ワンド子爵の憂鬱〜屋台で行こう!

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:12人

サポート参加人数:6人

冒険期間:06月21日〜06月26日

リプレイ公開日:2006年06月27日

●オープニング

 ランプのほのかな明かり。一つ一つは小さなそれも、頭上幾つも連なっていると光のアーチめいて、華やかだ。
 それはたくさんの月精霊が地上に降り立ったようにも見える。鈴なりになったランプの暖かく柔らかい光は、街のその一画に見慣れた日常とはかけ離れた別世界を作り出していた。ここはワンド子爵の町にある夜店街。
「いらっしゃいらっしゃい、見てってくれよな!」
 そんな情緒を裂くように、でありながら妙にマッチした、ハツラツとした声が響いた。捻りハチマキにハッピ、といういでたちの活き活きした少女のものだ。この界隈を取り仕切っている少女だ。地球人で、名は華火という。人智の及ばぬ超自然的な力によってアトランティスに飛ばされ、森の中を彷徨っているところを土地の猟師に発見された。そして連れて来られたのがこのワンド子爵の町。子爵の厚遇を得たこともあり、今ではこうして夜店の手伝いなどして生計を立てている。
「パパぁ、あれ買って」
「またそんなおねだりして‥‥」
「はははっ、たまにはいいじゃないか」
 華火の声に引かれ、親子連れが足を止める。
「これ美味いんだぞ、良かったな坊主」
 鳥を模した蜂蜜飴を手にした男の子がそれはそれは嬉しそうにコックリ、頷く。やはり笑顔で、軽く頭を下げた両親に手を引かれる後ろ姿。
「やっぱり夜店はいいねぇ」
 見送り、華火は満足げに目を細めた。
 今日も夜店街はまるで祭りの日のような賑わいよう。
 もっとも、余所ではこのようにはいかない。日が沈めば人々は早々に床へ付き、町はひっそりと静まりかえる。魔法を除けば未だ中世ヨーロッパ並の文明度にあるこの世界では、それが普通なのだ。
 このワンド子爵の町が夜も眠らずにいられるのも、領地の豊かな財力と治安の良さがあるからこそ。‥‥勿論、全くトラブルが無いというわけではないが。
 それでも、親子連れやカップルが連れ立って、物珍しそうに辺りを眺めたり笑顔を弾けさせていたりするのを見ると、自然と顔色がほころぶというもので。
「これで花火でもあがりゃあ最高なんだけどね」
 呟いてはみたが、アトランティスに来てからというもの、花火にはとんとお目にかからない。ここは火薬が存在せず、あったとしても使えない世界なのだ。
 すると、すぐ近くでパタッという音がした。見ると、先ほどまで飴を作っていた店員が倒れ伏していた。
「大丈夫かいっ!」
「‥‥すんません、お嬢」
 慌てて駆け寄る華火に返される、力ない眼差し。彼だけではない。町を挙げて祝うシーハリオン祭を間近に控え、毎日が目の回るように忙しく、今日だけで何人もが戦線離脱していた。
「暫く休めばまた元気になるさ‥‥それまで店仕舞いだね」
「‥‥いけやせん、お嬢!」
 少しだけ寂しくもれた声に、思いがけず強い声が返ってきた。彼は残る力すべてを振り絞るように、華火の手をしっかり握ると訴えた。
「来てくれた人たちを満足させる‥‥笑顔にする為にも、屋台の一つでも欠けちゃあなりやせんぜ」
「だが、予備の人員はもう‥‥」
 言いかけた華火は、向けられた強い眼差しに続く言葉を飲み込んだ。彼だけでない、それは倒れた仲間全ての思いだった。
「分かったよ。あんた達の代わりは探す。‥‥だから、あんた達は安心して、早く戻っておいでね」
 華火の言葉に、握り返された温もりに、男はようやく安堵したように、意識を失った。
「誰の笑顔も曇らせたりしない‥‥約束だ」
 そうして、やり遂げた顔で倒れ伏す男たちに、華火は誓ったのだった。

