爪先立ちの恋〜結婚するって本当ですか?

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや易

成功報酬:2 G 49 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月11日〜09月14日

リプレイ公開日:2006年09月16日

●オープニング

 いつかそんな日が来る事、知ってた
 絶対に避けられないって事、知ってた
 だけど、考えたくなかった
 だけど、願ってた
 そんな日がずっとずっと、来なければいいって

「お見合い、ですか‥‥」
 おじ様から告げられた言葉、リデア・エヴァンス子爵令嬢はそれこそ世界の終わりみたいな顔で立ち尽くした。リデアとて分かっている。大好きな「お義父さま」はお年頃だし顔も良いし性格も良いし領地等財産も持っているし、いつかそんな話が出る事は、貴族ならば政略結婚とは無縁ではいられないと、分かっている。
 ただそれでも‥‥平静でいられるといったら、嘘になってしまうから。
 だがしかし、続けられた大叔父の言葉はリデアの予想を裏切っていた。
「うむ、そうだ。見合いは一週間後、相手はサデュス男爵家のご令息ピエール殿だ。くれぐれも粗相のないようにな」
「‥‥」
 その内容を理解した時。リデアは思わず素になって叫んだ。
「って、見合いってあたしですかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「そもそも、どうしてレアンが今だに結婚出来ないと思うのだ?」
「条件は良いけど、シスコンやロリコンはちょっと、という噂が‥‥ぐふぅっ?!」
 子爵付きの青年ユーグを沈黙させてから、おじ様は動揺するリデアに告げた。
「それはひとえにコブ付き‥‥つまり、養女たるお前がいるからだ」
「はうっっっ、それは‥‥」
 ビシッと指摘されリデアは言葉を失った。確かに自分はお義父さまの足かせになっているのかもしれないそれはもう否定できない事ででもいきなりお見合いって事は。
「私、ちんちくりんですし胸ぺったんこですし、お義父さまの本当の娘ではありませんし!」
「先方はそれでも良いと言っておる。ハッキリ言って、この機会を逃せばお前など、嫁の行き先などないやもしれぬぞ」
 必死の抗弁も軽く受け流され、リデアは打ちのめされた。ていうか、私ってそんなですか?!
「とりあえず婚約という形になろうが、そのつもりでいるように」
 そうして、おじ様は話を切り上げた。後には呆然自失な少女と、難しい顔をした従者の青年が残されたのだった。

「サデュス男爵は確か、ヘンウィ様のご友人であらせられますが‥‥」
 リデアの義父であるエヴァンス子爵は只今、領地に行っている。今回の話はおそらく、ヘンウィ卿一人の思惑だろうとユーグは睨んでいる。とはいえ、実際にお見合いが行われれば‥‥結婚が本決まりになればエヴァンス子爵とて意を唱える事など出来まい。
「見合いまでに何とか手を打たないと‥‥」
 エヴァンス子爵はリデアを大事にしている。故にこんな結婚話は何とかぶち壊したい‥‥僭越と承知しつつユーグもそう思う。ただ問題は、波風を立てずに済ますにはどうしたらいいのか‥‥とりあえず、エヴァンス子爵には手紙を送ってはみたが。急いで帰ってきたとしても、見合いを引き伸ばしたとしても、間に合う可能性は低い。
「‥‥ちなみに、ピエール様ってどんな人?」
「顔は良いですね‥‥女性に弱いというか強いというか、浮ついた話には事欠かない感じで‥‥生真面目なサデュス男爵とは正反対で‥‥男爵は多分、この結婚話でピエール様に落ち着いて欲しい、と思っているのでしょうが‥‥」
 歯切れ悪く話していたユーグの視線がふと、止まった。追ったリデアが目にしたのは、裏通りの片隅で愛を語っていると思しき男女。
「またあの人‥‥相変わらず胸の大きな女の人ね」
 溜め息混じりに、リデア。男性の方は、この近くの仕立て屋に通う際、たまに目にする相手だった。胸の大きな女性‥‥時々相手を変えながら、真昼間からベタベタイチャイチャしている。いつぞやは、女性同士で奪った奪われた、捨てた捨てられた、いやっ捨てないで捨てたら殺してやるわ等、やってたか。
「あの、リデア様‥‥非常に言いづらいのですが‥‥」
 それこそ居た堪れなさそうにユーグが言った時、リデアの耳に男女のやり取りが聞こえてきた。
「ピエールさまぁ、結婚するって本当ですかぁ? あたしの事、捨てるんですかぁ?」
 甘えた声で男‥‥ピエールの胸にしな垂れかかるのは、少ない布地を身につけた豊満な女性。
「まっ父上の命令には逆らえないからね。だけど、相手は子供‥‥しかも訳アリだ。こっちは貰ってやる立場、とりあえず正妻には据えてやるが、それだけさ‥‥分かるだろ?」
「ふふっ、嬉しい」
 表通りではないとはいえ、堂々とキスを交わす二人。
「‥‥前に見た時とはまた違う人ね。あの時の女性も、胸がバ〜ンって感じだったけど」
 奇妙に静かな声でリデアが言った。
「ねぇ、ユーグ‥‥あなた、腕の良い暗殺者か何かにツテはないかしら?」
 その目はマジだった。
「バレるから止めてください。それより寧ろ、ピエール様がリデア様の結婚相手として相応しくないと、ヘンウィ様に知っていただく、というのはどうでしょうか?」
「ん〜でも、それで結婚話がなくなるかしら?」
 ユーグのアイデアにリデアは懐疑的だ。あのおじ様の事、「妻たる者、多少の事には我慢して尽くすべし」とか平気で言いそうだ。
「大丈夫ですよ。ヘンウィ様はあぁ見えて、リデア様やレアン様の事を心から愛してらっしゃいますから」
 だが、ユーグに言われ‥‥そっかな信じてみようかな?、な希望をリデアは抱いた。どうせこのままでは手詰まりなわけだし。
「うん。じゃあ冒険者ギルドね。ピエール様の悪行を、何とかおじ様に知って貰わなくちゃ」
 そして、二人は冒険者ギルドに向かうのだった‥‥もうそれこそ決死の覚悟の顔をして。

