●リプレイ本文
●蒼天の志
蒼天に輝く雲。吸い込まれそうな美しい情景にシャルロット・プラン(eb4219)は、
(「父の選択は決して間違ってないと思ってる。ただ私には‥‥」)
万感の思いを込めて門を潜る。粗末な木の建物と広い敷地だけが目に入る。人の成長は早い。かつて自分の胸に抱いた郎党の子が、今ではここの教官である。自立して爵位を持ち、同名の王子の忠臣として名を馳せている。
(「前を見ろシャルロット!」)
心で吠えて自らを鼓舞する。感傷に浸っている場合ではない。家門の再興が彼女の肩に掛かっているのだ。
●初飛行
「はじめまして、私はザナック・アレスター(eb4381)と申します。恥ずかしながら、齢24にして今だ目立った功の無い、鎧騎士であります。ゴーレムに乗るために、自分なりに訓練をしてきたつもりですが、実際乗る機会はそうありませんので
この機会に、空を堪能‥‥あ、いえ、十二分に訓練させていただきたいと‥‥」
敬礼と鋭い一瞥で講習生の挨拶を遮るとドイトレはただ一台のゴーレムグライダーの覆いを取る。訓練用に作られた二人乗り機だ。操縦席の前に座席がある。
「経験のある者と無い者に分かれよ。これより初学者の体験飛行を行う」
訓練はいきなり始まった。挨拶だのセレモニーだのは一切無い。ざわめく講習生達を後目に、教官は後部座席に乗っかった。彼が操縦するグライダーに相乗りするのである。
ドイトレは、シャルロットの方を一瞬ちらりと見たが、何事もなかった可のように
「初学者で志願者は来い!」
真っ先に手を挙げたのは皇天子(eb4426)である。補助具の革ひもで落ちぬよう身体を固定されそして‥‥。
やがて滑り出すグライダーはゆっくりと離陸し、高度を上げていった。城壁の高さを超え、城の塔の高さを超え、足下に広がる箱庭の世界。雲を突き抜け、そして‥‥。
天から降り注ぐ陽精霊の光を受けて輝く雲が足下に見える。雲が海原のように波打って見える。飛行機では何度も見たことのある雲海ではあるが、生身の足下に展けるそれは目映い程に美しい。身体全体に風を受けて、前座席の天子は子供のような興奮を覚えてい。た。
大地に降り立ったとき、補助具を外されるとさながら酔ったように足下がふらつく。
「ははは。どうだ。空は‥‥」
志願者の中には、高さにどうしようもない恐怖を覚える者もいる。天子の笑顔を見て
「よし。合格!」
ドイトレは木札を渡した。これで少なくとも候補生にはなれた訳だ。天子は雲に乗ったようなやんわりとした離着陸を評し
「これはいいです。簡易飛行機みたいなものですね。これなら緊急の患者を乗せることもできますし、神聖魔法を使える方を乗せて至急に駆けつけることも可能になります」
ドイトレは志願票を確認し、
「おお、お主は施療師殿か。自ら資格を取ろうとは感服致した。闘う技術は要らぬ故、是非とも使う術を身につけて貰いたい。次!」
さっと手を挙げたのはリューズ・ザジ(eb4197)。
「なんだ。経験者では無いか。この飛行は全くの初心者用だ」
「い、いえ‥‥」
ちょっと呼びにくそうにドイトレに問う。
「教官殿。私はまだ教官殿の御芳名を伺っておりません」
「我が家門はケステ。だが本官を呼ぶなら、ドイトレ。若しくは教官で良い。本官の名は畏れ多くも我が主と同じでな。カーロン卿は殿下只お一人だけだ」
本来、何々卿と本名に敬称で呼ぶのが礼儀だが是非もない。リューズは本人の望む通りに呼ぶことにした。
「何だ。次も女性か」
非常に相性良く飛行を堪能した御紅蘭(eb4294)の次は、エトピリカ・ゼッペロン(eb4454)。少しばかり年輩だがその意気たるや少年の如し。首尾良く候補生の資格を得る。