 その翌日。王都ウィルに向かうフロートシップに華火の姿があった。リデア・エヴァンス子爵を迎えに行くその船に便乗させてもらったのだ。王都に付いたら冒険者ギルドに出向き、依頼を出してもらう。過労で倒れてしまった店員の代わりは無事に集まるだろうか?
 シーハリオン祭、書き入れ時はもうすぐそこまで来ている。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0393 ルクス・ウィンディード(33歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea0749 ルーシェ・アトレリア(27歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea1466 倉城 響(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2578 リュウガ・ダグラス(29歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3542 サリュ・エーシア(23歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3738 円 巴(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea3982 レイリー・ロンド(29歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3469 クロス・レイナー(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb4072 桜桃 真治(40歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4086 吾妻 虎徹(36歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

バルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)/ アルフレッド・アルビオン(ea8583)/ フルーレ・フルフラット(eb1182)/ 真音 桜桃(eb4015)/ 天野 夏樹(eb4344)/ 王 風門(eb5247

●リプレイ本文

●準備も大切
 六月にアトランティス各地で行われるシーハリオン祭。それは勿論、蛮族対応に大わらわなここ、ワンド子爵領でも変わりないわけで。
 領民の為‥‥ワンド子爵の頭痛の種の一つだった祭り。その屋台の手伝いの為に集まってくれた冒険者たちを見回し、この界隈を取り仕切る華火という名の少女は頭を下げた。
「依頼を受けてくれて、ここまで来てくれてありがとう。心から感謝するよ」
「リュウガ・ダグラスです。よろしくお願いします」
  リュウガ・ダグラス(ea2578)は挨拶しながら、一つ頷いてやった。もう大丈夫だと、自分達が力になると伝えるように、しっかりと。
「任せてくだせい姉御!!」
 やる気満々、その気十分で答えたのは、ルクス・ウィンディード(ea0393)。
「戦場の詐欺師と呼ばれたこの俺に任せてもらえれば、何人だろうと!」
「お客さんの呼び込みをしてくれるそうです‥‥でも、騙しちゃダメですよ」
 熱が入るルクスに、絶妙のタイミングでやんわりと突っ込んだのは、倉城響(ea1466)。
「私は調理にでも回ろう。休憩などは適当な時間に回してくれ、適当に休むから」
 そして、円巴(ea3738)の言葉を契機に、それぞれは準備に入った。
「えーと、今回も頑張るわよ」
「気合が入ってますね。何を頑張るのですか?」
 その中、グッと拳を握り固めたフォーリィ・クライト(eb0754)は、クロス・レイナー(eb3469)に問われアワアワしてしまった。
「何をって、も、勿論お仕事よ?」
 言いながら懐に忍ばせたお守り‥‥恋愛成就のお守りをそわそわ気にしてしまうのは、乙女心だ。
「そうですね。一緒に頑張りましょうね」
 気づいているのかいないのか、クロスは優しく微笑んだ。

「私は箸巻きモドキを作ろうと思っていたのだが、そちらは?」
「教えてもらった『アイスクリーム』という冷たいデザートを取り扱う屋台にするの」
「聞いた事の無い料理だが‥‥手伝うか?」
「ありがとう、よろしく頼むわ」
 サリュ・エーシア(ea3542)は巴に笑んでから、ミルクと卵黄とハチミツとを引き寄せ。
「大丈夫よ。お料理は得意だからまかせてね」
 レイリー・ロンド(ea3982)にも笑みを向けつつ、手際良く材料を混ぜ合わせ始めた。
「後、ベリーやグレープの果汁を使って、色と味を変えようと思うの?」
「キレイな色だな。選ぶ楽しみがあって良いと思うぞ」
「なるほど‥‥これでOKなんだね、サリュさん」
 巴と、意外と上手な手つきでリュウガが補助に回る。レイリーは専ら材料を揃えたりと雑事のフォローだ。
「溶かしたら、冷やして‥‥氷はどうなってる?」
 そして、アイス作りの指導に当たる天界人の桜桃真治(eb4072)が、夫である吾妻虎徹(eb4086)に尋ねた。
「様子を見てきたが、順調に進んでいるようだ」
「氷はこれで良し、と‥‥」
虎徹の言う通り、レイリーから借りたスクロールで氷作りに勤しむアシュレー・ウォルサム(ea0244)は、順調に作業を進めていた。
「で、グウィドルウィンの壷に入れて氷完成、と」
 この壷にアイスクリームを入れて冷やせば完成、のはず。
「何だかすごいな、まるで魔法みたいだ。どんなものが出来るか、楽しみだ」
 様子を見に来た華火は興味津々、目をキラキラさせて感心していた。
「この時期、口当たりの良いアイスは最高だからな」
 懐かしげに目を細めた虎徹に、サリュ達の期待も否が応にも高まるわけで。
「冷やしている途中、何度かかき混ぜて空気を入れると、味が良くなるぞ」
 真治のアドバイスに、巴とリュウガは大きく頷き。
「さぁ皆さん、固まるのをぼぅっと待ってる暇はないわよ。アイスを包む、生地を作ってしまいましょうね」
 サリュもまたニッコリと、皆を見回し告げたのだった。

