スィーツ・iランドinウィル店開店なるか
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■ショートシナリオ
担当:マレーア4
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:11人
冒険期間:06月30日〜07月07日
リプレイ公開日:2006年07月08日
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●オープニング
冒険者街の市民街に近い一角に、アトランティス初になるであろう、ファミリーレストラン『スィーツ・iランドinウィル店』の店舗が建っている。それ自体は冒険者が借りられる普通の棲家だが、敷地の周囲に沿って低い常緑樹が植えられている。風や埃避けだけではなく、冒険者街に蔓延る野良ウサギ対策だ。
日当たりのよい南側にはオープンテラスが備え付けられ、数組のテーブルとイスが置かれてある。天気の良い日にお茶を飲むのは格別だろう。
そこから窺える店内の内装はアンティーク調の落ち着いた雰囲気だ。
「ちーちゃん、メニューはこんな感じかしら?」
テーブル席の一つ一つに、メニューの書かれた羊皮紙を置いていく女性の姿があった。海を思わせるマリンブルーのノースリーブのワンピースを纏い、そのスカートはミニ、そして腕にはパフスリーブを、首にはリボンタイを付けている。
テーブル席には白いテーブルクロスが掛けられており、花束を中に封じた氷塊とハンドベルが置かれてある。テーブルマナーは基本的に手掴みなので、席へ案内した後、水の入ったボールを出し、テーブルクロスがナプキン代わりになる。もちろん、客が代わるたびに新しいものに交換する。
「座った視線で、見やすい位置にも貼っておいた方がいいですね‥‥このテーブルの音色は問題なし、と」
ブラウスにベスト、ネクタイというきっちりした服装をした女性が、マリンブルーの服を着た女性の質問に答えつつ、ハンドベルを鳴らし、その音色を確かめる。ハンドベルは各テーブルごとに若干音程が違い、どのテーブルで鳴らしたか分かるようになっているのだ。
二人の着ている服装は、どちらもアトランティスにもジ・アースにもない。マリンブルーの服を着た女性は九条・玖留美、きっちりした服装の女性は神林・千尋。二人は天界の日本の、東京の、秋葉原にあるファミリーレストラン『スィーツ・iランド』の店長とマネージャーだった。
召喚されたウィルの地でその経験を活かし、冒険者達と力を合わせてファミレスを開店直前にまで漕ぎ着けようとしていた。
「みるく先生! 制服六種類、出来たにゃん!!」
そこへ厨房の更に奥、玖留美や千尋が寝泊まりしている部屋から、女の子が数着の服を抱えて走ってくる。肩から胸のラインに掛けてフリルで彩られた白いシャツに、赤いミニスカートを履いている女の子は藤野・睦月、“カオスにゃん”というペンネームを持つ彼女は天界人の同人誌書きにして、玖留美のコスプレの弟子だ。玖留美はコスプレイヤー“みるく”として、コスチューム作りと合わせてその手の筋ではかなり有名らしい。
「どうやら開店前までに間に合ったようね。カオスにゃん、うちの男性店員をネタにハードや○いマンガを描き始めるから、一時期はどうなるかと思ったわ」
「えへへ、一度、アイディアが閃いちゃうと、何人たりとも止める事は出来ないんだよ。でも、間に合ったんだから結果オーライでしょ?」
玖留美と睦月は手分けして、冒険者から提案された制服の試作品を作っていた。
玖留美が着ているスィーツ・iランドin秋葉原店の正式制服『マーメイドタイプ』と、睦月が着ている『ブ○ンズパ○ット風』の他、『ア○ナミ○ーズ風』、『天界風メイド服』、『ゴシックメイド服』、『アンティークドレス風』の六種類の中から、ウエイトレスはその日の気分で好きな制服を着る事が出来る。もっとも、現時点ではまだ一着ずつしかないので、相談して決める事になるが。
