まさかの時の友〜ひとしずくの花

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:6人

冒険期間:02月02日〜02月07日

リプレイ公開日:2006年02月07日

●オープニング

 それは、丁度今頃の時期だった。
 寒い冬の雪の中で、彼女は教えてくれたっけ。
「雪の花っていうのよ。冬の、それも雪の中でだけ咲く花なの」
 風に踊る白い三枚の花びらはまるで雪の精霊そのもののように見えた。
「あのね。むかし、むかし、雪には色が無かったんだって。雪の精霊は色が欲しくて花に、色を分けて下さいってお願いしたの。どの花も分けてくれなかったその時、この花だけが色を分けてくれたの。それ以来、雪の中でだけ、この花は咲いて、雪はこの花の場所だけは守って雪を溶かすんだって‥‥」
 昔、会った天界人が教えてくれたのよ。と彼女は笑って言っていた。
 本当かどうかは解らない。自分を慰めるための作り話かもしれない。でも‥‥頷いた。
「そうなんだ。花と雪は友達なんだね‥‥」
 頷いてあの時‥‥手を捜した。そこにあるはずの手は、思うとおりの場所にあり、握り返してくれた。
 自分の手を、しっかりと。まるで花を咲かせるために自らを溶かす雪のように、そのぬくもりは暖かだった。
「そうよ。私と貴女も友達よ。ツキカ。これからもずっとね‥‥」
 迷い天界人の娘。
 忌まれることこそ無かったものの、ずっと避けられていた彼女にできた初めての友達。
「ありがとう‥‥。メリア」
 雪に色を分けてもらった花の気持ちが解る気がして、涙が止まらなかったあの日の事を、今も覚えている‥‥。

「天界人が来ているってホント!?」
 冒険者ギルドに入ってきた少女、いや、まだ女の子といえる彼女は必死の形相でカウンターに飛びついた。
「そりゃあ来てるさ。最近、道が繋がったらしくて随分沢山来てるらしいが‥‥、ってお前さんも天界人だろう?」
 ギルドの係員の問いかけにその子は、ふいと顔を逸らした。困ったような戸惑うような顔をして、暫く逡巡し、また係員に顔を向ける。
「そんな事はどーだっていいの。とにかくお願いがあるの。あたしと一緒に、森に来てくれる人。探しものを手伝ってくれる人。いない?」
「探し物ってのはなんだ?」
「‥‥花」
 俯いて彼女は呟く。声が小さくて聞こえない。係員は耳を欹てるように聞き返す。
「は?」
「花よ。花! 雪の中にだけ咲く花を探しに行くの!」
 大声を上げる少女はツキカと名乗って事情を説明した。
 場所は都から歩いて2日ほどの小さな村。その裏手の森だという。
 最近雪が降って、結構積もっている。しかも冬の森は深く、飢えた獣もでるかもしれない。
「だからね。母さんは一人で行っちゃいけないっていうの。だけど‥‥急ぐの。早く、お花を取ってこないといけないの‥‥。メリアにあげたいの‥‥」
 メリアというのは友達で、今、病気で寝込んでいるのだとツキカは寂しげな顔を見せた。
 移るかもしれない重い病。近づくことさえ許してもらえない。だから、せめて‥‥。
「お花をあげたいの。メリアの大好きな花。だから‥‥お願い」
 彼女は小さな願いと、小さな依頼と、小さな金袋をギルドのカウンターに乗せて去っていった。

 異世界より渡ってきた勇者に頼むほどの依頼では無い気もする。
 だが、拒否する気にはどうしてもなれなかった。
 貼り出された依頼には合戦の華々しさも、貴族からの依頼の栄光も無い。
 あるのは当たり前の人間のささやかな願いだけ。

 どんな世界でも変わらない‥‥。

●今回の参加者

 ea0479 サリトリア・エリシオン(37歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0502 レオナ・ホワイト(22歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea6145 柾木 崇(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6382 イェーガー・ラタイン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7906 ボルト・レイヴン(54歳・♂・クレリック・人間・フランク王国)
 ea9244 ピノ・ノワール(31歳・♂・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea9378 柳 麗娟(35歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb4072 桜桃 真治(40歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4344 天野 夏樹(26歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4363 ラルフ・クルーガー(39歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