「ちま人形は極力、細部まで忠実に再現する様に‥‥縫い合わせの部分は、ほつれたり取れたりしない様に、こんな感じに縫って下さい」
 一方、射的用の景品、ちま人形の作製の指揮を取っているのは、響だ。アシュレーとルーシェ・アトレリア(ea0749)、サリュとレイリーなどを模した2頭身人形‥‥通称ちま人形を制作しているのだ。
「上手なモンだねぇ」
「ええ、可愛いでしょ」
「ちま人形ちま人形‥‥ルーシェはちま人形にしても可愛いなぁ」
 氷作りから休む間もなくこちらに回ってきたアシュレーはデレっとした顔で言い、作ったそれをこっそり懐に忍ばせた。
「‥‥」
 人の事は言えない‥‥響は気づかぬフリで、作業を続けた。
「では、仕上げですよね」
 そうして、一通りの準備がつつがなく終わり。そろそろ人気がチラホラと出始めた通りに向けて、ルーシェは歌を歌った。披露させた澄んだ歌声に、通りがかった人々が足を止める。
「この後に屋台を開くので、是非いらしてくださいませ」
 歌い終わって、集まった人々に笑顔で宣伝するルーシェ。
「これでお客さんがきてくださると嬉しいですけれど‥‥」
「絶対だよ。屋台でも歌って下さいって言われちゃうかもよ?」
 満面の笑みで迎えたアシュレーは、ルーシェの手を引いた。店番担当が後の二人は先ずは、屋台めぐりだ。
「結婚後初デートが屋台めぐりかぁ。なかなか風情あるかな。ねえ、奥さん♪」
 言って、アシュレーはそのままルーシェをギュッと抱きしめた。

