ノースマンによろしく

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:10人

冒険期間:02月07日〜02月12日

リプレイ公開日:2006年02月14日

●オープニング

「やれやれ、今年は、随分と雪が多いよなあ〜」
 雪かきをしながら、大人達はため息を付いた。
 ウィルの都や、大きな街はそれほどではないが、久しぶりの大雪が村を襲っていた。
 精霊に守られているが故に、天災と呼べるほどの悪天候は珍しいが、逆に精霊の気まぐれゆえに天候はよく変わる。
「今年は雪の精霊が大はしゃぎしてるんだな。まったく迷惑なことだ」
 思わず愚痴が出る。だが、雪が少ないと春から夏に水不足になりやすい。
 今は冬。雪が降るのは普通のことなのかもしれないし愚痴っていても雪は減らない。
 だから彼らは雪かきの仕事に戻る。
「しかし、子供達は元気だねえ〜」
 汗をかく大人達の横で、はしゃぐ子供達を横目で見ながら。
 子供達は大人達ため息などどこふく風で一面の純白の広場を駆け回っている。
 どこにいるのが子供か、犬か解らないほどに身体を真っ白にして、雪を蹴立てて遊んでいるのだ。
 さっきまでは、雪玉をぶつけ合っていた。その前は雪の上に寝転んで雪の人型を作って遊んでいたようだった。
「見てみて〜、雪の妖精だよ!」
「ホントだ。おもしれ〜」
 新雪の上に残った雪の後は、手のところがまるでシフールの羽根のようになっている。一人の少女が作ったそれを面白がって他の子供達も真似していたらしい。
 そして、今は‥‥
「ほら、そっち持てよ。いいか、頭つけるぞ」
「OK。せ〜の〜! よいしょおっ!」
 雪で人型を作っていた。
 思いっきり大きなものを、と言っていたが結局自分たちと同じくらいの大きさに作るのが精一杯だったらしい。
「よっしゃ〜! 後はリンゴ貰ってこいよ。それで目をつければ‥‥」
 その代わり、形は凝っている。帽子、手袋、首にはマフラーがかけられ腕も足もちゃんとついていた。
 無論、鼻、口も枯れ木や草葉でちゃんと作られている。そして
「ロイ! 貰ってきたよ〜」
「‥‥よし! これで完成!」
 天界人の言葉で言うなら、スノーマンや、雪だるま、とかいうらしい、子供達が汗を流して作った雪の友達が完成した。
「名前、付けよう。何がいい?」
「スノーちゃんにしよう?」
「ヤダよ。こいつどうみたって男設定だろう?」
「じゃあ、ノース君」
「まあ、そんなとこかな! よし、ノース! これからもよろしくな!」
「ロイ。いつまでも遊んでないで、そろそろ帰るぞ。‥‥お前達もそろそろ暗くなる。早く家に帰りなさい」
「「「「「は〜い!」」」」」
 楽しいときの形見を残して、子供達は家族の待つ家へと帰る。
 精霊達が見送るいつもと同じあたりまえの一日の終わり。
 夜の帳の中、何かがどこかに舞い降りた。
 それはいつもと違う日々の始まりと、新しい何かの訪れだった。

 翌朝。
「あれ? ここに作ったんだよな。ノース?」
「うん。確かに。でも、何でなくなっちゃったんだろう? なあ、ロイ?」
「父さんたちも知らないって。どうしたのかなあ?」

 さらに翌日。
「うわっ! なんだ。家の前に立ってるこのへんてこな雪人形は?」
「お母さん。おかしな足跡、ついてるよ‥‥。このくつの跡は‥‥?」

 さらにさらに翌日。
「今度は、うちの前に雪人形が!」
「うちの子がなんだか、夜に変な物音を聞いたらしいよ。扉を叩くような音と『あ‥‥‥‥』とかってってへんなうめき声が‥‥とかって」
「この毛糸が、扉の所に挟まってったって!」