夜光蝶 黒妖(ea0163)/ ケンイチ・ヤマモト(ea0760)/ アルメリア・バルディア(ea1757)/ ヴァイエ・ゼーレンフォル(ea2066)/ ガレット・ヴィルルノワ(ea5804)/ ジャッド・カルスト(ea7623

●リプレイ本文

●冒険以上、家出未満。
 冒険者達が、約束の待ち合わせ場所に付いた時、そこにはすでにバックパックを背負ったツキカが待っていた。
「貴方がツキカちゃん? 私は天野夏樹(eb4344)。東京から来たんだよ。よろしくね」
 挨拶への返事もそこそこにツキカは冒険者達に手を振り、招く。
「遅いよ〜。でも、来てくれてありがとう。さあ、早く行こ!」
 気が急いていると顔に書いてある。今にも走り出さんばかりのツキカの首元を
「まあ、待て」
 ひょいとラルフ・クルーガー(eb4363)が掴んで止めた。
「何? 放してよ。急ぐんだから〜」
 バタバタと足をばたつかせて抵抗するツキカの顔をラルフは覗き込む。
「確認しておくが、今回の件、母親は知っているんだろうな?」
 途端に動きが止まった。そして‥‥沈黙。 
「‥‥‥‥‥‥」
「あちゃ〜」
 天野夏樹は頭を抱える。額がペチと軽い音を立てた。
「黙って依頼に来て、黙って行くつもりだったんだ〜」
「だって! だって、お母さん、きっと許してくれないし、早く花を探しに行きたかったんだもの‥‥。早くメリアのところに行きたかったんだもの‥‥」
 しょんぼりと、俯くツキカは気付くまい。その様子をため息と一緒に見つめる瞳の優しさを。
「世界が幾つあろうとて、一途な少女の行動傾向に相違はありませぬな」
「えっ?」
 くすと柳麗娟(ea9378)が微笑み、仲間達もそれに同意するように頷いた。
「いい話じゃないか。本当の友達のために、危険を侵してまで大好きな花を見せてあげたいなんてさ‥‥でもね。ツキカ」
 桜桃真治(eb4072)は言葉と一緒に振り向くとツキカに向かって膝を付いた。目線を合わせ、その黒い瞳を真っ直ぐに見つめる。 
「親を心配させるのは良くない。家族も命も大事なんだよ」
「うん、ツキカちゃんの想いが届くように、私も手伝うよ!」
「急ぐ気持ちは解るが‥‥万が一ツキカが怪我したら心配するだろ? 説得してやるからしっかり許可を得るんだ」
「大丈夫、ほら、こうして手を繋いでいてあげるから」
 解るね。真治の言葉にツキカはこくんと首を前に動かした。
「じゃあ、俺たちはもうここで少し準備や仲間に聞き込みをして待ってる。だから、早く行っておいで」
「はい!」
 駆け出したツキカと、その援護に向かった仲間。彼らを見送ってから柾木崇(ea6145)やサリトリア・エリシオン(ea0479)はツキカとの約束どおり、植物の知識を持つレオナ・ホワイト(ea0502)や友人たちと相談準備を整えていた。一途な思いを持つ少女。彼女はきっと説得に成功する。その時、一刻も早く、速やかに出発できるように、花を見つけることができるように‥‥と。
 少女の背中から、一度だけ目を離し、ラルフは後ろを振り向いた。真剣に顔を見合わせ、相談をする冒険者達。
「この様な小さな願いの助けとなれる…冒険者ギルドとは素晴らしい所だな‥‥」
 微かに口元をほころばせて、彼は少女と仲間達を眩しげに見つめた。

