ!」
 騎士学院の一室で手紙を書きながら呟く。実際、時雨蒼威(eb4097)は忙しかった。書くべきことは沢山あるし、手紙の宛先も一つだけではない。
『‥‥地球人により考案されたこの新戦術は、ゴーレムに対してもまた脅威と成り得る。よって、この新戦術への対抗策として、砲丸を弾くゴーレム用具足やタワーシールドの装備をここに提案する。これらを装備したゴーレムは、対人用の移動可能なバリケードとしても機能するものなり』
 いわばゴーレムグライダーをバリスタ代わりに用い、加速した砲丸を射出するという考案されたばかりの新戦術が、対抗策も併せて早くもトルクに報告される。それがトルクの男爵たる蒼威の義務だ。また、騎士学院によりその有効性が確かめられた戦術については、ウィル王国を構成する分国の一つたるトルクにも、それを享受する権利がある。いわば、騎士学院は王国立の公共機関なのだから。
(「そういえば、王弟殿下に聞いたゴーレム弓の弦だが‥‥。ゴーレム用ということは、ゴーレムが引いても千切れない筈。これでゴーレム・グライダーを絡め取る網を編めるか? またバリスタで網の射出機を作れるか? 対グライダー用に‥‥」)
 そんなことも思いつき、手紙の羊皮紙をさらに増やして書き足していると、来客があった。
「蒼威卿。こちらにおられましたか」
 トルク分国からの使者だった。
「御領地からのご報告に上がりました」
 使者が携えてきたのは、がその領地を任せた代官からの書状。去年撒いた冬小麦も豊作の見込みで、領内では新たに3組の新郎新婦が結婚式を挙げ、また4人の赤ん坊が生まれたという。手紙を読む限り、代官はうまくやっているようだ。
「近いうちに、俺も領地に出向いてやらんとな。領主が一度も顔を見せないのも何だし。分国王陛下の許しがあれば、領地にフロートチャリオットの一つでも置きたいところだが‥‥」
「そのことについては‥‥ここだけの話ですが」
 使者は蒼威の耳に口を寄せ、囁いた。
「フロートチャリオットがトルク分国より他国に売りに出される場合、1台につき1千ゴールドから2千ゴールドが相場です。ですが、トルクの男爵たる蒼威殿でしたら、1台に限り、その半額近くでご購入頂けるでありましょう。但し、あくまでも自分の所有物としての使用が条件。余所へ転売は認められません」
「そうか」
 そのことをひとまず心に留めておき、蒼威は使者に伝える。
「ところで今、王弟殿下への手紙を書いているところだが。ルーケイの盗賊討伐が迫っている。討伐戦の結果如何では、討ち漏らされた盗賊どもがトルク分国領内に逃走する恐れもある。よって、国境付近の村々と街道の警備依頼を、国王陛下並びに王弟殿下へ進言したい」
「承りました。まずは私の口より、陛下と殿下へのお耳にお届けしましょう」
 使者は請け負った。

●編隊飛行
 訓練計画を淡々と説明する教官の話が終わったところで、シャルロット・プラン(eb4219)は編隊飛行訓練の組み込みを申し出た。
 グライダー二機以上での訓練である。
 ふむ、と考え込んだ担当教官へレイ・リアンドラ(eb4326)が言葉を添える。
「先のドラゴン戦では的確な連携が取れなかった故に、充分にドラゴンを牽制できませんでした。今後、グライダーの配備数が増えれば増えるほど、編隊飛行の重要性は増すでしょう」
 彼が聖地巡礼のドラゴンへの突撃、監獄攻略のオーガ種の群れの実戦経験があることは教官も心得ている。そのため、彼の言うことももっともだと判断した。
 さらにレイは、連携訓練時のスピードの調整や、仲間との安全な距離、繊細な微調整、連絡のための手信号などについて提案し、信号方法については上の方での考案が始まったのだった。
 その訓練は、レイ、リューズ、シャリーア、エトピリカ、シャルロットのメンバーで行われた。
 訓練後、エトピリカは前々から考えていたことをいよいよ行動にすべき時が来たと感じた。
 彼女はシャルロットとレイに熱い目で語る。
「ワシらはいずれ、後進を教導する立場になる。きっとその中には、ワシのように覚えが悪い者もおるじゃろう。そこでワシが訓練を重ねる間に気付いた事や注意点を帳面にまとめておこうと思う!」
 ギラリ、と目を光らせるエトピリカ。
「下手の下手による下手のための訓練マニュアル。名付けてっ。『ピリカのドッキドキ☆地獄特訓ののーと』!」
 大仰な効果音が聞こえたような気がした。
 ネーミングはともかく、完成すればきっと大いに役立つだろう。