今のところ、飛行に関して全くの初心者の殆どが女性。男は少ない。
「鎧騎士のエンヴィ・バライエントといいます、今日はゴーレムグライダーの教習、よろしくお願いします」
エンヴィ・バライエント(eb4041)が一礼をする。その次は天界人の時雨蒼威(eb4097)。皆と同じように前に載って短い空の旅。
「‥‥翔ぶのは随分と久し振りだからなぁ‥‥不安って程でも無いが」
飛行中、市川敬輔(eb4271)が呟いたのをドイトレの耳ははっきりと捉えた。あまりスピードが出ていないので会話が出来る。
「何だ。お主飛んだことがあるのか?」
「以前、ハンググライダーに乗っていたが、事故で友人が墜落死してから自然と遠ざかっていた」
「ハンググライダー?」
「でっかくて糸が付いていない凧みたいなものだ」
「そうか。天界にも似たようなものはあるんだな。道理で最初から度胸が良い。こんなに落ち着いている者を見るのは初めてだ」
ドイトレも笑う。
こうして、ドイトレは初心者の全てを空へと連れていった。彼らは空への憧れを胸に記して、候補生の資格を授与された。そう。第一段階は全員合格である。
「教官殿」
次の段階へ進もうとするドイトレに、エンヴィは呼びかけた。
「技能にばらつきがあるので、同程度の者で班を作りたいと思います」
「よかろう。航空技能のある者と、経験のない者とで訓練を変える予定だ」
ライナス・フェンラン(eb4213)のように既にいっぱしのパガン乗りとして通用する者や、ザナックのように航空訓練の基礎も加わっている者が居る。
「食事の時間だ。後は技能で分けた班毎に講義と訓練に入る」
●お家再興
「エトピリカ・ゼッペロンじゃ。ピリカで良いぞ。皆、よしなにのぅ」
同じ鍋で作ったスープを口にし、花咲く話。
「しかし、お家再興の為とは感心じゃの!! おぬしとは、仲良くやって行けそうじゃの♪ かく言うワシも、我が家名を再び盛り立てる為に田舎からはるばるとのぅ‥‥。
全く、父上も母上もへぬるいのじゃ。誇りある家名を没落するに任せるとは‥‥」
ぶつぶつと愚痴るエトピリカ。話しかけられたシャルロットは勢いに押されて聞き役専門。それでも、
「お互い、背負う物があります。上手くやりましょう。目的ではなく手段なのですから」
やんわりと距離を置いた。
「む、失敬じゃ。それでまあ、色々頑張っては見たが、中々うまく行かんでのぅ。その内、何じゃ、その‥‥い、嫁き遅れに‥‥いや。言うまい‥‥詮無き事じゃて」
貴族なら、早い者は12、3、4で嫁に行く。7歳で嫁いだ者や、甚だしきは襁褓の取れぬ内に政略結婚させられた者もいる。20歳を過ぎて独身というのは遅いほうである。
「‥‥まあ、そんな訳で鎧騎士として功を遂げ名を挙げようと思うたのじゃ。ゴーレムは開発途上で、未だ海の物とも山の物ともつかぬそうじゃが‥‥なに、何とかなろう。ゴーレム教官とも見知りになっておけば、鎧騎士として役立つじゃろうしの。それに、昔から空を飛ぶ事には憧れておってのぅ!!訓練が楽しみじゃな、かっかっか♪」
シャルロットは、そんなエトピリカを羨ましく思う自分に気が付いた。公的な資格がないだけで、既に正規の乗り手に成れる実力のある彼女だが、権門とのコネが無いばかりに出世の扉は開かれない。自分の生い立ちを思い、またエトピリカの歩んできた人生を思い、悲しそうな笑顔が一瞬浮かぶ。
「いずれにしてもこれからです」
シャルロットはパンを裂きながらそう言った。
●基礎訓練