「ふ〜ん、それじゃあ、ツキカのお母さんは地球人なのか。ってことはツキカも‥‥」
「名前聞いた時からそうじゃないかなあ? とは思ってたんだけど、やっぱりね〜」
 冒険者達はツキカと、彼女の母親に面会した仲間達の話に頷いた。
 雪の花を探しに行くと一歩も引かない、家出寸前のツキカを、当然母親は心配し、止めようとしていた。
 だが彼女は
「お母さん安心して下さい、ツキカは私が騎士の誇りに賭けて護ってみせます」
 そう請け負ったラルフや、
「友人を思う彼女の心に打たれました。どうかお手伝いさせてください」
 と本心から言うイェーガー・ラタイン(ea6382)に最終的にはツキカを預けてくれた。
 かくて‥‥目的地への道行き、花の様子や生えている場所などの打ち合わせと共に、こんな話もできるのだ。もっとも、故郷からやってきたという夏樹や真治を信じてくれたというのも多いだろうが‥‥。
「ツキカの母親は数年前、学校帰りのツキカと一緒にこの世界に迷い込んだと言っていた。なかなかの苦労人のようだな。向こうの世界には待つものがいないから娘と一緒でまだ良かったと言っていたが‥‥」
 ラルフは言葉を止め、苦笑した。それが『母親』の強がりであることは、誰にでも解る。
「あれ? じゃあ、お父さんは?」
 思わずでてしまった疑問に、夏樹は慌ててて口を押さえる。イェーガーが諌めるように彼女に目配せした。
「元々母子家庭だもん。お父さんは私が生まれる前に死んだって‥‥」
 ツキカは子供には似合わぬどこか遠い目で呟いた。
「あ‥‥ゴメン」
「それはいいの。ただね、こっちの世界に来て直ぐに出会った人に襲われて、持っていたものも全部盗られちゃったんだ」
 訳も解らず迷い込んだ地での突然の暴力、二人はボロボロになった。冬だったらそのまま死んでいたかもしれないほどに苦しみ、必死で辿り着いた街で‥‥。
「行き倒れてた私とお母さんを助けてくれたのがメリアのお父さんだったの‥‥」
 見知らぬ世界で差し伸べられた笑顔と手が、彼女らにとってどれほどそれがありがたかったか、言葉などでは言い表せまい。
 それからの二人の生活は何も無い、0からの出発だった。
「子連れで見知らぬ異世界に‥‥さぞかし大変だったことでありましょう」
 彼女の苦労を思うと、祝福を神に祈りたくなる。ピノ・ノワール(ea9244)はため息を付いた。横を歩くボルト・レイヴン(ea7906)も完全に同意だ。
 最初はよそ者として忌まれていた二人。今は大きな商会の会計士として街でも一目置かれる存在だというが、そうまでなるにどれほどの苦労があったのだろうか‥‥。
「で、これから行くのはメリアの祖父母の住む村、ということなのね?」
「そう。以前何度か遊びに連れて行ってもらったことがあるの。お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもいい人よ」
 サリトリアはツキカに確認した。コクンと首を前に動かすツキカ。
「メリアの家はうちと反対で、お父さんとメリアの二人暮しなの。メリアが病気になったから、なるべく人に移らないようにって村に‥‥」
 別れの時、心配で一緒に付いて行くと駄々をこねた。だが母の方はやっとウィルで仕事を見つけ暮らしが安定してきた所。
 その上
『ツキカに病気を移したくないから‥‥お願い。待ってて‥‥』
『メリアの病気は、正直難しい病気だ。治るとしても長くかかる。まして天界人である君たちに移ったらどうなるか解らない。私が、必ず病状を君達に伝えるから、待っていておくれ』
 一番苦しく、辛いであろう二人にそう言われたら、あとは待つしかできなかったのだ。
「でも、どうしてもメリアを励ましたいから。だから、せめて雪の花を見つけるの。絶対!」
 握りこぶしに力を込める少女の心と思いは、眩しいほどに鮮やかで‥‥
「お花探し、私も手伝うから。そのメリアさんの為に、一緒に頑張ろっ!」
「いい子だな‥‥」
 冒険者達の顔に思わず笑顔が咲いた。
 そして、思った。
(「ツキカのその気持ち、絶対に届けられるようにしよう」)
 と‥‥