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3102 アッシュ・クライン(33歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea7511 マルト・ミシェ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb4039 リーザ・ブランディス(38歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb6395 ゴードン・カノン(36歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

倉城 響(ea1466)/ エスメラルダ・ボーウェン(eb2569

●リプレイ本文

●ロックオン
「はっはっは‥‥いやぁ、リデアのお嬢さんとの久々の再会が、まさかこんな形になっちまうとはねぇ‥‥お互い色々大変なもんだ」
 深刻さを笑い飛ばすリーザ・ブランディス(eb4039)に、リデアは「まったくです」と大きく頷いた。
「貴女も災難ねぇ〜‥‥大丈夫、私達に任せなさい!」
「リデアさん、助けに来たぞえ。婆らに任せておけばもう安心じゃ」
 更にクレア・クリストファ(ea0941)に優しく頭を撫でられ、マルト・ミシェ(ea7511)に請け負ってもらえると、その表情が安堵に緩む‥‥のも束の間。
「くっくっく‥‥今回は魔女のような気持ちじゃ。女心を弄ぶバカ息子に天罰を!」
「はい! もう思いっきりやっちゃって下さい!」
 頷き合うマルトとリデアは悪い顔だ。
「殺っちゃって‥‥て変換するとヤバいですけど」
 苦笑しつつ、ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)は富島香織(eb4410)へと「あるモノ」を手渡した。
「リデアさんと変な人が一緒になるのはなんとしても阻止しないと‥‥香織さん、宜しく頼みますよ。バシバシ撮っちゃってください」
「そうですね。これもリデアさんの幸せの為です」
 香織が受け取ったのはデジタルカメラです、これで動かぬ証拠を押さえるのです! 女性陣は皆、かなり意気込んでいる。
「うふふ、私、遊び人な男は大嫌いなのよね」
 クレアを始めとして、やはり女心を弄ぶ「女の敵」は許せないのだ!
「それにしてものぅ‥‥大きな胸は母性の象徴じゃ。それがイイというのは、あれはちきゅうの言葉で言う所の『まざこんはいってる?』じゃろうか」
 と、マルトが仲間達にこっそり囁いた時。
「その指摘、当たっているかもしれません」
 ケンイチ・ヤマモト(ea0760)とゴードン・カノン(eb6395)が、やや疲れた顔でやってきた。
「調べたが、彼は幼い頃に母君を亡くしている‥‥それが性癖の始まり、なのだろうな」
 ゴードンは溜め息混じりに呟いた。