●屋台をしよう
「美味しい飴よ、一ついかが?」
「作りたてですよ、ぜひ味わってみてください」
「ダメダメ、もっと威勢よく声を張り上げなくちゃ」
 フォーリィとクロスは、華火から指導を受けつつ、飴屋の客引きを始めた。華火の手が器用に飴を伸ばし、ネコさんワンコさんやフルーツを形作る‥‥それもパフォーマンス的に子供達を集め。
「さぁ、投げ方は教えるぞ? 少しやってみないか?」
 隣では、虎徹と真治が『ダーツで射的』をやっている。木の板で作った的にダーツを当て、当たった場所に書いてある景品を進呈、という形式だ。
 景品は響達が作ったちま人形やアシュレーが提供したカモメの被り物や恋愛成就のお守り、アイス券や箸巻き等の食券だ。
「ずーっとこういうのやってみたかったんだ♪」
 店番のはずの真治が、一番はしゃいでいるっぽいのはご愛嬌か。
「‥‥虎徹さん、顔が緩んでるよ」
「おっと」
 レイリーは「ご馳走様」と突っ込んでから、通りに向かい威勢よく声を上げた。
「さあさあ、天界名物アイス&クレープが夜店に登場だ! 冷たくて甘〜くてほっぺが落ちちゃうよ♪」
 その頬には、アシュレーに施してもらったメイク、宣伝用のそれが燦然と輝いている。
 薄く焼いたクレープに包まれたアイスは、見た目も味も申し分ないと自負している‥‥伊達に真治達に仕込まれてはいない。
 天界名物、という触れ込みも功を奏し、いきなり大盛況で眼が回るような忙しさだ。
「はい、ありがとうございます!」
 その中で、サリュもまたマメマメしく動いている。お祭りらしい華やかな服の上、エプロンをつけたサリュは可愛い、とってもプリチーで。
 客寄せのレイリーが時折、見惚れ半分不安半分でチラチラ様子を窺っているのが可笑しくもも、嬉しかった。
「今、私はとっても幸せなの。だからこの幸せをたくさんの人に分けてあげたい」
 サリュはそう、笑顔を絶やさぬ事を心がけていた。だけど、そんな必要はなかった。特に無理をしたり努力をしたりする必要はなかったのだ。
「ジ・アース生まれの可愛いアイドル、ちま人形の上陸だ! 女の子の心をくすぐる事うけあいだよ。彼女や子供のためにお隣の射的へGO!!」
 隣には笑顔の元。アイスクレープをほお張る客たちにお隣を宣伝するレイリーがいる。‥‥そう、レイリーがいてくれるだけで、サリュは笑顔になれるのだから。
「あっこれ美味しいよ、ルーシェも食べてみて」
「本当に‥‥冷たくて美味しいですね。見た目も可愛いですし」
 そのアイスを、いつの間にかアシュレーとルーシェが頬張っていた。
「ルーシェのも美味しそう、一口ちょうだい」
「はい、あ〜ん」
 既に二人の世界、世界は二人の為に〜、な趣にどっぷり浸る新婚さん達だった。
「ほらルーシェ、今度はあっち行こう」
 ルーシェの手を引く、アシュレー。そこら辺の子供たちと変わらないくらいのはしゃぎっぷりである。
「だって、夜店めぐりもルーシェと一緒だと、すごく楽しいし」
 アシュレーはそして、ルーシェの耳元に口を寄せて、囁いた。
「‥‥まあ、ルーシェがいれば、俺はどこでも楽しいけどね」
 ルーシェの頬に素早く唇を押し当てたアシュレーに、ルーシェは「もう」と可愛らしく頬を染めた。
「色々な屋台があるものだな!‥‥ちと1人つうのが寂しいが‥‥」
 そんな嬉し恥ずかしな二人のやり取りを見るともなしに見やり、リュウガはちょこっとだけ肩を落とした。気づけば周囲はカップルやら家族連れやらで大変賑わっている。
「まぁ、仕方あるまい‥‥覗いてみるか」
 気を取り直したリュウガは、アイスの屋台へと足を向けた。
「よ!‥‥やってるな!‥‥どれ俺も一つ買うかな! アイスを一つくれ!」
 受け取り一口食べると、「うまい!」自然と声が出た。
「少し暑いからな! 冷たいものでも食べなきゃ楽しめないや!」
「お腹が空いたら、こっちのも味見してくれ」
 そんなリュウガの無邪気な言い様に、微笑ましく目を細める巴。
 肉のミンチを木の棒に巻きながらタレにつけ野菜で包んだそれもまた、香ばしい何とも良い香りを周囲に漂わせている。
「そっちも美味そうだな」
 破顔するリュウガに、巴の笑みもまた深くなる。それは二人だけではない。サリュ達もクロス達も同じ。
「‥‥祭りは良い物だな」
 だから、巴はポツリともらした。一見すると冷たいと取られかねない雰囲気に、確かな温かさをにじませながら。
「『活』気が満ち溢れている。暦が動いたというだけなのに、そこには零と一では図れない何かがある」
「俺には難しい事は分からないが、理屈抜きでこういう雰囲気は良いと思うな」
 二人は暫し、心地よい喧騒を無言で眺めた。

