築城軍師〜難攻不落

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月11日〜07月16日

リプレイ公開日:2006年07月14日

●オープニング

築城軍師〜難攻不落

 ギルドの報告書が一読されてから数週間。
 ウィンターフォルセのどでかい屋敷の前に、彼‥‥ルキナスは立っていた。
 命を狙われる‥‥暗殺事件より数週間、姿を消していた彼が戻ってきたのは数日前。
 領主に呼び出され、何事かと。溜息をつく。結局彼は断りきれず、参上する事にしたのである。

「爺さん‥‥一体なんだってんだ? オレをここに呼び出すという事はそれ相当の事なんだろうけどさ」
 もし地図を作れと言われても受けないだろう。もうあんな目に合うのはあれっきりでいい。
「まぁそんな邪険にするな。私とて、地図を頼むつもりで君を呼んだのではない。見ただろう、このウィンターフォルセの荒れようを?」
 領主がそう言えば、ルキナスは窓の外から街を眺めるだろう。
 街は昔いた場所とは程遠い姿となっていた。
 放置された耕作地。人が居らず閑散とした区間。そして何より領主のやつれよう。病とは聞いていたが‥‥。
「オレが数週間離れてる間、何があったっていうんだ? オレ好みの可愛い娘もいなくなってると来てるし?」
「フェーデだよ。レヴンズヒルドとハーヴェンのな。最近私の健康も優れないのでな。我が家と些かの血縁を理由に、継嗣の居ない私の後釜を狙っての紛争だ。ところで、君はどちらに就く気なのかね」
 苦笑して見せる領主。確かにあの事件の時、地図は渡した。その地図を使って紛争をしているというのも風の噂で聞いていた。師匠の教えに背いた罰なのだ、とルキナスは心底思うだろう。

「それで? それとオレに何の関係があるんだ?」
「ルキナス・ブリュンデッド。君はやはり築城術も継承していたのだな‥‥そう聞いたのだが」
「‥‥確かに、死ぬ思いで身につけたけど、ソレが?」
「この街でその力を発揮して欲しいのだ。レヴンズヒルドとハーヴェン。そのどちらにも渡すものか。これと言うのも私に継嗣が居らぬ為。今、陛下に奏上して養子縁組を謀っている。それが通れば争いの理由も失せるだろう。だが、異種族の養子故、両家が異議を唱えて侵攻してくるのも防がねば成らぬ」
「異種族と言いますと?」
「幼いながら、先の合戦で大功を立てられたエルフお嬢さんだ。陛下お気に入りの天界人故、すんなりと通るであろう。本人と父親の承諾さえあればな。陛下もその娘を大層お気に入りのようで、猶子にした後に相続させるお積もりと聞く」
 領主は立ち上がり町の外を見る。今も苦しんでいる人達がこの街にいる。そう印象づけておきたかったのだろうか。それとも、昔を懐かしんでいるのだろうか。
「‥‥ふぅん。で?」
「私は街の復興を急ぎたい。昔のような、ウィンターフォルセに」
「で、オレにその民を守る砦を作れ‥‥そういう事か」
「うむ。特にレヴンズヒルドの陣はなかなかに難攻不落でな‥‥あのような物は見た事もない」
「どんなんだ?」
 ルキナスはソレを聞きたかった。それに対抗すべきなのであればもっと良い物を作らねばならないからだ。
「頑丈なのは当然の事、強力な兵器を蓄えもっているというのだ。姿は‥‥そうだな、ここから東に見えるのがそれだ」
 領主に言われ、窓を見やるルキナス。視界にソレが入った瞬間、硬直するのである。
「アレ‥‥? あの図面、そっちに渡ってたのか‥‥?」
「どうした、ルキナス?」
「いや、あの陣地‥‥昔オレが設計した‥‥アイツは完全に地形利用だぜ。木や草を切り払った丘陵の斜面に掘った稲妻壕と横の移動を制限する縦の掘りがくせ者だ。攻め上って行くと常に二方向以上からの弓の射線に晒される。上下三段の稲妻掘りの壕は、徒で充分に騎士と渡り合える城の形を持たぬ城だ。翼を持たない限りあれを陥すのは厄介だぞ」
 そう語ると、ルキナスは立ち上がって溜息をついた。あれより良い物を作るとなると、立地条件が困難だ。この平地のまっただ中にあるこの街では‥‥。拠るべき地物が見つからない。
 第一、都市を要塞化するのは無駄な失費であると師匠から叩き込まれていた。堅固な陣や城塞は、地形を上手く利用した物で無ければ成らない。寧ろあの丘陵の陣を破るほうが容易いだろう。