尚、ウエイターは、千尋が着ている服のタイトスカートがズボンに替わった制服だ。
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・ブリトー(肉と野菜を煮込み、チーズを加えて包んだクレープ)
・鶏肉のハーブ焼き
・ステーキ(豚肉・兎肉)
・スパゲッティ(ホワイトソース)
・オムレツ(ホワイトソース)
・肉と野菜のワイン煮込み
・サンドイッチ
・ホットドッグ
・ナン
・クレープ(季節のフルーツ・ドライフルーツ包み、ハチミツ掛け・メープルシロップ)
・シュークリーム(季節のジャム包み)
・ソルベ
・ミルク(お好みで木イチゴを添えます)
・ハーブティ
・ソフトドリンク
・ワイン
・エール
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その間、千尋は羊皮紙に書かれたメニューの試案をチェックする。現段階で仕入れられるもので、冒険者から募ったメニューに漏れはないはずだ。
また、スィーツ・iランドinウィル店では、アトランティスでは極めて珍しく料金は食後、店を出る際の後払いとしている。天界のファミレスでは当たり前だが、アトランティスやジ・アースの酒場やエールハウスでは先払いが原則だ。そこでスィーツ・iランドinウィル店では、入店時にレジカウンターで武器を預からせてもらい、会計後、返す仕組みを取る事にした。食事代と武器の値段を比べれば、どちらが高価かは一目瞭然だし、こうする事で店内で無用な諍いを抑える狙いもあった。
玖留美は、スィーツ・iランドinウィル店を『非武装中立』として掲げていた。天界人でアトランティス人でもジ・アース人でも、人間でもパラでもハーフエルフでも、庶民でも貴族でも王様でも、誰でも分け隔てなく気軽に来店出来、美味しい天界の料理が食べられる‥‥それが玖留美と千尋の理想だ。
後はウエイトレスとウエイターの接客訓練、厨房の料理の作り方、倉庫整理等、本格的な開店に向けた用意になるが‥‥千尋はマネージャーとして、大きな決断を玖留美に迫らせなければならなかった。
「パン焼き窯が完成していれば、自家製のパンが作れるんだけどな。まだ完成していないから、今のところはナンなのよね」
「店長‥‥」
「どうしたのちーちゃん‥‥いえ、マネージャー、改まって?」
パン焼き窯があればスィーツ・iランドinウィル店でパンが焼けるが、まだ完成していないので、パンは出来合のものを市場から仕入れている。なので、サンドイッチとホットドックにしか使用していない。
千尋のいつになく冷たい声音に、玖留美も店長としての顔になる。
「スィーツ・iランドinウィル店をこのまま開店して良いとお考えでしょうか?」
「!? それってどういう事?」
「残念ですが、先日のピクニック以降、スィーツ・iランドinウィル店の悪い噂を耳にするようになりました。開店前のファミレスに悪い噂が立つのはあまりいい事ではありません」
『玖留美という天界人は気に入った者にしかサービスしない』、『ピクニックがつまらない』、『ピクニック、何これ? 何やってんの?』、『ピクニックになんか行くな』等、先日のピクニックに関する悪い噂が千尋の耳にも届いているという。
もちろん、玖留美は手を抜いたつもりはないし、楽しんでもらいたいと思ってピクニックを催したのだが、どうやら裏目に出てしまったのかもしれない。
「‥‥私は‥‥開店したい‥‥みんなやちーちゃん、カオスにゃんとここまで作ったんだもの。開店したい!」
「‥‥それは、私も同じです」
「‥‥でも、私の一存じゃ決められないから、みんなに決めてもらおうよ。スィーツ・iランドinウィル店を開店させるべきかどうかを!」
玖留美は胸の前で拳に力を込めながら、千尋に真顔で答えたのだった。