「貴族の子女ならば、この様な形での縁談は珍しい事でもない、当然の事では有るのだろうが‥‥」
 鎧騎士であるゴードンは、実はそうも思っている。家名の為、貴族間では政略結婚は避けられぬ事だ。だが‥‥聞き及んだピエールの噂を聞くにつけ、別の気持ちが湧き上がってきたのも事実。
「男の方がこれでは、確かにリデア嬢が哀れ。他家の関係に口を挟む様で申し訳無い所では有るが、一つ骨を折るとしよう」
 そして、ゴードンはケンイチと共にピエールについて情報を集めたのだ。
「成る程、では貴殿も彼にその‥‥捨てられた、と?」
「冗談! こっちから捨ててやったのよ」
「そうそう。結局理想が高すぎんのよ」
 路地裏で近所のお嬢さんやら娼婦やらは口々に言った。胸が大きいと思しき女性達に声を掛けてみたら出るわ出るわ。但し、一時の情熱が過ぎた後は早かった‥‥あまり長続きしないようで。
「彼が求めているのは激しい情熱の炎ではないわ」
「自分を丸ごと受け入れてくれる、甘えさせてくれる相手‥‥だけど、あたしはそんなのイヤだもの」
 分かるでしょ?、目で告げる彼女達にゴードンとケンイチは曖昧に頷いた。
「もし、彼の女癖の悪さを証言して欲しい、と頼んだら受けてくれるだろうか?」
「いいけど‥‥でも、あまり酷い目に遭わせないでね」
 了承しつつも、彼女達はためらいがちに願った。ピエールがそこまで恨まれていないのは、救いなのかどうなのか。
「ですが、このままではリデア嬢がかわいそうです。性根をたたきなおさないといけませんね‥‥彼の為にも」
 それでも、それだけは確かだと締めくくったケンイチに、香織達も大きく頷いたのだった。

●きれいな花には
 その日、ピエールはいつものように街を歩いていた。周囲にさり気なく視線を走らせながら。無意識に探してしまう‥‥理想の相手を。今までも数々の美しい人可愛らしい人に逢い、その度に恋に落ちた(と彼は信じている)が、未だ運命の相手には巡り会っていない。
 と、目が一点で止まった。引き寄せられる、三人の美女達。上から下までざっと視線を走らせるまでもなく、ピエールの胸は高鳴った。
 豊かな双丘を示すふくらみ、決して華美でないがセンスの良さを感じさせる清楚なドレス、そして何より、談笑する彼女達が浮かべる、慈愛に満ちた笑顔! 女性達はピエールの直球ど真ん中だったのだ。
「君達、この辺りは初めて?」
 居ても立っても居られなくなったピエールはそして、飛び込んだ。自ら、その甘美な罠に。
 そう‥‥実はこの美女三人というのは、クレアとニルナとリーザなのだ。
「女は、遣り方次第で色々と化けれるのよ」
 とは、クレアの弁。
「くっくっく、今回の3人の化粧は凝ったぞえ」
 こちらはマルト。今の三人は、ゴードン達の集めた情報を元にした、マルトの力作と言えよう。
「私は‥‥ニルナ・ヒュッケバインです‥‥今日は仕立て屋に用事があってきました」
「あぁ、成る程。それで君達の様な女性がこのような場所にいるのだね」
 楚々と微笑むニルナに、ピエールが何度も頷く。店主の腕の確かさから、貴族のお嬢さん方も密かに出入りすると噂の仕立て屋‥‥ニルナ達もその類の令嬢だと当たりをつけたらしい。
「その店なら知っているよ。よければ案内しようか?」
「魅力的なお誘いですね。皆さんはどうします? 私は結構好みなんですけど‥‥」
 ニッコリ笑んで誘いに乗る。後半は囁くように連れのクレアとリーザに‥‥勿論、ピエールの耳が拾える音量で。
「あたしは構わないわ」
 リーザにクレアも頷き、四人は他愛の無いお喋りを交わしつつ、歩き出した。
「ピエール様は随分と女性の扱いに長けていらっしゃいますのね。もしかして、たくさんのお相手と‥‥?」
 ホンの少しの嫉妬をにじませつつ、クレアは問う。
「確かに、多くの花々を渡って来たけどね、真実の愛にはまだ辿り着けない‥‥いや、着けなかった、かな」
(「何が真実の愛だか」)
 内心冷笑しつつ、クレアは「まぁ」と頬まで染めてみせ、問う。
「では、今お付き合いしている方はいらっしゃいませんの? 結婚してらっしゃる、とか」
「結婚か‥‥そういう話はあるけど相手はまだガキ、君達のような可憐なレディの足元にも及ばない‥‥胸も無いって事だし」
 やはり判断基準はそこなのか、クレアの作り笑顔に一瞬ヒビが入る。察して、リーザはそっとピエールの肩に指先を触れさせた。
「でも、結婚なんて‥‥こんなことしてて大丈夫なの?」
 寄り添うようにしながら、躊躇いがち(を装って)に尋ねる。控え目な、優しい表情を作り‥‥実は鳥肌が立っていたりするのはガマンガマン。
「結婚してもあたしたちが言ったら妾にしてくれる?」
「あぁ、いいとも。君達は本当にステキだ」
 気づかぬピエールはうっとりと囁く。本当にこの女性達が――誰か一人が、と思わない辺り終わっているが――運命の女性なのかもしれない、ピエールは真剣に思い始める。
 ニルナとクレアはその内心を正確に見抜きつつ、チラリと『ある地点』を確認してやはりピエールに身を寄せるように‥‥イチャイチャしてるとしか思えない位置を形作った。

