爪先立ちの恋〜友達の作り方

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや易

成功報酬:2 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月22日〜07月25日

リプレイ公開日:2006年07月29日

●オープニング

 生まれてからずっと、苦労というものをした覚えはない。男爵令嬢という事で衣食住には不自由しなかったし、周りに人も寄ってきた。
 欲しいと思ったものは大概は手に入ったし、望んだ事はほぼ手に入った。
 だから、分からない。友達の作り方なんて、考えた事もなかった。わたくしを認識して欲しいの、おしゃべりしてみたいの、だけど、分からない。
 どうやったらあの子と、友達になれるのだろう?

「リデア・エヴァンス。あなたに私の誕生日を祝うことを許可してあげますわ」
 出会い頭にそんなセリフをぶちかまされたリデア・エヴァンス子爵令嬢は、言葉の主をマジマジと見つめた。ナタリー・タリュス男爵令嬢の後ろ、メイドさんが「あちゃあ」という顔で天を仰いでいる。
 その様子に内心首を傾げつつ、リデアは応えた。
「ナタリー様のお気持ちは嬉しく思いますが、私ごとき者を呼ばれてはナタリー様にもご迷惑がかかってしまうかと存じます。そのお心だけ、いただきますわ」
 社交辞令の笑顔つきのそれは、丁寧ながら辞退‥‥拒絶だった。メイドさんが「もう一押しファイトですよ!」とか何とか言っているが‥‥ナタリー嬢の顔は凍りついた様に動かない。
「‥‥もう、結構ですわ」
 やがて、ナタリー嬢は怒った顔で立ち去った。見送るリデアの口からもれたのは、溜め息。
「同情のつもりか嫌がらせするつもりだったのか‥‥ナタリー様のあの様子だと前者でしょうけど」
 呟くリデアを、時折護衛を勤める、エヴァンス子爵の秘書ユーグは複雑な面持ちで見つめた。
 リデアは本当はエヴァンス子爵の娘ではない。身分違いの恋をし駆け落ちした子爵の姉の娘だ。それだけでもスキャンダルであり、やがて両親を亡くしたリデアをエヴァンス子爵が引き取ると決めた時もまた、結構な騒ぎになった。
 そういう経緯もあり、リデアは社交界の中では浮いている。向けられる嘲笑と陰口、いつしか少女は上辺だけの笑顔ややり取りを覚えていったのだけれど‥‥傷つけられた記憶は今も、貴族への不信となって根強く残っているのだろう。
(「だが、しかし‥‥」)
 ユーグは思う。時は変わり人は変わる。ナタリーのような若い令嬢には、そもそもリデアの母の事件を知らぬ者も多いだろう。そして、知ってもロマンチックと捉える者もいよう。貴族の中にもリデアと親交を持ちたいという者も居るのではないか?
「バカね、ユーグ。私と付き合っても何のメリットもないでしょう?」
 けれど、リデアは苦笑交じりに言うだけ。他の者には色々と気がつく少女も、自分の事だけはトンと頓着しないようだ。
 だがしかし、このままで良いわけはないというのは、リデアの義父エヴァンス子爵もユーグも考えていて。だから、ユーグはこの機会にと、指摘した。
「ですが、リデア様もお友達の一人や二人はお作りにならないと‥‥ご友人がいない事、レアン様も案じてらっしゃいますよ」
 リデアは暫し絶句してから、慌てて言い返した。
「います、たくさん。オルガとかクリスとか虹夢園の先生方とか冒険者の方々とか‥‥」
 この抗弁はユーグも予想済み。だが、今問題なのは「社交界において」という点だ。だから、ユーグは畳み掛けた。
「ですが、皆様とリデア様は雇用関係にあります。リデア様には純粋な‥‥ハッキリ申し上げて社交界におけるご友人が必要だと思います」
 貴族の友達も必要だと告げられ、リデアは今度こそ泣きそうに顔を歪めた。
「ダメよ。ユーグだって知ってるでしょう? 私、社交界の人たちには嫌われてますもの」
「そんな事は無いと存じますが。先ほどのナタリー様にしても、悪意は感じられませんでしたし」
「それは確かに‥‥」
「それに、お嬢様にご友人が出来れば、レアン様もそれはもう喜ばれるかと」
 ニッコリ、笑むユーグにリデアがグッと詰まる。大好きなお義父さまを引き合いに出されると、弱い。
「でも、だって、どうしたら‥‥」
「とりあえず、ナタリー様をお屋敷に招待されたらどうですか? お誕生日が近いという事ですし、お祝いを兼ねて」
「でも、そんな‥‥どどどどうしたら良いのかしら?」
「そうですね、でしたら冒険者の方々にお力を貸していただいたらどうですか?」
 常に無く途方に暮れていたリデアは、助け舟を出されようやくホッと息をついた。
 けれど、思う。冒険者の人達の事は信頼しているけれど、それでも思う。彼らは知っているのだろうか? 彼らに助けてもらったら、本当に分かるのだろうか?
 どうやったら友達は作れるのだろう?