 さらにさらに翌日
「俺は見たんだ! 村を徘徊する怪しい影を! 振り返った目が赤く光って! あれは絶対に怪物だ!!」

「それで、冒険者に頼みたいことってのは?」
 係員は村人代表でやってきたという親子連れを見ながら依頼書を広げた。
「ここしばらく、村のあちこちで、夕方まで何も無かったところに朝になると何故か雪で作った人形ができてるんだ。皆、気味悪がっていて、仕事も手に付かないとか。怪物らしきものを見た、という奴もいる。だから、村の見回りをお願いできないか?」
 できれば、怪現象の正体も掴んで欲しいと彼は続ける。
 都から歩いて2日程の山奥の村。
 通常周囲に出没するのは野生動物くらいだが、動物は雪人形を作るまい。
「別に怪現象そのものが村に危害を加えるわけではないが、どうも子供の住んでいる家の前に雪人形が出ることが多いんでこのままだと、子供達を外で遊ばせることもできない。頼む」
 危険なものである可能性が高いのなら、早々になんとかした方がいいのは確かだろう。
「解った、冒険者に伝えておく」
 買出しに来たと言うその男はホッとしたように笑って席を立った。村に来たときは自分の家を使っていいからと言い置いて。
「俺は村長をしている。よろしく頼む。行くぞ。ロイ」
「父さん!‥‥うん。じゃあ‥‥お願いだよ」
 酒場の隅でなにやら冒険者と話していた少年は、その呼び声に引き寄せられて小走りに走るとそのまま後を追って行った。
「何を話していたんだ?」
 依頼書を書きながら係員は、少年と話をしていた冒険者に声をかける。
 ああ、と頷くと彼は依頼書に書いといてやってくれ、と思い出すように少年の話を伝えた。
 彼も依頼があったようなのだ。
『怪しい雪人形が作られ始まる前日に、僕達が作った雪人形が無くなったんだ。僕らがあげた、帽子や手袋、靴やマフラーごと。良ければ探してくれない?』
「消えた雪人形か‥‥」
 係員は首を捻る。子供の「お願い」ではあるが、何かが引っかかる。
 人形が、溶けたり、壊れたりしただけならパーツは残るはず。
 何故『無くなった』のだろうか‥‥。と。
 無くなった人形と、作られる人形。
 ミステリーの答えは、まだ出てこない‥‥。

 夜更け。
 ある家の扉が、かすかな音を立てる。
『‥‥そ‥‥‥‥ぼ』

●今回の参加者

 ea0479 サリトリア・エリシオン(37歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1702 ランディ・マクファーレン(28歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea2262 アイネイス・フルーレ(22歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea3448 チルニー・テルフェル(29歳・♀・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 ea3585 ソウガ・ザナックス(30歳・♂・レンジャー・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea7891 イコン・シュターライゼン(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4072 桜桃 真治(40歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4147 イアン・フィルポッツ(34歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4227 リゼッタ・ロウ(30歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

ユパウル・ランスロット(ea1389)/ アルメリア・バルディア(ea1757)/ 音羽 朧(ea5858)/ シュタール・アイゼナッハ(ea9387)/ セシル・クライト(eb0763)/ サーシャ・ムーンライト(eb1502)/ 麻津名 ゆかり(eb3770)/ 孫 美星(eb3771)/ アリル・カーチルト(eb4245)/ シャリーア・フォルテライズ(eb4248

●リプレイ本文

●優しい雪人形
 真冬の凛とした空気が冒険者達の頬を撫でていく。
 もう二月も半ばだというのに、緩んだ空気は微塵も感じられない。
 ウィルの街はそれほどでもなかったが、目的地に向かうに従って寒さは厳しくなっていくような気がする。
 雪も目に見えて積もってきていて、踏み込むと踝の辺りまで雪に埋る。
「ペリカール。大丈夫?」
 背中から心配そうに声をかけるチルニー・テルフェル(ea3448)の声に答えるように驢馬はゆっくりと雪の中を歩いていく。
「この辺は、今年特に雪が多いようですね。ですが、この雪が春、農作業を行い、生活を為す為の水となるのです。無碍にはできませんね」
 生真面目に言うイアン・フィルポッツ(eb4147)の言葉に微笑みながらチルニーはそっと目を閉じている。
「不安は村民の皆さんの生産性の低下に繋がります。一体何が原因なのか突き止めないと‥‥」
 返答するイアンはどこまでも生真面目だが、それほど深刻さを感じさせないのは、きっとチルニーの楽しそうな笑顔の為だろう。
「アトランティスって凄いね。目を閉じると‥‥精霊さんの気配をどこでも感じるの」
「精霊はどこにでもいますからね。実際」
 チルニーの言葉には笑顔で応じた。
 それは当たり前のこと。
 アトランティスは精霊の生きる世界。本当にこの地にいると、故郷でいたときよりも遥かに強く、精霊の力と存在を感じる。
「ここだったら、ジ・アースじゃなかなか起こらないことが起きても不思議じゃない。普段、馴染みのない精霊さんが姿を現したり、人に接触したり‥‥ね」
「この怪異現象に精霊が関わっているとお思いなんですか?」
 イアンの問いにチルニーはうん、と首を前に振る。
「まだ、確証は無いけど、なんとなく‥‥ね。カンってやつかなあ?」
 先行したサリトリア・エリシオン(ea0479)の友人アルメリア・バルディアは、故郷で雪だるまと呼ばれる雪人形のモンスターに遭遇したことがある、と言っていたし出発間際に孫美星が持ってきた手紙にはアトランティス各地で語り継がれる雪の精霊の伝承伝説が書かれていた。
「そうですか。でも、今頃先行した人たちが、もうその確証を掴んでいるかもしれませんよ」
 彼女は、カンだと言う。でもイアンはチルニーの言葉がきっと、以外に真実をえているのでは無いかと思った。
 それも確証の無い、カンのようなものではあるが。
 苦笑しながら彼はそっと後ろを振り返り声をかけた。正確に言うなら後ろについてくる驢馬の背に揺れるチルニーに。
「少しペースを早めましょう。大丈夫ですか?」
「大丈夫。よしよし、寒くて大変だろうけど頑張って。もう直ぐ、着くと思うから」 
 正確に言うなら馬と、驢馬は、ゆっくりとだが、確実に足を目的地へと進めて行った。