●改造チャリオット
 その日も風が強かった。
 騎士学院付属の工房から、改造チャリオットの試作車が引き出されてきた。地球の戦車に習い、鉄張りの天蓋を取り付けた装甲強化型だ。装甲板には古くなったゴーレムの鎧や盾を流用している。チャリオットのサイズに合うよう切断され、足りないところは継ぎ足され、薄い鉄板による補強材がそれらのパーツを天蓋の形に纏めている。見た目はかなり不格好だが、飛来する矢や投げ槍程度なら十分に防ぐことができる。
「頑強さだけはありそうか‥‥どれ」
 走行試験のため、ゲイザー・ミクヴァ(eb4221)が乗り込んだ。
 チャリオットの天蓋は、左右の壁の部分が扉となっている。この扉は前方向に、鳥が翼を広げるように開く。地球の一般的な乗用車と同じ造りだ。ここから手投槍やランス等のポールウェポンを振るったり、弓や魔法を使う事が出来るだろう。
 乗ってみると車内は暗く、風通しも悪い。冬はともかく、暑い夏は不快な乗り心地になりそうだ。操縦者の顔の辺りには覗き窓が開けられており、そこには金属製のスリットが取り付けられている。必要とあらばスリットを下ろして、飛来する矢を防ぐ事ができる。例しに覗き窓から外を見たが、視界は相当に狭くなる。
「では、一走りしてみるか」
 操縦装置に手をかけ、念じる。チャリオットがふわりと宙に浮かんだ。そのまま広い演習場を周回する。実際に動かしてみると、動きは並のチャリオットよりもかなり鈍い。強い横風を受けると、かなり機体が浮き上がり、その浮遊感に危うさを覚える。
「装甲だけで、人間2人分の重さはありそうだな。となると、乗員は操縦士も含めてぎりぎり4人か。武装もあまり重い物は難しいな‥‥小型のバリスタが関の山か‥‥」

 一走り終えて戻ってきたところで、操縦士はゲイザーからシャリーアに代わった。
「では、私が助手をしましょう」
「ふむ、走行中の内部も確認せねばな」
 続いてリューズと蒼威も乗り込む。

「装甲が増えた分、重さで機動性に若干変化がある‥‥かな」
 シャリーアはしばらく走らせた後、最速を目指して思いっきりスピードを出してみた。加速はどうしても鈍い。チリチリと体の隅々から何かが抜けて行く感覚。これまでの機体に比べて、前面の風圧も重く感じ、横風にもかなりナーバスだ。ガタガタと細かい振動が機体全体を揺さぶった。
「く、やはり有り余りの物ではこの程度か‥‥」
 これに人員を載せ、横のスリットを開けた時に、かなりの負担が操縦士にかかりそうな気がした。

「よし、戦闘中を仮定して、横の扉を開けてみよう!」
「ああ、判った!」
 蒼威の指示に、リューズは左右横の扉を開けようとすると、かなりの抵抗を受ける。
「風圧が‥‥」
「これは、設計ミスだな‥‥」
 横の扉を開けようとすると、どうしても押し戻されてしまう。そして、その度合いによって、機体も大きく左右に振れた。
「ふむ‥‥」
「どうする、蒼威!?」
 考え込む蒼威にリューズは怪訝そうに眉をひそめた。と、途端にバキンと弾け、リューズが押していた扉の蝶番が、その固定したリベットごと吹き飛び、ほほにうっすらと痛みを覚えた。

「大丈夫か?」
「大した事無い」
 頬を抑え、降り立ったリューズに、ゲイザーが駆け寄った。
「やはり実際に動かしてみないと判らない事が多いな‥‥じゃ、次いってみよう‥‥」
 蒼威の合図に、後輪を大きな2輪にした馬車が引き出されて来た。
「リューズは休んでいてくれ。シャリーア、ゲイザー、頼まれてくれ」
「判った、次は俺がやろう。ただ、蒼威。このチャリオットを大型化、高出力化し、ゴーレムを載せるという事は考えられないか?」
「周囲の確認には目視ではなく、可能ならバガンの制御胞のような機構を用いては?」
 シャリーアも己の思う事を言う。
「ふむ‥‥発想は面白いが、ゴーレムを載せる程の出力となると、どれ程の大きさになるか‥‥また操縦士への負担も大きい事はレースでも証明済みだ。船程の大きさになって機動性0では意味が無いだろうしな。制御胞を使うにも、それを全部包む程の大型の機体になるだろう」
「難しそうだな‥‥」
「はっきり言って、技術的な問題だと思う。俺には無理な領域だな」
 蒼威はそこで言葉を区切り、後輪ダブルタイヤの馬車の試験運転に移す。
 結果としては、軟弱な地面では走破性が格段に下がってしまった。改良の余地が大きく残る。