●大切な人と
「楽しんできてください、いってらっしゃいませ」
 射的屋の店番を交代したルーシェは、笑顔で真治と虎徹を送り出した。
「‥‥それにしても、縁がありますね」
 イチャイチャする夫婦の背中に一度、苦笑する。傍から見たら自分達もあんな風に見えるのだろうか?、そう考えるとちょっとくすぐったい。
「このボタンを押せば良いのかな?‥‥うん、OK」
「じゃあ今度はレイリーとサリュ。ほら、もっとくっついて!」
 その真治と虎徹、レイリーとサリュはそれぞれ、デジカメで写真撮影をし合ってから別れた。
「それにしても‥‥夢にまで見た、虎徹との夜店巡りだお祭りだーっ♪」
 店番終了、という事で着替えた真治。紫陽花の浴衣に髪は結い上げ真珠のかんざしを挿し、という実に情緒ある姿である。
「真治…素敵な浴衣をありがとうな」
 一方の虎徹もまた、真治から贈られた浴衣姿で。
「カッコいいな‥‥」
 改めてその姿を見た真治は惚れ惚れと呟く。また惚れ直しちゃったよどうしてくれるんだバカ‥‥ウソ、好き、な感じだ。
「いや、それを言うなら真治だ。その格好はハッキリ言って反則‥‥凶悪すぎだぞ」
「そっかな‥‥嬉しいや、えへへ」
 真治は満面の笑顔を浮かべながら虎徹に腕を絡めると、グイッと引っ張った。
「ね、あっち行ってみよう♪ あ、あれ美味しそう!」
 嬉しくてたまらない、それは先ほど店番していた時と同じく‥‥いや、それ以上に。
「あれやってみないか?」
 こういう事に縁がなかった自分、その時を取り戻そうとするかのように、愛する人とかみ締めるように。
「真治、嬉しいのはわかるが少し落ち着け‥‥妊婦なんだぞ?」
 そんな真治を優しく戒め、虎徹は少しだけ歩調を緩めた‥‥妻のお腹の中に宿る命、まだ見ぬ我が子を案じて。
「じゃあ、行こうか」
 同じ頃、響たちと交代したフォーリィは、クロスに言われ頷き‥‥急にそわそわし出した。
(「な、馴れないスカートだけど変じゃないかな‥‥剣も置いてきたからなんか落ち着かない‥‥」)
 というか、考えてみたら初めてのデートなのだ。変な事しないようにしなくちゃ、と思うと何だか緊張する。
(「ああ、でも、大人しすぎるといつものあたしと違いすぎて戸惑われるかも‥‥難しいなぁ」)
 ドキドキするフォーリィにその時、すれ違った人がトンとぶつかった。普段なら人の気配に敏感なのだが、やはり自覚している以上に緊張しているらしい。
(「あっ、人が多いしはぐれちゃうと大変だし‥‥手なんか繋ぎたいかも‥‥」)
 思うが、言い出せない。
「と、とりあえず色々見たり食べたりしようか‥‥」
「そうですね。では、行きましょうか」
「‥‥あっ」
 と、実に自然な動作でクロスがフォーリィの手をとった。繋いだ手から伝わる、温かな温もり。それがとても嬉しくて。
「どうしました?」
「‥‥ううん、何でも」
「そういえば、いつもの格好も素敵ですが、今日の服もまたとても可愛らしいですね‥‥よく似合っていますよ」
 不意打ちだった。瞬間、顔を真っ赤にしてうろたえてしまうフォーリィ。
「‥‥ありがとう」
 照れるフォーリィに笑みを深めて、クロスは握る手にそっと力を込めた。