食事が終わり、航空技能の有る者と無い者に班分けされる。
「初学者はこれからだ。それ以外の物はあちらの器具を使え」
持ってきたのは人の頭ほどのボールと板。ボールの上に板を置き。
「これに乗ってバランスを取る訓練から始める。元来ゴーレムグライダーは心で手綱を握るものだ。だがそれだけではない。ちょっとした体重の移動で性能が変わる。そして、風に煽られたとき、身体の訓練が不足していると簡単に落ちる。施療師殿も安全のため、基礎訓練をやって頂きますぞ。このほかにも、高所からの安全な飛び降り方など、覚えることは沢山ありますぞ」
普通のゴーレムとは異なり空を飛ぶのである。例えばパガンなら、操縦不能に陥っても動けなくなるだけだ。しかしゴーレムグライダーはそうではない。墜落する。
(「やっぱり直ぐには無理ですか」)
天子はちょっとがっかりしながらも素直に訓練に入る。
「右に傾けて! そのまま制止‥‥左に目一杯傾けて水平に戻す!」
遣ってみると意外に力がいるものだ。直ぐに膝がガクガクしてくる。傾けるときも、板を地面に付けては為らず、要領が悪いと腰にも負担が掛かる。
「辛いか? なぁに、馴れれば力なんて要らなくなる。ほほう。流石エトピリカ殿。修練が違いますぞ」
●籠の鳥
初学者でない者達の前に現れたのは、木で組まれた大きな球形の籠。その中にゴーレムグライダーの模型がある。
「一人がこれに乗り、他の者がこれを動かす。遊覧飛行でもするならば話は別だが、戦いに使うと為れば少々無理な飛行も行わねばならぬのでな。初めは左右に、馴れてきたら前後にも揺すれ」
只一人の講師であるドイトレは忙しい。訓練の内容を示しただけで、初学者の方に行ってしまった。
「まるで旧軍時代の戦闘機乗りの訓練だな」
敬輔はくすりと笑う。バランス感覚と鈍った身体の鍛え直しには丁度良い。一番に乗り込んで皆に頼む。
「お手柔らかに。その‥‥長い事‥‥サボってた‥‥からな」
補助具を付けて座席に固定。これで逆さまになっても落ちないはず。
「次は私だ」
存外に基礎訓練ばかりだが、初学者が多い現状では是非もない。
「どうした。もっと激しく揺すれ。いや、左右に回転させろ」
乗っている方も大変だが、動かす方も大変だ。天地がひっくり返り、大地と空が激しく入れ替わる。馴れた感じで訓練をこなすシャルロットに感嘆の声が上がる。
「俺は今までゴーレム操縦専門でやってきていたからな。だが、負けない」
年嵩のライナスは、一歩先んじる彼女に騎士らしいライバル心を喚起された。リューズもザナックも心が燃える。瞬く間に時間は過ぎた。
●質疑応答
空が赤く染まる頃。休憩を兼ねての座学が始まる。質疑応答も熱がこもる。
「教官殿!」
蘭は挙手し立ち上がって疑問をぶつける。
「ゴーレムグライダーに騎乗してる時に魔法は使用可能なのでしょうか?」
「今まで、魔法使いでゴーレムを操れる者は居なかった。魔法を使う資質と、ゴーレムを扱う資質が一人の中に共存することは無かったのだ。だが、ひょっとしたら救世主として召喚された天界人殿ならば、できるやもしれんな」
その第一号には自分が為ると言わんばかりの覇気が頼もしい。
「空中での通信手段は手信号なのでしょうか?」
「戦闘時以外は併走して近づけば、声による会話が出来る。今開発中の風信機と言う物がもっと小型化されれば、それを使うことになると思う」
「風信機?」
「風精霊の力で、声を遠くに伝えるものだ。‥‥まだ質問がありそうだな?」
「はい。ゴーレムグライダーは一台いくら位するんですか?」