●リプレイ本文
●開店or閉店
スィーツ・iランドinウィル店の店内では、店長の九条玖留美(ez1078)とマネージャーの神林千尋、制服・スィーツ調理担当の“カオスにゃん”こと藤野睦月を始め、店員が一堂に会し、アトランティス初のファミリーレストランを開店させるべきか否か、話し合いの場が待たれていた。
「私はもちろん、開店は賛成だよ。ここまでみんなで頑張ったんだし!」
「ええ、せっかくここまで来て、『否』なんて答えは出せませんよ」
「(ショウゴさんに負けてられないぞ!)それに悪い噂を払拭するような、良い噂が流れてくれればいいんだよね」
クーリエラン・ウィステア(eb4289)が真っ先に立ち上がると、ショウゴ・クレナイ(ea8247)も玖留美へ微笑む。音無響(eb4482)も玖留美へ満面の笑みを向け、「安心して下さい」とアピールする。
「依頼書を見て参りました、ニルナ・ヒュッケバインです。宜しくお願いしますね。僭越ながら、店員としてお聞きしたいのですが‥‥そもそも、その悪い噂を投書した出所は何処なのでしょうか?」
この自己紹介を兼ねたニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)の質問はもっともだろう。
アトランティスにもアンダーグラウンドな場所が存在し、そこある酒場では、かつては名を名乗らない事で様々な意見を交換し、自由な議論が行われていた。だが最近は名を名乗らない事をいい事に、依頼を受けず、報告書にケチを付けたりと言いたい放題が横行し、そこでスィーツ・iランドinウィル店のピクニックに関する悪い噂が上り、それを鵜呑みにした輩が投書を送ってきたそうだ。
「それってつまり、手伝いに来てないし、ピクニックにも参加していない外野が、文句だけ言ってるって事?」
千尋の話を聞いたセーラ・ティアンズ(eb4726)はその独善的で身勝手な投書に、呆れたように肩を竦める。千尋も額を押さえて溜息を一つ。
「そんな悪い評判に根拠なんてないんですから、今からだって十分取り返せます。開店するべきです」
「アングラな意見なんて、得てしてそんなものだよ。あたしらは開店させる為に全力を尽くしてるし、これからも尽くすつもりさ。だから、玖留美も千尋も不安にならずに頑張って欲しい。あたしらも頑張るからさ」
エルマ・リジア(ea9311)が投書を正論で切って捨て、リーザ・ブランディス(eb4039)は玖留美と千尋へ発破を掛ける。ドロシー・ミルトンからは噂を払拭する為に1日街頭アンケート案が、アイネイス・フルーレからは店の宣伝に関するアイディアが寄せられている。
「ここでiランドの事を聞いて、凄く嬉しく思いました。天界との繋がりを感じられるような気がして‥‥同じ想いをしてる天界人はたくさんいると思います。そんな人達の為にも、iランド、開店させましょう! 悪い噂なんて私達でぶっ飛ばしてやりましょう!」
「決まりね、天界人の心の拠り所としてもファミレスは必要だし、開くしかないでしょ?」
天野夏樹(eb4344)がすっくと立ち上がり、玖留美へ真っ直ぐな想いをぶつけ、セーラが後押しする。ルティア・アルテミスが「可愛いお店だから絶対開店して欲しいんだよ」と、エトピリカ・ゼッペロンと共に彼女達を更に後押しした。
「店長」
「うん‥‥みんな‥‥ありがとう。他にも励ましや手厳しい意見も戴きましたけど、息抜きの場所は必要ですし、私はファミレスが大好きです。スィーツ・iランドinウィル店は開店します!」
クールビューティーな千尋も優しい笑みを浮かべて玖留美を促す。玖留美は目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら立ち上がり、スィーツ・iランドinウィル店の正式開店を宣言すると、店舗を歓声が包み込んだ。
●スパルタ店長!