「危険は、多分あまり無いと思います。でも、気をつけて‥‥」
(「ゆかりの言ったとおり、あまり切羽詰った危険は、無さそうだな」)
 ソウガ・ザナックス(ea3585)は冒険の安全を願ってくれた友、麻津名ゆかりの言葉を思い出し小さく息をつく。
 それは、安堵の呼吸だった。
 冒険者達の殆どが少しでも早く、と手段を急いでこの村へやってきた。
 何があっては大変と、気が急いていたものだ。
 だが、夜明けの村はとりあえずは村は静かで平和そのもの。穏やかな空気はソウガのみならず急いできた冒険者達をホッとさせる。
「他所より、少し寒い以外は特に大きな変化はなし。‥‥とりあえず、大丈夫みたいだね。んじゃ、聞き込みでも‥‥って、おい!」
 体力に任せ、一番に先行したソウガの横に並んだのもつかの間、彼は無言で村へと進んでいく。
 呼び止める桜桃真治(eb4072)の言葉にも反応は薄い。
「言っちゃったよ。素早いといおうか。寡黙といおうか‥‥」
 肩でため息を付いている間に彼はもう家の影に消えた。
「ねえ、ご覧になって下さいませ。あれが、雪人形でしょうか? とても可愛らしいですわね」
 ほんわりと笑うアイネイス・フルーレ(ea2262)の指差す先。本当にいくつもの雪人形が目に入った。
「朝目覚めると家の前に雪人形‥‥ほのぼのとして可愛らしいですわ。誰かが危害を加えようとしてるとは全く思えませんの」
 確かに。冒険者達もそれには同意だった。
 どの人形も、子供が作ったような可愛らしいものばかり。邪気は感じられなかった
(「消えた雪人形と夜毎生まれる雪人形か。無関係そうで関係がありそうな気はするな。案外、ノースを見つける事が謎を解く鍵にも思えるのは突飛過ぎる考えか‥‥」)
「まあ、いいだろう。私たちも聞き込みを始めよう」
「OK! サリさん。みんなが来る前に調べられるとこは調べておこう!」
「僕は依頼人の家に行ってみようと思いますが、どうなさいますか?」 
 リゼッタ・ロウ(eb4227)が気遣うように三人に聞く。女性同士で話し合うこと暫し。
「じゃあ、私と真治は聞き込みをしている。話を聞いたら後で合流してくれ」
「ロイくんって確か依頼人の息子だったよね。後で話を聞きたいって伝言しておいて貰えるかな?」
「私が、話を聞いておきますわ。後で、お伝えします」
「では、後で」
 動き出す仲間達の後ろで、ランディ・マクファーレン(ea1702)は村を見つめ呟いている。
「‥‥盗みを働くでも無し、夜な夜な村を徘徊‥‥何者?」
 彼が見ているものは、村ではなく、人でも、雪人形でもなく‥‥。

「ん?」
 聞き込みの途中、村から少し離れた木陰にソウガは雪人形を一つ見つけた。
 家々の側にあるものと良く似ているが、他とは違う点が一つだけあったのだ。
 手袋、マフラー、帽子、靴。
 周囲に民家は無い。静かで、暗いところ。ここは一日中木の影が当たる。雪人形の保管には良さそうだ。
 上から下へ、様子を見つめる。何かが‥‥気になる。
「ふむ」
 ソウガはバックパックを探ってなにやら赤いものを取り出した。
 笠は他の雪人形達に被せてしまった。だから‥‥
「よし!」
 以前手に入れた赤い付け鼻。こんなものを付けてみる。とりあえず目印だからいいだろう。
 もし、これが本当に動いたら、前より怪しい怪物が現れることになりそうだが‥‥。

