闇夜に救え
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■ショートシナリオ
担当:マレーア4
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 49 C
参加人数:10人
サポート参加人数:4人
冒険期間:09月10日〜09月13日
リプレイ公開日:2006年09月16日
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●オープニング
深夜近くに警備隊詰め所で眉間にしわを寄せて顔を突き合わせる男達。
隊長らしき男が卓に広げられた町の見取り図の一点に指を置く。
「予告状が来たのはここだ。今までさんざんナメられてきたが、今度はそうはいかねぇ。次の予告日がやつらの終わりの日だ。必ず全員とっ捕まえて処刑台に上げてやる」
食いしばった歯の奥から呪詛するように男は言った。地図上の一点を示す指は、押し付けすぎて爪が白くなっている。
その一点とは、王都でも名の知れた資産家ウィーグ家だった。
同じ頃、裏路地をさらに進んだところにあるうらぶれたパブの二階の部屋で、数人の男達が神妙な顔を寄せ合っていた。
こんなところにあるようなパブだ。訳ありの客くらいしか来ない。この部屋の男達もそうだ。
「まずいな‥‥警戒が厳しくなりすぎた」
「うむ、次の仕事が終わったらほとぼりがさめるまで身を隠そう」
彼らが囲んでいるものも、この町の見取り図だ。
「やつらも次が最後だと、気合入れてくるだろう。どんな手を使ってくるかわからん。退路だけは間違えないようにしねぇとな」
それぞれでそんな話し合いが行われた幾日か後の、新月が迫った頃。
王都でも最下層の貧しい者達が住む吹き溜まりのような一軒のあばら家で。
「‥‥何としてでも逃がしてやりてぇ」
無精ひげもそのままの、痩せた男が集まった者達を見回して言った。
全員が頷く。彼らも皆同じような格好だ。粗末な衣服に黒く煤けたような肌。
「ウィーグ様の屋敷周辺や主な通りは警戒が厳しい。あの人達も逃げ道はいろいろ考えているはずだ。俺達にできることと言えば、逃げやすいようにしてやることだけだ」
また全員が頷く。
しかし、不安そうに目を揺らせた一人がおずおずと手を挙げた。
「けど、下手に動いてもかえってまずいことになるかもしれねぇ。それに、俺達にはそういうことに詳しくねぇ。何もしないほうが‥‥」
「そんなわけにはいかねぇだろ!」
男は強く卓を叩く。
「見てみろ。この地図はおおまかな道しか描かれていない。もしもあの人達が困った時は、猫しか知らねぇような道も知ってる俺達がきっと助けになるはずだ」
「けど、警備隊のやつらに適う武器も術も持ってねぇ」
弱々しいが痛いところを突いた反論に、男は肩を落とした。
それでも彼はあきらめきれず、拳を握り締める。
「あの人達がいたから、俺達は今日まで何とか生きてこれたんだ。あの人達が窮地の今、恩返ししなくてどうする。貴族が俺達に何をしてくれた。助けてくれたのは『山嵐団』の人達だけじゃねぇか」
「抜け道ならいくらでも知っている。けど、やつらと正面からぶつかっちまった時の力が足りねぇ」
「なーんて話をね、立ち聞きしてしまったんですよ」
冒険者ギルドで、冒険者達の前で吟遊詩人は話していた。
「どうやら世話になった義賊の窮地を助けたいらしいですね。けれど、自分達に足りないところもちゃんとわかっているから、動き出せない‥‥。下手に騒ぎになってしまえば警備の人達に何をされるかわかりませんからねぇ。彼らにも大事な家族がいますし」