●今回の参加者

 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1782 ミリランシェル・ガブリエル(30歳・♀・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3102 アッシュ・クライン(33歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea7511 マルト・ミシェ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb4039 リーザ・ブランディス(38歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4267 ブラッグァルド・ドッグ・ブラッド(36歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4863 メレディス・イスファハーン(24歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

梧 和光(eb4225

●リプレイ本文

●リラックスして
「とりあえずは‥‥失礼の無いように注意をしないと‥‥」
 エヴァンス子爵邸を前に、緊張するミリランシェル・ガブリエル(ea1782)。
「ってか、注意してもダメそうな自分がいるわ。とにかく‥‥頑張っていきましょう」
 と、気合を入れたミリランシェルが目にしたのは、冒険者達と依頼人の少女‥‥はいきなりテンパっていた!
「あぁぁぁぁぁ、クレア先生マルト先生皆様方も本日はお日柄もよろしくようこそおいで下さいました」
(「確り者の代名詞だったリデア様がこんなにうろたえて‥‥なんとも可愛らしい」)
 そんなリデアに、カレン・ロスト(ea4358)は思わず微笑みを浮かべてしまう。
「まぁまぁ、可愛らしいこと。青春というやつじゃのぅ。140年前を思い出すのぅ」
 遠き昔を思い出し、目を優しく細めるマルト・ミシェ(ea7511)。
「この間は楽しかったよ。今回も楽しくしていこうじゃないか」
 やはり面識のあるリーザ・ブランディス(eb4039)も、頬に苦笑を刻む。
「若い頃は色々と不器用なもんだけど‥‥まっ、こういうのもたまにはいいさね」
 といっても、慌てぶりをいつまでも眺めているわけにもいかない。
「とにかく落ち着いて。初見の人たちを紹介せんとな」
 マルトはミリランシェルやブラッグァルド・ドッグ・ブラッド(eb4267)、アッシュ・クライン(ea3102)、そして、メレディス・イスファハーン(eb4863)を紹介していった。
「僕は15歳だから、ナタリーさんとリデアさんとは年がほとんど一緒だよね」
 紹介を受けたメレディスはニコニコと笑んでみせた。
「だから、2人の気持ちも理解できて、仲介もうまくできると思うんだ」
「仲良くなんてなれるのでしょうか?」
 対するリデアは半信半疑‥‥寧ろ不安比率が高い。
「僕思うんだけどね。友達って、どうやったら作れるんだろうってものじゃなくって、自然に仲良くなってるものなんだよ、きっと」
「自然にですか‥‥」
「本当の自分で接すれば良いんじゃないかしら? 上辺の笑顔ではなく、心からの笑顔を見せれば良いと思うわ」
 やはり微笑みながら、クレア・クリストファ(ea0941)。
「貴女なら、きっと大丈夫よ」
 リデアはコクリ頷いた。
「で、お茶会の準備じゃが」
 見て取りマルトはリーザ達と、会場や飾りつけなど細かい打ち合わせに入る。
「和やかな雰囲気になるような場所が良いな」
「会場はこの庭でよかろう。大きめの布を天幕のように張り巡らせれば、一味違った会場になろう」
「飾りでもいろんな色の布が使いたいんだけど準備できるか?」
「すぐ用意します」
 ブラッグァルドに応える声は、先程より確りしていた。
「どうせなら、リデア自身が考えた、ナタリーに似合うと思った服を贈ってみたらどうだ?」
 安堵しつつ、アドバイスするブラッグァルド。心を込めたプレゼントは貰って嬉しいもの。
「うむ。仲良くなった後ならば、何より喜んでもらえるはずじゃ‥‥世界にたった1つしかないものなのじゃからのぅ」
「仲良くなった後、ですか」
 再び肩を落とすリデアの手を、カレンはそっと取り、微笑んだ。
「特に難しい事ではありませんよ。相手の手を握り、また会える日、遊ぶ日を約束する。それだけで、もう互いはお友達です」
「そうだね。友達っていうのはあんまり肩肘張ってもしょうがないから、焦らず兎に角リラックスして」
 リーザもまた、華奢な肩に手を置き励ました。
「あっちだって貴女の事が分からないでいる筈だから、まずはお互いを知る所から始めましょう。分からないなら分からないと正直に気持ちを伝えた方がいいかと思います‥‥隠し事は友達の間には無しですから」
 肩の力を抜いて‥‥リーザとカレンに、リデアは「はい」と頷いた。その顔はやはり、少し強張っていたけれど。