●天界人と言う名の伝説者
 そこは一面の雪野原、反対側の森を見れば一面の樹氷の森。一刻も早くというツキカの願いを組んで、彼らはここにやってきた。
「‥‥確かに、あの森の‥‥木の近くだと思うんだけど、この辺だと‥‥思うんだけど‥‥」
 記憶を必死に辿りながら、ツキカは首を上下左右に振って視線を走らせている。
 だが、降り積もった雪が広がる白、いや白銀の世界。何もかもが純白に染まっていて目が痛くなりそうだ。
「予想通りの難しさになりそうですね。でも、諦めずに見つけ出しましょう」
 思わず呆然としかけた冒険者達にピノはニッコリと微笑んで声をかけた。
 同時にポン、とツキカの肩にも手を置く。
「そうね。やっぱり探すからには絶対に見つけないとね。頑張りましょう? でも白い花ね‥‥どんな花なのかしら?」
 言いながら気を取り直し、レオナは羊皮紙を広げる。そこには
「雪の花の伝説‥‥。妾の心当たりは待雪草になりますかな? どうやらツキカの話とも一致いたしますし」
 そう言って麗娟が描いてくれた花の絵が描かれている。三枚の花びら。白い大羽に守られるように小さな班の入った花弁が覗く。
「そう。こんな花よ。真っ白でね、とっても小さい花なの!」
 ツキカの言葉に冒険者達は考える。
「‥‥これ、スノードロップかしら。ならイギリスでも見たことがあるわ」
「俺の友人、‥‥ヴァイエ・ゼーレンフォルって言うんだが彼女もそんなことを言ってたな。はっきりしないが、スノードロップかもしれないって」
 レオナや、崇の意見にピノも同意する。今の情報から導き出される一番、可能性の高い花は、確かにスノードロップだ。
「スノードロップ、雪の雫、と言う意味ですね。雪の花と呼ばれるに相応しい」
「待雪草っていうのも、雪を待っている花って意味だから、多分、あたし達がイメージしているものは、みんな同じだね」
 植物にさほど詳しくない者達にも、名前を言われればなんとなく頭に浮かぶ花がある。
「だが、私の友人も言っていた。この世界で知識はどこまで通用するか解らない‥‥とな」
「サリさん?」
 呼びかけられた声に返事は無い。サリと呼んでくれと言ったのは彼女自身だから、気付かなかったわけではない。呼びかけられても気付かぬほどにサリトリアは思考を廻らせていたのだ。
 アルメリア・バルディアは聞いた限りから推察できる花と、その性質を教えてくれたが、同時に不安も口にしていた。そう、彼らの多くにとってここは異世界。まだ、良く知っているとはお世辞にも言えない。見たところ、大きな差があるとは思えないが、同じ植物が生え、同じ生き物がいるのか。だから『雪の花』が自分達の思う物と同じだと、はっきりと言い切れる自信は無かった。
「私たちは、村で少し情報を集めてくる。遅くならないうちに戻ってくるから‥‥後は頼む」
 サリはそう言って荷物を持ち上げた。ツキカの記憶を信用していないわけではないが、情報は多いほうがいい。だからとりあえず、二手に別れて花の捜索を始めることにしたのだ。
「スノードロップは日が落ちると、花びらを閉じてしまうと聞いています。そうなれば、雪の雫そのものだとか、見つけるならやはり、明るいうち‥‥ですね」
「日当たりの良い所が好きだって話だ。木の下などを中心にな」
「もうじき、日が暮れる。とりあえず、まだ日のあるうちに探せるだけ探して、後は明日、また探してみましょう」
 その言葉どおり、気の早い冬の太陽はもう大分下まで来ている。急ぎ足で、彼らは動き始めていた。