●雪夜の来訪者
 日の光の精霊達が、静かに空を夜に手渡す頃。最後の仲間達が村に辿り着いた。
「それにしても随分と雪深いですね〜。いつもこんなに雪が降るんじゃ、雪かきや雪下ろしは大変ですね〜」
 チルニーは挨拶のつもりですれ違った帰り支度の女性に会釈をして笑いかける。
「まあねぇ。でも、今年は雪の割には暖かいからね。過ごしやすい方さ」
「あっ」
 思わず自分の失言を反省した。本当に大変な人に言うべき言葉じゃなかったと、思わず顔を下に向けたが、村人達は気にしていないと笑ってくれた。
 そんな中、
「ご苦労様〜。こっち、こっちだよ〜」
「ワンアン!」
 明るい笑顔でフォーリィ・クライト(eb0754)が手を振る。
 彼女に促されるまま後発組の二人は、村の中心部から離れ、森の側に向かった。
 そこには既にいくつかテントも張られている。
「お待ちしていました」
「これで、皆、揃ったか」
 立ち上がって仲間を迎えるイコン・シュターライゼン(ea7891)の背後で、木に背中を預けながらランディは呟いた。
 チルニーとイアン。二人の到着で、これで全員が揃ったことになる。
 夜毎、雪人形は増えていて、昨日もそれは作られたらしい。
 なら、今夜が勝負のしどころであろうし、その夜に仲間が間に合ったのは良かったと思うが口には出さない。
「遅くなって、申し訳ありませんでした。それで、どうでしたか?」
 イアンの言葉に仲間達を見回して、サリが答える。
「いろいろ情報は集まった。夜までに少し時間がある。改めて確認の意味も含めて話をするとしよう」
「今、火をおこすから、食事しながらね。‥‥ねえ、これって、どうやって使うの? 
 カチ、カチカチ、カチカチカチカチ‥‥。
 小さな道具がフォーリィの手で見慣れない音を立てる。手の中にすっぽり納まるその道具は彼女の言うと落ち音を立てる道具ではなく、火をおこす道具だ。
 だが、なかなか素直に火はついてくれない。
「ああ、そんな力任せにやっちゃダメだよ。もっとタイミングと力の入れ加減を‥‥ってほら!」
 見かねた真治が指と手を添え、火種は無事ついた。やり方を覚えてしまえば、火打石よりも早くて簡単だ。
 ほお、といくつかの声と共に集めた薪は燃え上がり、火は焚き火となって夕暮れを照らす。
 火を囲んで腰を下ろし、彼らは静かに話し始めた。