●素直な気持ちで
「お目通りいただき、ありがとうございます」
「俺たちはリデアの使いだ」
 その頃。アッシュとクレアはタリュス男爵邸を訪れていた。直ぐに出迎えたナタリーは、ソワソワしていて。
「彼女の所でお茶会を開くのだが、そこに招待したいとリデアが言っている」
「ナタリー様の誕生日のお祝いを兼ねて。いかがですか?」
 更に告げると、その顔が輝いた。次の瞬間、慌てて引き締められたけれど。
「どうしてもと言われては、断るわけにはいきませんわね」
 素直じゃない、二人は視線を交わし合った。

「先日は結果的に、ナタリー様の心遣いを無にしてしまいましたし、折角のそのお心、このままにしてはおけませんからね」
 同じ頃。カレンとリーザはメイド達から話を聞いていた。
「お茶会で、改めてお友達となれる機会を作ろうとしていますので、ぜひご協力していただけたら、と」
「どんなお茶菓子や紅茶が好きか、好みを知っておきたいんだよ」
「やっぱり、自分が好きなものがあるだけで、心和みますからね」
 微笑む二人に。メイド達は大きく頷いた。
「ぜひ協力致しますわ」
「内緒ですが、お好きなのは甘いお菓子と紅茶です」
「内緒‥‥?」
 小首を傾げたリーザに、メイド達は一斉に囀る。
「甘い物好きなんてらしくない、と」
「可愛い物もお好きな事、隠してらっしゃるし」
「ナタリー様は身長もありますし、スラッとした美人さんですが‥‥」
 クレア達を出迎えた姿を思い出し、カレンは呟く。14歳だし、おかしくないと思うが。
「『貴族令嬢はこうあるべし』みたいな育て方をされましたし‥‥自分でも思い込んでらっしゃって」
「だから私達、今回の事は良い機会だと思って‥‥」
 二人は納得した。メイド達が協力的な理由。レディらしく、与えられた物や事に従ってきた主人の初めての「願い」。
「どうかよろしくお願い致します」
 だから、頭を下げるメイド達に、二人は力を尽くす事を約束したのだった。