ふと、吟遊詩人はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「‥‥警備隊を出し抜く手伝いに、興味はありませんか? その気があるなら私が彼らとのパイプ役になりましょう」
●リプレイ本文
●顔見せと抜け道
冒険者のよく集まる酒場で一人グラスを傾けていた吟遊詩人は、ふと視界が影に覆われて顔を上げた。
すぐ横に褐色の肌の大柄な女が立っている。彼女はニヤリと笑う。
「酔狂な奴らが集まったよ。警備隊は任された。手引きはよろしくお願いすると伝えておくれ」
一応の依頼人である吟遊詩人を挟み、酒場で声をかけてきた女‥‥パトリアンナ・ケイジ(ea0353)曰く『酔狂な奴ら』は、貧民街の片隅にあるあばら家で、近々最後の仕事を終えて王都を去る義賊『山嵐団』逃走の手助けをしたいという貧しい者達と顔見せをしていた。
貧民街の代表者達は、いくら顔見知りの吟遊詩人の紹介とはいえ、国王に庇護されている冒険者達に懐疑的であったが、パトリアンナ達と会話を重ねていくうちに少しずつ打ち解けていった。冒険者の中にはこの場に来れなかったり、立場上顔を隠している者もいたが、それはあまり気にされていなかった。
ケミカ・アクティオ(eb3653)が出した羊皮紙に、代表者達の一人がウィーグ家周辺と逃走に使われそうな地区の地図を描いた。これさえあれば、たいていのものからは逃げおおせることができるだろう。
「インサツがあれば全員分すぐ描けるのに〜」
ブツブツ言いながらそれを書き写していくケミカ。
その地図を、ランディ・マクファーレン(ea1702)とヴェガ・キュアノス(ea7463)が上から覗き込んでいる。後でしっかり頭に叩き込むつもりだ。
ふとヴェガが代表者達へ目を向けた。
「その山嵐団とはどういう者達なのじゃ?」
「神様‥‥ですな。どこから聞きつけてくるのか、俺達がちぃっと辛い時なんかに助けてくれるのさ。あの人達がどういうつもりで恵んでくれるのかなんてことは知らねぇしどうでもえぇ。ただ、おかげで何度も命を繋ぐことができたんだ。その恩人が捕まりそうだというなら、手助けして当たり前だろう?」
「つまり、お互いに直接顔を合わせたことはないのじゃな? 貴族の間ではお尋ね者でおぬしらにとっては気まぐれな神様のようなものか」
貧民街の代表者は頷く。
「‥‥ふぅん。まぁ今回はウラを取る暇がなかったから、素直に踊らされてやるが、もし領民を騙すためのえぇカッコしぃだったらタダじゃおかねぇからな」
物騒な笑みでシン・ウィンドフェザー(ea1819)は言ったが、貧民街の者達はニヤニヤしているだけだった。たとえ山嵐団がシンの言う通りの集団だったとしても、彼らにとってはどうでもいいことなのだろう。
「さて、そろそろどう動くか決めようぜ」
オラース・カノーヴァ(ea3486)の催促に全員が頷いた。
「実はこっちにちょっとした計画があってな‥‥」
オラースは声をひそめ、『マリーネ姫懐妊祝い行列』の内容を打ち明けた。
その計画の規模に貧民街の代表者達はただ口をあけるばかりだった。
「行列については、仲間の一人が許可をもらいに行ってる。まぁ許可は下りるだろう」
オラースの言う人物は山下博士(eb4096)という。貧民街の者も名前くらいは聞いたことがある人物だ。
行列の時間やルート、冒険者や貧民街からの協力者の配置を決めるとその日は解散となった。当日はテレパシーを使える者やシフールがつなぎをするという。
「当日は大変混雑するでしょう。あなた達が捕まることはまずありえませんが、こちらでも気をつけますね。それと、万が一何かあっても僕達の関与は秘密ですよ」
唇に人差し指をあててイリア・アドミナル(ea2564)がいたずらっぽく微笑んだ。
その後、彼らは別の酒場で仲間達と合流した。