「見ての通りです、ヘンウィ卿」
 その場所で待ち構えていたアッシュ・クライン(ea3102)は、傍らの紳士に語りかけた。
「ピエールという男はああいう男だ。もしリデア嬢と見合いし、いずれ婚約・結婚という形になったとしても‥‥彼女を幸せにするどころか逆に不幸にしてしまう可能性が大きい」
 苦々しげな、ヘンウィ卿に。
「失礼を承知で言わせてもらえば、今回の見合いの話は考え直す事をお薦めする」
「女性としての幸せに結婚が大きな意味を持つのはわかります。しかし、結婚するにしても相手の方がどういう方かと言うのが更に大きな重みがあるのではないでしょうか?」
 と、デジカメで隠し撮りしていた香織は、ふとヘンウィ卿に向き直った。
「確かに養女であるリデアさんの立場では、貴族的な価値観からすると一歩劣る縁談しかないのかもしれません。それにしても限度があるのではないですか?」
 視線で、クレア達に囲まれデレデレしているピエールを指し示す。
「結婚すれば男の方は自覚をもって行動を改めると言う俗説がありますが、そういった例が皆無とは言いませんけれども、ごく稀な幸運に過ぎません。実際には女性は不幸になるだけです」
 真面目に説く香織に、ヘンウィ卿の表情が動いた。
「結婚できない事も不幸な事に違いはありませんが、ピエールさんのような相手では、リデアさんは結婚できない以上に不幸な事になるのではありませんか?」
「さよう、此度の縁組は双方を不幸にしかせぬと、そう思うのじゃ」
 マルトはヘンウィ卿は公平な人物だと評価している。これを見て尚、事を強引に纏めるような人ではないと、信じている。
「‥‥確かに。これは重大な問題があると言えような」
 果たして、溜め息と怒りの入り混じったぼやきがもれ、リデアはパッと顔を輝かせた。

 そして。マルトからの合図を受け、ニルナとクレアは同時に獲物へと笑顔を向けた。
「あ‥‥え‥‥あの‥‥」
 ピエールは今まで、笑顔を怖いと思った事はない。ましてや女性の笑顔だ。なのに、今‥‥自分に詰め寄るクレアやニルナの笑顔に、背筋がゾクゾクする。身体が勝手に震えだす。
(「知ってる奴ならあたしは兎も角、クレアとニルナは敵に回したくない女だろうねぇ‥‥後が怖い」)
 横目で見ながら、リーザは内心呟いたのだった。