「君にとって、友達とはどういうものなのだ?」
 一方。時間稼ぎも兼ねて交わす会話の中でアッシュはふと、問うた。先ほどの、自分を偽っている様子に違和感を覚えたから。
「俺にとって本当の友人というものは、物事を包み隠さず、自分の全てをさらけ出して話せる存在‥‥ナタリーはそうじゃないのか?」
 指摘に、少女は暫し沈黙し、迷う瞳で告げた。
「‥‥正直、分かりませんわ。今まで寄ってきた方達、お世辞と社交辞令と噂話‥‥それを友達と思ってきましたもの」
 社交界では誰もが仮面を被る、14歳の少女はふっと息を吐いた。
「ですが、メイド達‥‥他愛の無い事で笑い合い、悩み事を真剣に聞き‥‥そんな姿を見て‥‥」
 羨ましくなった、とは口にしなかった。
「それでナタリーはどうなの? リデアと友達になりたいの? そんな、友達同士に」
 だが、飲み込んだ言葉を拾ったクレアは尋ねた。
「‥‥もし、なれるのなら」
「なれるさ、そんな友達に。ナタリーが望めば」
 小さな呟きの中、小さな願いが在ったから、アッシュは断言した。
「リデア自身も、お前さんとそうなりたいと心の奥では願っている筈。ただ、どこかで迷いがあったり、自分に素直になれない部分があるだろうから、それを伝えられないでいるんだろう」
 それでも、アッシユは知っている。自分達が口出し出来るのはここまでだ、と。
「ここから先どうするかは‥‥自分自身で考えるべき事だ」
 想いを伝え合うのは互いの力なのだから。
「友達になるのに、特別な方法は必要ないの。自分の想いを素直に伝えて、手を差し伸べれば良い‥‥心からの想いを伝えれば、必ず彼女に届くわ」
 同じ気持ちで、クレアは微笑み伝える。
「あの娘の瞳を、真っ直ぐ見つめてね」
 正反対でありながら、どこか似ている二人。
「大丈夫、きっと友達になれるわ」
 限りない願いを込めて。

●始まりの二人
「あぁ、それは俺が運ぼう。あっちに置けば良いのか?」
 会場設置を担当したブラッグァルド、机や椅子を運んだり並べたり、会場の飾り付けだ。
「色合いは原色よりも淡いものが良いのぅ。薄い青や緑なんかがあれば、季節柄涼しくも感じられようし」
 マルトの指示で、涼しげな薄青い布が張り巡らされていく。
「うーん、こんな風に飾りつけるのはどうだ?」
 用意された色とりどりの布地。更にブラッグァルドは、3色の細長い布を木や壁に絡め、見栄え良く飾り付けていく。
「あまり派手になりすぎないように、な。花も飾ろう」
「この位置で良いですか?」
 手伝いながら、メレディスはふと、リデアを思った。もう直ぐナタリーが来る‥‥ガチガチになっていた少女。
「リデアさんが身構えないで、自然に振る舞えるようになればいいんだけどね」
 もれた笑みは、アッシュ達から話を聞いたから。
「ナタリーさんも、素直に好意を表せないで、ついつい高飛車な態度を取ってしまうあたり、不器用でかわいいよね」
 だけど、聞いて思った。二人は案外うまくいくんじゃないかな、って。勿論、素直になれれば、だけれど。
「リデアさんも、ナタリーさんと親友になれたら、少しずつ社交界への恐怖感も薄れるんじゃないかな」
 『社交界』に萎縮している様子は痛々しいから。解放してあげられたら、と期待に笑むメレディスにカレンは頷き。
「その為にも、先ずは良い雰囲気にしてあげなくてはですね」
「家庭的な料理やお菓子は得意ですから‥‥手伝います‥‥」
 こちらはミリランシェルの手伝いを受け、料理の準備を進めたのだった。やがて全ての支度が終わった頃。
「そろそろお客様がいらっしゃる時間じゃな」
 メイドに扮したマルトの言葉に、リデアがビクリ反応した。溜まらず声を掛ける、ミリランシェル。
「普通に話していれば、知らない間に友達になると思うけど‥‥」
 ただ、一つ言いたいのは。
「でも、好意を向けてくれる人には素直に応えればいいと思うな〜私は‥‥」
 という事。
「好意を向けてくれるなんて‥‥」
「私も含め、皆リデア様を助けたいと思ってるんですし〜信じられないですか?」
 のほほんと言うミリランシェルに、リデアは瞬きをしてから少し、微笑んだ。
 そして、ナタリー嬢の到来を告げるカレンの声がした。
「お招きいただき、先ずはお礼を言いますわ。折角来たのですし、ガッカリさせないで下さるわね?」
「ナタリー様はああ仰るってますけど、恥ずかしくて素直に言えないだけですのよ」
 ミリランシェルはすかさず、リデアに囁いた。折角のお茶会、ギスギスした雰囲気でなく、優雅にいきたいから。
「どうぞ、お口に合うと良いのですが」
 元の世界でメイドをしていたカレンの所作には、ソツが無い。手馴れた動作で、紅茶を淹れる。マルトもまた穏やかに、焼き立ての甘いお菓子を並べ。
「召し上がってみて下され」
「‥‥美味しいですわ」
「良かった、です」
 甘い香りに包まれ、少女達はぎこちなくお茶会を始める‥‥互いの距離を手探りで測りながら。
「中々良い滑り出しじゃないか。‥‥ん、美味い」
 成り行きを見守りつつ、アッシュやクレアは自分達もお茶とお菓子を楽しむ事にした。
「お茶会が始まったらあたしらはもう、見守る事しか出来ないねぇ」
 菓子をパクンとやりながら、リーザ。それは、メイドなカレンやマルトにしても同じ。最後は二人の頑張りに任せるしかないのだ。
「二人の仲がうまくいってくれるといいんだけど。‥‥まっ、まだ若いし、きっと大丈夫さね」
 それでも、横目で窺いながら、リーザは笑みを深めたのだった。