ケミカから地図の写しを受け取ったアリオス・エルスリード(ea0439)は、今まで見回ってきて罠が仕掛けられそうだと判断した箇所を示していった。
それを見ながらリオン・ラーディナス(ea1458)は少し残念そうにしていた。
「山嵐団と接触したかったなぁ。ホント、うまく隠れてるよ」
できればこちらと情報交換をして逃走をより有利にしたかったが、残念ながら果たせずにいた。
「向こうは向こうで現状を見ればいくらでも対処するさ。むしろお互い知らない方がうまくいくこともある」
素っ気ない言い方のランディだが、決して突き放しているわけではないことをリオンは知っていた。
●マリーネ姫ご懐妊祝い行列〜夕方
翌日の夕方、銀貨銅貨をパンパンに詰め込んだ大袋を抱えた博士とリオンは、立派に飾られた軍馬に跨り『マリーネ姫ご懐妊祝い行列』の先頭に立ち、王都を練り歩いていた。
「これはご懐妊のお祝いにエーロン殿下がお前達に下さるものだ。フオロ家バンザイ、エーロン殿下バンザイを叫び、好きなだけ取るが良い」
精一杯威儀を正し民衆に向けて宣言し、鷲掴んだ銀貨銅貨を盛大にばら撒く博士。
彼の側には興奮した民衆が寄り付かないよう、シンが護衛についている。
博士の隣ではリオンが陽気な歌を歌いながら、博士同様硬貨を夕暮れ時の群集の頭上に煌かせていた。
♪さあ掴め 今の王様太っ腹 さあ騒げ〜
さあ仰げ 王の目は ちゃんとみんなに向いている♪
大人も子供も町中の人達が通りにあふれ返り、息をするのも苦しいほどの熱気に包まれた。隣の人との会話もままならない程の歓声で、頭の中がしびれてしまいそうだ。
シン同様護衛のランディもリオンの側で万が一血迷った民衆が出た時にすぐ対処できるよう、馬上で目を光らせていた。シンとランディで博士とリオンを挟むようにしている。
四人の後ろには行列を立派に見せるためか、正装した騎士が幾人かついてきていた。彼らの口からは王や王子を讃える文句が途切れることなく発せられている。
無秩序に群がる民衆の隙間を器用にすり抜けながら、イリアは山嵐団捕縛に燃える警備隊の配置を確認していた。後でこれを地図に書き込むのである。
「けっこう気合が入ってますね‥‥」
まだ祝いの行列は始まったばかりだが、警備隊の配置はかなり密であった。
しかし急に決まった行列で警備隊は焦っているはずだ。そこを貧民街の協力者と冒険者で撹乱すれば、相手はプロの盗賊だ、簡単に王都を抜け出すだろう。
パトリアンナは裏道から行列の様子を見ていた。
計画通りの盛り上がりに目を細め、建物の隙間から群集を眺めている二人の警備隊に声をかけた。
「ずいぶんと物々しいけど、この行列の警備かい?」
振り向いた二人は苦笑じみた複雑な顔になった。
「あんた冒険者かい? そうだな、この行列の警備だったらこんなにイライラした気分にはならなかったろうよ。何だって急にこんな‥‥あ、いやもちろんマリーネ姫様のご懐妊は喜ばしいことなんだけど‥‥ああっもうっ」
ガンッと壁を蹴る警備隊士その一。
それからしばらくパトリアンナは、山嵐団が今夜ウィーグ家を襲う現場で全員とっ捕まえてやりたいのにこんな大騒ぎじゃ逃げられてしまうかもしれないし、自分達の身分では王家の祝賀の行列を止めるなどできないという、愚痴混じりの警備隊二人の話を聞いていた。そうでなくともせっかくの臨時収入を邪魔された民衆が暴徒と化しては、自分一人の首では贖えない責任問題となる。
ようやく二人の愚痴から解放されると、イリアからのテレパシーが届いた。
行列は貧民街へ入ったとのことだった。行列は同じように熱烈な歓迎を受けているらしい。もちろん、そこにも警備隊はあちこちに配置されている。
行列はスタート地点に戻ると、夜にまた行うことを告げ、王宮に戻っていった。
博士やリオンらが見えなくなっても、人々の興奮は冷めやらなかった。