「非常に高価だと、言っておこう。何よりゴーレムグライダーは王家の財産だ。それを預かる航空騎士には、相応の腕と信頼が必要とされる。任務における破損を個人が弁済することはない。せいぜい資格を停止されるだけだ。但し、不心得にも無断で動かし壊した場合は重い咎めを受けねばならぬ。まして、故意に破壊を企む者は大逆罪だ」
「大逆罪?」
「軽くて縛り首。一つ間違えれば釜ゆでだな」
緊張が走る。ドイトレは笑い、
「安心しろ。故意に破壊した場合のことだ」
続いてエトピリカが質問。グライダーを操るにはどの様な訓練をすれば良いのか、何を鍛えれば良いのか? 等、初歩的な事を聞く。ドイトレは一礼し、
「引っ込み思案の初学者に代わってのご質問。感謝する」
未だ定番の訓練は確立して居らず、平時より最悪の事態を想定し、如何に安全を保つかを考える個々人の工夫が大切なことを述べた。
「少しずつだがゴーレムグライダーやフロートチャリオットの生産が進んできた。何れ資格者ならば誰でも乗れるようになるであろうが、少なくとも半年は掛かるだろう。だが、今講習を受けている者は、その時隊長の資格を得る事になる。そうなれば、自分だけではなく、未熟な部下の面倒も見なければならない。どうか鍛錬に励んで頂きたい」
話が終わるのを待って蒼威の発言。
「‥‥これを大型化して、バリスタ取り付けた射撃手と運転手の二人乗り飛行砲台とか籠を取り付けて飛行兵士輸送機とか出来ませんか?」
「フロートシップと言う物が実用化されている。小型化と量産が優先されるゴーレムグライダーでは難しいな。二人乗りで一人を弓手にするようなことは難しくはない。ただ、スピードや旋回能力が下がるだろう。それに、二人の息が合わねば転落するぞ」
今後の課題と言うところだろう。飛行機で言えば、まだ一時大戦以前の状態なのだろう。と、蒼威は思った。
さらに幾つかの質疑の後、お終いはザナックの番になる。
「教官殿。ゴーレムについて色々と教えて頂きたい事があります、どうかお答えいただければと思います! ゴーレム乗りに必要な資質は、どんな事だと思われますか? 体力があるのが良いのか、器用なのが良いのか、頭がよい事が重要なのか? 剣を振るのが得意な者と、弓を扱うのが得意な者では、どちらが良いのでしょうか?」
「命令に従順で、職務に忠実であるものだ。困難に耐える勇気を持たぬ者は、いくら腕が立っても役に立たぬ」
新しい葡萄酒を入れるのは新しい革袋でなければならぬと言うのがドイトレの意見だ。更に真剣な矢継ぎ早の質問が続く、
「実際の所、人とエルフでは、どちらが鎧騎士に向いていると思われますか? グライダー乗りとバガン乗りでは、向いている資質が違う等はやはりあるでしょうか?」
「そんなことは判らぬ。強いて挙げれば、グライダー乗りは身の軽い者のほうが有利だな。力を有効に使えるし、余分に物を運べる」
「ゴーレムの操縦胞の中は精霊力で満ちていると聞きますが、所持品に制限などはあるのでしょうか? 天界から、様々な強力な魔法物品が持ち込まれたと聞きますが、そういった物、あるいは銀や魔法の武器が、悪影響を与えたり等は無いでしょうか?」
「新しい技術故、試した者はおらぬ。ただ、重装備の鎧騎士でも乗り手次第で自在に動く。これだけは確かなことだ。そして、これは絶対に他言無用。パガンを越えるゴーレムの開発も動いているらしい。らしいと言うだけで本官も詳しいことは知らぬ。仮令知っていても口にはできんがな」
ドイトレは声を潜めて言った。
二日目以降は初日の訓練をなぞり、上級者には教官同伴の飛行が許され、それぞれに経験を積んで今回の講習は終了した。