「あの陣をなんとかするか、街の守りを堅固にするか‥‥。OK、やろう。その代わり!」
「その代わり?」
「女性を数人、手伝いで回してくれよ。どんな娘でも可愛がるからさ」
 ナンパ癖は治ってない。女好きも治ってない。とんでもないナイス害だった。
 しかし、優秀な築城軍師が欲しい今断れる理由も見当たらず、領主は渋々頷く。
 これだけで、築城軍師が雇えるのだから。
「部屋を用意させよう。これからはこの屋敷で働いて貰う事になる」
「専属築城軍師って事か。侍女さんとかナンパ出来そうだなぁ」
「仕事の方は真面目に‥‥!」
「わーかってる。でも旅で疲れたんだ、息抜きぐらいはいいだろ?」

 こうして、彼は侍女と暫しの戯れを過ごしたという。
 そして、後日ギルドに貼り出されたのは‥‥。
 『要塞攻略者募集・女性大優遇』という張り紙だった‥‥。

●今回の参加者

 ea3446 ローシュ・フラーム(58歳・♂・ファイター・ドワーフ・ノルマン王国)
 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5013 ルリ・テランセラ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0631 ヘルガ・アデナウアー(18歳・♀・バード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3770 麻津名 ゆかり(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4412 華岡 紅子(31歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4434 殺陣 静(19歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4726 セーラ・ティアンズ(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

レイリー・ロンド(ea3982

●リプレイ本文

●集う冒険者達
「や、久しぶりだね」
 そう挨拶したのは依頼主でもあるルキナス。以前の服装とは一変し、今はそれなりの身なりを整えている。
「ルキナスさん、領主様に随分ぞんざいな口調で話しかけられてますけど‥‥怒られないんですか?」
「あぁ、別に大丈夫。あの人とは師匠繋がりで縁があるからね。ま、気楽にしてても大丈夫だろ。心広いから」
 麻津名ゆかり(eb3770)の問いに笑ってそう答えると、ルキナスは会議室の椅子に座った。
「さて、今回の依頼は見て貰った通りあの要塞だ。攻略する、もしくは此方が要塞を作り終える事で相手の計画は激しく狂う。そうすれば交渉の卓に着けるのは容易だ」
(「ごめんなさい、ルキナスさん‥‥私達、先に説得に‥‥」)
 ゆかりはそう心の中で呟く。
 彼の意と反して、冒険者達は両家説得という作戦を打ち立てたのである。

●プリンセス・レン
 異例の事である。王が即座に謁見を認めたのは。
 スニア・ロランド(ea5929)に伴われるレン・ウィンドフェザー(ea4509)に向かいエーガンは念を押した。フオロ家にとっては政略の一つに過ぎないが、レンにとっては一生の大事。
 しかし、ゆっくりと頷く。
「ならば我が猶子とし加増紋を許す。これよりウィンターフォルセの紋に加えよ」
「貴族が受け継ぐのは血だけではありません。文化や価値観、そしてなにより先祖から積み重ねてきた歴史を受け継ぐことが重要だと思います。血だけの継承はあまりに空虚。他のものをしっかりと受け継げるなら、血も種族も関係ないと思いますよ」
 スニアが言祝ぐ中、
「でも、レンはレンのままでいればいーの」
 言いつつ、謹んで受け取るレン。
「ウィンターフォルセを相続しフオロの藩塀たれ。これ以後、プリンセスの称号を許す」
 これで養父から爵位を継承すれば、王都からルーケイに至る街道はレンの手に委ねられることになる。