●兵器改良
 ゴーレムグライダーへ試験的に取り付けられた超小型のバリスタ。所謂クロスボウである。それを見てレイは手を合わせて喜んだ。
「これって私の提案した‥‥」
 静かに頷くドイトレ氏。
 皆でこれを取り囲む様に眺めた。
「今日の訓練は、この超小型のバリスタを使った飛行射撃訓練である」
 蒼威が言葉を継いで、説明する。
「超小型のバリスタを乗り手の眼前に設置した。巻上げ式にしたので、威力は落ちる。飛行中に発射した場合、気流が巻いて弾道がぶれるだろう。色々くせがあると想うが、身体で覚えて貰いたい。気付いた事があったら是非聞かせて貰いたい」
 黒妖やらゲイザー、シャリーア、ソウガらが覗き込む様に眺めていると、その中からジャクリーンが挙手。
「何かな?」
 発言を許すドイトレ。
「ありがとうございます。馬上で使うように弓をグライダーの上でも使えない物でしょうか?」
「片手で操作出来る弓、この超小型のバリスタの様なものか、機体そのものを副座型の物にし、一人が操縦に、もう一人が射手を勤めるならば問題ないと思われるのである」
「そう‥‥ですか‥‥」
 う〜む、と考え込むジャクリーン。
「はい! 私からも!」
「うむ」
 頷くドイトレに、リューズはこの試作機を指し、胸を張って発言した。
「今後のゴーレム機器の改良研究を騎士学院主導で行えないものでしょうか? 分国や領地単位に拠らず、その使用範囲を広げ、ウィル国のより多くの人々に貢献出来るのでは?」
「ふむ。それはトルクの利権が関わるのである。運用方法の研究等の、ゴーレムニストが居なくても可能な物や、外装の改良は可能だが、開発自体は無理である」
「では、そちらの方面で‥‥」
「うむ。また各領地で行われている事は、政治的な力関係も関わって来るであろう。事は慎重に行うべし。騎士学院が無用の争いの種にならぬ様に、である」
「はい‥‥」
 リューズは腕を組み、ドイトレの言葉を噛み締め頷いた。

 その日の飛行訓練が終わった後、ゴーレムグライダーの格納庫で、ドイトレを囲みゴーレムグライダーに関して喧喧諤諤と話は続いていた。
「私なら、バガンでグライダーが低空飛行に来た瞬間に射撃‥‥かな?」
 そう言って、軽くウィンク。弓を撃つ構えをしてみせるシャリーア。
「ふむ。噂には聞いた事があるのである。セレ分国では、ゴーレム用の弓の開発に成功していると」
「かくのごとく国の機密は漏れい出ん」
 敬輔は妙な節回しでにやり。どっと笑いの輪が広がった。
「だがよ。低空飛行した時に、例の改良チャリオット2台で挟み込む様に、平走させる事で、防御力を向上出来るんじゃないか?」
 するとドイトレは静かに首を横に振った。
「速度が全く違うのである。チャリオットに速度を合わせれば、鉄球は突進力を失うであろう」
「そっか‥‥」

「じゃあじゃあ!」
 そう言って手を挙げた蘭は、元気いっぱいに語り出した。
「何か面白い武器を考案しようかなって思うんだよね。で、筒の中にスプリングを仕込んで、スピアを打ち出す装置なんて、貫通力があって使えないかな?」
「スプリング?」
 ドイトレや他の騎士達に変な顔をされて、ちょっと発言に自信が無くなる蘭。
「あの、こ〜やって、鉄を巻いた物なんだけど‥‥」
「うむ。それでどれ程の威力があるか、どの様に弾を込めるのかであるな。人の手で装填出来るならば、超小型のバリスタより威力は低く成るであろう」
「そっか‥‥」