●かけがえのない時を
「さぁさぁ、よってらっしゃいみてらっしゃい‥‥うまいよ! このアイス!」
 アイス屋では、リュウガが威勢よく客引きを始めていた。
「どう! そこのお二人さん!‥‥二人の熱さにアイスもすぐに溶けるってか!」
「確かに美味しそうだな、食べようか」
「はい‥‥あ、御代は私が‥‥」
「こう言う時くらい、オレが奢るよー!」
 何だか初々しいカップル‥‥てか、良く見れば三人連れだったりしたが‥‥とかもいたり、先ほどのアシュレー達のようなラブラブカップル達もいたり、リュウガ的に滑り出した上々だった。
ウィンクされたカップルの女性がポッと頬を赤らめ、連れの男性がムッとしたりして‥‥時々反省はするが。
 と、リュウガを上回るくらいの掛け声が上がった。。
「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! そこなお兄さんにお嬢さん! お子様まで!」
 それは、飴屋の店番を交代したルクス。いきなりハイテンションな客寄せであった。
「ここの屋台、そんじょそこらのお店ではありません! 美女と美男! マスコット! いろんなキャラが勢ぞろい! しかも、ここの飴は世界一ぃぃぃぃぃぃっ! 買わなきゃ損するよ!」
「ほほほっ、ウィンったらお客さんを引かせてどうするんですか? 威勢が良いのは結構ですが、ちゃんと周囲を見て下さいね」
 ガスッ。あまりのテンションの高さに、道行く人たちが何やら遠巻きにしているのに気づき、響が突っ込む。
「まぁ、そんくらい威勢が良い方が景気づけにいいけど」
「む。そうだろそうだろ。という事で、客が引き気味なのはキャッチーさが足りないと見た‥‥アシュレー君が脱げばいいんだよ!」
「えぇっ!?」
「さぁ脱げすぐ脱げ今すぐ脱げ! サービスしないとね!」
 さすがに退場に追い込もうかと響が真剣に考えた時、当のルクスがふと動きを止めた。
「ん、迷子か?」
 見ると、飴屋の前に小さな男の子と女の子がいた。
「みゅ〜、みゅ〜」
「ねこたべるの、かわいそう」
「二人とも、それは猫さんの形をした飴よ、カワイイでしょ」
 良く見ると、連れの年かさの少女や付き添いの大人たちがいて、
ルクスは胸を撫で下ろす。
「これ、食べる?」
 問う少女に幼い少年少女がコクンと頷き。
「‥‥」
 幼い少年は小さな手に握られたお小遣いとルクスとを交互に見た。初めてのおつかい‥‥というかお買い物なのだろう、ルクスは少年が勇気を出して小銭を差し出すのを辛抱強く待った。
「偉かったな」
 そして、飴を‥‥ドラゴンを模った飴を渡しつつ、その頭を優しく撫でてやった。
「‥‥」
 響はその一部始終を見ていた。少年の頭を撫でるルクス、豊かな胸いっぱいに、温かな気持ちが満ちていた。
「あっ、あれ可愛い‥‥ん〜、ていうかあれ欲しいわ」
 隣の射的屋では、別の少女が果敢に挑戦‥‥したものの、ダーツはあさっての方向に飛んで行ったりして。
「あ、あ、あ、当たらない!? 何で?」
「こういうのって、ダーツに仕掛けがしてあって当たらないようになってるんじゃないですか?」
「え〜、そんな事ないよ‥‥ほら」
 示す為にダーツを手に取ったアシュレーは、無造作にひょいと投げた。でありながら、その軌跡は正確にど真ん中に突き刺さった。
「うわぁ、お兄ちゃん凄いね」
「‥‥分かった、頑張るよ」
 チラリと意味ありげな視線を向けられたパラの少年は、苦笑しつつダーツを手に取った。
「頑張って下さいね」
 子供達の期待に応えてあげて下さい、微笑みに励ましを込めたルーシェに、パラの少年は頷いた。
「やった!‥‥やっぱりこの小さな人形、すごく良く出来てる」
「それ、ちま人形って言うんです。大事にして下さいね」
 そして、無事お目当ての人形を手にし、ひっくり返したり縫い目をチェックしたりしている少女に、ルーシェは優しく告げたのだった。
「さあさあ! うまい! 安い! 早い! の三拍子そろった、このアイス! 買わなきゃ損だよ!」
 リュウガが呼び込みを続けるアイスの屋台には、大人しそうな女の子二人が訪れていた。
「どうだ、美味いか?」
「‥‥」
 コクン、返ってきたのは頷き一つ。
「こう言う時は、ちゃんと『美味しいです』って言わないと」
「‥‥美味しい、です」
 言葉よりも、美味しい笑顔が雄弁に語っている‥‥それを嬉しいとリュウガは思った。
「女ってあぁいうの好きだよな」
「こちらの方が好みか?」
 連れらしい少年が言うのを、巴は内心可笑しく思いながら、箸巻きを示した。チラチラとアイスを窺う瞳は、いかにも食べたそうだが、同世代の女の子とアイスをほお張るのが恥ずかしい‥‥といったところか。
「素直になった方が人生お得だぞ」
「そりゃそうかもだけど‥‥男にはグッと我慢しなきゃいけない時もあるんだよ、うん」
「‥‥そうか」
 中々の心意気、巴は多くは問わず、ただ黙って串焼きを差し出したのだった。
 やがて、子供達の集団は集まって一端休憩に入ったらしい。引率の先生の一人が緩やかな曲を奏で始めた。重なる、子供達の歌声。
「‥‥ルーシェの歌も聴きたいな」
 これも客寄せのお仕事だよ、ニコニコ言うアシュレーにはにかんだ笑みを返し、ルーシェもまた旋律を追いかけた。
 ゆっくりと月精霊の気配が満ちていく屋台街につかの間、美しい歌声が流れた。