●マリーネ姫ご懐妊祝い行列〜夜
夕方の行列同様、博士の宣言で松明を明々と掲げる夜の行列が行われた。一歩間違えば暴動になりそうな熱狂の中、博士の王を讃える声が高らかに上がる。
「我らが主君エーガン陛下バンザイ! マリーネ様バンザイ! 我らは心からフオロ家をお祝いします!」
バンザイ! と叫ぶたびに博士とリオンは大袋から銀貨銅貨を掴み取り、沿道に集まる群衆に向けてばら撒く。
そしてそこに人が集まれば集まるほど、山嵐団が狙っているウィーグ家周辺は閑散としていった。屋敷の警備についている警備士もやはり人間、盛り上がっている通りが気になって集中力に欠けているようだ。
夕刻以降、屋敷を見張っていたランディが異変に気付いたのは、行列が始まってしばらくたった頃だった。
屋敷のどこからか、警備隊か屋敷の者かの叫び声が上がった。すぐ後に屋敷を囲む塀から数人の人影が飛び降りてくるのが見えた。山嵐団だろう。
ランディは彼らが消えた方を確認すると、素早くスカルフェイスを被り、ブラック・ローブの上からダスク・サーコート羽織ると、数人でかたまっている警備隊の前に躍り出た。
ハッとした警備隊の視線に晒されると、ランディは挑発的な仕草で手を振り身を翻す。
少しの間山嵐団を追うように走り、途中で路地に駆け込む。そして手早く変装を解くと、それらはゴミ箱の中に突っ込んだ。
警備隊が追いついてくる前に何気ないふうに通りに出た。
案の定、警備隊が質問してくる。
「おいっ、怪しい集団を見なかったか!?」
「ああ、向こうに走って行ったが、何かあったか?」
「あっちだな? よし!」
ランディの問いには答えず、警備隊らは示された方へ走り去っていった。
彼らが行く先々で「山嵐団が出た!」と叫んで回ったため、そのことはすぐに冒険者の耳にも入ってきた。
パトリアンナは夕方に話をした警備隊を見つけて駆け寄ると、
「賊が出たんだって? あたしも手伝おう。ウィル王国には、この放蕩者に騎士身分を授けてくれたっていうでっかい義理がある。働かせておくれ」
冒険者の助力はありがたい、と警備隊二人は即座に受け入れた。
三人はランディに教えられた方へ走る警備隊一団に合流した。
裏道をしばらく走ったところで、突然パトリアンナが一団を止める。
「見ろ、足跡だ。まだ新しいぞ!」
彼女が示す箇所を警備隊の持つ松明が照らすと、複数の人間が付けたと思われる足跡があった。それはこの道をまっすぐに進んでいる。
その足跡は冒険者の仲間が付けたものだ。パトリアンナはこっそり笑んだ。
これでこの一団は迷走するだろう。
思わぬ祝賀行列に警備隊が仕事の邪魔をされているとはいえ、今日のために念入りに山嵐団の逃走経路を予測し、隊員を配備してきたのだ。そのうちの誰かに引っかかったとしても仕方ないだろう。
山嵐団は確実に一塊の警備隊に追われていた。
今まで裏道を駆けていた山嵐団だったが、表通りの混雑に紛れて逃げるつもりなのか、突然角を曲がった。
慌てて後を追った警備隊らの前に、目をまん丸にした若い女がパンをどっさり積んだ籠を抱えて立っていた。
女‥‥ヴェガは気を取り直したようにたおやかな微笑みを浮かべると、籠からパンを取って差し出した。
「行列の警備ですか? ご苦労さまです。これをどうぞ。それともこちらの方がいいですか?」
と、ワインを見せる。
仲間の冒険者達が見たら幻覚かと思うほどの猫かぶりだ。
聖女のような微笑のヴェガを邪険にすることもできず、警備隊の足が思わず止まる。
時間にしてわずかだが、この人ごみで警備隊達は山嵐団を完全に見失った。
山嵐団がヴェガの前に現れたのはまったくの偶然だったが、今頃は一緒にいたイリアが貧民街の者と協力して安全な抜け道へ案内しているだろう。