●いつかきっと
「ご子息があのような人物だとは‥‥正直、裏切られた気分だぞ」
「すまん。厳しく躾けたつもりなのだが‥‥」
 見合い話をちゃんとご破算する為に、と訪れた男爵邸。友達同士の気安さはあるものの、いや、だからこそ険悪さを漂わせるヘンウィ卿とサデュス男爵。見て取ったゴードンは「コホン」と一つ咳払いしてからヘンウィ卿を宥めに掛かった。
「サデュス男爵も、これを機に御子息の蕩尽が収まる事を期待しての事だと存じます。殊更リデア様を御不幸に為さろう等という積りは御座いますまい。どうか、事を荒立てぬ様にお願いいたします」「そうなんだ。リデア嬢は年に似合わずしっかり者と聞くし、ピエールと境遇も似ているから気が合うのでは、と」
 ゴードンの取り成しにホッとした様子のサデュス男爵は、少しだけホロ苦く微笑んだ。
「リデアさん、結婚する相手はやはり自分で決めるものです」
「はい! 私もやはりそう思います、思いました! そう、外見や見た目でなく中身で勝負! お義父さまのように、私の性格とか気質を好きになってくれる相手が‥‥いなかったらどうしましょう?!」
 そのリデアは諭すニルナに、今回の教訓とグッと拳を握り固め‥‥途中で心もとなげに、人生経験豊富なマルトを見た。
「大丈夫じゃよ。きっと現れるじゃろうて‥‥焦ったらイカンぞ」
「そうですね。真実の愛は人を幸せにするのですから‥‥」
 マルトに優しく言葉を重ねてから、ニルナはピエールにも一言かけた。
「ピエールさんも、あまり不誠実なことばかりしているといつかしら仕返しがくるかもしれませんよ」
「不誠実だなんて、そんな‥‥」
 ニルナに怯えた眼差しを向けるピエール、散々絞られたらしい。
「今刹那的にさまざまな女性と付き合って遊んで‥‥このままでいいのですか?」
 香織もまた、言葉を添える。
「外見でしか見ないのでは、齢を重ねてから不幸になりますよ‥‥いえ、あなたがお母様の面影を求めていては、女性もあなたも不幸になってしまうでしょう」
  香織は理解していた。そもそもの問題は、彼が自分が何を求めているのか、理解していない事だと。
「母親の代わりと知っても尚、あなたを愛して包み込んでくれる人を探すか‥‥或いは母親の代わりでなく、あなたが愛し守る人を探すか‥‥どちらにしろ、今のままでは見つかりませんけれど」
「女性は皆、自分だけをみてくれる、自分だけを愛してくれる人を求めていますからね」
 香織の忠告と、歌うようなケンイチの声に、ピエールは困ったように‥‥それでも、考え込んだ。
「まっ、もし今回の事で懲りたのなら、もう一度女性との付き合い方を考え直してみる事を薦めるぞ」
 だから、アッシュは多少の哀れみを込め、アドバイスを贈る。
「男なら複数の女性に色目を使ったりせず、一人の女性にすべてを注ぎ、愛し、生涯護りぬくというのが本来の姿なのだからな」
 その根本を理解していないのが、そもそもの間違いだと思うのだ。
「但し、女性の中にも男を利用しよういう考えを持ってる者もいる‥‥なので、常に自分の思い通りの付き合いはできないこともあるがな」
 付け足しはこっそり、女性陣には聞かれないように。
「お婆ちゃんが言っていた。男の価値は、自分を磨くだけでは上がらない。必ず、誰かに見定められて上下するものだ、とな」
「それがただ一人の‥‥愛する女性なのか‥‥?」
 天を指差したアッシュはこの問いには応えず、ただウィンクを一つ投げて寄越した。

「あの、おじ様私‥‥今回はその、ありがとう‥‥」
 一方。ヘンウィ卿に恐る恐る頭を下げたリデアは、
「今回はこういう結果になったが、今のままではいられない‥‥それだけは肝に命じておくのだぞ」
 どこか案じる響きに、一つ瞬きしてから「はい」と頷いた。
「大丈夫よ。幸せは、この娘自身が必ず見つけるわ‥‥良い娘だから」
 その頭を優しく撫でる手。リデアは、その手の主を嬉しそうに見上げ。
「そう言えば、知ってる? 今度、救護院が創設される事になったのよ。子供や老人‥‥救いを求める人たちを救済する為に」
 見上げられたクレアは笑いながら尋ねた。
「はい、噂で‥‥クレア先生も関わってるの?」
「ええ。それで、エヴァンス子爵にも先人として色々助言を願いたいの」
「いえ、そんな先人なんて立派なものでは‥‥」
 同じ貴族でも格が違う、まして自分は‥‥慌てて首を振ろうとしたリデアの脳裏を義父の顔が、その願いがよぎった。それから、自分の。
「そうですね、私達に力を貸せる事があるなら‥‥寧ろ、こちらが教えを請う事になるかもしれませんが」
 だから、リデアは首肯した。今、芽吹こうとしている大きな希望‥‥自らも願いを託すように。
「クレア、頑張ってくださいね‥‥私もできる限り協力しますから」
 同じ気持ちのニルナの励ましに、クレアは大きく頷いた。
「頑張りましょう‥‥希望を永劫に繋ぐ為にね」
 笑みで細められた瞳。それは遠く‥‥遙か未来へと向けられているようだった。