「これ、プレゼントです」
 ぎこちないながらも和やかに進むお茶会。頃合を見計らい、リデアはキレイにラッピングされた包みを差し出した。中に入っているのは、親しい仕立て屋の少女が仕立てた夏用ドレス。
「‥‥これは、どういうつもりですの?」
 けれど、うきうきと包みを開けたナタリーはそれを目にし、表情を険しくした。マルトとカレンがそっと窺ったそれは、可愛らしい薄いピンクのドレス。
「バカにするつもりですの?」
「‥‥私は、ナタリー様に似合うと思って」
 立ち上がりかけたナタリーの手を咄嗟に掴み引きとめ、リデアは慌てて告げた。その瞳を真っ直ぐに見つめたナタリーは、そこに嘘が無い事を感じて‥‥頬を染めた。自分に似合わないと遠ざけてきたモノを、似合うと言ってくれた人。嬉しいと、素直に思えて。
 と、リデアはハッとしたように手を引こうとした。掴んだナタリーの手は白くすべらかだった。対するリデアの手は令嬢らしくなく荒れている‥‥身の回りを始め、全部自分でするから当然なのだが。
 そして、その手を今度はナタリーが引きとめる。
「あなたの手、好きですわ。いつも一生懸命な‥‥メイド達と同じ」
 恥ずかしさと照れくささと嬉しさと。何と無く二人はクスリと微笑んだ。安堵しつつマルトが置いた新しい紅茶の甘い香りが、少女達を包み込む。
「今日は楽しかったですわ。今度はウチにいらして下さいね。その時は‥‥ナタリーとお呼びになって」
「ええ、ぜひ!」
 別れ際、二人は微笑み合った。つられてカレンもアッシュも皆も微笑みを浮かべていた。手を振り合う友達同士を、見やって。
「相反する二人‥‥だからこそ、強い友情で結ばれる。お互いに足りないものを補い合い、無二の親友となれる」
 クレアもまた微笑み、呟いた。そして、祈りを捧げる。
「誇り高き月よ、崇高なる夜よ、大いなる父よ‥‥遙か地より、あの娘達に恩寵を」
 彼女達の絆の鎖は繋がった‥‥その微笑はどこまでも優しく清らかだった。
「良かったね、リデアさん。それにこれから、ナタリーさんを介して、ちょっとずつ友達の数も増やしていければいいよね」
「はい。あの、ががが頑張ってみます」
 ニコニコと笑むメレディスに、前向きな返答を返すリデア。ちょっとは進歩した‥‥かな?
「それにしてものぅ。リデアさんは自分のことになると謙虚が過ぎるのじゃ。謙虚は美徳じゃが、たまにはずうずうしくなっても許されように」
 ようやったの、頭を優しく撫でながらマルトは助言した。メレディスの言う通り、これを機にもっと積極的になってくれれば、と願いながら。
「しかし、婆ほどずうずうしくなってはいかんぞえ」
 それでも押し付けにならないように、マルトは茶目っ気たっぷりウィンクして見せた。今はただ、少女の踏み出した一歩をただ喜んでやる為に。
「うーん、仕事後の一服は幸せだー♪」
 そんな依頼の終了を見届け、ブラッグァルドは葉巻を燻らせた。胸に広がる、満足感と爽快感。
 二人の少女のこれからを祝するように、ブラッグァルドは吐き出した煙を空に昇らせた。