●作戦会議
 木の板に、木炭の欠片でルキナスは線を引いた。見る見る描かれる辺りの地形。陣のある山の象が誰の目にも判る。
 ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)の問いに答え
「特徴は、この‥‥W字に折れ曲がった壕だ。太い木材を渡し土嚢と石を積み、上からの矢やバリスタの弾の直撃に耐えれる天井を持っている。この壕に身を潜め、上ってくる敵に矢を射る。騎馬も坂で勢いを失い、ゆっくりとしか上れない。矢玉の有る限り攻略は困難だ」
 ルキナスが第一防衛線の解説をする。
「ふむ。最低三方向からの射線が交叉するのか」
 ローシュ・フラーム(ea3446)は砦の着想を見て頷く。
「さらに二陣の射線が高低差を利用して進軍路を覆う。一番外にある木柵の内側は、攻撃有効範囲だ」
「ところで、そのような戦は騎士道に反しないのか?」
 もっともな問い。
「あくまでも守りの設備だ。要塞の中に押し入る者に遠慮は無用。攻めてくる者にだけ矢をお見舞いする。追撃用の出撃路はこの内側に凹んだ部分に作ってある」
 折れ線の部分を丸で囲む。
「3家の兵力はどうなんだ?」
「ウィンターフォルセ以外は傭兵を雇っている。他の二家の兵力はほぼ拮抗している。レヴンズヒルドは傭兵を堅固な陣に籠もらせ、ハーヴェンの退却を待っていると言うわけだ。その時を狙って襲いかかれば、容易く勝ちを拾えるからな」
 ただ、幸いなことに陣地の設計図は、あの高地のために作られたものでは無い。とルキナスは言う。
「見たところ、敵の配置を偏らせるのが定跡のようだが。ルキナス殿。あんたの方針は‥‥」
「向こうの陣に合わせた塹壕を掘り、こちらの進撃路を隠す。そして、物理的に要塞を無力化した上で交渉に持ち込む」
 然りと頷くローシュ。

「街の防壁に関しては、私も効果に懐疑的ですが‥‥」
 殺陣静(eb4434)は街の防御を強化する意味がないと言うルキナスに意見する。
「どんな堅固な城壁も胃袋には適わないさ。避難所は要塞足り得ない」
「でも見回り隊員を募集して、訓練を施せば防衛戦の際も、多少の戦力増強になるでしょうし防犯に功績が有った者を褒めれば、自分達で街を守ると言う意識を植え付ける事が可能では無いでしょうか?」
「領民は、傭兵でも騎士でも無いのだぞ? 街の者にはやるべき仕事があるし、外部の者には色々と問題がある。傭兵は金が掛かるし支払が滞れば瞬時に略奪者に変わる。街以外の領民、特に農民は兵のように時間的に規律有る生活をさせるのは難しい」
 天界人の目には怠け者に映るくらい、必要とされる規律からはほど遠いと言う。結局、街の防衛は男爵家に仕える騎士の奉仕に拠らねばならない。戦いに使える人員は冒険者達だけだということだ。
「俺が設計する間、時間を稼いで欲しい」

●お手伝いは、大変だ
「さて、仕事の前に‥‥君、今度一緒にお茶でも‥‥」
「はいはい、今はそんな事してる場合じゃないでしょ?」
 華岡紅子(eb4412)がフレイムエリベイションをかけようとしながらもそう突っ込む。こうすれば、仕事も速く進む筈。
 紅子に言われ、渋々作業へと取りかかるルキナス。けれども表情は真面目そのもの。害の時とは違う漢の顔だった。
「ルキナス・ブリュンデッドって本名? ‥‥この街からずっと西。あのルーケイの地図を描いたのがルキナスって人らしいの。それは貴方?」
「いきなり何を聞くかと思えば。そうだよ、其れが俺の名前。ブリュンデッドはもう俺だけだけどな。ルーケイの地図か、確かに仕事で引き受けたな、本来ならイヤだったんだけど」
 へらりと笑ってそう答え、すぐに彼は仕事に向かう。仕事の時だけはキッチリするのである。