「なるほど。では、その毛糸が重要な手掛かりになりそうですね」
 食事を終え、話を聞き終えて、イアンはふむと顎に手を当てた。
「雪人形が作られた家のいくつかに、その毛糸が残されていたそうだ。ある場所では戸口に引っかかって、ある場所では雪人形にくっついて」
 これが、それだ。とサリが指で挟んだ毛糸を手のひらに乗せて指し示す。薄いオレンジ色をしたそれは雪のような白い手の上で不思議に映えていた。
「ですが、それが本当に手掛かりだとしますと‥‥、どうも不思議なことになりそうなのですわ」
 アイネイスの言葉にイコンは頬を軽く掻いた。子供っぽいと笑われても仕方ないがそうとしか考えられないからだ。
「つまり‥‥雪人形が、犯人ではないか? と?」
 八つの頭がそれぞれに動く。肯定の意味をはっきりと出していない者もいるが、否定の意味を表した者もいない。
「‥‥獣や、見知らぬ人物が、この村を訪れたという形跡は無かった。また、改めて確認したが物が盗まれた、何かが壊された、という事実は無かった」
 なるべく、冷静にランディは事実を告げる。
「何も無いんだ〜。村を襲うものとしては不思議だね。じゃあ、何もないなら、別の存在が犯人かもしれない。雪がいつもより多いのと関係があるのかも‥‥」
 チルニーの言葉にランディは答えない。
 正確には無くなったものはあるにはある。手袋、帽子、靴、マフラー。子供達が作った雪人形に与えた防寒具たち。
(「雪人形ごと靴やマフラーが消えたと言うが‥‥何者かが、暖を求めて持ち去った? が、それなら人形を動かす理由は無い」)
 自分の考えを一笑に付して、彼は聞き込みの後仮眠に入ったが、他の冒険者達はもう少し行動も考えも流動的に行動していた。
「怪しい影の目撃証言はいろいろだ。太った雪人形の体型をしていたといものもあれば、子供のように小柄だったと、いう証言もある。だが、いずれも赤い目をしていた、という共通点が認められた」
「子供達が作った雪人形も、赤い目をしていたそうですわ。リンゴを貰って目にしたのだとか。可愛らしいですわね」
 サリの言葉を引き継ぐように、アイネイスは笑った。
「ちなみにノース君に子供達が与えたマフラーや、手袋の色もこの毛糸と同じ色だったそうですわ」 
 彼女はもう確信しているように思える。
 実際、調べれば調べるほど、結果は一つの方向に向かっていくのだ。
「子供達を呼んで聞いてみました。最初にノースくんを作ったのは丁度あの森の入り口あたりだったそうです」
 リゼッタが指差すあたりはもう暗くなっているが、今は雪人形はそこには見えなかった。
「今は、もう何度か雪が降って消えてしまっているようですが、あのへんに足跡もあったという話もありますしね」
「うん! 僕らの足跡じゃないのが、今思うとあった気がするんだ」
「そうそう、だから‥‥ってえええっ!」
 説明に同意されて、思わず頷いていたがその同意してくれた相手に気付いてイコンは飛びのいた。
「こんばんは。冒険者のお兄ちゃん、お姉ちゃんたち!」
「「「「「「「ロイ君!!」」」」」」」
 ランディを除く先行組は声を上げていつの間にやってきたのか、依頼主の少年を喉を鳴らして見つめる。
 ロイと呼ばれた少年を見てみれば、手袋、帽子、コートにマフラー。防寒対策バッチリの完全防備だ。
「どうして、こんな時間に、こんなところに?」
「だって、雪人形捜してくれるんだろう? 謎の化け物の正体、見つけるんだろう? だったら、依頼人の僕が見届けなくっちゃ」
「あら‥‥」
 アイネイスとリゼッタは困ったような顔を浮かべた。確かに
『貴方の依頼も受けさせて頂きました』『今晩、街外れで見張りをしてみるつもりです』
 と、彼に言った。
「でもさあ、危ないよ。そんなに悪い奴じゃないとは思うけど、万が一危ないことがあったら大変だし‥‥」
 多分無理だろうと思いつつもフォーリィは家に帰してみようと試みる。だが、流石村の子供達のリーダー格。
「だって、そこのお姉ちゃん、言ったもん」
 すかさず反論の用意を整える。ちなみにそこのお姉ちゃんと指差されたのは真治だ。
「え? 私? なんて?」
「『雪人形と夜更かしして遊んでみる気はないか?』って」
 思い出してあっ、と口を押さえた真治は背中を丸める。仲間達の視線が冷たく、痛い。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんのジャマはしないから、今夜だけ。ね?」
 真剣な目とのにらめっこ。やがて先に目線をずらした冒険者達の顔が、表情と一緒にフッと綻んだ。
「危ないことはしないこと。自分達の言う事を聞くこと。約束できるか?」
 膝を折って、目線を合わせて、それでもまだなお高いソウガの瞳をロイはしっかりと見つめた。
「うん!」
 それで、話は決まった。
「実はな‥‥、さっき向こうで面白いものを見つけたんだ‥‥」
 ソウガの話を聞き、冒険者達は夜の見張りを続けることになる。
 小さな仲間を一人加えて。

(「ノース君。子供達の友達の雪人形。溶けたり壊れたり、運ばれた跡もないというなら‥‥自分で動いたの?」)
「森の一人歩きは危ないですよ。アイネイスさん?」
 竪琴を持ったまま夜の森を歩くアイネイスに後ろからイコンは声をかけた。
 彼女は聞き込みの後も、森の中を何かを探すように歩いていた。
「ソウガさんのおっしゃっていた場所にはもう無かったんですよね。どこに行ったのかしら‥‥」
 そして、今もシフト前、ここのやってきて、やはり何かを探しているようで‥‥。
「ありがとうございます。ちょっとやってみたいことがあるんです。お付き合いいただけますか?」
 勿論と頷くイコンに微笑みかけて、アイネイスは竪琴を抱えた。
 指を弦に当てて魔法の歌を声で紡ぐ。
「優しき心の精霊達よ、雪夜の夢を教えておくれ。幼き子らの大事な友の、休み処を教えておくれ」
 目を閉じ、そっと耳を澄ませる。
 声で答えが聞こえた訳ではなかった。だが、彼女は確かに聞いた気がした。精霊達の囁きを‥‥。