 もう周囲が完全に闇に覆われた頃、村に行った冒険者達が帰ってきた。見張り交代のシフトが動き始める少し前のことだ。ただ、ツキカだけはもうテントの中で眠っている。
「ご苦労様。どうだったい?」
 声を潜めた真治の問いにサリとボルト、そして麗娟は聞き込みしてきたことを報告する。
 集めてきた情報は、冒険者達の推察を補足してくれた。
「木が茂った森の半日陰。それも乾燥した土のあたりに良く咲くとか、明日は木の影とかを中心に探すのがいいかもしれない。なあ? 麗娟?」
 話を突然振られたが、彼女は慌てず頷いた。だが、思考は別のものを見て、考えている様子。
「どうしたのです? 村に行かれてから少し変ですよ?」
 ボルトは素直に心配し、真面目に声をかけた。
「なんでもありませんわ」
 と前置いた後、村での事を思い出していた。
 天界人は忌まれているのか、悪くしても避けられるのか、そうであってもよそ者にはいい顔をすまい。そう思って覚悟を決めていたのだが‥‥
『尊き御方よ。我が村にようこそ!』
 最初はただの旅人待遇だったのが、異世界からの冒険者だと知れると対応が変わった。
 まるで貴族かなにかのようにもったいぶった貴族待遇へと。あのまま村にいたら大歓迎の宴でも始まりそうだった程に。だから、早々に戻ってきたのだが‥‥
「それは、無理無いだろう。ましてこんな田舎の村だしな」
 麗娟の話に怪訝そうな冒険者達の中。一人平然とラルフは言う。目を瞬かせる冒険者。
「何故?」
「天界人は伝説の存在だ。一般の民にとってはそれだけで、英雄や勇者のように信じられている。元より平民よりも高い地位にいるわけだし、田舎では余計に神格化されているのではないか?」
 冒険者達も、望めば高待遇を得られるだろうと続けて笑っているアトランティス人一人。
「そうなんだ〜〜。ん? じゃあ‥‥‥‥あれ?」
 夏樹は何か思い当たったように首を捻る。他の者達も感じたかもしれないそれを、彼女は、彼らはまだ言葉に出さなかった。
 野営の準備を整え、明日に備える。とりあえず、今すべきことは、ツキカを守り花を見つけること。疑問は、その後で‥‥と。
  
 最初の見張りは麗娟と崇がペアを組む。
 いや、正確にはもう一匹。
「晴、手伝ってくれるか?」
 主人の声に元気良く
「ワン!」
 と響く声が答えた。頭と背中を撫でながら崇は信頼の目で愛犬を見つめる。
「危険が迫ったら教えてくれよ。一緒にツキカを守ろうな」
「ワン!」
「よしよし」
「ほお、そなたの犬か。柾木殿。良くしつけられておるようじゃ。勇敢な目をしておる」
 褒められて、照れた目を見せるのは晴ではなく、主人の方。
「まあ‥‥な。褒めてくれてありがとう」
 そこで会話は止まった。周囲の雪が音を吸い込んだように静かだ。聞こえるのはお互いの呼吸と、燃える火の爆ぜる音。
「静かじゃのお。星も、月も見える。故郷とは‥‥まったく形は違うがな‥‥」
「暖かい太陽も、月も‥‥違う世界なんだよな。ここは‥‥」
 微かに胸を過ぎるものが、ある。だが‥‥それを口には出さない。
「ここにあるのは、自分が決めたこと。どんな世界でも最善を尽くす。何が見えても、それを受け入れられるように‥‥」
 小さな決意だけを、心に抱きしめて。

「桜桃さんも、日本人なんだ。なんだか、同郷の人がいてちょっとうれし〜♪」
「あんたも日本人だって、言ってたね。いきなりこっちに来て困ったろう?」
「解ってくれる? あ〜、安心する〜。すごくうれし〜〜♪」
 夏樹と真治。二人の天界地球人は、火の番と見張りをしながらお互いの故郷、日本の話に話題を咲かせた。眠らないための暇つぶし。でも楽しかった。話の途中、時々風が吹き抜ける。 防寒服を着ていても、冷たい風は頬を撫でていく。
「向こうも冬だったよね。こっちも冬。季節は一緒なのかなあ。う〜寒い!」
 ふと、真治は背後を振り向いた。視線の先にあるのはテント。ツキカが眠っている‥‥。
「‥‥私も一人暮らしで貧乏だったから、こんな寒いのにも慣れてるけど、ツキカは大丈夫かな」
「賢い子だけど、大変だよね。やっぱり、知らない世界で‥‥魔物や、戦争が溢れてて‥‥」
「夏樹?」
 手が震えている。寒さではない何かに身を縮こませる夏樹を真治は顔を戻して見つめた。
「戦うのは、まだ少し‥‥ううん、凄く怖い。どうしようって、どうしたらいい、っていっつも思っちゃう」
「夏樹‥‥」
「えっ?」
 ふと、手が重なった。暖かい手が震える手を止める。
「大丈夫だよ。最初に勇気が出なければ、とりあえずはツキカを守る為に頑張ろう。あの子はいい子だ。願いも、叶えてやりたいよな」
「桜桃さん‥‥」
「そして、元気と勇気が出てきたら、今度は世の中を楽しもう。せっかくなんだからね?」
「うん! ありがとう。よし! なんだか元気出てきた! あ、でもダメだよ。保存食忘れちゃ。ボルトさんが作ってくれなきゃ、どうなってたか。どこにでも店がある向こうとは違うんだからね」
「あは、一本とられたね。よし、その意気、その意気!」
 明るい笑い声に、華やかな声は、次の見張りの仲間が起き出してくるまで続いたという。