「これなんかサリュさんにぴったりだよ」
 一方、屋台を見て回っていたレイリーとサリュは、屋台街を少し外れていた。それだけで人気が減り、喧騒もまた遠い。ただ提灯の明かりだけが、ぼんやりと暖かな光を投げかけてきてくれる。
「キレイね」
 ほのかな光を見上げるサリュ。けれど、レイリーにとっては、そう言うサリュこそがキレイで‥‥愛しくて。
 抱きしめる、背中から。自分の腕にすっぽりと入ってしまう、かけがえの無い宝物。
「愛してる、私だけの姫になってくれないか」
「‥‥大好きよ」
 サリュは迷わなかった。身体の向きを変えると、今度は自分から愛する人の腕に飛び込んでいった。
「いつまでも私の王子様でいてね、何があってもあなたについて行くわ」
 ありがとう、言う代わりにレイリーはサリュを抱く腕に力を込めると、眼を細めた。
「灯りが綺麗だね、精霊達も祝福してくれているようだ」
 そして、どこからが聞こえてくる、歌声たち。優しい美しい歌声たちは、まるで自分たち二人を祝福してくれるようで。
「精霊達も祝福してくれてるみたいよ」
 サリュはそっと瞳を閉じると、愛する人に寄りかかった。
「あー堪能した、すっごく楽しかった!」
 紅潮した頬で空を見上げていたのは、真治だ。真治と虎徹の夫婦は今、川縁に腰を下ろしていた。小さなお皿に乗せたローズキャンドルの火だけが、二人をゆらゆら映し出し。
「静かだね‥‥キレイだし」
「確かに。地球じゃ、こんなにきれいな空は中々見れないな‥‥きれいだと思っていた空でさえ、もっとこちらではきれいに見える」
 ゴロリと寝転んでから、虎徹は真治の顔を引き寄せ、囁いた。
「勿論、真治のほうがもっときれいだよ」
 愛の言葉と共に交わされる口付け。
 何度キスを交わしても飽きる事はない、寧ろもっと欲しくなるのが不思議だと、新たに虎徹の顔を引き寄せながら、真治は思う。
「ね‥‥愛してる?」
「愛しているよ、いつでも、いつまでも‥‥」
 交わされる睦言は途切れる事なく。二人は休憩時間のギリギリまで仲睦まじく愛を確かめ合った。

●祭りの後で
「学生時代やっているやついたよな、こういうの」
 屋台の片づけをしながら、虎徹はふと板にナイフを走らせた。刻む相合傘、今日の記念を心にも刻み。
「あー堪能した、すっごく楽しかった! 今度は夏に海にでも行きたいな♪」
「楽しかったな? 夏の海も楽しみだよな?」
 迎えた真治の髪に指を滑らせながら、虎徹は祈った。この先、夏も秋も冬も春も‥‥いつまでも、この時が続くように、と。
 浸っていた二人は、アシュレーの呼び声で我に返り、慌てて皆の下に戻った‥‥寄せ合う身体はそのままで。
「皆さん、お疲れ様でした」
 そして、そんなルーシェの労いで、慌しくも楽しい屋台手伝いは終わった。
「助かったよ、あんた達‥‥本当に、ありがとう」
「こちらこそ、楽しかったです。皆さんが元気になって良かったですね」
 後片付けを手伝いつつのルーシェに、華火は安堵の表情でもう一度「ありがとう」と頷いた。倒れた職人さん達も、ルーシェ達のおかげでゆっくり休め、無事復帰がかなった。
「これで私たちも安心です」
「心置きなく帰れるね‥‥と、その前に」
 片付けの終わった後、アシュレーはルーシェを夜空の散歩デートに誘ったのだった。
「はい、ルーシェ、あーん♪」
 言って、懐から取り出したお菓子を口にくわえるアシュレー。
「‥‥もう」
 そう言いながらも、ルーシェは照れた顔でお菓子を受け取る‥‥というか、一緒に食べる。
「えへ、甘いや。お菓子もルーシェも」
 満足そうなアシュレーに抗議というより甘えるように、身を寄せたルーシェ。
「お祭りが終わった後って寂しいですけど‥‥お祭りは又やってくるんですよね、そしたら又行きましょう」
「うん、きっと。約束、だよ」
 口付けを交わす幸せいっぱい夫婦に、グリフォンが呆れたように、小さく一声鳴いた。