 異世界の夜は故郷と似ている。
 だが、夜空に光る星は星ではなく、月は月では無いと言う。
「精霊の国‥‥かあ、そういうこともあるのかなあ?」
 胸の中で寝息を立てる子犬を撫でながらフォーリィはぽつりと呟いた。
 火に手を翳し、両手を返す。
 ソウガの膝の上でじゃれていたロイが、何度目かの欠伸をし始め、彼を寝かせようと立ち上がった時。
 不思議な音を冒険者達は聞いた。例えて言うなら鈴の音。思わず身構えた彼らが武器を手にしたと同時、あたりは闇に包まれる。
 白い、煙のようなものが立ち上がり、焚き火が消えたのだ。
「くしゅん! なんだか寒いよう〜」
 寝惚けが完全に消えたロイがソウガの腕の中で身体を抱きしめる。
「これは‥‥魔法か?」
「何物だ!」
 サリとランディは剣を構えたまま、周囲に視線を走らせた。
 周囲に人の気配は無い。獣の唸り声も聞こえない。だが、何かはいる。それを感じる。
 さくっ。
 それは微かな音だった。雪を踏む靴が立てた音。
「そこだ!」
 冒険者達は見逃さず、聞き逃しはしなかった。
 明るい光が、パッと森に潜む影を照らす。
『わああっ!』
 動揺した子供のような、高い声が冒険者達の耳に聞こえた。
 と、同時。シャラン、とまた不思議な音。
「わあっ、とお!」
 声を上げて後ずさったのは真治だった。手の中のライトをお手玉のように弄ぶ。いきなり手の中に現れた水。
 ライトがもし松明だったらきっと消えていただろう。
 だが、これは天界地球のアイテム、ハンディLEDライト。火の無い光は水に負けることなく光を放ち続ける。
 いつの間にか頭上にはもう一つ。魔法の明かり。
 光たちに導かれ、冒険者達は自分達に干渉した不思議な影の存在にはっきりと気付いた。
「こら! 待ちなさい!」
 イアンはマントを靡かせ影に向かって走る。そして‥‥
「捕まえた‥‥ってあれ?」
 自分が抱えたものに目を瞬かせた。今、自分が捕まえたのは一抱えもある雪の人形。
 丸を大きく三段に重ねた雪人形。オレンジの帽子、手袋、マフラー、靴。リンゴの赤い目。額に付けられた三つ目の赤い付け鼻。
「あ〜、僕らのノースだあ!」
 ロイは大きな声を上げた。木々をすり抜けライトを持ったまま、やってきた冒険者達の光の中で、無言でその人形、ノースは佇んでいる。
「なあ、どこから、どう見ても雪の人形にしか見えないんだが‥‥」
「ちょっと、待ってくれ。この人形。確か、昼間は別の場所にあったはずだ。ほら、この赤い付け鼻は自分が」
「でも、僕らが作ったのはここじゃないよ。もっと向こうの、村のすぐ近く」
「では‥‥これは?」
「武器は置いて差し上げて下さい。さっきの魔法の主は彼ですけど。大丈夫ですから」
 突然の声はまた森の奥から。ライトは再び慌てて森の奥を照らす。
「紛れも無く、今の襲撃と、今回の事件の犯人さんですわ。ね? ノースくん」
「えっ?」
光の中、いつの間にか姿が見えなくなっていたアイネイスとイコンが姿を現す。
「この、雪人形が今回の‥‥犯人ですか? 本当に?」
 噛み締めるように言ったリゼッタに頷いて、アイネイスは雪人形に向かって語りかける。
 心なしか、顔が横を向いたような。額の辺りの雪が溶けているような‥‥?
「顔を、ちゃんと見せて下さいな。お友達が待っていますわ」
『ああ! もう解ったよ』
「「「「「「「「「「えええっ?」」」」」」」」」」
 瞬きの間の奇跡。
 シャランと鈴の鳴るような音がして、それは現れた。
 雪人形は立ち上がり、こちらを向く。
 赤い付け鼻がころんとソウガの足元に転がった。
『ああ、痛かった。へんなものつけないでほしいな』
冒険者達も我が目を疑う。
 そこにいたのは、さっきまで目の前にあった雪人形ではない。
 マフラーに、帽子、手袋、靴。それはさっきの雪人形がしていたものと同じであったが他はあまりにも違いすぎる。
『僕を壊したりしないでくれよ。頼むから』
 鈴のような声で言ったのは白い髪、白い肌。白い服。ほっそりとした長い手足と赤い瞳が印象的な可愛い少年だった‥‥。