午後から開店へ向けた、最終的な準備が始まった。
接客は玖留美が、裏方は千尋が担当する。厨房は玖留美か千尋の手の空いている方と、スィーツのみお菓子作りが趣味のカオスにゃんが受け持つ。
「ふむ、ウェイターの制服とやらは、神林さんとお揃いな衣装なのですね‥‥」
着慣れないウェイターの制服を着たショウゴは、響に着られているか見てもらう。天界のファミレスにショウゴがいれば、女性客から注文が殺到するだろう。ますますショウゴに負けられない響。
「ウェイトレスの制服は余り物ので別にいいけど、あんまり派手派手しいものじゃなければ嬉しいねぇ」
「可愛い服を着る“歳”じゃないしねぇ」
女性陣は、クーリエランが『ゴシックメイド服(クーリエラン風)』、夏樹が『ブ○ンズパ○ット風』、セーラが『天界風メイド服』を選び、玖留美に見立ててもらったニルナはと『ア○ナミ○ーズ風』のウェイトレスの制服を着ていた。『マーメイドタイプ』と『アンティークドレス風』が残るが、マーメイドタイプは玖留美が愛用しているので、リーザは黒ロリよろしくアンティークドレス風の制服を着る事になった。
ニヤリと嫌味を漏らすセーラだが、ちょっとダークな黒ロリがリーザの雰囲気にマッチし、これぞ萌え! と断言しよう!
「接客の基本は笑顔です。笑顔で『いらっしゃいませ』とお客様をお迎えしましょう。でも、作った笑顔はダメです。あくまで自然に、が大切です」
玖留美の手本にどよめきが起こる。玖留美の自然な笑顔と「いらっしゃいませ」に迎えられた客は釣られて笑みを浮かべてしまうだろう。普段はおちゃらけている玖留美だが、仕事の時は真面目そのものだ。
「ウェイターの基本は絶やさぬ笑顔ですね!」
「目指せ、スィーツ・iランドinウィル店のトップウェイトレス! お願いします、コーチ!!」
響の想いの篭もった笑顔と、気合いの入ったクーリエランは一発合格だ。また、基本的な作法が一通り出来るショウゴも難なくクリアー。セーラは持ち前の商人根性に機転を利かせて、「お客様は神様(金蔓)です」精神で第一関門を突破している。
「いらっしゃいませ」
「笑顔を作ってます、不自然です」
「いらっしゃいませ」
「もっと柔らかく笑えないかな?」
「いらっしゃいませ」
「目が据わってます! お客様、逃げてしまいますよ〜」
苦戦しているのはリーザとニルナ。貴族令嬢としてエスコートされるのは慣れているが、する立場には慣れていないようだ。また、騎士として君主を迎える時とも勝手が違う。
天界のファミレスでアルバイト経験のある夏樹も玖留美を手伝い教える側に回った。
「お客様が何名でご来店か訊ねます。人数に応じて二人掛け、四人掛けの席へ案内して下さい。その際、オープンテラスが空いていれば、オープンテラスを紹介するのも忘れないで下さい。案内する席はお客様の好きな方で構いません」
「人数が多ければテーブルを並べて、出来るだけ一緒に座れるようにするといいよ」
次に玖留美が席の案内の手順を説明すると、クーリエランが補足し、机を動かして実演してみせる。
「それと、スィーツ・iランドinウィル店では、代金は食後、店を出る時の後払いです。これは先払いが主流のジ・アースやアトランティスにはほとんど馴染みがないので、席へ案内する前に説明し、入口で忘れずに武器を預かって下さい」
「『非武装中立』を謳うのでしたら、そのくらい徹底した方が却って気持ちいいです」
「後でトラブルになっても困りますしね。後払いと武器預かりシステムなども広めて行かなくては」