「少し、いいかな?」
 一方。やはり片付け後、フォーリィはクロスを誘っていた。少し離れただけで、先ほどまでの喧騒が嘘であったかのように、ひどく静かだ。
「そのなんだ、これ受け取って欲しいなと‥‥女のあたしから渡すのなんだけど」
 それは、誓いの指輪。そっと差し出す手が、微かに震えている事に、クロスは気づいただろうか? 
「ありがとうございます。嬉しいです‥‥とても」
 そっと包み込むように。誓いの指輪を受け取ったクロスは迷う事無くはめると、フォーリィの指先を引き寄せ、飾る指輪に軽く口付けた。
 走る、甘い痺れ。同時にそれはどこか厳粛でフォーリィをうっとりされる。
 近づいてくるクロスの顔。このまま心臓が爆発してしまうのでは、と心配になるほど鼓動が速い。この夜が、真っ赤だろう自分の顔を隠してくれたらいいのに‥‥願いながら、フォーリィは目を閉じ。
 その可憐な唇に、クロスはそっと口付けた。

 ルクスと響は二人、帰りの途についていた。少しゆっくりと、並んで歩く。一仕事終えた後の快い疲労と満足感とが、二人の雰囲気に少しだけ、いつもと違った熱を生み出しているよう。
 口を開こうとしたルクスは、無意識に髪をかき上げた響に、そのまま動きを止めた‥‥ブンブンと首を振る。
(「今日はウィン、何だか意気込んでいるようですが‥‥何かあるのでしょうか?」)
 そんなルクスに、響は内心で小首を傾げた。気づかぬうちに、心臓がトクントクンと音を立て始める。
 そうして、ルクスは一度天を仰いでから、視線を響に戻した。その、向けられた真摯な眼差しに不意に、響は息を呑む。
「えっと‥‥俺さ、馬鹿で間抜けで取り柄も無くて‥‥何も無いけどさ。‥‥お前のこと、凄く愛してる」
「‥‥え?」
 けれど、ルクスは響の反応の悪さに勘違いした。つまり、言葉が足りてないのだと。
「その‥‥なんだ‥‥あーーーーー! 結婚しようってことだよ!」
「‥‥ぁ」
 小さな吐息と共に、響の瞳から涙がポロポロと零れ落ちた。
「ごっごめん、そうだよな、驚いたよな‥‥いきなりこんな事、言われて‥‥」
「‥‥違います、違うんです‥‥私、私‥‥」
 慌てるルクスに、響は緩く首を振ると、涙で濡れる頬をそっと拭った。涙の後で現れたのは、笑顔‥‥恥ずかしさと嬉しさを混ぜ合わせた笑顔だった。
「‥‥はい」
 告白の‥‥プロポーズへの返事の代わりに、響はそっと一組の人形を差し出した。ウェディングドレス姿の響と、黒の礼服姿のルクス、腕を組む二人を模した人形を。
 たくさんの幸せなカップルと家族を、月精霊はただ静かに、優しく見守っていた。

●ピンナップ

アシュレー・ウォルサム(ea0244


バレンタイン・恋人達のピンナップ2006
Illusted by 秋月 唯