●白い友達
「本当に、雪人形が動くなんて、すご〜い! 精霊さんの気配がする。じゃあ、じゃあ、やっぱり君は雪の精霊なの?」
 くるくると、チルニーは白い少年の周りを飛んで興味深そうに、上下左右から見て回る。
 年のころは10歳くらい。ロイとほぼ同じか年上のように見える。
 彼は腕組みをしたまま不機嫌そうな顔を見せた。
『それは、聞かないでくれないかなあ。実は、僕にだってわかんないんだから』
「解らない? どういう事?」
 頬を膨らませて拗ねるような仕草を見せる少年に、驚かせてごめんなさいと謝って後、リゼッタは問いかける。声は笑顔そのもののように柔らかい。
 臨戦態勢は解除されている。武器はとうにしまわれていた。
『そのまんまの意味だよ。僕は、どーして、こんな姿になってるのか自分でも解んないんだ。昔なんだったかも、ほとんどわかんない。気が付いたら、この雪人形になって、こういう風に動けるようになってたんだ』
 少年、とりあえずノースと呼んでいいと言った彼は、そう冒険者達に説明した。
 遠い昔、自分が今の存在とは別の何かだったことは覚えているような気がする。だがその記憶はおぼろげを通り越してほとんど何も記憶に残ってはいない。
 ただ、気が付いたら自分がノースと名付けられた雪人形になっていて、自由に動き回れるようになっていたのだ、と。
『いろんなことができるようになったけど、その分、前に自分が何だったかも解んなくなっちゃったんだ。元にも戻れないし、一人ぼっちだったし、だから‥‥寂しくて』
「どうして昼間、出てこなかったのだ。夜だけ現れるから怪物だの言われていたのだぞ」
 サリの言葉は正論ではあるが、ノースの言葉もまた正論だった。
『だって、昼間外に出たら、雪人形の身体、溶けちゃうんだもん! こっちの格好でもお日様に当たると頭痛くなるし、手足もなんだか細くなっちゃう気がするし‥‥』
「やっぱり」
 と口に出さずにアイネイスは微笑んだ。自分には見つけられなかったが、昼間は日陰で静かにしていたのだろう。
 本人は自分がなんだか解らないし、覚えていないと言うが、この状況からしておそらく、と簡単に正体は推理がついた。
 そして、本当にそうならば‥‥、その行動は当然の行為に思える。
『僕‥‥‥寂しかったんだ。一人ぼっちで‥‥。僕と同じ存在ができないかなあ? と思って何個も何個も雪人形作っても同じにならないし、昼間は遊びたくても遊べないし‥‥夜は誰もいなくなっちゃうし、だから‥‥僕‥‥』
 俯くノースの肩を、ポンとフォーリィは叩いた。
「遊びたいの?」
 と聞く。
『遊びたい!』
 即答で答えが返る。子供達の思いから生まれたこの子は、子供の心を持った子なのだ。
「なら、いいよ。あたしたちは、貴方の事を退治しない。夜に子供達と遊べるかどうかはわかんないけど、遊びたいんだったらそれで良いし。化け物の正体を知って、もう出ないようにすれば依頼は終了だしね」
『ホント?』
「どうだ? ロイ。お前の意見は?」
 ソウガは今まで沈黙していたロイに声をかける。
 大きな目をさらに大きくしたまま、ロイはまだ立ち尽くしている。
「ロイ?」
 そして、見かねたソウジがもう一度、肩に置いた。それ手きっかけとなって驚きに凍り付いていた身体は、一気に溶けて思いと共に燃え上がった。
「すご〜! 凄いよ! 僕、こんなの始めてだ〜!!」
 冒険者達からホッとしたため息がこぼれる。子供達が怯えたらどうしようかと思ったが、
『怖くない?』
「うん、平気!」
そんな心配は無用だった。近寄って、嬉しそうに不思議な友達を見上げるロイ。
『僕も、皆と一緒に遊びたいんだ。一度でいいから‥‥』
「いいよ。僕らも遊んで欲しい。一緒に遊ぼうよ」
 手をつなぎ、頬ずりをするロイ。
『友達に‥‥なってくれる?』
 心配そうに問いかけるノースに
「勿論! お兄ちゃんやお姉ちゃんだって、友達になってくれるよ? ね?」
 弾ける様な笑顔が答えた。確認するようにロイが後ろを振り向く。横に首を振る者は誰もいない。
 寂しがりやの「彼」を包み込むように、暖かい笑顔と、優しい眼差しだけがそこにあった。
「心は僕達と変わらず暖かいですから、ね」
「もう、一人じゃないんだよ」
 ぽんぽんと、自分が親に、そして冒険者にやって貰ったように、ロイはノースの頭を背伸びしてぽんぽんと撫でた。
 人間だったら、泣き出しそうと形容されるような。
 喜びと照れが入り混じったような顔で、ノースは顔を上げてはにかんだ笑みを見せた。
『ありがとう‥‥』
 そう言って。