「ならば‥‥グライダーから撒き菱等をばらまけば効果的では?」
 ゲイザーの意見は一笑に伏せられる。
「高速移動ではバラケ過ぎてしまうであろう」
「ならば、ゴーレムで投石させると言うのはどうだ? さながら歩く投石器といった所だな。ゴーレムならば、腕の立つ者次第で狙った場所への攻撃も出来る」
「ふむ、それは攻城戦で城壁に対してのみ認められよう。バガンに乗れるような騎士は、美学を持ち合わせている者が多いのだ。あまり見た目の良いものではないからの」
「う〜む‥‥」
 押し黙るゲイザー。他の誰かが話そうと、身を乗り出した瞬間、ゲイザーは跳ね上がる様に立ち上がった。
「ならば、押し引くタイプのゴーレム用巨大ローラーでの地ならし攻撃はどうだ!? 敵を有無を言わせず押し潰して行くのだ。ゴーレムは巨大ローラーを前面に置くのでそれを盾に出来る。少しばかり非道な戦法だが盗賊相手には使えるだろう?」
 どうだと見返すゲイザーに、ドイトレ氏はため息一つ。首を左右に振った。
「動きが鈍すぎて戦いの役には立たぬだろう。築城の整地には使えると思うが」

「仮の話なんですけど‥‥」
「何かな?」
 ドイトレ氏に発言を許されたエリーシャ・メロウ(eb4333)は、己の想像を語った。
「仮にグライダーによるあの砲丸攻撃を、私がバガンにて受けた時、どう対処するべきでしょうか? 左右に避ける暇はあるのか、盾で受け切れるのか‥‥」
 それに対するドイトレの反応は、こうである。
「その答えは子爵殿も探している。新しい戦法を編み出したときには必ずそれを破るものを探すのが常道だ。そして、その対抗策を考慮して使用することになる。他には無いかね?」
「はい! あります!」
 威勢良く声を挙げたのは越野春陽(eb4578)。
「現状、グライダーは騎士が騎乗する空を駆ける軍馬との認識からか、搭乗員はむき出しの状態」
「うむ‥‥」
「しかし、今後対地攻撃を行う機会も増え、敵の攻撃に晒されることが考えられる為、搭乗部の防御力強化の必要性があると思うわ。装甲化には視界の確保が問題となるが、制御胞の導入で解決可能ではないかしら?」
「う〜む、チャリオットでも似た様な提案がなされているが、やはりそれはかなり難しい問題であるな。現行、それで空を飛ばすにはかなり難しいであろう」
「何が問題に!?」
 春陽は思わず身を乗り出した。
「うむ、問題は基本設計からであろうな。制御胞はトルクの一部のゴーレムニストだけが知っているトップシークレットで、後からどうこう出来る問題ではない。トルクが開発依頼を受諾しても機体の大型化と重量化は免れぬであろう。それは稼動時間の短縮化に直結する。そうなると、戦場で役に立つかどうかが問題であろうな。5分と動かぬでは物の役にも立たぬ。今のままなら複座の前か後に魔法使いを乗せて魔法を放つ事も出来るが、胞の中からではそれも出来ぬ。さて、どうしたものか‥‥問題は山積と言ったイメージだが‥‥」
 ドイトレは、厳しい目線を春陽に投げかけた。
「それは今後の検討課題であろうな。何をせぬならば何も変わりはせぬ。ゴーレムニストの居ぬこの学園では出来る事は限られているが、皆の意見をまとめ、図面に起こすなりし、こちらから提案する事は決して無駄な事ではなかろう」

●戦闘訓練
 上空で緩やかな旋回を繰り返すゴーレムグライダーに、地上から同僚の騎士が合図に旗を振る。すると、一騎がゆっくりと大空に弧を描き、下降を始める。
 シャルロットは大地に立つ数体のターゲットを見下ろし、自信に満ちた微笑を浮かべ、侵入角をイメージした。風を感じる。全身で風を感じた。
「シャルロット・プラン、行きます!」
 皆の見守る中、機体を斜に、一気に大気を滑り落ちて高度を下げた。低空に転じると気流が乱れる。地上を吹く風は変じ易いが、それを薄絹の如き軽やかさで捉え、シャルロットはイメージ通りの突入コースを選ぶ。
「いけますわ!」
 ランスホルダーからランスを持ち上げ、ゆっくりと腰の高さに構えた。

「次!」
「行きま〜す!」
 ドイトレの鋭い指示に、レイは、訓練の疲れを振り切り、シャルロットの軌跡を追った。
 遥か下方を滑空する僚機。風の精霊力を吐き出し、大気に渦を巻くのが判る。
「見える! 私にも見える!」
 歓喜の雄叫びと共に、レイは大気を切り裂き、それに続いた。