極力揉め事の芽を摘んでいこうとする玖留美のやり方に、ニルナは清々しささえ感じた。後払いについては、おいおいジ・アース人やアトランティス人に慣れてもらう為に、ショウゴの提案通り、店内で説明する他、宣伝にも盛り込む事になった。
「ブリトーとワインですね? ご一緒に季節のフルーツを包んだ、当店自慢のクレープは如何でしょうか? セットにしますと大変お得になっております」
その後、実際に接客の練習に入る。メニューの価格は単品では『騎士の誉れ』よりちょっと高め(それでも原価率4〜5割)だが、主食とおかずに、飲み物やスィーツをセットにすると結果的に安くなる『セットメニュー制』を採用しているので、それを覚え、説明するのも一苦労だ。
ここでは夏樹が実際に手本を見せ、ウェイターとウェイトレス役、客役を交代で行い、一つ一つ慣れていく。
「接客にオーダーの取り方にテーブルごとのベルの音の聞き分け方に‥‥考える事が一杯あってお腹が空きそうです。剣を振るうのとはまた別な疲労感を感じますね」
客役のニルナが席に着き、厨房の方から漂ってくる甘く美味しい香りに心をときめかせていると、手掴みがマナーのアトランティスでは欠かせない、手洗い用の水を張ったボウルを運んできたリーザが目の前で転け、濡れ鼠になってしまう。
「わ、私は大丈夫だから‥‥だから、拭き拭きは‥‥止め‥‥止めて‥‥止めい!」
ニルナや近くにいたクーリエラン、夏樹がタオルを持って駆け寄ると、リーザを取り囲んで身体を拭き拭きし始める。ちょっと色っぽい声を出すリーザだった。
●うらかたはつらいよ
「ふう‥‥では、この氷を貯蔵庫へ運んで下さい‥‥」
「荷物運ブ、力仕事任セル」
「任せて下さいっス!」
エルマがクーリングで作った氷を、鹿嶋碁音とフルーレ・フルフラットが半地下室の貯蔵庫へ運んでゆく。
「少し、休憩しましょうか」
「‥‥あ、いえ‥‥この後、リーザさんと夏樹さんと、契約した露天商の引き継ぎに行かないといけませんし‥‥」
「一息入れても罰は当たりませんよ」
「‥‥ありがとうございます‥‥」
エルマはMPが続く限り、氷の作り置きやソルベ作りをしており、疲労の色が浮かんでいた。そこへ千尋が木イチゴを添えたミルクを差し入れる。時間が惜しいので最初は断るが、千尋は半ば強引にエルマを座らせてしまう。
「‥‥飲み物を冷やす方法ですが‥‥」
「はい」
「‥‥地下室を使うのはどうですか? ‥‥水をちょくちょく汲んできて、混入しないようにして飲み物を浸けるんです‥‥少し冷たくなるだけでも、体温より低ければ十分冷たく感じられると思います‥‥問題点は場所を取ってしまう事ですが‥‥」
「そうですね、貯蔵庫のスペースはまだありますから検討してみましょう」
「‥‥それと、セットメニューなら‥‥本格セットの他に、飲み物にちょっと味見程度の一口スィーツをつけて3Cとか、お試し的なセットはどうでしょう‥‥?」
「それは良いアイディアですね。是非、加えましょう」
裏方の話題で会話が弾む二人。
その後、エルマはリーザと夏樹に、千尋はセーラに呼ばれた。
厨房は専門の店員が入ってくるまでは千尋とカオスにゃんをメインに、専門的な料理の腕前を持つセーラと、家庭料理が得意なクーリエランと夏樹がウェイトレスと兼任する事になった。
基本的には注文順に調理していくが、スィーツは食後に出す事が多いので、客の食事の具合を見て作り始めるといった調整が必要だ。
セーラにとって、クーリエランや夏樹の作る天界の料理はどれも珍しく、逐一レシピを訊ねてはレパートリーに加えていった。
「千尋さん、クーリエランさんや夏樹さんが言ってたショーユっていうのは、ウィルで作れるのかな?」