「参考までにですが‥‥」
 静が語るのは天界であった戦の先例。
「‥‥正面からの突撃は機関銃と言う新兵器によって粉砕され、迂回路は国境を縦断する長大な塹壕によって塞がれ、双方にらみ合いになりました。あたかも戦艦が並列しながら弾を撃ち合うかのような状況が生まれたのです。この時、必ず陣から出て攻撃した方が大きな被害を被る事態を打開すべく発明されたのが『戦車』です。敵弾を跳ね返す装甲と、大砲を持った動く要塞でした」
 静はあらましを述べながら、塹壕戦が人の心にどんな作用をもたらしたのかを説明する。
「興味深い話だ。すると、戦車以前は居住性を重視した方が有利だったんだな」
「決戦が頓挫した時点で負けは決まっていましたが、容易に負けない状態でした。それで何年も戦いが続いたのです」
「ふむ。では、兵が数名入る木箱を作り、それを生皮で覆う。保持しやすいように内部には横木を渡しておく。と言うのはどうだ」
 ローシュは、戦車効果を期待すべく案を練る。

 その頃、紅子は病患う領主の下へとマッサージをしにやってきていた。
 少しは身体が楽になるのなら。その言葉に領主もつい身を任せてしまうだろうと言う目論見だ。
「地図に築城術‥‥彼のお師匠様についてご存知ですか?」
「彼の師匠は、私の親友だった‥‥死んでしまったがね」
「え?」
「名はライキと言った。優秀な地図絵師だったが、とある貴族の地図を依頼され、其れを請けてしまった。断る事をしたくないといってな。そして、殺された」
「‥‥」
「ルキナスは、そんなヤツの背を見て育ったのだ。腕は確実だ。それ故、ライキと同じ道を歩みたくなかったんだろうて。結果としては‥‥歩んでしまったがね」
 領主の声は何処か寂しさをかもし出していた。まるで、ルキナスが軍事に関わる事も運命だと思っているかの如く。

●交渉
「みゃう‥‥そんなんじゃないもん」
 思いは焦れど舌は滑らかならず。なんとか諍いを止めようと説得に来たルリ・テランセラ(ea5013)ではあったが、出迎えは手荒い傭兵達。これにはゆかりも当てが外れた。両家のガードは堅く、面識のある子息や令嬢と逢うことは難しい。誰が跡取りを敵の標的に晒すであろうか?
 加えてレヴンズヒルドは有利な位置を占め強きである。士気旺盛で話し合いなどに応じる気はさらさらない。
 無理もない。話し合いで収まるくらいなら、フェーデと言う状況には為っていない。逐鹿の地ウィンターフォルセは王都の西の入口。いわば西門とも言うべき要の地である。王都に売る生鮮食料品のため、食邑は見かけ以上の生産高を持つ。代わりに今の領地を召し上げられてもお釣りが来るほどだ。その所有を掛けて、遠縁に当たる両家が争っているのである。
「ふん」
 と、傭兵の一人が笑うと。不意にルリの両腕を後から掴んだ。
「こないだから噂を流しているハーヴェンの手の物だな。その手は食わないぞ」
 ヘルガ・アデナウアー(eb0631)が振りまいた噂の謂いである。ヘルガの苦心惨憺の策も、さして賢くない彼等は単純に敵の謀略と取った模様。
「待って下さい! ハーヴェン家との諍いを収めて頂きたいのです。僭越ながら、あたしはお嬢様のお友達の一人として、お家が王に逆らったとかで不幸になるのは見過ごせません。どうかお願いします」
 ゆかりが王家肝煎りの跡継ぎ養子の話をしたが、これも謀略と思われたようだ。
 こうして、男は最も一行が愛すべき者を嗅ぎつけ、質にとった。