一分の隙間もないような人ごみを縫い、山嵐団を誘導する貧民達の前にしつこく警備隊が現れた。貧民に扮するイリアがサイコキネシスでどうにかして排除しようとした時、硬貨を撒くリオンらが追いついた。
チャンスだ、と硬貨を拾うふりをして群集に紛れ込む。最後尾のイリアとリオンの目が合った。
リオン達は不自然でないように警備隊の進路をふさいだ。
目の前に現れた飾り立てられた軍馬に、それが何かをわかっていながらも警備隊は苛立ちの目を向ける。
「どうした? 王の祝いの行事だよ、バンザイを言って陛下を讃えないのかい? マリーネ様とエーロン殿下を祝う気持ちがないとでも?」
『王の祝い』や『マリーネ姫とエーロン殿下』などを強調し、半ば脅すように馬上から圧力をかけるリオン。
その間に山嵐団は貧民街へ向かっていた。
イリアのテレパシーで山嵐団が貧民街を抜けようとしていることの知らせを受けると、冒険者達はすぐに配置を把握済みの貧民街の警備隊の排除・撹乱にかかった。
イリアの下からアリオスの下へと飛んだケミカは、これからの経路を伝えると二人で罠を仕掛けにかかる。元より道が狭く込み入った貧民街だ、仕掛けられる罠の種類は多い。
山嵐団達が駆け抜け警備隊がやってきたところで、ケミカはペットのシヴァっちに銜えさせた黒塗りのロープを思い切り引かせた。
「ぎゃっ!」
と、蛙が潰れたような声を上げ、警備隊達が足を引っ掛けて折り重なるように転んだ。その上に追い討ちをかけるようにアリオスが立て掛けておいた何本もの材木をいっせいに倒す。
「魔法の密偵りりかる☆アリエス、ここに参上!」
どう見ても奇妙な女の子に扮したアリオスが裏声で警備隊をますます混乱させるようなことを言う。
「あれも仲間か!? 捕まえろー!」
「いや、密偵とか言ってなかったか?」
「怪しいじゃないか、密偵! どこの密偵か知らないが、ふん捕まえて洗いざらい吐かせてやるっ」
アリオスは可愛く微笑むと暗がりの中へ身を翻す。『魔法の密偵りりかる☆アリエス』の名は警備隊のブラックリストに載った。
今、山嵐団を追うのはおそらく最後の警備隊達だろう。複雑な道を抜けてきた貧民街の協力者、冒険者の仲間、山嵐団へ向けてオラースは「後は任せろ」と軽く手を上げる。
猫しか通らないような狭い通路の向こうに一行が消えていくと、オラースは耳を澄ませて警備隊の足音を探った。
警備隊は確実に山嵐団の足跡を辿っている。この目の良さと根性はさすが王都の警備隊と言うべきか。もっとも彼らの身分は自警団に近いが。
足音が充分近づいたところでオラースはロングロッドだけが見えるように路地から突き出して振り、警備隊をおびき寄せた。そして不用意に曲がってきたところをひょいとロングロッドで足をすくう。
「何だ貴様! 仲間か? それとも邪魔する気か!?」
気が立っている警備隊はオラースの返事も聞かず抜刀した。
すっぽりと黒頭巾を被っているため、警備隊には目の前の男が何者なのかわからない。
オラースはものも言わずバーストアタックで剣を粉砕すると、山嵐団が逃げた方とは違う方へ走り出した。もちろん、警備隊から見えるくらいの距離を保ちながら。
そして充分引き付けたところで本格的に撒いた。貧民街の最奥とでもいう場所に置き去りにされた警備隊達が無事詰め所へ戻るには、祝賀行列がここまで来るのを待つしかなかった。
祭りは3日間に及び、冒険者達は用意の金を全てばらまいた。全てが終わり、冒険者達が依頼人の吟遊詩人のおごりで打ち上げをしていると、ジョッキを置いたシンが心底疲れたようなため息をついた。
「正気と狂気の狭間を見た気分‥‥」
そんなものに長時間さらされていたのだ。ぐったりして当然かもしれない。
そんな彼にエールの追加を注文しながら、吟遊詩人は労わるように微笑んだ。