●奇跡の夜 奇跡の時
 次の夜、一夜だけの奇跡の時が訪れた。
 月の精霊達の見守る中、雪の草原の中に子供達の歓声が響き渡ったのだ。
「お兄ちゃん、こっちこっち〜!」
「そう、そこからこっちへ滑って〜〜」
「は、はい‥‥わああっ!!」
 麻袋を使ってのソリ遊び。思った以上にバランスが難しくてイコンは見事に横転した。
 結果、雪まみれになる。
「うわっぷ!」
『ハハハハハ!』
「今度は雪合戦しようか? ボールぶつけられたら負けだからね〜」
「雪合戦? まっかせなさ〜い。あたしの強さを教えてあげるからね〜。あ、アリアは顔だしちゃだめ!」
「どういうルールだか教えて下さいませんか? ‥‥! うわっぷ」
「こういうルールだよ〜。ほらほら、ほらほら、こっちまでおいで〜!」
「あ〜、ずりいぞ。ノース。自分にぶつかりそうな雪玉止めるなよ!」
『僕に雪玉ぶつけようなんて2週間早いよ』
 子犬のようにころころと、雪の上を転がって遊んでいる。
「怪我はするでないぞ! 仲良く遊べ」
「はーい!」
 サリの保護者の忠告に、良いこの返事が返る。
 雪の少年ノースと、村の子供達。そして冒険者達。
 冒険者達の説得で、子供達に一夜だけの外出が許され、純白の夢が紡がれる。
「泡沫の夢‥‥か‥‥」
 遠巻きにその様子を見つめランディは呟いた。
 本来ありえざる風景。重なる筈の無い異世界の人間同士と、異界の精霊が同じ時を過ごしている。
 これが夢でなくて一体何であろうか?
「この世界は、精霊が息づく世界。どうやら‥‥ごく稀にこのようなことも起きるようだな‥‥」
 事前にシュタール・アイゼナッハやユパウル・ランスロット達が集めてくれた情報によると、今回のような話が、アトランティスでは稀にあるようだった。その多くは伝説や童話に混ざってだが、伝えられている。
 人ならぬ者が人と心通わせる。いつの世も誰もが願って止まぬ夢。
 それが、今、目の前で展開されている。

 子供達を誘う時、チルニーはこう言った。
「一人っきりの雪ん子は寂しがり屋なんだ。もうすぐ去らなくちゃいけないのを一番判ってる。だから一緒に遊んであげてほしいな」 
 そう、この夢は一夜限りのもの。子供達がそうそう夜に外に出てくるなど許されないし、そうでなくても雪の少年が地上に留まれる時間は限られている。
「これは夢、けれどもこの一夜の夢はきっと、いつまでもあの子達の心に残り、辛い時の支えになってくれるはずですわ」
 ふんわりと純白の雪のような笑みで、アイネイスは微笑んだ。
 それは、きっと子供たちだけでは無いだろう。
 新米騎士には守るべきものと、騎士の有り方を伝え、大人達には遥か昔に忘れた夢を思い出させてくれた。
 だから‥‥。冒険者達は思った。この夜を胸に焼き付けておこう、泡沫の夢に一時溺れよう。
 いつか、この思い出が自分をも支えてくれる時がきっと来る。
 それを知っているから‥‥。

「いかん、独楽を渡すのを忘れた。せっかく喜んでくれたのにな‥‥」
 ソウガは手の中で渡しそびれた玩具を弄ぶ。
「いつか、また来る時がありますよ。その時にあげればいいのではありませんか? 雪の上では独楽も回しづらいでしょうし」
 イコンの言葉に頷きリゼッタは空を見上げた。心からの言葉が胸に溢れる。
「しかし、不思議ですね。世界って‥‥」
「そうだな。不思議だからこそ面白いってかあ!」
 冒険を続けている限り、こんなことにまた出会えるかもしれない。
「奇跡はいつ訪れるか解らない。だからこそ‥‥心を研ぎ澄ませておきたいものです」
 そんな誰かの思いがそっと空に溶けた。

 村はずれの森の側に、雪人形が立っている。
 日が当たらない遠い木陰に二つ。寄り添うように。
 それは、子供達からと冒険者達からのスノーマンへの贈り物。
「この子が貴方の友達になってくれればいいのですが‥‥」
 残念ながら「彼」は今も一人。
 だが、それでも不思議な怪物は、もう出現しなかった。
 
 ふわり、白い夜の広場に舞い降りて、彼は村を見つめる。
「おーい!」
 向こうから駆けてくる。友達の姿。彼は答えるように手を振った。
「また遊ぼう!」
 手を繋ぐと伝わってくる温もり。それでも彼はその手を離さなかった。
 暖かいという感覚は、本当は彼には辛いもの。
 その身を細らせ、意識を消していく本能の敵。
 でも、この手と、胸の奥の暖かさだけは大事に持っていようと決めていた。
 子供達と、冒険者がくれたこの思いだけは。
 
 例え、それがこの身を溶かすことがあったとしても‥‥。