 その頃。ハーヴェンの舘では。セーラ・ティアンズ(eb4726)が漸く執事の元に辿り着いていた。なにせフォーデの最中である。彼女が大立ち回りをやらかさずにここまでこれたのも奇跡に近い。
「貴様、何の用件だ!?」
「ユアン君の嫁探しの件で〜」
「ユアン様!? 誰に雇われたが知らんが、ユアン様に手出しはさせん!」
 碌に話も聞かず、極めて攻撃的に追い返す剣幕だったが
「失礼を致しました。フェーデ中により誰も通すなといわれてます。執事殿へはお取り次ぎしますがその先はしかとは‥‥」
 たまたま隊を指揮していた騎士の一人がセーラを覚えており、案内されたのだ。だが、結局は同じ事。
「すみません、ユアン様は今伏せっております。‥‥最近のいざこざの心労が祟り、今は誰ともお会いする事が出来ないのです」
 元々丈夫な身体では無い。セーラは引き返す以外選択がなかった。

●修羅
 レンが駆け付けたとき、同時に悪い知らせも届けられた。説得に向かったルリとゆかりが捕らえられたのだ。
「わへーのししゃをつかまえるのは、せんせんふこくとおなじなのー。きしどーにもとるこういなんで、さんぞくとおなじなのー」
 レンはにかっと笑うと、
「是非もない」
「しかたないよね」
 待機していたジャクリーンやロシュが立ち上がる。レンの意を受けスニアも弓を取る。
「どっかんするのー」
 レンは先ず敵陣にグラビティーキャノンを放つ。射手が直撃を喰らい悲鳴を上げる。スニアとジャクリーンの援護射撃とロシュの体躯に護られ、大胆にも躍進したレンは、続けてローリンググラビティー。バリスタ砲弾の直撃にも耐えられる天井は、上に向かって自重で引き抜かれることを想定していない。真上に射手諸共落下して、再び下に落下。堅固な天井に潰されて悲鳴が上がる。
 時を同じくして山頂のほうからも悲鳴が上がった。ロック鳥やらフロストウルフが暴れまくり‥‥。白旗が掲げられたのはそれからまもなくであった。

 暫くして、いつの間にか加わった背の低い男に背負われたルリがゆかりと共に降りてきた。ルリは背中でぐったりとしている。
「あの後の事は内緒にしておいて下さい」
「いきなりルリちゃんを気絶させた時は吃驚したけど、ご協力感謝するわスレナスさん。でも、あたし‥‥お陰で暫くお肉は食べれそうもないわね‥‥」
「何があったか‥‥聞かない方がいいわね」
 ジャクリーンが血の匂いの残るスレナスを見て呟いた。

●初めての怒り
 凄い形相で扉を荒々しく開け、カツカと歩み寄り、ぼか!
「ルキナスさん! 一体何を‥‥!」
 いきなりレンを殴り倒した。
「本当なら、俺はお前達全員殴りたいんだ、分かるか!?」
 声は獣の咆吼に似ていた。頬を抑えて立ちすくむレン。彼を今まで見てきた女性陣は呆然。ここまで怒りを露わにした彼を見た事がないからだ。
「確かに攻略は成功した! 次のステップにいけるだけの資料も提供してくれた! だけどな、説得は早過ぎたんじゃないのか!?」
「しかし、私達は誰も傷つけたくなくて‥‥」
「それでこの結果か? だったら大失敗だな。早期に行けば突っぱねられる事も分かってるだろ!?」
 何も言えない。結果的に交渉は突っぱねられ挙句の果てには人質にとられそうになり、最終的には、力業で兵ごと粉砕してしまったのだから。
「でも‥‥あのひとたちはひとじちとったのー。だから‥‥」
「結果的に其れがどういう事態を招くか理解してるか、え? お偉い姫男爵様よ。強面の威信はただ恐れるだけだ。心服はしない。それが何をもたらすかは覚悟出来ているんだろうな? 力に翳りが生じた時、一気に吹き出てくる」
 ひとしきり怒鳴れば彼も落ち着くだろうか。しかし、レンを殴った手は握り拳のまま。相当な怒りを抱えているのだろう。が、これ以上怒鳴っても後の祭りだ。大きく深呼吸し、踵を返す。
「確かに覇道を行くのも領主の道だが、愛らしいお前の綺麗な手を、汚して欲しくは無かった」
「ルキナスさん、また害に戻ってますよ?」
 と、ゆかり。
「その小さな手を‥‥血で染めて欲しく、なかった」
 言い残して、会議室を後にする。その背は何処か、切なさを醸し出していた。