「醤油ですか? ‥‥無理でしょう。先ず大豆といった原材料が月道輸入品ですので手に入りにくいですし、第一、醤油の元になる醤油麹(こうじ)がありません。それに醤油は仕込んでから最低でも一年、普通は数年熟成させなければならないのです」
「そんなに時間が掛かるの!?」
醤油の製造方法が分かれば棲家で試してみたいと思っていたセーラだが、原材料がない上にあっても数年掛かるとなれば諦めるしかない。
「そう落胆しないで下さい。代わりにアトランティスにはありませんけど、簡単に作れる天界の調味料を教えましょう」
千尋も気の毒に思ったのだろう、セーラに卵と油、ワインビネガー(もしくはリンゴ酢)で作れるマヨネーズを教えた。
「それと、前に言っていた工房だけど、しばらくは資金を溜める事にするわ」
気を取り直したセーラは、そう工房作成の意志を伝えた。
●勘違いは続くよどこまでも
「スィーツ・iランドinウィル店を宜しくお願いします! お飲み物、軽い軽食やスィーツが楽しめますよ〜!」
最終日には、ニルナやクーリエラン、リーザが制服姿で手に看板を持ち、ウィルの街中を市民街や冒険者街を中心に宣伝して回る。また、リーザの提案で、街中の目立つところに看板を立てさせてもらった。
ウィルの一般人の識字率は高くないので、それぞれの看板はカオスにゃんがメニューを分かりやすくイラスト化したものだ。
「天界のジャパンには、『向こう三軒両隣』という言葉があるそうです」
「‥‥店舗の向かい側三軒と、左右二軒の隣家の前も掃除するのですね‥‥」
ショウゴは制服を着たまま、毎朝、店舗の前と向かい側三軒、更に左右二軒の家の前の掃除をした。エルマは制服こそ着ていないが、裏方訓練のついでに、とショウゴを手伝った。
「お客さんに喜んで貰えるように、早く大きくなーれ」
店舗の家庭菜園にはジャガイモが植わっており、その世話は専ら響が引き受けていた。
「しかし‥‥玖留美さんの、俺とリーザさんの関係の誤解を解かないとなぁ‥‥」
「あ、響さん、お疲れさまでしたー!」
玖留美は響がリーザの事を好きだと誤解しており、それをどう解こうか考えながら更衣室の扉を開けると、何と夏樹が着替えの真っ最中!
「‥‥‥‥わーっ、ごっ、ごめんなさい、わざとじゃないんです、わざとじゃ」
「ん? 何遠慮してるの? 話は聞いてるから。いろいろあるみたいだけど、私は応援するよ」
慌てて回れ右する響だが、夏樹はエデン・アフナ・ワルヤから『響は故あって男装してるお嬢さん』と聞いており、半裸のまま着替えの手を休めずに、更に励ます始末。
「音無くん!? 何、天野さんの着替えを覗いてるの!?」
「て、店長‥‥これには深い訳が‥‥」
「言い訳は聞きません! 今すぐ出ていきなさい!」
「玖留美さん‥‥着替えを覗くって‥‥まさか響さんは男性!? エ、エデンさんの嘘つきぃ―――――!!?」
運悪く玖留美が通り掛かる。響は一喝されて駆け足で立ち去り、夏樹も誤解が解けたが、男性の前で生着替え&半裸姿を披露してしまった事実に顔を青褪めさせ、思わずその場にへたり込み、涙ながらに大絶叫したのだった。
●人災は忘れた頃にやってくる?
「あ、セーラさんと夏樹さん」
最終準備も一通り終わり、帰路に付くセーラと夏樹を玖留美が呼び止めた。
「セーラさんは減俸五ヶ月、夏樹さんは減俸二ヶ月ね。開店後から引きますのでそのつもりで」
「ちょ、何それ!?」
「減俸の話、あれ、本当だったのー!!?」
「心当たりは自分の胸に聞いて下さい。ちゃんと働いて下されば帳消しにします」
この二人は、玖留美の気に障る何をしでかしたようだ。
この二人に未来(あした)はあるのだろうか?