 十字のネックレスと言うアトランティスでは見かけないものを首から下げている天界人。
「それは、どのような意味を持つものなのか、聞いてもいいか?」
 ラルフは共に見張りをすることになった冒険者に興味からそう問いかけてみた。周囲の警戒は怠り無く、火への注意も続けている。その上での質問にピノは素直に頷いて答えた。
「これは、私が信じる神を表すシンボルなのです。我々、クレリックはこれに祈りを捧げ‥‥神への信仰によって奇跡を賜るのですよ」
「神‥‥」
 噂には聞くが、知らない概念、理解できない言葉。ラルフは噛み締めるようにピノの言葉を聞いていた。
「この世界には教会も、神聖魔法という概念も、無いようですね。ですが、私達はどこであろうと変わらず自らの役割りを果たすのみです」
「それは、正しいと思う。良ければ、もっと天界の話を聞かせてくれないか?」
 仲間達を起こさないように小声で、ラルフはピノに頼んだ。
「いいでしょう。こちらの世界の話も聞かせて下さい」
 会話のネタは尽きることが無かった。見知らぬ世界、本来ならば混じりあうはずの無い運命が交差する。

 ゆっくりハーブティーを入れて、身体を温める。そんな余裕は、その時は存在しなかった。
「みんな! 敵だ。起きて!! レオナ。皆を起こして、ツキカを避難させろ!」
「解ったわ。‥‥危ない!」
 レオナの声にサリはとっさに振り向いて、ぎりぎりその攻撃を後ろに避けた。
「くっ‥‥。出来る事なら争いたくないが。こちらも用事だ、生憎と引けぬ!」
 周囲に増える唸り声、夜も半ばを過ぎたと言う時、犬の、警告するような声と共にそれが聞こえてきた。
「獣‥‥。狼かなにかのようだな。数は‥‥10匹くらいか‥‥」
 二人の声を聞きつけ、冒険者達もそれぞれテントから飛び出してきた。武装を整え、向かい合う彼ら。だが‥‥
「な‥‥に? キャアア!」
 彼らの背後、寝惚け眼で敵に悲鳴を上げる少女がいた。テントから出てきたあれは‥‥
「ツキカちゃん! 出てきちゃダメ!」
 慌ててレオナと夏樹が駆け寄って押し留める。
 テントの中に押し込むのも危険なので、二人はツキカの前に立った。背中に庇うように‥‥。
「ツキカさんを、そこから動かさないで! 狼達は俺達が止めます」
「私は右を。左は任せたわ!」
 サリとイェーガーは遅いくる敵を見据えて、素早く切り込んでいった。その敏捷、素早い動き。そして見事な攻撃と剣技。
「こいつは‥‥」
 前衛の二人の背中と横を護るように剣を構えながらラルフは呟いた。彼自身も剣を構え、ツキカを守る為に動いている。横には崇や真治が前衛の二人には及ばぬものの、的確な動きを見せている。ボルトの白い光を受けると、二人の動きの的確さもいや増す。
 そして‥‥
「いい加減にしてもらいたいものですね」
 さっきの『クレリック』が呪文を紡ぐ。聞きなれない言葉。そして‥‥
「それならば痛い思いをしてもらいましょう。‥‥滅せよ!」
 ギャン!
 甲高い声がドサという音と共に地面に落ちる。紡がれた魔法は黒い光を生み出し敵を射抜く。
「ツキカちゃんは、傷つけさせたりしないよ! ムーンアローよ。敵を射抜け!」
 反対の背後から生み出されるのは月色の光の矢。的確なコンビネーションが、一匹、また一匹と獣を倒し、また退けていく。
「流石だな‥‥天界人伝説は伊達では無さそうだ‥‥。そろそろ終わりだな」
 その言葉どおり、夜が明ける前には獣たちは去って行く。だが、その最後の油断が、サリの足を取った。
「くっ!」
 雪と疲れに足が縺れる。冒険者達が駆け寄るのと狼の牙が迫るのとどちらが早いか。
「危ない!」
 その時、刹那、声と手を上げたのはツキカ。同時に彼女の指から光が走る。一条の閃光が狼を真っ直ぐに射抜いた。
 それが最後の一匹。本当に敵の
「空腹‥‥だったのでしょうか? ‥‥食料を‥‥分けてあげられたら‥‥良かったのですが‥‥」
「そんな余裕は‥‥無かったからな。撃退するのに‥‥精一杯だった‥‥」
「ご苦労様でした。もう‥‥朝ですね」
 サリとイェーガー。疲労困憊の二人の傷の治癒を始めるボルトの横で、二人の傷に小さな手がそっと躊躇うように触れた。
「ゴメンなさい‥‥。私が、頼んだから‥‥」
「‥‥ツキカちゃん」
「ツキカさん‥‥」
 二人の手が、右と左からツキカの頭に触れる。黒い髪がくしゃっと揺れる。
「気にするな。助けてもらったのは私だ」
「怖かったでしょう。頑張りましたね」
 その手のぬくもりに少女は、顔を上げて笑顔を見せた。
「ありがとう‥‥」  
 傷の痛みも、疲れも忘れさせる最高の笑顔で‥‥。