「皆様、すごくお上手‥‥」
 エリーシャは、これを見送りながらもドイトレの厳しい面差しを見やった。
(「再び鍛錬の機会をお与え頂いたことに感謝致します」)
 グッと機体を挟む、両の太ももに力が入る。すると、唐突にドイトレと目線が合い、どきりとする。
「次!」
 自分の番だと思った。
「エリーシャ、行きます!」
 くっと機体を急降下させる。風の精霊力が後方に力強く押し出してくれる。前回とは全く違った手応え。
「違う!? いいえ、変わったのは私!」
 最初は戸惑い、次には自信を持って、機体を降下させた。

 大地に設置された目標物に対するランスチャージ。追い越してから急旋回での強襲。これを数本繰り返す。やはり個人差が最大速度や、その持続力、上昇性、様々な所で出て来る。

 一通り訓練を繰り返した後は、先に海綿の玉を着けたランスで模擬戦となる。
 高度を充分に下げ、ドイトレは声を高らかに張り上げた。
「さあっ! 一人ずつ掛かって参れ!」
「シャルロット、参ります!」
 これを待っていたシャルロットは、ランスを構えて誰よりも先んじて名乗りを挙げた。
「お願いします!」
「うむ!!」
 始めはゆっくりと、一合するや飛び抜けて反転、再びランスを構えなおして挑みかかる。
「くっ!? 流石は!」
「どうしたどうした! 腰がふらついているぞ!」
 岩でも殴っているかの感触に、指がしびれる。ドイトレは、嘗ての主家の跡取りの成長を嬉しく思いつつも、
「貴様の本気はこの程度かっ!?」
「ぬううっ!!」
 すると、その目の前をレイ機が遮った。
「次は私を!」
「くっ、どけ! 私はまだいける!」
「うむ! どちらでも掛かって参れ!」
「はああああっ!!」
「くっ!?」
 疲労とレイにコースを阻まれ、シャルロットが出遅れる。嬉々として飛び掛るレイは、一閃、火花を散らせて交錯するランス。
「まだまだぁっ!」
「む、若いっ!」
 ギュィィィン!!
 最高速度の数分の一。それでも、ランスを振るうにはギリギリの世界だった。

●グライダーのあり方
 その日の訓練も大変だった。
 基礎的な訓練を受けている皇天子(eb4426)は、ゆっくりと機体を進ませながらも、目がくらむ程の高度を飛んだ。
「せめて乗れる様にならないといけませんね」
 ぺろりと唇を舐める天子。
 人間、慣れると言うのだろうか。まだぎこちなさはあるものの、以前と比べたら上手く動かせている自分に驚く。
 すると、ドイトレ氏がそっと機体を横付けして来た。
「ふむ。ゆっくりとした動きならば、問題ないであろう。そろそろ、ランスを用いた機上の戦闘訓練に移りますかな?」
 その問い掛けに天子は、少し申し訳無さそうにして首を左右に振る。
「武器などの使用をする気はないので、安全に飛行できる訓練を主にしたいのですが。私としてはレースにも、戦争をする気もありませんので」
「ふむ。ならば、何をする為に、この操縦を覚えたいのであるか?」
「はい。私は、病で苦しんでいる人や、怪我で動けなくなった人を、医師の元へ運んだり、そういう誰かの命を護る為に、この技術を学びたいのです」
 真剣な眼差しでドイトレを見つめる天子。これに、ドイトレは目を瞑り唸った。
「成る程、それもまた騎士の勤めの一つであろう」
「確かに戦争は古来からつづく人類の本能みたいなものですから否定する気にはなりませんが、戦争用のグライダーではなく、ベッドなどが着いた救護の様のグライダーがあれば多くの人々を助けることができると思うのですが、こちらで云う天界人的な考えなのでしょうか‥‥」
 自分で言った言葉にため息を吐く天子。だが、聞いている方のドイトレは大真面目。
「飛行時には風を受け、同乗しているだけでも大きく体力を奪う。誠に緊急の時のみに、その様な使い方がされても良いだろう。だが、戦場においても同じ事。怪我をして動けぬ者を馬で後方へ運ぶのと、何一つ違わぬと思うが」
「まぁ、使用しないにこしたことはありませんが、その時は医者は失業ですね」