●スノードロップ。雪の精霊。
「これが‥‥雪の花‥‥」
 冒険者達は暫し息を呑みこんだ。かつて故郷で見た、聞いた花と、それは同じだった。まったくの異世界でも同じ花が咲くのだと思うと微かな郷愁の思いが胸に過ぎる。
 だからそれはきっと幻。けれど冒険者は雪の中に健気に咲くその姿に、雪の精霊を、小さな天の使いを見たような気がした。

 翌朝、彼らは戦いの疲れの抜け切らぬ身体を動かして、早くから花の探索に望む。
「待雪草は多く木が茂り風が届かぬ半日陰、落葉樹林の良く肥えた土壌を好む筈。木の枝や幹に吹き付けられた雪の方向を良く見るとよいぞ」
 乾燥を嫌う、日当たりの良い所。木々の下。草木の影。確かめるように何度も口にしながら彼らは雪の上を歩く。冒険者達が集めた情報と、ツキカの記憶を頼りに数人ずつのチームに分かれて花を探す。木々の一本一本を注意深く見つめ、雪に埋もれた草を手で避ける。根気良く、丁寧に。
 そして‥‥
「あった! あったよ! ツキカちゃん!」
 夏樹の声に冒険者達は駆け出す。よいしょ、よいしょと重い雪を踏みながら歩くツキカの到着を待って
「ほら、ここ‥‥」
 嬉しそうに夏樹は指差した。そこには確かに、白い小さな花が雪の中、緑の細い茎をもたげ花弁を開いていた。三枚の乳白色の大きな花びらが、まるで羽根のように開いて、中の小さな花びらを抱きしめている。
 中の花弁には緑の班。周囲は強い木々さえも埋めて冷やす、全てを拒絶する白銀の世界だというのに健気に、元気に、強く頭をもたげ花を咲かせている。
「やっと、見つけた‥‥。雪の花‥‥。あの時と、同じ‥‥」
 両手を合わせ、祈るように花を見つめると、ツキカはそっと手を触れた。まるで鈴のようにフルンと花は揺れる。
「見つかって良かった。ツキカの思いが通じたんですよ」
 ピノは優しく笑った。冒険者達もそれぞれに頷いてみせる。どんなお礼の言葉を言ったらいいか、言葉が見つからないという風にな顔をするツキカの肩をラルフはポンと叩いた。
「よし、見つかったのなら早く渡さねばな」
「大事に、枯れないように持って帰らないとな‥‥」
「摘む、でいいのか? それとも根ごとか?」
「あ、根ごと。土と一緒に、この籠に入れて!」
「こちらにも群生しておるぞ。根こそぎにならぬ程度に持っていくがよかろう」
「うん!」
 丁寧に、そっと小さな両手でツキカは花と周囲の土を手に乗せる。傷つけないように、そっと。
 冒険者達の仕事は花を見つけてそれで終わり、などと言う者は誰もいない。手が雪で冷えた土で赤くなるのも構わず、冒険者達は一緒に花を集めていった。

●希望。スノードロップの少女。
「メリア‥‥」
 ベッドの上で白い顔の少女が瞼を開ける。
「‥‥なに? お祖母ちゃん?」
 気だるい身体を起こし、部屋に入ってきた祖母を見つめる。
「外を見てご覧。あそこをね‥‥」
「何、この寒いのに‥‥あっ!」
 開かれた窓の先を、ベッドの上から見た少女は口に手を当てた。声と思いを逃がせないというように。
 昨日まで何も無かったはずの窓の外には、白い花が咲いている。いくつも、いくつも。
「雪の花‥‥。これは‥‥」
 この花は町に咲く花ではない。だから、メリアにはこの花が何故『今』咲いたのか完全に理解した。
「ありがとう‥‥ツキカ」
 涙が服の上に落ちる。少女の思いと共に。その雫の形はどこか、雪の花の形と似ていた。

 中の様子を遠めに見ていたラルフは、踵を返す。
「なるほど。確かに、あまり良くは無さそうだ。神とやらにすがり付きたくもなるな」
「大丈夫。これだけツキカが頑張ったんだ。メリアもきっと頑張ってくれるよ」
「そうですね‥‥。ええ。これだけの苦労の末、手に入れた花。思いはきっと通じる。メリアもきっと良くなるでしょう」
 真治に同意するようにピノも、俯き顔のツキカを励ます。自分が落ち込んでいたら、冒険者を心配させる、とでも思ったのだろうか?
 うん、と自分に言い聞かせるように頷いて、ツキカは顔を上げた。
「そうだよね。きっと、メリアは元気になるよね!」
「勿論ですよ」
 精一杯の明るい顔を作るツキカにイェーガーも明るい顔で返す。
「あ、これ、報酬。それから、これは、メリアのお祖母ちゃんから。ありがとうって伝えてって」
 小さな硬貨を一枚ずつ、小さな手でツキカは渡していく。花を運んだ籠の中に入れられた保存食も一つずつ。全員が報酬を受取ったのを確認して、ピノはその報酬をそっとツキカの籠に戻した。
「あの? どうして?」
 怪訝そうな顔のツキカにピノはいいんですよと笑顔で首を振る。
「これはメリアの為に使ってください。心配無用です。 私にも得るものはありましたから」
 戻ってきた硬貨に、逡巡すること暫し。やがて、ちょっと待っていて、とツキカは駆け出し、メリアの家の玄関に姿を消す。
「本当に、良い子ね。花を見つけてあげられて良かった‥‥」
「うん、とっても可愛い妹ができた気分。役に立てて嬉しいかも」
 冒険者達はその背中を見ながら同じものを思い出していた。友達を思う、健気な少女。彼女を助けたいとそんな思いから、この依頼を受けた。
 だが、彼女は健気で護られるだけの少女ではない。異世界という雪の中で、強く、揺ぎ無い思いで元気に咲く、スノードロップのような子。ツキカならきっと、どんな世界でも自分を見失うことなく、元気に自分を咲かせるに違いない。
 いや、咲かせている。今、しっかりと。
「私たちも負けてられないよね!」
 夏樹は手をグーに握り締めた。どんな世界でも人がいて、花が咲き、元気に頑張る女の子がいる。同じだ。生きていくことができる。
「そろそろウィルに帰ろう。お祖母ちゃんから、メリアのお父さんに荷物を預かったの〜!」
 笑顔で駆け戻ってくるツキカ。荷物を持ってやろうと近寄る冒険者達の足元で、皆で植えたスノードロップが揺れている。
「この雪の花が、ツキカとメリアの<希望>になりますように‥‥」
 小さな祈りを花に捧げて崇も歩き出す。
 
 白い雪の花は冒険者達の祈りに、ツキカの願いに、メリアの思いに頷くように首を振る。それは、風が揺らしただけかもしれないけれど、見るものにはきっと、妖精の笑顔が見えたことだろう。