●魔法
 コントロールを失う。それが問題であった。魔法を使うには時間が掛かり、その間操縦が出来ない。瞬時に魔法を成就させる方法もあるようだが春陽にはそれが容易く出来ない。チャリオットレースでも起こったように、時に魔法は暴発を起こす。少なくとも操縦の片手間に確実に出来るようになるにはまだ道は遠い。そしてまだまだ射程も短いのだ。
「ゆっくりと10数える位掛かるのか‥‥。仮令墜落を免れたとしても、全速力のグライダーはその間に600m程進む。空中戦をやるスピードでも150m進むのだ。到底単座での使用は認められないな。しかも自由落下だとさらに距離が必要だ」
 確かにファイヤーボムによる対地攻撃は、砲丸の場合と異なり命中率や威力が変化しない。急降下攻撃ではしかし魔法が出る前に地面に激突しかねない。春陽の上申は、
「貴重な操縦士を訓練如きで失ってはたまらない」
 この一言で退けられた。
「そのような切羽詰まった状態では、魔法の使用も困難になる」
「では、複座では?」
 粘ったあげくやっと複座での許可が下りた。

 試みて見ると確かにタイミングが難しい。魔法の射程も短い以上、緩慢な動きでないと命中は難しい。発動させる瞬間に射程内に居なければ不可ないからだ。それでも練習の成果か訓練の終了には、等速運動時で通過するグライダーからのタイミングを修得した。

●トルク家男爵、時雨蒼威
 日もそろそろ暮れようと言う時分、蒼威は机に向かい一人の時を過ごしていた。あの日を境に、退屈な日々は一転、多忙な刻を過ごしている。
「ふむ‥‥」
 チャリオット改造に関するスクロールを机の上にポンと放ると、目元をぐりぐり揉んだ。
「さて、次はこれだな‥‥」
 それは未だ足を運ぶ暇さえない、トルク王より拝領した領地へ送った代官への指示書であった。

・食料高の噂聞いたが領地もそうなら自分への送金を領内食料援助へ回すべし
・問題無いなら山賊被害の地域支援に回すべし

 たどたどしいセトタ語でそれだけ記すと、最後にサインを印し、その横に蜜蝋を垂らし、新たに考案した丸くてぽんでなスフィンクスの紋章を押す。
「ふ‥‥完璧だ‥‥」

●6時間40分
 そこで記憶が途切れた。
 リューズはその記録を手に、考え込みながら廊下を歩いた。ある扉の前に立つと、スッと息を吸いノック。
「入りたまえ」
「失礼します」
 その扉の向こうには、予想通りにシュスト教官の姿があった。リューズはあくまで事務口調で話し掛けた。
「手紙をお届けに参りました」
「手紙かね?」
 一本のスクロールを手渡すと、教官は机からペーパーナイフを取り出し、器用に蜜蝋の封を剥がした。
「ルーケイ伯からとは、穏やかでないね」
 そう言って、教官はその羊皮紙を開き、何度も小さく頷いてみせた。
「うむ。良いだろう。概ね了承と返事を書こう」
「ありがとうございます」
 手紙の内容については概ね想像がつくが、リューズは何も口出しせずに、返事の手紙が書きあがるのを待った。

●杞憂
 今回も全ての訓練が終了し、参加した者達が三々五々に散って行く。
 騎士学園のある地を、一歩踏み出れば、眼前には戦乱の地ルーケイが広がる。見かけは豊かな緑に覆われているが、その中に凶悪な、テロリストや盗賊達を隠しているのだ。
 無邪気にゴーレム機器の可能性について語り合う者たち。それとは対照的に、その視界の果てには、辛酸を舐めるウィルの農奴達が居る筈なのだ。

「そうか‥‥そうなんですね‥‥」
 そこでシャルロットは、最近感じる違和感の正体に気づく。
 天界人の彼らにとって戦術開発や向上は所有知識の応用にすぎず、意義や正義は付随しない。単に『できるから』という理由で強力な兵器を『作りあげ』てしまう。それは確かに素晴らしいことには違いない。アトランティスの者には破れない考え方の殻を最初から持っていないからこそ出来るわざである。
 されど‥‥シャルロットは想う。
(「天界人の一部は自分達騎士が持ちえる相対する者への敬意等が薄いのでは無いでしょうか? 良く言えば純粋な、悪く言えば目的の無い力が溢れれば‥‥」)
 びょうと風が吹き、土ぼこりを舞い上げる。
 思わず目を瞑るシャルロットは、知らず目の端に涙を浮かべ、帰路へと就いた。